説明

光学活性化合物、光記録用材料、光学フィルムおよび情報記録媒体

【課題】高感度かつ高速応答可能な光学活性化合物を提供すること。
【解決手段】下記一般式(I)で表される光学活性化合物。


[X1、X2、X3およびX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2、または−CN(但し、p、q、r、sおよびtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である)を示し、aおよびbは、それぞれ独立に1〜6の範囲の整数である。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光記録用材料として有用な新規光学活性化合物ならびに前記化合物を含む光学フィルムおよび情報記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、外場(電気・熱・磁場・圧力・光等)に応答する有機機能材料が多数報告されている。特に光は電子と比較して情報の高速処理・多重処理・並列処理の点で優れているため、有機材料を用いた光情報処理技術(光記録材料・光スイッチング・光センサー・光コンピュータ等)への応用が盛んに検討されている。
【0003】
光学活性(キラリティー)は、生体内における二重らせん・タンパク質のアルファへリックスに代表される有機分子に特有の機能である。近年、光を用いて材料のキラリティーを制御する研究が行われている。特に、フォトクロミック分子を含む有機材料は、光を反応のトリガーとして用いることでキラリティーの変化を可逆的に制御することができる(非特許文献1参照)。
【0004】
大きなキラリティー変化を誘起するためには如何にしてフォトクロミック分子の構造変化を利用するかが重要である。代表的なフォトクロミック分子であるアゾベンゼンは、光または熱によって可逆的に異性化する。シス体の分子長はトランス体に比べおよそ40%短いため、アゾベンゼンの分子構造変化を有効に利用することができれば、大きなキラリティー変化を誘起する材料を構築できる可能性が高い。例えば、非特許文献2〜4には、アゾベンゼンを含む光応答材料が提案されている。しかし、これら光応答材料のキラリティーの変化量および応答速度は、実用上十分なものではなかった。
【非特許文献1】Feringa, B. L. ら,Chem. Rev. 2000, 100, 1789.
【非特許文献2】Gottarelli, G. ら,Chem. Commun. 2003, 598.
【非特許文献3】Rosini, C.; Feringa, B. L. ら,Chem. Eur. J. 2004, 10, 61.
【非特許文献4】Spada, G. P. ら,Chem. Eur. J. 2004, 10, 5632.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
かかる状況下、本発明は、高感度かつ高速応答可能な光学活性化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた。従来の光応答材料は、光応答部位とキラル部位との結合距離が離れているため、高速かつ大きなキラル応答を示すことができないと考えられる。そこで、本発明者らは、アゾベンゼンとキラル分子を環状に結合させ結合距離を縮小することにより、光照射によるアゾベンゼン骨格の大きな分子構造変化をキラル分子に高速に伝達できることを見出した。本発明は、以上の知見に基づき完成された。
即ち、上記目的を達成する手段は、以下の通りである。
[1] 下記一般式(I)で表される光学活性化合物。
【化1】

[X1、X2、X3およびX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2、または−CN(但し、p、q、r、sおよびtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である)を示し、aおよびbは、それぞれ独立に1〜6の範囲の整数である。]
[2] 前記一般式(I)において、aおよびbは、それぞれ独立に1〜3の範囲の整数である、[1]に記載の光学活性化合物。
[3] [1]または[2]に記載の化合物からなる光記録用材料。
[4] [1]または[2]に記載の化合物を含む光学フィルム。
[5] 基板上に光記録層を有する情報記録媒体であって、前記光記録層は、[1]または[2]に記載の化合物を含むことを特徴とする情報記録媒体。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、光に対して高感度かつ高速に応答するとともに加工性に優れた新規光学活性化合物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について更に詳細に説明する。

