説明

前立腺癌の診断方法

【課題】 診断対象者に侵襲を与えることなく行うことができる、精度の高い前立腺癌の診断方法を提供すること。
【解決手段】 本発明のプロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法は、銅イオン固定化チップ、陰イオン交換チップ、陽イオン交換チップの少なくともいずれかのチップと診断対象者から採取した尿を反応させることにより、尿中に含まれるタンパク質をチップと相互作用させ、チップと結合したタンパク質の中で前立腺癌患者と健常人の間で発現量が異なるタンパク質を診断マーカーとしてその発現量をもとに判定を行うことを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺癌はこれまで欧米人に多い癌とされてきたが、近年、食生活の欧米化などといった生活習慣の変化に伴い、日本においても前立腺癌は増加の一途をたどっている。前立腺癌の診断方法としては、血液中の前立腺特異抗原(Prostate Specific Antigen:PSA)を腫瘍マーカーとして調べる方法がよく知られているが、PSAにもとづく診断は偽陽性が多いことから、この診断において癌の疑いが高いと判定された対象者にはさらに前立腺バイオプシーを行った上で最終判定がなされるのが一般的である。
PSAにもとづく診断と前立腺バイオプシーによる診断の組み合わせによって、前立腺癌のより精度の高い診断ができることは誰しも認めるところである。しかしながら、前立腺バイオプシーは対象者に侵襲を与えるとともに、出血や感染などの合併症を引き起こす可能性がある。従って、前立腺バイオプシーを行わなくても精度の高い診断ができる方法、あるいは、診断の最終段階で前立腺バイオプシーを行うとしても、その前段階でPSAにもとづく診断による偽陽性者のような本来的には前立腺バイオプシーを行う必要がない者をできるだけ排除し、前立腺バイオプシーを行う対象者を減らすことができる方法が望まれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は、診断対象者に侵襲を与えることなく行うことができる、精度の高い前立腺癌の診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、診断対象者の尿中に含まれるタンパク質をプロテインチップを用いて分析することにより、前立腺癌の診断を高い精度で行うことができることを見出した。
【0005】
上記の知見にもとづいてなされた本発明は、請求項1記載の通り、プロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法であって、銅イオン固定化チップ、陰イオン交換チップ、陽イオン交換チップの少なくともいずれかのチップと診断対象者から採取した尿を反応させることにより、尿中に含まれるタンパク質をチップと相互作用させ、チップと結合したタンパク質の中で前立腺癌患者と健常人の間で発現量が異なるタンパク質を診断マーカーとしてその発現量をもとに判定を行うことを特徴とする。
また、請求項2記載の診断方法は、請求項1記載の診断方法において、診断対象者から採取した尿が診断対象者に対して前立腺マッサージを施した後の尿であることを特徴とする。
また、請求項3記載の診断方法は、請求項1または2記載の診断方法において、診断マーカーとするタンパク質が以下に示す少なくともいずれかのタンパク質であることを特徴とする。
(1)銅イオン固定化チップと相互作用するM/Zが4760,8030のタンパク質
(2)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが4828,5395,10782のタンパク質
(3)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが4761,4763,5396,5817,8037,8871,9098,9780,10786のタンパク質
また、請求項4記載の診断方法は、請求項3記載の診断方法において、診断対象者の以下に示すタンパク質の発現量が健常人の発現量よりも多い場合に診断対象者を癌であるまたはその疑いが高いと判定することを特徴とする。
(a)銅イオン固定化チップと相互作用するM/Zが4760,8030のタンパク質
(b)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが4828のタンパク質
(c)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが4761,4763,5817,8037,8871,9098,9780のタンパク質
また、請求項5記載の診断方法は、請求項3記載の診断方法において、診断対象者の以下に示すタンパク質の発現量が健常人の発現量よりも少ない場合に診断対象者を癌であるまたはその疑いが高いと判定することを特徴とする。
(ア)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが5395,10782のタンパク質
(イ)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが5396,10786のタンパク質
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、前立腺癌の診断を高い精度で行うことができる。また、診断対象者から採取した尿をサンプルとして用いるので、PSAにもとづく診断の際に行う採血や前立腺バイオプシーのように診断対象者に針を刺す必要がない。従って、診断対象者に侵襲を与えることなく行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のプロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法は、銅イオン固定化チップ、陰イオン交換チップ、陽イオン交換チップの少なくともいずれかのチップと診断対象者から採取した尿を反応させることにより、尿中に含まれるタンパク質をチップと相互作用させ、チップと結合したタンパク質の中で前立腺癌患者と健常人の間で発現量が異なるタンパク質を診断マーカーとしてその発現量をもとに判定を行うことを特徴とするものである。
