説明

光学活性マソイアラクトンの製造方法

【課題】香料などとして有用な光学活性マソイアラクトンを好収率且つ高純度で製造することのできる簡便な方法の提供。
【解決手段】下記式(2)


で表されるジケテンを不斉金属錯体の存在下に式(3)R1CHO[R1は炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基を示す]で表される置換アルデヒドと反応させて、光学活性なアルドール体とした後、還元、環化脱水して下記式(1)


で表される光学活性マソイアラクトンを製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香料化合物などとして有用な下記式(1)
【0002】
【化1】

【0003】
[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性マソイアラクトンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0004】
δ−ラクトンは調合香料の素材として有用な化合物であり、それらの光学活性体についての研究も数多くなされ、両鏡像体間での香気の比較も検討されている。また、α,β−不飽和δ−ラクトン、例えば、δ−2−デセノライド(別名:マソイアラクトン)も調合香料素材として重要な化合物であり、この化合物はニューギニア島のみに生育している植物であるクリプトカリア・マソイア(Cryptocarya Massoia)から初めて見出された(非特許文献1参照)。(R)−(+)−グリセルアルデヒドアセトナイドを原料とする非天然型(S)−(+)−マソイアラクトンの合成により、天然物の絶対立体配置は(R)−(−)−体と決定された(非特許文献2参照)。
【0005】
光学活性(R)−(−)−マソイアラクトンは上記した植物から単離することができるが、その光学純度にばらつきがでることも確認されており、また、天然物由来のため、安定供給の点でも問題があり、安定した品質と供給のために、合成化学的に安価に供給するための検討が報告されている。例えば、上記した非特許文献2に記載されている方法は、反応工程数が長いという欠点があり、また、例えば、非特許文献3では、(R)−(+)−1,2−エポキシヘプタンを原料として光学活性マソイアラクトンを合成しているが、原料が高価であるという欠点があった。
【0006】
【非特許文献1】J. Chem. Soc., Japan,1937年,Vol.58,P.246−248.
【非特許文献2】Agric. Biol. Chem., 1976年,Vol.40,P.1617−1619.
【非特許文献3】Biosci. Biotech. Biochem., 2003年,Vol.67,P.2210−2214.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、前記式(1)で表される光学活性マソイアラクトンを好収率且つ高純度で製造することのできる簡便な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を行った。特開昭55−162781号公報にはアセト酢酸エチルを出発原料としたラセミ体マソイアラクトンの合成例が記載されている。
【0009】
【化2】

【0010】
しかしながら、上記反応工程図の方法によれば、光学活性体を得ることができない。さらにSynthetic communications 2004年,Vol.34,P.4487−4492には、不斉触媒存在下ジケテンとシンナムアルデヒドとの反応による光学活性δ−ヒドロキシ−β−ケトエステルの製法が開示されているが、光学活性マソイアラクトンの製造への応用はされていない。
【0011】
さらに検討を進めた結果、不斉金属錯体存在下に特定の脂肪族アルデヒドを使用することにより高光学純度の生成物が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
かくして本発明は、下記式(2)
【0012】
【化3】

【0013】
で表されるジケテンを不斉金属錯体、特にBINOL−チタン錯体の存在下に下記式(3)
R1CHO (3)
[式中、R1は炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基を示す]
で表される脂肪族アルデヒドと反応させて下記式(4)
【0014】
【化4】

【0015】
[式中、R1は炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基を、R2は炭素数1〜6のアルキル基を示し、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性なアルドール体とした後、還元し、次いで環化脱水することを特徴とする下記式(1)
【0016】
【化5】

【0017】
[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性マソイアラクトンの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明の方法によれば、香料などとして有用な光学活性マソイアラクトンを好収率且つ高純度で簡便に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の光学活性マソイアラクトンの製造方法についてさらに詳細に説明する。
本発明に従う光学活性マソイアラクトンの合成工程を示せば下記反応式のとおりである。
【0020】
【化6】

【0021】
[式中、R1は炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基を示し、R2は炭素数1〜6のアルキル基を示し、*は不斉炭素原子を示す]
(第一工程)
式(4)の光学活性δ−ヒドロキシ−β−ケトエステルは、第一工程に従い、式(2)のジケテンを不斉金属錯体の存在下に式(3)の脂肪族アルデヒドと縮合させることにより容易に製造することができる。
【0022】
出発物質である式(2)のジケテンは、それ自体既知の化合物であり、また式(2)のジケテンと反応せしめられる式(3)の脂肪族アルデヒドとともに市販品として容易に入手することができる。本発明で使用される式(3)の脂肪族アルデヒドは、置換基R1が炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基であるアルデヒドであり、特に好ましくは、2位に二重結合を有する2−ヘキセナールを使用することにより高光学純度の式(4)の化合物を得ることができ好適である。
【0023】
式(2)のジケテンと式(3)の脂肪族アルデヒドとの反応は、不斉金属錯体の存在下に行うことができる。かかる錯体としては、不斉配位子と金属との錯体であり、不斉配位子としては、例えば、ビナフトール(BINOL)、6,6’−ジブロモ−BINOL、3,3’−ジブロモ−BINOL、酒石酸ジエチル、酒石酸ジベンジルアミド、プロリノールの(S)−体および(R)−体、GluCAPO、Glu(Bz)CAPO、Glu(F2)CAPOなどを挙げることができる。金属としては、アルミニウム、チタン、スズ、ガドリニウム、イットリウム、イッテルビウムなどのアルコキシドを挙げることができ、好ましい錯体としては、BINOL−チタン錯体、3,3’−BINOL−チタン錯体、Glu(F2)CAPO−ガドリニウム錯体などを挙げることができ、特に好ましい錯体としては、BINOL−チタン錯体を挙げることができる。これらの錯体の使用量は、通常、式(2)の脂肪族アルデヒド1モルに対して0.5〜10モル、好ましくは0.5〜2モルの範囲とすることができる。
【0024】
反応は、従来既知の方法で上記した錯体を調製した後、式(2)の脂肪族アルデヒド1モルに対して式(3)のジケテン1〜5モルを配合し、溶媒の存在下、または不存在下に、好ましくは溶媒の存在下に約−20〜約100℃、好ましくは約0〜約40℃の温度範囲で、30分〜24時間反応することにより式(4)の化合物を得ることができる。ここで使用しうる有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒;トルエン、ヘキサン、キシレン等の炭化水素系溶媒;クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;エタノール、メタノール、プロパノール等のアルコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の非プロトン系極性溶媒;酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル系溶媒をそれぞれ単独でまたは2種もしくはそれ以上混合して使用することができる。その使用量は、式(2)の脂肪族アルデヒドの重量を基準にして、通常0〜500倍量、好ましくは30〜100倍量であることができる。
【0025】
生成する式(4)の化合物は、反応終了後、所望により、例えば、蒸留、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等により精製することができるが、粗製のものをそのまま次の第二工程に供することもできる。
(第二工程)
上記第一工程で得られる式(4)の化合物を還元し、次いで環化・脱水することにより式(1)の光学活性マソイアラクトンを得ることができる。
【0026】
式(4)の化合物の置換基R1がアルケニル基である場合、ケトン部の還元反応は、例えば、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素リチウム、水素化アルミニウムリチウム、貴金属触媒存在下(パラジウム、ロジウム、ルテニウム、ニッケルなど)に水素化反応を有機溶媒の存在下または不存在下、好ましくは有機溶媒の存在下に行うことができる。ここで使用しうる有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒;トルエン、ヘキサン、キシレン等の炭化水素系溶媒;クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;エタノール、メタノール、プロパノール等のアルコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の非プロトン系極性溶媒;酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル系溶媒をそれぞれ単独でまたは2種もしくはそれ以上混合して使用することができる。その使用量は、式(4)の化合物の重量を基準にして、通常2〜50倍量、好ましくは10〜30倍量であることができる。
【0027】
