説明

光電陰極

【課題】各種特性を向上させることのできる光電陰極を提供する
【解決手段】光電陰極10において、基板12上に中間層14、下地層16、及び光電子放出層18をこの順で形成する。光電子放出層18は、SbとBiを含有し、光の入射により光電子を外部に放出する機能を備えており、光電子放出層18には、SbBiに対して32mol%以下のBiが含有されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の入射により光電子を放出する光電陰極に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の光電陰極として、容器の内面にSbを蒸着させ、その蒸着層の上にBiを蒸着させ、さらにその上からSbを蒸着させることによってSb層とBi層とを形成し、Csの蒸気を反応させることによって構成されるものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開昭52−105766号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
入射光に対する光電陰極の感度は高いことが好ましい。光電陰極の感度を高くするには、光電陰極に入射する光子の数に対する光電陰極外部に放出される光電子の数の割合を示す実効的な量子効率を高くする必要がある。また、微弱な光を検出する場合は特に感度が要求されると共に暗電流の低減も要求される。一方、半導体検査装置のようにダイナミックレンジの広い計測が求められる分野においては、リニアリティも要求される。特許文献1においては、SbとBiを用いる光電陰極が開示されている。しかしながら、光電陰極においては、さらなる量子効率の向上と同時に、暗電流の低減、あるいはリニアリティの向上などの各種特性の向上が望まれている。また、特に高いリニアリティを要求される極低温計測の場合は、従来、入射面板と光電陰極の間に金属薄膜や網状電極を形成して光電陰極の導電性を高めることが行われたが、透過率の低下や光電面面積が少なくなり、実効的量子効率が下がってしまう。
【0004】
本発明は、各種特性を向上させることのできる光電陰極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る光電陰極は、SbとBiを含有し、光の入射により光電子を外部に放出する光電子放出層を備え、光電子放出層には、Sb及びBiに対して32mol%以下のBiが含有されていることを特徴とする。
【0006】
この光電陰極では、低温時におけるリニアリティを飛躍的に向上させることができる。
【0007】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層には、Sb及びBiに対して29mol%以下のBiが含有されていることが好ましい。これによって、マルチアルカリ光電陰極と同等の感度を確保することができ、半導体検査装置のようなダイナミックレンジの広い計測が求められる分野で要求される量子効率を確保することができる。
【0008】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層には、Sb及びBiに対して16.7mol%以下のBiが含有されていることが好ましい。これによって、酸化マンガン下地層にSb層を設けた従来品よりも高い感度を得ることができ、特に、波長500〜600nmにおける感度、すなわち緑色感度〜赤感度を向上させることができる。
【0009】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層には、Sb及びBiに対して6.9mol%以下のBiが含有されていることが好ましい。これによって、量子効率35%以上の高感度を得ることができる。
【0010】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層には、Sb及びBiに対して0.4mol%以上のBiが含有されていることが好ましい。これによって、暗電流を確実に低減することができる。
【0011】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層には、Sb及びBiに対して8.8mol%以上のBiが含有されていることが好ましい。これによって、マルチアルカリ光電陰極のリニアリティの上限値と同等のリニアリティを安定して得ることができる。
【0012】
また、本発明に係る光電陰極において、―100℃におけるリニアリティが、25℃におけるリニアリティの0.1倍よりも高いことが好ましい。また、波長320〜440nmでのピークにおいて20%以上の量子効率を示すことが好ましく、波長300〜430nmでのピークにおいて35%以上の量子効率を示すことが好ましい。
