説明

入射波の波高及び波向き推定方法、自動位置保持制御方法、自動位置保持システム及び船舶と洋上構造物

【課題】自動位置保持制御を行っている状態において、入射した波高と波向きを精度良く推定できる入射波の波高及び波向き推定方法を提供する。
【解決手段】船体位置及び船首方位を保持するための制御力及びこの制御力の方向と、船体に作用する波以外に起因する力及びこの力の作用方向の推定値とから、船体に作用した波漂流力の方向を算出し、この波漂流力の方向から、予め設定された波漂流力の方向と入射した波の波向きとの関係を示すデータを基に、入射した波の波向きを推定すると共に、計測されたピッチ運動と推定された波向きから入射した波の波高を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動位置保持装置を備えた船舶における、入射波の波高及び波向き推定方法、自動位置保持制御方法、自動位置保持システム及び船舶と洋上構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
自動位置保持システム(DPS:Dynamic Positioning System)は、海洋における調査研究や開発作業に従事する船舶・海洋構造物を、錨で留める代わりに、推進用プロペラやスラスタをコンピュータで制御することにより、潮流、風,波等の外乱によって生じる外力及びモーメントに抗して、洋上の定点に船体位置を自動保持する装置であり、通常、目標位置と現在位置の偏差及び目標方位と現在方位の偏差をゼロにするようにスラスタ等のアクチュエータをフィードバック制御して、船体を定点に保持させようとしている。
【0003】
この自動位置保持システムは、作業船、調査船、海洋構造物等で、石油を始めとする海底資源の採掘や海洋調査等、海洋開発のニーズが増すと共に、その対象水域はますます深くなる状況にあり、錨を使用できない海域で威力を発揮している。
【0004】
特に、ライザー堀削船の場合は、ライザーの安全性の観点から許容される船体位置の偏差の最大量が厳しく規制され、船体位置の偏差が許容値を超える場合は、ライザー切り離しなどの非常措置を行う必要がある。そのため、ライザー堀削船を含めて自動位置保持を行う場合には、操業の安全性の確保や稼働率の向上、さらには、自動位置保持制御を行うオペレータの負担軽減のために、位置保持の精度を向上させることが求められている。この自動位置保持システムでは、船体位置の偏差を許容値以下に納めるために、船体位置の偏差の最大量を小さくすることが重要である。
【0005】
船体に働く波力は、波周期で変動する波浪強制力(モーメントを含む)と定常的に船体に作用する波漂流力(モーメントを含む)に分けて考えることができる。波浪強制力は船体動揺を与えるが、船体を移動する力にはならないので自動位置保持制御では、2次的な要素として扱われる。一方、波漂流力は波の進行方向に船体を押し流す力であるため、波による波漂流力が大きく影響することが知られており、船位保持制御の精度を向上させるためには、この波漂流力の定常分のみならず変動分である変動波漂流力を考慮して自動位置保持制御を行うことが重要である。
【0006】
この変動波漂流力は、海が穏やかで波浪階級が低い低海象時には、力の程度が小さいため定常力として取り扱って実質上は問題ないが、変動波漂流力の大きさは波高の2乗に比例するため、海が荒れて波浪階級が高い高海象時には変動波漂流力の変動幅が著しく大きくなり、船体を急激に移動させるので、船体位置の偏差に大きな影響が生じる。この変動波漂流力を考慮すると、最近観測されている、台風の接近や大型低気圧の通過に遭遇する場合等の高海象時に、船体が急に押し流されて、船体位置の偏差量が急に大きくなる現象を合理的に説明できることが分かっている。
【0007】
通常、海洋の不規則波はエネルギーが周波数の狭い範囲に集中しているので、個々の波の周期が略同一で振幅が緩やかに変動している状態となる。高海象時には、変動波漂流力の程度が大きくなり、この力を受けて船体が移動するので、船体位置の偏差への影響は大きい。そのため、船体位置の偏差が発生してから、この偏差を減ずるための推力を発生するフィードバック制御では、大きな偏差が生じるような場合では、位置保持制御における精度を向上させるには限界がある。
【0008】
この問題を解決して、高海象時の位置保持精度を向上するためには、船体に作用する時々刻々の変動波漂流力を打ち消す力をスラスタで発生する制御技術の開発が必要となる。そのためには、変動波漂流力の評価が課題となるが、実船では変動波漂流力そのものを物理量として計測することはできないため、何らかの手段で変動波漂流力を推定する必要がある。
【0009】
これに関連して、長周期の波漂流力を推定するものとして、洋上において、推力発生装置を制御して船体位置及び船首方位を所定の位置及び方位に保持する自動船位保持制御方法であって、船体に作用する作用力及び作用モーメントに関して、波浪によって生じる長周期の変動波漂流力及び変動波漂流モーメントの少なくとも一方を含む長周期変動力及び長周期変動モーメントを推定し、この推定した長周期変動力及び長周期変動モーメントに対して推力発生装置が発生する制御力及び制御モーメントをフィードフォワード制御して船位保持する制御を行う自動船位保持制御方法及び自動船位保持装置が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0010】
また、洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動船位保持制御方法において、船体の運動から船体に入射する波を推定して、この推定した波から波漂流力及び波漂流モーメントの少なくとも一方を算出して、この算出した波漂流力及び波漂流モーメントの少なくとも一方に対してフィードフォワード制御を行う制御を含む船位保持制御を行う自動船位保持制御方法及び自動船位保持装置が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【0011】
この制御方法では、ピッチ代表周期を基に、計測されたピッチと計測されたロールの計測応答比から、予め用意した波入射角推定用テーブルを用いて波入射角(波向き)を推定している。しかしながら、船体の形状等によっては、波向きの推定が難しい場合があるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−297977号公報
【特許文献2】特開2006−297976号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
一方、本発明者らは、自動位置保持制御を行っていた船舶の実際の位置保持の計測データを検討し、位置偏差とピッチ運動との間に相関関係があることに着目した。そして、ピッチ運動から、この時の船体に作用した波高を推定し、この波高から変動波漂流力を推定したシミュレーション計算を行った。その結果、実船の測定結果とシミュレーション結果は良く一致し、ピッチ運動から変動波漂流力を推定することができることが分かった。
【0014】
しかしながら、実用的なシステムでは、船体に入射した波の波向きの推定が重要となることも分かった。そこで、本発明者らは、船体が位置を一定に保持している状態では、船体に入射する波の波向きは急激に変化しないので、時間平均として、図5に示すように、風圧力Fwind、潮流力Fcurrent、波漂流力Fwaveからなる外力Ftotalと、スラスタ等が発生する制御力Fdpsとが釣り合っていることに着目し、すべての項目について現在、過去の一定時間、例えば、10分〜30分の平均値を考えて、制御力(平均値)Fdpsから、観測データから推定可能な、風や潮流等に起因する力(平均値)、即ち、波以外に起因する力(平均値)を引き算することにより、入射した波によって生じた波漂流力の方向を推定でき、この推定した波漂流力の方向から、入射した波の波向きを推定すると、船体の形状によらず、精度よく、波向きを推定することができるとの知見を得た。
【0015】
本発明は、上述の状況を鑑みてなされたものであり、その目的は、自動位置保持制御を行っている状態において、入射した波高と波向きを精度良く推定できる入射波の波高及び波向き推定方法を提供することにある。
【0016】
また、更なる目的は、自動位置保持制御における船体の位置偏差と方位偏差を小さくすることができる自動位置保持制御方法、自動位置保持システム及び船舶と洋上構造物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の目的を達成するための入射波の波高及び波向き推定方法は、洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持制御方法で用いる入射波の波高及び波向き推定方法において、船体位置及び船首方位を保持するための制御力及びこの制御力の方向と、船体に作用する波以外に起因する力及びこの力の作用方向の推定値とから、船体に作用した波漂流力の方向を算出し、この波漂流力の方向から、予め設定された波漂流力の方向と入射した波の波向きとの関係を示すデータを基に、入射した波の波向きを推定すると共に、計測されたピッチ運動と推定された波向きから入射した波の波高を推定することを特徴とする方法である。
【0018】
なお、ここで言う「制御力」とは、位置保持のために発生している力であり、定常的な位置保持状態において外力と対抗している力である。この制御力は、位置偏差に対するフィードバック制御力と風圧力、潮流力等に対するフィードフォワード制御力の和である。言い換えれば、位置偏差のフィードバック制御における積分制御の項あるいはカルマンフィルタ推定による定常力補償の項に、フィードフォワード制御力と呼ばれる風圧力や潮流力を補償する力の時間平均値を加えたものとなる。
【0019】
なお、潮流力に関しては、潮流計から推定することができるが、一般に時間的な変化が殆ど無いので、フィードフォワード制御しないで、位置偏差のフィードバック制御における積分制御の項あるいはカルマンフィルタ推定による定常力補償の項に含むようにする場合もある。
【0020】
この方法によれば、波向きは平均値から、一方、波高は瞬時々々(時々刻々)のピッチ運動から推定するので、特別なセンサを付加することなく、比較的簡単な方法で、入射した波向きと波高を精度よく推定することができる。なお、ここでいう「船体」は、観測船等の航行を主とする船のみならず、切削基地等の洋上構造物も含む。要するに自動位置保持を行う浮上体であればよい。
【0021】
また、上記の目的を達成するための自動位置保持制御方法は、洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持制御方法において、上記の入射波の波高及び波向き推定方法を用いて、入射した波の波高と波向きを推定し、この推定した入射した波の波高と波向きから、この入射した波から受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を推定し、この推定された変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を補償するために、この推定された変動波漂流力に対応した制御力及びこの推定された変動波漂流力モーメントに対応した制御モーメントの少なくとも一方に対応した制御力及び制御モーメントの少なくとも一方を発生する制御を行うことを特徴とする方法である。
【0022】
この方法によれば、入射した波の波高と波向きを精度よく推定できるので、入射した波から受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントを精度よく推定して、船体の位置偏差が大きくなる前に、船体が受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントを打ち消す制御力及び制御モーメントを発生して、船体の位置偏差が大きくなることを防止することができる。
【0023】
また、上記の目的を達成するための自動位置保持制御システムは、洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持システムにおいて、少なくともピッチを含む船体の運動を計測する船体運動検出手段と、船体位置及び船首方位を保持するための制御力及びこの制御力の方向と、船体に作用する波以外の外力とこの外力の方向の推定値とから、船体に作用する波漂流力の方向を算出し、この波漂流力の方向を基に、予め設定された波漂流力の方向と入射した波の波向きとの関係を示すデータから、入射した波の波向きを推定する波向き推定手段と、計測されたピッチ運動と推定された波向きとから入射した波の波高を推定する波高推定手段と、前記波高推定手段で推定した波高と、前記波向き推定手段で推定した波向きとから、この入射した波から受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を推定する波漂流力推定手段と、前記波漂流力推定手段で推定された変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を補償するために、この推定された変動波漂流力に対応した制御力及びこの推定された変動波漂流力モーメントに対応した制御モーメントの少なくとも一方を発生させる補償制御力発生手段を備えて構成される。
【0024】
この自動位置保持システムによれば、波向き推定手段と波高推定手段から、入射した波の波高と波向きを精度よく推定でき、波漂流力推定手段で入射した波から受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントを精度よく推定して、船体の位置偏差が大きくなる前に、補償制御力発生手段により、船体が受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントに対応した制御力及び制御モーメントを発生して、船体の位置偏差が大きくなることを防止することができる。
【0025】
また、上記の目的を達成するための船舶と洋上構造物は、上記の自動位置保持システムを備えて構成される。この構成によれば、自動位置保持制御を行っている船舶又は洋上構造物が入射した波によって受けた変動波漂流力及び変動波漂流モーメントを推定して、この力及びモーメントに対応した制御力及び制御モーメントの発生により、位置偏差が大きくなる前に、船舶又は洋上構造物が移動するのを抑制して、位置偏差を小さくすることができる。
【0026】
言い換えると、従来の制御方法では、定常力補償制御力によって波による力に対して対抗しているが、安定した制御を実現するためにはカルマンフィルタの時定数はある程度大きくとる必要があり、外力変動に対する応答性はさほど高くない。そのため、高海象時に大波を受けた場合は、急激に大きな変動波漂流力が船体に作用した時に、この定常補償制御力だけでは変動波漂流力の変動に対抗できずに、位置偏差が生じることとなる。
【0027】
これに対して、本発明では、高海象時の最大位置偏差を低減するために、変動波漂流力によって位置偏差が生じることを予測し、それに対応する変動波漂流力補償力を制御力の一部として位置偏差が大きくなる前に発生する。このような制御は位置に対するフィードフォワード制御と呼ばれるが、本発明では、変動波漂流力を打ち消す力を発揮することから、変動波漂流力補償制御という。この変動波漂流力補償制御を実現するためには、時々刻々の変動波漂流力の評価が必要であるが、実船では変動波漂流力を物理量として計測することは困難であるので、波浪及び変動波漂流力の推定方法が課題となる。
【0028】
この船体に作用する変動波漂流力の推定には、船体運動から波及び変動波漂流力を推定する手法を用い、波の推定には、波向きに余り依存しない特性がある短波長不規則波中のピッチ運動の計測値を用いて、概略の波向きと周期から波高を推定する。ここで波向きが重要となるが、本発明では、スラスタ等による位置保持制御力から波向きを推定する。
【0029】
つまり、自動位置保持制御で位置を一定に保持している状態では、外力と制御力が平均的には釣り合っていることに着目し、制御力から風圧力と潮流力の成分を差し引いて船体に作用している平均波漂流力を計算し、図2に示すような波向きと平均波漂流力方向の関係から波向きを推定する。
【発明の効果】
【0030】
本発明の入射波の波高及び波向き推定方法によれば、自動位置保持制御を行っている状態において、入射した波高と波向きを精度良く推定できる。また、本発明の自動位置保持制御方法、自動位置保持システム及び船舶と洋上構造物によれば、自動位置保持制御において、船体又は洋上構造物の位置偏差を小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る自動位置保持制御の流れを示す図である。
【図2】波周期と平均波漂流力方向と波向きの関係を示した図である。
【図3】シミュレーション計算における変動波漂流力補償制御を行った場合と変動波漂流力補償制御を行わなかった場合のスラスタ総入力電力の時系列を示した図である。
【図4】シミュレーション計算における変動波漂流力補償制御を行った場合と変動波漂流力補償制御を行わなかった場合の位置偏差の時系列を示した図である。
【図5】波向きの推定方法を説明するための、波と波漂流力と制御力との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照して本発明に係る実施の形態の入射波の波高及び波向き推定方法、自動位置保持制御方法、自動位置保持システム、及び、船舶と洋上構造物について説明する。
【0033】
本発明に係る実施の形態の自動位置保持方法は、本発明に係る実施の形態の入射波の波高及び波向き推定方法を用いる方法である。また、本発明に係る実施の形態の自動位置保持システム1は本発明に係る実施の形態の自動位置保持方法を実施するシステムであり、図1に示すように構成される。更に、本発明に係る実施の形態の船舶と洋上構造物は本発明に係る実施の形態の自動位置保持システムを備えて構成される。
【0034】
最初に、本発明に係る実施の形態の入射波の波向き推定方法について説明する。この波向き推定方法は、洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持制御中は、波漂流力及び波漂流モーメントに対抗するために制御力及び制御モーメントを発生していることを利用して、入射した波の波向きを推定する。この波向き推定を行う部分は、図1では、風圧力算出手段C12と潮流力算出手段C22と第1制御力算出手段C32と波向き算出手段C52とが関係する。
【0035】
この第1制御力算出手段C32で算出された第1制御力及び第1制御モーメントから、船体に作用する波以外に起因する力及びモーメントを差し引くことにより、波による力及びモーメントを求めることができる。この波以外に起因する力及びモーメントを発生するものとして、外乱と呼ばれる風、潮流、ライザー、係留索等に起因する力及びモーメントがある。
【0036】
風は風向・風速計等の風センサ(外力センサの一部)により、その風速と風向を検出することができる。この風速と風向から、予め実験や計算等で求め、予め記憶した風速と風向と風圧力及び風圧モーメントのデータに基づいて、風圧力と風圧モーメント(外力及びモーメントの一部)を算出することができる。
【0037】
潮流も潮流計等の潮流センサ(外力センサの一部)により、その流速と方向を検出することができる。この流速と方向から、予め実験や計算等で求め、予め記憶した潮流の流速と方向と潮流力及び潮流モーメントのデータに基づいて、潮流力と潮流モーメント(外力及びモーメントの一部)を算出することができる。
【0038】
その他の外力及びモーメントとしては、ライザー切削船の場合は、ライザーによる力やモーメントがあり、係留索を使用している場合には、係留索による力やモーメントがある。これらの力及びモーメントもライザーや係留索の方向と張力を角度センサや張力センサで容易に検出できるので、算出することができる。
【0039】
現在、過去の一定時間、例えば、10分〜30分の平均値を考えて、第1制御力(平均値)から風圧力(平均値)と潮流力(平均値)を引き算すると、入射した波に起因する力(平均値)を算出でき、第1制御モーメント(平均値)から、風圧モーメント(平均値)と潮流モーメント(平均値)と、必要に応じてライザーと係留索による力(平均値)とを引き算すると波に起因するモーメント(平均値)を算出できる。この算出された波に起因する力(平均値)と波に起因するモーメント(平均値)から波による力の方向(平均値)を算出する。
【0040】
この実施の形態では、自動位置保持制御では、第1制御力及び第1制御モーメントは、波漂流力及び波漂流モーメントにより押し流された位置偏差及び方位偏差を戻そうとする力とモーメントが含まれているので、第1制御力及び第1制御モーメントから、それぞれ波以外の風や潮流等の外乱による力とモーメントを差し引いた、波に起因する力と波に起因するモーメントは、制御時までに入射した波による波漂流力及び波漂流モーメントを反映した力とモーメントとなる。
【0041】
そこで、図1の波向き算出手段C52において、対象とする船体に対して、図2のような、予め実験や計算等で設定し、記憶しておいた「波周期(又はピッチ運動の周期)と平均波漂流力の方向と波向きとの関係」を示すデータに基づいて、算出された波に起因する力の方向を平均波漂流力の方向とみなして、波向きを算出する。なお、通常、船体形状の影響があるため、平均波漂流力の方向と波向きは一致せず、入射してくる波の周期(T)によっても多少変化する。
【0042】
なお、入射した波に対応した時系列の部分を用いて波向きを算出するのが好ましいが、通常、波向きは急激に変化することは少ないので、入射した波の波向きの算出精度を考慮して、補償制御力及び補償制御モーメントを発生させる対象としている入射した波に相当する時系列のデータだけでなく、それ以前の時系列のデータも使用するなど、適宜、使用する時系列データの範囲を決めることが好ましい。
【0043】
次に、本発明に係る実施の形態の入射波の波高推定方法について説明する。この入射波の波高の推定は、上記の推定された波向きとピッチ(Pitch)運動の測定値を用いて行う。この波高推定を行う部分としては、図1の運動検出手段(動揺センサ)C41と波高算出手段C42とが関係する。
【0044】
運動検出手段(動揺センサ)C41で、傾斜計や角加速度計や離間した複数の加速度計等から、ピッチ運動の時系列データを得る。この時系列データからピッチ運動の周期を算出し、更に、このピッチ運動の周期から波周期を算出する。また、このピッチ運動の時系列データからピッチ運動の振幅を算出する。この波周期(又はピッチ運動の周期)とピッチ運動の振幅と波向き算出手段C52で推定した波向きとから、予め実験や計算等で求め記憶しておいた「波周期(又はピッチ運動の周期)と波高と波向きとピッチ運動の振幅との関係」を示すデータに基づいて、波高を算出する。
【0045】
なお、この「波周期(又はピッチ運動の周期)と波高と波向きとピッチ運動との関係」は、実際の海域の現象に近づけるために、単なる規則波に対する応答振幅ではなく、入射波のエネルギーが周囲方向に分散している(例えば、波の方向分布をχ2分布と仮定する)とした短波長規則波に対する応答振幅を用いることが好ましい。この応答振幅の倍率、即ち、波に対するピッチの伝達関数(応答比)の倍率から、逆算して波高を求める。
【0046】
次に、本発明に係る実施の形態の自動位置保持制御方法及び自動位置保持制御システムについて、図1を参照しながら説明する。図1に示すように、この自動位置保持制御システム1は、風向・風速検出手段(風向・風速センサ)C11、風圧力算出手段C12、潮流検出手段(潮流センサ)C21、潮流力算出手段C22、位置センサ船位検出手段(位置センサ)C31、第1制御力算出手段C32、運動検出手段(動揺センサ)C41、波高算出手段C42、波向き算出手段C52、波漂流力算出手段C43、制御力算出手段C61、制御力発生手段C71を備えて構成される。
【0047】
自動位置保持制御を行う場合には、風向・風速センサの風向・風速検出手段C11によって風向・風速を測定し、この風向・風速から、予め実験や計算等で得られて記憶されている「風向・風速と風圧力、風圧モーメントの関係」を示すデータに基づいて、風圧力算出手段C12により風圧力、風圧モーメントを算出する。
【0048】
また、潮流センサの潮流検出手段C21によって流向・流速を測定し、この潮流の流向・流速と予め実験や計算等で得られて記憶されている「潮流の流向・流速と潮流力、潮流モーメントの関係」を示すデータに基づいて、潮流力算出手段C22により潮流力、潮流モーメントを算出する。更に、必要に応じて、ライザーや係留索による力とモーメントを算出する。これらの外力及びモーメントを加え合わせて、外力及びモーメントを算出する。
【0049】
また、第1制御力算出手段C22による第1制御力の算出は、例えば、GPS等の船位を測定する位置情報検出手段(位置センサ)C31によって、船体の観測位置及び位置の偏差を算出する。この位置の偏差を基に、この位置偏差をゼロにするための制御力を算出する。この第1制御力の算出では、通常、比例制御(P制御)と積分制御(I制御)を用いたフィードバック制御やカルマンフィルタ推定を使用するが、別の方法を用いてもよく、本発明ではどのような方法を用いるかは問わない。
【0050】
また、船体運動検出手段(動揺センサ)C41によって、船体運動を検出する。この船体運動としては、船体の前後方向のサージ(Surge)運動と、左右方向のスウェイ(Sway)運動と、上下方向のヒーブ(Heave)運動と、船首上下揺れのピッチ(Pitch)運動と、横揺れのロール(Roll)運動と、船首左右揺れのヨウ(Yaw)運動とがある。
【0051】
これらのサージ運動、スウェイ運動、ヒーブ運動は、複数の位置で加速度を計測し、それを船体の重心位置に換算し、更に、重心位置の加速度を時間に関して2回積分することにより、容易に求めることができる。また、直接GPSで計測することも可能である。
【0052】
また、船体の重心周りの角度変化に関するピッチ運動、ロール運動、ヨウ運動は、傾斜計、方位ジャイロあるいは角速度計等で検出した検出値を時間に関して1回又は2回積分することにより、容易に求めることができる。
【0053】
これらの船体運動において、自動位置保持制御に直接関係するのは、サージ運動、スウェイ運動とヨウ運動である。
【0054】
本発明では、ピッチ運動を波高との相関が比較的単純であることを利用するため、ピッチ運動も用いる。波高算出手段C42によって、ピッチ運動と波向きとから、予め実験や計算等から求めておいて記憶しておいた「波周期(又はピッチ運動の周期)とピッチ運動と波向きと波高の関係」を示すデータを基にして、波高を算出する。
【0055】
次に、算出された波高と波向きから、波漂流力算出手段C43により、変動波漂流力を算出する。船体に作用する波力及びモーメントは、波周期で変動する波浪強制力と、定常的に船体に作用する波漂流力に分けて考えることができる。波浪強制力は船体動揺を与えるが、船体を移動させる力とはならないため、自動位置保持制御では、2次的な要素として扱われる。
【0056】
一方、波漂流力は船をある方向へ移動させる力となるため、自動位置保持制御では重要である。この波漂流力及び波漂流モーメントは、定常波漂流力及び定常波漂流モーメントと、変動波漂流力及び変動波漂流モーメントに分けて考えることができる。従来の自動位置保持制御では、主に、定常波漂流力及び定常波漂流モーメントのみが考慮されていた。この定常波漂流力及び定常波漂流モーメントは、非常に長い周期成分を持ち、また、大きさも小さい。
【0057】
しかし、高海象時において突発的に生じる位置偏差を合理的に説明するためには、波による外力として変動波漂流力を考慮することが必要と考えられるので、この実施の形態では、変動波漂流力及び変動波漂流モーメントを、規則波中の定常波漂流力を用いて、「Hsuらの方法」に従って近似的に算出して用いている。なお、「Hsuらの方法」でなく「Pinksterの方法」を用いることも考えられる。
【0058】
「Hsuらの方法」では、不規則波をゼロクロスの間の半波長ごとに周期及び波高の変化する規則波の連なりとみなし、その半波長の間にそれぞれの規則波に対応する定常波漂流力に相当する変動波漂流力が作用するものと考え、変動波漂流力及び変動波漂流モーメントを時間に関するステップ関数として与える。変動波漂流力及び変動波漂流モーメントは、「波周期と波向きと規則波中の波漂流力係数と波漂流モーメント係数の関係」を予め設定して記憶しておくことで、容易に算出できる。
【0059】
