説明

光導電性高分子材料およびこれを用いた感光体並びに電子写真装置

【課題】 磁場印加により制御可能で光誘起電子スピン分極で増感する光導電性高分子材料と、この高分子材料を用いた感光体並びに電子写真装置を提供する。
【解決手段】 光導電性高分子材料の光5の導電性が、磁場6の印加により電子励起された分子又は原子の励起緩和過程で生成する分極した電子スピンの多重項状態により増大する。この材料を、感光体1の増感材として添加すれば、数十mTの弱磁場の印加によりジェミネート対のスピン状態間速度を変化させ、伝導性を効率よく制御し、大きな増感作用を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光誘起電子スピン分極で増感する、光導電性高分子材料及びこの高分子材料を用いた感光体並びに電子写真装置に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁性あるいは禁止帯エネルギー幅の広い固体内において、流れる電流(i)は注入された電荷量(Q)とその移動速度(v)で決まる(i=Qv)。それゆえ、電荷量が増加したり移動速度が上がれば、伝導度も向上することになる。
【0003】
従来、光導電性材料の内、特に光導電性分子材料における移動速度の高速化を目指した研究開発においては、光導電性分子自身の改良及び薄膜形成法の改良が主に行われてきた。また、光導電性材料における電荷量の増加を目指した研究開発においては、ドーパントの改良が主に行われてきた。
【0004】
非特許文献1や非特許文献2には、電荷量の増加を図るためには、電子受容体や電子供与体となりうる分子を光導電性材料に配合することで、単独の光導電性材料に比べて、光誘起電荷分離が起こりやすくなることが報告されている。
【0005】
さらに、非特許文献3や非特許文献4においては、電荷分離が外部電場を印加することで促進されることが、報告されている。光導電性分子材料で生成するキャリアは不対電子をもつものが多く、電荷だけでなくスピンを有する。
【0006】
非特許文献5には、光導電性分子材料における光導電性のスピンによる影響が報告されている。このようなスピンを有するキャリア間で形成する正電荷と負電荷キャリアのジェミネート対は、スピン多重度が異なるいくつかの量子状態をとる。
【0007】
図6は、従来の光導電性分子材料の一重項−三重項間のスピン状態が、外部磁場によって変化する様子を説明する図である。
【0008】
例えば、不対電子を一つずつ有する正電荷キャリアと負電荷キャリアが対をなした場合、図に示すように四種類の電子スピン状態(S,T,T,T)を取りうる。電子スピンが関わる相互作用は、種々の分子相互作用に比べて著しく小さく孤立しているため、電荷再結合などの分子ダイナミクスにおいても、そのスピン量子状態が保存される。例えば、電荷再結合の終状態がスピン一重項ならば、S状態をとるジェミネート対だけが再結合を生起することになる。
【0009】
1nm以上の分離幅をもつジェミネート対の全てのスピン状態は、ゼロ磁場中でエネルギー的に近接しているため、S状態51と三つのT状態52,53,54は、分子レベルの磁気的相互作用で容易に遷移を起こしている。その結果、T状態のジェミネート対もS状態51を経由し再結合55する。
【0010】
しかし、分子レベルの磁気的相互作用よりも強い磁場が、ジェミネート対に印加され、ゼーマン相互作用によってT-状態60とT+状態58がS状態57やT59状態からエネルギー的に分離されると、S−T-及びS−T-状態間遷移62が急激に抑制される。このS−T状態間遷移62の速度変化に伴い、再結合収率61やキャリア生成収率も10mT程度の弱磁場で影響を受ける。このため、非特許文献5に開示の方法によると、初期状態として一重項ジェミネート対の存在比が多いため外部磁場によって再結合収率が増加してしまうという問題がある。
【非特許文献1】電子・光機能性高分子, 株式会社講談社サイエンティフィク、1989年出版
【非特許文献2】Nature, Vol.356, p.585 (1992)
【非特許文献3】J. Chem. Phys., Vol.57, p.1694 (1972)
【非特許文献4】Photographic Science and Engineering, Vol.26,p.143 (1982)
【非特許文献5】J. Am. Chem. Soc., Vol.125, p.4723 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記の非特許文献1及び2の方法では、多くの無極性材料中でジェミネート対の電荷再結合も起こりやすく、十分なキャリア数を得ることができないという課題がある。
【0012】
非特許文献3の方法では、10V/cm以上の高い電場を印加しても完全に電荷再結合を押さえることはできないため実用性に乏しいという課題がある。
【0013】
非特許文献4に記載されている強電場印加法を用いても、再結合抑制の問題を完全に解決できていない。
【0014】
非特許文献5の方法では、無極性の光導電性材料中におけるジェミネート対の電荷再結合により、光伝導度が低下するという課題がある。
【0015】
本発明は、上記課題に鑑み、磁場印加により制御可能で、光誘起電子スピン分極で増感する、光導電性高分子材料及びこの高分子材料を用いた感光体並びに電子写真装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明の光導電性高分子材料は、光導電性高分子材料の光導電性が、磁場印加により電子励起された分子又は原子の励起緩和過程で生成する分極した電子スピンの多重項状態により増大することを特徴とする。
【0017】
上記構成において、好ましくは、光導電性高分子材料は、一般式(1)〜(8)
【0018】
【化1】

