説明

切削工具及びその製造方法

【課題】従来よりも長寿命の切削工具及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】スパイラル状またはメジアン径が0.05μm以上0.21μm以下の少なくとも一方の切りくずが出る条件で切削する際に、切削液4と共に使用する切削工具であって、基材1と、該基材1上の少なくとも切刃部に形成された硬質層2とを備え、前記切刃部の表面粗さRaが、0.175μm以上0.3μm以下である切削工具である。このような切削工具は、被削材6と切削工具との間の切削抵抗が低く、所定の大きさの切りくず5aが切刃部へ凝着し難い、長寿命の切削工具となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具、及び、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、切削加工に用いる工具において、工具の寿命向上が技術課題としてあり、耐摩耗性や耐折損性などを改善すべく、研究開発が進められている。例えば、切削工具の基材に用いられる元素組織配合や、切削工具表面に施されるコーティングの膜厚及び材料などの最適化が試みられている。
【0003】
切削工具の表面に施されるコーティングの材料としては、例えば、ダイヤモンド・ライク・カーボンや、TiAlNなどのセラミックが用いられる。上記材料で切削工具の表面にコーティングを施すことで、切削工具と被削材との間に生じる摩擦を抑制し、切削抵抗を低減させることができる。
【0004】
特許文献1に、サーメット基体の表面を、炭化チタンからなる中間層と、窒化チタンなどを含む硬質層とで被覆した切削工具用表面被覆サーメット部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭56−62960号公報(4頁27行目乃至5頁24行目)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のように、切削工具の表面にコーティングを施すことで、切削工具の寿命は延長されるが、未だ改善の余地がある。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、従来よりも長寿命の切削工具及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、スパイラル状またはメジアン径が0.05μm以上0.21μm以下の少なくとも一方の切りくずが出る条件で切削する際に、切削液と共に使用する切削工具であって、基材と、該基材上の少なくとも切刃部に形成された硬質層とを備え、前記切刃部の表面粗さRaが、0.175μm以上0.3μm以下である切削工具を提供する。
【0008】
従来、切削工具においては、切刃部の表面を平滑とすることで、切削抵抗の低減を図っていた。しかしながら、本発明者らは、鋭意検討した結果、所定サイズの切りくずが出る条件で切削する場合、切削工具の表面に適正範囲の粗度を付与することで、切削工具を長寿命化できることを見出した。
本発明によれば、切削工具の切刃部の表面が凹凸を備えることで、該凹部に切削液が保持されやすくなり、切削抵抗を低減することができる。また、上記凹部は、切りくずの排出経路としても機能するため、切りくずの切刃部への凝着、焼付きを抑制することができる。
【0009】
切刃部の表面粗さRaが0.175μm未満であると、切削液が凹部に十分量保持されにくくなるため、切削液中に分散された小さな切りくず(切粉)が切削界面に入り込んで凝着する。それによって、硬質層の摩耗などの切削不良を起こし、切削工具の寿命を低下させる。
切刃部の表面粗さRaが0.3μmよりも大きいと、凸部にスパイラル状の切りくずが引っ掛かりやすくなるとともに、切粉が凹部に堆積しやすくなるため、切削不良が発生する。また、同様の理由により摩擦係数が大きくなることから、切削抵抗および切削所要動力が増大する。従って、切刃部の表面粗さRaは、0.175μm以上0.3μm以下、好ましくは0.175μm以上0.22μm以下とされる。
切刃部には、硬質層が設けられているため、耐摩耗性の高い切削工具となる。
【0010】
