説明

分子伝送・分子配送システムおよび分子伝送・分子配送方法

【課題】外部からの制御を必要とせずに、キャリア分子への荷物分子の積載、目的地への伝送/配送、目的地での積み降ろし動作を自律的に行う。
【解決手段】分子伝送・分子配送システムは、ヌクレオチドの二本鎖形成能を利用してキャリア分子(20)に荷物分子(30)を積載する積載ゾーン(50)と、目的地において、ヌクレオチドの二本鎖形成能および解離作用を利用して、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろす積み降ろしゾーン(40)とを含む。キャリア分子には、第1の鎖長を有する第1のヌクレオチド一本鎖を含む牽引用ヌクレオチド鎖(21)が結合され、荷物分子には、第1の鎖長よりも長い第2の鎖長を有する第2のヌクレオチド一本鎖(31)が結合されている。積み降ろしゾーンには、第2のヌクレオチド一本鎖と同じ鎖長の第3のヌクレオチド一本鎖(41)が固定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所望の分子を目的地まで輸送し、目的地で輸送されてきた分子を分離することのできる分子伝送・分子配送システムに関する。
【背景技術】
【0002】
紫外線の照射や電子ビームによる直接描画等によって微細なパターン形成を行ったガラスやプラスチック等の基板流路上に、キネシンやミオシン等のモーター蛋白質を固定化すると、モーター蛋白質と相互作用する微小管やアクチンフィラメントをパターニングした流路に沿って滑走運動させられることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。このように滑走運動する微小管表面をビオチン化し、表面をストレプトアビジン化したマイクロビーズ等の荷物分子とビオチン−アビジン結合させることによって、荷物分子を微小管に積載して輸送できることも知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【0003】
しかしながら、ビオチン−アビジン結合は、生物システムにおける相互作用では最も高いアフィニティを有するものの1つであることが広く知られており、荷物分子を微小管に積載して輸送することができても、荷物分子を微小管から積み降ろすことは、本質的に不可能である。
【0004】
一方、ゲスト分子を包接・徐放する機能を持つシクロデキストリンをビオチン化し、ストレプトアビジンを介してビオチン化した微小管と結合させることで、微小管の滑走運動能を維持したまま、シクロデキストリンのゲスト分子としての荷物分子を可逆的に積み降ろすことを可能とするシステム構想が提案されている(例えば、非特許文献3参照)。しかし、シクロデキストリンに包接された荷物分子を徐放するには、紫外線照射等の外部刺激を必要とするため、外部からの制御に頼らないシステムとして自律動作させることは困難である。また、外部制御の導入によるシステム制御の複雑化や、システム全体のスケールが巨大化してしまうという問題がある。
【非特許文献1】Y. Hiratsuka, et al., “Controlling the Direction of Kinesin-driven Microtubule Movements along Microlithographic Tracks,” Biophysical Journal, vol.81, pp.1555-1561, Sep. 2001.
【非特許文献2】H. Hess, et al., “Light-controlled Molecular Shuttles Made from Motor Proteins Carrying Cargo on Engineered Surfaces,” Nano Letters, vol.1, no.5, pp.235-239, 2001.
