説明

再発癌の予防または治療用医薬

【課題】原発巣以外における癌の再発を予防または治療する医薬を提供すること。
【解決手段】少なくとも1回以上の癌治療を行った後にSDF−1/CXCR4アクシス阻害物質を有効成分とする医薬を投与することにより、CXCR4を発現する癌の原発巣以外における癌の再発を予防または治療することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再発癌の予防または治療用医薬に関するものであり、詳細には、CXCR4を発現する癌の原発巣以外における再発を予防または治療するために用いられる医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
急性リンパ芽球性白血病(以下「ALL」という。)は、小児の最も一般的な悪性疾患である。治療方法の向上により小児科患者の5年生存率は80%に上昇したが、様々なリスクファクターを有する少数の患者には、未だ予後不良が予想される。特に、再発したALLの生存率は30%に過ぎない。
【0003】
近年、骨髄微小環境は白血病治療反応に必須の要素であることが観察された(非特許文献1)。骨髄微小環境は、特異的なシグナリング分子、成長因子、サイトカインおよびケモカインを産生または分泌する特定の間質細胞から成る(非特許文献2)。骨髄微小環境は、正常な造血細胞の生存、増殖および分化を調節することが知られている(非特許文献3)。白血病細胞と造血微小環境との相互作用は、骨髄における正常な造血前駆細胞間の相互作用と様々な点で類似していることが報告されている(非特許文献4)。骨髄微小環境は白血病細胞に生存および成長のための因子を与え、化学療法に対する反応を変化させる。さらに白血病の再発に寄与する可能性がある(非特許文献1、4)。
【0004】
髄外臓器へ広範に浸潤することが白血病の特徴である。白血病細胞は、末梢血中を移動することによってすべての臓器に容易に広がることができるが、最も顕著な変化は肝臓、脾臓およびリンパ節で見出される。特に、肝腫大は最も頻繁に観察される髄外浸潤の1つであり、ALL患者の30−50%という高率で診断時に検出される(非特許文献5)。生検および剖検標本の病理組織学的解析から、ALL患者の肝臓の門脈域にALL細胞が蓄積することが示されている(非特許文献6)。しかし、この病変に寄与する分子レベルのメカニズムについてはほとんど解明されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Iwamoto, S., Mihara, K., Downing, J.R., Pui, C.H., and Campana, D. 2007. Mesenchymal cells regulate the response of acute lymphoblastic leukemia cells to asparaginase. J Clin Invest 117:1049-1057.
【非特許文献2】Yin, T., and Li, L. 2006. The stem cell niches in bone. J Clin Invest 116:1195-1201.
【非特許文献3】Ara, T., Tokoyoda, K., Sugiyama, T., Egawa, T., Kawabata, K., and Nagasawa, T. 2003. Long-term hematopoietic stem cells require stromal cell-derived factor-1 for colonizing bone marrow during ontogeny. Immunity 19:257-267.
【非特許文献4】Ishikawa, F., Yoshida, S., Saito, Y., Hijikata, A., Kitamura, H., Tanaka, S., Nakamura, R., Tanaka, T., Tomiyama, H., Saito, N., et al. 2007. Chemotherapy-resistant human AML stem cells home to and engraft within the bone-marrow endosteal region. Nat Biotechnol 25:1315-1321.
【非特許文献5】Reiter, A., Schrappe, M., Ludwig, W.D., Hiddemann, W., Sauter, S., Henze, G., Zimmermann, M., Lampert, F., Havers, W., Niethammer, D., et al. 1994. Chemotherapy in 998 unselected childhood acute lymphoblastic leukemia patients. Results and conclusions of the multicenter trial ALL-BFM 86. Blood 84:3122-3133.
【非特許文献6】Alastair D. Burt, B.C.P., Linda D. Ferrell. 2007. MacSween's Pathology of the Liver 992 pp.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、癌の原発巣以外における再発の分子レベルのメカニズムを解明し、当該メカニズムを阻害する物質を用いることにより、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与することで原発巣以外における癌の再発を予防または治療する医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質を有効成分とし、CXCR4を発現する癌の原発巣以外における再発を予防または治療するために用いられ、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与されることを特徴とする再発癌の予防または治療用医薬。
[2]SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質が、抗CXCR4中和抗体、抗SDF−1中和抗体、AMD3100およびAMD3465からなる群より選択されることを特徴とする前記[1]に記載の医薬。
