説明

分子シミュレーション装置

【課題】本発明は、アモルファスの電気伝導度を推定する分子シミュレーション装置を提供することを課題とする。
【解決手段】アモルファスの電気伝導度を推定する分子シミュレーション装置であって、アモルファスに存在する異なる波動関数のキャリアの乗り移り易さ(異なる波動関数のエネルギレベルの差及び異なる波動関数の重なり領域の体積に基づく評価)、空間上の広さ(異なる波動関数の各体積の和から重なり領域の体積を引いた体積に基づく評価)及びキャリアが存在する確率をそれぞれ評価し、当該3つの評価に基づいて電気伝導度を推定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アモルファスの電気伝導度を推定する分子シミュレーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、半導体などの物質の電気特性を推定する様々な手法が提案されている。特許文献1には、量子力学的な効果を近似的に考慮した半導体の電気特性を推定する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−3998号公報
【特許文献2】特開2007−134574号公報
【特許文献3】特開平5−151191号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の提案されている手法は、特定の結晶状態を有する物質に適用した手法である。しかし、アモルファスは、特定の結晶構造を有していないので、このような従来の手法を適用して電気特性を推定することができない。
【0005】
そこで、本発明は、アモルファスの電気伝導度を推定する分子シミュレーション装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る分子シミュレーション装置は、アモルファスの電気伝導度を推定する分子シミュレーション装置であって、アモルファスに存在する異なる波動関数のキャリアの乗り移り易さ、空間上の広さ及びキャリアが存在する確率をそれぞれ評価し、当該3つの評価に基づいて電気伝導度を推定することを特徴とする。
【0007】
アモルファスは、周期的な結晶構造を有さないので、波動関数が局所的に存在している。そのため、アモルファスでキャリアが移動して電気伝導が起こるには、アモルファスに存在する異なる波動関数間をキャリアが乗り移って電気伝導が行われると考えられる。さらに、その異なる波動関数においてそれぞれ異なる空間を広く占めていると、キャリアが他の波動関数に乗り移れる可能性が高くなる。また、波動関数にキャリアが多く存在していると、キャリアが他の波動関数に乗り移る可能性が高くなる。そこで、この分子シミュレーション装置では、アモルファスに存在する異なる波動関数についてのキャリアの乗り移り易さ、空間上の広さ及びキャリアが存在する確率をそれぞれ評価する。そして、分子シミュレーション装置では、その3つの評価に基づいてアモルファスの電気伝導度を推定する。このように、分子シミュレーション装置では、異なる波動関数についてのキャリアの乗り移り易さ、空間上の広さ及びキャリアが存在する確率をそれぞれ評価することにより、アモルファスの電気伝導度を精度良く推定することができる。
【0008】
本発明の上記分子シミュレーション装置では、異なる波動関数のキャリアの乗り移り易さを、異なる波動関数のエネルギレベルの差及び異なる波動関数の重なり領域の体積に基づいて評価すると好適である。
【0009】
異なる波動関数間のエネルギレベルの差が小さいと、キャリアがその波動関数間を乗り移り易い。また、異なる波動関数が重なっている領域が大ききと、キャリアはその波動関数間を乗り移り易い。そこで、この分子シミュレーション装置では、異なる波動関数ついてのエネルギレベルの差及び重なり領域の体積を評価することにより、キャリアの乗り移り易さを高精度に評価することができる。
【0010】
本発明の上記分子シミュレーション装置では、異なる波動関数の空間上の広さを、異なる波動関数の各体積の和から重なり領域の体積を引いた体積に基づいて評価すると好適である。
【0011】