本発明の光学活性化合物は、下記一般式(I)で表される。
【0009】
【化2】

【0010】
アゾベンゼンは、光照射等により可逆的に異性化し大きく構造が変化する。本発明の光学活性化合物は、上記アゾベンゼン骨格とキラル部位であるビナフチル骨格が環状に結合しているため、従来の光応答材料と比べて光応答部位とキラル部位との結合距離が縮小されている。そのため、本発明の光学活性化合物では、光照射によるアゾベンゼン骨格の大きな構造変化をキラル部位(ビナフチル骨格)に高速に伝達し、2つのナフタレン環を結合する単結合を回転させることにより、ビナフチル部位のキラリティーを高速かつ高感度に変化させることができる。
【0011】
前記一般式(I)において、X1、X2、X3およびX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2、または−CNを示す。ここで、p、q、r、sおよびtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である。溶解性と膜形成の観点からは、p、q、r、sおよびtは、それぞれ独立に1〜6の範囲であることが好ましい。
【0012】
上記各置換基の中で、一般式(I)で表される化合物の溶解性を高めて薄膜形成を容易にするという観点から、X1およびX2として好ましい基としては、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−Brおよび−COOCt2t+1を挙げることができる。また、X1およびX2は、同一であっても異なっていてもよい。
【0013】
一般式(I)において、アゾベンゼン骨格のシス−トランス応答(シス体からトランス体への異性化)を促進するためには、X3およびX4は、一方が電子供与基であり他方が電子吸引基であることが好ましい。上記の点から好ましいX3とX4の組み合わせとしては、X3およびX4のいずれか一方が、電子供与基である−NH2、−N(CH32、−OCs2s+1、−SCq2q+1であり、他方が、電子供与基である−CN、−NO2、−COOCt2t+1、−COOH、−Cp2p+1である組み合わせを挙げることができる。なお、一方が電子供与基であり他方が電子吸引基である組み合わせであれば、X3およびX4のどちらへ電子供与基または電子吸引基を導入しても構わない。
【0014】
前記一般式(I)において、aおよびbは、それぞれ独立に1〜6、好ましくは1〜3の範囲の整数である。aおよびbが6を超えると、アゾベンゼン骨格とキラル部位との距離が長くなり、アゾベンゼン骨格の構造変化をキラル部位に高速に伝達することが困難となる。一般式(I)において、aとbとは同一であっても異なっていてもよいが、合成の容易性の観点からは、両者が同一であることが好ましい。
【0015】
本発明の光学活性化合物には、以下に示すように、ビナフチル部位の捻れ構造が異なるS体とR体がある。本発明の光学活性化合物は、S体であってもR体であっても光等に対して高速かつ高感度に応答し得る。
【化3】

【0016】
本発明の光学活性化合物は、公知の方法で合成することができる。合成方法としては、例えば、以下の方法を例示できる。但し、本発明の光学活性化合物の合成方法は、下記方法に限定されるものではない。
例えば、一般式(I)において、a=bの場合、まず、2,2’−ジヒドロキシアゾベンゼン:
【化4】

を、適当な溶媒(例えばジメチルホルムアミド、アセトニトリル)中で、炭酸セシウムおよびジベンゾ−18−クラウン−6の存在下、
【化5】

[式中、AおよびA’は、それぞれ独立にハロゲン原子等の反応性基を示し、aは前述と同義である。]
と反応させることにより、下記アゾベンゼン誘導体を得る。
【化6】

[式中、A、A’およびaは、前述と同義である。]
【0017】
次いで、得られたアゾベンゼン誘導体を、適当な溶媒(例えばジメチルホルムアミド、アセトニトリル)中で、炭酸セシウムおよびジベンゾ−18−クラウン−6の存在下、2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチル:
【化7】

と反応させることにより、一般式(I)で表される本発明の光学活性化合物を得ることができる。上記反応の詳細については、例えば、Michell, D. K.; Sauvage, J. -P. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1988, 27, 930. Lee, J. C.; Yuk, J. Y.; Cho, S. H. Synth. Commun. 1995, 25, 1367.を参照することができる。
【0018】
上記反応において、反応溶液中の2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチルとアゾベンゼン誘導体の濃度および混合比は、適宜設定することができる。2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチルとアゾベンゼン誘導体の混合比(モル比)は、例えば1:1程度とすることができる。また、反応は、例えば20℃(室温)〜100℃で行うことができ、反応時間は、例えば24〜72時間とすることができる。目的物である一般式(I)で表される化合物は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等の公知の方法で精製することができる。目的物が得られたことは、NMR、質量分析、元素分析等で確認することができる。
【0019】
上記反応に使用する原料化合物は、公知の方法で入手することができ、また市販品としても入手可能である。なお、原料のビナフチルとしてS体またはR体のいずれかを選択することにより、ビナフチル部位に所望の捻れ構造を有する目的物を得ることができる。
【0020】
本発明の光学活性化合物の具体例を以下に示す。但し、本発明は下記具体例に限定されるものではない。なお、以下に示す具体例において、ビナフチル部位はR体であってもよく、S体であってもよい。
【化8】