【0013】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層の光の入射側に、HfOから形成される中間層を更に備えることが好ましい。
【0014】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層の光の入射側に、MgOから形成される下地層を更に備えることが好ましい。
【0015】
また、本発明に係る光電陰極において、光電子放出層は、SbBiの合金薄膜に、カリウム金属蒸気及びセシウム金属蒸気(ルビジウム金属蒸気)を反応させることによって形成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、各種特性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して本実施形態に係る光電陰極について詳細に説明する
【0018】
図1は、本実施形態に係る光電陰極(光電面)を透過型として適用した光電子増倍管の断面構成を示す図である。光電子増倍管30は、入射光を透過する入射窓34と、筒状の側管の一方の開口端を入射窓34で封止してなる容器32とを備える。容器32内には光電子を放出する光電陰極10、放出された光電子を増倍部40へ導く集束電極36、電子を増倍する増倍部40、及び増倍された電子を収集する陽極38が設けられている。なお、光電子増倍管30では、光電陰極10の基板12が入射窓34として機能するように構成されている。
【0019】
集束電極36と陽極38との間に設けられる増倍部40は、複数のダイノード42で構成されている。集束電極36、ダイノード42、光電陰極10、及び陽極38は、光電陰極10と反対側の容器32の端部に設けられたステム板57を貫通するように設けられたステムピン44と電気的に接続されている。
【0020】
図2は、本実施形態に係る光電陰極の構成を一部拡大して示す断面図である。この光電陰極10では、図2に示すように、基板12上に中間層14、下地層16、及び光電子放出層18がこの順で形成されている。光電陰極10は、基板12側から光hνが入射し、光電子放出層18側から光電子eが放出される透過型として模式的に図示されている。
【0021】
基板12は、酸化ハフニウム(HfO)からなる中間層14をその上に形成することが可能な基板からなる。基板12は、波長177nm〜1000nmの光を透過するものが好ましい。このような基板として、高純度合成石英ガラス、あるいは硼珪酸ガラス(例えばコバールガラス)、パイレックスガラス(登録商標)からなる基板がある。この基板12は、好適には1〜5mmの厚みを有しており、これによって最適の透過率と機械的強度を保つことができる。
【0022】
中間層14は、HfOから形成されることが好ましい。HfOは、波長300nm〜1000nmの光に対して高い透過率を示す。また、HfOは、その上にSbが形成される場合、Sbのアイランド構造を細かくする。この中間層14は、洗浄処理を行ったガラスバルブの容器32の入射窓34に相当する基板12にHfOを蒸着することによって形成される。蒸着は、例えばEB(electron beam;エレクトロンビーム)蒸着装置を用いたEB蒸着法によってなされる。特に、中間層14と下地層16とをHfO−MgOの組み合わせとすることにより光電子放出層18と基板12の緩衝層としての効果が得られると共に、光の反射を防止するという効果が得られる。
【0023】
下地層16は、酸化マンガン、MgO、あるいはTiOなどの波長117nm〜1000nmの光を透過するものが好ましい。特に、下地層16をMgOで形成することによって、量子効率20%以上、または35%以上の高い感度を得ることができる。MgO下地層を設けることによって、光電子放出層18と基板12の緩衝層としての効果が得られると共に、光の反射を防止するという効果が得られる。この下地層16は、所定の酸化物を蒸着させることによって形成される。
【0024】
光電子放出層18は、SbBiの合金薄膜に、カリウム金属蒸気とセシウム金属蒸気を反応させることによって、あるいはルビジウム金属蒸気とセシウム金属蒸気を反応させることによって形成される。この光電子放出層18は、Sb−Bi−K−Cs又はSb−Bi−Rb−Csからなる多孔質層として形成される。光電子放出層18は、光電陰極10の光電子放出層として機能する。SbBiの合金薄膜はスパッタ蒸着法やEB蒸着法などによって下地層16に蒸着される。光電子放出層18の膜厚は、150Å〜1000Åの範囲である。
【0025】
ここで、本願発明者は鋭意研究の結果、光電子放出層18のSbに所定量以上のBiを含有させることによって、格子欠陥に起因するキャリアが多くなり光電陰極の伝導性が大きくなることを発見した。これによって、Biを含有させることで光電陰極10のリニアリティを向上できることを見出した。また、高感度の光電陰極は暗電流が大きくなってしまうという問題があったが、SbにBiを含有させることによって暗電流を低減することができることを発見した。
