説明

動脈硬化および糖尿病性腎障害の判定方法

【課題】動脈硬化の把握は、感度と精度に多少の問題が残る上に特別な機器が必要であり、簡便な方法として血液を採取して測定する方法が望まれている。また、糖尿病性腎障害は、より早期に診断できる方法が望まれている。
【解決手段】全血中、血清中若しくは多血小板血漿中又は乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値から、動脈硬化や糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、動脈硬化や糖尿病性腎障害の判定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動脈硬化および糖尿病性腎障害の判定方法に関する。この方法によれば、動脈硬化の進展の状態について、また糖尿病性腎障害の進展の状態について、確認することができる。
【背景技術】
【0002】
動脈硬化は、心筋梗塞、脳梗塞、末梢循環障害、閉塞性動脈硬化症、末梢神経障害、視覚障害、腎障害など、さまざまな疾患を引き起こす原因となる。このことから、その進展の状態を把握することは重要である。従来、動脈硬化の状態の把握は、頚動脈エコーによる血管の肥厚の測定(例えば非特許文献1,2参照)、手と足の動脈波の速度の差の測定(脈波伝播速度)(例えば非特許文献3参照)、又は動脈波の形の数値化(動脈加速波)によって行っていた。脈波伝播速度計としては、フクダ電子製のVaSeraVS−1000、コーリンメディカルテクノロジー社製のForm PWV/ABIなどが、動脈加速波計としては、フクダ電子製のダイナパルスSDP−100、フューチャー・ウエイブ社製のBCチェッカーなどがある。
【0003】
また、腎障害は、糖尿病患者の合併症として多く見られ、悪化した場合には生涯にわたり、血液透析による治療が必要となる。血液透析治療は定期的に病院に通院する必要があり、治療に要する時間も長いため、日常生活にも支障をきたす。よって、早期に発見し、薬物治療などにより腎障害の悪化を防止し、血液透析による治療を必要としない状態を維持することは重要である。従来、クレアチニン(例えば非特許文献4参照)や尿中微量アルブミン(例えば非特許文献5参照)などで判定するが、より早期の診断、また、詳細に病態を知ることの出来る方法が望まれている。
【非特許文献1】O‘Leary DHら、N Engl J Med、340(1)、p14(1999)
【非特許文献2】Zureik Mら、Arteioscler Thromb Vsac Biol、19(2)、p366(1999)
【非特許文献3】Murabito JMら、Arch Intern Med、163(16)、p1939(2003)
【非特許文献4】横田司ら、日本臨床増刊 血液・尿化学検査 免疫学的検査(上巻)、p407(1989)
【非特許文献5】カレント・メディカル第43版日本語版 日経BP社(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
動脈硬化の把握は、前述したように行っているが、感度と精度に多少の問題が残る上に特別な機器が必要であり、簡便な方法として血液を採取して測定する方法が望まれている。また、糖尿病性腎障害は、前述したように、より早期に診断できる方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、これまでに冠動脈疾患患者の乏血小板血漿中のセロトニン濃度が健常者より高く、また全血中のセロトニン濃度が健常者より低いことを見出した(特開2002−277461号公報)。これは、動脈硬化部位において特異的に活性化された血小板からセロトニンが放出されることにより、血小板外のセロトニン量(乏血小板血漿中のセロトニン濃度)が高くなり、動脈硬化部位においてセロトニンが消費されることにより、血液全体のセロトニン量(全血中のセロトニン濃度)が低くなると考えている。
【0006】
これらのことから、血液中のセロトニン濃度の動態は動脈硬化の進展の状態と関連性が高い。また糖尿病性の腎障害は、腎臓の小血管に障害が生じることにより発症するが、この主たる原因の1つとして動脈硬化が考えられる。よって血中セロトニン値は、この腎障害の指標となる可能性も高い。これらに基づき、本発明者らは種々の検討を重ねた結果、本発明に到達した。
【0007】
すなわち本発明は、全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値が低いほど動脈硬化が進展していると判定することを特徴とする、動脈硬化の判定方法である。また本発明は、全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値が低いほど糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法である。更に本発明は、乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値が高いほど糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法である。また本発明は、イ)ある人の全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、ロ)同一人の乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、ハ)[ロ)の値]/[イ)の値]の比が大きいほど糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、動脈硬化の進展度の判定、糖尿病性腎障害の判定において、新たな指標を提供するものである。とりわけ、全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度と、乏血小板血漿中のセロトニン濃度の両方を測定することにより、糖尿病性腎障害の進展度を判定し、その病態をより詳細に把握することが出来る。また全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比を求めることにより、糖尿病性腎障害の進展度を判定し、その病態をより詳細に把握することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明において血清とは、血液を凝固させた後、遠心分離により得られる上清である。血液が凝固する際に、セロトニンが血小板から放出されるので、血清中のセロトニン量は、全血すなわち血液全体のセロトニン量が反映されたものとなる。
【0010】
また本発明において多血小板血漿とは、採血した血液に凝固阻害剤を入れて凝固を阻害した後、軽い遠心分離により得られる上清である。この「軽い遠心分離」とは、赤血球を沈殿させ、かつ血小板を沈殿させない条件で行われる遠心分離であり、例えば450×g、5分間という条件があげられる。このため、多血小板血漿は実質的に赤血球を含まず、血小板を含むものである。セロトニンは、赤血球には含有されず血小板に多量に含まれるものであるため、この多血小板血漿中のセロトニン量は、全血すなわち血液全体のセロトニン量が反映されたものとなる。
【0011】
さらに本発明において乏血小板血漿とは、採血した血液に凝固阻害剤を入れて凝固を阻害した後、強い遠心分離により得られる上清である。この「強い遠心分離」とは、血小板を含めてすべての血球成分を沈殿させる条件で行われる遠心分離であり、例えば1000×g、30分間という条件があげられる。
【0012】
本発明では、全血中、血清中若しくは多血小板血漿中又は乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定するが、その測定方法には特に限定はなく、例えば液体クロマトグラフィーや免疫測定法を例示することができる。液体クロマトグラフィーによりセロトニンを測定する場合は、通常、試料中の蛋白質を除去してから測定対象とするので、抗凝固剤入り採血管で採血した全血を試料として用いて、血液全体のセロトニン量を測定することが多い。免疫測定法を用いて血液全体のセロトニン量を測定する場合には、測定対象として血清試料を用い、試料中の蛋白質を除去する前処理操作を行わないことが多い。


実施例
本発明を実施例により更に詳細に説明する。しかし本発明は、これら実施例のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0013】
糖尿病患者24名について、全血中および乏血小板血漿中のセロトニン濃度、並びに超音波エコー測定装置により頚動脈の内膜肥厚(IMT)を測定した。なお血液透析治療を行っている患者はあらかじめ除外した。全血中および乏血小板血漿中のセロトニン濃度は、Hirowatari Y 他、Clin Biochem、37、p191(2004)の方法で行った。IMTは、アロカ社製SSD−1700により3箇所の頚動脈の肥厚を測定し、その平均値を求めた。クレアチニンは、測定試料として血清を用い、カイノス社製アクアオートCRE−II試薬を用いて測定した。IMTの値と、全血中のセロトニン濃度、乏血小板血漿中のセロトニン濃度、及び全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比を比較した。全血中のセロトニン濃度についてのみ関連性が見出されたので、その結果を図1に示す。IMT値が高くなるほど、有意に全血中セロトニン値が低くなった(相関係数−0.37、有意差0.055)。なお、統計処理はスピアマンの順位相関により解析した。また図1中の実線は、相関線、95%confidence区間、95%prediction区間を示した。
【0014】
全血中のセロトニン濃度は、動脈硬化の進展度を反映しているIMTと良好な相関性を示すことから、全血中のセロトニン濃度が低いほど動脈硬化が進展していると判定することができる。
【実施例2】
【0015】
健常者38人、糖尿病患者52名について、全血中および乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定した。また糖尿病患者については、クレアチニン値も測定した。測定方法は、実施例1と同様とした。なお、血液透析治療を行っている患者はあらかじめ除外した。健常者、糖尿病患者のクレアチニン1.2mg/dl以下、2.0mg/dl以下、4.0mg/dl以下、6.0mg/dl以下、8.0mg/dl以下の、6グループに分け(それぞれグループ0から5とする)、それぞれのグループにおける全血中のセロトニン濃度、乏血小板血漿中のセロトニン濃度、全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比を比較した。その結果を図2に示す。全血中のセロトニン濃度については、健常者より糖尿病患者が値が低下傾向にあり、また糖尿病患者の中では、クレアチニン濃度の高いグループになるにつれて値が低下傾向にあることが図2からわかる。ANOVAの有意差検定において、良好な有意差(P=0.003)が確認でき、グループ0(健常者)とグループ1(クレアチニン1.2mg/dl以下)、グループ0(健常者)とグループ2(クレアチニン2.0mg/dl以下)の間において、P値0.05以下と有意差が確認された。糖尿病は、腎障害を起こす確率の高い疾患であり、またクレアチニンの増加は、糖尿病性腎障害の悪化の指標となる。これらのことから、全血中のセロトニン濃度の低下は糖尿病性腎障害の悪化を反映していると言える。
【0016】
それぞれのグループにおける乏血小板血漿中のセロトニン濃度および全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比を図3及び図4に示した。グループ1(クレアチニン1.2mg/dl以下)からグループ4(6.0mg/dl以下)では、健常者(グループ0)より明らかに高い値を示す場合(乏血小板血漿セロトニン濃度20mmol/l以上、全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比で5%以上)があることが図3及び図4からわかる。特にグループ1(クレアチニン1.2mg/dl以下)においては、乏血小板血漿中のセロトニン濃度20mmol/l以上が8名、全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比5%以上が4名と多い。一方、グループ5(クレアチニン8.0mg/dl以上)では、乏血小板血漿中のセロトニン濃度20mmol/l以上の場合、及び全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比5%以上の場合は見られなかった。これは糖尿病性腎障害の初期において、乏血小板血漿中のセロトニン濃度、全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比の値が高くなることを示している。そしてさらに腎障害が進むと、これらの値は健常者と同じレベルに戻るのである。
【0017】
また全血中のセロトニン濃度はグループ5においても、健常人より顕著に低い値を示している。これは、糖尿病性腎障害の初期においては、局所的に強い血管炎症が存在し、その部位において血小板が活性化され、その結果、乏血小板血漿中のセロトニン濃度が上昇するのだと考えられる。一方、糖尿病性腎障害の後期(動脈硬化の慢性期)においては、局所的な強い血管炎症は減少し、替わりに、血管全体に弱い炎症部位が多数存在するようになり、血小板は強く活性化されないので、乏血小板血漿中のセロトニン濃度は上昇しないが、その多数の血管炎症部位でセロトニンが消費され、全血中のセロトニン濃度が低下すると考えられる。
【0018】
これらの結果から、乏血小板血漿中のセロトニン濃度、又は全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比の値により、早期の糖尿病性腎障害を識別できることがわかる。さらに、乏血小板血漿中のセロトニン濃度または全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比と、全血中のセロトニン濃度との両方を測定することにより、より詳細な糖尿病性腎障害の病態を把握することが出来る。
【0019】
また、乏血小板血漿中のセロトニン濃度、全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比について、ANOVAの統計計算では有意差が認められなかったが、各群をt検定で比較した場合には、乏血小板血漿中のセロトニン濃度については、グループ0(健常者)とグループ1(クレアチニン1.2mg/dl以下)との間で、また全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比においては、グループ0(健常者)とグループ1、2、4、5との間において、P値0.05以下の有意差が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、動脈硬化の進展度の判定、糖尿病性腎障害の判定を容易に行うことができ、有用である。とりわけ、全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度と、乏血小板血漿中のセロトニン濃度の両方を測定することにより、糖尿病性腎障害の進展度を判定し、その病態をより詳細に把握することが出来る点で有用である。また全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比を求めることにより、糖尿病性腎障害の進展度を判定し、その病態をより詳細に把握することが出来る点でも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1で得られた、IMT値と全血中のセロトニン濃度との関連を示す図である。
【図2】実施例2で得られた、各グループと全血中のセロトニン濃度との関連を示す図である。
【図3】実施例2で得られた、各グループと乏血小板血漿中のセロトニン濃度との関連を示す図である。
【図4】実施例2で得られた、各グループと全血中のセロトニン濃度に対する乏血小板血漿中のセロトニン濃度の比との関連を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値が低いほど動脈硬化が進展していると判定することを特徴とする、動脈硬化の判定方法。
【請求項2】
全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値が低いほど糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法において、
イ)ある人の全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、
ロ)健常者のセロトニン濃度を同様にして測定し、
ハ)上述のロ)の値に比べてイ)の値が低いほど、その糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法。
【請求項4】
乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、その値が高いほど糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法。
【請求項5】
イ)ある人の全血中、血清中又は多血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、
ロ)同一人の乏血小板血漿中のセロトニン濃度を測定し、
ハ)[ロ)の値]/[イ)の値]の比が大きいほど糖尿病性腎障害が進展していると判定することを特徴とする、糖尿病性腎障害の判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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