本発明の一態様において、切削工具の前記硬質層の有効膜厚が、0.10μm以上3.0μm以下であることが好ましい。
「有効膜厚」とは、切刃部の表面の凹凸が硬質層の表面に設けられた場合は凹部の平均膜厚、予め凹凸が形成された基材上に硬質層が形成された場合は硬質層の平均膜厚、を意味する。
硬質層の有効膜厚が、0.10μm未満であると、所望の耐摩耗性を得ることができない。硬質層の膜厚は、切刃部の表面粗さRaの0.5倍以上であることが好ましい。凸部へかかる負荷などにより、剥離しやすくなる。
硬質層の有効膜厚が、3.0μmより厚いと、剛性力が低下し基材への接着性が弱くなり膜剥離の不具合が生じる。
【0011】
本発明は、基材上に、硬質層を形成する工程と、前記硬質層の表面をブラスト処理して、所定の凹凸を付与する工程とを備える切削工具の製造方法を提供する。
また、本発明は、基材の表面をブラスト処理して所定の凹凸を付与する工程と、前記基材のブラスト処理を施した表面上に、硬質層を形成する工程とを備える切削工具の製造方法と提供する。
【0012】
硬質層の表面をブラスト処理することで、所定の凹凸を有する表面を備えた切削工具を容易に製造することができる。
基材上に硬質層を形成する場合、硬質層の表面粗度は、下地となる基材表面の加工精度に依存する。そのため、予め所定の凹凸を付与した基材表面上に、硬質層を形成することで所定の凹凸を有する表面を備えた切削工具を製造することもできる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、切刃部の表面に適正な大きさの凹凸を設け、切削液と併用して使用することによって、被削材と切削工具との間の切削抵抗が低く、所定の大きさの切りくずが切刃部へ凝着し難い、長寿命の切削工具を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態に係る切削工具の切刃部の部分縦断面図である。
【図2】切削工具の工具寿命を示す図である。
【図3】表面粗さが小さい場合の切削工具の切刃部の縦断面概略図である。
【図4】表面粗さと摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図5】表面粗さが大きい場合の切削工具の切刃部の縦断面概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明に係る一実施形態について説明する。
本実施形態に係る切削工具は、スパイラル状またはメジアン径が0.05μm以上0.21μm以下の少なくとも一方の切りくずが出る条件で切削する際に、切削液と共に使用されて好適なものである。
本実施形態に係る切削工具は、基材と、該基材上の少なくとも切刃部に形成された硬質層とを備える。
【0016】
(第1実施形態)
図1に、本実施形態に係る切削工具の切刃部の縦断面概略図を示す。
基材1は、切削工具用の基材として従来公知のものであればいずれのものも使用することができる。例えば、WCを含む超硬合金、高速度工具鋼、コーテッド超硬合金、超微粒子超硬合金または、TiC−TiN系サーメットなどであることが好ましい。
硬質層2は、基材上に、少なくとも切刃部の表面を被覆するように設けられている。硬質層2には、金属窒化物が用いることができる。例えば、TiN、TiAlNまたはTiAlN+Crなどであることが好ましい。
硬質層2は、有効膜厚3を0.10μm以上3.0μm以下とされる。
切刃部の表面は、Ra:0.175μm以上0.3μm以下の粗度(凹凸)を有する。該凹凸の凹部は、オイルポケットとして機能する。
【0017】
切削液4には、市販の水溶性切削油(エマルションタイプまたはソルブルタイプ)を使用することができ、被削材6などに応じて適宜選択される。エマルションタイプの水溶性切削油は、切削工具や被削材6に対する付着性や親和性が良く、油性切削油に近い性質を有する。
【0018】
次に、本実施形態に係る切削工具の製造方法について説明する。
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、基材1上に硬質層2を形成する工程と、硬質層2の表面に凹凸を付与する工程とを備える。
