説明

切花の保存方法

【課題】
胡蝶蘭、デンファレの洋ラン類、ユリ、カラー等の球根植物等、花弁が白色で大きく、またその枚数が少ない品種の切花において、未染色で生花本来の白さを再現すること、また、花弁の肉厚感やみずみずしさを維持し、かつ保存に耐え得る自然な堅さを有して全体形状を保持した状態で前記切花をプリザーブドフラワーとして長期保存することである。
【解決手段】
切花1を低級アルコールを含む脱水液30に浸漬して脱水する脱水工程と、当該脱水工程の後に、前記低級アルコールを溶媒とする定着液40に浸漬して前記切花1中の組織水14を当該定着液40と置換する置換工程と、切花1を乾燥させる乾燥工程を有する切花1の保存方法であって、前記定着液40は高級アルコールとポリエチレングリコールを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胡蝶蘭、デンファレ、ユリ、カラー、アンスリウム等、花弁が白色で大きく、又その枚数が少ない品種の切花を、未染色で生花本来の白さや厚み、みずみずしさを維持し、かつ保存に耐え得る硬さを有して全体形状を保持した状態のまま、プリザーブドフラワーとして長期保存できる切花の保存方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
切花をプリザーブドフラワーとして保存する方法は、例えば、特許文献1のように、予備置換工程でメタノールやエタノール等の低級アルコールに切花を浸漬させて脱水し、その後にポリエチレングリコールのアルコール溶液に前記切花を浸漬してポリエチレングリコールと生花の組織水を置換する方法がある。又、特許文献2のように、ポリエチレングリコールモノメチルエーテル等のグリコールエーテル、エチレングリコール等の多価アルコール、及びエタノール等の低級アルコールからなる仕上げ剤に切花を浸漬させる方法もある。しかし、上記の方法では、溶液や仕上げ剤が花弁内部に浸透して透けたように見えてしまう。これらの方法では、バラ等のように一つの花に多数枚の花弁が重なり合って存在する多弁品種を用いる場合や、アルコール溶液や仕上げ剤に染料を添加することによって染色されたプリザーブドフラワーを作る場合には、花弁の「透け」は目立たず問題にならない。しかし、胡蝶蘭、白ユリ等の場合、花弁の「透け」は非常に見栄えが悪い。又、上記方法で白色の顔料を用いて胡蝶蘭や白ユリに染色(着色)を試みると、当該顔料の分子量が大きく、切花の組織内部にまで入らないため、花弁を白色にできない。更に、低級アルコールとポリエチレングリコールのみからなる溶液に、胡蝶蘭やユリ等の切花を浸漬しても、形状を保持できるだけの硬さが得られない。従って、胡蝶蘭や白ユリ等、花弁が白色で、かつ花弁の占める面積が大きく、枚数が少ない品種の切花を保存する場合には、当該生花本来の白さとみずみずしさを再現出来ず、又全体形状を保持できないため、上記方法は適さない。
【0003】
一方、特許文献3に示されるように、出土した木簡等の遺物を長期に保存する方法として、高級アルコール法がある。これは第三級ブチルアルコール等の低級アルコールで出土遺物の含浸水を置換し、更に出土遺物中の前記低級アルコールをステアリルアルコール等の高級アルコールに置換する方法である。この方法では、出土遺物中の含浸水が最終的には前記高級アルコールで置換され、前記高級アルコールが固化するので、前記出土遺物は原形を留めた状態で長期保存可能となる。しかし、この方法を白い胡蝶蘭に適用させてみると、花弁の「透け」は改善されたが、花弁が白い紙のように硬いが薄く、端部が縮れてしまい、生花本来の厚さで、適度な硬さ(形状保持力)と柔らかさを有する自然な形状を再現することはできなかった。上記の方法は、木簡のように材質が本来硬い木材で、無機的な場合には問題ないが、切花には不適である。以上のように、保存に耐え得る適度な硬さと柔らかさを有して全体形状を保持させて、かつ生花本来の白さ、肉厚感、みずみずしさを損なわないまま、切花を長期保存する方法は今までになかった。
【特許文献1】特許第3548744号公報
【特許文献2】特許第3813165号公報
【特許文献3】特許第2724047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、胡蝶蘭、デンファレ等の洋ラン類、ユリ、カラー等の球根植物等、花弁が白色で大きく、又その枚数が少ない品種の切花において、未染色で生花本来の白さを再現すること、又、花弁の肉厚感やみずみずしさを維持し、かつ保存に耐え得る自然な硬さを有して全体形状を保持した状態で前記切花をプリザーブドフラワーとして長期保存することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するための請求項1の発明は、切花を低級アルコールを含む脱水液に浸漬して脱水する脱水工程と、当該脱水工程の後に、前記低級アルコールを溶媒とする定着液に浸漬して前記切花中の組織水を当該定着液と置換する置換工程と、切花を乾燥させる乾燥工程を有する切花の保存方法であって、前記定着液は高級アルコールとポリエチレングリコールを含むことを特徴としている。
【0006】
切花をプリザーブドフラワーとして保存する方法としては、まず脱水工程で切花をメタノールやエタノール等の低級アルコールに浸漬し、切花内部の組織水を前記低級アルコールに置換することで脱水した後に、次に置換工程で前記切花を定着液に浸漬し、切花内部の低級アルコールを前記定着液で置換する。その後、乾燥工程で前記切花を乾燥させて、切花中の低級アルコールを揮発させることによって、前記切花はプリザーブドフラワーとなる。前記置換工程において、高級アルコールを含まずポリエチレングリコールのみからなる低級アルコール溶液を定着液とした場合には、乾燥させても前記花弁は内部に定着液が完全に染み渡ったように半透明状態に透けてしまう。又、特に一枚の花弁が大きい胡蝶蘭等の場合には、花弁が全体形状を保持するだけの硬さを有さず、だらりと垂れ下がってしまう。一方、ポリエチレングリコールを含まず高級アルコールのみからなる定着液の場合には、花弁は白色となって透明感はなくなるが、紙のように無機的でみずみずしさが失われ、肉厚感はなく、又花弁が丸まったり、縮れた状態で硬直してしまうので、従来の花弁の形状を保持できない。
【0007】
