説明

勃起障害治療用組成物

【課題】一過性ではなく、かつ安全性が高く、コンプライアンスの良好な勃起障害治療用組成物を提供する。
【解決手段】生体組織由来幹細胞を血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含む培地で培養することにより得られる細胞培養物を含有することを特徴とする勃起障害治療用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有効性が高く、安全性の高い勃起障害治療用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
我が国には、勃起障害(ED)患者が、およそ1100万人存在すると推定されている。EDの危険因子としては、加齢以外に糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満、喫煙などが知られている。中でも糖尿病はEDの主要な危険因子であり、60歳以上の男性糖尿病患者の75%はEDであるという報告もある。糖尿病患者の増加と人口の高齢化の進行に伴い、ED患者は今後ますます増加することが予想される。
【0003】
従来のEDの治療法としては、シルデナフィル、バルデナフィル、タダラフィルなどのホスホジエステラーゼタイプ5阻害薬の経口剤がある。これらは経口投与で有効であることから、広く使用されているが、効果が一過性であり、海綿体の構造自体を改善するものではないため有効でない場合も多い。
またプロスタグランジン製剤の海綿体注射も使用されるが、持続勃起症の危険がある。また、シリコーン等のプロステーシスの陰茎海綿体への移植手術は、侵襲が大きく、また感染の危険も高いという問題がある。
【0004】
一方、脂肪組織由来幹細胞を肝臓や胸部に移植すれば、肝臓や胸部の乳房が再生することが知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−1509号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、一過性ではなく、かつ安全性が高く、コンプライアンスの良好な勃起障害治療用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、陰茎海綿体細胞に作用する成分について検討してきたところ、生体組織由来幹細胞に血管内皮細胞増殖・分化促進因子を加えて培養した細胞を陰茎海綿体に注入したところ、血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含まない培地で培養した細胞を注入した場合に比べて顕著に勃起障害が改善され、その作用は一過性ではなく、刺激により勃起が生じ継続することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、生体組織由来幹細胞を血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含む培地で培養することにより得られる細胞培養物を含有することを特徴とする勃起障害治療用組成物を提供するものである。
また、本発明は、生体組織由来幹細胞を血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含む培地で培養することにより得られる細胞培養物を、陰茎海綿体に自家注入することを特徴とする勃起障害治療方法を提供するものである。
さらに、本発明は、生体組織由来幹細胞を血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含む培地で培養して得られる細胞培養物の、勃起障害治療用組成物製造のための使用を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の勃起障害治療用組成物を用いれば、糖尿病等によりEDとなった患者の陰茎が中枢神経刺激に伴ない、勃起を生じるようになる。その作用は、ホスホジエステラーゼタイプ5阻害薬のような一過性ではなく、かつプロステーシスのような手術も必要がない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】勃起障害治療実験の概要を示す。
【図2】海綿体刺激と海綿体内圧(ICP)との関係を示す図である。
【図3】細胞投与1週間後(STZ投与10週後)の海綿体内圧(ICP)を示す図である。
【図4】細胞投与2週間後(STZ投与11週後)の海綿体内圧(ICP)を示す図である。
【図5】細胞投与4週間後(STZ投与12週後)の海綿体内圧(ICP)を示す図である。
【図6】細胞投与6週間後(STZ投与15週後)の海綿体内圧(ICP)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の勃起障害治療用組成物は、生体組織由来幹細胞を、血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含む培地で培養することにより得られる細胞培養物である。原料として用いる生体組織由来幹細胞(tissue−derived stem cells)は、生体組織に由来する体性幹細胞であり、多分化能を有している限り、生体組織に含まれる体性幹細胞であっても、人工多能性幹細胞であってもよい。人工多能性幹細胞は例えば、特許第4183742号に記載の方法によって得られる。また生体組織に含まれる体性幹細胞の採取部位は、限定されないが、入手の容易性から、皮膚や脂肪組織が好ましい。脂肪組織としては、例えば皮下脂肪、内臓脂肪、筋肉内脂肪などが挙げられるが、侵襲が少ない点から皮下脂肪組織由来の幹細胞を用いるのが好ましい。皮下脂肪は、局所麻酔下で簡単に採取可能である。なお、生体組織は、自家、すなわち、患者自身のものを用いるのが望ましい。
【0012】
生体組織から幹細胞の採取は、常法により行なえばよいが、脂肪細胞から単離する方法を以下に説明する。
採取した脂肪細胞は、まずコラゲナーゼ、トリプシン、ディスパーゼ等の酵素処理をする。酵素処理としてはコラゲナーゼ処理が特に好ましい。酵素処理は、37℃、30〜60分が好ましい。
【0013】
酵素処理した細胞は、メッシュ(例えば、100μm)を通して大きな細胞塊を除去し、遠心分離して成熟脂肪細胞を除去する。遠心分離の条件は、5〜10分間、600×g(1,500〜2,000rpm)が好ましい。
【0014】
得られた細胞画分を、通常の動物細胞培養用培地で培養する。ここで、培地としては、例えば、Dulbecco’s modified Eagle’s Medium(DMEM)(日水製薬株式会社等)、α−MEM(大日本製薬株式会社等)、DMED:Ham’s F12混合培地(1:1)(大日本製薬株式会社等)、Ham’s F12 medium(大日本製薬株式会社等)等を使用することができる。血清(ウシ胎仔血清、ヒト血清、馬血清など)又は血清代替物(Knockout serum replacement(KSR)など)を添加した培地を使用してもよい。血清又は血清代替物の添加量は例えば5%(v/v)〜20%(v/v)の範囲内で設定可能である。
【0015】
次いで、生体組織由来幹細胞は、血管内皮細胞増殖・分化促進因子の存在下で培養する。血管内皮細胞増殖・分化促進因子には、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、インスリン様成長因子(IGF)、上皮成長因子(EGF)、ハイドロコーチゾン、線維芽細胞成長因子(FGF)などが含まれる。このうち、VEGF、IGF、EGF及びFGFから選ばれる1種又は2種以上を用いるのが好ましく、さらにVEGFを含有し、かつIGF、EGF及びFGFから選ばれる1種又は2種以上を含有するのが好ましい。VEGFファミリーにはVEGF−A、VEGF−B、VEGF−C、VEGF−D、VEGF−E、PIGF−1、PIGF−2など存在するが、VEGF−Aが特に好ましい。IGFにはIGF−1、IGF−2の二つのアイソフォームが存在するが、IGF−1が特に好ましい。線維芽細胞成長因子(FGF)は酸性線維芽細胞成長因子(aFGF)、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)などを含む約20種類の成長因子ファミリーであるが、この中ではbFGFが好ましい。これらの血管内皮細胞増殖・分化促進因子の培地中の含有量は、各々1ng〜100ng/mL、特に5ng〜50ng/mLが好ましい。
培地には、血管内皮細胞増殖・分化促進因子以外の成分としては、動物細胞培養用成分が含まれる。従って、前記のDMEM培地、α−MEM培地、DMED:Ham’s F12混合培地、Ham’s F12培地等が用いられる。なお、このときの血清又は血清代替物の添加量は5%(v/v)〜10%(v/v)が好ましい。
【0016】
前記2段階の培養条件は、それぞれ37℃、7〜14日間が好ましい。
【0017】
得られた細胞培養物は、選択的に増殖した細胞を回収して使用するのが好ましい。回収操作は、例えば酵素処理(トリプシンやディスパーゼ処理)後の細胞をセルスクレイパーやピペットなどで剥離することによって行うことができる。また、市販の温度感受性培養皿などを用いてシート培養した培養は、酵素処理をせずにそのままシート状に細胞を回収することも可能である。
【0018】
上記の如くして得られた細胞培養物は、後述の実施例に示すように、糖尿病等により勃起不全となった患者の陰茎海綿体に注入することにより、勃起障害を治療することができる。1回の治療で、神経の刺激に応じて、継続して勃起が生じる。すなわち、プロスタグランジン注入のような持続勃起症はなく、かつホスホジエステラーゼタイプ5阻害薬のような一過性の作用でもない。また、処置は、陰茎海綿体への注入だけであり、プロステーシスのような手術も必要なく、感染症の問題もない。
本発明の勃起障害治療用組成物の作用機序は、明らかではないが、1)注入した幹細胞が陰茎海綿体の血管内皮細胞、血管平滑筋細胞へ分化して海綿体の血管構造を改善する、2)陰茎海綿体内に留まる幹細胞が分泌する血管拡張因子の作用で海綿体内の血流が増加する等の機序が推察される。
【0019】
本発明の勃起障害治療用組成物は、前記細胞培養物を陰茎海綿体に注入すればよい。その投与量は、患者の年齢、症状、体重などにより適宜定められるが、1回あたり細胞数として105〜107個が好ましい。また、1〜2回投与するのが好ましい。
【0020】
また、本発明の勃起障害治療用組成物には、生理食塩水、緩衝剤、保存剤、ブドウ糖、アミノ酸、ビタミンを含有させてもよい。
【実施例】
【0021】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されない。
【0022】
実施例1(ASCの調整)
1)Wistar系ラットの皮下脂肪を採取し、氷上で細かく刻んだ。コラゲナーゼを2%ウシ血清アルブミンを含むリン酸緩衝液に2mg/mLの濃度になるよう溶解し、コラゲナーゼ溶液を得た。コラゲナーゼ溶液に脂肪組織を約1/10量加え、37℃で60分インキュベートした。細胞培養液を追加してコラゲナーゼを不活化した。
【0023】
2)細胞をメッシュ(100μm)を通し、遠心分離用チューブに移した。遠沈チューブを4℃で600×g(1,780rpm)で10分遠心分離し、上清を除去した。
【0024】
3)得られた細胞を10%ウシ胎児血清を含むDMED:Ham’s F12混合培地(1:1)を用いて特殊コーティングされていない細胞培養用のペトリ皿に、30,000個/cm2の密度でまいて、37℃6時間培養した。
4)新しい培地に交換して培養皿に接着しない細胞を除いた後、さらに同じ培地で1週間培養した。
【0025】
5)VEGF−A、IGF−1、EGF、ハイドロコーチゾン、bFGFなどの血管内皮細胞増殖・分化促進因子及び5%牛胎児血清を含有するEGM培地(Lonza Walkersville社)10mLに、細胞数3×105個を添加し、フィブロネクチン(5μg/mL)でコーティングした培養皿を用いて37℃、1週間培養した。
一方、陰性対照として5%牛胎児血清を含むがVEGF、IGF−1、EGF、ハイドロコーチゾン、bFGFなどの血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含まないEBM培地(Lonza Walkersville社)で、同様に培養した細胞培養物を調製した。
【0026】
実施例2
(EDラット調整法)
6週齢Wistar系ラットにストレプトゾトシン(STW)65mg/kg体重を尾静脈より注射し、糖尿病モデルを作成した。10週間後(16週齢)以降に、陰茎の勃起力を測定した。
STZ注射4週間後に血糖値(BS)を測定し、糖尿病の発症を確認した。STZ注射9週間後に細胞培養物(5×105個)を海綿体内に注入した。麻酔下に海綿体神経刺激(5.0V、20Hz、2msecの電気刺激)時の海綿体内圧(ICP:勃起力)を圧トランスデューサー(ADI instruments社製)を用いて測定した。実験の概要を図1に示す。図2に神経刺激と、海綿体内圧との関係を示す。
【0027】
(結果)
図3〜図6に、細胞培養物投与1週間後、(STZ投与10週後)、2週間後(STZ投与11週後)、4週間後(STZ投与13週後)及び6週間後(STZ投与15週後)の正常ラット(Wistar)、コントロール(C;STZ糖尿病ラット)、本発明細胞培養物投与群(ASC−EGM)、及びEBMで培養した細胞(ASC−EBM)投与群の刺激時の海綿体内圧(ICP)を示す。
これらの結果から、本発明細胞培養物を投与すると、刺激に応じた勃起能が有意に改善することがわかる。その効果は、極めて長期間持続した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織由来幹細胞を血管内皮細胞増殖・分化促進因子を含む培地で培養することにより得られる細胞培養物を含有することを特徴とする勃起障害治療用組成物。
【請求項2】
生体組織由来幹細胞が、脂肪組織由来幹細胞である請求項1記載の勃起障害治療用組成物。
【請求項3】
組織由来幹細胞が、皮下脂肪組織由来幹細胞である請求項1又は2記載の勃起障害治療用組成物。
【請求項4】
生体組織由来幹細胞が、自家生体組織由来幹細胞である請求項1〜3のいずれか1項記載の勃起障害治療用組成物。
【請求項5】
陰茎海綿体注入用組成物である請求項1〜4のいずれか1項記載の勃起障害治療用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−51908(P2011−51908A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199951(P2009−199951)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(596165589)学校法人 聖マリアンナ医科大学 (53)
【Fターム(参考)】