説明

光学素子およびそれを有する光学系

【課題】 フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生をできるだけ抑制すること。
【解決手段】 レンズ面2aにサブ波長構造が形成された光学素子1において、コバ部3に形成されたサブ波長構造と、そのサブ波長構造上に形成された使用波長域の光に対して不透明な膜4を有すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制した光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
レンズなどの光学素子では、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制し、高品位で高性能な光学系を得ることを目的として、さまざまな工夫がなされている。それらは、大きく分けて以下の二つに分類することができる。
(1)光線有効部において、光の透過率を向上することで反射を低減する手法
(2)非光線有効部において、光の吸収率を向上することで反射を低減する手法
従来、(1)の手法として、真空蒸着法やスパッタリング法などにより誘電体薄膜をレンズ面等の光線有効部に設ける方法が広く利用されている。
【0003】
誘電体薄膜を利用した反射防止膜では、各膜の屈折率および膜厚を制御し、表面及び界面で発生する反射光を干渉させることで反射率の低減を図っている。そのため、特定の波長・特定の入射角では高性能な反射防止性能が得られるものの、それ以外の波長や入射角では性能が大きく低下するという問題がある。
【0004】
一方、誘電体薄膜に代わる方法として、使用波長以下のサブ波長構造(Sub−Wavelength Structure:SWS)を利用した反射防止構造も知られている。
【0005】
例えば、特許文献1では、部材を形成する曲面に、反射防止対象となる光線の波長以下のピッチで形成した微細周期凹凸構造からなる反射防止部を設けた例を開示している。
【0006】
特許文献1に開示されたような、波長以下の微細周期凹凸構造からなる反射防止構造では、部材の空間占有率が連続的に変化しているので、入射媒質から射出媒質へと屈折率が連続的に変化することとなる。そのため、微細周期凹凸構造の高さが一定以上(例えば使用波長の二分の一以上)の場合、波長帯域特性及び入射角特性に優れた反射防止性能を得ることができる。
【0007】
一方、(2)の方法としては、レンズ側端部(いわゆるコバ部)などに、コールタールやコールタールピッチ、黒色顔料や黒色染料、カーボンブラックなどを含有する塗膜を形成する方法が広く用いられている。
【特許文献1】特開2006−053220号広報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
レンズなどの光学素子には、撮影もしくは観察等に必要な光以外にも、さまざまな角度からの光が入射することがある。
【0009】
特許文献1に開示されたような部材を結像光学系や観察光学系に使用した場合の例について、図10を用いて説明する。部材1に、大きな角度で入射した光11は微細周期凹凸構造を形成した光線有効部(レンズ面)2aを透過し、非光線有効部(コバ部)3に到達する。このとき、微細周期凹凸構造では、反射率の入射角特性に優れているため、大きな入射角度でも高い透過率で光線有効部2aを光が透過することとなる。
【0010】
ところが、特許文献1に記載の部材1では、非光線有効部3に何らの処理も施されていないため、光11は非光線有効部3で反射して不要光12となり、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の要因となる。
【0011】
本発明は、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生をできるだけ抑制することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の光学素子は、光線有効部に使用波長以下のサブ波長構造が形成された光学素子であって、非光線有効部に形成された使用波長以下のサブ波長構造と、そのサブ波長構造上に形成された使用波長域の光に対して不透明な膜を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、単に非光線有効部に塗膜を形成した場合に比べて、有害光の発生を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を用いて本発明の光学素子およびそれを用いた光学系について説明する。
【0015】
本発明の光学素子は、光線有効部(レンズ面など)は、その面内方向で使用波長以下のサブ波長構造からなる反射防止部を設けた素子である。そして、非光線有効部(コバ部など)にも面内方向で使用波長以下のサブ波長構造を形成し、更にそのサブ波長構造上に使用波長域の光に対して実質的に不透明な膜を形成したものである。
【0016】
本発明におけるサブ波長構造は、どのような方法で作製されたものでも構わない。例えば、光学素子表面にアルミニウムを含有する溶液を塗布して皮膜を形成し、その皮膜を温水処理することで微細凹凸形状の構造体を形成する方法を用いることができる。また、アルミニウムあるいはアルミニウム合金を陽極酸化する際に形成される細孔を金型表面に形成し、その細孔を用いた射出成形で微細凹凸形状を光学素子と一体成形する方法などを用いてもよい。これらの方法を用いれば、安価に大面積の曲面にもサブ波長構造を形成することができて好適である。それ以外にも、フォトリソグラフィーやエッチング、ナノインプリント技術などを用いて形成してもよい。
【0017】
実質的に不透明な膜としては、コールタールやコールタールピッチ、黒色顔料や黒色染料、カーボンブラックなどを含有する塗膜が好適であるが、光の吸収率が高く、反射を抑制できる吸収膜であれば別のものでも良い。
【0018】
図8(a)に、株式会社オハラ製の光学ガラスS−LAH65(nd=1.8040)で形成したレンズ80にレンズ内面反射防止塗料(キヤノン化成株式会社製、商品名:GT−7)81を塗布した例を示す。図8(b)はレンズ80と反射防止塗料81との界面部分の拡大図、図8(c)は界面に垂直な方向の屈折率の変化を表す図である。図8(d)は、可視域の反射率(内面反射率)を示す。
【0019】
非光線有効部の表面に、使用波長において不透明な膜を形成したことで、反射率は可視域全域(ここでは、400nm〜700nmの波長域)で0.6%以下となっており、図9に示した塗膜を形成しなかった場合の反射率に比べ大きく反射率は低減している。しかしながら、光線有効部にサブ波長構造を設けた光学素子では、前述したごとく反射防止効果の入射角特性が優れているため、より多くの光が光線有効部を透過することになり、非光線有効部に達する光の割合も従来に比べて多くなる。このため、単に非光線有効部に不透明な膜を形成しただけでは不十分である。
【0020】
そこで、本発明の光学素子では、非光線有効部にも使用波長以下のサブ波長構造を形成し、そのサブ波長構造上に不透明な膜を形成した。
【0021】
図7(a)に、図8と同じS−LAH65で形成したレンズ70上に酸化アルミニウムを含有する材料からなる波長以下のサブ波長構造72を形成し、その上にレンズ内面反射防止塗料(キヤノン化成株式会社製、商品名:GT−7)71を塗布した例を示す。サブ波長構造72に関しては、概念的に鋸歯形状で表しているが、必ずしもこのような形状である必要はない。図7(b)はレンズ70と反射防止塗料71との界面部分の拡大図、図7(c)は界面に垂直な方向の屈折率の変化を表す図である。図7(d)は、可視域の反射率(内面反射率)を示す。
【0022】
このようにサブ波長構造の上に不透明な膜を形成したことで、反射率は可視域全域で0.1%以下となっており、図9に示した反射率に比べ著しく低減している。
【0023】
これは、ガラスと内面反射防止塗料の間にサブ波長構造を形成したことで、界面の屈折率ギャップが連続的に変化したため、反射が抑制され、光の吸収効率が向上したことによるものである。
【0024】
これにより、光学素子の光線有効部にサブ波長構造からなる反射防止部が設けられた光学素子でも、非光線有効部での光の反射を低減し、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を大幅に抑制することができる。
【0025】
本発明の光学素子は、レンズ、プリズムなどへの応用が可能である。そして本発明の光学素子は、結像光学系、観察光学系など各種の光学系に用いることができる。
【実施例1】
【0026】
図1は、本発明の実施例1の光学素子の断面図である。
【0027】
図1において、光学素子1は凹メニスカスレンズである。光線有効部(レンズ面)2a,2bには、酸化アルミニウムを含有する材料からなるサブ波長構造(図中破線で示す)が設けられている。光学素子1に大きな角度で入射した光11は、サブ波長構造を形成した光線有効部2aを透過して、非光線有効部(コバ部)3に到達する。非光線有効部3には、サブ波長構造と、その上にレンズ内面反射防止塗料(キヤノン化成株式会社製、商品名:GT−7)からなる塗膜4が形成されている。このため、反射光12の強度は著しく低減し、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制できる。
【0028】
実施例1では、光学素子として凹メニスカスレンズの場合を示したが、本実施例の光学素子はこれに限定されるものではない。両凸レンズ、両凹レンズ、平凸レンズ、平凹レンズ、凸メニスカスレンズ、非球面レンズ、自由曲面レンズ、プリズムなど、どんな形状の光学素子でも良い。これは、後述の他の実施例でも同様である。
【実施例2】
【0029】
図2は、本発明の実施例2の光学素子の断面図である。
【0030】
図2において、光学素子1は両凹レンズである。光線有効部(レンズ面)2aには、酸化アルミニウムを含有する材料からなるサブ波長構造(図中破線で示す)が設けられている。実施例2は、このように一方のレンズ面のみにサブ波長構造を設けた点が、実施例1との相違点である。
【0031】
光学素子1に大きな角度で入射した光11はサブ波長構造を形成した光線有効部2aを透過して、非光線有効部3に到達する。しかし、非光線有効部3には、光線有効部と同じく、酸化アルミニウムを含有する材料からなるサブ波長構造(図中破線で示す)を介してキヤノン化成株式会社製レンズ内面反射防止塗料(商品名:GT−7)からなる塗膜4が形成されている。それにより、反射光12の強度は著しく低減し、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制している。
【実施例3】
【0032】
図3は、本発明の実施例3の光学素子の断面図である。
【0033】
図3において、光学素子1は、両凸レンズである。光線有効部2a及び非光線有効部3には、光学素子と同一の材料であるシクロオレフィンポリマー(日本ゼオン株式会社製)からなるサブ波長構造(図中破線で示す)が設けられている。光学素子1に大きな角度で入射した光11は、サブ波長構造を形成した光線有効部2aを透過して、非光線有効部3に到達する。しかし、非光線有効部3には、サブ波長構造上に黒色顔料を含有する材料からなる塗膜4が形成されている。このため、反射光12の強度は著しく低減し、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制している。
【実施例4】
【0034】
図4は、本発明の実施例4の光学素子の断面図である。
【0035】
図4において、光学素子1は、凸メニスカスレンズである。光線有効部2a,2bには、光学素子と同一の材料であるポリカーボネート樹脂(帝人化成株式会社製)からなるサブ波長構造(図中破線で示す)が設けられている。光学素子1に大きな角度で入射した光11は、サブ波長構造を形成した光線有効部2aを透過して、非光線有効部3に到達する。しかし、非光線有効部3には、サブ波長構造を介して黒色顔料を含有する材料からなる塗膜4が形成されている。そのため、反射光12の強度は著しく低減し、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制している。
【実施例5】
【0036】
図5は、本発明の実施例5の結像光学系の断面図である。
【0037】
図5において光学系5は、凹メニスカスレンズからなる光学素子1を有し、光線有効部2b及び非光線有効部3には、酸化アルミニウムを含有する材料からなるサブ波長構造(図中破線で示す)が設けられている。非光線有効部3には、サブ波長構造上にレンズ内面反射防止塗料(キヤノン化成株式会社製、商品名:GT−7)からなる塗膜4が形成されている。このため、非光線有効部3での反射を低減し、フレアやゴーストなどの原因となる有害光の発生を抑制している。そのため、高品位で高性能な結像光学系を実現している。
【0038】
実施例5では、入射側の第1レンズの射出面2bのみにサブ波長構造からなる反射防止部を設けたが、本実施例はこれに限定するものではなく、別のレンズの入射面・射出面に設けても良い。
【0039】
ただし、第1レンズの入射面2aおよび最終レンズの射出面2cには、サブ波長構造からなる反射防止部を設けない方が良い。これは、サブ波長構造は機械強度が極めて弱く、汚れなどが付着した際、拭き取りなどができないためである。
【実施例6】
【0040】
図6は、本発明の実施例6の観察光学系(一眼レフカメラのファインダ光学系)の断面図である。
【0041】
図6において、光学系5は凹レンズ、凸レンズ、凹メニスカスレンズからなる光学素子1a、1b、1cを有し、光線有効部には光学素子と同一の素材からなるサブ波長構造(図中破線で示す)が設けられている。非光線有効部には、サブ波長構造上に黒色顔料を含有する材料からなる塗膜4が形成されている。このため、非光線有効部へ到達した光の反射を低減し、有害光の発生を抑制しているため、高品位で高性能な観察光学系を実現している。
【0042】
実施例6では、光学素子1cの射出側(右側)の面にはサブ波長構造からなる反射防止機能を設けていない。これは、実施例5と同様に、サブ波長構造の機械強度の起因する課題を生じさせないためである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1の光学素子の断面図である。
【図2】実施例2の光学素子の断面図である。
【図3】実施例3の光学素子の断面図である。
【図4】実施例4の光学素子の断面図である。
【図5】実施例5の結像光学系の断面図である。
【図6】実施例6の観察光学系の断面図である。
【図7】本発明の光学素子の概略を説明するための図である。
【図8】比較例の光学素子の概略を説明するための図である。
【図9】比較例の光学素子の非光線有効部の反射率を示す図である。
【図10】従来の光学素子を表す図である。
【符号の説明】
【0044】
1 光学素子
2a,2b 光線有効部
3 非光線有効部
4 不透明な膜
5 光学系
6 撮影レンズ
7 反射ミラー
8 プリズム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光線有効部に使用波長以下のサブ波長構造が形成された光学素子であって、非光線有効部に形成された使用波長以下のサブ波長構造と、前記非光線有効部のサブ波長構造上に形成された使用波長域の光に対して不透明な膜を有することを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記光学素子はレンズであり、前記非光線有効部はレンズのコバ部であることを特徴とする請求項1の光学素子。
【請求項3】
前記不透明な膜は、使用波長の光を吸収する吸収膜であることを特徴とする請求項1又は2の光学素子。
【請求項4】
前記使用波長は、400nm〜700nmの波長域であることを特徴とする請求項1〜3いずれかの光学素子。
【請求項5】
前記サブ波長構造は、アルミニウム又は酸化アルミニウムを含有する構造体であることを特徴とする請求項1〜4いずれかの光学素子。
【請求項6】
前記サブ波長構造は、前記光学素子と同一の材料であることを特徴とする請求項1〜4いずれかの光学素子。
【請求項7】
前記不透明な膜は、コールタール及びコールタールピッチの少なくとも一方を含有することを特徴とする請求項1〜6いずれかの光学素子。
【請求項8】
前記不透明な膜は、黒色顔料又は黒色染料のうち少なくともいずれか一方を含有することを特徴とする請求項1〜6いずれかの光学素子。
【請求項9】
請求項1〜8いずれかの光学素子を有することを特徴とする光学系。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate