説明

光音響整合材

【課題】 光音響トモグラフィー装置において被検体に照射した光の一部が被検体外に向かって出射する。
【解決手段】 光音響整合材が、水と増粘剤と光散乱部材とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光音響トモグラフィー装置等に用いられる音響整合材に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波(音響波)を利用して被検査物(被検体)の内部を画像化する装置として、例えば医療診断に用いられる光音響トモグラフィー(PAT:Photoacoustic tomography)装置が提案されている。光音響トモグラフィー装置は、レーザパルス光を被検体に照射し、被検体内の組織が照射光のエネルギを吸収した結果生じる光音響波を探触子内に設けられた受信素子(ピエゾ素子等の電気機械変換素子)で受信し、被検体内部の光学特性値に関連した情報を画像化する。
【0003】
光音響トモグラフィー装置として、特許文献1には、受信素子と被検体との間に光音響整合材を設ける構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−075681号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の技術では、被検体と受信素子との間に光音響整合材を設けることで、被検体と探触子との音響インピーダンスの整合(マッチング)がとられているが、光音響整合材については更なる改善が求められている。具体的には、光音響整合材について、音響インピーダンス特性を考慮するだけでなく、被検体に照射する光に対して、反射や透過等の光学特性をも考慮した光音響整合材が求められていた。また更には、光音響整合材は、人体等の被検体に直に接した状態で使用されることが多いため、被検体に対する触感等が良好であることも望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決する、本願発明の光音響整合材は、水と増粘剤と光散乱部材とを有することを特徴とする。また、本発明の光音響整合材は、水と増粘剤と光散乱部材とのうち、水を主成分として有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、良好な音響インピーダンス特性を有するだけでなく、被検体に照射する光に対する良好な光学特性をも備えた光音響整合材の提供が可能となる。更には、被検体に対する触感等が良好な光音響整合材を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施形態を表す図。
【図2】本発明の実施形態を表す部分拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して、本発明の光音響整合材の実施形態を説明するが、まず、この光音響整合材が使用ざれる光音響トモグラフィー装置のについて説明する。
【0010】
本実施形態で用いられる光音響トモグラフィー装置は、被験体に光(電磁波)を照射することにより被検体内で発生した音響波を受信して、被検体情報を画像データとして取得する光音響効果を利用した装置である。音響波とは、典型的には超音波であり、音波、超音波、光音響波、光超音波と呼ばれる、これら弾性波を含む。
【0011】
図1において、光音響トモグラフィー装置は、不図示である光源、バンドルファイバ105、光照射部104、光音響整合材103、探触子101、不図示の信号処理部、不図示の表示部を備える。光音響整合材103は不規則に分散した、光散乱部材である光散乱体106を含んでおり、被検体表面に塗布される。探触子101は音響整合材103を介して被検体102からの音響波を受信する。
【0012】
光音響トモグラフィー装置は、不図示である光源からパルス光を発生させ、そのパルス光をバンドルファイバ105と音響整合材103を通して光照射部104から被検体102に照射する。被検体102内に照射されたパルス光によって被検体102内の吸収体は光音響波を発生する。この光音響波は光音響整合材103を通り、探触子101に受信される。探触子101と後段の信号処理部は、信号を電気信号に変換、増幅、遅延処理、再構成などを行い被検体102内の吸収係数分布を作成する。再構成の方法として、例えば、トモグラフィー技術で通常に用いられるタイムドメインあるいはフーリエドメインでの逆投影などが利用できる。その後、表示部は作成された吸収係数分布を表示する。
【0013】
光照射部104は、光源から出力され、バンドルファイバ105を通ったパルス光を照射する。照射光は波長750nmから1100nm程度の近赤外光とする。光照射部104から照射した光は光音響整合材103を通して被検体102に入射する。図1において光照射部104は探触子101の側面に接触しているが、光照射部104と探触子101は非接触でもよく、角度を持ち配置されていてもよい。
【0014】
光音響整合材103は被検体表面に塗布される。光照射部104と探触子101は、光音響整合材103を通して、被検体102に光を照射もしくは被検体102からの音響波を取得する。光照射部104は被検体102に押し当てて光を照射する場合が多いため、光照射部104と被検体間の光音響整合材103がもつ厚みは、通常0.5mm程度以下になる。また、光照射部104は被検体表面に光音響整合材103が塗布されたのちに押しあてられ、光照射部周囲の光音響整合材103は光照射部周囲から10mm程度以上の大きさを持って塗布される。図2に光照射部104と光音響整合材103、被検体102の配置置関係を示す。この光音響整合材の大きさは図2のBの距離である。
【0015】
本実施形態の光音響整合材は、水と増粘剤と光散乱部材とを有している。このため、
光照射部104から入射した光201の一部は光音響整合材103から外部に出射されるが、その光は光音響整合材103内の光散乱部材である光散乱体106により散乱されており、光はそのエネルギ密度を低減して、図2に示す散乱光202ように光音響整合材103の表面から出射されるため、術者と被験者の安全性がより向上する。これについて詳述する。
【0016】
光音響トモグラフィー装置は、被検体に光を照射するため、一般にレーザを光源として使用する。レーザを用いた装置を取り扱う際の規定としてJIS C6802が設けられている。この中で、レーザ光が眼や皮膚を照射した時に許容出来る安全なレベルとして、網膜に対するMPE(最大許容露光量:maximuMPErmissible exposure)と皮膚に対するMPEがそれぞれ規定されている。レーザ装置は、このMPE以下のエネルギ密度で使用する必要がある。
【0017】
ところが、網膜に対するMPEは皮膚に対するMPEを大きく下回るため、光音響波を取得するために被検体すなわち皮膚に対するMPE以下で被検体に光を照射させても、光音響整合材から漏れ出す光のエネルギ密度が網膜に対するMPEを超える可能性がある。しかし、本実施形態の光音響整合材においては、光散乱体106によって光はそのエネルギ密度を十分低減されるため、つまり光音響整合材自体で、光のエネルギー密度を低減できるため、光音響トモグラフィー装置自体に特段の工夫を施すことなく、術者と被験者の安全性をより向上させることが出来る。
【0018】
また、更には、本実施形態の光音響整合材は、水と増粘剤と光散乱部材とのうち、水を主成分として有している。これによって、被検体、特に人体に対して直に接触させても、触感や臭い等で、違和感なく使用することが出来る。
【0019】
以下更に、音響整合材103について説明する。光音響整合材103の増粘剤としては、カルボキシビニルポリマー、カルボキシルメチルセルロース、アクリル酸メチルエステル共重合体、キサンタンガムなどが使用できる。また、光音響整合材103は光散乱部材である光散乱体106、増粘剤、水以外にも、保潤剤、防腐剤、ph調整剤などの組成物を含んでもよい。たとえば、グリセリン、パラヒドロキシ安息香酸エステル、水酸化ナトリウムである。添加する光散乱体106の粒子径は照射する波長と同程度以下がよく、平均粒径が1nm以上且つ3μm以下のものがよい。
【0020】
光散乱体106は無機微粒子、および有機微粒子が使用できる。
【0021】
無機微粒子としては、例えば、シリカ、珪藻土、アルミナ、酸化亜鉛、チタニア、ジルコニア、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、金、銀その他の無機粒子が挙げられる。
【0022】
有機微粒子としては、例えば、ビニル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、エステル樹脂、ポリアミド、ポリイミド、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ベンゾグアナミン系樹脂、ユリア樹脂、アニリン樹脂、アイオノマー樹脂、ポリカーボネート、セルロース及びこれらの混合物等の公知の有機樹脂微粒子が挙げられる。光音響整合材103に添加される光散乱体106は無機物、有機物に限らず使用でき、それらを組み合わせてもよい。
【0023】
また、光音響整合材103が照射波長に対して吸収をもつ、もしくは、光音響整合材103に光吸収体が添加されている場合には入射した光は散乱しつつ、光強度が減衰して出射される。
【0024】
光音響整合材103に添加される光吸収体としてはメチレンブルー、ICGなどの顔料、染料が挙げられる。また、光吸収体と光散乱体は同一物質でもよく、カーボンブラック、グラファイト、炭素色素、近赤外を吸収する混合原子価金属錯体などが挙げられる。
【0025】
光音響整合材103を出射する光の散乱の程度は音響整合材103を光が伝搬する距離と光散乱係数によって決定される。この光散乱係数は光散乱体の大きさ、屈折率、濃度によって変化する。
【0026】
光照射部104と被検体間の音響整合材103の厚み(図2のA)を0.5mm程度とすると、その距離を通過した光が等方散乱する散乱係数は2/mmとなる。また、光照射部104周囲に光音響整合材103が10mm程度の大きさ(図2のB)と、1mm程度の厚み(図2のC)をもつと、光照射部104から入射し、光音響整合材103から出射される光は1mmから10mm程度の距離を透過する。この10mmを透過する光を等方散乱させる散乱係数は0.1/mmである。また、1mmを透過する光を等方散乱させる散乱係数は1/mmである。一般的に光音響整合材103から被検体102に向かう方向に出射する光(図2Aの距離を通る光)は直進光であることが好ましく、被検体102に向かう方向以外に出射する光(具体的には図2Bおよび図2Cの距離を通る光)は十分に等方散乱されることが好ましい。このため、散乱係数は好ましくは0.1/mm以上且つ2.0/mm以下が好ましく、1.0/mm以上且つ2.0/mm以下がより好ましい。
【0027】
光音響整合材103が吸収係数を持つ場合、光音響整合材103からの出射光は、光音響整合材103内を移動する距離と吸収係数の大きさに関係して減衰する。この光音響整合材103内を移動する距離は散乱係数が大きいほど増加する。光音響整合材103からの光の減衰は、光散乱係数と光吸収係数によって算出される減衰係数の値によって表わされる(式1)。
【0028】
【数1】

【0029】
ここで、μeffは減衰係数、μは吸収係数、μ’は散乱係数である。
【0030】
ここで、光音響整合材103から被検体102方向に出射する光はあまり減衰しないことが好ましく、一方被検体102に向かう方向以外に出射する光は、網膜に対するMPE(最大許容露光量:maximuMPErmissible exposure)程度にまで強く減衰することがより好ましい。これは、網膜に対するMPEと皮膚に対するMPEの差は数〜数十万倍にもなるからである。
【0031】
光音響トモグラフィー装置では被検体102からの大きな信号を得ることが望ましいため皮膚のMPEを基準として被検体102に光を照射する。しかし、光音響整合材103から出射した光は術者及び被験者の網膜に対するMPE程度に弱められて出射することが望ましい。
【0032】
波長797nm、パルス幅10ns、発光周波数10Hzの光源を用いる場合、皮膚のMPEは313(J/m2)となる。しかし、網膜に対するMPEは一意的に決まらない。その原因は網膜に対するMPEは拡散光源の範囲と験者までの距離によって変化するためである。網膜に対するMPEは拡散光源が小さく、術者および被験者が拡散光源から離れている場合に高くなる。
【0033】
例えば、光音響トモグラフィー装置を使用する際に、術者及び被験者が拡散光源から1m程度はなれ、幅5mmの拡散光源を60度の方向から観察した場合、MPEは0.14(J/m2)となり、幅10mmの拡散光源を45度の方向から観猿した場合にはMPEは0.39(J/m2)となる。また、被験者が近づくおよび拡散光源の大きさが大きくなった時でもMPEの上限値2.8(J/m2)が設定されている。このように一般的に使用される状況下での光音響トモグラフィー装置の網膜に対するMPEは0.14(J/m2)から2.8(J/m2)となる。このように、網膜に対するMPEは、拡散光源の大きさ、拡散光源と験者間の距離等の光音響トモグラフィー装置の使用状況によって、より詳しく設定することができる。この網膜に対するMPEによって光音響整合材103の減衰係数の好ましい範囲0.47/mm)から0.77(/mm)、吸収係数の好ましい範囲0.036(/mm)から0.40(/mm)が決定される。
【0034】
この光音響整合材103の散乱係数、吸収係数および減衰係数は、光音響装置の使用する波長、験者に対する拡散光源(光音響整合材103の表面範囲)の大きさ、距離の予想値により、適時好適な範囲が設定されることが望ましい。
【0035】
以下に実施例を記述するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、材料、組成、反応条件等、同様な機能、効果を有する光音響整合材103が得られる範囲で自由に変えることができる。
【0036】
実施例1
本実施例における光音響整合材及びこれを使用した光音響トモグラフィー装置を図1に示す。光音響トモグラフィー装置は、光照射部104と被検体102の間に光音響整合材103が用いられている。
【0037】