硬質層2は、基材1上の所定の箇所に、PVD(物理蒸着)法、またはCVD(化学蒸着)法などの公知の方法を用いて形成される。例えば、イオンプレーティング法で形成された硬質層2は、特に、強力に基材1に付着した層となる。イオンプレーティング法には、カソードアーク式とホロカソード式の装置があるが、いずれの装置を用いても良い。
また、必要に応じて、硬質層2を形成させる前に、基材1の表面を超音波洗浄機などでアルカリ処理しても良い。
【0019】
硬質層2を形成させた後に、硬質層2の表面をブラスト処理して、Ra:0.175μm以上0.3μm以下の凹凸を付与する。
ブラストの条件は、例えば、材質:セラミックス、SiO、吹付け距離:50cm、エアー圧:0.3〜0.6MPa、時間:任意とされる。
なお、硬質層2を形成させた後に、硬質層2の表面がすでに上記Ra範囲の凹凸を有する場合、上記ブラスト処理を実施しなくても良い。
【0020】
本実施形態に係る切削工具は、超硬エンドミルを含む回転工具、旋削工具、などとして好適に用いることができる。
【0021】
(第2実施形態)
本実施形態に係る切削工具は、第1実施形態と同様の構成であるが、その製造方法が異なる。
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、基材1の表面に凹凸を付与する工程と、基材1の凹凸上に硬質層2を形成する工程とを備える。
【0022】
基材1の少なくとも切刃部の表面には、ブラスト処理によって所定の凹凸が付与される。所定の凹凸とは、基材1上に硬質層2を形成させた後の切削工具の表面粗さRaが0.175μm以上0.3μm以下となる大きさの凹凸とされる。ブラストの条件は、例えば、材質:セラミックス、SiO、吹付け距離:50cm、エアー圧:0.3〜0.6MPa、時間:任意とされる。投射角度としては、工具を回転させ硬質膜面に対し均一に投射する。
【0023】
硬質層2は、凹凸が形成された基材1上に、第1実施形態と同様にイオンプレーティング法などの公知の方法を用いて形成される。
【0024】
次に、本発明の好ましい実施例を比較例と共に説明する。
【0025】
(実施例1、実施例2)
基材1として、高速度工具鋼からなる4枚刃の超硬エンドミル(底刃長:約4mm)を用いた。硬質層2は、TiAlN膜とした。表1に示すように、超硬エンドミルの外径、硬質層2の膜厚および表面粗さRaの異なる切削工具を作製した。
【0026】
【表1】

【0027】
実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2を用いて、切削工具の工具寿命を測定した。被削材には、JISで規定されている鋳造用アルミニウム合金(ADC8)を用いた。
切削液には、ネオス社製のファインカットCSF100(エマルションタイプ)を用いた。切削条件は、切削加工の初期段階でメジアン径が0.05μm以上0.21μm以下の切粉が発生し、安定切削時にはスパイラル状(3〜4mm(工具底刃長相当)×厚み約0.5mm片状)の屑が連なって出てくるように適宜設定される。実施例1及び比較例1は、Aタイプのスクロール渦を切削加工した(ワークA)。実施例2及び比較例2は、Bタイプのスクロール渦を切削加工した(ワークB)。
【0028】
図2に、切削工具の工具寿命を示す。同図において、横軸は試料名、縦軸は工具寿命である。工具寿命は、ワークのコーナバリ、ビビリまたは、切刃部が折損するまでに切削加工できた部品の個数で示す。
図2によれば、実施例1及び実施例2の工具寿命は、比較例1及び比較例2と比較して、3〜9倍向上した。また、実施例1及び実施例2の工具寿命は、ワークの違いによらず、実質的に同等であった。
【0029】
図3に、表面粗さが小さい場合の切削工具の切刃部の縦断面概略図を示す。比較例1及び比較例2のように切削工具の表面粗さが小さいと、切削面に切削液4が滞留しにくい。そのため、切削液4中に分散された小さな粒子状の切りくず(切粉)5aが切削界面に入り込み、凝着する。それが切削不良につながり、工具寿命を低下させる。
一方、実施例1及び実施例2のように、切削工具の表面に適切な大きさの凹凸が設けられると、硬質層2と切削液4との親和性(濡れ広がり性)が向上するとともに、凹部に切削液4が保持されやすくなる。そのため、切削界面での摩擦を低減させることができる。また、上記凹部は、毛細管現象によって切削液の流路、及び切りくずの排出経路となり得る。そのため、切りくずが切削工具の切刃部に凝着することを抑制できるようになる。
上記結果から、切削工具の表面粗さを0.175μm以上とすると、切削工具の寿命を向上させることができることがわかった。
【0030】
また、比較例1と比較例2とを比較すると、比較例1の方が、膜厚が厚いにも関わらず、比較例2の方が、工具寿命が長かった。これは、比較例1において、硬質層2が多層膜であったため、耐摩耗性が低くなったことが原因と考えられる。従って、硬質層2は、単層膜で形成することが好ましい。
【0031】
(実施例3)
基材1として、高速度工具鋼からなる4枚刃の超硬エンドミル(外径:約12mm)を用いた。硬質層2は、平均膜厚:約2.6μmの(TiAlN+Cr)膜とした。切削工具の表面粗さRaは、0.22μmとした。
【0032】
実施例2及び実施例3の摩擦係数は、それぞれ0.45及び0.25である。実施例3は実施例2よりも表面粗さが大きいにも関わらず、摩擦係数が低い。図4に、表面粗さと摩擦係数との関係を示す。同図において横軸は、硬質層2の表面粗さRa、縦軸は摩擦係数である。一般に、切削面の境界潤滑(Dry潤滑)は、表面粗さと比例関係にあり、表面が粗いほど摩擦係数も大きくなる。しかしながら、本試験は、切削液を併用した流体潤滑下で行われている。そのため、摩擦係数と表面粗さとが比例関係とならず、図4の点線に示すように、ある特定範囲の表面粗さのときに、低い摩擦係数となったものと考えられる。
【0033】
上記結果から、切削工具の表面粗さRaを0.22μmとした場合にも、切削工具の寿命を向上させる効果が得られることを期待できる。
【0034】
切削工具の表面粗さを大きくする場合、硬質層2の有効膜厚を考慮する必要がある。耐摩耗性を得るための硬質層2の有効膜厚は、0.10μm以上3.0μm以下とされる。
図5に、表面粗さが大きい場合の切削工具の切刃部の縦断面概略図を示す。切削工具の表面粗さを大きくすると、凸部が鋭利になるため、凸部にスパイラル状の切りくず5bが引っかかり、凝着しやすくなる。また、切削工具の表面粗さを大きくすると、凹部も深くなるため、切粉5aが凹部に堆積しやすくなる。このような切削工具では、切削不良が発生しやすい。従って、切削工具の表面粗さと切りくずの大きさとの関係を考慮することは、切削工具の寿命の向上につながる。具体的には、切りくずの大きさが0.05μm以上0.21μm以下となる条件で切削加工を行った場合、切削工具の表面粗さRaを0.3μm以下とすることで、凸部への切りくずの引っかかりを抑制することができ、且つ、切削液との併用によって切粉を凹部の外へ排出することができる。
【符号の説明】
【0035】
1 基材
2 硬質層
3 有効膜厚
4 切削液
5a、5b 切りくず
6 被削材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
スパイラル状またはメジアン径が0.05μm以上0.21μm以下の少なくとも一方の切りくずが出る条件で切削する際に、切削液と共に使用する切削工具であって、
基材と、該基材上の少なくとも切刃部に形成された硬質層とを備え、
前記切刃部の表面粗さRaが、0.175μm以上0.3μm以下である切削工具。
【請求項2】
前記硬質層の有効膜厚が、0.10μm以上3.0μm以下である請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
基材上に、硬質層を形成する工程と、
前記硬質層の表面をブラスト処理して、所定の凹凸を付与する工程と、
を備える切削工具の製造方法。
【請求項4】
基材の表面をブラスト処理して所定の凹凸を付与する工程と、
前記基材のブラスト処理を施した表面上に、硬質層を形成する工程と、
を備える切削工具の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−6118(P2012−6118A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−145042(P2010−145042)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】