【0026】
図3は、SbにBiを含有させることによって暗電流を低減することができるとの考えを説明するための概念図であり、(a)はBiが含有されない光電陰極の概念図、(b)はBiが含有される光電陰極の概念図である。図3(a)に示すように、Biが含有されていない光電陰極においては、熱電子エネルギー(室温で0.038eV)が伝導帯近傍の不純物準位で励起し、熱電子となって放出されることによって暗電流が発生する。本実施形態に係る光電陰極10では、図3(b)に示すように、SbにBiを含有させることによって表面障壁(Biの含有率2.1mol%でEa値=0.06eV)を発生させることができるため、熱電子を表面障壁で阻むことによって暗電流の発生を抑えることができる。一方、Biの含有率が多い場合は表面障壁のEa値が更に大きくなって量子効率も下がってしまうが、本願発明者は、適用分野に応じて必要とされる感度を十分に確保することができるBiの含有率を見出した。
【0027】
光電陰極10を半導体の異物検査装置に用いる場合、小さな異物にレーザ光が照射された際の散乱光は微弱となるが、大きな異物にレーザ光が照射された際の散乱光は大きくなる。従って、光電陰極10には微弱な散乱光を検出できるだけの感度が要求されると共に、微弱な散乱光と大きな散乱光のいずれにも対応できる広いダイナミックレンジが要求される。このように、半導体検査装置のようなダイナミックレンジの広い計測が求められる分野においては、光電子放出層18におけるSbBiに対するBiの含有率、すなわちSb及びBiの総モル量に対するBiのモル量の割合は、当該分野において必要とされる感度及びリニアリティを確保するために、8.8mol%以上、32mol%以下であることが好ましく、8.8mol%以上、29mol%以下であることがさらに好ましい。また、低温時における光電陰極10のリニアリティを確保するために16.7mol%以上、32mol%以下であることが好ましい。
【0028】
光電陰極10を、例えば高エネルギー物理実験などの感度が特に要求され暗電流を極力低減する必要のある分野に適用する場合、光電子放出層18におけるSbに対するBiの含有率は、暗電流を十分低減すると共に必要とされる感度を確保するために、16.7mol%以下であることが好ましく、0.4mol%以上、16.7mol%以下であることがさらに好ましい。また、0.4mol%以上、6.9mol%以下とすることにより、特に高い感度を得ることができるため一層好ましい。
【0029】
光電陰極10及び光電子増倍管30の動作を説明する。図1及び図2に示すように、光電子増倍管30において、入射窓34を透過した入射光hνが光電陰極10に入射する。光hνは、基板12側から入射し、基板12、中間層14、及び下地層16を透過して光電子放出層18に達する。光電子放出層18は光電子放出するための活性層として機能し、ここで光子が吸収されて光電子eが発生する。光電子放出層18で発生した光電子eは、光電子放出層18表面から放出される。放出された光電子eは増倍部40で増倍され、陽極38によって収集される。
【0030】
続いて、実施例に係る光電陰極のサンプル及びその比較例に係る光電陰極のサンプルについての説明を行う。実施例に係る光電陰極のサンプルは、硼珪酸ガラス基板12に形成された酸化ハフニウム(HfO)からなる中間層14と、その上に形成されたMgOからなる下地層16とを有している。このサンプルの下地層16の上に所定の含有率のBiを含むSbBi合金膜を形成し、光電陰極感度が最大値となるのを確認するまでSbBi合金膜をカリウム金属蒸気及びセシウム金属蒸気に曝すことによって、光電子放出層18を形成する。光電子放出層18のSbBi層は30〜80Å(光電子放出層換算で150〜400Å)である。
【0031】
比較例に係る光電陰極のサンプルは、硼珪酸ガラス基板上に酸化マンガンの下地層を形成し、その上にSb膜を形成してカリウム金属蒸気及びセシウム金属蒸気を反応させることによって光電子放出層を形成したバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A1,比較例A2)と、UV透過ガラス基板上にSb膜にナトリウム金属蒸気、カリウム金属蒸気及びセシウム金属蒸気を反応させることによって光電子放出層を形成したマルチアルカリ光電陰極のサンプル(比較例B)とを用いる。また、比較例に係る光電陰極のサンプルとして、光電子放出面にBiが全く含有されていないこと以外は実施例に係る光電陰極のサンプルと同じ構成とされた光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例C2,比較例D,比較例E)を用いる。
【0032】
