説明

光学部品、撮像レンズ及びフッ素系高分子膜のコーティング方法

【課題】樹脂製単体レンズを用いた撮像レンズにおいて、高温環境下でもひび割れなどを生じない反射防止コーティングを提供する。
【解決手段】
樹脂製、特に熱硬化性樹脂で形成された単体レンズ2,3を含む撮像レンズ1において、単体レンズ2,3の少なくとも物体側、好ましくは物体側と像側の光学表面2a,2b,3a,3bにフッ素系高分子膜の単層膜コーティングを施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディジタルスチルカメラやカメラ機能付き携帯電話機などに搭載される撮像レンズに用いられる単体レンズなどを含む光学部品、特にその反射防止コーティング技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、光学性能が要求される単体レンズ等の光学部品や単体レンズを組み合わせて構成された撮像レンズにおいては、その光学表面に反射を防止するためのコーティングが施されている。特に、撮像レンズにおいては、光透過率の向上、ゴーストやフレアーの発生の防止のため、多層膜コーティングが施されている場合が多い。多層膜コーティングは、SiOやTiOなどの屈折率の異なる複数の無機材料を用いて、それぞれ所定の膜厚になるように複数の薄膜が積層されたものであり、優れた反射防止効果が得られる。
【0003】
一方、ディジタルスチルカメラやカメラ機能付き携帯電話機などに搭載される撮像レンズでは、撮像レンズを構成する光学部品としての単体レンズの光学表面の非球面化に伴い、単体レンズの材料としてアクリルなどの熱可塑性樹脂や、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂が使用されている。特に、熱硬化性樹脂を用いた単体レンズは、はんだリフロー時の熱にも耐えられるため、その様な単体レンズのみで構成された撮像レンズは、撮像素子やCPUなどの電子部品と同時に回路基板上に実装可能である。
【0004】
ところが、このような樹脂製の単体レンズの表面に上記無機材料によるコーティングを施した場合、上記はんだリフロー時のような高温環境下では、樹脂材料とコーティング材料の熱膨張率の差により、コーティングされた薄膜にひび割れが生じ、商品価値がなくなってしまうという問題が生じる。具体的には、熱硬化性樹脂の一例であるエポキシ樹脂の熱膨張率は9.0×10−5であるのに対し、SiO及びTiOの熱膨張率はいずれも3.2×10−6であり、30倍程度の差がある。そのため、熱硬化性樹脂で形成された単体レンズの場合、従来、反射防止コーティングを施さずに使用されていた。また、例えば、炎天下の車内温度は100℃以上にもなることがあり、そのような場所にディジタルスチルカメラや携帯電話機などが放置された場合にも、同様に、レンズコーティングにひび割れが生じたりする可能性がある。
【0005】
一般的に、単体レンズに反射防止コーティングを施さなかった場合、単体レンズの両面における反射及びレンズ材料自体の光の吸収などにより、単体レンズの透過率はおおよそ90%程度である。撮像レンズが2枚の単体レンズで構成されている場合、撮像レンズ全体の透過率はおよそ80%程度となり、撮像レンズが3枚以上の単体レンズで構成されている場合、撮像レンズ全体の透過率がさらに低下する。そのため、ユーザ(ディジタルスチルカメラやカメラ機能付き携帯電話機のベンダー)から、撮像レンズ全体の透過率を90%以上に向上させてほしいという要望がある。そのため、レンズの材料と近似した熱膨張率を有する材料で単体レンズの光学表面にコーティングを施すことが望まれている。
【0006】
一方、特許文献1では、例えば半導体製造用ステッパなど、エキシマレーザなどの高エネルギー光源を用いる分野では、低吸収・高耐レーザ性を有するコーティング材料として、フッ化マグネシウム(MgF)などのフッ素化合物を用いることが提案されている。ところで、フッ化マグネシウムなどの熱膨張率は、エポキシ樹脂などの樹脂材料の熱膨張係数に比べて非常に小さく、上記SiOやTiOなどと同様の問題点を有している。
【0007】
特許文献2では、従来のフッ素系高分子膜のコーティング方法として、光学部品の基材の表面に表面活性化処理を行い、基材の表面にシリコン化合物を反応させてカップリング化合物層を形成し、さらに含フッ素有機溶液を基材の表面に塗布し、紫外線照射などにより含フッ素高分子膜を形成し、その後電子線照射により含フッ素高分子膜の架橋を行い、硬化させることが提案されている。ところが、この方法は溶媒を用いているため、単層膜ではなく、また、基材の表面活性化処理や溶媒処理などの工程が多くなり、製造コストの上昇を招く。
【0008】
