説明

切削工具

【課題】切刃の各位置において最適な性能を発揮できる被覆層の構成からなる切削工具を提供する。
【解決手段】 基体11の表面に被覆層10を被覆して、ノーズ切刃7および直線切刃6が配設されて、ノーズ切刃7におけるホーニングの大きさが直線切刃6(前切刃4および横切刃5)におけるホーニングの大きさよりも大きくなるように設けられ、かつ被覆層10の少なくとも表面にドロップレット12が分散して露出しているとともに、ノーズ切刃7の位置に露出するドロップレット12の平均直径が直線切刃6の位置に露出するドロップレット12の平均直径に比べて小さい切削工具1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体の表面に被覆層が形成された切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
切削工具においては、より高い耐摩耗性のために、表面に被覆層を形成して切刃の耐摩耗性を向上することが行われているが、例えば物理蒸着(PVD)法により被覆層を成膜する場合には、被覆層の表面にドロップレットが生成してしまい、このドロップレットの存在状態を制御する方法が検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、成膜条件と厚みを制御して粗大粒子(ドロップレット)の発生を抑制することが記載されている。また、特許文献2において、本出願人は、成膜の途中または終了時にボンバード処理をする等の方法を用いて、切刃(エッジ)部のドロップレットを選択的に除去する方法を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−346812号公報
【特許文献2】特開2007−118126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のように、成膜条件と厚みの制御によってドロップレットをなくした被覆層においてもさらなる耐摩耗性の向上が求められ、またこの方法では被覆層の厚みを厚くすることができないという問題があった。さらに、特許文献2のように、成膜の途中または終了時にボンバード処理を行う方法では、成膜時間が長くなるというデメリットがあり、また被覆層を厚くするとチッピングが発生することもあった。
【0006】
本発明は、切刃の各位置において最適な性能を発揮できる被覆層の構成からなる切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の切削工具は、基体の表面に被覆層を被覆して、ノーズ切刃におけるホーニングの大きさが直線切刃におけるホーニングの大きさよりも大きくなるように設けられ、かつ前記被覆層の少なくとも表面にドロップレットが分散して露出しているとともに、前記ノーズ切刃の位置に露出する前記ドロップレットの平均直径が前記直線切刃の位置に露出する前記ドロップレットの平均直径に比べて小さいことを特徴とする。
【0008】
ここで、前記被覆層の表面の前記ノーズ切刃位置に存在する前記ドロップレットの面積比率が5〜35面積%であり、前記被覆層の表面の前記直線切刃位置に存在する前記ドロップレットの面積比率が5〜50面積%であるとともに、その差が15面積%以下であることが望ましい。
【0009】
また、前記被覆層の厚みが5〜15μmであること、前記被覆層の前記ノーズ切刃の位置における厚みが前記直線切刃の位置における厚みよりも厚いことが望ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の切削工具によれば、直線切刃においては大きなドロップレットが切削加工中に被覆層から脱落して、その跡にドロップレットと同径程度のくぼみが発生する。そこに切削油が浸入するので、潤滑性が向上して切屑の排出性を高めることができる。これに対して、欠損の起きやすいノーズ切刃ではドロップレットが直線切刃に露出するドロップレットの直径に比べて小さいので、ドロップレットが脱落した跡からクラックが発生することが少なく、被覆層の欠損を抑制できる。
【0011】
ここで、上記構成において、前記被覆層の表面の前記ノーズ切刃位置に存在する前記ドロップレットの面積比率が5〜35面積%であり、前記被覆層の表面の前記直線切刃位置に存在する前記ドロップレットの面積比率が5〜50面積%であるとともに、その差が15面積%以下であることが、切刃の各位置における耐欠損性および耐摩耗性を最適化できるために望ましい。
【0012】
また、前記被覆層の厚みが5〜15μmである場合、および前記被覆層の前記ノーズ切刃の位置における厚みが前記直線切刃の位置における厚みよりも厚い場合には、被覆層の表面に露出するドロップレットの状態を上記の構成に制御することが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の切削工具の好適例である溝入加工用のスローアウェイチップについての概略斜視図である。
【図2】図1のチップを(a)上方から見た概略図、(b)先端方向から見た概略図である。
【図3】図2(a)のA−A断面図(A)、B−B断面図(B)、C−C断面図(C)である。
【図4】図3のA−A断面図の前切刃4、B−B断面図のノーズ切刃7、C−C断面図の横切刃5のそれぞれの切刃の表面から被覆層を観察したSEM写真(1)(2)(3)である。
【図5】図1のチップの被覆層の成膜方法の一例であるアークイオンプレーティング成膜装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の切削工具について、その好適例である溝入加工用のスローアウェイチップについての概略斜視図である図1、図1のチップを(a)上方から見た概略図、(b)先端方向から見た概略図である図2、図2(a)の(A)A−A断面図、(B)B−B断面図、(C)C−C断面図である図3、図3のA−A断面図の前切刃4、B−B断面図のノーズ切刃7、C−C断面図の横切刃5のそれぞれの切刃の表面から被覆層を観察したSEM写真(1)(2)(3)である図4を基に説明する。
【0015】
図1に示すように、スローアウェイチップ(以下、単にチップと称す。)1は、略直方体形状のチップ本体2と、チップ本体2の端部上面に設けられたすくい面3と、すくい面3の先端縁および両端縁にそれぞれ設けられた前切刃4および横切刃5との直線切刃6を備えており、前切刃4と横切刃5との交差部分にはノーズ切刃7が形成されている。また、図3に示すように、前切刃4と横切刃5との直線切刃6、およびノーズ切刃7にはホーニングが設けられており、チップ1は基体11の表面が被覆層10で覆われている。なお、前切刃4に続く側面には前切刃8が、横切刃5に続く側面には横逃げ面9が形成されている。また、すくい面3上にはブレーカ突起20が形成されている。
【0016】
ここで、チップ1は、図3、4に示すように、すくい面3から見たチップ1のノーズ切刃7におけるホーニングの大きさが直線切刃6(前切刃4および横切刃5)におけるホーニングの大きさよりも大きく、かつ被覆層10にはドロップレット12が分散しており、このドロップレット12が少なくとも表面に露出しているとともに、被覆層10の表面のノーズ切刃7の位置に露出するドロップレット12の平均直径が被覆層10の表面の前切刃4の位置に露出するドロップレット12の平均直径に比べて小さい構成となっている。
【0017】
これによって、直線切刃6においては大きなドロップレット12が切削加工中に被覆層10から脱落して、その跡にドロップレット12と同径程度のくぼみが発生する。そこに切削油が浸入するので、潤滑性が向上して切屑の排出性を高めることができる。これに対して、欠損の起きやすいノーズ切刃7では直線切刃6に比べてドロップレット12の直径が小さいのでドロップレット12が脱落した跡でもクラックが発生することなく、被覆層10の欠損を抑制させて耐欠損を損なわないようにできる。
【0018】
ここで、被覆層10の表面のノーズ切刃7の位置に存在するドロップレット12の面積比率が5〜35面積%であり、被覆層10の表面の直線切刃6の位置に露出するドロップレット12の面積比率が5〜50面積%であるとともに、その差が15面積%以下であることが、各切刃(4、5、7)における耐欠損性および耐摩耗性を最適化できるために望ましい。
【0019】
また、被覆層10の厚みが5〜15μmである場合、ドロップレット12を上記構成に制御することが容易である。さらに、被覆層10のノーズ切刃7の位置における厚みが前切刃4の位置における厚みよりも厚い場合も、ドロップレット12を上記構成に制御することが容易である。
【0020】
なお、チップ1は、図2、3に示すように、前切刃4におけるすくい角αがノーズ切刃7におけるすくい角αよりも大きくなっている。この構成によって、ノーズ切刃7の耐欠損性を向上させるという効果がある。
【0021】
また、チップ1を構成する基体11は、例えば超硬合金、サーメット、セラミックス、ダイヤモンド、cBN等の硬質焼結体からなる。
【0022】
(製造方法)
上記のチップを製造する方法について、その具体的な一例を挙げて説明する。まず、原料粉末を所定の割合に混合して所定の形状に成形し、焼成する。次に、この焼結体に対して所望によって表面研削加工を施した後、切刃部分にホーニング加工を施す。本発明によれば、ブラシ研磨によってホーニング加工を行うとともに、チップのノーズ切刃がブラシの毛先に対して対向する向きに載置してホーニング加工を行う。なお、ノーズ切刃が複数あるチップについては各ノーズ切刃が順にブラシの毛先に対して対向する向きとなるように載置して加工を行う。
【0023】
次に、焼成後の基体11に被覆層10を形成する。被覆層10の成膜方法としてはイオンプレーティング法等の物理蒸着(PVD)法が好適に適応可能である。詳細な成膜方法の一例について、アークイオンプレーティング成膜装置(以下、AIP装置と略す。)50の模式図である図5を参照して説明する。
【0024】
図5のAIP装置50は、真空チャンバ51の中にNやAr等のガスをガス導入口52から導入し、カソード電極53とアノード電極54とを配置して、両者間に高電圧を印加してプラズマを発生させ、このプラズマによってターゲット55から所望の金属あるいはセラミックスを蒸発させるとともにイオン化させて高エネルギー状態とし、このイオン化した金属を試料(基体11)の表面に付着させて、基体11の表面に被覆層10を被覆する構造となっている。また、図5によれば、基体11は試料支持冶具56に設けられた複数の試料支持部58それぞれにすくい面がターゲット55に対向するように載置されてタワー57が複数(図5では試料支持冶具56が8セット、タワー57が2セット図示されている。)配置された構成となっている。また、タワー57および試料支持冶具56はそれぞれ回転しており、各試料が順にターゲット55に対向して被覆層の厚みは均一となるように配慮されている。この構成によって、各試料の切刃全周の厚みばらつきを小さくできるので、全体の厚みが厚くなっても部分的に欠損しやすい部分ができにくい。
【0025】
さらに、図5によれば、基体11を加熱するためのヒータ59と、ガスを系外に排出するためのガス排出口60と、基体11にバイアス電圧を印加するためのバイアス電源61が配置されている。そして、ターゲット55を用いて、アーク放電やグロー放電などにより金属源を蒸発させイオン化すると同時に、窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスと反応させることにより、基体11の表面に被覆層10が堆積する。
【0026】
なお、ターゲット55としては、例えば、金属チタン(Ti)、金属アルミニウム(Al)、金属M(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素およびSiから選ばれる1種以上)をそれぞれ独立に含有する金属ターゲット、これらを複合化した合金ターゲット、これらの化合物粉末または焼結体からなる混合物ターゲットを用いることができる。
【0027】
また、プラズマを発生するためにはアーク放電やグロー放電などを用い、導入ガスとしては窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスを用いることができる。そして、窒素(N)ガスやアルゴン(Ar)ガスを流した状態で成膜する。また、成膜時のバイアス電圧は被覆層10の内部応力を小さくするために30〜125Vに設定することが望ましい。
【0028】
ここで、本発明においては、成膜時のバイアス電圧を50V以下、特に10〜30Vとして成膜するとともに、被覆層の厚みを5〜15μm、望ましくは8〜12μmとすることによって、上述した構成の被覆層を形成することができる。
【実施例】
【0029】
WC粉末、Co粉末、Cr粉末およびVC粉末を混合し、これにバインダとしてパラフィンを添加、造粒して平均粒径100μmの造粒粉末を調整した。次に、所定部分が図1に示す断面の形状で、図1のスローアウェイチップ(チップの厚み(成形体部の高さ)t=4.3mm、前切刃逃げ角β=4.5°、横切刃逃げ角β=6°、前切刃の角部におけるすくい角α=6.0°、前切刃の中央部におけるすくい角α=14.5°)のポジチップ(京セラ製スローアウェイチップGMM3020−040MW)の形状に成形し、この成形体を脱バインダ処理して真空焼成して、逃げ面となる側面について研削加工を行い、ブラシ研磨によるホーニング加工を行った。ブラシ研磨に際してはブラシの毛先に対する向きを加工の途中で変えながら表1の大きさとなるようにホーニング加工を行った。なお、表1においては、ホーニングの大きさをすくい面から見た際の研磨幅で示した。
【0030】
その後、図6の状態で試料を成膜装置内に載置して、窒素(N)ガスをチャンバ内に導入してPVD法によって表1に示す条件の被覆層を成膜してチップを作製した(試料No.1〜6)。
【0031】
得られたチップの被覆層の表面および断面についてSEM観察を行い、被覆層の厚み、ドロップレットの存在状態(表中、ドロップレットの粒径と記載)を観察した。結果は表1に示した。
【0032】
【表1】

【0033】
そして、このチップをホルダに装着して以下の切削試験を行い、切削性能(耐摩耗性評価、耐欠損性評価)を行った。
(耐摩耗性試験)
切削方法:溝入れ加工
被削材 :SNCM439
切削速度:200m/分
送り :0.1mm/rev
切込み :10.0mm
切削状態:湿式
評価方法:150分を上限として切削を行い、欠損が生じるまでの加工時間を評価した。なお、150分加工しても欠損しなかった試料については、そのチップの前逃げ面摩耗量を測定した。なお、前逃げ面摩耗量測定の際にはホーニング長さを摩耗量に含めないようにして測定した。
(耐欠損性試験)
切削方法:溝入れ加工
被削材 :SCM440(5mm溝×4本入り)
切削速度:150m/分
送り :0.1〜0.5mm/rev(高送り試験)
切込み :1.5mm
切削状態:乾式
評価方法:1パス毎に送りを0.03mm/revずつ上げる端面高送り試験を行い、切刃に欠損が生じた送りを測定した。結果は表2に示した。
【0034】
【表2】

【0035】
表1、2の結果から明らかなように、被覆層の厚みが5μmより薄い試料No.5ではノーズ切刃と直線切刃におけるドロップレットの平均粒径が同じとなり、ノーズ切刃と直線切刃でのホーニングの大きさが同じ試料No.6でもノーズ切刃と直線切刃におけるドロップレットの平均粒径が同じとなり、いずれも加工可能時間が短くなった。
【0036】
これに対して、本発明に従い、直線切刃におけるドロップレットの平均粒径がノーズ切刃よりも大きい試料No.1〜4では、いずれも耐欠損性および耐摩耗性に優れたものであった。
【符号の説明】
【0037】
1 スローアウェイチップ(チップ)
2 チップ本体
3 すくい面
4 前切刃
5 横切刃
6 直線切刃
7 ノーズ切刃
8 前逃げ面
9 横逃げ面
10 被覆層
11 基体
12 ドロップレット
20 ブレーカ突起
50 AIP装置
51 真空チャンバ
52 ガス導入口
53 カソード電極
54 アノード電極
55 ターゲット
56 試料支持冶具
57 タワー
58 試料支持部
59 ヒータ
60 ガス排出口
61 バイアス電源
α 前切刃のノーズ切刃近くにおけるすくい角
α 前切刃の中央部におけるすくい角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体の表面に被覆層を被覆した切削工具において、該切削工具にはノーズ切刃および直線切刃が配設され、前記ノーズ切刃におけるホーニングの大きさが前記直線切刃におけるホーニングの大きさよりも大きくなるように設けられており、かつ前記被覆層の表面にドロップレットが分散して露出しているとともに、前記ノーズ切刃の位置に露出する前記ドロップレットの平均直径が前記直線切刃の位置に露出する前記ドロップレットの平均直径に比べて小さいことを特徴とする切削工具。
【請求項2】
前記被覆層の表面の前記ノーズ切刃の位置に存在する前記ドロップレットの面積比率が5〜35面積%であり、前記被覆層の表面の前記直線切刃の位置に存在する前記ドロップレットの面積比率が5〜50面積%であるとともに、その差が15面積%以下であることを特徴とする請求項1記載の切削工具。
【請求項3】
前記被覆層の厚みが5〜15μmであることを特徴とする請求項1または2記載の切削工具。
【請求項4】
前記被覆層の前記ノーズ切刃の位置における厚みが前記直線切刃の位置における厚みよりも厚いことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか記載の切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−228016(P2010−228016A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75648(P2009−75648)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】