つまり、波漂流力算出手段C43で、算出された波向きから「波周期と波向きと規則波中の波漂流力係数と波漂流モーメント係数の関係」を示すデータに基づいて、変動波漂流力係数と変動波漂流モーメント係数を算出し、これらに波高を掛け算して、変動波漂流力(サージ力、スェイ力)と変動波漂流モーメント(ヨウモーメント)を算出する。
【0060】
次に、制御力算出手段C61において、風圧力算出手段C12と潮流力算出手段C22で算出された外力及びモーメントと、第1制御力算出手段C32で算出された第1制御力及び第1制御モーメントと、波漂流力算出手段C43で、算出された変動波漂流力及び変動波漂流モーメントをそれぞれ加算して、制御力及び制御モーメントを算出する。
【0061】
更に、この制御力及び制御モーメントを発生するように、推力分配則を基に、推進器、スラスタ等の制御力発生手段C71に対する指令値を算出する。
【0062】
制御力発生手段C71は、制御力算出手段C61で算出された指令値に基づいて、推進器、スラスタ等において、それぞれの指令値に従った制御力と制御モーメントを発生する。この制御力と制御モーメントにより、船体の位置保持及び方位保持がなされる。
【0063】
一般的には、自動位置保持制御システム、自動位置保持制御方法では、位置偏差によるフィードバック制御の第1制御力及び第1制御モーメントに、フィードフォワード制御に相当する外力及びモーメントと、定常力及び定常モーメントを加えて、制御力及び制御モーメントを算出している。そのため、風圧力及び風圧モーメント等の波以外の外力を補償する外力補償制御力及び外力補償制御モーメントに加えて、変動波漂流力及び変動波漂流モーメントを補償する変動波漂流力補償制御力及び変動波漂流モーメント補償制御モーメントを発生させてフィードフォワード制御を加味した位置保持制御を行う。
【0064】
このフィードバック制御では、一般にはPID制御を行うが、この第1制御力算出手段C32におけるフィードバック制御における比例制御(P制御)による項では、自船の位置偏差の大きさに比例させて、第1制御力及び第1制御モーメントを算出する。そのため、位置偏差や位置偏差の変動が生じなければ第1制御力及び第1制御モーメントは発生しないことになる。また、積分制御(I制御)による項やカルマンフィルタ推定による定常力補償の項では、潮流力等の時間的な変化が殆ど無い力に対応させた第1制御力及び第1制御モーメントを算出する。なお、通常、微分制御(D制御)は波による船体動揺があるため、船位や針路保持の制御には使用されていない。
【0065】
これに対して、フィードフォワード制御で用いる外力補償制御力及び外力補償制御モーメントと変動波漂流力補償制御力及び変動波漂流モーメント補償制御モーメントは、制御遅れを改善するために、位置偏差の有無やその大きさに関わらず、外乱に対抗した補償力と補償モーメントを発生する制御力及び制御モーメントである。
【0066】
このフィードフォワード制御における、風圧や潮流やライザーや係留索による外力及びモーメントに対する補償力及び補償モーメントに関しては、風向風速計等の外力センサC11で検出している相対風向、相対風速等のデータを基に、現在船体が受けている風圧力等の外力及びモーメントをリアルタイムで推定できるので、位置偏差や方位偏差が生じる前に、この外力及びモーメントに対抗する制御力を発生することができる。
【0067】
一方、フィードフォワード制御における、変動波漂流力補償制御力及び変動波漂流モーメント補償制御モーメントに関しては、入射した波によって生じたピッチ運動から推定した波高を用いるため、時々刻々、あるいは、入射した波周期の半分以上の遅れ、具体的には、時系列データのゼロアップ間の半波長分の位相の遅れを持って、発生させることになる。しかしながら、位相の遅れを伴う場合であっても、位置偏差や方位偏差が大きくなる前に、入射した波によって船体に作用した力及びモーメントを打ち消す力及びモーメント、つまり、補償する力及びモーメントを発生させて船体の移動を減少させることができる。
【0068】
次に、フィードフォワード制御の変動波漂流力補償制御力及び変動波漂流モーメント補償制御モーメントを取り入れた制御と、取り入れない制御との差をシミュレーション計算で確認した。このシミュレーション計算の結果の一例について、図3にスラスタ総入力電力を、図4に位置偏差を示す。図3からは、波漂流力補償制御を行っている場合Aは、行っていない場合Bに比べて、大きなスラスタ総入力電力の発生は時間的に先に生じていることが分かる。また、図4からは、波漂流力補償制御を行っている場合Aの方が行っていない場合Bよりも、位置偏差が小さくなることが分かるので、この方法により、位置保持精度の向上が期待できることが分かる。
【0069】
また、本発明に係る実施の形態の船舶と洋上構造物は、上記の自動位置保持システムを備えて構成される。
【0070】