特許文献3では、蒸発材料に電子線又は紫外線を照射しながらフッ素系高分子膜のコーティングを行う電子アシスト蒸着が示されている。しかしながら、この方法は、均一な単層膜を形成することのみを目的としており、且つ、反射防止膜ではなく、耐熱性及び耐薬品性に優れた保護膜の形成を目的としているため、形成されたフッ素系高分子膜の屈折率などの光学特性に関しては考慮されていない。また、所望の光学特性を維持したまま、はんだリフロー時のような高温環境下での耐熱性を得るための条件も考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−140624号公報
【特許文献2】特開平7−168004号公報
【特許文献3】特開2008−240005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記従来例の問題を解決するためになされたものであり、光学部品として樹脂製単体レンズを用いた撮像レンズにおいて、高温環境下でもひび割れなどを生じない反射防止コーティングを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために請求項1の発明は、光学部品であって、所定の光学性能を有する光学部品の基材の表面に施されたフッ素系高分子膜の単層膜コーティングを備え、前記フッ素系高分子膜の屈折率が、前記光学部品の基材の屈折率よりも小さいことを特徴とする。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1に記載の光学部品において、前記フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化した傾斜膜であり、前記フッ素系高分子膜の屈折率は、前記フッ素系高分子膜の空気側の屈折率と光学部品の基材側の屈折率を平均化した屈折率であることを特徴とする。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1又は2に記載の光学部品において、前記光学部品は、単体レンズ、プリズム、ハーフミラー、平行平板から選択されたいずれか1つであり、前記単層膜コーティングは反射防止コーティングであることを特徴とする。
【0014】
請求項4の発明は、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の光学部品において、前記光学部品は、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂及び光学ガラスから選択されたいずれか1つによって形成されていることを特徴とする。
【0015】
請求項5の発明は、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の光学部品において、前記フッ素系高分子膜の平均化した屈折率は1.25以上1.50以下であり、前記光学部品の基材の屈折率は1.48以上1.63以下であり、前記フッ素系高分子膜の平均化した屈折率が必ず前記光学部品の基材の屈折率よりも小さくなる組み合わせを用いたことを特徴とする。
【0016】
請求項6の発明は、撮像レンズであって、少なくとも1枚の樹脂製の単体レンズを含み、前記単体レンズの少なくとも物体側光学表面にフッ素系高分子膜の単層膜反射防止コーティングを施し、前記フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が増大する傾斜膜であり、前記フッ素系高分子膜の空気側の屈折率と前記単体レンズ側の屈折率を平均化した屈折率が、前記単体レンズの屈折率よりも小さいことを特徴とする。
【0017】
請求項7の発明は、請求項6に記載の撮像レンズにおいて、前記フッ素系高分子膜は、フッ素系アクリレート高分子膜又はテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜であることを特徴とする。
【0018】
請求項8の発明は、請求項6又は7に記載の撮像レンズにおいて、前記樹脂製レンズは、熱硬化性樹脂で形成されていることを特徴とする。
【0019】
請求項9の発明は、請求項6乃至8のいずれか一項に記載の撮像レンズにおいて、前記フッ素系高分子膜の屈折率は1.25以上1.50以下であり、前記光学部品の基材の屈折率は1.48以上1.63以下であり、前記単体レンズの屈折率が必ず前記光学部品の基材の屈折率よりも小さくなる組み合わせを用いたことを特徴とする。
【0020】
請求項10の発明は、所定の光学性能を有する光学部品の基材の表面にフッ素系高分子膜の単層膜コーティングを形成するコーティング方法であって、前記フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化する傾斜膜であり、前記フッ素系高分子膜の材料となる蒸発物質の蒸発中、前記蒸発物質の蒸発温度(るつぼ温度)を経時変化させて、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化した傾斜膜を形成することを特徴とする。