異なる波動関数がそれぞれ異なる空間(重なり領域以外の空間)を広く占めていると、キャリアがその異なる波動関数間を乗り移った後に他の波動関数に乗り移れる可能性が高くなる。そこで、この分子シミュレーション装置では、異なる波動関数の各体積の和から重なり領域の体積を引いた体積で評価することにより、異なる波動関数における空間上の広さを高精度に評価することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、異なる波動関数についてのキャリアの乗り移り易さ、空間上の広さ及びキャリアが存在する確率をそれぞれ評価することにより、アモルファスの電気伝導度を精度良く推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本実施の形態に係る分子シミュレーション装置の構成図である。
【図2】アモルファス体の構造の一例を示す図である。
【図3】実空間上の異なる2つの波動関数の固有エネルギの一例を示す図である。
【図4】実空間上の異なる2つの波動関数の重なり状態の一例を示す図である。
【図5】アモルファス体の空間分割の一例を示す図である。
【図6】波動関数のψとφの関係の一例を示すグラフである。
【図7】電気伝導度推定処理(基本版)の流れを示すフローチャートである。
【図8】電気伝導度推定処理(改良版)の流れを示すフローチャートである。
【図9】体積算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図10】体積算出処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明に係る分子シミュレーション装置の実施の形態を説明する。
【0015】
本実施の形態では、本発明に係る分子シミュレーション装置を、パーソナルコンピュータ(以下、パソコンと記載)上に構成される分子シミュレーション装置に適用する。本実施の形態に係る分子シミュレーション装置では、アモルファスの電気伝導度(代用評価指標)を推定する。
【0016】
図1〜図6を参照して、本実施の形態に係る分子シミュレーション装置1について説明する。図1は、本実施の形態に係る分子シミュレーション装置の構成図である。図2は、アモルファス体の構造の一例を示す図である。図3は、実空間上の異なる2つの波動関数の固有エネルギの一例を示す図である。図4は、実空間上の異なる2つの波動関数の重なり状態の一例を示す図である。図5は、アモルファス体の空間分割の一例を示す図である。図6は、波動関数のψとφの関係の一例を示すグラフである。
【0017】
分子シミュレーション装置1は、記憶装置(ハードディスクなど)に格納されているアモルファス体の電気伝導度推定処理用のプログラムをパソコン本体10で実行することによって構成され、その推定結果をディスプレイ11に表示したりあるいは記憶装置に格納する。この際、ユーザは、このアモルファス体の電気伝導度推定に必要な情報をキーボード12などを利用して入力し、推定結果をディスプレイ11などで確認する。
【0018】
分子シミュレーション装置1におけるアモルファス体の電気伝導度推定処理について具体的に説明する前に、アモルファス体の電気伝導度の推定方法及びその推定において必要な波動関数の体積の算出方法について説明する。
【0019】
アモルファスに限らず、物質中の電子は、物質中に存在する多数の波動関数のいずれかに位置しており、その波動関数の広がりの範囲を自由に移動している。
【0020】
シリコンなどの半導体は、周期的な結晶構造を有するため、波動関数も周期構造を持っている。このような半導体中の電子は、同じ波動関数に位置したままで自由に移動できるが、実際には他の電子や熱振動、不純物、格子欠陥との衝突によって移動が阻害される。それが、電気伝導度を有限の値としている主な要因である。したがって、周期的な結晶構造の半導体の電気伝導度をシミュレーションによって予測するには、他の電子や熱振動、不純物、格子欠陥との衝突の頻度を計算すればよい。
【0021】
しかし、アモルファス体(アモルファスの半導体)は、周期的な結晶構造を有さないため、波動関数が局所的に存在している。図2には、アモルファス体AMの構造の一例を示しており、多数の原子AT,・・・が不規則に存在しており、多数の波動関数WF,・・・が局所的に分布している。このアモルファス体の電子が移動して電気伝導が起こるには、電子が異なる波動関数間を乗り移ることが必要と考えられる。したがって、アモルファス体の場合、異なる波動関数における電子(キャリア)の乗り移り易さが電気伝導度を決定していると考えられる。