[3]CXCR4を発現する癌が、白血病、悪性リンパ腫、乳癌、肺癌、脳腫瘍、神経芽細胞腫、直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、腎細胞癌および卵巣癌からなる群より選択されることを特徴とする前記[1]に記載の医薬。
[4]癌治療が、化学療法、放射線療法または免疫療法であることを特徴とする前記[1]に記載の医薬。
[5]CXCR4を発現する癌の原発巣以外における再発を予防または治療するために用いられ、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与される医薬の製造のためのSDF−1/CXCR4アクシス阻害物質の使用。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与することで原発巣以外における癌の再発を予防または治療する医薬を提供することができる。本発明は、癌患者に福音をもたらすものであり、その社会的意義は極めて大きなものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】症例1,2,3からそれぞれ白血病細胞を移植されたNOGマウスにおいて全骨髄細胞中の白血病細胞の割合の推移を示す図である。
【図2】移植後5か月目のNOGマウスの骨髄における白血病細胞の割合を症例ごとに示す図である。
【図3】症例1由来の白血病細胞を移植されたNOGマウスから経時的に採取した骨髄標本にヘマトキシリン−エオジン染色(H−E染色)および抗ヒトCD45抗体を用いた免疫染色を施し、顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図4】(A)は、症例1の患者骨髄、初代異種移植NOGマウスの骨髄および3代目異種移植NOGマウスの骨髄から採取した細胞の形態を観察した結果を示す図であり、(B)は症例1,2,3の患者骨髄、初代異種移植NOGマウスの骨髄および3代目の異種移植NOGマウスの骨髄から採取した細胞をフローサイトメトリー分析した結果を示す図である。
【図5】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスおよび正常マウスから採取した臓器を比較した図である。
【図6】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの骨髄、脾臓、肝臓および腎臓の組織標本にH−E染色を施し、顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図7】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓組織標本(H−E染色)を作製し、門脈域を顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図8】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓について経時的に組織標本(H−E染色)を作製し、門脈域および類洞域を顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図9】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの骨髄、肝臓および脾臓から回収した白血病細胞における表面抗原の発現を分析した結果を示す図である。
【図10】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの代表的な一例の骨髄、肝臓および脾臓から回収した白血病細胞表面のCXCR4発現をフローサイトメトリー分析した結果を示す図である。
【図11】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓におけるSDF−1陽性細胞、ヒトCD45陽性細胞、BrdU陽性細胞を観察した結果を示す図である。
【図12】門脈域と類洞域におけるBrdU陽性細胞率を比較した結果を示す図である。
【図13】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓、末梢血および骨髄中の白血病細胞についてS期およびG2/M期(ピロニンY陽性+Hoechst33324陽性)の細胞の割合を測定した結果を示す図である。
【図14】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの代表的な一例の肝臓、末梢血および骨髄中の白血病細胞について細胞周期をフローサイトメトリー分析した結果を示す図である。
【図15】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓から回収した白血病細胞を用いて、SDF−1に対する遊走性を試験した結果を示す図である。
【図16】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓から回収した白血病細胞を用いて、SDF−1に対する遊走性をチェッカーボード法で試験した結果を示す図である。
【図17】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓から回収した白血病細胞を用いて、SDF−1の存在下または非存在下でコロニーアッセイを行った結果を示す図である。
【図18】SDF−1刺激がERK1/2およびAKTのリン酸化を誘導すること、およびAMD3100がリン酸化を抑制することを確認したウエスタンブロットの結果を示す図である。
【図19】ヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの骨髄および肝臓から回収した白血病細胞を別のNOGマウスに移植して、その増殖速度を比較した結果を示す図である。
【図20】Ara−Cを単回腹腔内投与したヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの末梢血中白血病細胞数を経時的に測定した結果を示す図である。
【図21】Ara−C投与前後のヒト白血病細胞を移植したNOGマウスの肝臓組織標本(H−E染色)を顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図22】AMD3100の効果確認試験のプロトコールを示す図である。
【図23】AMD3100投与マウスと生理食塩液投与マウスの肝臓組織標本(H−E染色)を作製し、顕微鏡観察した結果を示す図である。
【図24】AMD3100投与マウスと生理食塩液投与マウスからそれぞれ摘出した肝臓および脾臓を比較した図である。
【図25】(A)は、AMD3100投与群および溶媒対照群からそれぞれ摘出した肝臓および脾臓中の白血病細胞数を示す図であり、(B)は、各群の肝臓および脾臓の重量を示す図である。
【図26】溶媒対照群の各臓器の白血病細胞数に対するAMD3100投与群の白血病細胞数の減少率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、自ら開発した高度免疫不全マウスであるNOD/SCID/γcnullマウス(以下「NOGマウス」(登録商標)と称する。特許第3753321号、Ito, M., et al. 2002. NOD/SCID/gamma(c)(null) mouse: an excellent recipient mouse model for engraftment of human cells. Blood 100:3175-3182.)にヒト白血病細胞を移植することで、ヒト髄外における白血病細胞の動態が再現可能な白血病動物モデルを構築できることを見出し、当該モデルを用いてSDF−1/CXCR4アクシスがCXCR4を発現する癌の原発巣以外における癌細胞の浸潤および増殖に関与することを世界に先駆けて見出した。さらに、SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質を癌治療後に投与することにより、原発巣以外における癌細胞の浸潤および増殖を抑制できることを見出した。
【0011】
本発明の医薬は、SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質を有効成分とし、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与されることを特徴とするものである。本発明の医薬を用いることにより、CXCR4を発現する癌の原発巣以外における再発を予防または治療することができる。
【0012】
CXCR4を発現する癌としては、白血病、悪性リンパ腫、乳癌、肺癌、脳腫瘍、神経芽細胞腫、直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、腎細胞癌、卵巣癌などが挙げられる。中でも、白血病、悪性リンパ腫、直腸癌、メラノーマおよび腎細胞癌が好ましく、さらに好ましくは白血病および悪性リンパ腫であり、特に好ましくは白血病である。
癌治療は特に限定されないが、好ましくは、化学療法、放射線療法または免疫療法である。
「少なくとも1回以上の癌治療を行った後」とは、対象の原発癌に対して第1回目の治療を行った後であればいつでもよく、特に限定されない。好ましくは、癌治療を行った後、できるだけ早期に投与を開始する。投与期間も特に限定されないが、好ましくは1〜2年である。
「原発巣以外における再発」とは、癌治療前に癌細胞の存在が認められていない臓器や組織、または癌治療により癌細胞の減少が確認された原発巣以外の臓器や組織において、癌治療後に癌細胞の存在や増加が認められる現象を意味する。
【0013】
SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質は、CXCR4とSDF−1との結合によるシグナル伝達を遮断または減弱できる物質を意味し、その具体的な作用機序は限定されない。例えば、CXCR4に作用してCXCR4とSDF−1との結合を阻害する物質、SDF−1に作用してCXCR4とSDF−1との結合を阻害する物質、SDF−1/CXCR4複合体に作用してそのシグナル伝達を阻害する物質、SDF−1/CXCR4アクシスのシグナル伝達の下流に作用してそのシグナル伝達を阻害する物質などが挙げられる。また、SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質としては、タンパク質、ペプチド、核酸、低分子化合物などが含まれる。
【0014】
公知のSDF−1/CXCR4アクシス阻害物質として、抗CXCR4中和抗体、抗SDF−1中和抗体(Journal of Biological Chemistry 283.34.23189-23199,2008)、AMD3100(Journal of Biological Chemistry 279.4.3033-3041,2004)、AMD3465などが知られており、これらは本発明の医薬の有効成分として好適に使用することができる。好ましくはAMD3100である。AMD3100はすでに自家移植用幹細胞動員薬としてFDAに承認されて臨床で使用されており(商品名:Mozobil)、抗癌剤のような重篤な副作用は報告されていないので、癌の再発予防または治療用医薬として、また長期間投与する医薬として、患者の治療生活におけるQOL向上に寄与することが期待できる。
【0015】
抗CXCR4中和抗体および抗SDF−1中和抗体は本発明の医薬の有効成分として好適に使用することができる。抗CXCR4中和抗体はCXCR4に結合してその活性を減退または消失させる抗体であればよい。抗CXCR4中和抗体はCXCR4またはそのフラグメントを免疫原として用い、後述する公知の方法で作製することができる。得られた抗体が中和抗体であることは、得られた抗体によりCXCR4の活性が中和されることを調べることによって確認することができる。また、抗SDF−1中和抗体はSDF−1に結合してその活性を減退または消失させる抗体であればよい。抗SDF−1中和抗体はSDF−1またはそのフラグメントを免疫原として用い、後述する公知の方法で作製することができる。得られた抗体が中和抗体であることは、得られた抗体によりSDF−1の活性が中和されることを調べることによって確認することができる。
【0016】
SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質が抗体の場合、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。また、完全な抗体分子でもよく、抗原に特異的に結合し得る抗体フラグメント(例えば、Fabフラグメント、F(ab’)フラグメント等)でもよい。ポリクローナル抗体は、例えば以下のようにして作製し、取得することができる。すなわち、抗原をPBS等に溶解し、必要に応じて通常のアジュバント(例えばフロイント完全アジュバント)を適量混合したものを免疫原として哺乳動物(マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ等)を免疫する。免疫方法は特に限定されないが、例えば、1回または適当な間隔で複数回、皮下注射または腹腔内注射する方法が好ましい。次いで、常法に従い、免疫した動物から血液を採取して血清を分離し、ポリクローナル抗体画分を精製することにより取得することができる。モノクローナル抗体は、上記免疫された哺乳動物から得た免疫細胞(例えば脾細胞)とミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取することによって得ることができる。また、抗体遺伝子をハイブリドーマからクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主に導入し、遺伝子組換え技術を用いて組換え型のモノクローナル抗体を産生させることもできる。