【0019】
(式中、R1及びR2は、それぞれ、水素原子(H)、アルキル基、アルコキシル基などを表わしている。)
【0020】
【化2】

【0021】
【化3】

【0022】
【化4】

【0023】
【化5】

【0024】
【化6】

【0025】
(式中、Rは、それぞれ、酸素原子(O)、硫黄原子(S)を表わしている。)
【0026】
【化7】

【0027】
(式中、R1乃至及びR4は、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、フェニル基などを表わしている。)
の何れかで表わされる。
【0028】
磁場は、好ましくは、100mT以下である。
上記構成によれば、トランスアゾベンゼンのような光導電性高分子材料において、この光導電性高分子材料の第一吸収帯を選択的に励起する光(波長450nm)を照射し、かつ、磁場が印加されたとき、電子励起された分子あるいは原子の励起緩和過程で生成する分極した電子スピン多重項状態により、光導電率が増大する。このため、この光導電性高分子材料は、増感剤として用いていることができる。
【0029】
また、本発明の感光体は、上記の光導電性高分子材料を用いたことを特徴とする。この構成によれば、光導電性高分子材料を増感材として含有する感光体を提供することができる。この感光体は、光導電性フィルム成形品とすることができる。
【0030】
また、本発明の電子写真装置は、上記光導電性高分子材料を感光体に用いたことを特徴とする。この構成によれば、光導電性高分子材料を増感材として含有する感光体を用いた電子写真装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、光導電性高分子材料中で生成するジェミネート対の電荷再結合を抑制したので、この光導電性高分子材料の光電変換効率を比較的弱い磁場を用いて制御し、光導電率を増大させることができる光導電性高分子材料を提供することができる。
【0032】
また、この光導電性高分子材料を増感材として感光体に添加すれば、光感度の高い感光体を提供することができる。
【0033】
さらに、この感光体を用いれば、感度の高い電子写真装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0035】
初めに、本発明の第1の実施形態に係るスピン分極増感作用を有する光導電性高分子材料について説明する。
【0036】
本発明の第1の実施形態に係る光導電性高分子材料は、一般式(1)〜(8)
【0037】
【化8】