【0022】
キャリア(電子、ホール)が固有エネルギの異なる波動関数間を乗り移るには、そのエネルギ差を熱振動によるフォノンのやりとりなどで補償しなければならない。図3の例で示すように、固有エネルギEmの波動関数と固有エネルギEnの波動関数とのエネルギ差が熱エネルギ程度(26meV程度)のエネルギ内ならやりとりは起こり易いが、それ以上のエネルギ差の場合には変化させることは難しい。したがって、異なる波動関数間のエネルギ差が小さいほど、キャリアが乗り移り易い(評価指標1)。
【0023】
キャリアが異なる波動関数間を乗り移る場合、その波動関数同士の空間上の重なりが大きいほど乗り移り易い(評価指標2)。図4の例で示すように、波動関数AFmと波動関数AFnとは空間上で重なり領域OLを有しており、この重なり領域OLを利用して波動関数AFmと波動関数AFnとの間をキャリアが移動する。
【0024】
また、異なる波動関数間を乗り移り易さだけでなく、それによって伝導が起こり易いことが必要である。それには、異なる波動関数間が乗り移り易かったとしても、その異なる
波動関数が同じ空間(重なり領域が大部分)を占めていては意味がなく、キャリアが波動関数間を乗り移った後にそれ以外の波動関数に移動するためには、異なる波動関数がそれぞれ異なる空間(重なり領域以外の空間)を広く占めていることも重要となる(評価指標3)。
【0025】
また、キャリアが異なる波動関数間を乗り移る場合、個々の波動関数にキャリアが存在する確率が高いことも重要となる(評価指標4)。波動関数に存在するキャリアが少ないと、キャリアが他の波動関数に乗り移る可能性も低くなる。
【0026】
この4つの評価指標が、アモルファス体における電気伝導に寄与すると考えられる。したがって、この4つの評価指標に基づいた評価をそれぞれ行い、その4つの評価結果を加味して電気伝導度を推定する。
【0027】
実際の電気伝導では、キャリアが多数の波動関数をランダムに乗り移って伝導すると考えられる。その組み合わせの数は膨大な数になるので、全ての組み合わせについて評価することは実用的でない。そこで、少数の波動関数の組み合わせで評価し、その全ての組み合わせの評価値の和によって電気伝導のし易さを表わすことにより、実際の電気伝導度を高精度に推定(評価)できる。
【0028】
ここでは、異なる2つの波動関数の組み合わせで評価する場合について説明する。上記した4つの評価指標による評価を加味して電気伝導度(電気伝導率)の代用評価値Fを算出する式(1)を示す。式(1)において、n,mは、2つの異なる波動関数を示している。
【数1】

【0029】
Vn,Vmが各波動関数の体積であり、Vnmが2つの波動関数の重なり領域の体積であり、各体積Vn,Vm,Vnmは下記の方法で算出される。En,Emは、各波動関数の固有エネルギであり、既存の分子シミュレーションによって算出される。Efは、フェルミエネルギであり、既存の分子シミュレーションによって算出される。Ethは、定数であり、熱エネルギ(26meV)程度である。Kは、ボルツマン定数である。Tは、系の絶対温度であり、ユーザによる入力などによって予め決まった値である。
【0030】
式(1)のΣは、n,mで表される異なる2つの波動関数の組み合わせについて、n=mでない全ての組み合わせについての評価値を加算することを表わしている。
【0031】
式(1)のexp{|En−Em|/Eth}は、2つの波動関数の固有エネルギの差を定数Ethで除算することにより評価指標1による評価を行うファクタである。式(1)の×Vnmは、2つの波動関数の重なり領域の体積を乗算することにより評価指標2による評価を行うファクタである。式(1)の(Vn+Vm−Vnm)は、2つの波動関数の体積の和から重なり領域の体積を減算することにより評価指標3による評価を行うファクタである。式(1)のexp{(Ef−(En+Em)/2)/(K×T)}は、量子力学論に基づいて2つの波動関数の平均エネルギにおける存在確率を乗算することにより評価指標4による評価を行うファクタである。
【0032】