本実施例では光源として、波長797nm、パルス幅10ns、発光周波数10Hzのレーザパルス光源を用いた。光音響整合材103の母材としては、超音波ジェル(GE横川メディカル社,LOGICLEAN)を用いた。この超音波ジェルは、水と増粘剤とを有しており、主成分は水である。故に無臭であり、べた付きを感じることもなく、被検体に直に接触させて使用しても、違和感を持つことはない。この超音波ジェルに光散乱部材である光散乱体106として粒子径0.21μmの酸化チタンを0.3wt%で添加し、分散させた。その結果、散乱係数は1.0(/mm)、吸収係数は0.0081(/mm)で、減衰係数は0.16(m−1)となった。また、光散乱部材である光散乱体106を添加した後も、臭いや触感に大きな変化はなかった。
【0038】
被検体表面の拡散光源(光音響整合材)を1mはなれた場所で45度の角度から術者及び被験者が観察している場合を想定した。拡散光源は光照射部104と被検体間(図2のA)から漏れ出す光を想定し、大きさは0.5mmとした。また光音響整合材103は10mmの大きさを持ち(図2のB)、光照射部の周囲で10mm程度の厚みに塗布した(図2のC)。
【0039】
光散乱体106が含まれていない光音響整合材103を使用した場合と、本実施例の光音響整合材103を使用した場合とを比較検討した。
【0040】
各場合の吸収係数と減衰係数、光の出射面積も考慮すると、実施例1の光音響整合材103を用いると、光拡散体106が含まれない光音響整合材に比べて、光のエネルギ密度は約0.007倍となった。そのため、実施例1の光音響整合材103を用いることで、照射光のエネルギ照射は313(J/m2)から2.3(J/m2)になり、より術者および被験者に対して安全性を向上させることができた。
【0041】
実施例2
実施例1では水を主成分とし、更に増粘剤を含んだ超音波ジェルに、光散乱体106である酸化チタンを添加した光音響整合材103について説明した。本実施例では光音響整合材103に光散乱体106だけではなく光吸収部材である光吸収体を添加した音響整合材103について説明する。本実施例における光音響整合材103及びこれを用いた光音響トモグラフィー装置を図2に示す。本実施例においては、光音響整合材103に光散乱体106であり、且つ光吸収部材である吸収体でもあるカーボンブラックを0.01wt%添加した。その結果、散乱係数は1.0(/mm)、吸収係数は0.133(/mm)、減衰係数は0.67(/mm)となった。実施例1と比べて、吸収体を添加することによって、光音響整合材103から出射する光エネルギ密度の減少を行うことができた。
【0042】
光音響整合材103の減衰係数は、実施例1の場合0.16(/mm)、実施例2の場合、減衰係数は0.133(/mm)となる。そのため、本実施例の光音響整合材103から照射される光のエネルギ密度は、実施例1に比べて0.006倍となる。そのため、網膜に対するMPEは0.39(J/m2)であるのに対し、本実施例の光音響整合材103から照射される光エネルギ密度は最大0.013(J/m2)となり、術者および被験者に対して安全性を向上できた。
【0043】
尚、本実施例においては、光拡散機能と光吸収機能の両方を備えるカーボンブラックを用いることで、光拡散部材と光吸収部材を同一の部材で実現したが、これに限らず、光拡散部材と光吸収部材とを別々の部材で構成しても良い。
【符号の説明】
【0044】
101 探触子
102 被検体
103 音響整合材
104 光照射部
106 光散乱体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水と増粘剤と光散乱部材とを有する光音響整合材。
【請求項2】
前記光音響整合材は、前記水を主成分として有することを特徴とする請求項1に記載の光音響整合材。
【請求項3】
前記光音響整合材の光散乱係数が、0.1/mm以上且つ2.0/mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の光音響整合材。
【請求項4】
前記光散乱部材の平均粒径が、1nm以上且つ3μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の光音響整合材。
【請求項5】
前記光散乱部材が、酸化チタンであることを特徴とする請求項1に記載の光音響整合材。
【請求項6】
前記光音響整合材は、光吸収部材を有する請求項1に記載の光音響整合材。
【請求項7】
前記光吸収部材が、カーボンブラックであることを特徴とする請求項6に記載の光音響整合材。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−56100(P2013−56100A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197254(P2011−197254)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】