説明

光学活性アルコール化合物の製法

【課題】 水溶液中で光学活性な配位子有するルイス酸触媒を用いて、メソエポキシドの複素環化合物による不斉開環反応により、光学活性アルコール化合物を高収率かつ高立体選択的に製造する。
【解決手段】 ルイス酸と光学活性なビピリジン化合物とから成る不斉触媒を用いることにより、水溶液中でメソエポキシドの不斉開環反応が高収率かつ高立体選択的に進行し、下式で表される光学活性アルコール化合物を製造することができる。
【化5】


(式中、Rはフェニル基等を表し、R及びRは共同して芳香環又は複素環等を形成する。Yは=CH−又は=N−を表し、Zは−NH−、−O−、−S−等を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、メソエポキシドの開環反応により光学活性アルコールを製造する方法に関し、より詳細には、水溶液中でメソエポキシドを複素環化合物により不斉開環反応させて光学活性アルコール化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コストや安全性の観点からだけでなく、環境負荷の低減を目的として、従来は有機溶媒中で実施されていた合成反応を水中で達成しようとする試みが活発化している。既に本願発明者らは、界面活性剤型ルイス酸を用いた水溶液中での脱水エステル化反応や不斉ヒドロキシメチル化反応など種々の水系反応を開発している(非特許文献1)。
また、エポキシドは歪みが大きく、種々の求核剤と容易に反応して開環体を与えることから、アミンを求核剤とした水溶液中でのエポキシドの開環反応によるβ−アミノアルコールの合成方法が知られていた。
さらに近年、本願発明者らは、光学活性なビピリジン化合物を不斉配位子とした触媒を用いて、水溶液中での芳香族アミンを求核剤としたメソエポキシドの触媒的不斉開環反応を見出している(非特許文献2)。
一方、インドール誘導体などのヘテロ芳香族化合物には興味深い生理活性を示すものが多く、光学活性ヘテロ芳香族化合物を触媒的不斉反応により合成した例として、クロミウムーサレン錯体を用いたメソエポキシドのインドールによる触媒的不斉開環反応が知られている(非特許文献3)。
【0003】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc. 126, 12236-12237 (2004).
【非特許文献2】Org. Lett. 7, 4593-4595 (2005).
【非特許文献3】Angew. Chem. Int. Ed. 2004, 43, 84.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、光学活性なヘテロ芳香環化合物の新規合成方法の開発を目的として、発明者らのこれまでの知見を踏まえ、水溶液中で光学活性な配位子有するルイス酸触媒を用いて、メソエポキシドの複素環化合物による不斉開環反応により、光学活性アルコール化合物を高収率かつ高立体選択的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ルイス酸と光学活性なビピリジン化合物とから成る不斉触媒を用いることにより、水溶液中でメソエポキシドの複素環化合物による不斉開環反応が高収率かつ高立体選択的に進行することを見出し、光学活性アルコール化合物の新規な製法を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明は、水溶液中又は水と有機溶媒との混合溶媒中で下式(化1)
【化1】

(式中、Rは、炭素数が3以上のアルキル基又はアリール基を表し、Rは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基を表し、Xは、−OH、又は−SHを表す。)で表される配位子又はその対称体とM(OSO又はM(OSO(式中、MはSc、Y又はランタノイド元素を表し、Rは炭素数が6以上の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はパーフルオロアルキル基を表す。)で表されるルイス酸とを混合させて得られる触媒の存在下で、下式(式2)
【化2】

(式中、Rは、置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素基、芳香脂族炭化水素基又は複素環基を表す。)で表されるエポキシドと、下式
【化3】

(式中、Yは=CH−又は=N−を表し、Yは=CR−又は=N−(式中、Rは水素原子又は炭化水素基を表す。)を表し、Zは−NH−、−NR−(式中、Rは水素原子以外の炭化水素基を表す。)、−O−又は−S−を表す。但し、Yが=N−の場合には、Zは−NH−を表す。R及びRは共同して置換基を有していてもよい芳香環又は複素芳香環を形成する。)で表される複素環化合物とを反応させることから成る下式
【化5】

(Yが=CH−の場合は式(1)又はその対称体で表され、Yが=N−の場合は式(2)又はその対称体で表され、式中、R〜Rは上記と同様に定義される。)で表される光学活性アルコール化合物の製法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明で用いる触媒は、下記構造
【化1】

の配位子とM(OSO又はM(OSOで表されるルイス酸とを混合させて得られる。
【0008】
は、アルキル基又はアリール基を表す。このアルキル基は嵩高いこと、具体的には炭素数が3以上かつ分岐していることを要する。このアリール基はメトキシ基やハロゲン原子等の置換基を有していてもよい。
は水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基、好ましくは水素原子を表す。
Xは−OH又は−SHを、好ましくは−OHを表す。
【0009】
一般式M(OSO又はM(OSOで表されるルイス酸において、金属MはSc(3価)、Y(3価)又はランタノイド元素(57La〜71Lu)(3価)、好ましくはScを表す。
は、炭素数が6以上、好ましくは6〜20の、脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はパーフルオロアルキル基を表し、より好ましくは炭素数が6〜20のアルキル基又はアルキルアリール基を表す。即ち、有機スルホン酸(−OSO)としてアルカンスルホン酸基やアルキルアレーンスルホン酸基が好ましく、例えば、ドデカンスルホン酸基、オクチルベンゼンスルホン酸基又はドデシルベンゼンスルホン酸基などが挙げられる。スルホン酸モノエステル(−OSO)としては、スルホン酸モノアルキルエステルが好ましく、例えば、スルホン酸ドデシルエステルが挙げられる。Rの炭素鎖が短い場合、水溶媒中では収率が大きく低下する。
【0010】
触媒調整時の金属Mと配位子とのモル比は1:1〜1:2付近が好ましく、より好ましくは1:1〜1.0:1.2である。
溶媒は、水又は水と有機溶媒との混合溶媒、好ましくは水が用いられる。有機溶媒は基質が固体で水に分散または溶解しにくい場合などに使用しする。有機溶媒としては水と混合する有機溶媒が好ましく、ジメトキシエタン(DME)、テトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル、ジオキサン、炭素数が4以下のアルコールなどが挙げられる。また、水と有機溶媒との混合比(体積)は、一般的には水が50%以上、より好ましくは90%以上である。
【0011】
触媒の調整温度に制限はないが室温付近が好ましく、調整時間は通常15分間〜3時間程度である。
この配位子とM(OSO又はM(OSOで表されるルイス酸とを溶媒中で混合すると、配位子がM3+に配位し、触媒を形成する。
反応に用いる触媒の量は、通常、エポキシドに対して0.3〜5モル%程度であるが、多くの場合1モル%で良好な結果を与える。
反応溶液中のエポキシドの濃度は、0.1〜5モル/リットル、好ましくは、0.2〜2.0モル/リットルであり、エポキシドと複素環化合物との比率は、1:(0.5〜2)程度である。
反応温度は溶媒に水を用いることから通常は0℃以上であり、好ましくは室温付近である。反応温度を下げ過ぎると反応速度が低下し、上げすぎると立体選択性が低下する。反応時間は一般的には数時間〜数十時間程度である。
【0012】
本発明で用いるエポキシドの構造としては、下式(化2)
【化2】

で表されるメソエポキシドが用いられる。
は、それぞれ同じであって、置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素基、芳香脂族炭化水素基又は複素環基、好ましくはアルキル基、アリール基又はアルキルアリール基、より好ましくはアリール基を表す。アリール基としてはフェニル基又ナフチル基が挙げられ、好ましくはフェニル基である。Rは、ハロゲン原子、水酸基、ニトロ基、シアノ基、エステル基、エーテル基、チオエーテル基、アミド基等の置換基を有していてもよい。
【0013】
エポキシドへの求核剤となる複素環化合物は、下式
【化3】

で表される。
【0014】
は、=CH−又は=N−を表す。
は=CR−又は=N−(式中、Rは水素原子又は炭化水素基を表す。)を表す。
Zは−NH−、−NR−(式中、Rは水素原子以外の炭化水素基を表す。)、−O−又は−S−を表す。但し、Yが=N−の場合には、Zは−NH−を表す。
これらの炭化水素基としては、特に限定は無いが、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びアラルキル基等が挙げられる。
及びRは共同して置換基を有していてもよい芳香環又は複素芳香環、好ましくは芳香環を形成する。
この芳香環としては、ベンゼン、ビフェニル、テルフェニル、ナフタレン、アントラセン等、好ましくはベンゼンを挙げることができる。
複素芳香環としては、ピリジン、ピリミジン等を挙げることができる。
これらは置換基として、任意の位置に、ハロゲン原子、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル低級アルキル基、アラルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、水酸基、低級アルコキシカルボニル基、ハロゲン原子等を有してもよい。
【0015】
この複素環化合物として、例えば、下記の化合物が挙げられる。これら化合物は任意に位置に上記の置換基を有していてもよい。
【化4】

これらの中でインドール誘導体が好ましく用いられる。
【0016】
本発明に於いては、上記触媒と基質であるエポキシド及び複素環化合物を上記溶媒中で混合することで、複素環化合物がエポキシドの不斉開環反応が進行し、光学活性なアルコール化合物が高収率かつ高立体選択的に生成する。この不斉開環反応では複素環化合物は立体特異的にトランス付加する。生成物である光学活性なアルコール化合物は、複素環化合物におけるYが炭素原子(=CH−)の場合は、下式(1)又はその対称体で表され、Yが窒素原子(=N−)の場合は下式(2)又はその対称体で表される。
【化5】

式中、R〜Rは上記と同様に定義される。

以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
【実施例1】
【0017】
本実施例では、エポキシドの開環反応の溶媒としてイオン交換水を使用し、アルゴン雰囲気下で実施した。1H NMR 及び 13C NMR はJEOL JNM-LA400 (400 MHz)を、赤外吸収スペクトルは JASCO FT/IR-610 を、旋光度は JASCO P-1010 を、質量分析には Bruker Daltonics BioTOF II を用いて測定した。光学純度はキラルカラムを用いたHPLC(Shimadzu VP-series)により決定した。
【0018】
まず、キラルビピリジン配位子(化6(4))を、既報(Ishikawa, S.; Hamada, T.; Manabe, K.; Kobayashi, S. Synthesis 13, 2176-2182 (2005).)に従って合成した。合成経路を下式(化6)に示す。
【化6】

【0019】
2,6-ジブロムピリジン(1)をエーテル中でn-ブチルリチウムで処理した後、ピバロニトリルによりアシル化して化合物(2)を得た。化合物(2)のカルボニル基をRuCl[(S,S)-Tsdpen](p-cymene)により立体選択的に還元して(S)-体のアルコール(3)を ee > 99.5 % で得た。アルコール(3)をパラジウム触媒によるホモカップリング反応を行うことにより、C2対称の2,2'-ビピリジン体(4)(S,S)(以下「キラルビピリジン配位子」という。)を得た。
【0020】
スカンジウムトリスドデシルサルフェート(和光純薬、12.6 mg)に対して上記で得たキラルビピリジン配位子(5.9 mg)を添加し、次に水(300μL)を室温にて滴下した。
同温下にて一時間撹拌後、シス-スチルベンオキシド(アルドリッチ、58.9 mg)及びインドール(アルドリッチ、38.7 mg)を順次に加えた。6時間撹拌した後、塩化メチレン20 mL)及び水(10 mL)を加えて反応系を希釈し、有機相を分離した。水相を塩化メチレンでさらに抽出し、有機相を飽和食塩水で洗浄した後、硫酸ナトリウムで乾燥した。乾燥剤を濾別した後、減圧下で溶媒を留去し、残渣を酢酸エチル:ヘキサン:トリエチルアミン=100/100/6で事前に中和処理した分取薄層クロマトグラフィーにて精製し、(1R,2S)-2-(1H-indol-3-yl)-1,2-diphenylethanolを得た(79.6mg、収率 85%, 93% ee)。本反応を下式に示す。
【化7】


1H-NMR (400MHz, CDCl3) δ: 1.57 (1H, br); 4.61 (1H, d, J=8.2 Hz); 5.36 (1H, d, J=8.2 Hz); 7.01-7.48 (m, 15H); 8.16 (1H, br).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液中又は水と有機溶媒との混合溶媒中で下式(化1)
【化1】

(式中、Rは、炭素数が3以上のアルキル基又はアリール基を表し、Rは、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基若しくはアルコキシ基を表し、Xは、−OH、又は−SHを表す。)で表される配位子又はその対称体とM(OSO又はM(OSO(式中、MはSc、Y又はランタノイド元素を表し、Rは炭素数が6以上の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基又はパーフルオロアルキル基を表す。)で表されるルイス酸とを混合させて得られる触媒の存在下で、下式(式2)
【化2】

(式中、Rは、置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素基、芳香脂族炭化水素基又は複素環基を表す。)で表されるエポキシドと、下式
【化3】

(式中、Yは=CH−又は=N−を表し、Yは=CR−又は=N−(式中、Rは水素原子又は炭化水素基を表す。)を表し、Zは−NH−、−NR−(式中、Rは水素原子以外の炭化水素基を表す。)、−O−又は−S−を表す。但し、Yが=N−の場合には、Zは−NH−を表す。R及びRは共同して置換基を有していてもよい芳香環又は複素芳香環を形成する。)で表される複素環化合物とを反応させることから成る下式
【化5】

(Yが=CH−の場合は式(1)又はその対称体で表され、Yが=N−の場合は式(2)又はその対称体で表され、式中、R〜Rは上記と同様に定義される。)で表される光学活性アルコール化合物の製法。
【請求項2】
前記Mがスカンジウムである請求項1に記載の製法。
【請求項3】
前記、Rがt−ブチル基であり、Rが水素原子である請求項1又は2に記載の製法。
【請求項4】
がドデシル基または4−ドデシルフェニル基である請求項1〜3のいずれか一項に記載の製法。
【請求項5】
前記ルイス酸がスカンジウムドデシルスルフェート(Sc(OSO1225)である請求項4に記載の製法。
【請求項6】
前記Rが置換基を有していてもよいフェニル基である請求項1〜5のいずれかに記載の製法。
【請求項7】
前記複素環化合物がインドール誘導体である請求項1〜6のいずれかに記載の製法。
【請求項8】
反応溶媒として水を用いる請求項1〜7のいずれかに記載の製法。

【公開番号】特開2007−238540(P2007−238540A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−65702(P2006−65702)
【出願日】平成18年3月10日(2006.3.10)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】