上記の基本的なアモルファス体の電気伝導度の推定方法の考え方では、アモルファス体に存在する全ての波動関数におけるキャリア(特に、電子)が電気伝導に寄与するとみなしている。しかし、実際の物質では、エネルギの低い波動関数は、全て電子が存在し、フェルミの排他律という法則に従ってそれ以上電子を取り込めない状態になっている。そのため、電子は、身動きが取れないので、伝導に寄与できない。半導体において、実際に伝導に寄与しうるのは、フェルミエネルギよりも高い固有エネルギを持つ波動関数に存在する電子か、逆に、フェルミエネルギよりも低い固有エネルギを持つ波動関数において電子が欠けた状態にあるホールと呼ばれる仮想的な正電荷の粒子である。
【0033】
そこで、上記の基本的な方法を改良し、2つの波動関数が共にフェルミエネルギよりも高い固有エネルギを持つ場合の電子による伝導と2つの波動関数が共にフェルミエネルギよりも低い固有エネルギを持つ場合のホールによる伝導に分けて評価を行う。具体的には、状態nの波動関数の固有エネルギEnと状態mの波動関数の固有エネルギEmが共にフェルミエネルギEfよりも高い場合、電子がその2つの波動関数間を乗り移る(電気伝導に寄与する)ことができるので、電気伝導度に電子による伝導を加味する。状態nの波動関数の固有エネルギEnと状態mの波動関数の固有エネルギEmが共にフェルミエネルギEfよりも低い場合、ホールがその2つの波動関数間を乗り移る(電気伝導に寄与する)ことができるので、電気伝導度にホールによる電気伝導を加味する。状態nの波動関数の固有エネルギEnと状態mの波動関数の固有エネルギEmのうちの一方がフェルミエネルギEfよりも高く、他方がフェルミエネルギEfよりも低い場合(禁制帯を挟んで2つの波動関数が存在する場合)、キャリアがその2つの波動関数間を乗り移ることができない(電気伝導に寄与しない)ので、電気伝導度には加味しない。
【0034】
各体積Vn,Vm,Vnm及びVn+Vm−Vnmの算出方法については説明する。波動関数は、連続的な値を持って空間に分布している。そのため、波動関数の広さ(体積)などの概念は、厳密な定義がなく、特別に定める必要がある。そこで、以下に、2つの算出方法について説明する。
【0035】
まず、1つの目の算出方法について説明する。この方法では、波動関数は連続的な値を持つが、その波動関数の絶対値|ψ|が所定の規定値|ψr|よりも大きければ「そこに波動関数が存在する」とみなし、規定値|ψr|よりも小さければ「そこに波動関数が存在しない」とみなす。具体的な方法としては、図5に示すように、アモルファス体の空間を同じ体積を有する多数の小さい断片(直方体)に分割する。既存の分子シミュレーションによって、状態mの波動関数の絶対値|ψm|と状態nの波動関数の絶対値|ψn|が求めることができ、さらに、任意の断片iについて状態mの波動関数の絶対値|ψim|と状態nの波動関数の絶対値|ψin|が予め求まることができる。そして、断片iの状態mの波動関数の絶対値|ψim|が規定値|ψr|よりも大きいか否かを判定し、|ψim|が|ψr|よりも大きいと判定した場合には状態mの波動関数の体積Vmに断片iの体積Viを加算し、この処理を空間の全ての断片について行い、状態mの波動関数の体積Vmを求める。状態nの波動関数の体積Vnについても同様に求める。また、断片iの状態mの波動関数の絶対値|ψim|が規定値|ψr|よりも大きいかつ状態nの波動関数の絶対値|ψin|が規定値|ψr|よりも大きいか否かを判定し、|ψim|と|ψin|が共に規定値|ψr|より大きいと判定した場合には状態mの波動関数と状態nの波動関数との重なり領域の体積Vnmに断片iの体積Viを加算し、この処理を空間の全ての断片について行い、重なり領域の体積Vnmを求める。最後に、Vn+Vm−Vnmを算出する。なお、規定値|ψr|は、ユーザによって指定される。
【0036】
次に、2つの目の算出方法について説明する。この方法では、波動関数をそのまま連続的な値として取り扱うために、波動関数が式(2)で示す規格化条件を満たしているものとする。この式(2)において、Vは、積分範囲としてアモルファス体の空間の全体積について積分を行うということを意味する。この式(2)を満たさない場合、ψに適当な係数を乗算した値を改めてψと置き直すことにより、式(2)を満たすように調整する。
【数2】

【0037】
そして、各体積Vn,Vm,Vnmを個別に求めるのではなく、式(3)によってVn+Vm−Vnmをまとめて求める。
【数3】

【0038】