本発明において、式(4)の化合物の置換基R1がアルケニル基である場合、上記した式(4)の化合物のケトン部の還元に先立って、二重結合部の還元を、例えば、水素化アルミニウムリチウムなどの金属還元や、貴金属触媒存在下(パラジウム、ロジウム、ルテニウム、ニッケルなど)に水素化反応を有機溶媒の存在下または不存在下、好ましくは有機溶媒の存在下に行うことができる。ここで使用しうる有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒;トルエン、ヘキサン、キシレン等の炭化水素系溶媒;クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素等のハロゲン系溶媒;エタノール、メタノール、プロパノール等のアルコール系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の非プロトン系極性溶媒;酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル系溶媒をそれぞれ単独でまたは2種もしくはそれ以上混合して使用することができる。その使用量は、式(4)の化合物の重量を基準にして、通常2〜50倍量、好ましくは10〜30倍量であることができる。
【0028】
次いで、上記還元反応で得られるジオール体を環化・脱水する方法は、一般的に用いられている環化・脱水反応が応用できる。例えば、硫酸、リン酸、パラトルエンスルホン酸などの酸を用い、有機溶媒の存在下または不存在下、好ましくは有機溶媒の存在下に共沸脱水条件下に行うことができる。又は、エステル部をアルカリ加水分解した後に、酸性にし、続いて脱水工程をすることもできる。ここで使用できる有機溶媒として好適なものは、水との共沸混合物を作るものが良く、例としてはトルエン、シクロヘキサン、ベンゼンなどをあげることができる。
【0029】
以上述べた如くして得られる式(1)の光学活性マソイアラクトンは、それ自体既知の方法、例えば、蒸留、シリカゲルカラムクロマトグラフィーなどにより、反応混合物から分離し、精製することができる。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0030】
実施例1
第1工程:(5R)−イソプロピル 3−オキソ−5−ヒドロキシ−6−デセノエート(式(4)の化合物)の合成
200ml反応フラスコ中に(S)−BINOL(14g,49mmol)、塩化メチレン(100ml)を仕込み、チタニウムイソプロポキシド(7ml,25mmol)を加える。室温下に2時間撹拌後、トランス−2−ヘキセナール(2.45g,25mmol)、ジケテン(4ml,49mmol)を順次加え、室温下に24時間撹拌した。シリカゲルクロマト精製し、目的物1.87gを得た。(BINOLとの混合物)また、未反応原料のヘキセナール1.10gを回収した。(収率56.1%)
【0031】
第2工程:(R)−δ−2−デセノライド(式(1)の化合物)の合成
100mlオートクレーブ中に、(5R)−イソプロピル 3−オキソ−5−ヒドロキシ−6−デセノエート(0.23g,0.95mmol)、ラネーニッケル(0.1g)、ヘキサン(30ml)を仕込み、室温下、水素圧(5 MPa)で8時間撹拌を行った。反応終了後、触媒をろ過し、溶媒回収後、エタノール(1ml)、テトラヒドロフラン(3ml)に溶解させ、水素化ホウ素ナトリウム(20mg,0.47mmol)を加え、室温下に4時間撹拌した。2N−塩酸(0.3ml)を加え、30分撹拌した。反応溶液に硫酸マグネシウムを加え、ろ別後、溶媒回収した。得られた残さにトルエン(10ml)、パラトルエンスルホン酸(10mg)を加え、共沸脱水条件下に2時間撹拌を行った。反応終了後、重曹水を加え、水層を分離した。有機層は溶媒回収後、シリカゲルクロマト精製し、目的物79.1mgを得た。(収率49.5%)得られた目的物は、キラルカラム(CHIRAMIX:登録商標)を用いたガスクロマトグラフィーによる測定の結果81%eeであることが確認された。
【0032】
実施例2〜7
トランス−2−ヘキセナールの代わりに、ヘキサナール(実施例2)、トランス−3−ヘキセナール(実施例3)、シス−3−ヘキセナール(実施例4)、トランス−4−ヘキセナール(実施例5)、5−ヘキセナール(実施例6)、2,4−ヘキサジエナール(実施例7)を用いる以外は実施例1と同様に操作することにより、(R)−δ−2−デセノライドを得た。各実施例で得られたラクトンの光学純度を表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
実施例8
(S)−BINOLの代わりに(R)−BINOLを用いる以外は実施例1と同様に操作することにより、(S)−δ−2−デセノライドを得た。その光学純度は78%eeであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(2)
【化1】

で表されるジケテンを不斉金属錯体の存在下に下記式(3)
R1CHO (3)
[式中、R1は炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基を示す]
で表される脂肪族アルデヒドと反応させて、下記式(4)
【化2】

[式中、R1は炭素数5の直鎖アルキル基またはアルケニル基を、R2は炭素数1〜6のアルキル基を示し、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性なアルドール体とした後、還元し、次いで環化脱水することを特徴とする下記式(1)
【化3】

[式中、*は不斉炭素原子を示す]
で表される光学活性マソイアラクトンの製造方法。
【請求項2】
上記式(3)のアルデヒドが2−ヘキセナールであり、かつ、不斉金属錯体がBINOL−チタン錯体である請求項1に記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−78997(P2009−78997A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248978(P2007−248978)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000214537)長谷川香料株式会社 (176)
【Fターム(参考)】