【非特許文献3】K. Kato, et al., “Microtubule-cyclodextrin Conjugate: Functionalization of Motile Filament with Molecular Inclusion Ability,” Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, vol.69, no.3, pp.646-648, Mar. 2005.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、滑走運動するキャリア分子に所望の分子を積載して目的地まで輸送し、目的地でその分子を積み降ろす一連の動作を、外部からの制御を導入することなく自律的に行うことのできる分子伝送・分子配送システムを実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を実現するために、本発明では、キャリア分子(微小管ないしはアクチンフィラメント)の滑走運動能力を維持したまま、キャリア分子に一本鎖ヌクレオチド(牽引用の一本鎖ヌクレオチド)を生化学的に結合する。一方、荷物分子には、キャリア分子に結合した一本鎖ヌクレオチドよりも長い鎖長を持つ一本鎖ヌクレオチド(積載用の一本鎖ヌクレオチド)を生化学的に結合する。荷物分子の一本鎖ヌクレオチドは、キャリア分子に結合した一本鎖ヌクレオチドの相補鎖となって二本鎖を形成することができるように設計されている。
【0007】
これにより、牽引用の一本鎖ヌクレオチドを結合したキャリア分子が、積載用の一本鎖ヌクレオチドを結合した荷物分子の近傍を滑走運動すると、これら一本鎖ヌクレオチド間で二本鎖形成反応が生じ、荷物分子がキャリア分子に積載される。一本鎖ヌクレオチド間で生じるこの二本鎖形成反応は、エネルギー状態遷移に基づく自然な生化学反応系であり、外部からの制御を必要としない。荷物分子を積載したキャリア分子は、パターニングした流路に沿ってモーター蛋白質上を滑走運動し、荷物分子は目的地まで輸送される。
【0008】
目的地の流路上には、荷物分子に結合した一本鎖ヌクレオチドの相補鎖となって二本鎖を形成することができ、かつ、荷物分子に結合した一本鎖ヌクレオチドと同一の鎖長を持つ一本鎖ヌクレオチド(積み降ろし用の一本鎖ヌクレオチド)が、生化学的に結合されている。これにより、荷物分子を積載、牽引するキャリア分子が、積み降ろし用の一本鎖ヌクレオチドを結合した目的地の近傍を滑走運動すると、荷物分子に結合した一本鎖ヌクレオチドと目的地に結合した一本鎖ヌクレオチドとの間で、より安定した二本鎖形成反応が生じ、荷物分子とキャリア分子との間の二本鎖が解離し、荷物分子がキャリア分子から積み降ろされる。
【0009】
より具体的には、本発明の第1の側面では、分子伝送・分子配送システムを提供する。このシステムは、
(a)ヌクレオチドの二本鎖形成能を利用してキャリア分子に荷物分子を積載する積載ゾーンと、
(b)目的地において、ヌクレオチドの二本鎖形成能および解離作用を利用して、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろす積み降ろしゾーンと
を含む。
【0010】
良好な構成例では、キャリア分子には、第1の鎖長を有する第1のヌクレオチド一本鎖を含む牽引用ヌクレオチド鎖が結合され、荷物分子には、第1の鎖長よりも長い第2の鎖長を有する第2のヌクレオチド一本鎖が結合されており、積載ゾーンで、第1のヌクレオチド一本鎖と、第2のヌクレオチド一本鎖の一部とが二本鎖を形成することによって、キャリア分子に荷物分子が積載される。
【0011】
良好な構成例では、分子伝送・分子配送システムはまた、表面にモーター蛋白質が固定された伝送路をさらに含む。この場合、キャリア分子は、伝送路に沿って移動する。
【0012】
良好な構成例では、目的地である積み降ろしゾーンには、第2のヌクレオチド一本鎖と同じ鎖長の第3のヌクレオチド一本鎖が固定されている。
【0013】
さらに別の構成例として、キャリア分子、荷物分子、積み降ろしゾーンに結合されるヌクレオチド鎖の少なくとも一つは、二本鎖から成る基部と、一本鎖から成る端部とを有し、基部における二本鎖が解離する温度は、端部に形成される二本鎖が解離する温度よりも高く設定されている。
【0014】
第2の側面では、分子伝送・分子配送方法を提供する。この方法は、
(a)伝送路に固定されたモーター蛋白質上を滑走運動するキャリア分子に、第1の鎖長を有する第1のヌクレオチド一本鎖を含む牽引用ヌクレオチド鎖を結合し、
(b)前記第1の鎖長よりも長い第2の鎖長を有する第2のヌクレオチド一本鎖が結合された荷物分子を、前記伝送路に導入し、
(c)前記第1のヌクレオチド一本鎖と、第2のヌクレオチド一本鎖との間の二本鎖形成能を利用して、前記キャリア分子に荷物分子を積載し、
(d)前記伝送路に沿って荷物分子を目的地まで配送する。
【0015】
良好な構成例では、積み降ろしゾーンにおいて、第1のヌクレオチド一本鎖と二本鎖を形成していない部分の第2のヌクレオチド一本鎖と、積み降ろしゾーンに固定された第3のヌクレオチド一本鎖との間の二本鎖の形成をトリガとして、キャリア分子から荷物分子を積み降ろす。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、滑走運動するキャリア分子に荷物分子を積載して目的地まで輸送し、目的地で荷物分子を積み降ろす一連の動作を、外部からの制御を導入することなく自律的に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の良好な実施の形態について、添付図面を参照して説明する。以下の実施例においては、キャリア分子として微小管を用い、一本鎖ヌクレオチドとして一本鎖デオキシリボ核酸(ssDNA)を、モーター蛋白質としてキネシンを利用する場合を例に取って説明する。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る分子伝送・分子配送システムの全体図である。このシステムは、表面にモーター蛋白質(キネシン)11が固定された伝送路(流路)10と、モーター蛋白質11上を滑走するキャリア分子(微小管)20と、キャリア分子20に荷物分子30を積載する積載ゾーン50と、キャリア分子20から所定の荷物分子30を積み降ろす積み降ろしゾーン40を含む。
【0019】
キャリア分子である微小管20には、牽引用の第1の一本鎖ヌクレオチド(短いssDNA)21が結合されている。
【0020】
荷物分子30には、第1の一本鎖ヌクレオチドよりも長い第2の一本鎖ヌクレオチド(長いssDNA)31が結合されている。このssDNA31の一部は、微小管20に結合された短いssDNA21の相補鎖となって二本鎖を形成することができるように設計されている。
【0021】
積み降ろしゾーン40には、荷物分子30に結合した第2のssDNA31と同じ鎖長を有し、かつ、第2のssDNA31の相補鎖となって二本鎖を形成することができる第3の一本鎖ヌクレオチド(長いssDNA)41が結合されている。
【0022】
伝送路(流路)10は、ガラスやプラスチック等の基板1に、紫外線の照射や電子ビームによる直接描画等によって、ナノメータ(nm)スケールからマイクロメータ(μm)スケールの微細なパターンを形成することで、作製することができる。図1の例では、説明を容易なものとするために、単一のサークル状の流路を示しているが、本発明はこれに限定されず、所望の回路形状にパターニングすることができる。
【0023】
パターニングされた流路10上には、モーター蛋白質としてキネシン11が塗布され、固定されている。キネシン11は、ブタ脳等から採取・精製した野生型であってもよいし、ショウジョウバエやラット等に由来するモーター蛋白質発現プラスミドを大腸菌等にて発現・精製したリコンビナント型であってもよい。キネシン11を流路10に固定化するための方法は様々知られているが、例えば、リコンビナント型キネシンであれば、その尾部をビオチン化し、流路10の表面と結合し易い性質を持つBSA等の蛋白質をビオチン化してストレプトアビジンを介することで結合・固定化できる。なお、パターニングされた流路10内は、アデノシン三リン酸(ATP)やマグネシウムイオンほか、キネシン11の駆動に必要な成分が溶け込んだ水溶液で満たされている。
【0024】
パターニングされた流路10に固定化されたキネシン11上を滑走運動する微小管20には、上述したように、第1のssDNA21を、生化学的に結合する。微小管20とssDNA21とを結合する方法は様々考えられる。例えば、微小管20のカルボキシル基と、5’末端ないしは3’末端をアミノ化したssDNA21とを、架橋剤で化学的に結合してもよいし、微小管20のアミノ基と、5’末端ないしは3’末端をチオール化したssDNA21とを、架橋剤で化学的に結合してもよい。あるいは、ビオチン化した微小管20と、5’末端ないしは3’末端をビオチン化したssDNA21とを、ストレプトアビジンを介して結合してもよい。
【0025】
第1のssDNA21の鎖長は任意であるが、本実施例では12塩基とする。なお、第1のssDNA21の塩基配列は任意のもので構わないが、ヘアピンループ構造等の閉環を形成しないように、また、二本鎖形成反応が室温で生じるように選択するのが望ましい。
【0026】
荷物分子30には、第2のssDNA31を生化学的に結合する。この第2のssDNA31は、微小管20に結合した第1のssDNA21の相補鎖となって、二本鎖を形成することができ、かつ、微小管20に結合した第1のssDNA21よりも長い鎖長を持つ。本実施例では、第2のssDNA31の鎖長を、例えば32塩基とする。荷物分子30とssDNA31を結合する方法として、微小管20と第1のssDNA21を結合する方法と同様に、架橋剤の利用やビオチン−アビジン結合を利用することができる。
【0027】
荷物分子30は人工的に合成した分子であってもよいし、生体由来の分子であってもよい。図1の例では、2種類の荷物分子30A、30Bを微小管20に積載し、それぞれ対応する積み降ろしゾーン40A、40Bで積み降ろすこととする。なお、各荷物分子30A、30Bには、後述するように、異なる塩基配列の長いssDNA31A、31Bがそれぞれ結合されている。
【0028】
第1のssDNA31を結合した荷物分子30は、外部から注入・滴下される等して、流路10内の積載ゾーン50に置かれる。図1においては、積載ゾーン50が一箇所しか示されていないが、複数箇所あってもよい。短い第1のssDNA21を結合した微小管20が、第2の長いssDNA31を結合した荷物分子30の近傍を滑走運動すると、第1のssDNA21と、第2のssDNA31の間で二本鎖形成反応が生じ、荷物分子30が微小管20に積載される。
【0029】
図2は、微小管20に積載された荷物分子30Aの一例を示す。微小管20に結合された12塩基のssDNA21と、荷物分子30Aに結合された32塩基のssDNA31Aのうちの12塩基とが二本鎖を形成することで、荷物分子30Aが微小管20に積載され、牽引される。微小管20に結合された第1のssDNA21と、これと相補鎖を形成する荷物分子30Aに結合された第2のssDNA31Aの一部分(たとえば3’末端側の12塩基)の塩基配列は、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)とが組み合わさるように設計されており、ssDNA間で生じるこの二本鎖形成反応は、より安定な二本鎖を形成しようとするエネルギー状態遷移に基づく自然な生化学反応系であり、外部からの制御を必要としない。
【0030】
微小管20の滑走運動速度は、この二本鎖形成反応速度よりも低くする必要があるが、微小管20に結合する第1のssDNA21の本数や鎖長、水溶液中のATP濃度を調節することで対応できる。
【0031】
荷物分子30Aに結合する第2のssDNA31Aの長さL2は、微小管20に結合する第1のssDNA21の長さL1よりも長い(L1<L2)。さらに好ましくは、第2のssDNA31Aのうち、第1のssDNA21との相補鎖の形成に寄与しない部分の鎖長L3は、相補鎖の形成に寄与する部分の鎖長L1よりも長い(L1<L3)。これは、後述するように、積み降ろしゾーン40Aでの第3のssDNA41Aとの二本鎖形成反応への移行を容易にするためのものである。
【0032】
図1に戻って、荷物分子30Aを積載した微小管20は、パターニングした流路10に沿ってキネシン11上を滑走運動し、荷物分子30Aを目的地まで輸送する。目的地となる積み降ろしゾーン40Aの流路上には、荷物分子30Aに結合した第2のssDNA31Aの相補鎖となって二本鎖を形成することができ、かつ、第2のssDNA31Aと同一の鎖長を持つ第3のssDNA41Aが生化学的に結合されている。本実施例では、第3のssDNA41Aの鎖長は32塩基となる。
【0033】
流路10上への第3のssDNA41Aの結合・固定化には、多数のDNA断片をアレイ状に高密度で整列配置するDNAチップの技術を採用できる。荷物分子30Aを積載した微小管20が、第3のssDNA41Aを結合した目的地(積み下ろしゾーン40A)の近傍を滑走運動すると、荷物分子30Aに結合された第2のssDNA31Aのうち、二本鎖を形成せずに一本鎖のままの20塩基(5’末端側の20塩基)と、積み降ろしゾーン40Aに結合された第3のssDNA41Aとの間に生じる二本鎖形成反応が引き金となって、3’末端側の12塩基も微小管20に結合された第1のssDNA21との二本鎖を解いて、目的地(積み降ろしゾーン)40Aに結合された第3のssDNA41Aとの二本鎖の形成へと移行する。この結果、荷物分子30Aが微小管20から積み降ろされる。
【0034】
この積み降ろし動作は、一本鎖部分を有する不安定なエネルギー状態を含む牽引状態から、完全に二本鎖を形成する最も安定なエネルギー状態となる積み降ろし状態への移行を促す生化学的な力と、キネシンが微小管を滑走運動させる物理的な力とが組み合わさって実現される。
【0035】
図3は、微小管20から積み降ろしゾーン40Aに積み降ろされた荷物分子30Aを示す。積み降ろしゾーン40Aに結合された32塩基の第3のssDNA41Aと、荷物分子30Aに結合された32塩基の第2のssDNA31Aとが完全に二本鎖を形成し、荷物分子30Aは、完全に微小管20から積み降ろされている。荷物分子30Aを積み降ろした微小管20は、そのまま滑走運動を続け、流路10を循環して積載ゾーン50で新たな荷物分子を積載することができる。
【0036】
また、図1に示すように、目的地となる積み降ろしゾーンは複数箇所あってもよい。その場合、異なる積み降ろしゾーン同士では、異なる塩基配列の第3のssDNAを流路10上に固定化する。
【0037】
図4に、微小管20に異なる種類の荷物分子30Bを積載し、積み降ろしゾーン40Bで積み降ろす場合の、第2のssDNA31Bと、第3のssDNA41Bの例を示す。荷物分子30Bに結合された第2のssDNA31Bは、荷物分子30Aに結合された第2のssDNA31Aと異なる塩基配列を有する。したがって、積み降ろしゾーン40Aに結合された第3のssDNA41Aの相補鎖とはならず、二本鎖を形成することができない。そのため、積み降ろしゾーン40Aでは、荷物分子30Bの積み降ろしは行われない。一方、荷物分子30Bに結合された第2のssDNA31Bは、積み降ろしゾーン40Bに結合された第3のssDNA41Bの相補鎖となり、二本鎖を形成することができ、積み降ろしゾーン40Bで荷物分子30Bの積み降ろしが行われる。このようにして、複数種類の荷物分子を、対応する目的地ごとに振り分けて、キャリア分子から積み降ろすことができる。
【0038】
図4の例では、短いssDNA21を結合した一種類の微小管20を用いて、異なる荷物分子30A、30Bを輸送しているが、異なる塩基配列の第1のssDNA21A、21Bを結合した2種類の微小管20A、20Bを用いて、積載ゾーン50から荷物分子の振り分けを行なってもよい。
(変形例)
図5は、微小管20に結合される牽引用ヌクレオチド鎖21の変形例を示す。上述した実施例では、一本鎖であるssDNA21を微小管に結合する例を示したが、微小管20との結合側が、二本鎖となっているDNAを結合させてもよい。図5の例では、微小管20との結合側の12塩基は二本鎖を形成し(基部二本鎖21a)、端部側の12塩基は、一本鎖となっている(端部一本鎖21b)。端部の一本鎖21bで、荷物分子30に結合したssDNA31と二本鎖の形成・解除を行うことで、荷物分子30の積み降ろしを行う。このような構成を採用して、微小管20の結合側の二本鎖の塩基数を調節することで、微小管20の本体と、荷物分子30のssDNA31と二本鎖を形成することになる端部のssDNA21bとの距離を任意に調整することが可能となる。
【0039】
すなわち、荷物分子30に結合するssDNAと、微小管20に結合するssDNAとが二本鎖を形成するためには、互いにある程度近接する必要があるが、積み降ろしの関係で、微小管20に結合されるssDNA21の長さは、荷物分子30に結合するssDNA31の長さよりも短く設定しなければならない。しかし、荷物分子30と微小管20自体が近接しすぎると、荷物分子30と微小管20の双方の動きが制限され、モーター蛋白質であるキネシン11上での滑走動作の妨げとなる可能性がある。
【0040】
そこで、微小管20の結合側を安定な基部二本鎖21aとすることで、荷物分子30との連結に寄与する端部側の一本鎖21bの長さを長くしすぎることなく、微小管20と荷物分子30との間の距離を適切に保つことができる。また、微小管20の端部一本鎖21bを適切な鎖長とすることで、荷物分子30側のssDNA31を不必要に長くする必要がなくなる。ssDNAは本来不安定であるため、過度に長いssDNAを結合することは望ましくない。
【0041】
なお、周知のように、DNAの塩基配列の長さと、グアニン(G)およびシトシン(C)が塩基配列中に含まれる割合によって、DNAが二本鎖を解離する反応が起きる温度、すなわち二本鎖が熱変性して一本鎖になる温度Tm(melting temperature)が異なる。図5において、端部一本鎖21bを構成する12塩基のうち、GCの数は2個なので、GC含有率は17%となる。この場合の解離温度(Tm)は、約26℃である。
【0042】
そうすると、流路10内の溶液温度が26℃よりも若干低めの25℃前後であれば、積み降ろしゾーン40まで荷物分子30を安定して牽引するとともに、積み降ろしゾーン40においては、荷物分子30に結合するssDNA31の5’末端側の20塩基と、積み降ろし用の第3のssDNA41との二本鎖の形成をトリガとして、荷物分子30のssDNA31の3’末端側の12塩基と微小管20の端部一本鎖21bとの二本鎖の解離を、容易にすることができる。
【0043】
実際、微小管20に結合する短いssDNA21(あるいは端部一本鎖21b)のTmが室温(25℃前後)になるように塩基配列を設計するのが望ましい。温度が高すぎるとキネシンなどの蛋白質が変性し、低すぎる場合は微小管が分解(脱重合)してしまうからである。
【0044】
逆に、形成された二本鎖を解離させたくない場合は、Tmが高くなるように塩基配列を設計する。したがって、図5の微小管20に結合する基部二本鎖21aは、荷物分子の積載および積み降ろしに寄与しない部分なので、12塩基に対するGC含有率が75%、すなわちTmが50℃程度となるように設計されている。つまり、流路10内の溶液温度が50℃を超えない限り、基部二本鎖21aは解離しない。
【0045】
このように、微小管20に結合するDNAの基部二本鎖21aと端部一本鎖21bの塩基配列を適切に設計することで、荷物分子30の積載、牽引、積み降ろしを信頼性よく行なうことができる。
【0046】
なお、図5のような基部二本鎖と端部一本鎖とを有する鎖構造は、キャリア分子としての微小管20に結合される牽引用ヌクレオチド鎖への適用に限定されず、荷物分子に結合される積載用ヌクレオチド鎖31、あるいは積み降ろしゾーン40に結合される積み降ろし用ヌクレオチド鎖41に適用されてもよい。すなわち、キャリア分子20、荷物分子30、積み降ろしゾーン40に結合されるヌクレオチド鎖の少なくとも一つが、上記のような二本鎖の基部と一本鎖の端部とを有する構成であればよい。
【0047】
以上の実施例では、キャリア分子として微小管20を、モーター蛋白質としてキネシン11を、一本鎖ヌクレオチドとしてssDNA21、31、41を利用する場合を例に取って説明したが、以下のような形態であっても、同様の効果を得ることができる。
【0048】
つまり、キャリア分子として微小管を利用する場合には、モーター蛋白質としてダイニンを利用してもよい。キャリア分子としてアクチンフィラメントを利用する場合には、モーター蛋白質としてミオシンを利用し、アクチンフィラメントのプラス端に結合したゲルゾリンを介して、ssDNAをアクチンフィラメントに結合すればよい。また、キャリア分子20、荷物分子30、および目的地となる積み降ろしゾーン40に結合する一本鎖ヌクレオチドの全部もしくは一部が、一本鎖リボ核酸(ssRNA)であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、荷物分子を積載する送信側で、伝送したい情報をあらかじめ荷物分子に符号化し、荷物分子を積み降ろす受信側で、符号化された情報を復号化することで、荷物分子を情報伝達キャリアとした分子通信システムに応用することができる。この場合、例えば情報の符号化として、合成DNAや天然DNAを組み合わせて繋ぎ合わせて、伝送したい情報内容に対応した塩基配列を持つ一本鎖または二本鎖のDNAを生成する、あるいは、伝送したい情報に対応した構造(ヘアピン構造やバルジ構造など)を持つ一本鎖または二本鎖のDNAを生成する。後者の場合は、“0”のデジタル情報にはヘアピン構造を、“1”のデジタル情報にはバルジ構造をマッピングすることが考えられる。人工的なアナログ・ディジタル情報を符号化する他に、DNAが持つ生命情報そのものや、疾患細胞の治療用遺伝子などを情報として用いてもよい。
【0050】
また、例えば集積化チップ上のポンプやバルブ、センサ、リアクター等の各機能コンポーネントにおいて荷物分子の積み降ろしを行うことで、荷物分子を試薬や試料としたマイクロチップ型の生化学分析・合成システムに応用することができる。この場合、モーター蛋白質が固定された流路を所望の形状にパターニングして、回路設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施形態に係る分子伝送・分子配送システムの概略構成図である。
【図2】キャリア分子である微小管に結合した一本鎖ヌクレオチドと荷物分子に結合した一本鎖ヌクレオチドとの連結例を示す図である。
【図3】キャリア分子から積み降ろされた荷物分子の一本鎖ヌクレオチドと、積み降ろしゾーンに固定された一本鎖ヌクレオチドとの連結例を示す図である。
【図4】異なる荷物分子を振り分けに用いられる一本鎖ヌクレオチドの塩基配列例を示す図である。
【図5】微小管に結合される牽引用ヌクレオチド鎖の変形例を示す図である。
【符号の説明】
【0052】
1 基板
10 流路
11 モーター蛋白質(キネシン)
20 キャリア分子(微小管)
21 牽引用ヌクレオチド鎖
21a 基部二本鎖
21b 端部一本鎖
30A、30B 荷物分子
31A、31B 積載用一本鎖
40A、40B 積み降ろしゾーン
41A、41B 積み降ろし用一本鎖
50 積載ゾーン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヌクレオチドの二本鎖形成能を利用してキャリア分子に荷物分子を積載する積載ゾーンと、
目的地において、ヌクレオチドの二本鎖形成能および解離作用を利用して、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろす積み降ろしゾーンと
を含む分子伝送・分子配送システム。
【請求項2】
前記キャリア分子には、第1の鎖長を有する第1のヌクレオチド一本鎖を含む牽引用ヌクレオチド鎖が結合され、
前記荷物分子には、第1の鎖長よりも長い第2の鎖長を有する第2のヌクレオチド一本鎖が結合されており、
前記積載ゾーンで、前記第1のヌクレオチド一本鎖と、第2のヌクレオチド一本鎖の一部とが二本鎖を形成することによって、前記キャリア分子に荷物分子が積載されることを特徴とする請求項1に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項3】
表面にモーター蛋白質が固定された伝送路
をさらに含み、前記キャリア分子は、前記伝送路に沿って移動することを特徴とする請求項1に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項4】
前記積み降ろしゾーンには、前記第2のヌクレオチド一本鎖と同じ鎖長の第3のヌクレオチド一本鎖が固定されていることを特徴とする請求項2に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項5】
前記積み降ろしゾーンにおいて、前記第2のヌクレオチド一本鎖のうち前記第1のヌクレオチド一本鎖と二本鎖を形成していない部分のヌクレオチド一本鎖と、前記第3のヌクレオチド一本鎖との間の二本鎖の形成をトリガとして、前記キャリア分子から荷物分子が積み降ろされることを特徴とする請求項4に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項6】
前記キャリア分子は、当該キャリア分子に結合される第1のヌクレオチド一本鎖と、前記荷物分子に結合された第1のヌクレオチド一本鎖よりも長い第2のヌクレオチド一本鎖とによる第1の二本鎖の形成により、前記荷物分子を積載し、
前記目的地において、当該目的地に結合された前記第2のヌクレオチド一本鎖と同じ長さの第3のヌクレオチド一本鎖と前記第2のヌクレオチド一本鎖との間の第2の二本鎖の形成、および、当該第2の二本鎖の形成をトリガとする前記第1の二本鎖の解離作用を利用して、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろすことを特徴とする請求項1に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項7】
前記キャリア分子、荷物分子、および積み降ろしゾーンに結合されるヌクレオチド鎖の少なくともひとつは、二本鎖から成る基部と、一本鎖から成る端部とを有し、
前記基部における二本鎖が解離する温度は、前記端部に形成される二本鎖が解離する温度よりも高いことを特徴とする請求項1に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項8】
前記キャリア分子は、微小管またはアクチンフィラメントであることを特徴とする請求項1に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項9】
表面にモーター蛋白質が固定された伝送路
をさらに含み、
前記キャリア分子が微小管である場合は、前記モーター蛋白質はキネシンまたはダイニンであることを特徴とする請求項8に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項10】
表面にモーター蛋白質が固定された伝送路
をさらに含み、
前記キャリア分子がアクチンフィラメントである場合は、前記モーター蛋白質はミオシンであることを特徴とする請求項8に記載の分子伝送・分子配送システム。
【請求項11】
ヌクレオチドの二本鎖形成能を利用してキャリア分子に荷物分子を積載し、
目的地において、ヌクレオチドの二本鎖形成能および解離作用を利用して、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろす
ことを特徴とする分子伝送・分子配送方法。
【請求項12】
伝送路に固定されたモーター蛋白質上を滑走運動するキャリア分子に、第1の鎖長を有する第1のヌクレオチド一本鎖を含む牽引用ヌクレオチド鎖を結合し、
前記第1の鎖長よりも長い第2の鎖長を有する第2のヌクレオチド一本鎖が結合された荷物分子を、前記伝送路に導入し、
前記第1のヌクレオチド一本鎖と、第2のヌクレオチド一本鎖との間の二本鎖形成能を利用して、前記キャリア分子に荷物分子を積載し、
前記伝送路に沿って荷物分子を目的地まで配送する
ことを特徴とする請求項11に記載の分子伝送・分子配送方法。
【請求項13】
前記目的地に、前記第2のヌクレオチド一本鎖と同じ鎖長を有する第3のヌクレオチド一本鎖をあらかじめ固定することを特徴とする請求項12に記載の分子伝送・分子配送方法。
【請求項14】
前記積み降ろしゾーンにおいて、前記第1のヌクレオチド一本鎖と二本鎖を形成していない部分の第2のヌクレオチド一本鎖と、前記第3のヌクレオチド一本鎖との間の二本鎖の形成をトリガとして、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろすことを特徴とする請求項13に記載の分子伝送・分子配送方法。
【請求項15】
前記キャリア分子、荷物分子、および積み降ろしゾーンに結合されるヌクレオチド鎖の少なくともひとつを、二本鎖から成る基部と、一本鎖から成る端部を有する構成とし、
前記基部における二本鎖が解離する温度が、前記端部に形成される二本鎖が解離する温度よりも高くなるように塩基配列を設計することを特徴とする請求項11に記載の分子伝送・分子配送方法。
【請求項16】
前記キャリア分子に結合される第1のヌクレオチド一本鎖と、前記荷物分子に結合された第1のヌクレオチド一本鎖よりも長い第2のヌクレオチド一本鎖とによる第1の二本鎖の形成により、前記キャリア分子に前記荷物分子を積載し、
前記目的地において、当該目的地に結合された前記第2のヌクレオチド一本鎖と同じ長さの第3のヌクレオチド一本鎖と前記第2のヌクレオチド一本鎖との間の第2の二本鎖の形成、および、当該第2の二本鎖の形成をトリガとする前記第1の二本鎖の解離作用を利用して、前記キャリア分子から荷物分子を積み降ろす
ことを特徴とする請求項11に記載の分子伝送・分子配送方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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