式(3)において、φは波動関数の値である。その2つのφの差|φn−φm|は、状態nの波動関数か状態mの波動関数のどちらかが存在するということを満たす指標として用いることができ、その値を全空間(全体積V)で積分することにより、(Vn+Vm−Vnm)の概念を示す指標を求めることができる。
【0039】
Vn+Vm−Vnmの意味するところは、状態nの波動関数と状態mの波動関数の占める空間において重なり領域以外で占める領域の体積である。基本的には、波動関数が有るか無いかの概念であるので、波動関数が非常に大きな値を持っていても「有る」という判定以上のものはない。したがって、図6に示すように、波動関数の値φを頭打ち(上限を1とする)に加工した関数を用いる。図6に示すようなグラフの関係が得られる適切な関数としては、例えば、式(4)がある。
【数4】

【0040】
さらに、式(1)で電気伝導度を算出するためには、Vnmが、必要となるので、別個に求める。Vnmは、状態nの波動関数と状態mの波動関数の両方に存在する領域(重なり領域)の体積の概念である。したがって、状態nの波動関数の値φnと状態mの波動関数の値φmの積φn×φmの平方根の積分により、その概念に近い指標を求めることができる。その具体的な式としては、式(5)で示す。
【数5】

【0041】
それでは、分子シミュレーション装置1におけるアモルファス体の電気伝導度の推定処理について説明する。アモルファス体の電気伝導度推定処理用のプログラムをパソコン本体10で実行することにより、電気伝導度の代用評価値Fを求めるためのメインルーチンが実行され、そのメインルーチンによってVnm及びVn+Vm−Vnmを算出するためのサブルーチンが呼び出されて実行される。ここでは、メインルーチンについては、上記で説明した電気伝導度の推定方法に基づく基本版とその基本版から改良した改良版について説明する。また、サブルーチンについては、上記で説明した2つの算出方法に基づくものをそれぞれ説明する。
【0042】
まず、電気伝導度の代用評価値Fを求めるためのメインルーチンの基本版を図7のフローチャートに沿って説明する。図7は、電気伝導度推定処理(基本版)の流れを示すフローチャートである。ここでは、アモルファス体に存在する波動関数の個数をN個とする。n,mは、N個の波動関数中の2つの状態nの波動関数と状態mの波動関数の組み合わせを更新してゆくためのカウンタである。
【0043】
系の絶対温度Tは、ユーザによる入力などによって予め決められ、パソコンの記憶装置に格納されている。また、N個の波動関数の固有エネルギEは、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。また、フェルミエネルギEfは、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。また、波動関数の個数Nは、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。なお、N個をユーザ入力などによって規定し、N個までの波動関数でシミュレーションを行ってもよい。
【0044】
メインルーチンが起動すると、mに1を代入して初期化するとともに、代用評価値Fに0を代入して初期化する(S10)。
【0045】
初期化後、ループ毎に、状態mの波動関数を次の波動関数に更新するために、mをインクリメントする(S11)。また、nに1を代入して初期化する(S12)。そして、今回の組み合わせの状態nの波動関数と状態mの波動関数についての体積Vnm及びVn+Vm−Vnmを算出するためのサブルーチンを呼び出して実行し、Vnm及びVn+Vm−Vnmの算出する(S13)。さらに、S13で算出されたVnm,Vn+Vm−Vnm及び記憶装置から取り出した固有エネルギEn,Emを用いて、式(6)によって、今回の組み合わせの状態nの波動関数と状態mの波動関数でのΔFを算出する(S14)。そして、代用評価値Fの前回値に今回算出したΔFを加算し、その加算値を代用評価値Fに代入する(S15)。そして、状態nの波動関数を次の波動関数に更新するために、nをインクリメントする(S16)。さらに、nがmよりも小さいか否かを判定する(S17)。S17にてnがmより小さいと判定した場合、S13の処理に戻り、状態nの波動関数を変えた次の組み合わせの処理を行う。一方、S17にてnがmに等しくなったと判定した場合、mがNより小さいか否かを判定する(S18)。S18にてmがNより小さいと判定した場合、S11の処理に戻り、状態mの波動関数を次の波動関数に変えた組み合わせの処理を行う。
【数6】

【0046】
S18にてmがNと等しくなったと判定した場合、代用評価値Fの算出が終了したので、その代用評価値Fをアモルファス体の電気伝導度としてディスプレイ11に表示するかあるいはパソコンの記憶装置に格納する。
【0047】
次に、電気伝導度の代用評価値Fを求めるためのメインルーチンの改良版を図8のフローチャートに沿って説明する。図8は、電気伝導度推定処理(改良版)の流れを示すフローチャートである。
【0048】
この改良版では、上記の基本版と比較すると、基本版におけるΔFの算出(S14)だけが異なっており、他の処理は同じである。そこで、このΔFの算出についてのみ説明する。
【0049】
S13でVnm及びVn+Vm−Vnmを算出すると、状態nの波動関数の固有エネルギEnがフェルミエネルギEfよりも高いかつ状態mの波動関数の固有エネルギEmがフェルミエネルギEfよりも高いか否かを判定する(S14a)。S14aにてEnがEfよりも高いかつEmがEfよりも高いと判定した場合(電子が2つの波動関数間を乗り移る場合)、S13で算出されたVnm,Vn+Vm−Vnm及び記憶装置から取り出した固有エネルギEn,Emを用いて、式(6)によって、今回の組み合わせの状態nの波動関数と状態mの波動関数でのΔFを算出する(S14b)。
【0050】
一方、S14aにてEnとEmの少なくとも一方がEfよりも低いと判定した場合、状態nの波動関数の固有エネルギEnがフェルミエネルギEfよりも低いかつ状態mの波動関数の固有エネルギEmがフェルミエネルギEfよりも低いか否かを判定する(S14c)。S14cにてEnがEfよりも低いかつEmがEfよりも低いと判定した場合(ホールが2つの波動関数間を乗り移る場合)、S13で算出されたVnm,Vn+Vm−Vnm及び記憶装置から取り出した固有エネルギEn,Emを用いて、式(7)によって、今回の組み合わせの状態nの波動関数と状態mの波動関数でのΔFを算出する(S14d)。なお、式(7)では、ホールの存在確率とエネルギの関係は電子と逆になるので、(Em+En)/2からフェルミエネルギEfを減算している(式(6)と逆)。
【数7】

【0051】
S14a、S14cにてEnとEmのうちの一方がEfよりも高く、他方がEfよりも低いと判定した場合(キャリアが2つの波動関数間を乗り移ることができない場合)、ΔFに0を代入する(S14e)。
【0052】
そして、代用評価値Fの前回値に今回算出したΔFを加算し、その加算値を代用評価値Fに代入する(S15)。ただし、S14eでΔFに0を代入した場合、代用評価値Fは前回値のままである。
【0053】
次に、上記の1つの目の算出方法によるVnm及びVn+Vm−Vnmを算出するためのサブルーチンを図9のフローチャートに沿って説明する。図9は、体積算出処理の流れを示すフローチャートである。ここでは、アモルファス体の空間を分割する断片の個数をM個とする。iは、M個の断片を更新してゆくためのカウンタである。
【0054】
規定値|ψr|及び断片の体積Viは、ユーザによる入力などによって予め決められ、パソコンの記憶装置に格納されている。また、各断片における状態nの波動関数の絶対値|ψin|は、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。また、各断片における状態mの波動関数の絶対値|ψim|は、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。
【0055】
サブルーチンが起動すると、状態nの波動関数の体積Vn、状態mの波動関数の体積Vm、重なり領域の体積Vnmに0をそれぞれ代入して初期化する(S20)。また、iに0を代入して初期化する(S21)。
【0056】
初期化後、ループ毎に、次の断片に更新するために、iをインクリメントする(S22)。断片iにおける状態nの波動関数の絶対値|ψin|が規定値|ψr|より大きいか否かを判定する(S23)。S23にて|ψin|が|ψr|より大きいと判定した場合(状態nの波動関数が断片iに存在する場合)、状態nの波動関数の体積Vnの前回値に断片の体積Viを加算し、その加算値を状態nの波動関数の体積Vnに代入する(S24)。さらに、断片iにおける状態mの波動関数の絶対値|ψim|が規定値|ψr|より大きいか否かを判定する(S25)。S25にて|ψim|が|ψr|より大きいと判定した場合(状態nの波動関数と状態mの波動関数が共に断片iに存在する場合)、重なり領域の体積Vnmの前回値に断片の体積Viを加算し、その加算値を重なり領域の体積Vnmに代入するとともに(S26)、状態mの波動関数の体積Vmの前回値に断片の体積Viを加算し、その加算値を状態mの波動関数の体積Vmに代入する(S27)。S23にて|ψin|が|ψr|以下と判定した場合、断片iにおける状態mの波動関数の絶対値|ψim|が規定値|ψr|より大きいか否かを判定する(S28)。S28にて|ψim|が|ψr|より大きいと判定した場合(状態mの波動関数が断片iに存在する場合)、状態mの波動関数の体積Vmの前回値に断片の体積Viを加算し、その加算値を状態mの波動関数の体積Vmに代入する(S29)。ちなみに、S23にて|ψin|が|ψr|以下と判定しかつS28にて|ψim|が|ψr|以下と判定した場合(状態nの波動関数と状態mの波動関数が共に断片iに存在しない場合)、Vn、Vm、Vnm全て更新されない。次に、iがMより小さいか否かを判定する(S30)。S30にてiがMより小さいと判定した場合、S22の処理に戻り、次の断片についての処理を行う。
【0057】
一方、S30にてiがMに等しくなったと判定した場合、状態nの波動関数の体積Vn、状態nの波動関数の体積Vm、重なり領域の体積Vnmを算出したので、Vn,Vm,Vnmを用いてVn+Vm−Vnmを算出する(S31)。この算出されたVnm及びVn+Vm−Vnmは、メインルーチンで使用される。
【0058】
次に、上記の2つの目の算出方法によるVnm及びVn+Vm−Vnmを算出するためのサブルーチンを図10のフローチャートに沿って説明する。図10は、体積算出処理の流れを示すフローチャートである。ここでは、式(3)で示すアモルファス体の全体積Vの範囲での積分をM個の区間に分割して積分を行う。iは、Mまでカウントするためのカウンタである。Vn+Vm−Vnmの算出過程の変数をVaとする。
【0059】
各区間における状態nの波動関数の絶対値|ψin|は、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。また、各区間における状態mの波動関数の絶対値|ψim|は、既存の分子シミュレーションによって予め算出され、パソコンの記憶装置に格納されている。
【0060】
サブルーチンが起動すると、Va、重なり領域の体積Vnmに0をそれぞれ代入して初期化する(S40)。また、iに0を代入して初期化する(S41)。
【0061】
初期化後、ループ毎に、iをインクリメントする(S42)。区間iにおける状態nの波動関数の絶対値|ψin|を用いて、式(4)によって区間iにおける状態nの波動関数を算出し、その算出値をφnに代入する(S43)。また、区間iにおける状態mの波動関数の絶対値|ψim|を用いて、式(4)によって区間iにおける状態mの波動関数を算出し、その算出値をφmに代入する(S44)。さらに、式(3)に基づいて、その算出したφnとφmを用いて|φn−φm|×Viを算出し、その算出値をVaの前回値に加算し、その加算値をVaに代入する(S45)。また、式(5)に基づいて、その算出したφnとφmを用いて(√(φn×φm))×Viを算出し、その算出値をVnmの前回値に加算し、その加算値をVnmに代入する(S46)。次に、iがMより小さいか否かを判定する(S47)。S47にてiがMより小さいと判定した場合、S42の処理に戻り、次の区間についての処理を行う。
【0062】
一方、S47にてiがMに等しくなったと判定した場合、重なり領域の体積Vnm及びVaを算出したので、VaをVn+VM−Vnmに代入する(S48)。この算出されたVnm及びVn+VM−Vnmは、メインルーチンで使用される。
【0063】
この分子シミュレーション装置1によれば、2つの異なる波動関数におけるキャリアの乗り移り易さ、空間上の広さ及びキャリアが存在する確率の各評価指標を加味した演算式を構築し、シミュレーションすることにより、アモルファス体の電気伝導度を精度良く推定することができる。
【0064】
特に、分子シミュレーション装置1では、2つの異なる波動関数のエネルギレベルの差及び重なり領域の体積の各評価指標をその演算式に加味することにより、2つの異なる波動関数におけるキャリアの乗り移り易さを高精度に評価することができる。また、分子シミュレーション装置1では、2つの異なる波動関数の各体積の和から重なり領域の体積を引いた体積をその演算式に加味することにより、2つの異なる波動関数における空間上の広さを高精度に評価することができる。
【0065】
さらに、分子シミュレーション装置1では、電気伝導度(代用評価値)を算出するときに、2つの異なる波動関数が共にフェルミエネルギより高い固有エネルギを持つ場合には電子による電気伝導を加味し、2つの異なる波動関数が共にフェルミエネルギより低い固有エネルギを持つ場合にはホールによる電気伝導を加味し、それ以外の場合には加味しないことにより、より高精度にアモルファス体の電気伝導度を推定することができる。
【0066】
また、分子シミュレーション装置1では、アモルファス体を多数の断片に分割し、各断片における波動関数の絶対値が規定値より大きいか否か(その断片に波動関数に存在するか否か)によって波動関数に関する各体積を算出することにより、波動関数に関する各体積を簡単に算出することができる。また、分子シミュレーション装置1では、波動関数を頭打ち加工した関数とし、波動関数を連続的な値として波動関数に関する各体積を算出することにより、波動関数に関する各体積を高精度に算出することができる。
【0067】
以上、本発明に係る実施の形態について説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されることなく様々な形態で実施される。
【0068】
例えば、本実施の形態ではアモルファス体の電気伝導度推定処理用のプログラムを実行することによってパソコン上に構成される分子シミュレーション装置に適用したが、分子シミュレーション装置の専用機として構成してもよいし、あるいは、CD−ROMなどの記憶媒体に格納されたプログラム、インタネットなどのネットワークを介して利用可能なプログラムなどに適用してもよい。
【0069】
また、本実施の形態では式(1)において異なる波動関数として異なる2つの波動関数の組み合わせで評価を行う一例を示したが、異なる3つの波動関数の組み合わせ、異なる4つの波動関数の組み合わせなどで評価を行ってもよい。
【0070】
また、本実施の形態では式(1)において評価指標1〜4による各評価を反映したファクタの一例を示したが、評価指標1〜4による各評価を反映したファクタについては他のものでもよい。
【0071】
また、本実施の形態では波動関数に関する体積を求める手法の二例を示したが、他の手法によって波動関数の体積を求めてもよい。
【符号の説明】
【0072】
1…分子シミュレーション装置、10…パーソナルコンピュータ本体、11…ディスプレイ、12…キーボード

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アモルファスの電気伝導度を推定する分子シミュレーション装置であって、
アモルファスに存在する異なる波動関数のキャリアの乗り移り易さ、空間上の広さ及びキャリアが存在する確率をそれぞれ評価し、当該3つの評価に基づいて電気伝導度を推定することを特徴とする分子シミュレーション装置。
【請求項2】
異なる波動関数のキャリアの乗り移り易さを、異なる波動関数のエネルギレベルの差及び異なる波動関数の重なり領域の体積に基づいて評価することを特徴とする請求項1に記載する分子シミュレーション装置。
【請求項3】
異なる波動関数の空間上の広さを、異なる波動関数の各体積の和から重なり領域の体積を引いた体積に基づいて評価することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載する分子シミュレーション装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−177260(P2010−177260A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15442(P2009−15442)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)