【0008】
本発明のプロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法は、自体公知のプロテインチップを用いた分析手法、例えば、CIPHERGEN社が提供するプロテインチップシステムを利用して行うことができる(必要であればhttp://www.ciphergen.co.jp/products.htmlを参照のこと)。以下、本発明のプロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法の一実施形態の概略を、CIPHERGEN社が提供するプロテインチップシステムを利用して行う場合を例にとって説明する。
【0009】
(A)プロテインチップへのサンプルの添加
1〜数百μLの診断対象者から採取した尿をチップの直径数mmのスポットに添加する。本発明において使用するチップは、銅イオン固定化チップ、陰イオン交換チップ、陽イオン交換チップの少なくともいずれかのチップである。銅イオン固定化チップとは、銅イオンを表面に固定化したチップであり、銅イオンに親和性のあるタンパク質を結合することができる。陰イオン交換チップとは、陰イオン交換作用を有する官能基を表面に有するチップである。陽イオン交換チップとは、陽イオン交換作用を有する官能基を表面に有するチップである。これらのチップは自体公知のものを用いることができる。診断対象者から採取した尿は必要に応じてバッファーなどで希釈してからスポットに添加してもよい。なお、診断対象者から採取した尿は診断対象者に対して前立腺マッサージを施した後の尿(前立腺圧出液)であることが望ましい。前立腺マッサージを施すことで診断マーカーとなるタンパク質を尿中により多く含ませることができるからである。
【0010】
(B)プロテインチップの洗浄
尿中に含まれるタンパク質をチップと相互作用させ、チップと結合するタンパク質をチップに結合させた後、チップを水やバッファーで洗浄し、チップと結合しないタンパク質の除去や脱塩を行う。
【0011】
(C)エネルギー吸収分子の添加
チップと結合したタンパク質の測定に必要なエネルギー吸収分子(Energy Adsorption Molecule:EAM)を添加して乾燥させる。
【0012】
(D)測定
チップと結合したタンパク質を飛行時間型質量分析計(ToF−MS)により測定する。チップにUVパルスレーザーを照射することにより、エネルギーを受けてイオン化したタンパク質は一定の電圧で加速され、真空管の対局にあるイオン検知器へ向かって飛行する。イオン検知管に到達するまでの時間は軽い分子ほど早く重い分子ほど遅いことを利用して、飛行時間を計測することによってタンパク質の質量数を求める。
【0013】
(E)タンパク質発現解析
診断対象者から採取した尿中に含まれる診断マーカーとなるタンパク質、即ち、前立腺癌患者と健常人の間で発現量が異なるタンパク質を検出し、その発現量を前立腺癌患者の発現量および/または健常人の発現量と比較することで、癌であるまたはその疑いが高いと判定したり、癌でないまたはその疑いが低いと判定する。なお、本発明において「健常者」とは、少なくとも前立腺癌に罹患していない者を意味し、必ずしも何らの疾患にも罹患していない者を意味するわけではない。
【0014】
尿中に含まれる診断マーカーとなるタンパク質としては、例えば、以下に示すものが挙げられる。
(1)銅イオン固定化チップと相互作用するM/Zが4760,8030のタンパク質
(2)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが4828,5395,10782のタンパク質
(3)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが4761,4763,5396,5817,8037,8871,9098,9780,10786のタンパク質
【0015】
このうち、診断対象者の以下に示すタンパク質の発現量が健常人の発現量よりも多い場合、診断対象者を癌であるまたはその疑いが高いと判定することができる。
(a)銅イオン固定化チップと相互作用するM/Zが4760,8030のタンパク質
(b)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが4828のタンパク質
(c)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが4761,4763,5817,8037,8871,9098,9780のタンパク質
【0016】
また、診断対象者の以下に示すタンパク質の発現量が健常人の発現量よりも少ない場合、診断対象者を癌であるまたはその疑いが高いと判定することができる。
(ア)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが5395,10782のタンパク質
(イ)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが5396,10786のタンパク質
【0017】
なお、以上のようにして行った判定結果は、既存のPSAにもとづく診断や前立腺バイオプシーによる診断によって行った判定結果と照合したり比較したりすることで、より精度の高い前立腺癌の診断ができる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0019】
前立腺バイオプシーで前立腺癌あるいは良性(前立腺肥大症)であると診断が確定している各12例(前者:前立腺癌群,後者:コントロール群)のそれぞれの前立腺マッサージを施した後の尿を、CIPHERGEN社が提供するプロテインチップシステムを利用して次のように分析した。
【0020】
(1)銅イオン固定化チップを用いた分析
前立腺マッサージを施した後の尿を、9M Urea,2% CHAPS,50mM Tris−HCl,pH9の変性バッファーで4倍希釈した後、さらに100mM Sodium phosphate,0.5M NaCl,pH7の洗浄バッファーで2.5倍希釈してサンプルとした。このサンプルをチップのスポットに添加し、室温で約30分間振とうして両者を反応させることにより、尿中に含まれるタンパク質をチップと相互作用させた。その後、上記の洗浄バッファーでチップを洗浄し(5分間振とう×3回)、超純水でリンスして脱塩を行った後、EAMとしてシナピン酸を添加し、SELDI−TOFMASシステムでプロファイリング測定を行った。
【0021】
(2)陰イオン交換チップを用いた分析
50mM Tris−HCl,pH8の洗浄バッファーを用いること以外は(1)と同様にして行った。
【0022】
(3)陽イオン交換チップを用いた分析(その1)
100mM Sodium acetate,pH4の洗浄バッファーを用いること以外は(1)と同様にして行った。
【0023】
(4)陽イオン交換チップを用いた分析(その2)
50mM HEPES,pH7の洗浄バッファーを用いること以外は(1)と同様にして行った。
【0024】
(5)結果
前立腺癌群とコントロール群のピーク強度を比較し、2群間で有意に差があった14種類のピーク(p−value<0.05)のうち、前立腺癌で増加傾向を示したピークを表1に、前立腺癌で減少傾向を示したピークを表2にまとめる。また、それぞれのピークのタンパク質のプロファイルを図1〜図14に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
以上の結果から、表1、表2と図1〜図14に示した14種類のピークのタンパク質(一部、同一タンパク質である可能性もある)は、尿中に含まれるタンパク質の中で前立腺癌患者と前立腺肥大症患者の間で発現量が有意に異なるタンパク質であり、これらのタンパク質を診断マーカーとして前立腺癌の診断ができることがわかった。
【0028】
(6)マルチマーカー解析
上記の14種類のピークを用いて主成分分析(PCA)および階層クラスター解析(HCA)を行った結果をそれぞれ図15と図16に示す。図15と図16から明らかなように、マルチマーカー解析によって前立腺癌と前立腺肥大症を概ね区別できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、診断対象者に侵襲を与えることなく行うことができる、精度の高い前立腺癌の診断方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例におけるM/Zが4760のタンパク質のプロファイルである。
【図2】同、4761のタンパク質のプロファイルである。
【図3】同、4763のタンパク質のプロファイルである。
【図4】同、4828のタンパク質のプロファイルである。
【図5】同、5817のタンパク質のプロファイルである。
【図6】同、8030のタンパク質のプロファイルである。
【図7】同、8037のタンパク質のプロファイルである。
【図8】同、8871のタンパク質のプロファイルである。
【図9】同、9098のタンパク質のプロファイルである。
【図10】同、9780のタンパク質のプロファイルである。
【図11】同、5395のタンパク質のプロファイルである。
【図12】同、5396のタンパク質のプロファイルである。
【図13】同、10782のタンパク質のプロファイルである。
【図14】同、10786のタンパク質のプロファイルである。
【図15】実施例における主成分分析の結果である。
【図16】同、階層クラスター解析の結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテインチップを用いた前立腺癌の診断方法であって、銅イオン固定化チップ、陰イオン交換チップ、陽イオン交換チップの少なくともいずれかのチップと診断対象者から採取した尿を反応させることにより、尿中に含まれるタンパク質をチップと相互作用させ、チップと結合したタンパク質の中で前立腺癌患者と健常人の間で発現量が異なるタンパク質を診断マーカーとしてその発現量をもとに判定を行うことを特徴とする診断方法。
【請求項2】
診断対象者から採取した尿が診断対象者に対して前立腺マッサージを施した後の尿であることを特徴とする請求項1記載の診断方法。
【請求項3】
診断マーカーとするタンパク質が以下に示す少なくともいずれかのタンパク質であることを特徴とする請求項1または2記載の診断方法。
(1)銅イオン固定化チップと相互作用するM/Zが4760,8030のタンパク質
(2)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが4828,5395,10782のタンパク質
(3)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが4761,4763,5396,5817,8037,8871,9098,9780,10786のタンパク質
【請求項4】
診断対象者の以下に示すタンパク質の発現量が健常人の発現量よりも多い場合に診断対象者を癌であるまたはその疑いが高いと判定することを特徴とする請求項3記載の診断方法。
(a)銅イオン固定化チップと相互作用するM/Zが4760,8030のタンパク質
(b)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが4828のタンパク質
(c)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが4761,4763,5817,8037,8871,9098,9780のタンパク質
【請求項5】
診断対象者の以下に示すタンパク質の発現量が健常人の発現量よりも少ない場合に診断対象者を癌であるまたはその疑いが高いと判定することを特徴とする請求項3記載の診断方法。
(ア)陰イオン交換チップと相互作用するM/Zが5395,10782のタンパク質
(イ)陽イオン交換チップと相互作用するM/Zが5396,10786のタンパク質

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate