説明

初期乳がんモデル用動物

【課題】初期乳がんをミミックすることができ、取扱いが容易な初期乳がんモデル用動物を提供すること。
【解決手段】乳腺上皮細胞特異的にaPKCλ遺伝子をノックアウトした、初期乳がんモデル用雌非ヒト哺乳動物を提供した。本発明のモデル動物は、的確に乳がん初期状態をミミックしている。この初期乳がんは、単に乳腺上皮細胞の異常増殖により生じる初期乳がんではなく、乳腺上皮幹細胞又は前駆細胞の異常増殖により生じる初期乳がんである。
【効果】該モデル動物は、公知の乳がんモデル動物よりも取り扱いが簡便であり、また、単に異常増殖した乳腺上皮細胞を標的とした治療法や診断マーカーの探索・開発に有用なだけでなく、異常増殖した乳腺上皮幹細胞・前駆細胞を標的とした治療法や診断マーカーの探索・開発に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、初期乳がんのモデルとして用いられる初期乳がんモデル用動物に関する。本発明の初期乳がんモデル用動物は、乳がんの初期診断マーカーの検索や、乳がん治療薬のスクリーニング等に有用である。
【背景技術】
【0002】
乳がんは日本人女性の15−30人に1人がかかる日本人女性における罹患率最高のがんであり、さらに増加傾向にある。死亡率も高く、早期発見と早期治療によるその克服は、我国の国民的な課題の1つとなっている。
【0003】
がんの発見のためには、がんマーカー及びそれを測定する診断薬が有用であり、また、がんの治療のためには、抗癌剤のスクリーニングが有用である。これらのために、がんのモデル動物が用いられている。
【0004】
乳がんのモデルマウスとして、これまでに、1)乳がん責任遺伝子の改変型(例えば特許文献1)、2)ヒト進行性乳がんから樹立した細胞株を移植したヌードマウス(例えば特許文献2)及び3)発がん性物質投与により乳がんを誘導したマウス(例えば特許文献3)が知られている。しかしながら、公知の乳がんモデルマウスには、初期乳がんをミミックできない又は取り扱いが困難等の問題がある。
【0005】
一方、aPKCλ遺伝子は、細胞極性制御遺伝子として知られている。これまでに、aPKCλ遺伝子がノックアウトされたノックアウト動物が作出されており、aPKCλ遺伝子の機能が調べられている。すなわち、肝細胞特異的にaPKCλ遺伝子をノックアウトした動物では、肝臓の脂肪含量及びインシュリン感受性に変化が見られたこと(非特許文献1)、膵臓細胞特異的にaPKCλ遺伝子をノックアウトした動物では、グルコース誘導インシュリン分泌に変化が見られたこと(非特許文献2)、aPKCλ遺伝子を網膜特異的にノックアウトした動物では、網膜に異常が見られたこと(非特許文献3)及びaPKCλ遺伝子を神経上皮特異的にノックアウトした動物では、新皮質の神経形成に影響を与えることなく神経上皮細胞のアドヘレンスジャンクションが喪失すること(非特許文献4)が知られている。また、全身的にaPKCλ遺伝子をノックアウトした実験により、aPKCλ遺伝子がマウスの発生段階において必須的であることがわかっている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2003-506056号公報
【特許文献2】特表2006-519018号公報
【特許文献3】特開2003-33125号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Matsumoto, M., Ogawa, W., Akimoto, K., Inoue, H., Miyake, K., Furukawa, K., Hayashi, Y., Iguchi, H., Matsuki, Y., Hiramatsu, R., Shimano, H., Yamada, N., Ohno, S., Kasuga, M., Noda, T.Protein kinase C l in liver mediates insulin-induced SREBP-1c expression and determines both hepatic lipid content and overall insulin sensitivity. J. Clin. Invest.,112, 935-944, 2003.
【非特許文献2】Hashimoto N., Kido Y., Uchida T., Matsuda T., Suzuki K., Inoue H., Matsumoto M., Ogawa W., Maeda S., Fujihara H., Ueta Y., Uchiyama Y., Akimoto, K., Ohno S., Noda T., and Kasuga M. PKCλregulates glucose-induced insulin secretion through modulation of gene expression in pancreatic b cells.J. Clin. Invest., 115, 138-145, 2005.
【非特許文献3】Koike C., Nishida A., Akimoto K., Nakaya M., Noda T., Ohno S, Furukawa T. Function of aPKCl is differentiating photoreceptors is required for proper lamination of mouse retina.The Journal of Neuroscience 25, 10290-10298, 2005.
【非特許文献4】Imai F., Hirai S. -I., Akimoto K., Koyama H., Miyata T., Ogawa M., Noguchi S., Sasaoka T., Noda T., and Ohno S. Inactivation of aPKCl results in the loss of adherens junctions in neuroepithelial cells without affecting neurogenesis in mouse neocortex.Development 133 1735-1744, 2006
【非特許文献5】Rachel S. Soloff,, Carol Katayama,, Meei Yun Lin,, James R. Feramisco,, and Stephen M. Hedrick Targeted Deletion of Protein Kinase C Reveals a Distribution of Functions between the Two Atypical Protein Kinase C Isoforms. The Journal of Immunology 173, 3250-3260. 2004
【非特許文献6】Selbert S, Bentley DB, Melton DW, Rannie D, Lourenco P, Watson CJ and Clarke AR (1998) Efficient BLG-Cre mediated gene deletion in the mammary gland Transgenic Research 7(5), 387-396
【非特許文献7】Wagner, K.U. et al., Spatial and temporal expression of the Cre gene under the control of the MMTV-LTR in different lines of transgenic mice. Transgenic Res 10 (6), 545-553 (2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、初期乳がんをミミックすることができ、取扱いが容易な初期乳がんモデル用動物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、細胞極性制御遺伝子であるaPKCλを、乳腺上皮細胞特異的にノックアウトすることにより、初期乳がんの状態を呈する動物が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、乳腺上皮細胞特異的にaPKCλ遺伝子をノックアウトした、初期乳がんモデル用非ヒト雌哺乳動物を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、初期乳がんの状態を呈する、新規な初期乳がんモデル用動物が提供された。後述する実施例に具体的に記載される通り、組織切片の病理診断により、本発明の初期乳がんモデル用動物が的確に乳がん初期状態をミミックしていること、この初期乳がんは、単に乳腺上皮細胞の異常増殖により生じる初期乳がんではなく、乳腺上皮幹細胞又は前駆細胞の異常増殖により生じる初期乳がんであることが示された。さらに、本発明のモデル用動物では、乳腺上皮細胞内でのみaPKCλ遺伝子がノックアウトされているので、乳腺上皮細胞以外の全ての細胞では、正常な遺伝子を有しているため、このモデルを用いて、初期乳がんに特異的ながんマーカーの検索を的確に行なうことができる。さらに、下記実施例に具体的に記載されるように、本発明の初期乳がんモデル用動物では、乳がん治療に有効な市販の抗癌剤が有効であり、初期乳がんの治療に有効な新たな抗癌剤のスクリーニングに用いることもできる。本発明のモデル用動物では、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞及び分化した乳腺上皮細胞(これらを包含する乳腺上皮細胞)の異常増殖により初期乳がんが生じるので、単に異常増殖した乳腺上皮細胞を標的とした治療法や診断マーカーの探索・開発に有用なだけでなく、異常増殖した乳腺上皮幹細胞・前駆細胞を標的とした治療法や診断マーカーの探索・開発に有用である。さらに、本発明のモデル用動物は、乳腺上皮細胞内でのみaPKCλ遺伝子がノックアウトされていること以外は健常な動物と同じであるため、免疫不全のヌードマウスや、作製に発癌物質を用いる公知の乳がんモデル動物のような取扱い性の問題がない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例で作製したターゲティングベクターの遺伝子地図を示す。
【図2】実施例1で作製した初期乳がんモデルマウス(BLG-Cre(+)、aPKCλflox/flox)の乳腺を採取し、ホルマリン固定した後、パラフィン切片を作製し組織学的解析を行なった結果を示す。図2左にヘマトキシリン-エオシン(HE)染色の結果、図2右には、13週齢及び30週齢のマウスにおける埋没導管の全導管に対する割合(%)を示す。
【図3】実施例1で作製した初期乳がんモデルマウス(BLG-Cre(+)、aPKCλflox/flox)の乳腺導管のパラフィン切片を、細胞増殖のマーカー分子であるKi67に対する抗体(DAKO)を用いて免疫組織染色した。染色図を図3左に示す。図3右には、Ki67陽性細胞の相対数を示す。
【図4】ADHの形成時における抗癌剤ハーセプチン(HER、商品名、中外製薬)の効果を示す図である。左上がHE染色図、右上グラフは全導管におけるADHの割合をグラフ化したもの。
【図5】図4に示す、染色に用いた検体において、ADHでの細胞増殖におけるHERの効果を検討した結果を示す図である。細胞増殖のマーカーKi67に対する抗体で免疫組織染色を行なった。
【図6】いったん形成されたADHに対する抗癌剤ハーセプチン(HER、商品名、中外製薬)の効果を示す図である。左上がHE染色図、右上グラフは全導管におけるADHの割合をグラフ化したもの(N=4)。
【図7】図6に示す、染色に用いた検体において、細胞増殖におけるHERの効果を検討した結果を示す図である。細胞増殖のマーカーKi67に対する抗体で免疫組織染色を行なった。
【図8】ADHの形成時における別の抗癌剤タモキシフェン(TAM、Innovative Research of America)の効果を調べた結果を示す図である。右上がHE染色図、右上グラフは全導管におけるADHの割合をグラフ化したもの(N=3)。
【図9】図8に示す、染色に用いた検体において、ADHでの細胞増殖におけるTAMの効果を示す図である。細胞増殖のマーカーKi67に対する抗体で免疫組織染色を行なった。
【図10】実施例1で作製した初期乳がんモデルマウス(BLG-Cre(+)、aPKCλflox/flox)の乳腺導管のパラフィン切片を、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞のマーカーであるALDH1に対する抗体(BD Biosciences)を用いて免疫組織染色した。(a)は野生型(上段、control)及びモデルマウス(下段、BLG-aPKCλ-cKO)の染色図、(b)は全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞を含む導管数の割合をグラフ化したもの。データは平均値±s.d.(N=8, Student's t-test)。(c)は全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞数の割合をグラフ化したもの。データは平均値±s.d.(N=8, Student's t-test)
【図11】ALDH1に対する抗体を用いて、HERの効果を検討した結果を示すグラフである。左のグラフが全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞を含む導管数の割合を示す。データは平均値±s.d.(N=6, Student's t-test)。右のグラフが全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞数の割合を示す。データは平均値±s.d.(N=5, Student's t-test)。
【図12】aPKCλ遺伝子のエクソン5及びその周辺部の塩基配列を示す図である。
【図13】図12の3'側の続きの配列を示す図である。
【図14】実施例2で作製した初期乳がんモデルマウス(MMTV-Cre(+)、aPKCλflox/flox)の乳腺の組織学的解析結果を示す。Control; 健常マウス、MMTV-aPKCλ-cKO; モデルマウス。Whole mount; 全載標本像、HE; ヘマトキシリン-エオシン染色像、Ki67; 抗Ki67抗体による免疫染色像。組織像中のバーは1mm (b)、25μm (d, f)を表す。g; 全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞を含む導管数の割合をグラフ化したもの。データは平均値±s.d.(N=5, Student's t-test)。h; 全導管数あたりのKi67陽性導管数の割合をグラフ化したもの。Control及びMMTV-aPKCλ-cKOは各群の全導管に占める全Ki67陽性導管数の割合、Normal like ductはモデルマウス群の全導管に占めるKi67陽性の正常様形態様導管数の割合、ADHはモデルマウス群の全導管に占めるKi67陽性のADH導管数の割合を表す。データは平均値±s.d.(N=4, Student's t-test)。i; Ki67陽性の上皮細胞の割合をグラフ化したもの。データは平均値±s.d.(N=4, Student's t-test)。
【図15】実施例2で作製した初期乳がんモデルマウス(MMTV-Cre(+)、aPKCλflox/flox)乳腺導管のパラフィン切片を、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞のマーカーであるALDH1に対する抗体(BD Biosciences)を用いて免疫組織染色し、染色を定量した結果を示す。左;全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞を含む導管数の割合をグラフ化したもの。Control及びMMTV-aPKCλ-cKOは各群の全導管に占めるALDH1陽性導管数の割合、Normal like ductはモデルマウス群の全導管に占めるALDH1陽性の正常様形態様導管数の割合、ADHはモデルマウス群の全導管に占めるALDH1陽性のADH導管数の割合を表す。データは平均値±s.d.(N=5, Student's t-test)。右;全乳腺導管細胞数あたりのALDH1陽性細胞数の割合をグラフ化したもの。データは平均値±s.d.(N=5, Student's t-test)。Control及びMMTV-aPKCλ-cKOは各群の全導管細胞数に占めるALDH1陽性細胞数の割合、Normal like ductはモデルマウス群の全導管細胞数に占める正常様形態様導管中のALDH1陽性細胞数の割合、ADHはモデルマウス群の全導管細胞数に占めるADH導管中のALDH1陽性細胞数の割合を表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
上記の通り、本発明の初期乳がんモデル用非ヒト雌哺乳動物(以下、単に「モデル動物」と略すことがある)は、乳腺上皮細胞特異的に、すなわち、乳腺上皮細胞においてのみaPKCλ遺伝子がノックアウトされている。aPKCλ遺伝子自体は上記の通り公知であり、マウスのaPKCλ遺伝子は、例えば、GenBank Accession No. NC_000069.4及びNT_162143等に記載されている。aPKCλ遺伝子は、マウス以外にも、ヒト、ラット等の哺乳動物で知られており、これらの哺乳動物のaPKCλ遺伝子の塩基配列は、それぞれ、GenBank Accession No. NC000003.10、NC005101.2等に記載されている。なお、本発明で言う、「aPKCλ遺伝子」には、配列番号1に示す塩基配列や、上記したGenBank Accession No.に示される塩基配列以外にも、SNPs等の天然の変異体も包含される。
【0014】
本発明のモデル動物では、乳腺上皮細胞特異的に、すなわち、乳腺上皮細胞においてのみaPKCλ遺伝子がノックアウトされている。ここで、「aPKCλ遺伝子がノックアウトされている」とは、aPKCλ遺伝子の全部若しくは一部が欠失又は破壊された結果、aPKCλ遺伝子の機能が発揮されなくなっていることを意味する。
【0015】
組織特異的にaPKCλ遺伝子をノックアウトすることは、Cre/loxPシステムを用いることにより行なうことができる。Cre/loxPシステム自体は公知であり、aPKCλ遺伝子をCre/loxPシステムでノックアウトすること自体は上記非特許文献1〜4にも記載されている。
【0016】
「Cre」は、バクテリオファージP1のCreリコンビナーゼの遺伝子であり、CreリコンビナーゼはloxPと呼ばれる34塩基対の塩基配列(5'-ataacttcgtatagcatacattatacgaagttat-3'、配列番号2)を認識し、この塩基配列においてのみ遺伝子組換えを引き起こす。従って、loxPを2つの部位に挿入しておけば、2箇所のloxPで挟まれた領域が、Creリコンビナーゼによる遺伝子組換えによって染色体DNAから切り出されてしまい、その領域が欠失することになる。従って、loxP配列を、aPKCλ遺伝子の内部及び周辺部(例えばエキソン5とその前後のイントロンからなる1.61kbp)から選ばれる2つの部位に挿入しておけば、Creが発現する細胞中では、それらのloxP配列により挟まれた領域が欠失する。この欠失によりaPKCλ遺伝子がノックアウトされる部位にloxP配列を挿入しておけば、この欠失によりaPKCλ遺伝子がノックアウトされる。下記実施例では、aPKCλ遺伝子のエキソン5の5'末端よりも上流の部位と、該エキソン5の3'末端よりも下流の部位にそれぞれ挿入し、エキソン5全体を欠失させている。エキソン5は、aPKCλ遺伝子が機能を発揮するために必須の偽基質配列をコードする領域であることが知られており、エキソン5を欠失させれば、aPKCλ遺伝子を確実にノックアウトできるので好ましい。もっとも、エキソン5の一部や他のエキソンの全部又は一部を欠失させた場合でもaPKCλ遺伝子をノックアウトすることが可能である。これらの場合、欠失領域のサイズは、50数bp以上が好ましく、さらに好ましくは2000bp以下程度である。
【0017】
aPKCλ遺伝子のエキソン5とその周辺部の塩基配列を図12及び図13並びに配列番号1に示す(なお、図12及び図13と配列番号1に不一致があった場合には図12及び図13が正しい)。配列番号1に示す塩基配列中、エキソン5は、5'末端から934nt〜1019ntの領域である。
【0018】
一方、組織特異的に機能するプロモーターの支配を受けるように該プロモーターの下流にCreを連結しておけば、Creはその組織内においてのみ発現するので、その組織内においてのみ、染色体DNA中の、loxPで挟まれた領域が欠失する(CreのcDNA配列は、GenBank Accession No.NC_005856に記載されている)。すなわち、その組織内においてのみ目的の遺伝子をノックアウトすることができる。該組織以外の組織では、前記プロモーターが実質的に機能しないので、Creが発現せず、loxPでの遺伝子組み換えは起きず、従って、目的の遺伝子のノックアウトは起きない。
【0019】
本発明では、乳腺上皮細胞特異的に機能するプロモーター因子を用いればよい。ここで、プロモーター因子とは、下流に連結された遺伝子の発現を活性化するプロモーター活性を有する発現制御因子を意味し、プロモーター以外では例えばレトロウイルスの発現等を調節する末端反復配列(LTR)を挙げることができる。乳腺上皮細胞特異的に機能するプロモーター因子としては、β−ラクトグロブリン(BLG)プロモーター、マウス乳腺癌ウイルス(MMTV)末端反復配列(LTR)が知られており、本発明では、BLGプロモーター及びMMTV-LTRを好ましく利用することができる。すなわち、動物に、BLGプロモーター又はMMTV-LTRの下流にCreを連結した遺伝子(本明細書及び特許請求の範囲において、それぞれ「BLG-Cre」、「MMTV-Cre」と表記することがある。また、このような、乳腺上皮細胞特異的に機能するプロモーター因子の下流にCreを連結した遺伝子を総称して「乳腺上皮特異的プロモーター因子-Cre」と表記することがある。)を導入しておけば、その動物では、乳腺上皮細胞内でのみCreが発現する。なお、BLG-Cre又はMMTV-CreとloxPを用いて乳腺上皮特異的に特定の遺伝子を欠失させる方法自体は既に公知であり、例えば非特許文献6、7等の種々の文献に記載されている。
【0020】
本発明のモデル動物は、例えば、
(1) aPKCλ遺伝子の周辺部及び内部から選ばれる2つの部位にloxP配列を挿入したターゲティング動物と、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creを導入した、前記ターゲティング動物と同種のトランスジェニック動物を交配し、
(2) 産まれた仔動物のうち、loxP配列が挿入された遺伝子をヘテロに有し、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creをヘミに有する雄動物を選択し、
(3) 当該雄動物と、loxP配列が挿入された遺伝子をヘテロに有し、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creを有さない雌動物を交配し、
(4) 産まれた仔動物のうち、loxP配列が挿入された遺伝子をホモで有し、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creをヘミで有する動物を選択する
ことにより得ることができる。下記実施例では、
(1) aPKCλ遺伝子の周辺部及び内部から選ばれる2つの部位にloxP配列を挿入したターゲティング動物と、BLG-Creを導入した、前記ターゲティング動物と同種のトランスジェニック動物を交配し、
(2) 産まれた仔動物のうち、loxP配列が挿入された遺伝子をヘテロに有し、BLG-Creをヘミに有する雄F1動物及び、loxP配列が挿入された遺伝子をヘテロに有し、BLG-Creを有さない雌F1動物を選択し、
(3) 当該F1動物同士を、交配し、
(4) 産まれた仔動物のうち、loxP配列が挿入された遺伝子をホモで有し、BLG-Creをヘミで有する動物を選択する
ことにより得ている。あるいは、BLG-Creに代えてMMTV-Creを使用した他は上記と同様の方法により得ている。
【0021】
以下、BLG-Creを用いた場合を例として、これらの工程についてさらに詳細に説明する。なお、本発明のモデル動物の作出方法は、当業者であれば下記以外の方法も種々考えられ、下記の方法に限定されるものではない。
【0022】
aPKCλ遺伝子の内部及び周辺部から選ばれる2つの部位にloxP配列を挿入したターゲティング動物は、上記した2個のloxP配列で挟まれる領域を有するaPKCλ遺伝子又はaPKCλ遺伝子とその周辺部(以下、「aPKCλflox」と記載することがある)を含むターゲティングベクターをES細胞に導入する常法により作出することができる。ターゲティングベクターとしては、例えば、aPKCλfloxをpBluescript II SKベクターのような周知のベクターに組み込んだものを用いることができる。得られるターゲティング動物は、aPKCλfloxをヘテロで有するものである。なお、aPKCλfloxを含むターゲティングベクターを用いて組織特異的にaPKCλをノックアウトしたマウスを作出する方法は公知であり、上記の通り非特許文献1〜4に記載されている。
【0023】
一方、上記BLG-Creを導入したトランスジェニック動物も常法により作出することができ、例えば上記BLG-Creを導入したトランスジェニックマウスは非特許文献6に記載されている。このトランスジェニック動物と、前記したターゲティング動物を交配する。交配するので、当然ながら、BLG-Creを含むトランスジェニック動物と、前記したターゲティング動物とは同種の動物である。なお、MMTV-Creを導入したトランスジェニック動物も常法により作出することができ、例えばMMTV-Creを導入したトランスジェニックマウスは非特許文献7に記載され、市販もされている。
【0024】
続く第2工程では、交配で産まれた仔のうち、aPKCλfloxとBLG-Creの両者を含む雄F1動物とaPKCλfloxを有する雌F1動物を選択する。これは、aPKCλflox又はBLG-Creに特有な塩基配列を検出するサザンブロットやPCR等の常法により容易に行なうことができる。
【0025】
次の第3工程では、得られた上記F1動物同士を交配する。
【0026】
続く第4工程では、第3工程の交配で産まれた仔のうち、BLG-Creを有し、かつ、aPKCλfloxをホモで有する動物を選択する。aPKCλfloxをホモで有する動物の選択は、例えば、aPKCλfloxに特異的な配列を検出するサザンブロットやPCRを行い、一方、loxPが挿入されていないaPKCλに特異的な配列を検出するサザンブロットやPCRを行い、aPKCλfloxは検出されるが、loxPが挿入されていないaPKCλは検出されない動物を選択することにより行なうことができる。選択された動物が、本発明の初期乳がんモデル動物である。
【0027】
本発明の初期乳がんモデル動物は、後述する実施例で組織切片の病理診断により実験的に確認された通り、的確に乳がん初期状態をミミックしている。さらに、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞のマーカーであるALDH1に対する抗体を用いた免疫組織染色の結果が示す通り、本発明のモデル動物は、乳腺上皮幹細胞又は前駆細胞の異常増殖により生じた乳腺導管上皮過形成部を有しており、当該モデル用動物で生じる初期乳がんは、単に乳腺上皮細胞の異常増殖により生じる初期乳がんではなく、乳腺上皮幹細胞又は前駆細胞の異常増殖により生じる初期乳がんである。さらに、本発明のモデル動物では、乳腺上皮細胞内でのみaPKCλ遺伝子がノックアウトされているので、乳腺上皮細胞以外の全ての細胞では、正常な遺伝子を有しているため、このモデルを用いて、初期乳がんに特異的ながんマーカーの検索を的確に行なうことができる。さらに、下記実施例で実験的に確認されたとおり、本発明のモデル動物では、乳がん治療に有効な市販の抗癌剤が有効であり、初期乳がんの治療に有効な新たな抗癌剤のスクリーニングに用いることもできる。さらに、本発明のモデル動物は、乳腺上皮細胞内でのみaPKCλ遺伝子がノックアウトされていること以外は健常な動物と同じであるため、免疫不全のヌードマウスや、作製に発癌物質を用いる公知の乳がんモデル動物のような取扱い性の問題がない。従って、本発明のモデル動物は、初期乳がん状態を呈するモデル動物として、初期乳がんの診断マーカーの検索や、初期乳がんの治療剤のスクリーニングに有用である。さらに、本発明のモデル用動物では、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞及び分化した乳腺上皮細胞(これらを包含する乳腺上皮細胞)の異常増殖により初期乳がんが生じるので、単に異常増殖した乳腺上皮細胞を標的とした治療法や診断マーカーの探索・開発に有用なだけでなく、異常増殖した乳腺上皮幹細胞・前駆細胞を標的とした治療法や診断マーカーの探索・開発に有用であり、乳がんの予防及び治療に大いに貢献するものと考えられる。
【0028】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
1. 初期乳がんモデルマウスの作出(その1)
(1) ターゲティングマウスの作出
(i) ターゲティングベクターの作製
マウスaPKCλのcDNA(GenBank Accession No.NM_008857.3)をプローブとして用い、λファージ129/Svマウスゲノミックライブラリーをスクリーニングし、2個の重複クローンを単離した。ターゲティングベクターは、aPKCλ遺伝子のエキソン5の全部及びその周辺が欠失するように設計した。なお、atg開始コドンを含むエキソンがエキソン1である。第1のloxP配列(配列番号2)を、イントロン5のApaI部位(配列番号1の1870-1875nt)に挿入した。第2のloxP配列(配列番号2)が末端に連結されたポリA配列を有するpMC1neoカセット(Stratagene社)をイントロン4のEcoRV部位(配列番号1の235-240nt)に挿入した。さらに、pMC1-DTAカセットYagi et al., Proc. Natl. Acad. Sci.USA. 87, 9918-9922(1990)も連結した。これらは母体と成るベクター(名称pBluescript II SKStratagene社)のマルチクローニング部位に挿入した。得られたターゲティングベクターの遺伝子地図を図1に示す。
【0030】
(ii) 遺伝子ターゲティング
J1 ES細胞を培養し、Not1で直線化した上記ターゲティングベクターをエレクトロポレーションによりJ1 ES細胞に導入し、G418抗生物質で選択した。選択されたESクローンからゲノミックDNA(15μg)を抽出し、XbaIで消化し、エキソン5の直上流の塩基配列を有する断片(EcoRI-BglII断片0.32kbp、プローブA)をプローブとして用いたサザンブロットによりスクリーニングした。得られたESクローンで正しいターゲティングが起きたかどうかをプローブA、プローブB(SacI-EcoRI断片0.80kbp)及びプローブC(EcoRV-EcoRI断片0.78kbp)を用いたサザンブロットにより確認した。ターゲットされたクローンはさらに、neoプローブとのハイブリダイゼーションによる単一組み込みをチェックした(neoプローブ634bp)。pCre-pacの一過性発現によるloxPneoカセットの除去を行ない、Creリコンビナーゼ存在下でloxPに挟まれた領域が欠失することを確認した。これは具体的には次のようにして行なった。上記で得たESクローンにpCre-pacをエレクトロポレーションにより導入し、PCR法により、loxPneoカセットのみが除去されたクローンを得た。用いたプライマーは、次の通りであった。
AKIL55; 5'-act cat ggc agt cgc tcc tga gtg c-3'
AKIL56; 5'-tgc agc tga gag agg cag cca aag c-3'
AKIL57; 5'-gtc gtc tgt gtg cct gcc gta act g-3'
AKIL59; 5'-cgc att atc aaa gcc ctc gct ccg c-3'

Neo7; 5'-cag cgc atc gcc ttc tat cgc ctt c-3'
(neoカセットの内部に設定下流に伸びる)

Cre-1; 5'-agg ttc gtt cac tca tgg a-3' (Creの内部に設定)
Cre-2; 5'-tcg acc agt tta gtt acc c-3' (Creの内部に設定)

PCRの結果、loxPneoカセットのみが除去されたクローンは、
1)AKIL57-AKIL59 野生型アレルで256bp, aPKCλfloxアレルで320bpのDNA断片が増幅、
2)AKIL55-AKIL56野生型アレルで152bp, aPKCλfloxアレルで205bpのDNA断片が増幅、
3)Neo7-AKIL59 Neoカセットが無いため増幅されない、
4)Neo7-AKIL56 Neoカセットが無いため増幅されない、
ことに基づき採取した。
得られたESクローンが正しいかどうかをプローブA、プローブB、プローブC及びneoプローブを用いたサザンブロットにより確認した。
【0031】
上記で最終的に得られたaPKCλfloxが正しく挿入されていたESクローンをマイクロインジェクションにより野生型雌マウスから採取した胚盤胞(3日齢胚;blastcyst)に導入した。この胚盤胞を、偽妊娠させた野生型の雌仮親マウスの子宮に導入して常法に従ってキメラマウスを作成した。得られたキメラマウスの中から、アグチ色の毛色率が高い雄キメラマウスを選択し、これを野生型雌マウスと交配して、ESクローン由来のaPKCλfloxがgermline transmissionした個体を得た。この確認は各個体マウスの尻尾から抽出したgenomic DNAをPCR反応及びプローブAとBを用いたサザンブロットにより確認した。以上の工程により、aPKCλfloxをヘテロに有するメスマウスを得た。なお、aPKCλfloxをヘテロに有するメスマウスであることは、プライマーセット
AKIL62; 5'-cat gca gtg tgc tgg cat agc cac c-3'
AKIL64; 5'-aga ggc agc caa agc cct gct ctc c-3'
を用いたPCRにおいて、野生型アレルで255bp, 308bpのDNA断片が増幅されることに基づき確認した。
【0032】
(2) F1マウスの作出
(1)で得られた、aPKCλfloxをヘテロに有するメスマウスと、非特許文献6に記載された常法により作出されたBLG-Creを有するトランスジェニックマウスとを交配した。生まれた仔のうち、BLG-Creを有し、かつ、aPKCλfloxをヘテロに有するオスマウスを選択した。aPKCλfloxの存在は、上記と同様にして行なった。BLG-CreとaPKCλfloxの存在は、各個体の尻尾から抽出したgenomic DNAを鋳型としてのPCR法により確認した。PCRに用いたプライマーは、上記したAKIL62、AKIL64、Cre-1及びCre-2であり、BLG-Creを有し、かつ、aPKCλfloxをヘテロに有するマウスの確認は、
1) aPKCλflox
AKIL62-AKIL64野生型アレルで255bp, aPKCλfloxアレルで308bpのDNA断片が増幅、
2) BLG-cre
Cre-1-Cre-2でBLG-creを有している場合のみ、235bpのDNA断片が増幅することに基づき行なった。
【0033】
(3) 初期乳がんモデルマウスの作出
得られたオスマウスと、上記の通り作出したaPKCλfloxをヘテロに有するメスマウスとを交配し、BLG-Creを有し、かつ、aPKCλfloxをホモに有するメスマウスが得られた。BLG-Creを有し、aPKCλfloxをホモに有することは、上記(2)と同様に各個体の尻尾から抽出したgenomic DNAを鋳型としてのPCR法により確認した。PCRは、上記「(2)F1マウスの作出」の項に記載したプライマーセットを用い、
1)aPKCλflox
AKIL62-AKIL64 aPKCλfloxアレルがホモなので308bpのDNA断片のみが増幅、
2)BLG-cre
Cre-1-Cre-2でBLG-creを有している場合のみ、235bpのDNA断片が増幅
することに基づき確認した。
このようにして得られたBLG-Cre(+)、aPKCλflox/flox(ホモ接合)のメスマウスは、本発明の初期乳がんモデルマウスである。
【0034】
2.初期乳がんモデルマウスの作出(その2)
乳腺上皮特異的プロモーター因子として、BLGに代えてMMTV-LTRを使用し、上記1と同様に初期乳がんモデルマウスを作出した。非特許文献7に記載されたMMTV-Creを有するトランスジェニックマウスはJackson laboratory(米国)から購入した。
【0035】
上記1(1)で得られた、aPKCλfloxをヘテロに有するメスマウスと、MMTV-Creを有するトランスジェニックマウスとを交配した。生まれた仔のうち、MMTV-Creを有し、かつ、aPKCλfloxをヘテロに有するオスマウスを選択した。MMTV-CreとaPKCλfloxの存在は、上記と同様に、各個体の尻尾から抽出したgenomic DNAを鋳型としてのPCR法(プライマーはAKIL62及びAKIL64、並びにCre-1及びCre-2を使用)により確認した。
【0036】
得られたオスマウスと、aPKCλfloxをヘテロに有するメスマウスとを交配し、MMTV-Creを有し、かつ、aPKCλfloxをホモに有するメスマウスが得られた。MMTV-Creを有し、aPKCλfloxをホモに有することは、上記1(2)と同様に、各個体の尻尾から抽出したgenomic DNAを鋳型としてのPCR法(プライマーはAKIL62及びAKIL64、並びにCre-1及びCre-2を使用)により確認した。このようにして得られたMMTV-Cre(+)、aPKCλflox/flox(ホモ接合)のメスマウスは、本発明の初期乳がんモデルマウスである。
【0037】
3. 初期乳がんモデルマウスの特徴づけ(その1)
上記1で作出した初期乳がんモデルマウス(BLG-Cre(+)、aPKCλflox/flox)の各種特性を調べた。
【0038】
(1) 乳腺導管上皮の過形成
1で作製した乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウスの乳腺を採取し、ホルマリン固定した後、パラフィン切片を作製し組織学的解析を行なった。図2左にヘマトキシリン-エオシン(HE)染色の結果を示す。図2右には、13週齢及び30週齢のマウスにおける埋没導管の全導管に対する割合(%)を示す。図中、「BLG-aPKCλ-cKO」は、BLGプロモーターを用いて作出した乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウス、「Cont.」はコントロールマウス(健常マウス)についての結果を示す(以下同じ)。
【0039】
その結果、性成熟に達し、導管の伸長が停止する時期から、異型上皮細胞が乳腺導管内を埋めた病態であるatypical duct hyperplasia (ADH;過形成)が認められた。このADHは週齢を重ねると更に進行した。全導管の35%ほどでこのADHが認められた。
【0040】
(2) 乳腺導管上皮での細胞増殖亢進
ADHでは通常、細胞増殖が亢進している。そこで、実際に乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウス(BLG-aPKCλ-cKO)のADHで細胞増殖が亢進していることを確認した。方法は細胞増殖のマーカー分子であるKi67に対する抗体(DAKO)を用いて、パラフィン切片を免疫組織染色した。染色図を図3左に示す。図3右には、Ki67陽性細胞の相対数を示す。コントロール(Cont.)に比べてKOではKi67陽性細胞数が増大していた。
【0041】
(3) ハーセプチン(商品名)によるADHの抑制
ADHの形成時における抗癌剤ハーセプチン(HER、商品名、中外製薬)の効果を調べた。マウスは10週齢のマウスを用いた。投与群にはHER(10 mg/kg体重、30 mg/kg体重)を3日毎に21日間にわたり(計7回)腹腔内投与した。非投与群にはヒトIgG(Cappel)( 10 mg/kg体重、30 mg/kg体重)を用いた。21日後に解剖し形態解析を行なった。その結果、HERがKO乳腺におけるADH形成を抑制した。図4の左上がHE染色図、右上グラフは全導管におけるADHの割合をグラフ化したもの。図は全て30 mg/kg体重投与の結果を示す(N=5)。
【0042】
(4) ハーセプチン(商品名)による導管上皮細胞の異常増殖の抑制
図4に示す、染色に用いた検体において、ADHでの細胞増殖におけるHERの効果を検討した。細胞増殖のマーカーKi67に対する抗体で免疫組織染色を行なった。結果を図5に示す。HERによるKOにおける細胞増殖の抑制が確認された。
【0043】
(5) ハーセプチンによるADH阻害
いったん形成されたADHに対する抗癌剤ハーセプチン(HER、商品名、中外製薬)の効果を調べた。マウスは30週齢のマウスを用いた。投与群にはHER(30 mg/kg体重)を3日毎に21日間にわたり(計7回)腹腔内投与した。非投与群にはヒトIgG(Cappel)(30 mg/kg体重)を用いた。21日後に解剖し形態解析を行なった。その結果、ハーセプチンはいったん形成されたADHに対しても阻害効果(治療効果)を示した。図6の左上がHE染色図、右上グラフは全導管におけるADHの割合をグラフ化したもの(N=4)。
【0044】
(6) ハーセプチンによる導管上皮細胞の異常増殖の回復
図6に示す、染色に用いた検体において、細胞増殖におけるHERの効果を検討した。細胞増殖のマーカーKi67に対する抗体で免疫組織染色を行なった。結果を図7に示す。HERによるKOにおける細胞増殖の抑制が確認された(N=4)。
【0045】
(7) タモキシフェンによるADHの抑制
ADHの形成時における別の抗癌剤タモキシフェン(TAM、Innovative Research of America)の効果を調べた。マウスは10週齢のマウスを用いた。投与群にはTAM錠を外科的に皮下に投与した。非投与群には偽薬錠を同様に皮下に投与した。麻酔はネンブタール注射液(大日本製薬)1.5μL/G体重を腹腔内投与した。麻酔薬による体温の低下を防ぐため、麻酔から回復するまで白熱灯下で保温した。投与後21日に解剖し形態解析を行なった。その結果、TAMがKOにおけるADH形成を阻害した。結果を図8に示す。図8右上がHE染色図、右上グラフは全導管におけるADHの割合をグラフ化したもの(N=3)。
【0046】
(8) タモキシフェンによる細胞増殖の抑制
図8に示す、染色に用いた検体において、ADHでの細胞増殖におけるTAMの効果を検討した。細胞増殖のマーカーKi67に対する抗体で免疫組織染色を行なった。結果を図9に示す。TAMによるKOにおける細胞増殖の抑制が確認された(N=3)。
【0047】
(9) ADH部分における乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖
ALDH1は乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞のマーカーとして知られている。ALDH1に対する抗体(BD Biosciences社カタログ番号61194又は61195)を用いて、乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウスの乳腺組織切片(パラフィン切片)を免疫染色し、ALDH1の発現を調べた。免疫組織染色は、Cell Stem Cell 1, 555-567 (2007)に記載の方法を改良して行なった。一次抗体としてanti-ALDH マウスモノクロナール抗体(BD Biosciences社カタログ番号61194もしくは61195)、二次抗体としてPO結合抗マウス抗体を用い、CSAII kit.(DAKO社、カタログ番号K1497)を用いて添付のプロトコールに従いシグナルの増幅を行なった。
【0048】
染色図を図10(a)に示す。上段は野生型マウス(control)、下段が乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウス(KO)の乳腺組織切片の染色図である。矢印で示す部分が抗体で染色されたALDH1陽性細胞である。
【0049】
図10中の(b)及び(c)は(a)の染色を市販のソフトウェアを用いて定量した結果である。(b)が全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞を含む導管数の割合、(c)が全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞数の割合を示す。(b)によると、KO群ではALDH1陽性細胞を含む導管数の割合が有意に増大していた。KO群において、ALDH1陽性細胞を含む全導管を正常様形態様導管(Normal like duct)とADH部分(ADH)に分けたところ、ADH部分で有意にALDH1陽性細胞を含む導管の割合が増大していた(n=8, Student's t-test)。また、(c)によると、KO群ではALDH1陽性細胞数の割合が有意に増大していた。全ALDH1陽性細胞数を正常様形態様導管における陽性細胞数(Normal like duct)とADH部分陽性細胞数(ADH)に分けたところ、ADH部分で有意にALDH1陽性細胞数の割合が増大していた(n=8, Student's t-test)。
【0050】
以上の結果から、乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウスでは乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖がADH部分で起きていることが示された。また、これらの結果は、ADHの原因が乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖であることを強く示唆している。
【0051】
(10) ハーセプチンによる乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖の抑制
上記(9)と同様にALDH1抗体による免疫組織染色を行ない、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖におけるハーセプチン(HER)の効果を検討した。HERは10週齢マウスに濃度30mg/kg体重になるように生理食塩水に溶解して3日毎に21日間(3週間)腹腔内投与した。投与開始後21日目に検体を作成し、(9)と同様にALDH1染色を行ない定量化した。コントロールにはヒトIgGを同様に処理して用いた。
【0052】
結果を図11に示す。左グラフは、全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞を含む導管数の割合を示す。HER非投与のKO群(KO)で認められるALDH1陽性細胞を含む全導管数の増大は、HER投与KO群(KO+HER)で抑制されていた。上記(9)と同様に、ALDH1陽性細胞を含む導管を正常様形態様導管(Normal like duct)とADH部分(ADH)とに分けたところ、それぞれの割合もHER投与により抑制されていた(n=6, Student's t-test)。右グラフは、全乳腺導管数あたりのALDH1陽性細胞数の割合を示す。上記(9)と同様に、正常様形態様導管の陽性細胞数(Normal like duct)とADH部分の陽性細胞数(ADH)に分けて評価したところ、それぞれの割合もHER投与により抑制されていた(n=5, Student's t-test)。
【0053】
以上から、ADHの原因が乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖であることがわかった。同時に乳腺上皮幹細胞・前駆細胞もしくは癌幹細胞を標的とした治療法の有効性を示し、そのような抗癌剤のスクリーニングや従来治療法の改善にこのモデルマウスが有効であることを示す。
【0054】
4. 初期乳がんモデルマウスの特徴づけ(その2)
上記2で作出した初期乳がんモデルマウス(MMTV-Cre(+)、aPKCλflox/flox)の各種特性を上記3と同様に調べた。
【0055】
(1) aPKCλノックアウトマウス乳腺の組織学的解析
性成熟に達した14週齢の未交尾コントロールマウス及び上記2で作出したaPKCλノックアウトマウス(MMTV-aPKCλ-cKO)から乳腺を採取し、ホルマリン固定した後、パラフィン切片を作製して組織学的解析を行なった。結果を図14に示す。図中、「MMTV-aPKCλ-cKO」は、MMTV-LTRを用いて作出した乳腺上皮特異的aPKCλ遺伝子欠損マウス、「Cont.」はコントロールマウス(健常マウス)についての結果を示す(以下同じ)。全載標本像(Whole mount)によると、ノックアウトマウスでは導管の異常な分岐を伴う過形成病変が観察された(図14b)。ヘマトキシリン-エオシン(HE)染色の結果、MMTV-LTRを用いたノックアウトマウスでも、異型上皮細胞が乳腺導管内を埋めた病態であるADHが認められた(図14c, d, g)。また、細胞増殖のマーカー分子であるKi67に対する抗体を用いた免疫組織染色の結果、ノックアウトマウスではコントロールよりもKi67陽性細胞数が有意に増大していた(図14e, f, h, i)。このように、MMTV-Creマウスを用いて乳腺上皮特異的にaPKCλ遺伝子を欠損させても、BLG-Creマウスを用いた場合と同様に初期乳がんが生じた。
【0056】
(2) ADH部分における乳腺上皮幹細胞・前駆細胞又は癌幹細胞の異常増殖
上記3(9)と同様に、ALDH1に対する抗体を用いてMMTV-aPKCλ-cKOマウス(14週齢、未交尾)の乳腺組織切片を免疫染色し、市販のソフトウェアを用いて染色を定量した。KO群において観察された、ALDH1陽性細胞を含む全導管及び全ALDH1陽性細胞数を、正常様形態様導管(Normal like duct)とADH部分(ADH)に分けて評価した。その結果を図15に示す。BLG-Creマウスを用いた場合(図10)と同様に、KO群のADH部分では、ALDH1陽性細胞を含む導管の割合及びALDH1陽性細胞数の割合がコントロールよりも有意に増大していた。このように、MMTV-aPKCλ-cKOマウスでも、乳腺上皮幹細胞・前駆細胞もしくは癌幹細胞の異常増殖がADH部分で起きていることが示された。また、これらの結果は、ADHの原因が乳腺上皮幹細胞・前駆細胞もしくは癌幹細胞の異常増殖であることを強く示唆している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳腺上皮細胞特異的にaPKCλ遺伝子をノックアウトした、初期乳がんモデル用雌非ヒト哺乳動物。
【請求項2】
前記動物は乳腺上皮幹細胞又は前駆細胞の異常増殖により生じた乳腺導管上皮過形成部を有する請求項1記載の初期乳がんモデル用動物。
【請求項3】
前記動物は、aPKCλ遺伝子の内部及び周辺部から選ばれる2つの部位にloxP配列が挿入された領域と、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Cre領域とを染色体DNA中に含み、乳腺上皮細胞中で、前記2つのloxP配列に挟まれた領域を欠失することによりaPKCλ遺伝子が乳腺上皮細胞特異的にノックアウトされたものである請求項1又は2記載の初期乳がんモデル用動物。
【請求項4】
前記loxP配列は、aPKCλ遺伝子のエキソン5の5'末端より上流の部位及びaPKCλ遺伝子のエキソン5の3'末端より下流の部位に挿入され、前記初期乳がんモデル用動物の乳腺上皮細胞内では、aPKCλ遺伝子のエキソン5が欠失する請求項3記載の初期乳がんモデル用動物。
【請求項5】
前記動物は、
(1) aPKCλ遺伝子の周辺部及び内部から選ばれる2つの部位にloxP配列を挿入したターゲティング動物と、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creを導入した、前記ターゲティング動物と同種のトランスジェニック動物を交配し、
(2) 産まれた仔動物のうち、loxP配列が挿入された遺伝子をヘテロに有し、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creをヘミに有する雄動物を選択し、
(3) 当該雄動物と、loxP配列が挿入された遺伝子をヘテロに有し、乳腺上皮特異的プロモーター因子-Creを有さない雌動物を交配し、
(4) 産まれた仔動物のうち、loxP配列が挿入された遺伝子をホモで有し、乳腺上皮特異的プロモーター-Creをヘミで有する動物を選択することにより得られた動物である請求項3又は4記載の初期乳がんモデル用動物。
【請求項6】
前記乳腺上皮特異的プロモーター因子がβ−ラクトグロブリンプロモーター又はMMTV-LTRである請求項1ないし5のいずれか1項に記載の初期乳がんモデル用動物。
【請求項7】
前記動物がマウスである請求項1ないし6のいずれか1項に記載の初期乳がんモデル用動物。

【図1】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2011−54(P2011−54A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−145675(P2009−145675)
【出願日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(独立行政法人科学技術振興機構(JST)平成20年度地域イノベーション創出総合支援事業 シーズ発掘試験の委託研究の成果、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】