【0017】
抗体をヒトに適用する場合には、ヒトの抗体と同じ定常領域を持つように改変したキメラ抗体、CDR(complementarity determining region:相補性決定領域)以外の領域をヒト由来としたヒト化抗体を用いることが好ましく、さらには、抗体産生に関与するヒト遺伝子を導入したマウス等のトランスジェニック動物を用いて産生したヒト型モノクローナル抗体を用いることがさらに好ましい。また、ヒト型抗体産生にはファージディスプレー法を用いることもできる。このようにして得られた抗体の抗原認識領域をプローテアーゼ等で切り出し、Fv、FabやF(ab’)として用いることもできる。
【0018】
本発明の医薬は、SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質またはその薬学的に許容される塩を有効成分とし、医薬品分野で通常使用される担体または添加剤を適宜配合して製剤化することができる。具体的には錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の経口剤;注射剤、坐剤、軟膏、パッチ剤等の非経口剤とすることができる。担体または添加剤の配合割合については、医薬品分野において通常採用されている範囲に基づいて適宜設定すればよい。配合できる担体または添加剤は特に制限されないが、例えば、水、生理食塩水、その他の水性溶媒、水性または油性基剤等の各種担体;賦形剤、結合剤、pH調整剤、崩壊剤、吸収促進剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、香料等の各種添加剤が挙げられる。
【0019】
このような添加剤として、具体的には、乳糖、白糖、マンニトール、塩化ナトリウム、ブドウ糖、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸塩等の賦形剤;水、エタノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースNa、セラック、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ゼラチン、デキストリン、プルラン等の結合剤;クエン酸、無水クエン酸、クエン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム二水和物、無水リン酸一水素ナトリウム、無水リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等のpH調整剤;カルメロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピセルロース、カルメロース、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、クロスポビドン、ポリソルベート80等の崩壊剤;第4級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウム等の他の吸収促進剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ポリエチレングリコール、コロイド状ケイ酸、ショ糖脂肪酸類等の滑沢剤;黄酸化鉄、黄色三二酸化鉄、三二酸化鉄、βカロテン、酸化チタン、食用色素(例えば、食用青色1号等)、銅クロロフィル、リボフラビン等の着色剤;並びにアスコルビン酸、アスパルテーム、アマチャ、塩化ナトリウム、果糖、サッカリン、粉糖等の矯味剤等が例示できる。
【0020】
本発明の医薬の投与量は、癌種、重篤度、患者の年齢、体重、性別、既往歴、有効成分の種類などを考慮して、適宜設定される。約65〜70kgの体重を有する平均的なヒトを対象とした場合、1日当たり0.05mg〜2000mg程度が好ましく、0.1mg〜200mg程度が好ましい。1日当たりの総投与量は、単一投与量であっても分割投与量であってもよい。
【0021】
本発明の医薬と、癌治療に用いられる医薬(例えば化学療法剤、免疫療法剤等)とをキットの形態で組み合わせることも、本発明の範囲に含まれる。すなわち、本発明によるキットは、SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質を有効成分とする医薬と癌治療用医薬とを別々に保持するための別れた容器、分かれたボトル、分かれたホイルパケットなどの手段を含む。本発明のキットは、様々な剤形の別々の医薬を、様々な投与間隔で投与するのに適している。通常、キットは投与説明書を含み、投与説明書は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能ディスクまたはCD−ROMなどのような電子媒体に付されてもよい。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0023】
〔実験材料および実験方法〕
(1)マウス
NOGマウスは財団法人実験動物中央研究所より入手した。すべてのマウスは、施設のガイドラインに従って、SPF条件下で飼育した。
【0024】
(2)ヒトサンプル
ヒト骨髄サンプルは、京都大学病院の倫理委員会ガイドライン従って、インフォームドコンセントを得た小児ALL患者から採取した。単核細胞は、吸引直後にフィコール−ハイパック密度勾配遠心分離法を用いて分離した。分離した単核球を白血病細胞としてNOGマウスに移植した。
【0025】
(3)白血病細胞のNOGマウスへの初代および継代異種移植
白血病細胞の異種移植および分析はHiramatsuら(Hiramatsu, H., et al. 2003. Complete reconstitution of human lymphocytes from cord blood CD34+ cells using the NOD/SCID/gammacnull mice model. Blood 102:873-880.)に記載の方法に基づいて行った。すなわち、8〜10週齢の無処置のNOGマウスに白血病細胞(1×10個)を尾静脈から注射した。白血病の発症を検査するために、3週間ごとに脛骨から骨髄を吸引した。ヒトCD45またはCD19陽性細胞の割合が5%以上の場合に移植成立と判定した。継代移植のために、レシピエントの骨髄から白血病細胞を採取し、無処置のNOGマウスの尾静脈内に注射して移植した。