【0021】
請求項11に発明は、請求項10に記載のフッ素系高分子膜のコーティング方法において、前記蒸発物質に又は前記蒸発物質の蒸気に電子線及び/又は紫外線を照射して、前記フッ素系高分子膜に架橋構造を形成することを特徴とする。
【0022】
請求項12の発明は、請求項11に記載のフッ素系高分子膜のコーティング方法において、前記フッ素系高分子膜の材料となる蒸発物質の蒸発中、前記電子線及び/又は紫外線を発生させるための電極に印加する電圧及び/又は電流を経時変化させて、空気側から光学部品の基材側に向けて分子構造の強度が変化した傾斜膜を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
請求項1乃至5に係る発明によれば、フッ素系高分子膜は、耐熱性、撥水性、耐薬品性を備えているので、光学部品の光学表面にフッ素系高分子膜の単層膜コーティングを設けることにより、反射防止コーティング又は増反射コーティングとしての機能に加えて、光学部品の光学表面の保護膜としての機能を付加することができる。その結果、光学部品を用いた光学機器の使用条件を緩和することができ、様々な用途に適した光学機器を提供することができる。特に、光学部材が熱硬化性樹脂で形成されたものの場合、高温環境下に放置されても、光学部材の熱膨張率とコーティングであるフッ素系高分子膜の熱膨張係数が近似しているため、コーティングにひび割れなどが生じることはなく、長期間にわたって光学性能を維持することができる。また、フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化した傾斜膜であるので、単層膜コーティングでありながら、多層膜コーティングと同様の効果が得られる。
【0024】
請求項6乃至9に係る発明によれば、光学部品としての単体レンズの材料である樹脂の熱膨張率に近似した熱膨張率を有するフッ素系高分子膜で反射防止コーティングを施しているので、高温環境下に置かれた場合でも、フッ素系高分子膜のコーティングにひび割れが発生することはない。特に、熱硬化性樹脂で単体レンズを形成した場合、フッ素系高分子膜も熱硬化性樹脂と同様に、はんだリフロー温度に耐えられるため、はんだリフロー処理により、撮像素子などの電子部品と同時に回路基板上に実装することができる。また、材料を適宜選択することにより、フッ素系高分子膜の屈折率は、1.25以上1.50以下の範囲にすることができ、さらに、フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が増加する傾斜膜であるので、単層膜コーティングであっても多層膜コーティングに匹敵する反射防止効果が得られる。さらに、フッ素系高分子膜は、耐熱性、撥水性、耐薬品性及び塵埃の付着防止作用などの特徴を有しているため、反射防止コーティングとしてだけでなく、表面保護膜としての効果も有している。
【0025】
請求項10乃至12に係る発明によれば、フッ素系高分子膜のコーティング方法として、蒸着温度(るつぼ温度)を徐々に上昇させながら、フッ素系高分子膜の単層膜コーティングでありながら、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が増大する傾斜膜が得られ、多層膜コーティングを施した場合と同様の効果が得られる。また、蒸着温度(るつぼ温度)を徐々に下降させることによって、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が減少する傾斜膜が得られる。さらに、蒸着温度(るつぼ温度)の上昇と下降を組み合わせることによって、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率を任意に変化(傾斜)させた傾斜膜が得られる。さらに、電子アシスト法を用い、蒸発材料そのものまたは蒸気に電子線及び/又は紫外線を照射することによって、フッ素系高分子膜に架橋構造を形成することができ、膜の分子構造を強固にすることができる。その結果、はんだリフロー温度に加熱してもフッ素系高分子膜の膜厚や屈折率の変化は少なく、且つ、フッ素系高分子膜にひび割れや凹凸が生じることもない。さらに、電極に印加する電圧や電流を経時変化させることにより、光学部品の基材側から空気側に向けて膜強度を任意に変化(傾斜)させたフッ素系高分子膜が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態に係る撮像レンズの構成を示す図。