【0021】
[光記録用材料]
本発明は、更に、本発明の光学活性化合物からなる光記録用材料に関する。
先に説明したように、本発明の光学活性化合物は、アゾベンゼン部位を含む。アゾベンゼンは、シス体とトランス体があり、熱的に安定なものはトランス体である。棒状のトランス体は屈曲したシス体と比べて分子長が約40%長いため、シス体からトランス体への異性化およびトランス体からシス体への異性化により分子長が大きく変化する。本発明の光学活性化合物においては、このように異性化により分子長が大きく変化するアゾベンゼン骨格が、ビナフチル骨格と比較的近距離で環状に結合されているため、アゾベンゼン骨格の構造変化により、2つのナフタレン環を結合する単結合を回転させ、ビナフチル部位のキラリティーを高速かつ高感度にスイッチすることができる。
【0022】
アゾベンゼン部位がトランス体である本発明の光学活性化合物に対し、紫外光等の光(例えば波長300〜400nm)を照射すると、シス体への異性化を起こすことができ、その後、トランス−シス異性化に用いた光よりも長波長の光(例えば波長400〜550nm)を照射するか、または加熱することにより、再びトランス体に変化させることができる。加熱温度は、例えば20〜100℃程度とすることができ、加熱温度が高いほど高速でシス−トランス異性化を起こすことができる。また、照射する光としては、例えば高圧水銀灯の輝線である 313nm、 365nm、407nm、436nm;YAG レーザーの第 2 および第 3 高調波である 355 nm、532 nm;またはアルゴンイオンレーザーの 458nm、488nm、514nmなどを用いることができる。更に光強度については、0.1〜100 mW/cm2 程度が好ましい。
【0023】
このように、本発明の光学活性化合物は、光照射等によりアゾベンゼン部位の異性化を可逆的に起こすことにより、ビナフチル部位のキラリティーを可逆的に変化させる(以下、「キラルスイッチング」ともいう)ことができる。このキラリティーの変化は、円二色性(CD)スペクトル変化として現れる。本発明の光学活性化合物は、この光照射によるスペクトル変化を利用して光書き換え可能な光記録用材料として用いることができる。更に、本発明の光学活性化合物には、S体とR体があり、S体とR体は互いに反対のキラリティーを有するため、得られるCDスペクトルは左右対称になる。よって、S体とR体を併せて利用することにより記録のバリエーションを増やすことができ、更に複数種の化合物を組み合わせて使用することにより、記録のバリエーションをより一層増やすことができる。また、本発明の化合物は、後述するように、加工が容易であるという利点も有する。
【0024】
[光学フィルム、情報記録媒体]
本発明は、更に、本発明の化合物を含む光学フィルムに関する。
本発明の光学フィルムは、例えば、本発明の化合物を、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、クロロホルム等の適当な溶媒に溶解して調製した塗布液を、基板上に塗布、乾燥することにより作製することができる。前記基板としては、石英、ガラス、ポリメタクリル酸メチル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、ポリイミド等の公知の基板を用いることができる。塗布方法としては、公知の方法を用いることができるが、中でも、スピンコート法を用いると、本発明の化合物を高分子等へ分散させることなく、均一な薄膜を容易に形成することができる。こうして形成された光学フィルムは、本発明の化合物を含み、好ましくは本発明の化合物からなるものである。但し、前記光学フィルムには、本発明の化合物以外にも、公知の添加剤を添加することもできる。
【0025】
本発明は、更に、基板上に光記録層を有する情報記録媒体に関する。前記光記録層は、本発明の化合物を含むものである。前記光記録層の詳細は、先に本発明の光学フィルムについて述べた通りである、また、前記基板については前述の通りである。なお、前記光記録層の上に、例えば保護層等の更なる層を設けることも可能である。前記光学フィルムおよび光記録媒体の厚さは、用途に応じて適宜決定すればよく、例えば10nm〜10μmとすることができる。
【0026】
本発明の光学フィルムおよび情報記録媒体に対し、光照射を行うことにより、光学フィルムまたは光記録層に含まれる化合物中のアゾベンゼン部位をトランス体からシス体へ変化させることができ、再度光照射等を行うことにより、シス体からトランス体へ変化させることができる。本発明では、この可逆的な異性化によってビナフチル部位のキラリティーを可逆的に変化させることにより、情報の記録、書き換えを容易に行うことができる。また、本発明の光学フィルムは、光照射によってビナフチル部位の捻れ構造を変化させることができるため、この性質を利用してカラーフィルター、偏光マスク等として使用することもできる。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明を実施例に基づき更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
[例1]
R体の合成
(1)アゾベンゼン誘導体の合成
【化9】

【0028】
脱水ジメチルホルムアミド(50ml)中に、2,2’−ジヒドロキシアゾベンゼン(0.50g,2.3mmol)、炭酸セシウム(2.25g、6.9mmol)、ジベンゾ−18−クラウン−6(0.25g、0.69mmol)を加えた。窒素雰囲気下で20分撹拌した後、1,3−ジブロモブタン(4.64g,23mmol)を加え、室温で72時間撹拌した。反応終了を薄層クロマトグラフィーを用いて確認した。反応物を塩化メチレンで抽出した後、抽出物を硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を留去した。精製にカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:トルエン:アセトン=99:1)を用い、上記化合物1を得た(0.73g,収率:69%)。
【0029】
1H-NMR (400 MHz, CDCl3): δ(ppm) 2.39-2.45 (m, 4H, Ph-OCH2CH2CH2Br), 3.69 (t, 4H, Ph-OCH2CH2CH2Br), 4.34 (t, 4H, Ph-OCH2CH2CH2Br), 7.02-7.08 (m, 2H, aromatic rings), 7.11 (d, 4H, aromatic rings), 7.39-7.43 (m, 2H aromatic rings), 7.63 (d, 2H, aromatic rings).
【0030】
(2)R体の合成
【化10】

【0031】
脱水ジメチルホルムアミド(300ml)中に、(R)−2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチル(0.63g,2.2mmol)、炭酸セシウム(3.6g,11mmol)、ジベンゾ−18−クラウン−6(0.4g、1.1mmol)を加えた。窒素雰囲気下で20分間撹拌した後、化合物1(1.0g、2.2mmol)を加え、室温で72時間撹拌した。反応終了を薄層クロマトグラフィーを用いて確認した。反応物を塩化メチレンで抽出した後、抽出物を硫酸マグネシウムで乾燥し、溶媒を留去した。精製にカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:トルエン:アセトン=98:2)を用い、上記化合物(R)を得た(0.30g,収率:24%)。
【0032】
1H-NMR (400 MHz, CDCl3): δ(ppm) 1.77-1.94 (m, 4H, Ph-OCH2CH2CH2O-binaphthyl), 3.48-4.21 (m, 8H, Ph-OCH2CH2CH2O-binaphthyl and Ph-OCH2CH2CH2O-binaphthyl), 6.75 (d, 2H, aromatic rings), 7.01-7.23 (m, 8H, aromatic rings), 7.30-7.34 (m, 4H, aromatic rings), 7.56 (d, 2H, aromatic rings). Anal. Calc. for C38H32N2O4: C, 78.60; H, 5.55; N, 4.82. Found: C, 78.52; H, 5.55; N, 4.80. EI-MS: m/z = 580 [M+].
【0033】
[例2]
S体の合成
【化11】