請求項1の発明によれば、高級アルコール及びポリエチレングリコールを溶質として含む低級アルコール溶液からなる定着液に切花を浸漬すると、前記切花の花弁は純白に再現されてみずみずしく、肉厚感があり、透けることがない。又、前記切花は、全体として適度な硬さと柔らかさを有して形状崩れすることなく、長期にわたり全体形状を保持させることが出来る。花弁が透けずに白色が再現されるのは、置換工程で加熱されて低級アルコールが気化するために花弁組織内部に微細な気泡が生じ、乾燥(冷凍)工程を経ても前記気泡が残存する結果、或いは、前記乾燥(冷凍)工程によって一気に冷却されて、高級アルコール及びポリエチレングリコールが凝固点の相違に伴う分子間の凝集力の相違等によって無数の亀裂を生じて固化(硬化)する結果、花弁内部に入射する光が前記気泡や亀裂に散乱されて白く見えることに起因すると考えられる。又、肉厚感やみずみずしさが得られるのは、高級アルコールのみならず、ポリエチレングリコールが適度に花弁内部に浸入するためである。更に、花弁等の硬さにおいて、従来の方法では、バラ等の切花の場合には、形状保持のために、花弁内部の組織水や空気を、平均分子量が1000以上の高分子量でかつ高融点のポリエチレングリコールで置換する。しかし、胡蝶蘭等の切花の場合、前記高分子量のポリエチレングリコールは花弁内部に浸入しにくい。このため、胡蝶蘭等のように前記高分子量のポリエチレングリコールで置換できない切花の場合には、分子量600程度までのポリエチレングリコールを用いるが、平均分子量1000のものに比べると常温で全体形状を保持させる効果はやや劣る。しかし、本発明では、定着液に高級アルコールが含まれていることによって、高級アルコールが切花内部に浸入して固化するために前記形状を保持することが可能となって、ポリエチレングリコールのみでは溶出する恐れのある50℃に近い環境下であっても、切花内部のポリエチレングリコールや高級アルコールが溶出することはなく全体形状が保持される。
【0008】
請求項2の発明は、請求項1に記載の発明において、前記定着液は、セチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール、セトステアリルアルコール、セラキルアルコール、キミルアルコール、バチルアルコールから選ばれる高級アルコールを1種又は複数種含むことを特徴としている。
【0009】
セチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール、セトステアリルアルコール、セラキルアルコール、キミルアルコール、バチルアルコールは、炭素数が16ないし21の高級アルコールであって、常温で固体であり、乳化剤又は乳化安定剤として化粧品のクリームや乳液等に利用されるものである。特に、セチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール、セトステアリルアルコール等は、乳化製品の白色化を促進する効果もある。請求項2の発明によれば、前記定着液に、上記の高級アルコールを1種類又は複数種類を加えることによって、花弁は透けることなく、未染色で切花本来の白色が再現される。又、上記高級アルコールは、常温で固体であり、分子量は200ないし400の範囲内にある。従って、胡蝶蘭等のように、1000以上の高分子量のポリエチレングリコールが花弁内部に浸入しにくい品種の切花でも、上記高級アルコールは十分に浸入可能であり、上記高級アルコールの作用によって、常温で形状を保持できるだけの硬さが得られる。
【0010】
請求項3の発明は、請求項1又は2に記載の発明において、前記定着液は、分子数の異なる複数種のポリエチレングリコールを含むことを特徴としている。
【0011】
ポリエチレングリコールは、エチレングリコールが重合したポリエーテルであり、平均分子量200程度のものから高分子量体まで種々あるが、汎用されるのは200ないし4000程度である。ポリエチレングリコールは、平均分子量の増加に伴って融点が上昇し、常温では液体又は固体を呈する。請求項3の発明によれば、定着液には、平均分子量の異なるポリエチレングリコールが含まれることによって、切花に異なる効果が奏される。例えば、分子量200のポリエチレングリコールは分子量が小さく、切花の組織内部に浸入し易いので、花弁の肉厚感を出すのに効果的である。ただし当該ポリエチレングリコールを多量に用いると花弁が透け易くなるので、ある程度分子量の大きい400のポリエチレングリコールも併用すると花弁の肉厚感に加えてみずみずしさも得られる。又、融点が20℃前後の分子量600のポリエチレングリコールを用いると、セチルアルコール等の高級アルコールとの相乗効果により、常温で花弁に適度な硬さと柔らかさを持たせる効果が奏される。
【0012】
請求項4の発明は、請求項1ないし3のいずれかに記載の発明において、前記定着液は、溶質成分の高級アルコールとポリエチレングリコールの総容量が定着液全容量の30ないし60%を占める低級アルコール溶液であって、前記高級アルコールとポリエチレングリコールの組成比は、30ないし70対70ないし30の範囲内にあることを特徴としている。
【0013】
定着液は、高級アルコール及びポリエチレングリコールの溶質が溶媒の低級アルコールに所定量だけ溶解した低級アルコール溶液である。切花の「白さ」及び「形状保持力」を共に具備したプリザーブドフラワーを製造するためには、前記溶質成分である高級アルコールとポリエチレングリコールの容積組成比、及び前記溶質成分総容量の定着液全容量に占める割合が大きく影響する。請求項4の発明によれば、まず、高級アルコールとポリエチレングリコールの前記組成比が上記範囲内にあれば、切花の「白さ」及び「形状保持力」が最良の状態のプリザーブドフラワーが得られる。しかし、上記の範囲を超えて高級アルコールの含有量が大きくなると、「白さ」の再現は容易になるが、花弁の厚み(肉厚感)が低下して紙のようにみずみずしさがなく、花弁の巻きや縮れを有して硬直する。一方、ポリエチレングリコールの含有量が高くなると、花弁の厚みは維持されるが、花弁は透けてしまう。更に、前記高級アルコールとポリエチレングリコールの総容量が占める割合が、定着液全容量に対して上記の範囲内にあれば、前記「白さ」及び「形状保持力」は良好になるが、前記割合が30%未満の場合には花弁の厚みが不足し、60%を超えると、例えば胡蝶蘭の場合には花弁中心のリップが萎縮する等、切花の従来形状を保持できなくなる。