【0026】
(4)フローサイトメトリー分析
移植後一定時間ごとにマウスを安楽死させて、臓器中の白血病細胞の分析に供した。末梢血を全採血した後、骨髄、肝臓および脾臓を摘出して機械的に分散した。各臓器から単核細胞を分離し、抗体で染色した。死細胞はDAPI(4'-6-Diamidino-2-phenylindole)染色により排除した。分析にはFACS LSRおよびCell Quest software(Becton Dickinson)を使用し、製造者のプロトコールに従って行った。フローサイトメトリー分析には、APC標識抗ヒトCD−45抗体(BD Pharmingen)、APC標識抗ヒトN−CMA抗体(BD Pharmingen)、APC標識抗マウスCD−45抗体(BD Pharmingen)、PE標識抗ヒトCD−19抗体(eBiosciences)、PE標識抗ヒトCXCR4抗体(BD Pharmingen)、PE標識抗ヒトCD−44抗体(BD Pharmingen)、PE標識抗ヒトVLA−4抗体(BD Pharmingen)、PE標識抗ヒトCCR7抗体(R&D systems)、FITC標識抗ヒトCD−45抗体(BD Pharmingen)、FITC標識抗ヒトCD−19抗体(Dako)を使用した。
【0027】
(5)組織学的分析
患者サンプルおよびマウス骨髄の組織学的分析は、標準的な手順で作製したサイトスピン標本にメイグリュンワルドギムザ染色を施して行った。レシピエントマウス由来の組織切片標本には、ヘマトキシリン−エオジン染色(H−E染色)を施した。マウス臓器中のヒト白血病細胞の検出は、Fujinoら(Fujino, H., et al. 2007. Human cord blood CD34+ cells develop into hepatocytes in the livers of NOD/SCID/gamma(c)null mice through cell fusion. FASEB J 21:3499-3510.)に記載の方法で行った。使用した抗体とその希釈倍率は、以下のとおりである。抗ヒトCD45マウス抗体(1:100、Dako)、抗ヒト/マウスCXCL12/SDF−1マウス抗体(1:100、R&D systems)、Cy−3標識抗マウスIgGロバ抗体(1:100、Jackson ImmunoResearch Laboratories)、FITC抗ウサギIgGロバ抗体(1:100、Jackson ImmunoResearch Laboratories)。Hoechst33324(Invitrogen)は核染色に使用した。サンプル標本は光学顕微鏡(オリンパス)または蛍光顕微鏡(オリンパス)を用いて検査した。
【0028】
(6)BrdU(5-bromo-2-deoxyuridine)染色
分析の4、24および48時間前に3回、0.2mLのBrdU(5mg/ml、Sigma)を白血病マウスの腹腔内に投与して、BrdUのIn vivoラベリングを行った。BrdUの免疫組織学的染色は、BrdU staining kit(Invitrogen)を用い、製造者のプロトコールに従って行った。
【0029】
(7)細胞周期分析
細胞周期のS/G2/M期の細胞を定量するために、白血病細胞を移植されたレシピエントマウスの骨髄、末梢血および肝臓からそれぞれ回収した白血病細胞を定法に従いHoechst33324およびピロニンYで標識した。サンプルは、FACS LSRおよびCell Quest software(Becton Dickinson)で分析した。
【0030】
(8)遊走試験
白血病細胞を移植されたレシピエントマウスの肝臓から白血球細胞を回収した。24穴マルチウェルプレート(商品名、Becton Dickinson)のトップチャンバーに、5×10個/0.5mL/チャンバーの白血病細胞を添加した。ウェルはポリカーボネートフィルター(ポアサイズ3.0pm)で上下に分離されており、下のコンパートメントにはSDF−1α(250ng/mL)を含む、または含まない10%FCS含有RPMIを0.5mL添加した。走化性分析は37℃で4時間行った。また、AMD3100(0.1mg/mL、Sigma)の存在下37℃で30分間プレインキュベーションした白血病細胞を使用する群を設けた。
【0031】
(9)コロニーアッセイ
コロニーアッセイは、Uedaら(Ueda, T., et al. 2000. Expansion of human NOD/SCID-repopulating cells by stem cell factor, Flk2/Flt3 ligand, thrombopoietin, IL-6, and soluble IL-6 receptor. J Clin Invest 105:1013-1021.)に記載の方法に基づいて行った。メチルセルロース培地を用いて、白血病細胞を1×10個/mLの濃度で培養した。コロニーアッセイの前にAMD3100(0.1mg/mL)の存在下37℃で30分間プレインキュベーションした白血病細胞を使用する群を設けた。SDF−1α(250ng/mL、R&D Systems)をコントロールサイトカインに添加した。コロニーを回収して2回洗浄し、サイトスピン標本を作製してメイグリュンワルドギムザ染色を施し、観察に供した。
【0032】
(10)ウエスタンブロッティング分析
5×10個の白血病細胞をAMD3100(0.1mg/mL)の存在下37℃で30分間プレインキュベーションし、続いてSDF−1α(100ng/mL)の存在下または非存在下で5分間インキュベートした。次に、プロテアーゼインヒビターカクテル(ナカライテスク)を添加した氷冷溶解バッファー(Thermo Scientific)で細胞を溶解した。細胞溶解液を10%ポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動で分離し、イモビロン−Pメンブレン(商品名、ミリポア)転写し、各種抗体(抗ヒトAKT抗体、抗ヒトリン酸化(S473)AKT抗体、抗ヒトERK抗体、抗ヒトリン酸化ERK抗体、いずれもSignaling Technologies)で染色してECL Plusキット(GE Healthcare)で可視化した。
【0033】
(11)シトシンアラビノシド(Ara−C)治療およびAMD3100投与
白血病細胞を移植されたNOGマウスに対して、Ara−C(Sigma)75mg/kgを腹腔内投与した。Ara−Cを投与した日から7日間、200μgのAMD3100(Sigma)を腹腔内投与した。
【0034】
(12)統計処理
連続型変数は平均値±標準誤差(S.E.)で表した。統計的有意性は、平均値とS.E.の単純な比較にはスチューデントのtテストを使用して決定し、3群間以上の比較にはボンフェローニ補正を行った後にペアtテストを使用して決定した。
【0035】
〔結果〕
(1)前処置を施さないNOGマウスへの白血病細胞の異種移植
9人のALL小児患者(症例番号1〜9)の原発骨髄由来の白血病細胞1×10個を無処置NOGマウスの尾静脈内に注射した。図1に、症例1,2,3からそれぞれ白血病細胞を移植されたNOGマウスについて全骨髄細胞中の白血病細胞の割合の推移を示した。また、図2に、全症例について移植後5か月目のNOGマウスの骨髄における白血病細胞の割合を症例ごとに示した。なお、ヒトCD45陽性細胞およびヒトCD19陽性細胞を白血病細胞としてカウントした。
データを示していないが、移植後3週間目に骨髄のフローサイトメトリー分析を行ったところ、マウスに移植された9症例のうち8症例の白血病細胞が検出できた。図1から明らかなように、症例1,2,3は、いずれも移植後15週目に、全骨髄細胞中の白血病細胞の割合が80%を超えた。また、図2に示したように、症例6を除く8症例において、移植後5か月以内に全骨髄細胞中の白血病細胞の割合が40%を超えることが明らかとなった。
図3に、症例1由来の白血病細胞を移植されたNOGマウスから経時的に採取した骨髄標本をH−E染色および抗ヒトCD45抗体を用いた免疫染色し、顕微鏡観察した結果を示した。図3中のスケールバーは50μmを表す。図3から明らかなように、ヒトCD45陽性細胞が移植後15週を経過してもNOGマウスの骨髄中で存在し続けていることを組織学的に確認できた。
【0036】
初代異種移植が成立したNOGマウスの骨髄から白血病細胞を採取し、無処置のNOGマウスの尾静脈内に移植することにより2代目の異種移植NOGマウスを作製した。さらに2代目の異種移植が成立したNOGマウスの骨髄から白血病細胞を採取し、無処置のNOGマウスの尾静脈内に移植することにより3代目の異種移植NOGマウスを作製した。図4に患者骨髄、初代異種移植NOGマウスの骨髄および3代目の異種移植NOGマウスの骨髄から採取した細胞について、(A)にそれらの形態、(B)にそれらの免疫表現型の解析結果をそれぞれ示した。図4(A)のスケールバーは20μmを表す。図4(A)から明らかなように、各移植世代の細胞において患者細胞の形態が維持されていた。また、図4(B)から明らかなように、各移植世代の細胞において患者細胞の免疫表現型が維持されていた。なお、細胞の破片(低前方散乱)、死細胞(DAPI陽性)およびマウスCD45陽性細胞は、分析から除外した。
【0037】
いずれの実験においても正常ヒト造血は観察されなかった。以上の結果から、ヒトALLの病態を再現可能なNOGマウスモデルが確立できたことが証明された。以下、このマウスモデルを「ヒト白血病NOGモデル」と称する。
【0038】
(2)ヒト白血病NOGモデルの肝臓の病理学的分析
症例1の白血病細胞を移植したヒト白血病NOGモデルおよび正常マウス(無処置NOGマウス)から各種臓器を採取して比較した結果を図5に示した。図5中のスケールバーは1cmを表す。上段左が大腿骨(Bone)、上段右が脾臓(Spleen)、中段が肝臓(Liver)、下段が腎臓(Kidney)であり、それぞれ左側がヒト白血病NOGモデル、右側が正常マウスである。図4から明らかなように、ヒト白血病NOGモデルは、大腿骨が青白く、脾臓、肝臓および腎臓は腫大していた。
そこで、ヒト白血病NOGモデルから採取した大腿骨(骨髄)、脾臓、肝臓および腎臓について組織標本を作製し、H−E染色を行って顕微鏡で観察した。結果を図6に示した。図6中のスケールバーは50μmを表す。図6から明らかなように、いずれの臓器においても大量のリンパ芽球の浸潤が観察された。このリンパ芽球は、初期の白血病細胞と同じ形態的特徴を示すものであった。
【0039】
ヒトにおいて、白血病細胞の肝臓への浸潤は門脈域に特徴的に限定されることが知られている。そこで、ヒト白血病NOGモデルの肝臓組織標本(H−E染色)を作製し、門脈域を顕微鏡観察した。結果を図7に示した。図7中pvは門脈を表し、矢印は胆管を表し、スケールバーは50μmを表す。図7から明らかなように、いずれのヒト白血病NOGモデルの肝臓においても、門脈域に白血病細胞の大きなクラスターが観察され、ヒトの病変と一致していた。
さらに、ヒト白血病NOGモデルの肝臓について経時的に組織標本(H−E染色)を作製し、観察した。結果を図8に示した。図8中pvは門脈を表し、矢印は胆管を表し、スケールバーは50μmを表す。門脈域(図中左列)では、最初に胆管周囲に白血病細胞が見出され(3w)、その後門脈域に大きなクラスターが形成されていく(6w、9w)ことが観察された。一方、類洞域(図中右列)では白血病細胞の単一細胞または小クラスターが点在していることが観察された。
【0040】
これらの結果から、門脈域には白血病細胞を引きよせて保持する何らかの特異的な、未同定のメカニズムが存在することが示唆された。したがって、ヒト白血病NOGモデルはヒト白血病の肝臓を再現し、白血病患者の肝臓転移の発症機序の研究を可能にするものと考えられた。
【0041】
(3)肝臓白血病細胞のCXCR4発現
いくつかの接着分子やケモカイン(例えば、CXCR4、VLA−4、CCR7、N−CAM、CD44など)が、微小環境における白血病細胞の保持や増殖に寄与していること、および微小環境が媒介する白血病の抵抗性を増強する可能性があることが報告されている。そこでそのような分子が、白血病肝臓の病変と関連があるか否かについてヒト白血病NOGモデルを用いて検討した。
最初に、症例1由来の白血病細胞を移植されたヒト白血病NOGモデルの骨髄、肝臓および脾臓から回収した白血病細胞における表面抗原の発現を分析した。結果を図9に示した。図9から明らかなように、肝臓から回収した白血病細胞には、CXCR4を発現している細胞が多く存在し、CXCR4陽性細胞の割合は、骨髄由来の白血病細胞と比較して有意に高かった(P<0.0001、ボンフェローニ補正によるペアtテスト)。一方、VLA4、CD44、CCR7およびN−CAMについては、臓器による差が認められなかった。なお、データを示していないが、症例2,3についても同様の結果を示した。図10にはヒト白血病NOGモデルの代表的な一例における上記各臓器のCXCR4陽性白血病細胞のフローサイトメトリー分析結果を示した。図10から明らかなように、骨髄から回収した白血病細胞にはCXCR4陽性細胞が13%しか存在しなかったが、肝臓から回収した白血病細胞のCXCR4陽性率は78%であった。なお、細胞の破片(低前方散乱)、死細胞(DAPI陽性)およびマウスCD45陽性細胞は、分析から除外した。
【0042】
CXCR4はSDF−1と相互作用する。また、CXCR4はアミノ酸配列が非常によく保存されたケモカインであり、マウスとヒトの相同性は99%である。この高い相同性は、種の違いを超えてSDF−1/CXCR4アクシスが作動することを許容する。したがって、これらの結果は、SDF−1/CXCR4アクシスが白血病細胞の肝臓浸潤に何らかの役割を果たすことを強く示唆するものである。
【0043】
(4)胆管上皮細胞におけるSDF−1の発現と白血病細胞の増殖
ヒトおよびマウスの門脈域の胆管上皮細胞がSDF−1を発現していることは既に報告されている(Kollet, O., et al. 2003. HGF, SDF-1, and MMP-9 are involved in stress-induced human CD34+ stem cell recruitment to the liver. J Clin Invest 112:160-169、Kawaguchi, et al. 2009. Inhibition of the SDF-1alpha-CXCR4 axis by the CXCR4 antagonist AMD3100 suppresses the migration of cultured cells from ATL patients and murine lymphoblastoid cells from HTLV-I Tax transgenic mice. Blood 114:2961-2968.)そこで、ヒト白血病NOGモデルの肝臓におけるSDF−1の発現を確認した。すなわち、肝臓の連続切片を作製し、同一領域のH−E染色標本、Cy3標識抗SDF−1抗体を用いた免疫染色標本、FITC標識抗ヒトCD45抗体を用いた免疫染色標本、およびBrdUを用いた免疫染色標本を作製し、それぞれ観察した。陰性対照として、無処置のNOGマウスの肝臓を用いた。
【0044】
結果を図11に示した。図11中pvは門脈を表し、bdは胆管を表し、スケールバーは50μmを表す。左上の写真は観察領域(a、b:門脈域、c:類洞域)を示す。dは陰性対照を表す。図11から明らかなように、門脈域の胆管上皮細胞表面にSDF−1が発現しており、胆管周囲にヒトCD45陽性の白血病細胞が多数存在した(a、b)。さらに、白血病細胞のクラスター中にはBrdU陽性細胞が観察され、白血病細胞が旺盛に増殖していることが確認された(a、b)。一方、類洞域にはSDF−1陽性細胞は観察されず、ヒトCD45陽性の単一細胞または小さいクラスターが散在することが観察された(c)。また、図12に門脈域と類洞域におけるBrdU陽性細胞率を比較した結果を示した。図12から明らかなように、門脈域のBrdU陽性細胞率は類洞域のそれより有意に高かった。
【0045】
続いて、ヒト白血病NOGモデルの肝臓、末梢血および骨髄中の白血病細胞の細胞周期を調べた。S期およびG2/M期の細胞(ピロニンY陽性+Hoechst33324陽性)の割合をフローサイトメトリー分析により測定した結果を図13に示した。末梢血中の白血病細胞はS期およびG2/M期の細胞の割合が低く、非増殖細胞が大多数であったが、肝臓および骨髄中の白血病細胞はS期およびG2/M期の細胞の割合が、末梢血と比較して有意に高いことが明らかとなった。図14には、ヒト白血病NOGモデルの代表的な一例における白血病細胞の細胞周期のフローサイトメトリー分析結果を示した。図14から明らかなように、この一例では増殖中の細胞(ピロニンY陽性+Hoechst33324陽性)の割合は、肝臓24.2%、末梢血7.2%、骨髄21.0%であった。この結果から、肝臓中の白血病細胞の増殖を評価するときに、末梢血中の白血病細胞の増殖が指標とならないことが示された。
以上の結果を総合すると、胆管上皮細胞に発現するSDF−1が肝臓における白血病細胞の増殖に影響を及ぼすものと考えられた。
【0046】
(5)SDF−1/CXCR4アクシス刺激による白血病細胞の遊走および増殖
SDF−1/CXCR4アクシスは、腫瘍細胞を含む種々の細胞のin vivoでの遊走と増殖において鍵となる因子であることが知られている。そこで、ヒト白血病NOGモデルの肝臓から回収した白血球細胞を用いて、in vitroでの遊走と増殖に対するSDF−1/CXCR4アクシスの影響を直接的に試験した。
遊走試験の結果を図15に示した。図15から明らかなように、白血病細胞の遊走はSDF−1を培地に添加することにより顕著に増加した。一方、SDF−1のCXCR4への結合を可逆的に阻害する薬剤であるAMD3100でプレインキュベーションを行った場合、SDF−1を培地に添加しても白血病細胞の遊走が顕著に抑制された。さらに、チェッカーボード法で遊走試験を行った結果を図16に示した。遊走細胞数はSDF−1の濃度勾配に沿って用量依存的に増加した。これらの結果から、白血病細胞の遊走にSDF−1が影響を及ぼすことが確認できた。
【0047】
コロニーアッセイの結果を図17に示した。図17から明らかなように、SDF−1を培地に添加することによりコロニー数が顕著に増加した。一方、AMD3100のプレインキュベーションにより、SDF−1添加によるコロニー形成が顕著に抑制された。
図18に示したウエスタンブロット分析の結果から、SDF−1刺激がERK1/2およびAKTのリン酸化を誘導することが示された。また、AMD3100のプレインキュベーションにより、これらのリン酸化が抑制されることが示された。なお、ERK1/2およびAKTは、様々なタイプの細胞の遊走および増殖の重要なメディエーターであることが知られている。
【0048】
ヒト白血病NOGモデルの骨髄および肝臓からそれぞれCXCR4陽性率の異なる白血病細胞集団を回収し、それぞれNOGマウスに移植して、移植後の細胞増殖速度を比較した。結果を図19に示した。図19から明らかなように、白血病細胞の増殖速度は、肝臓から回収した白血病細胞の方が顕著に速いことが示された。興味深いことに、移植後の増殖速度は、細胞集団中のCXCR4陽性率と非常によく相関した。
以上の結果から、SDF−1/CXCR4アクシスは、in vitroおよびin vivoの両方において、白血病細胞の遊走と増殖を活性化することが明らかとなった。