【0034】
(R)−2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチルに代えて(S)−2,2’−ジヒドロキシ−1,1’−ビナフチルを使用した以外は例1と同様の操作を行い、上記化合物(S)を得た(収率:24%)。Anal. Calc. for C38H32N2O4: C, 78.60; H, 5.55; N, 4.82. Found: C, 78.52; H, 5.54; N, 4.80. EI-MS: m/z = 580 [M+].
【0035】
トランス−シス異性化による吸収スペクトル変化
図1に、1,4−ジオキサン中(濃度:1.4 × 10-5 M)における化合物(R)の吸収スペクトル変化を示す。波長215nm−350nmは、キラル部位であるビナフチル部位に由来するピークであり、波長350nm−600nmは、アゾベンゼン部位に由来する吸収である。化合物(R)へ高圧水銀灯の輝線である365nm(光強度:6mW/cm2)の光を20秒間照射したところ、365nm付近の吸収が減少し、440nm付近の吸収が増加した。365nm、440nm付近の吸収は、それぞれアゾベンゼンのπ−π*、n−π*遷移に帰属できることから、化合物(R)は光によってトランス体からシス体へと変化することがわかった。
【0036】
トランス−シス異性化によるCDスペクトル変化
図2に、1,4−ジオキサン中(濃度:1.4 × 10-5 M)での化合物(R)(点線)、化合物(S)(実線)の円二色性(CD)スペクトル変化を示す。化合物(R)、化合物(S)は、互いに反対のキラリティーを有するため、得られたCDスペクトルは左右対称となった。各サンプルに365nm(光強度:6mW/cm2)の光を20秒間照射したところ、440nm付近(アゾベンゼン部位由来)、240nm付近(ビナフチル部位由来)のスペクトルが変化し、Δεの変化量はそれぞれ±15、±45であった。特に、440nmのΔεは、光照射前後でおよそ3倍変化することがわかった。光照射後においてビナフチル、アゾベンゼン部位に由来するΔεの値はともに増加または減少した。このことから、化合物(R)、化合物(S)が環状構造であるため、アゾベンゼンの異性化反応に伴う分子構造変化がビナフチル部位へ効果的に伝達されたと考えることができる。これにより、アゾベンゼン部位の異性化による大きな分子構造変化により、ビナフチル部位のキラリティーが変化することが示された。
【0037】
光照射によるキラルスイッチング
図3に、1,4−ジオキサン中(濃度:1.4 × 10-5 M)での光照射に伴う化合物(R)、(S)のキラルスイッチング挙動を示す。化合物(R)、(S)の1,4−ジオキサン溶液へ、高圧水銀灯の365nm(光強度:6mW/cm2)、436nm(光強度:14mW/cm2)の輝線を交互に20秒間照射し、これを10回繰り返した。その結果、図3に示すように、(R)、(S)のΔεは可逆的に変化した。またその変化量は、複数回繰り返しても一定であったことから、これらの化合物はキラリティーを光で制御できる材料であることがわかった。また、光による応答時間を、例えば非特許文献2に記載の材料と比較すると、化合物(R)、(S)は、およそ 60 倍の高速応答を示す材料であることが明らかとなった。
【0038】
[例3]
情報記録媒体の作製
(1)熱物性の評価
化合物(R)の熱物性を評価するために、示差走査熱量測定を行った。結果を図4に示す。10℃/分で200℃まで昇温したところ、187℃に融点に由来する鋭いピークが現れた。室温以下まで降温した後、再び昇温すると融点のピークが消失し、86℃にブロードなピークが生じた。また、一度融点以上に加熱したサンプルは、昇温・降温を繰り返しても同様なプロファイルとなることがわかった。
【0039】
(2)X線回折パターン
図5に、化合物(R)の室温でのX線回折パターンを示す。図5(A)に示すように、加熱処理前のサンプルは、複数の鋭い回折ピークを生じたことから、結晶状態であることがわかった。このサンプルを220℃で5分間加熱し、室温まで冷却した。図5(B)に示すように、加熱処理後のX線回折パターンは鋭い回折ピークが消失し、ブロードなピークが現れた。
図4および5の結果より、化合物(R)は86℃にガラス転移点を有する分子性アモルファス材料であることがわかった。分子性アモルファス材料は、スピンコート法により容易にフィルム化することができる。
【0040】
(3)光記録層(光学フィルム)の作製
化合物(R)のクロロホルム溶液(1質量%)を調製し、石英基板上への薄膜形成を試みた。石英基板へ溶液を滴下し、1000回転/分で30秒間回転させたところ、厚さおよそ100nmのフィルムが得られた。このフィルムを偏光顕微鏡で観察したところ、ステージを回転させても暗視野のままであった。以上の結果より、得られた薄膜はアモルファスフィルムであることがわかった。同様に、化合物(S)からなる光記録層も作製した。