図4〜図7に、実施形態に係るBi含有率0.4〜32mol%の光電陰極のサンプル、Bi含有率0mol%であること以外は実施例と同じ構成とされた比較例に係る光電陰極のサンプル(比較例C2)、酸化マンガンを下地層としたバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A1)、及びマルチアルカリ光電陰極のサンプル(比較例B)の分光感度特性を示す。図4はBi含有率0mol%、0.4mol%、0.9mol%、1.8mol%の光電陰極のサンプル、図5はBi含有率2.0mol%、2.1mol%、6.9mol%、8.8mol%の光電陰極のサンプル、図6はBi含有率10.5mol%、11.4mol%、11.7mol%、12mol%の光電陰極のサンプル、図7はBi含有率13mol%、16.7mol%、29mol%、32mol%の光電陰極のサンプルについて、それぞれの波長に対する量子効率を示すグラフである。図4〜図7に示すグラフの横軸は波長(nm)を、縦軸は量子効率(%)を示す。なお、図4〜7には、酸化マンガンを下地層としたバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A1)、及びマルチアルカリ光電陰極のサンプル(比較例B)の分光感度特性がいずれも示されている。
【0033】
図4及び図5から理解されるように、Bi含有率0.4mol%のサンプル(ZK4300)、Bi含有率0.9mol%のサンプル(ZK4295)、Bi含有率1.8mol%のサンプル(ZK4304)、Bi含有率2.0mol%のサンプル(ZK4293)、Bi含有率2.1mol%のサンプル(ZK4175)、Bi含有率6.9mol%のサンプル(ZK4152)は、波長300〜430nmでのピークにおいて35%以上の量子効率を示す。従って、光電子放出層18のSb及びBiに対して含有されるBiを6.9mol%以下とすることによって、特に感度を要求される分野において十分な感度とされている35%以上の量子効率を確保できることが理解される。なお、Bi含有率0mol%のサンプル(比較例C2)においても高い感度を確保できることが確認できるが、後述するように暗電流が大きくなってしまい、リニアリティも十分に得られない。
【0034】
図5〜7から理解されるように、Bi含有率8.8mol%のサンプル(ZK4305)、Bi含有率10.5mol%のサンプル(ZK4147)、Bi含有率11.4mol%のサンプル(ZK4004)、Bi含有率11.7mol%のサンプル(ZK4302)、Bi含有率12mol%のサンプル(ZK4298)、Bi含有率13mol%のサンプル(ZK4291)、Bi含有率16.7mol%のサンプル(ZK4142)は、波長300〜500nmの間のピークにおいて20%以上の量子効率を示すと共に、酸化マンガンを下地層としたバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A1)よりも全ての波長において高い量子効率を示す。従って、光電子放出層にSbBiに対して含有されるBiを16.7mol%以下とすることによって、従来のバイアルカリ光電陰極よりも高い量子効率を確保できることが理解される。特に、Bi含有率を16.7mol%以下においては、波長500〜600nmにおいて従来品のサンプルよりも高い量子効率を示している。従って、光電子放出層のSbBiに対して16.7mol%以下のBiが含有されることによって、従来のバイアルカリ光電陰極よりも500〜600nmにおける感度、すなわち緑色感度〜赤感度を向上できることが理解される。
【0035】
図7から理解されるように、Bi含有率29mol%のサンプル(ZK4192)は、波長320〜440nmの間のピークにおいて20%以上の量子効率を示す。従って、光電子放出層にSbBiに対して29mol%以下のBiが含有されることによって、半導体検査装置などのように入射される光量が大きい分野において十分な感度とされている20%以上の量子効率を得ることができることが理解される。また、波長450〜500nmにおいて、マルチアルカリ光電陰極のサンプル(比較例B)より大きい、あるいは同等の量子効率を示す。
【0036】
次に光電陰極のBi含有率ごとの陰極感度、陽極感度、暗電流、陰極青感度指数、及びダークカウントを比較した実験結果を表1に示す。表1においては、実施例に係る光電陰極として、Bi含有率0.4〜16.7mol%のサンプルの測定結果が示され、比較例に係る光電陰極として、酸化マンガンを下地層としたバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A1)、及びBi含有率0mol%とされた光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例D、比較例E)の測定結果が示されている。Bi含有率0.4〜16.7mol%のサンプル及びBi含有率0mol%とされた光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例D、比較例E)は、いずれも基板12に形成された酸化ハフニウム(HfO)からなる中間層14と、その上に形成されたMgOからなる下地層16とを有している。
【0037】
【表1】

【0038】
表1における陰極青感度指数とは、ルーメン感度の測定時に青フィルタCS−5−58(コーニング社製)の1/2の厚みのフィルタを光電子増倍管30の前に入れたときの陰極電流(A/lm−b)である。
【0039】
表1におけるダークカウントとは、光電陰極10に入射する光を遮断した暗中状態において、光電子放出層18から放出される光電子の数を相対的に比較するための値で、25℃の室温環境下で測定を行ったものである。このダークカウントは、具体的には光電子をカウントする測定器によって得られる図8の結果に基づいて算出される。図8は、暗中状態において光電子放出層から放出される光電子の強度ごとのカウント数を示す図であり、Bi含有率0mol%(比較例C1)、2.1mol%、6.9mol%、10.5mol%、16,7mol%の光電陰極のサンプル、及び酸化マンガンを下地層とした従来品のサンプル(比較例A1)について示した図である。図8の横軸は測定器のチャンネルを示し、横軸は各チャンネルで検出された光電子のカウント数を示している。表1におけるダークカウントは、図8に示す光電子のカウント数のピークの1/3以上のチャンネルにおけるカウント数の積分値を示す。(具体的にはピークが200chなので、1/3は200/3=67チャンネルとなる)このように、ピークの1/3以上のチャンネルにおけるカント数の積分値を比較することによって、装置の回路内の揺らぎなどの影響を排除することができる。
【0040】
表1から理解されるように、酸化マンガンを下地層とした従来品のサンプル(比較例A1)については、暗電流及びダークカウントについて低い値が得られるものの十分な陰極青感度指数が得られない。実施例に係るBiを含有した光電陰極のサンプルでは、暗電流及びダークカウントについて低い値を得つつも比較例A1よりも高い陰極青感度を得ることができる。
【0041】
表1に示されたダークカウントの値とBi含有率の関係を図9に示す。図9は、Bi含有率0.4〜16.7mol%の光電陰極のサンプル、及びBi含有率0mol%で中間層がHfOとされた光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例D,比較例E)のダークカウントの値をプロットしたグラフである。図9に示すグラフの横軸はBi含有率(mol%)を、縦軸はダークカウントの値を示す。
【0042】
図9から理解されるように、Bi含有率0mol%の光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例D,比較例E)に比して、Bi含有率が0.4mol%以上の光電陰極のサンプルは、いずれもダークカウントの値が半分以上低減されている。なお、Bi含有率10.5mol%以上と16.7mol%以下の間の13mol%においても、ダークカウントの低減が見られた。
【0043】
図9におけるBi含有率が低い領域におけるダークカウントの値とBi含有率の関係を図10に示す。図10は、Bi含有率0.4〜2.1mol%の光電陰極のサンプル、及びBi含有率0mol%で中間層がHfOとされた光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例D,比較例E)のダークカウントの値をプロットしたグラフである。図10に示すグラフの横軸はBi含有率(mol%)を、縦軸はダークカウントの値を示す。
【0044】
図10から理解されるように、Bi含有率0.4mol%の光電陰極のサンプルは、Bi含有率0mol%の光電陰極のサンプル(比較例C1,比較例D,比較例E)に比してダークカウントが顕著に低減されている。従って、Biを微量でも含んでいれば、すなわちBi含有率が0mol%よりも大きければ、ダークカウントの値を低減するという効果を得られることが理解される。以上によって、SbにBiを含有させることによって、酸化マンガンを下地層とした従来品のサンプルよりも高い陰極青感度指数を得つつも(表1参照)、ダークカウントの値を低減できることが理解される。
【0045】