【0038】
(式中、R1及びR2は、それぞれ、水素原子(H)、アルキル基、アルコキシル基などを表わしている。)
【0039】
【化9】

【0040】
【化10】

【0041】
【化11】

【0042】
【化12】

【0043】
【化13】

【0044】
(式中、Rは、それぞれ、酸素原子(O)、硫黄原子(S)を表わしている。)
【0045】
【化14】

【0046】
(式中、R1乃至及びR4は、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、フェニル基などを表わしている。)
で表わされる。
一般式(1)で、表わされる化合物は、トランスアゾベンゼンである。
一般式(2)〜(4)で、表わされる化合物は、アゾ化合物である。
一般式(4)及び(5)で、表わされる化合物は、アズレン化合物である。
一般式(6)及び(7)で、表わされる化合物は、カルボニル化合物である。
【0047】
本発明の上記一般式(1)〜(7)で表わされる化合物は、高分子からなる光導電性材料である。この光導電性高分子材料の光導電性は、磁場印加により電子励起された分子又は原子の励起緩和過程で生成する分極した電子スピン多重項状態により増大する。このため、本発明の光導電性高分子材料は増感剤となる。
【0048】
これにより、本発明の光導電性高分子材料を光導電性有機分子材料に添加又は混合することにより、この光導電性有機分子材料の光導電性を向上させることができる。
【0049】
図1は、本発明の第1の実施形態に係る光導電性高分子材料に電極を形成した光導電体の構造を模式的に示す断面図である。図に示すように、本発明の光導電性高分子材料を用いた光導電体1においては、導電性の基板2上に、光導電性高分子材料からなる膜3が形成され、さらに、その上部に電極4が設けられている。この光導電性高分子材料からなる膜3は、光導電性有機分子材料に光導電性高分子材料が添加された膜7でもよい。
【0050】
上記光導電体1の導電性基板2と電極4との間に直流電源(図示せず)を接続し、光5が照射されると光導電電流が発生する。さらに、磁場6を印加すると著しく光導電電流が増大する。
【0051】
次に、本発明の第1の実施形態に係る光導電性高分子材料の光誘起電子スピン分極について説明する。図2は、本発明の光導電性高分子材料の光誘起電子スピン分極を説明するための模式図である。図2(A)においては、本発明の光導電性高分子材料に光照射されているが、磁場の印加されていないときのスピン状態を示している。この場合には、四種類の電子スピン状態(S,T,T,T)を取り得る。
【0052】
本発明の光導電性高分子材料として、例えば、トランスアゾベンゼンの場合には、光照射によりスピン分極三重項増感剤によって生成した電子―正孔対は、TかT状態にしか占有しない。ゼロ磁場ではすべての状態が縮重しているので、占有数が再分配されている。
【0053】
そして、トランスアゾベンゼンに、さらに、磁場が印加されると、図2(D)に示すように、磁場中ではTとT+状態が孤立するためにS状態の占有数が極端に減少する。その結果、キャリア生成収率も大きく増加することになる。
【0054】
これにより、本発明の光導電性高分子材料においては、光照射と共に磁場が印加されると、光誘起された電子スピン分極により光導電性が増大し、所謂増感剤(以下、適宜、スピン分極増感剤又はスピン分極三重項増感剤と呼ぶ)となる。
【0055】
本発明の光導電性高分子材料の磁場制御においては、荷電粒子の輸送現象と外部磁場との電磁気学的法則を利用したHall効果のような電場方向やフィルム構造に対する制御用磁場の方向の制限は全く無く、磁場がどの向きを向いても同様な効果が得られるのが特徴である。
【0056】
ここで、スピン分極三重項増感剤とは、スピン副準位間の占有比がボルツマン分布から逸脱した三重項増感剤を意味し、数多くの有機化合物の分子内電子励起緩和過程で生成される。このため、スピン分極三重項増感剤は、トランスアゾベンゼンに限らず用いる導電性有機物の分子エネルギーや極性に応じて適宜選択することができる。
【0057】
次に、本発明の光導電性高分子材料であるトランスアゾベンゼンが、光導電性有機分子材料の、例えば、カルバゾールに添加された膜7である場合について説明する。この場合には、電子励起された励起一重項トランスアゾベンゼンは、速やかにスピン分極した最低励起三重項状態へと緩和する。このため、カルバゾールはスピン分極したスピン三重項状態のトランスアゾベンゼン(増感剤)と電子移動反応を起こすことになる。このため、トランスアゾベンゼンの添加されたカルバゾールにおいても、トランスアゾベンゼンにより増感が生じる。
【0058】
本発明の光導電性高分子材料を光導電性有機分子材料に添加したフィルム成形品は、例えば、以下のようにして成形することができる。
【0059】
最初に、本発明の光導電性高分子材料である上記一般式(1)〜(7)で表わされる何れかの材料と、光導電性有機分子材料である、例えばポリビニルカルバゾールと、を有機溶剤中で充分混合して混合溶液とする。この際、光導電性有機分子100モル%に対し、本発明の光導電性高分子材料を数モル%の量を配合すればよい。
【0060】
次に、上記混合溶液を、スピンコート法やキャスト法などの方法により塗布し、乾燥させることにより、所定の厚さのフィルム成形品を得ることができる。
【0061】
次に、本発明の第2の実施形態に係る光導電性高分子材料を用いた感光体について説明する。図3は、本発明の第2の実施形態に係る光導電性高分子材料を用いた感光体の構造を模式的に示す断面図である。
【0062】
本発明の感光体10は、ITO(Indium Tin Oxide)などを蒸着した導電性の基板2上に、光導電性有機分子材料に本発明の光導電性高分子材料を増感剤として添加した感光層12を含み構成されている。この感光層12は、電荷輸送物質となる光導電性有機分子材料中に、電荷発生物質を内在する本発明の光導電性高分子材料を電荷輸送層として積層した、積層型の感光体構造を有している。さらに、導電性の基板2と、感光層12との間に、中間層14を設けてもよい。この中間層14により、導電性の基板2から感光層12への電荷注入の防止や、干渉縞の発生を防止することができる。
【0063】
上記光導電性高分子材料は、一般式(1)乃至(7)で示されるような所謂スピン分極増感剤を用いることができる。また、電荷輸送物質としては、ポリビニルカルバゾールとその誘導体を用いることができる。
【0064】
ここで、上記以外の電荷輸送物質としては、ピレン−ホルムアルデヒド縮合物、およびその誘導体、ポリビニルピレン、ポリビニルフェナントレン、オキサゾール誘導体、オキサジアゾール誘導体、イミダゾール誘導体、モノアリールアミン誘導体、ジアリールアミン誘導体、トリアリールアミン誘導体、スチルベン誘導体、α−フェニルスチルベン誘導体、ベンジジン誘導体、ジアリールメタン誘導体、トリアリールメタン誘導体、9−スチリルアントラセン誘導体、ピラゾリン誘導体、ジビニルベンゼン誘導体、ヒドラゾン誘導体、ピレン誘導体、ビススチルベン誘導体などを使用することができる。
【0065】
感光体の基板2としては、ITOに限らず、アルミニウム、ニッケル、クロム、ニクロム、銅、金、銀、白金などの金属、酸化スズ、酸化イリジウムなどの金属酸化物を蒸着またはスパッタリングにより、フィルム状もしくは円筒状のプラスチック、紙に被覆したものや、JIS3003系、JIS5000系、JIS6000系等のアルミニウム合金を、EI法、ED法、DI法、II法など一般的な方法により管状に成形をおこなったもの、さらには、ダイヤモンドバイト等による表面切削加工や研磨、陽極酸化処理等を施したものを用いることができる。また、特開昭52−36016号公報に開示されたエンドレスニッケルベルト、エンドレスステンレスベルトも導電性の基板2として用いることができる。
【0066】
上記中間層14は、結着樹脂や結着樹脂中に粒子を分散したものが用いられ、結着樹脂としてはポリビニルアルコール、ニトロセルロース、ポリアミド、ポリ塩化ビニル等の熱可塑性樹脂、ポリウレタン、アルキッド−メラミン樹脂などの熱硬化性樹脂などを用いることができる。
【0067】
ここで、中間層14に分散させる粒子としては、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化錫、酸化亜鉛、酸化ジルコニウム、酸化マグネシウム、シリカ及びそれらの表面処理品を用いることができる。酸化チタンが分散性、電気的特性においてより好ましく、ルチル型及びアナターゼ型の何れも用いることが可能である。
【0068】
次に、本発明の感光体の製造方法について説明する。
【0069】
最初に導電性の基板2を用意する。上記導電性の基板2以外には、基板2上に、導電性粉体を適当な結着樹脂に分散した導電性層が塗工された基板を用いることができる。