【0049】
(6)AMD3100による肝臓および脾臓の腫大抑制、ならびに、胆管周囲における白血病細胞浸潤の抑制
肝臓微小環境における白血病細胞に関するSDF−1/CXCR4アクシスの役割とAMD3100の抑制効果を検討した。臨床的には、化学療法による寛解後においても骨髄および髄外部位に隠れた白血病細胞がそれらの微小環境から解放され、ついには病気を再発すると考えられている。
そこで、まず、化学療法による寛解後の再発モデル構築の検討を行った。Ara−Cを75mg/kgの用量でヒト白血病NOGモデルの腹腔内に単回投与し、3日ごとに末梢血中の白血病細胞数をカウントした。また、Ara−C投与前と投与後4日目に肝臓の組織標本(H−E染色)を作製して、病理組織学的観察を行った。末梢血中の白血病細胞数の経時的変化の結果を図20に示した。また、Ara−C投与前後の肝臓組織標本の顕微鏡観察結果を図21に示した。図21中pvは門脈を表し、矢印は胆管を表し、スケールバーは100μmを表す。図20から明らかなように、末梢血中の白血病細胞数は一過的ではあるが十分に減少した。また、図21から明らかなように、Ara−C投与前は門脈域に多数の白血病細胞が集まっていたが、Ara−C投与後4日目には、ごくわずかな白血病細胞が門脈域の胆管上皮細胞に隣接して観察されるに過ぎなかった。この結果から、白血病の化学療法による寛解と再発モデルとして、このプロトコールを採用した。
【0050】
実験方法の項および図22に示したように、NOGマウスに白血病細胞を移植し、白血病生着後、Ara−Cを75mg/kgの用量で腹腔内投与し、その日から7日間200μgのAMD3100を1日1回腹腔内投与した。溶媒対照群にはAMD3100の代わりに生理食塩液を腹腔内投与した。7日間のAMD3100投与終了後にマウスを安楽死させ、臓器を摘出して重量を測定し、肉眼的観察および病理組織学的観察に供した。また、骨髄、肝臓および脾臓から白血病細胞を回収し、溶媒対照群の白血病細胞数に対する減少率を算出した。
【0051】
肝臓の組織標本の観察結果を図23に示した。図23中pvは門脈を表し、矢印は胆管を表し、スケールバーは100μmを表す。また、aは門脈域、bは類洞域を表す。図23の左列に示したように、溶媒対照群のマウスでは、主として門脈域に白血病細胞の再増殖が観察された。一方図23の右列に示したAMD3100投与群のマウスでは、門脈域の白血病細胞の数が劇的に減少していることが明らかとなった。両群とも、類洞域には白血病細胞はほとんど観察されなかった。
図24に、AMD3100投与群のマウスおよび溶媒対照群のマウスからそれぞれ摘出した肝臓および脾臓を比較して示した。図24中スケールバーは1cmを表す。図24からわかるように、AMD3100投与群の肝臓および脾臓は、溶媒対照群の肝臓および脾臓より肉眼的に明らかに小さかった。
図25(A)に、AMD3100投与群のマウスと溶媒対照群のマウスからそれぞれ摘出した肝臓および脾臓中の白血病細胞数を示した。また、図25(B)に、臓器重量を示した。図25(A)および(B)から明らかなように、AMD3100投与群では、肝臓および脾臓中の白血病細胞数、ならびに、各臓器重量が、溶媒対照群のそれらと比較して有意に減少していた。
図26に、溶媒対照群の各臓器の白血病細胞数に対するAMD3100投与群の白血病細胞数の減少率を示した。図26から明らかなように、肝臓の減少率が骨髄および脾臓の減少率より有意に高いという興味深い結果が得られた。この結果は、図9に示した各臓器におけるCXCR4陽性白血病細胞の検出率と相関すると考えられた。
【0052】
以上の結果から、SDF−1/CXCR4シグナル経路が白血球細胞の拡張、特に白血病肝臓の病変の進展において重要な役割を演じることが、強く示唆された。
【0053】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質を有効成分とし、CXCR4を発現する癌の原発巣以外における再発を予防または治療するために用いられ、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与されることを特徴とする再発癌の予防または治療用医薬。
【請求項2】
SDF−1/CXCR4アクシス阻害物質が、抗CXCR4中和抗体、抗SDF−1中和抗体、AMD3100およびAMD3465からなる群より選択されることを特徴とする請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
CXCR4を発現する癌が、白血病、悪性リンパ腫、乳癌、肺癌、脳腫瘍、神経芽細胞腫、直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、腎細胞癌および卵巣癌からなる群より選択されることを特徴とする請求項1に記載の医薬。
【請求項4】
癌治療が、化学療法、放射線療法または免疫療法であることを特徴とする請求項1に記載の医薬。
【請求項5】
CXCR4を発現する癌の原発巣以外における再発を予防または治療するために用いられ、少なくとも1回以上の癌治療を行った後に投与される医薬の製造のためのSDF−1/CXCR4アクシス阻害物質の使用。

【図2】
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【図15】
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【図17】
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【図19】
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【図20】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図16】
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【図18】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【公開番号】特開2011−168567(P2011−168567A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−36634(P2010−36634)
【出願日】平成22年2月22日(2010.2.22)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】