図11及び図12に、Bi含有率2.0〜32mol%の光電陰極のサンプルのリニアリティを示す。図11はBi含有率2.0mol%、2.1mol%、6.9mol%、8.8mol%、10.5mol%、11.7mol%、12mol%、13.3mol%の光電陰極のサンプル、図12はBi含有率16.7mol%、29mol%、32mol%の光電陰極のサンプルについて、それぞれの陰極電流に対する変化率を示すグラフである。図11及び図12に示すグラフの横軸は陰極電流(A)を、縦軸は変化率(%)を示す。なお、定められた色温度を持つ光源の光束をミラーを介した測定系で、減光フィルターで1:4の光量に分割した基準光量をサンプルの光電陰極に入射して1:4の基準光電流値を変化率0%と定め、1:4の光量を増加させた場合の1:4の光電流の比率変化を変化率とする。図13は、図11及び図12に示されている変化率が−5%のときの陰極電流を各含有率についてプロットしたグラフである。図13の横軸はBiの含有率(mol%)を、縦軸は変化率−5%における陰極電流(A)を示す。なお、比較例A1,A2に係るバイアルカリ光電陰極(Sb−K−Cs)のリニアリティの上限値は0.01μAであることが知られているため、図13において1.0×10−8Aの位置を点線で示す。また、比較例Bに係るマルチアルカリ光電陰極(Sb−Na−K−Cs)のリニアリティの上限値は10μAであることが知られているため、図13において1.0×10−5Aの位置を一点鎖線で示す。
【0046】
図13から理解されるように、Bi含有率8.8mol%以上のサンプルでは、マルチアルカリ光電陰極のリニアリティの上限値(1.0×10−5A)と同等のリニアリティを示す。また、8.8mol%よりBi含有率が低い光電陰極においては、Bi含有率の変化に対するリニアリティの変化が大きく、Bi含有率の低下によってリニアリティが大幅に減少するのに対し、Bi含有率が8.8mol%以上の光電陰極においては、Bi含有率の変化に対するリニアリティの変化が少ない。従って、製造誤差によってBi含有率が若干変化した場合であっても、リニアリティが急激に変化することなく、高いリニアリティを安定して確保することができる。以上によって、光電子放出層18のSbBiに対して8.8mol%以上のBiが含有されることによって、マルチアルカリ光電陰極のリニアリティの上限値とほぼ同等のリニアリティを安定して得ることができる。
【0047】
図14は、変化率が−5%のときの陰極電流を各含有率について温度ごとにプロットしたグラフであり、実施例に係るBi含有率32mol%の光電陰極のサンプル(ZK4198)、Bi含有率16.7mol%の光電陰極のサンプル(ZK4142)、及び比較例に係る酸化マンガンを下地層としたバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A2)について、低温環境下でリニアリティの測定を行った場合の測定結果を示している。図14の横軸は測定環境における温度(℃)を、縦軸は変化率−5%における陰極電流(A)を示す。
【0048】
図14から理解されるように、酸化マンガンを下地層としたバイアルカリ光電陰極の従来品のサンプル(比較例A2)は、温度低下に伴って急激にリニアリティが低下しており、−100℃におけるリニアリティが室温(25℃)におけるリニアリティに比して1×10−4倍以上低下している。一方、Bi含有率16.7mol%のサンプル(ZK4142)については、―100℃におけるリニアリティが室温(25℃)におけるリニアリティに比して0.1倍しか低下していない。また、Bi含有率32mol%のサンプル(ZK4198)については、―100℃におけるリニアリティが室温におけるリニアリティに比してほとんど低下していない。従って、Bi含有率を32mol%以下とすることによって、低温時におけるリニアリティを飛躍的に向上できることが理解される。このように低温時におけるリニアリティを向上させることのできる光電陰極は、例えば、高エネルギー物理学者により行われる宇宙の暗黒物質(ダークマター)の観測などに用いるのに好適である。この観測には、液体アルゴンシンチレータ(-189℃)、液体キセノンシンチレータ(-112℃)が用いられる。図14で示す様に従来の比較例A2では、−100℃の環境でのカソード電流がわずか1.0×10−11(A)しか流れなくなり,測定ができなかった。液体キセノンシンチレータを使用する場合は、ZK4142(Bi=16.7mol%)、液体アルゴンシンチレータ使用の場合はZK4198(Bi=32mol%)を用いることが望ましい。
【0049】
以上、好適な実施形態について説明したが、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、光電陰極10において、基板12、下地層16に含まれる物質は上記に記載した物質に限定されない。また、中間層14を設けなくともよい。光電陰極の各層を形成する方法は、それぞれ上記実施形態に記載された方法に限られない。
【0050】
また、光電子増倍管以外にイメージインテンシファイア(II管)などの電子管に本実施形態に係る光電陰極を適用してもよい。NaIシンチレータと光電陰極を組み合わせることによって、微弱X線と強いX線の識別ができるため、コントラストの良い画像が得られる。
【0051】
また、イメージインテンシファイア(高速シャッター管)の実施形態において本光電陰極を用いることにより、光電陰極の抵抗が従来品より小さいため、特別の導電下地(金属Niなど)を用いなくても、高感度で、より高速シャッターが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本実施形態に係る光電陰極を透過型として適用した光電子増倍管の断面構成を示す図である。