【0070】
この導電性粉体としては、カーボンブラック、アセチレンブラック、またアルミニウム、ニッケル、鉄、ニクロム、銅、亜鉛、銀などの金属粉、あるいは導電性酸化チタン、導電性酸化スズ、ITOなどの金属感化物粉などが挙げられる。
【0071】
また、同時に用いられる結着樹脂には、ポリステレン、スチレン−アクリロニトリル共重合体、スチレン−ブタジエン共重合体、スチレン−無水マレイン酸共重合体、ポリエステル、ポリ塩化ビニル、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体、ポリ酢酸ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリアリレート樹脂、フェノキシ樹脂、ポリカーボネート、酢酸セルロース樹脂、エチルセルロース樹脂、ポリビニルブチラール、ポリビニルホルマール、ポリビニルトルエン、ポリ−N−ビニルカルバゾール、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、アルキッド樹脂などの熱可塑性、熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂などが挙げられる。
【0072】
上記導電性層は、これらの導電性粉体と結着樹脂を適当な溶剤、例えば、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、2−ブタノン、トルエンなどに分散して、基板2に塗布することにより形成することができる。
【0073】
次に、上記導電性の基板2上に感光体層12を形成する。感光体層12としては、上記電荷発生物質と本発明によるスピン分極増感剤を適当な溶剤、例えばテトラヒドロフラン、シクロヘキサノン、ジオキサン、ジクロロエタン、ブタノンなどの溶剤にボールミル、アトライター、サンドミルなどにより溶解ないし分散させ、これを適度に希釈して塗布し乾燥させればよい。塗布は、浸漬塗工法、スプレーコート法、ビードコート法、スピンコート法などを用いて行なうことができる。単層型の感光層12には、必要により一般に用いられる可塑剤やレべリング剤、酸化防止剤などを添加することもできる。このようにして形成される単層型の感光層12の膜厚は、5〜100μm程度が適当である。
【0074】
さらに、中間層14を形成する場合には、感光体層12を形成する前に、中間層14を形成すればよい。この場合には、上述の結着樹脂を有機溶剤中に溶解し、その溶液中に上述の中間層14となる粒子をボールミル、サンドミル等の手段で分散し、導電性基板2上に塗布、乾燥すれば良い。中間層14の厚みは10μm以下、好ましくは0.1〜6μmである。
【0075】
次に、本発明の第3の実施形態に係る光導電性高分子材料を感光体に用いた電子写真装置について説明する。
【0076】
図4は、本発明の第3の実施形態に係る光導電性高分子材料を感光体に用いた電子写真装置を示す模式図である。図示するように、本発明の電子写真装置20は、感光体21と、帯電手段22、磁場印加機能を有する露光手段23、現像手段24、転写手段25、クリーニング手段26、除電手段27、記録材28などから構成されている。
【0077】
本発明の電子写真装置20の特徴は、本発明の感光体21を用いることである。このため、露光手段23としては、本発明の感光体21に磁場を印加して増感させるために、磁場印加機能を備えている。
【0078】
この露光手段23から発生させる光の波長としては、感光体21に添加する本発明の光導電性高分子材料の吸収帯に相当する波長を発生させることができる光源を用いる。そして、このスピン分極する光導電性高分子材料、即ち増感剤としてトランスアゾベンゼンを添加した感光体21を用いる場合には、磁場強度は20mT以上、おおよそ100mT以下であれば充分である。この磁場は、電磁石や永久磁石を用いて発生させることができる。このような永久磁石としては、安価なフェライト系の磁石を用いることができる。
【0079】
なお、上記感光体21及び露光手段23以外の構成手段は、何れも公知の手段を使用することができる。
【0080】
本発明の電子写真装置20によれば、スピン分極により増感する本発明の光導電性高分子材料を添加した感光体21を用いることにより、感光体21を増感させることができるという優れた効果が発現する。このため、同じ光感度でよい場合には、露光手段23に用いる光源の出力を減少させることができる。