【図2】本発明に係る光学部品のフッ素系高分子膜形成に適した蒸着装置の構成及び蒸着方法の一例を示す図。
【図3】本発明の実施例1〜3及び比較例1におけるフッ素系高分子膜の加熱試験の前後の反射率を実測した結果を示すグラフ。
【図4】テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体(テフロンAF(登録商標))の構造式を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の一実施形態について説明する。図1は、本発明の一実施形態として、例えばカメラ機能付き携帯電話機に搭載される撮像レンズの構成を示す。この撮像レンズ1は、撮像素子などの電子部品と共に実装され、はんだリフロー処理によって回路基板に固定されるように構成されている。撮像レンズ1は、アクロマチックレンズであり、それぞれ屈折率の異なる熱硬化性樹脂で形成された2枚の単体レンズ2及び3で構成されている。レンズ鏡筒4も、液晶ポリマーや熱硬化性樹脂などの耐熱性を有する材料で形成されている。
【0028】
光学部品である単体レンズ2及び3の物体側及び像側の球面又は非球面である光学表面2a,2b,3a,3bには、それぞれフッ素系高分子膜の単層膜コーティングが施されている。フッ素系高分子膜は、耐熱性を有しており、その熱膨張率は熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂の熱膨張率と近似している。さらに、材料の選択や成分の調整により、反射防止コーティングの材料であるフッ素系高分子膜の屈折率を、単体レンズの材料であるエポキシ樹脂の屈折率よりも小さくすることができる。そのため、樹脂材料、特に、熱硬化性樹脂で形成された単体レンズの反射防止膜の材料として好適である。
【0029】
フッ素系高分子膜の具体的な材料は特に限定されないが、以下の説明では、フッ化アルキルアクリレート(フッ素系アクリレート高分子膜)又はテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体(テフロンAF(登録商標))を例にして説明する。図2は、フッ素系高分子膜を蒸着に適する蒸着装置の構成及び蒸着方法を示す概念図である。テフロンAFは、テトラフルオロエチレンとパーフルオロ(2,2−ジメチル−1,3−ジオキソール)の共重合体であり、図4に示すような構造式を有している。
【0030】
フッ化アルキルアクリレートなどのフッ素系高分子膜は、通常の真空蒸着法では安定した膜の形成は困難であり、電子アシスト蒸着法を用いて形成される。フッ化アルキルアクリレート膜の材料としては、フッ素系アクリル酸(ダイキン工業製フッ化アルキルアクリレートRf−n(n=4〜10))をモノマーとして用い、架橋剤としてアクリル酸亜鉛(亜鉛ジアクリレートZA)と電子照射を併用して、ポリマーを形成する。
【0031】
図2に示すように、真空チャンバー10の内部には、モノマーであるフッ化アルキルアクリレートRf−nを蒸発させるための第1蒸発源11と、架橋剤であるアクリル酸亜鉛ZAを蒸発させるための第2蒸発源12と、第2蒸発源12から蒸発されるアクリル酸亜鉛ZAに電子を照射させるための電極13と、ターゲットである単体レンズを保持するための基板14などが設けられている。なお、第1蒸発源11は、フッ化アルキルアクリレートRf−nが固体状である場合(n=10)はクヌードセン型るつぼであり、フッ化アルキルアクリレートRf−nが液状の場合(n=4,6,8)はニードルバルブである。なお、フッ素系高分子膜の膜厚を均一にするために、基板14を回転させてもよい。
【0032】
テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体の場合は架橋剤を使用しないので、本来第2蒸発源12は不要であるが、電子照射を併用して行う。そのため、図2に示す蒸着装置を用いてテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜をコーティングする場合は、第2蒸発源12からテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体を蒸発させ、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体蒸気に電子線(及び/又は紫外線)を照射する。
【0033】
次に、上記方法により光学部品の表面にフッ化アルキルアクリレート膜及びテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜を形成し、膜厚、屈折率及び反射率、及びはんだリフロー温度耐用性のための加熱実験の前後におけるそれらの変化を測定したので、その結果について説明する。以下の実施例1〜3及び比較例1について、加熱試験の前後における膜厚及び屈折率の値を表1に示す。また、実施例1〜3及び比較例1について、波長440〜840nmの全範囲で測定した加熱試験の前後における反射率について図3に示す。