従って、上記の入射波の波高及び波向き推定方法によれば、自動位置保持制御を行っている状態において、入射した波高と波向きを精度良く推定できる。また、上記の自動位置保持制御方法、自動位置保持システム及び船舶と洋上構造物によれば、自動位置保持制御において、船体又は洋上構造物の位置偏差を小さくすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の入射波の波高及び波向き推定方法は、上記のように、自動位置保持制御を行っている状態において、入射した波高と波向きを精度良く推定できるので、観測船、ライザー堀削船、洋上構造物の自動位置保持制御方法及び自動位置保持システムに利用することができる。
【0072】
また、本発明の自動位置保持制御方法、自動位置保持システム及び船舶と洋上構造物は、自動位置保持制御における船体の位置偏差と方位偏差が小さくすることができるので、自動位置保持制御を必要とする観測船、ライザー堀削船、洋上構造物に利用することができる。
【符号の説明】
【0073】
1 自動位置保持システム
C11 風向・風速検出手段(風向・風速センサ)
C12 風圧力算出手段
C21 潮流検出手段(潮流センサ)
C22 潮流力算出手段
C31 位置センサ船位検出手段(位置センサ)
C32 第1制御力算出手段
C41 運動検出手段(動揺センサ)
C42 波高算出手段
C43 波漂流力算出手段
C52 波向き算出手段
C61 制御力算出手段
C71 制御力発生手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持制御方法で用いる入射波の波高及び波向き推定方法において、
船体位置及び船首方位を保持するための制御力及びこの制御力の方向と、船体に作用する波以外に起因する力及びこの力の作用方向の推定値とから、船体に作用した波漂流力の方向を算出し、この波漂流力の方向から、予め設定された波漂流力の方向と入射した波の波向きとの関係を示すデータを基に、入射した波の波向きを推定すると共に、計測されたピッチ運動と推定された波向きから入射した波の波高を推定することを特徴とする入射波の波高及び波向き推定方法。
【請求項2】
洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持制御方法において、請求項1記載の入射波の波高及び波向き推定方法を用いて、入射した波の波高と波向きを推定し、この推定した入射した波の波高と波向きから、この入射した波から受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を推定し、この推定された変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を補償するために、この推定された変動波漂流力に対応した制御力及びこの推定された変動波漂流力モーメントに対応した制御モーメントの少なくとも一方に対応した制御力及び制御モーメントの少なくとも一方を発生する制御を行うことを特徴とする自動位置保持制御方法。
【請求項3】
洋上の船体の船体位置及び船首方位を保持するための自動位置保持システムにおいて、少なくともピッチを含む船体の運動を計測する船体運動検出手段と、
船体位置及び船首方位を保持するための制御力及びこの制御力の方向と、船体に作用する波以外の外力とこの外力の方向の推定値とから、船体に作用する波漂流力の方向を算出し、この波漂流力の方向を基に、予め設定された波漂流力の方向と入射した波の波向きとの関係を示すデータから、入射した波の波向きを推定する波向き推定手段と、
計測されたピッチ運動と推定された波向きとから入射した波の波高を推定する波高推定手段と、
前記波高推定手段で推定した波高と、前記波向き推定手段で推定した波向きとから、この入射した波から受けた変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を推定する波漂流力推定手段と、
前記波漂流力推定手段で推定された変動波漂流力及び変動波漂流力モーメントの少なくとも一方を補償するために、この推定された変動波漂流力に対応した制御力及びこの推定された変動波漂流力モーメントに対応した制御モーメントの少なくとも一方を発生させる補償制御力発生手段を備えたことを特徴とする自動位置保持システム。
【請求項4】
請求項3記載の自動位置保持システムを備えたことを特徴とする船舶及び洋上構造物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−213153(P2011−213153A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80770(P2010−80770)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)