【実施例1】
【0081】
次に、実施例に基づき、本発明のスピン分極により増感する光導電性高分子材料を用いた感光体について説明する。
【0082】
実施例1として、本発明の光導電性高分子材料を用いた感光体10を作製した。構造としては、石英ガラス基板2上に透明電極と、有機薄膜7と、金電極4と、を積層させた(図1参照)。
【0083】
最初に、縦3cm、横1cm、厚さ1mmの石英基板2上に、真空蒸着法を用いて厚さ60nm程度のITO透明電極を蒸着した。
【0084】
次に、ポリビニルカルバゾールの単分子ユニット100モル%に対し、2モル%に相当する1,2,4,5−テトラシアノベンゼン(東京化成工業株式会社製)を混合し、50℃に加熱したトルエンあるいはベンゼンに溶解して、比較的高粘度の混合溶液を作成した。
【0085】
次に、上記混合溶液をスピンコート法、或いは、キャスト法でITO基板上に塗布した後、80℃で1時間過熱して乾燥処理を行い、膜厚数μmの有機薄膜7を作製した。ここで、スピンコート法の場合には、連続した多段階変速可能なスピンコーター(ミカサ株式会社製、モデル1H−D3)を用いて行った。トルエン溶液が塗布された石英基板を、はじめに1000rpmの回転速度で10秒間、さらに、2000rpmの回転速度で50秒間の回転プロセスを行い、残留溶媒を除去した。一方、キャスト法では、トルエン溶液が塗布された石英基板2を室温において自然乾燥し、有機薄膜7を作製した。
【0086】
次に、有機薄膜7の上に、膜厚100nm程度で直径3mmの金による電極4を真空蒸着法により作製した。このようにして作製した感光体1は、有機薄膜7が電極4に挟まれた、所謂ブロッキング電極構造を有し、電気容量セルとなっている。
【実施例2】
【0087】
実施例1における1,2,4,5−テトラシアノベンゼンに代えて、トランスアゾベンゼン(東京化成工業株式会社製)を用いた以外は、実施例1と同様に有機薄膜材料を作製した。
(比較例1)
実施例1と同様に有機薄膜材料を作製した。
(比較例2)
実施例1における1,2,4,5−テトラシアノベンゼンの代わりに、フラーレンC60を用いた以外は、実施例1と同様に有機薄膜を作製した。
【0088】
次に、実施例及び比較例の感光体のキャリア生成収率に対する外部磁場効果について説明する。
【0089】
最初に、測定方法について説明する。なお、測定はすべて室温で行った。電気容量を有する感光体1へは、超低ノイズ直流電源(松定プレシジョン株式会社製、モデルPLE−1600.45)を用いて、50〜100V程度の電圧を印加した。このときの感光体1の静電容量は数百pFであった。そして、感光体のITO電極側から光を照射した。この光励起は、波長可変のナノ秒パルスレーザーを用い、本発明の光導電性高分子材料(以下、適宜ドーパントとも呼ぶ)、或いは、ポリビニルカルバゾール由来の吸収帯を選択的に励起した。
【0090】
一方、外部磁場を、直径80mmの磁極をもつYSヨーク型電磁石(玉川製作所)及び直流電源(株式会社高砂製作所製、モデルGP060−30R)により感光体1へ印加した。そして、磁場強度を、電磁石に流される直流電流により変化させた。上記光励起及び外部磁場印加により発生した電荷の移動に由来する金電極電位の時間変化が、デジタルオシロスコープで測定され、光キャリア生成収率を求めた。
【0091】
図5は、実施例及び比較例の感光体1のキャリア生成収率に対する外部磁場の効果を示す図である。図において、横軸は磁場強度(mT)を示し、縦軸は伝導度の変化率(%)を示している。
【0092】
実施例1において、ポリビニルカルバゾールの第一吸収帯に合わせた光(波長355nm)で励起し、1,2,4,5−テトラシアノベンゼンの三重項からの電荷分離を生起させた場合の光伝導度における外部磁場の効果は、図5中の黒四角(■印)で表わしたデータである。
【0093】
図から明らかなように、この場合の光伝導度は印加される磁場強度が強くなるに従って徐々に増加し、後述する比較例1の一重項前躯状態のときと反対の傾向を示している。これから、光伝導度の変化量は、10%であり、増感作用が得られることが分かった。
【0094】
上記光導電特性は以下のように説明される。
【0095】