【0014】
請求項5の発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の発明において、前記置換工程は、切花を液温が融点付近の定着液に浸漬後に加熱し、一定の温度条件下で行われることを特徴としている。
【0015】
脱水工程後の切花は、定着液に浸漬されて、前記切花内部の低級アルコールが定着液に置換される。切花を定着液に浸漬した際、切花内部の温度が定着液の液温よりも低く、両者の温度差が大きい場合、胡蝶蘭等花弁の表面に硬いクチクラ層を有する切花では特に、花弁内部に気泡が発生して花弁が膨らんでしまう可能性がある。このため、切花内部の温度と定着液の液温を等しくする必要がある。又、高級アルコール、ポリエチレングリコール、及び低級アルコールからなる定着液の融点は30℃前後であり、30℃前後より低温では固化するため、室温を定着液の融点よりやや高めに設定しておく。一方、切花内部の温度についても、脱水工程後の切花を前記室温の温度条件下にしばらく置くことによって前記室温と同程度にしておく。これによって、脱水工程後の切花は30℃よりやや高めの室温条件下にしばらく置かれた後、当該室温に等しい液温、即ち融点付近の液温の定着液に浸漬されることとなる。その後、前記定着液中は加熱されて、所定温度範囲内の液温条件下で置換工程が行われる。
【0016】
請求項6の発明は、請求項1ないし5のいずれかに記載の発明において、前記定着液は、加熱開始後50℃以上かつ溶媒の沸点未満の温度範囲内に維持されることを特徴としている。
【0017】
請求項6の発明によれば、切花を前記定着液に浸漬後、徐々に定着液を加熱し、定着液の溶媒である低級アルコールの沸点より1ないし4℃程度低い液温に維持しながら、所定時間切花を前記定着液に浸漬しておくことによって切花内の低級アルコールが定着液に置換される。定着液の液温が、上記温度に至った後、当該液温を維持できずに降温した場合には、その後再び昇温させても、置換工程後に得られる切花の花弁は透き通って白さを再現できない。又、定着液が上記液温よりも上昇して沸点と等しくなった場合には、溶媒が沸騰し始めるため、花弁内部からも大きな気泡が発生して花弁が破れてしまう恐れがある。定着液の液温を、前記溶媒の沸点よりも1ないし4℃低く設定し、その液温を維持すると、切花の花弁内部に存在していた液体状態の低級アルコールが定着液に置換されるだけでなく、前記低級アルコールがやや活発に気化し始めるので、花弁内部に低級アルコールの微細な気泡が発生する。前記液温が維持されれば、定着液が浸入しても気泡が消滅する可能性が低いか、或いは気泡が消滅しても、別の場所で新たな気泡が発生するため、花弁全体としては前記気泡が相当量残存する。乾燥工程において冷却されると、前記気泡を留めたまま花弁内部の高級アルコールやポリエチレングリコールが固化し、前記気泡を形成する低級アルコールは気化するので、前記気泡部分は空隙となる。この結果、花弁内に光が入射しても前記空隙で散乱されて白く見えるようになり、透けのない白さの再現が可能となる。一方、前記液温が維持されずに低下すると、前記気泡が消滅すると共に発生自体も抑制される結果、花弁内部は定着液で満たされるために、得られたプリザーブドフラワーの花弁は透けてしまい、白さを再現できない。
【0018】
請求項7の発明は、請求項1に記載の発明において、前記乾燥工程において、定着液から取り出された切花は直ちに急冷されることを特徴としている。
【0019】
請求項7の発明によれば、前記切花は、所定時間の浸漬の後に定着液から取り出されて、直ちに冷凍庫等で急冷される。このため、前記切花の花弁内部の温度は、定着液の溶媒の沸点未満の高温から急激に低下し、前記花弁内部に発生していた前記気泡は残存した状態で高級アルコール及びポリエチレングリコールが固化すると考えられる。一方、気泡を形成している低級アルコールを含めて花弁内部に存在している低級アルコールは全て気化するので、前記気泡は空隙として花弁内部に存在することとなる。又、前記高級アルコール及びポリエチレングリコールは一気に冷却されるために、両者の凝固点の相違に伴う凝縮力の違いから、無数の亀裂を生じて固化する。従って、乾燥工程を経た後も、前記空隙や亀裂の存在によって入射光が散乱されて、切花は白く見えるようになる。従って、前記切花の花弁は透けることなく白さが再現される。
【0020】
請求項8の発明は、請求項1に記載の発明において、前記脱水工程は、低級アルコール濃度の低い脱水液に切花を浸漬する仮脱水工程と、低級アルコール濃度の高い脱水液に切花を浸漬する本脱水工程の二工程からなることを特徴としている。
【0021】
純粋な低級アルコール、又は当該低級アルコールに少量の水が含まれる高濃度の低級アルコール水溶液からなる脱水液に切花を浸漬すると、花弁内部の組織水と前記低級アルコールとが接触するので、浸漬後しばらくすると前記組織水が低級アルコールに溶解する。このとき、溶解熱の発生に伴って花弁内部に大きな気泡が生じ、前記花弁が風船のように膨張する恐れがある。請求項8の発明によれば、最初の仮脱水工程では、低級アルコールが多量の水で希釈された低濃度の低級アルコール水溶液を、2回目の本脱水工程では、低級アルコールに少量又は微量の水が含まれた高濃度の低級アルコール水溶液か水を含まない低級アルコールを、それぞれ脱水液として用いることによって、前記組織水の低級アルコール(脱水液)への溶解に伴う急激な発熱反応が緩和されるので、花弁の膨張を抑制するのに効果的である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、高級アルコール及びポリエチレングリコールを含む低級アルコール溶液からなる定着液に切花を浸漬すると、前記切花の花弁は純白に再現されてみずみずしく、肉厚感があり、透けることがない。又、前記切花は、全体として適度な硬さと柔らかさを有して形状崩れすることなく、長期にわたり全体形状を保持させることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明は、プリザーブドフラワーの製造工程では採用されたことのない高級アルコールが初めて採用され、当該高級アルコールを含む定着液が用いられることによって、胡蝶蘭、ユリ等のように、従来の方法では生花本来の白さを再現することが出来なかった品種の切花にも適用可能となったプリザーブドフラワーとしての切花の保存方法である。本保存方法によって(1)花弁が透けることなく生花本来の純白色が再現されること、及び(2)前記花弁又は切花全体が本来有する形状又は外観を保持(再現)できる形状保持力を有することが満たされたプリザーブドフラワーを得ることができる。上記特性(2)の形状保持力には、1)花弁が不自然に巻いたり縮れたりすることなく、花弁が本来持つ自然な形状がそのまま保持される点と、2)花弁自体が自然な硬さと柔らかさ、又は弾力性を有しつつ、重力に従ってだらりと垂れ下がったり、触ると自在に変形されることなく、前記切花全体が本来持つ自然な姿又は外観が保持される点が含まれる。以下、最良の実施形態を挙げて本発明に係る切花の保存方法について、図1ないし図3を用いて更に詳細に説明する。図1は、本発明の切花1の保存方法に係る作業工程を示した図である。図2(イ),(ロ)は、それぞれ胡蝶蘭Aの花部分の正面図及び背面図である。 図3−A(イ) , (ロ) は、それぞれ前記作業工程における仮脱水及び本脱水工程(b),(c)と、置換工程(f)を示した図である。図3−B (ハ) , (ニ) は、それぞれ前記作業工程における乾燥工程(h)、仕上工程(i)を示した図である。図2において、プリザーブドフラワーとしての保存対象である胡蝶蘭Aは、5枚の花弁11と中央部のリップ12、及び所定長さに切断された背面側の小花茎13からなり、花弁11は、長楕円状の3片の花弁11aがリップ12を中心に広がって正三角形をなすように配置され、又、略扇状の2片の花弁11bがリップ12の上部に配された1片の前記花弁11aの長径方向を対称軸として、残り2片の前記花弁11a上に重なるように左右対称に配置された構成である。又、花弁11は純白色、リップ12は黄色である。
【0024】
まず、本保存方法を適用可能な切花1としては、胡蝶蘭、アマビリス(ミニ胡蝶蘭)、デンファレ、ユリ、カラー、アンスリウム等、花弁が白色で大きく、その枚数が少ない品種の切花が挙げられる。これらの品種は、従来の方法では花弁の白さを再現することが難しかったために、自然な外観を再現できず、特に商品化が困難であったものである。又、本方法を用いれば、赤いバラやアンスリウム、赤紫色のデンファレ、又は青やピンクのアジサイ(装飾花部分)等、本来は白色以外の切花でも、花弁を純白にすることが可能である。従って、花弁の白さが再現されることで商品化可能となる品種の切花、或いは、純白の花弁にすることで商品価値が一層向上する品種の切花全てに対して本保存方法は適用可能である。なお、本実施例では、切花1に胡蝶蘭Aを使用する場合について説明する。
【0025】
本発明に係る切花の保存方法における作業工程は、主に、切花内部の組織水を低級アルコールに置換脱水する脱水工程と、脱水工程後の切花を定着液に浸漬して前記低級アルコールを定着液に置換する置換工程と、置換工程後の切花を冷却して乾燥する乾燥工程に大別される。以下、図1及び図3−1,2を用いて各作業工程について順に説明する。まず、脱水工程の前に、脱水液槽21に収容されている脱水液30が30℃或いはそれ以上になっていることを確認し、30℃未満であれば、脱水液槽21に付設の昇温装置22を稼動させて液温調整を行う〔脱水液の温度調整(a)〕。次に、胡蝶蘭A等の切花1を準備し、当該切花1の花部分をカゴ状の容器23に重ならないように1輪又は複数輪並べて収容する。胡蝶蘭Aの場合には、正面側即ち、リップ12が上を向くように並べられる。脱水液30に浸漬した際に前記切花1が浮き上がらないように、前記カゴ状容器23上に浮上り防止用のカゴ24を前記切花1に接触しない深さまで重ねる。次に、図3−1 (イ) に示されるように、脱水液槽21中の脱水液30に、前記容器23を徐々に沈めるようにして浸漬し、蓋をして所定時間放置する〔仮脱水工程(b)、及び本脱水工程(c)〕。前記脱水液30は、メタノールやエタノール等を水で希釈した低級アルコールの水溶液である。本実施例ではメタノールを用いる。脱水液30が純粋な低級アルコールであって、例えば、冬場の17℃以下の室温に十分晒されて低温である場合、切花1を浸漬すると、切花1の花弁11内部の組織水14と前記メタノールとが接触するので、浸漬後しばらくすると、前記組織水14のメタノールへの溶解熱の発生に伴って花弁11内部に大きな気泡Vが生じ、前記花弁11が風船のように膨張する恐れがある。花弁が膨張した切花1は、それ以降の工程を経ても商品価値の高いプリザーブドフラワー1’にはならない。上記の現象は、例えば胡蝶蘭Aやフクシア等のように花弁11表面にクチクラ層を有する品種では顕著である。又、花弁11内部の温度と脱水液30の温度差が大きい場合にも顕著に発生する。このため、仮脱水工程(b)及び本脱水工程(c)の液温条件は、定着液40の融点である30℃から液温差プラス5℃の液温範囲内が望ましい。当該液温条件であれば、本脱水工程(c)後に控えている置換工程(f)において、定着液40中で花弁11内部に気泡Vが発生して花弁11が膨張してしまうことも防止可能となる。又、脱水液30は水で希釈されたメタノール水溶液を用いると、前記組織水14の脱水液30への溶解に伴う急激な発熱反応が緩和されるので、花弁11の膨張を抑制するのに効果的である。特に、メタノール濃度の異なる2種類のメタノール水溶液をそれぞれ低濃度脱水液30a、高濃度脱水液30bとして脱水工程を2回行うと、より一層上記現象が防止される。即ち、1回目の仮脱水工程では低濃度脱水液30aに、2回目の本脱水工程では高濃度脱水液30bに切花1を浸漬すると、前記脱水液30中のメタノールの濃度が段階的に大きくなるため、前記発熱反応が緩和されて花弁11の膨張が抑制される。脱水液30中のメタノールの濃度範囲は、切花1の種類や脱水液30への浸漬時間によって随時変更可能である。本実施例では、仮脱水工程(b)における低濃度脱水液30aのメタノール濃度は50重量%程度、本脱水工程(c)における高濃度脱水液30bでは95重量%以上のものを使用している。以上の条件で切花1の脱水工程を行うと、花弁11が膨張することもなく、花弁11内部の組織水14が、二段階脱水を経て最終的には高濃度脱水液30bに置換される。前記脱水工程を経ると、白色の花弁11であれば花弁11は完全に脱色されて、透けて極淡い褐色に変化する。赤や黄、紫等の有色の花弁11の場合でも当該花弁11は透けて淡い褐色に脱色される。花弁11を完全に脱色するには、花弁11の品種や大きさに応じて各脱水液30a,30bへの浸漬時間を調節すればよい。切花1が胡蝶蘭Aの場合、仮脱水工程(b)及び本脱水工程(c)のどちらも各1時間程度の浸漬時間で良い。当該浸漬時間内であれば、花弁11中央部のリップ12が脱色されることはなく、その後の工程を経ても自然な黄色が維持される。又、有色の切花1を完全に脱色させたい場合には、24時間以上の浸漬を行うことも可能である。更に、例えば、切花1が赤いアンスリウム等の場合、上記のようなメタノールのみの脱色作用では、花弁11が斑に脱色されてしまい均一な色具合にならないことがある。このような場合には、仮脱水工程(b)の低濃度脱水液30aに漂白剤を添加しておくと良い。なお、以下の説明では、脱水工程が1回のみの場合の脱水液を「脱水液30」とし、脱水工程を2回実施する場合には、仮脱水工程(b)での脱水液を「低濃度脱水液30a」、本脱水工程(c)での脱水液を「高濃度脱水液30b」と区別する。また、仮脱水工程(b)又は本脱水工程(c)で用いられる装置は、図3−1 (イ) に示される通りであって、図中「脱水液30」を「低濃度脱水液30a」又は「高濃度脱水液30b」と置き換えればよい。
【0026】
次に、置換工程(f)で使用される定着液40について説明する。定着液40は、脱水液30又は高濃度脱水液30bと同一組成のメタノール水溶液に、高級アルコールとポリエチレングリコール(以下、単に「PEG」ということもある。)が所定量ずつ溶解したものである。或いは、前記定着液40は、水を含まない高純度のメタノールに高級アルコールとPEGが所定量ずつ溶解したものでも良い。高濃度脱水液30bと同一組成のメタノール水溶液に含まれる水はメタノールに比べてはるかに少量であるため、上記いずれの組成の場合においても、定着液40は、溶媒がメタノールで、溶質が高級アルコール及びPEGのメタノール溶液であるといえる。高級アルコールとしては、セチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール、セトステアリルアルコール、セラキルアルコール、キミルアルコール、バチルアルコールから少なくとも1種類選ばれたものを用いる。これらの高級アルコールは、常温で固体であり、乳化剤又は乳化安定剤として化粧品のクリームや乳液等に利用されるものである。本実施例ではセチルアルコールを用いることとする。セチルアルコールは、構造式CH3 (CH2 15OHで表される分子量242.45の高級アルコールであって、融点(凝固点)が48ないし51℃の白色或いは無色の粒状結晶であり、100gのメタノールに対して、30℃では105g、40℃では590g、50℃以上では無限大に溶解する。一方、PEGについては、本発明では、平均分子量200、400、600の3種類のPEGを用いることとし、以下、それぞれPEG200、PEG400、PEG600という。PEGは平均分子量の増加に伴って、融点が上昇し、常温では液体又は固体を呈する。このため、異なる平均分子量のPEGを混合して定着液40に用いることによって、切花1にはそれぞれ異なる効果が奏される。PEG200は低分子量でかつ低粘度の液体であるため、切花1の組織内部に浸入しやすく、花弁11の肉厚感を出すのに効果的であるが、逆に花弁11が透け易くなる。PEG400は、凝固点4ないし8℃の液体であり、PEG200とPEG400を併用すると、花弁11の肉厚感に加えてみずみずしさも付与されて、得られるプリザーブドフラワー1’は生花のような自然な外観となる。又、花弁11の透けも改善される。PEG600は、融点が18ないし22℃の固体であり、花弁11内部に少量浸入することによって、花弁11に形状保持力を与え、常温で適度な硬さを持たせるために使用される。花弁11に硬さを与える効果は、平均分子量が1000で融点が35ないし39℃のPEG1000に比べて劣るが、例えば、胡蝶蘭A等のように、花弁11の内部組織又は表皮細胞が密で小さい場合には、PEG1000では花弁11の内部に浸入できないので、PEG600を用いる。しかし、定着液40中にはセチルアルコール等の高級アルコールも含まれているので、PEG600及びセチルアルコールとの相乗効果により、花弁11に適度な硬さと柔らかさが両方付与され、切花1の全体形状が常温でも保持される。
【0027】
次に、定着液40の構成成分の組成比について説明する。切花1の「白さ」及び「形状保持力」を共に具備したプリザーブドフラワー1’を製造するためには、前記溶質成分である高級アルコールとPEGの総容量における定着液40の全容量に占める割合、及び前記高級アルコールとPEGの容積(容量)組成比が大きく影響する。まず、高級アルコールとPEGの総容量は、定着液40の全容量の30ないし60%の範囲を占めると、前記「白さ」と「形状保持力」が良好なプリザーブドフラワー1’が得られる。本実施例の場合、セチルアルコールとPEG200、PEG400、PEG600の総容量が、当該総容量にメタノール水溶液の容量を合計した定着液40の全容量のうちの30ないし60%を占めるような定着液40を使用している。上記範囲を逸脱した場合、即ち、高級アルコールとPEGの総容量が30%未満の場合には、花弁11の厚みが不足し、60%を超えると、例えば胡蝶蘭Aの場合、花弁中心のリップ12が萎縮する等、切花1の本来の形状を保持できなくなる。セチルアルコールとPEG200,400,600の総容量が定着液全容量の40%を占めるときの定着液40が、最も効果的に「白さ」と「形状保持力」を付与できる。なお、本発明で使用可能な高級アルコールは常温で固体であるので、前記高級アルコールの容量は、融点以上に加熱して得られる液体状態での容量としている。
【0028】
又、前記高級アルコールとPEGの容積組成比においては、30ないし70対70ないし30の範囲内にある定着液を使用すると、「白さ」及び「形状保持力」の良好なプリザーブドフラワー1’が得られる。しかし、例えば前記範囲を超えてセチルアルコールの含有量がPEGに対して大きくなると、「白さ」の再現は容易になるが、花弁11の厚み(肉厚感)が低下してみずみずしさを失い、丸めた紙片のように花弁11は巻きや縮れを有して硬直する。即ち、白さは再現できるが、花弁11本来の形状を保持できない。一方、PEG200,400,600の含有量が前記範囲を超えて大きくなると、花弁11の厚みは維持されるが、花弁11は透けて生花本来の白さを再現できない。又、切花1の外観形状を保持できる程度の硬さが失われ、形状崩れを起こす。前記容積組成比において50対50、即ち、高級アルコールとPEGを等量ずつ混合した定着液40を使用した場合には、前記「白さ」と「形状保持力」の両方が最良の状態のプリザーブドフラワー1’が得られる。なお、平均分子量の異なる各PEGの含有率については、切花1の品種や所望する花弁11の厚みや硬さに応じて上記範囲内で適宜変更すればよい。
【0029】
仮脱水工程(b)、又は本脱水工程(c)が進行している間に、定着液40の温度調整(d)を行う。定着液40は、定着液槽51等に収容され、前記定着液槽51に付設の昇温装置52により加熱されるか、又は水が収容された恒温水槽53内に定着液槽51ごと入れられて、恒温水槽53内の水を介して加熱される。本実施例では、恒温水槽53内の水の温度を管理しながら、定着液40を所定温度に加熱する。定着液40は、予め定着液40の融点である30℃よりやや高めに設定しておくことで、定着液40中の高級アルコールやPEGが低級アルコール水溶液中に完全に溶解している状態にしておく。又、部屋の室温がなるべく定着液40の前記液温に近い温度になっていることを再度確認する〔室温調整(e)〕。
【0030】
脱水工程終了後、切花1が収容されたカゴ状容器23を脱水液30又は高濃度脱水液30b(以下、単に「脱水液30又は30b」という。)から引き上げた後、前記切花1をカゴ状容器23ごとポリエチレン袋等に入れて密封し、花弁11内部のメタノールが蒸発しないようにして部屋内に放置し、次の置換工程(f)に備える。脱水液30又は30bの液温が30℃より低く、定着液40との温度差が大きい場合に、前記切花1を定着液40に浸漬すると、花弁11内に大きな気泡Vができて膨張し易くなる。このような事態を避けるために、脱水液30又は30bから引上げた後に、切花1をしばらく室温(30℃前後)条件下に晒して、切花1(花弁11内部)と定着液40との温度差をできるだけ小さくしておくと良い。通常、20分程度室内に放置する。以上のように、前記各脱水液30a,30b、室内、及び定着液40の各温度をほぼ定着液40の融点である30℃前後に統一しておくことによって、全工程にわたって花弁11内部での気泡Vの発生及び花弁11の膨張が防止される。
【0031】
次に、置換工程(f)について説明する。図3−1 (ロ) に示されるように、定着液40との温度差が十分に小さくなった切花1の収容されたカゴ状容器23を、定着液槽51内の完全に液体状態で存在している定着液40に上から沈めるように浸漬させる。全ての切花1が前記定着液40に完全に浸漬したら、定着液40を徐々に加熱し始める。定着液40中の低級アルコールの沸点より1ないし4℃低い液温に維持しながら、切花1を前記定着液40に所定時間浸漬しておくことによって、花弁11内部の低級アルコールを定着液40に置換する。本実施例では、メタノールの沸点64ないし65℃を目安に、定着液40の温度を60ないし64℃を維持しながら、切花1を4時間ないし5時間程度定着液40に浸漬しておく。なお、定着液槽51内の温度分布が均一となるように、適宜定着液40を攪拌するか、或いはカゴ状容器23を上下に出し入れする。又、恒温水槽53内の水も随時攪拌する。
【0032】
定着液40の温度が60ないし64℃に至った後は、置換工程(f)終了時点まで当該液温を維持することが重要である。前記液温を維持できずに降温した場合には、その後再び昇温させても、全工程後に得られるプリザーブドフラワー1’の花弁11は透き通って生花本来の白さを再現できない。又、定着液40が上記液温よりも上昇して沸点と等しくなった場合には、定着液40中のメタノールが沸騰し始めるため、メタノールが突沸して花弁11が破れてしまう恐れがある。更に、前記液温を60ないし64℃に維持すると、切花1の花弁11内部に存在していたメタノールが定着液40に置換されてセチルアルコールやPEGが浸入するだけでなく、花弁11内部のメタノールが気化し始めるので、花弁11内部に微細なメタノールの気泡Bが発生する。前記液温が維持されれば、定着液40の浸入によって気泡Bが消滅することは少なく、或いは定着液40が浸入して気泡Bが消滅しても、別の場所で新たな気泡Bが随時発生するため、置換工程(f)終了時点で、花弁11全体としては前記気泡Bが相当量存在することとなる。この気泡Bの存在が、生花本来の白さの再現に大きな影響を与えると考えられる。出願人の実験によれば、前記液温を61ないし62℃に維持した場合が最適条件であると考えられる。一方、前記液温を60ないし64℃に維持できずに下がってしまった場合、例えば、58℃程度に下がってしまっただけで、後述のように、白さを再現できない。
【0033】
置換工程(f)終了後、定着液槽51からカゴ状容器23を引き上げる。カゴ状容器23から直ちに切花1を取り出して、形状を整え、乾燥工程(h)用の皿状容器25に並べる〔整形(g)〕。カゴ状容器23に収容されているか、或いはカゴ状容器23から取り出した直後のいずれかの時に切花1の表側に満遍なくイソプロピルアルコール等の低級アルコール類を噴霧する。これによって、切花1の表面に塗膜されている定着液40が溶解して洗い流され、花弁11表面の過剰な光沢が抑制されるので、より自然で生花らしい外観のプリザーブドフラワー1’が得られる。なお、後述するように、生花本来の白さを再現するためには、定着液40の温度と乾燥(冷凍)工程(h)における温度の差をできるだけ大きくして一気に冷却することが望ましいので、整形(g)するために切花1を室温に晒してしまう時間は可能な限り短縮することが望ましい。
【0034】
図3−2(ハ) に示されるように、整形(g)後に、切花1は直ちに冷凍庫54にて急冷される〔乾燥(冷凍)工程(h)〕。冷凍庫54は氷点下25℃に保たれている。このため、前記切花1の花弁11内部の温度は、冷凍庫54に収容されることで、定着液40の温度61ないし62℃から、整形(g)時に僅かに低下するものの、約マイナス80℃の温度差で急激に低下する。その結果、以下の現象が花弁11内部で起こっていると考えられる。まず、セチルアルコール及びPEGは、前記花弁11内部に発生していた前記気泡Bを留めた状態で瞬間的に固化し始めるが、このとき、両者の凝固点の相違に伴う凝縮力の違いから、無数の亀裂Cを生じて固化する。又、気泡Bを形成しているメタノールを含めて、花弁11内部に存在しているメタノールは全て気化するので、残存している気泡Bは空隙B’として花弁11内部に存在することとなる。定着液40から引上げられた際の切花1の花弁11は、濡れて透けたような状態であるが、冷凍庫54に収容した後、5分程度で前記花弁11は真っ白に変化する。この結果、乾燥(冷凍)工程(h)を経た後も、前記空隙B’や亀裂Cが花弁11内部に存在することによって、花弁11内部に光が入射しても散乱されて、切花1は白く見えるようになり、花弁11は透けることなく生花本来の白さの再現が可能となる。従って、花弁11内部に存在する空隙B’や亀裂Cが白さの再現には重要な役割を果たしている。なお、乾燥(冷凍)工程(h)において、白さの再現のためには、切花1を冷凍庫54に5分間程度収容しておけばよいが、メタノールを完全に気化させて切花1を十分に乾燥させるためには、冷凍庫54内に一晩ないし1日収容しておくことが望ましい。
【0035】
ここで、先の置換工程(f)において、定着液40の温度が、メタノールの沸点より1ないし4℃低い液温範囲を下回ってしまうと、花弁11は透けてしまい白さを再現できない。その理由としては、花弁11内部への定着液40の浸透により、発生した気泡Bが消滅すると同時に、前記気泡Bの発生自体も抑制されてしまうためと考えられる。又、白さの再現には、乾燥工程が冷凍工程であることも重要な要素である。乾燥工程が、例えば常温の室内で自然乾燥したり、或いは乾燥機内でメタノールを揮発させたりした場合には、白さの再現は難しい。その理由は、切花1が急激な温度変化に晒されることがないので、花弁11内部でセチルアルコールやPEGが亀裂Cを生じて固化することはなく、気泡Bも消滅して空隙B’が十分に形成されないためである。これは、定着液40から引上げた切花1を常温の室内で自然乾燥させた場合には、セチルアルコールやPEGが固化して切花1は適度に硬くなったが、花弁11は全面にわたって透けてしまい、生花本来の白さを再現できなかったことからも示唆される。
【0036】
一晩程度冷凍庫54に収容して、十分に切花1を乾燥させた後、皿状容器25を冷凍庫54から取り出して、前記切花1の仕上工程(i)を実施する。仕上工程(i)では、花弁11の表面のゴミや、整形(g)時に洗い流しきれずに残存している定着液40成分等の付着物を刷毛等で除去する。これによって、花弁11表面の過剰な光沢が取れて、より自然な生花らしい仕上りの純白のプリザーブドフラワー1’になる。図3−2 (ニ) に示されるように、出来上がったプリザーブドフラワー1’は、仕上り状況に応じて選別された後、専用容器26等に収容されて、商品として販売される。
【0037】
以上より、定着液40にセチルアルコール等の高級アルコールを加えること、当該高級アルコールとPEGの組成を最適条件にすること、液温管理を行いながら置換工程(f)を行うこと、置換工程(f)の後に直ちに乾燥(冷凍)工程(h)を経ることによって、形状保持力が付与されて切花1が本来持つ花弁11の形状や切花1全体の外観が再現されるだけでなく、切花1の本来持つ白さが再現されたプリザーブドフラワー1’を製造することができる。本発明に係るプリザーブドフラワーとしての切花1の保存方法は、花弁11の白さが再現できないために商品化できなかった品種や、従来は有色花弁であるが、白くすることで商品価値が向上する品種等の切花1にも適用できる。
【0038】
定着液40において、高級アルコールとしてセチルアルコール(花王株式会社製「カルコール6098」)、PEGとしてPEG200,400,及び600(それぞれ第一工業製薬株式会社製「PEG200」,同「PEG400」,同「PEG600」)、低級アルコールとしてメタノール(三和化学産業株式会社製「メタノール」)を使用し、各構成成分の組成比を変えた定着液40を用いて各実施例及び比較例を実施した。また、比較例1で使用したエタノールは、エタノール成分85.5%、メタノール成分13.4%、及びイソプロピルアルコール成分1.1%の組成比からなる混合エタノール(山一化学工業株式会社製「ミックスエタノールME」である。以下に、実施例1ないし4、及び比較例1及び2を示す。なお、実施例1ないし4において、以下の条件は同一である。即ち、脱水工程では、仮脱水工程(b)及び本脱水工程(c)の二段階脱水を実施し、各1時間ずつ低濃度脱水液30a及び高濃度脱水液30bに切花1を浸漬させた。置換工程(f)では、室温の各定着液40に切花1を浸漬後、30分程度で60ないし64℃の範囲まで昇温し、その後は当該液温を維持しながら、計4.5時間浸漬させた。乾燥(冷凍)工程(h)では、氷点下25℃の冷凍庫54で切花1を一晩乾燥した。なお、下記の実施例及び比較例では、100輪程度の切花1を一度に処理している。
〔実施例1〕白い胡蝶蘭の場合
セチルアルコール 16kg(融解時の容積19.8L)
PEG200 5L
PEG400 10L
PEG600 5L
メタノール 65L
白い胡蝶蘭を、容積組成比が純度99.8%メタノール5対純水4の低濃度脱水液30aに浸漬後、前記メタノール(高濃度脱水液30b)に各1時間浸漬して脱水した。次に、上記組成の定着液40に浸漬後、上記工程を経てプリザーブドフラワー1’を製造した。得られた白い胡蝶蘭のプリザーブドフラワー1’は、花弁11は純白に再現され、40ないし45℃の環境下でも胡蝶蘭本来の美しい外観を保持できた。
〔実施例2〕白い胡蝶蘭の場合(2)
セチルアルコール 15kg(融解時の容積18.6L)
PEG200 3L
PEG400 6L
PEG600 3L
純水 3L
メタノール 60L
白い胡蝶蘭を、容積組成比メタノール5対純水4の低濃度脱水液30aに浸漬後、容積組成比が純度99.8%メタノール20対純水1の高濃度脱水液30bに各1時間浸漬して脱水した。次に、上記組成の定着液40に浸漬後、上記工程を経てプリザーブドフラワー1’を製造した。得られた白い胡蝶蘭のプリザーブドフラワー1’は、花弁11は純白に再現され、40ないし45℃の環境下でも胡蝶蘭本来の美しい外観を保持できた。
〔実施例3〕白いカサブランカ(ユリ)の場合
セチルアルコール 16kg(融解時の容積19.8L)
PEG200 5L
PEG400 10L
PEG600 5L
メタノール 65L
白いカサブランカを、容積組成比メタノール5対純水4の低濃度脱水液30aに浸漬後、純度99.8%のメタノール(高濃度脱水液30b)に各1時間浸漬して脱水した。次に、上記組成の定着液40に浸漬後、上記工程を経てプリザーブドフラワー1’を製造した。得られた白いカサブランカのプリザーブドフラワー1’は、花弁11は純白に再現され、胡蝶蘭に比べると僅かに花弁は硬くなったが、40ないし45℃の環境下でもカサブランカ本来の美しい外観を保持できた。
〔実施例4〕赤紫色のデンファレの場合
セチルアルコール 16kg(融解時の容積19.8L)
PEG200 5L
PEG400 10L
PEG600 5L
メタノール 65L
赤紫色のデンファレを、容積組成比メタノール5対純水4の低濃度脱水液30aに浸漬後、純度99.8%のメタノール(高濃度脱水液30b)に各1時間浸漬して脱水した。次に、上記組成の定着液40を用いてプリザーブドフラワー1’を製造した。得られたデンファレのプリザーブドフラワー1’は、二段階の脱水工程により完全に赤紫色が脱色されて、全工程終了時には花弁11は純白となり、40ないし45℃の環境下でもデンファレ本来の美しい外観を保持できた。
〔比較例1〕脱水処理工程が無く、高級アルコールを含まない定着液の場合
メタノール 25L
エタノール 25L
PEG400 50L
白い胡蝶蘭を、二段階脱水を実施せずに、下記組成の定着液40に常温下で浸漬させた。その結果、胡蝶蘭を18時間浸漬させても花弁11には定着液40が浸透しなかった。また、前記胡蝶蘭を24時間浸漬させると、部分的に定着液40が浸透して透明化した。胡蝶蘭を定着液40から取り出して乾燥させると、定着液40が浸透した部分の花弁11には肉厚感が得られたが、浸透していない部分では前記肉厚感は得られず、薄紙状になった。また、定着液40の浸透の有無に関わらず、花弁11は軟弱化し、本来の形状は保持できなかった。
〔比較例2〕高級アルコールを多量に含む場合
セチルアルコール 10kg(融解時の容積12.4L)
PEG200 1L
PEG400 1L
PEG600 1L
メタノール 54L
白い胡蝶蘭を、容積組成比メタノール5対純水4の低濃度脱水液30aに浸漬後、純度99.8%のメタノール(高濃度脱水液30b)に各1時間浸漬して脱水した。次に、上記組成の定着液40に浸漬後、上記工程を経てプリザーブドフラワー1’を製造した。得られた白い胡蝶蘭のプリザーブドフラワー1’は、花弁11は白色に再現されたが、みずみずしさや肉厚感は失われて収縮し、硬直化した。小花茎13は干乾びたように硬く、折れ易くなった。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の切花1の保存方法に係る作業工程を示した図である。
【図2】(イ),(ロ)は、それぞれ胡蝶蘭Aの花部分の正面図及び背面図である。
【図3−1】(イ) , (ロ) は、それぞれ前記作業工程における仮脱水及び本脱水工程(b),(c)と、置換工程(f)を示した図である。
【図3−2】(ハ) , (ニ) は、それぞれ前記作業工程における乾燥工程(h)、仕上工程(i)を示した図である。
【符号の説明】
【0040】
B :気泡
B’:空隙
C :亀裂
1 :切花
1’:プリザーブドフラワー
11 :花弁
30 :脱水液
30a :低濃度脱水液
30b :高濃度脱水液
40 :定着液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切花を低級アルコールを含む脱水液に浸漬して脱水する脱水工程と、当該脱水工程の後に、前記低級アルコールを溶媒とする定着液に浸漬して前記切花中の組織水を当該定着液と置換する置換工程と、切花を乾燥させる乾燥工程を有する切花の保存方法であって、
前記定着液は高級アルコールとポリエチレングリコールを含むことを特徴とする切花の保存方法。
【請求項2】
前記定着液は、セチルアルコール、ステアリルアルコール、ベヘニルアルコール、セトステアリルアルコール、セラキルアルコール、キミルアルコール、バチルアルコールから選ばれる高級アルコールを1種又は複数種含むことを特徴とする請求項1に記載の切花の保存方法。
【請求項3】
前記定着液は、分子数の異なる複数種のポリエチレングリコールを含むことを特徴とする請求項1及び2に記載の切花の保存方法。
【請求項4】
前記定着液は、溶質成分の高級アルコールとポリエチレングリコールの総容量が定着液全容量の30ないし60%を占める低級アルコール溶液であって、前記高級アルコールとポリエチレングリコールの組成比は、30ないし70対70ないし30の範囲内にあることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の切花の保存方法。
【請求項5】
前記置換工程は、切花を液温が融点付近の定着液に浸漬した後に加熱し、一定の温度条件下で行われることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の切花の保存方法。
【請求項6】
前記定着液は、加熱開始後50℃以上かつ溶媒の沸点未満の温度範囲内に維持されることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の切花の保存方法。
【請求項7】
前記乾燥工程において、定着液から取り出された切花は直ちに急冷されることを特徴とする請求項1に記載の切花の保存方法。
【請求項8】
前記脱水工程は、低級アルコール濃度の低い脱水液に切花を浸漬する仮脱水工程と、低級アルコール濃度の高い脱水液に切花を浸漬する本脱水工程の二工程からなることを特徴とする請求項1に記載の切花の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【公開番号】特開2008−308481(P2008−308481A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−329443(P2007−329443)
【出願日】平成19年12月21日(2007.12.21)
【出願人】(501311133)タクト株式会社 (1)
【Fターム(参考)】