【0041】
光記録層の吸収スペクトル変化
図6に、上記で得られた化合物(R)からなる光記録層の吸収スペクトルを示す。スペクトル形状は、図1に示す溶液のものとほぼ同じであった。365nm(光強度:6mW/cm2)の輝線を60秒間照射すると、アゾベンゼンのπ−π*遷移に由来するピークが減少し、n−π*遷移のピークが増加した。この結果より、化合物(R)は、固体中(フィルム中)においても光によってトランス体からシス体へと変化することがわかった。
【0042】
光記録層のCDスペクトル変化
図7に、上記で得た光記録層中での化合物(R)(点線)、(S)(実線)のCDスペクトルを示す。得られたスペクトルは、238nmにビナフチル部位に由来する大きな旋光角(±900mdeg/μm)、440nmにアゾベンゼン部位に由来する旋光角(±25mdeg/μm)を示した。
上記各フィルムに、高圧水銀灯の365nm(光強度:6mW/cm2)、436nm(光強度:14mW/cm2)の輝線を交互に60秒間照射し、これを10回繰り返したところ、図8に示すように、溶液の場合と同様に化合物(R)、(S)のCDスペクトルが変化した。440nm、245nmにおける旋光角の変化量はそれぞれ80、100mdeg/μmであった。
以上の結果より、化合物(R)、(S)は、固体中においてキラルスイッチングを示すことが明らかとなった。このように固体中においてキラルスイッチングを示す材料は、今まで報告がなく、本発明の化合物が最初の例である。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上説明したように、本発明の光学活性化合物は、分子のキラリティーを光照射等によって高速かつ高感度にスイッチすることができる。更に、本発明の光学活性化合物は、固体中でもキラルスイッチングを示すことができる。
このように、本発明の光学活性化合物は、固体中でもキラルスイッチング能を有し、しかも易加工性を有するため、書き換え型記録素子等の光情報処理デバイスへの応用が可能である。更に、分子の構造変化によりキラルスイッチングを起こす本発明の化合物の作動原理を応用することにより、光によって駆動する分子機械・分子素子等を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】1,4−ジオキサン中における化合物(R)の吸収スペクトル変化を示す。
【図2】1,4−ジオキサン中での化合物(R)および化合物(S)の円二色性(CD)スペクトル変化を示す。
【図3】1,4−ジオキサン中での光照射に伴う化合物(R)および化合物(S)のキラルスイッチング挙動を示す。
【図4】化合物(R)の示差走査熱量測定結果を示す。
【図5】化合物(R)の室温でのX線回折パターンを示す。
【図6】化合物(R)からなる光記録層の吸収スペクトルを示す。
【図7】光記録層中での化合物(R)および化合物(S)のCDスペクトルを示す。
【図8】光記録層中での化合物(R)および化合物(S)の円二色性(CD)スペクトル変化を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される光学活性化合物。
【化1】

[X1、X2、X3およびX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2、または−CN(但し、p、q、r、sおよびtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である)を示し、aおよびbは、それぞれ独立に1〜6の範囲の整数である。]
【請求項2】
前記一般式(I)において、aおよびbは、それぞれ独立に1〜3の範囲の整数である、請求項1に記載の光学活性化合物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化合物からなる光記録用材料。
【請求項4】
請求項1または2に記載の化合物を含む光学フィルム。
【請求項5】
基板上に光記録層を有する情報記録媒体であって、前記光記録層は、請求項1または2に記載の化合物を含むことを特徴とする情報記録媒体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2007−238510(P2007−238510A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63732(P2006−63732)
【出願日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】