ポリビニルカルバゾールの第一吸収帯に合わせた光(波長355nm)で励起すると、下記(8)及び(9)式に示すように、ポリビニルカルバゾール(Cz)の一重項励起子(Cz)に配合された電子受容体である1,2,4,5−テトラシアノベンゼン(TCNB)近傍まで移動する間に、励起三重項状態への項間交差緩和を起こし、スピン分極していない励起三重項(Cz)を形成する。
【0096】
Cz → (Cz) → (Cz) (8)
Cz+TCNB → (CzTCNB-) (9)
その結果、三重項状態を前駆体とした電子正孔対の磁場効果が観測される。この場合の光キャリア生成収率は印加される磁場強度が強くなるに従って徐々に増加し、一重項前躯状態のときと反対の傾向を示している。
【0097】
これは、図2(A)及び図2(C)を比較すると理解できる。三重項前駆体であってもゼロ磁場中ではすべてのT状態の占有数がS状態へ再分配される(図2(A)参照)。そして、外部磁場が印加されると、T状態の占有数だけがS状態に分配されているので、再結合収率が減少しキャリア生成収率は増加する(図2(C)参照)。
【0098】
実施例2の感光体では、ポリビニルカルバゾールに光導電性高分子材料としてトランスアゾベンゼンが添加されている。この感光体へトランスアゾベンゼンの第一吸収帯を選択的に励起する光(波長450nm)を照射したときの光伝導の磁場効果を、黒丸(●印)で示している。
【0099】
図から明らかなように、磁場の増加にしたがって伝導度変化率が大きくなることが分かった。伝導度変化率は、磁場強度として、約10mTで80%、約20mT以上では100%を越え、目覚しい伝導度の増加が確認された。
【0100】
上記の伝導度変化率の増加において、磁場の印加によりスピン分極した電子正孔対は、スピン分極したトランスアゾベンゼンから生成する。このように、電子励起された励起一重項トランスアゾベンゼンは、速やかにスピン分極した最低励起三重項状態へと緩和する。このため、トランスアゾベンゼンが添加されたカルバゾールは、スピン分極したスピン三重項状態増感剤と電子移動反応を引き起こすことになる。
【0101】
この現象は、図2(A)及び(B)に示す電子正孔対のスピン状態占有比の変化で定性的に説明することができる。
【0102】
スピン分極とはスピン副準位間の占有比がボルツマン分布から逸脱した三重項増感剤を意味し、この場合はトランスアゾベンゼンの項換交差緩和過程で生成される。スピン分極三重項増感剤によって生成した電子―正孔対はT状態にしか占有しない。ゼロ磁場ではすべての状態が縮重しているので、占有数が再分配されているが(図2(A)参照)、図2(B)に示したように磁場中ではTとT+状態が孤立するためにS状態の占有数が極端に減少する。その結果、キャリア生成収率も大きく増加することになる。
【0103】
比較例1は、実施例1と同じ感光体であるが、実施例1とは異なり532nmの波長の光で選択的に励起した。ドーパントである1,2,4,5−テトラシアノベンゼンがカルバゾールと形成する電荷移動錯体を、上記波長の光で励起したときに得られるキャリア生成収率の磁場による変化が、図5中の四角(□)で表わしたデータである。
【0104】
図から明らかなように、磁場強度が増加するとキャリア生成収率が徐々に減少し、20mT程度の磁場で効果は飽和し、最大10〜20%の減少が確認され、大きな光伝導の変化が得られなかった。
【0105】
この現象は、図2(A)及び(D)に示す電子正孔対のスピン状態占有比の変化で定性的に説明することができる。
【0106】
上記電荷移動錯体の選択励起では、一重項の電子正孔対が形成される。ゼロ磁場中では、一重項状態と三重項状態が縮重しているので、一重項状態にあった占有数がすべての状態に再分配されている(図2(A)参照)。
【0107】
しかしながら、外部磁場中ではS状態とT状態間でのみ再分配される。再結合するS状態の占有数は、ゼロ磁場に比べて磁場中の方が多くなるので、キャリア収率が減少してしまう(図2(D)参照)。
【0108】
比較例2において、ドーパントであるC60がカルバゾールと形成する電荷移動錯体を励起して観測された磁場効果を、菱形(◇印)で示している。
【0109】
図から明らかなように、キャリア生成収率は10mT程度までの磁場で急激な減少が観測されている。この場合には、比較例1の一重項から電子正孔対が生成した場合と同様の光導伝性が得られ、増感効果が乏しいことが分かった。
【0110】