【実施例1】
【0034】
蒸着条件の一例を示す。真空チャンバー10の内部の真空度を7×10−4Pa〜3×10−3Pa、アクリル酸亜鉛ZAの蒸着温度(るつぼ温度)210〜220℃、フッ化アルキルアクリレートRf−nの蒸発温度(るつぼ温度)55〜90℃、アクリル酸亜鉛ZAの蒸発量10mg、フッ化アルキルアクリレートRf−nの蒸発量100〜200mg、蒸着時間30〜50分でアクリル酸亜鉛ZAとフッ化アルキルアクリレートRf−nの同時蒸着を行った。真空チャンバー10の内部の温度、すなわち光学部品の基材の温度はほぼ室温であった。
【0035】
実施例1では、光学部品の基材の材料としてエポキシ系樹脂を使用しその屈折率は1.51であった。また、反射防止膜の材料として、ダイキン工業製フッ化アルキルアクリレートRf−10を用い、その屈折率は1.38であった。また、反射防止膜の膜厚は100nmであった。参考として、反射防止膜を形成していない光学部品の基材も用意した。
【0036】
図3に示すように、フッ化アルキルアクリレートRf−n膜を形成した光学部品については、最小反射率が1.3%、最大反射率が2.6%、平均反射率1.8%であり、単層膜ながら反射率が低減されていることがわかる。なお、反射防止膜を形成していない光学部品については、波長440〜840nmの全範囲で反射率がほぼ一定であり、平均反射率は4.3%程度であった(図示せず)。
【0037】
また、このフッ化アルキルアクリレート膜が形成された光学部品を繰り返し3回はんだリフロー温度(例えば260℃)に加熱しても、フッ化アルキルアクリレート膜にひび割れは発生しなかった。また、図3において、実施例1加熱試験前及び実施例1加熱試験後の曲線がほぼ同じであるように、反射率及び屈折率にもほとんど変化は見られなかった。このように、フッ化アルキルアクリレートRf−n膜を電子アシスト蒸着法により形成することにより、通常の真空蒸着法では得られない安定したフッ化アルキルアクリレート膜が得られることがわかった。なお、フッ化アルキルアクリレート膜は、電子アシストを伴わない通常の蒸着方法では、常温では実現できないことは言うまでもない。
【実施例2】
【0038】
実施例2では、光学部品の基材としてエポキシ系樹脂を用い、反射防止膜の材料として、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体(テフロンAF1600(登録商標))を用いた。電極13に印加した電圧100V、電流50mA以上100mA以下の条件で電子アシスト蒸着を行った。テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体の蒸着温度(るつぼ温度)は470〜490℃であった。光学部品の基材の表面に形成されたテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の膜厚は100nmであった。
【0039】
反射率を測定した結果からの推定値として、光学部品の基材側のテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の屈折率は1.26程度、空気側のテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の屈折率は1.24程度であり、これらを平均した全体的な屈折率は1.25であった。テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体の蒸着温度(るつぼ温度)は、上記のように470℃から490℃に徐々に上昇しており、蒸着に要する時間は上記のように30〜50分程度と比較的長いことから、蒸着温度が高いほど、単体レンズなどの光学部品の基材表面に形成された膜の屈折率が低くなる傾向があることがわかる。そのため、蒸着中に蒸着温度(るつぼ温度)を徐々に上昇させるように制御することにより、空気側から光学部品の基材側に向けて所望するように屈折率が増大する傾斜膜を形成することができる。
【0040】
このテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜が形成された光学部品を繰り返し3回はんだリフロー温度(例えば260℃)に加熱したところ、図3に示すように、実施例2加熱試験前及び実施例2加熱試験前の曲線を比較して、反射率は加熱前に比べて全体に上昇しているが、上記実施例1の曲線のものよりも低い値を示しており、反射防止膜としての適性を維持していることがわかる。また、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜にひび割れは発生しなかった。実施例2によれば、電子アシスト蒸着により、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜に架橋構造が形成されるので、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の分子構造が加熱試験における熱収縮に対して強固になり、後述する比較例1に比べて膜厚や屈折率の変化が低減されている。
【実施例3】
【0041】
実施例3では、光学部品の基材としてエポキシ系樹脂を用い、反射防止膜の材料として、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体(テフロンAF1600(登録商標))を用いた。電極13に印加した電圧100V、電流100mA以上の条件で電子アシスト蒸着を行った。テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体の蒸着温度(るつぼ温度)は470〜490℃であった。光学部品の基材の表面に形成されたテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の膜厚は105nmであった。反射率からの推定値として、光学部品の基材側のテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の屈折率は1.275程度、空気側のテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の屈折率は1.265程度であり、これらを平均した全体的な屈折率は1.27であった。
【0042】
このテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜が形成された光学部品を繰り返し3回はんだリフロー温度(例えば260℃)に加熱したところ、図3に示すように、実施例3加熱試験前及び実施例3加熱試験前の曲線を比較して、反射率は加熱試験前に比べて全体に上昇しているが、上記実施例1のものよりも低い値を示しており、反射防止膜としての適性を維持していることがわかる。また、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜にひび割れは発生しなかった。実施例3によれば、上記実施例2の場合よりもさらに架橋構造の導入率が高くなるので、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の分子構造が加熱試験における熱収縮に対してより強固になり、実施例2に比べて膜厚や屈折率の変化がさらに低減されている。
【比較例1】
【0043】
比較例1では、光学部品の基材としてエポキシ系樹脂を用い、反射防止膜の材料として、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体(テフロンAF1600(登録商標))を用い、通常の真空蒸着法により行った。テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体の蒸着温度(るつぼ温度)は470〜490℃であった。光学部品の基材の表面に形成されたテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の膜厚は99.9nmであった。反射率からの推定値として、光学部品の基材側のテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の屈折率は1.27程度、空気側のテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の屈折率は1.23程度であり、これらを平均した全体的な屈折率は1.25であった。
【0044】
通常の真空蒸着法によれば、電子アシスト蒸着と異なり、架橋構造を伴わないため、テトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の分子構造が弱くなり、はんだリフロー温度に耐えられるような強固な膜は得られない。そのため、図3に示すように、比較例1加熱試験前と実施例2加熱試験前の曲線を比較して、比較例1によれば、加熱試験前では、上記実施例2の場合と同様の特性を有する反射防止膜が得られている。それに対して、比較例1加熱試験前と比較例1加熱試験後の曲線を比較して、加熱試験の前後での膜厚の変化が大きく、加熱試験後は実施例2の場合に比べて反射率の変化の割合が大きくなっている。さらに、加熱試験の際の温度変化によりテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の表面に豹柄状の模様の凹凸が生じ、部分的な反射率の変化も大きい。従って、反射防止膜としては適さない。