【図2】本実施形態に係る光電陰極の構成を一部拡大して示す断面図である。
【図3】SbにBiを含有させることによって暗電流を低減することができるとの考えを説明するための概念図である。
【図4】実施例及び比較例の分光感度特性を示すグラフである。
【図5】実施例及び比較例の分光感度特性を示すグラフである。
【図6】実施例及び比較例の分光感度特性を示すグラフである。
【図7】実施例及び比較例の分光感度特性を示すグラフである。
【図8】暗中状態において光電子放出層から放出される光電子の強度ごとのカウント数を示す図である。
【図9】実施例及び比較例のダークカウントの値をプロットしたグラフである。
【図10】実施例及び比較例のダークカウントの値をプロットしたグラフである。
【図11】実施例のリニアリティを示すグラフである。
【図12】実施例のリニアリティを示すグラフである。
【図13】図11及び図12に示されている変化率が−5%のときの陰極電流を各含有率についてプロットしたグラフである。
【図14】変化率が−5%のときの陰極電流を各含有率について温度ごとにプロットしたグラフである。
【符号の説明】
【0053】
10…光電陰極、12…基板、14…中間層、16…下地層、18…光電子放出層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SbとBiを含有し、光の入射により光電子を外部に放出する光電子放出層を備え、
前記光電子放出層には、Sb及びBiに対して32mol%以下のBiが含有されていることを特徴とする光電陰極。
【請求項2】
前記光電子放出層には、Sb及びBiに対して29mol%以下のBiが含有されていることを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項3】
前記光電子放出層には、Sb及びBiに対して16.7mol%以下のBiが含有されていることを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項4】
前記光電子放出層には、Sb及びBiに対して6.9mol%以下のBiが含有されていることを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項5】
前記光電子放出層には、Sb及びBiに対して0.4mol%以上のBiが含有されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項6】
前記光電子放出層には、Sb及びBiに対して8.8mol%以上のBiが含有されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項7】
―100℃におけるリニアリティが、25℃におけるリニアリティの0.1倍よりも高いことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項8】
波長320〜440nmでのピークにおいて20%以上の量子効率を示すことを特徴とする請求項2記載の光電陰極。
【請求項9】
波長300〜430nmでのピークにおいて35%以上の量子効率を示すことを特徴とする請求項4記載の光電陰極。
【請求項10】
前記光電子放出層の光の入射側に、HfOから形成される中間層を更に備えることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項11】
前記光電子放出層の光の入射側に、MgOから形成される下地層を更に備えることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項12】
前記光電子放出層は、SbBiの合金薄膜に、カリウム金属蒸気及びセシウム金属蒸気を反応させることによって形成されることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項13】
前記光電子放出層は、SbBiの合金薄膜に、カリウム金属蒸気及びルビジウム金属蒸気とセシウム金属蒸気を反応させることによって形成されることを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項記載の光電陰極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−301905(P2009−301905A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−155777(P2008−155777)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】