上記結果から、実施例2のトランスアゾベンゼンが添加されたポリビニルカルバゾールにおいて、磁場印加によりキャリア生成収率が著しく増大することが分かった。
【0111】
本発明は上記実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明に含まれることはいうまでもない。本発明に用いる光導電性高分子材料としては、実施例に記載したトランスアゾベンゼンや1,2,4,5−テトラシアノベンゼンに限らない。
【0112】
さらに、フィルム成形品の構造は、本発明の光導電性高分子材料であるスピン分極三重項増感剤と導電性材料を共溶解する有機溶剤等を用いて製造する伝導体内部ドーピングに限らず、真空蒸着法やマルチスピンコート法などで製造されるスピン分極三重項増感剤と電荷輸送剤との積層からなる構造でも有効である。すなわち、膜界面での反応も制御できる。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明に係る光導電性高分子材料をスピン分極多重項増感剤として配合した光導電性材料のフィルム成形品は、感光体を必要とする電子機器や光通信ネットワークや太陽光を利用した発電システム等の様々な分野に適用できる。また、光電変換分子デバイスのスピントロニクス要素技術として広く用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る光導電性高分子材料に電極を形成した光導電体の構造を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の光導電性高分子材料の光誘起電子スピン分極を説明するための模式図である。
【図3】本発明の第2の実施形態に係る光導電性高分子材料を用いた感光体の構造を模式的に示す断面図である。
【図4】本発明の第3の実施形態に係る光導電性高分子材料を感光体に用いた電子写真装置を示す模式図である。
【図5】実施例1及び比較例1〜3の感光体のキャリア生成収率に対する外部磁場の効果を示す図である。
【図6】従来の光導電性分子材料の一重項−三重項間のスピン状態が、外部磁場によって変化する様子を説明する図である。
【符号の説明】
【0115】
1:光導電体(感光体)
2:基板(導電性基板)
3:光導電性高分子材料からなる膜
4:電極
5:光
6:磁場
7:光導電性有機分子材料に光導電性高分子材料が添加された膜(有機薄膜)
10,21:感光体
12:感光層
14:中間層
20:電子写真装置
22:帯電手段
23:磁場印加機能を有する露光手段
24:現像手段
25:転写手段
26:クリーニング手段
27:除電手段
28:記録材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光導電性高分子材料であって、
上記光導電性高分子材料の光導電性が、磁場印加により電子励起された分子又は原子の励起緩和過程で生成する分極した電子スピンの多重項状態により増大することを特徴とする、光導電性高分子材料。
【請求項2】
前記光導電性高分子材料が、一般式(1)〜(8)
【化1】

(式中、R1及びR2は、それぞれ、水素原子(H)、アルキル基、メトキシ基などを表わしている。)
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

(式中、Rは、それぞれ、酸素原子(O)、硫黄原子(S)を表わしている。)
【化6】

(式中、R1乃至及びR4は、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシル基、フェニル基などを表している。)
の何れかで表わされることを特徴とする、請求項1に記載の光導電性高分子材料。
【請求項3】
前記磁場が、100mT以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の光導電性高分子材料。
【請求項4】
請求項1〜3の何かに記載の光導電性高分子材料を用いたことを特徴とする、感光体。
【請求項5】
請求項1〜3の何かに記載の光導電性高分子材料を感光体に用いたことを特徴とする、電子写真装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図6】
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