【表1】

【0045】
一般的に、撮像レンズを構成する単体レンズの材料としては、光学ガラス、アクリルなどの熱可塑性樹脂、エポキシなどの熱硬化性樹脂が考えられるが、これらの屈折率は、おおむね1.40乃至1.63程度の範囲にある。一方、現在入手可能なフッ素系アクリレート高分子膜の屈折率は、おおむね1.30乃至1.50程度の範囲である。一方、既製品テフロンAF1600(登録商標)を用いたテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜の加熱試験前の屈折率は1.25〜1.29程度であり、加熱試験後の屈折率は1.31〜1.32程度である。従って、蒸着時の蒸着温度(るつぼ温度)や電極13に印加する電圧や電流を制御することによって、加熱試験後においてもより小さな屈折率、例えば1.25程度を実現することは可能である。
【0046】
また、上記実施例1〜3及び比較例1から、フッ素系高分子膜のコーティング方法として、蒸着温度(るつぼ温度)を徐々に上昇させながら、電子アシスト法を用いて、蒸発材料そのものまたは蒸気に電子線(及び/又は紫外線)を照射することが望ましい。そうすることによって、フッ素系高分子膜の単層膜コーティングでありながら、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が増大する傾斜膜が得られ、多層膜コーティングを施した場合と同様の効果が得られる。また、蒸着温度(るつぼ温度)を徐々に下降させることによって、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が減少する傾斜膜が得られる。さらに、蒸着温度(るつぼ温度)の上昇と下降を組み合わせることによって、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率を任意に変化(傾斜)させた傾斜膜が得られる。さらに、電極に印加する電圧や電流を経時変化させることにより、光学部品の基材側から空気側に向けて膜強度を任意に変化(傾斜)させたフッ素系高分子膜が得られる。
【0047】
このように、本実施形態によれば、熱硬化性樹脂で形成された単体レンズ2及び3の物体側及び像側の光学表面に、フッ化アルキルアクリレートポリマー又はテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体による反射防止コーティングが施されているので、反射防止コーティングを設けていない従来例に比べて、単体レンズ2及び3の各光学表面における反射を低減することができ、結果的に、これらの単体レンズ2及び3で構成された撮像レンズ1全体の透過率を向上させることができる。
【0048】
また、単体レンズは熱硬化性樹脂により形成されたものに限定されず、アクリル樹脂などの熱可塑性樹脂や光学ガラスにより形成されたものであっても良い。特に、フッ素系高分子膜の屈折率を上記のような1.25以上1.50以下の範囲にすることにより、単層膜コーティングによっても、SiO及びTiOなどを用いた多層膜コーティングに匹敵する反射防止効果が得られる。また、撮像レンズ1は、図1に示すような2枚構成にものに限定されず、3枚以上の単体レンズで構成されたもの、あるいは1枚の単体レンズのみで構成されたものであっても良い。
【0049】
さらに、フッ素系高分子膜形成方法は、上記実施形態に限定されず、蒸発するフッ化アルキルアクリレートRf−nに直接電子を照射してラジカル重合させる方法であっても良く、架橋剤であるアクリル酸亜鉛ZAは必ずしも必要ではない。また、フッ素系高分子膜による反射防止コーティングは、必ずしも単体レンズの物体側及び像側の光学表面の両方に施されている必要はなく、少なくとも物体側の光学表面に施されていればよい。
【0050】
さらに、本発明は、ディジタルスチルカメラやカメラ機能付き携帯電話機などに搭載される撮像レンズだけに限定されるものではなく、その他の用途の撮像レンズに応用することができる。さらに、本発明に係るフッ素系高分子膜によるコーティング(反射防止コーティング又は増反射コーティング)は、撮像レンズを構成する単体レンズの光学表面だけでなく、めがねや望遠鏡その他の光学機器用の単体レンズや、プリズム、ハーフミラー、平行平板(フィルターなど)などの光学部品の表面にも施すことができる。さらに、図3から明らかなように、本発明に係るフッ素系高分子膜による反射防止コーティングは、可視光領域においてその効果が顕著である。
【符号の説明】
【0051】
1 撮像レンズ
2,3 単体レンズ
4 レンズ鏡筒
10 真空チャンバー
11 第1蒸発源
12 第2蒸発源
13 電極
14 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の光学性能を有する光学部品の基材の表面に施されたフッ素系高分子膜の単層膜コーティングを備え、前記フッ素系高分子膜の屈折率が、前記光学部品の基材の屈折率よりも小さいことを特徴とする光学部品。
【請求項2】
前記フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化した傾斜膜であり、前記フッ素系高分子膜の屈折率は、前記フッ素系高分子膜の空気側の屈折率と光学部品の基材側の屈折率を平均化した屈折率であることを特徴とする請求項1に記載の光学部品。
【請求項3】
前記光学部品は、単体レンズ、プリズム、ハーフミラー、平行平板から選択されたいずれか1つであり、前記単層膜コーティングは反射防止コーティングであることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学部品。
【請求項4】
前記光学部品は、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂及び光学ガラスから選択されたいずれか1つによって形成されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の光学部品。
【請求項5】
前記フッ素系高分子膜の平均化した屈折率は1.25以上1.50以下であり、前記光学部品の基材の屈折率は1.48以上1.63以下であり、前記フッ素系高分子膜の平均化した屈折率が必ず前記光学部品の基材の屈折率よりも小さくなる組み合わせを用いたことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の光学部品。
【請求項6】
少なくとも1枚の樹脂製の単体レンズを含み、前記単体レンズの少なくとも物体側光学表面にフッ素系高分子膜の単層膜反射防止コーティングを施し、前記フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が増大する傾斜膜であり、前記フッ素系高分子膜の空気側の屈折率と前記単体レンズ側の屈折率を平均化した屈折率が、前記単体レンズの屈折率よりも小さいことを特徴とする撮像レンズ。
【請求項7】
前記フッ素系高分子膜は、フッ素系アクリレート高分子膜又はテトラフルオロエチレン−パーフルオロジオキソール共重合体膜であることを特徴とする請求項6に記載の撮像レンズ。
【請求項8】
前記樹脂製レンズは、熱硬化性樹脂で形成されていることを特徴とする請求項6又は7に記載の撮像レンズ。
【請求項9】
前記フッ素系高分子膜の屈折率は1.25以上1.50以下であり、前記光学部品の基材の屈折率は1.48以上1.63以下であり、前記単体レンズの屈折率が必ず前記光学部品の基材の屈折率よりも小さくなる組み合わせを用いたことを特徴とする請求項6乃至8のいずれか一項に記載の撮像レンズ。
【請求項10】
所定の光学性能を有する光学部品の基材の表面にフッ素系高分子膜の単層膜コーティングを形成するコーティング方法であって、
前記フッ素系高分子膜は、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化する傾斜膜であり、
前記フッ素系高分子膜の材料となる蒸発物質の蒸発中、前記蒸発物質の蒸発温度(るつぼ温度)を経時変化させて、空気側から光学部品の基材側に向けて屈折率が変化した傾斜膜を形成することを特徴とするフッ素系高分子膜のコーティング方法。
【請求項11】
前記蒸発物質に又は前記蒸発物質の蒸気に電子線及び/又は紫外線を照射して、前記フッ素系高分子膜に架橋構造を形成することを特徴とする請求項10に記載のフッ素系高分子膜のコーティング方法。
【請求項12】
前記フッ素系高分子膜の材料となる蒸発物質の蒸発中、前記電子線及び/又は紫外線を発生させるための電極に印加する電圧及び/又は電流を経時変化させて、空気側から光学部品の基材側に向けて分子構造の強度が変化した傾斜膜を形成することを特徴とする請求項11に記載のフッ素系高分子膜のコーティング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−224315(P2010−224315A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−72815(P2009−72815)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(390025140)株式会社小松ライト製作所 (71)
【Fターム(参考)】