説明

化成処理品の製造方法

【課題】アルミニウム合金からなる耐食性の高い化成処理品を容易にかつ経済的に製造する方法を提供すること。
【解決手段】Siを含むアルミニウム合金からなる物品を化成処理して化成処理品を製造する方法を開示する。この方法は、化成処理に先立ち前記物品の表面を処理する工程を有する。前記の表面処理を、濃硝酸と、フッ化物イオン又は含フッ素イオンを含有する化合物とを含む処理液を用いて行う。前記化合物として、フッ化物イオンを含む塩、特にアルカリ金属のフッ化物を用いることが好適である。前記化成処理を、クロム非含有の化成処理液を用いて行うことも好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金の化成処理品を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金の耐食性を高めることを目的として、その表面にアルマイト処理及びそれに引き続く封孔処理を行ったり、クロメート化成処理やノンクロム化成処理を行ったりすることが知られている(例えば特許文献1参照。)。また同文献においては、アルミニウム合金の表面にアルマイト処理を行った後にノンクロム化成処理を行い、耐食性を一層高めることも提案されている。
【0003】
ところで、アルミニウム合金の表面にアルマイト処理や化成処理を行うときの前処理として、フッ酸及び硝酸を含む処理液を用いた表面処理(特許文献2参照)や、硝酸、フッ化水素アンモニウム及び酢酸を含む溶液を用いた表面処理(特許文献3参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−78821号公報
【特許文献2】特開平9−1319号公報
【特許文献3】特開平11−264088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記の各特許文献には、アルマイト処理や化成処理を行うときの前処理として、特定の組成の処理液を用いることで、アルミニウム合金からなる化成処理品の耐食性が極めて向上することについては何ら記載されていない。
【0006】
本発明の目的は、前述した従来技術よりも耐食性が向上したアルミニウム合金からなる化成処理品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記の目的を達成するために、本発明は、Siを含むアルミニウム合金からなる物品を化成処理して化成処理品を製造する方法において、
化成処理に先立ち前記物品の表面を処理する工程を有し、
前記の処理を、濃硝酸と、アニオンとしてフッ化物イオン又は含フッ素イオンを含有する塩とを含む処理液を用いて行うことを特徴とする化成処理品の製造方法の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アルミニウム合金からなる耐食性の高い化成処理品を容易にかつ経済的に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明においては、Siを含むアルミニウム合金からなる物品(以下「被処理物品」ともいう。)を化成処理して、目的とする化成処理品を製造する。化成処理の対象となる被処理物品としては、例えばアルミニウム合金からなるダイカスト品、チクソモールディングなどの鋳造品、鍛造品、プレス加工品などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの被処理物品の形状に特に制限はなく、目的とする化成処理品の最終的な用途に応じて種々の形状をとり得る。一例として、特許文献1に記載されているような自動車用ヘッドランプのリフレクターの形状とすることができる。
【0010】
被処理物品は、Siを含むアルミニウム合金から構成されるものである。「Siを含むアルミニウム合金」とは、アルミニウム合金の組成元素としてSiを含む場合と、アルミニウム合金の組成元素としてはSiを含まないが、前記の物品の製造過程において該物品の表面に付着した例えばシリコーン系の離型剤等を含む場合との双方を包含する趣旨である。前者の場合、Siを含むアルミニウム合金としては、Siを18重量%程度まで含む合金が挙げられる。例えばJIS H8603で3種(a)に分類される8%未満のSiを有する鋳造材や、3種(b)に分類されている8%以上のSiを含有する鋳造材(AC4A、AC4B、AC4C、AC8A、AC8B、AC8C)や、ダイカスト材(ADC10、ADC10Z、ADC12、ADC12Z、ADC1、ADC3、ADC14)等が挙げられる。また、AA記号で、1000番台、2000番台、5000番台や6000番台などの展伸材アルミニウム合金も挙げられる。
【0011】
被処理物品に施される化成処理は、被処理物品と化成処理液とを接触させ、電気化学反応や沈殿生成反応を利用して、該被処理物品の表面に不溶性化合物の被覆を生成させる処理方法である。そのような処理方法としては、例えばクロメート化成処理や、クロム非含有の処理液を用いて行われるノンクロム化成処理などが挙げられるが、これらに限定されない。前者のクロメート化成処理には、例えば六価のクロム又は三価のクロムを含有する処理液を用いることができる。六価のクロムを含むクロメート処理はアルミニウム合金の耐食性の向上に有効であるものの、環境負荷の観点から次第に使用されなくなってきている。三価のクロムを含むクロメート化成処理液は、六価のものよりも環境負荷が小さいことから、現在は主流として用いられている。これに対して後者のノンクロム化成処理は、クロメート化成処理の場合のような環境負荷がないので、近年使用頻度が高まっている。
【0012】
ノンクロム化成処理に用いられる処理液としては、例えば各種金属の塩を少なくとも1種を含む処理液を用いることができる。そのような処理液は、当該技術分野においてよく知られたものである。具体的には、モリブデン−タングステン系、ジルコニウム系、ジルコニウム−バナジウム系、タングステン−バナジウム系、チタン系、コバルト系、マンガン系、セリウム系、バナジウム系、ビスマス酸塩系などが挙げられるが、これらに限られない。
【0013】
本製造方法においては、化成処理に先立ち被処理物品の表面を処理する。具体的には、特定の成分を含む処理液(以下「酸洗処理液」ともいう。)を用いて表面処理を行う点に特徴の一つを有する。この表面処理によって被処理物品の表面に存在する薄膜が除去され、該被処理物品の表面が活性される。それによって、上述した化成処理を首尾良く行うことができ、密着性の高い化成被膜を形成することが可能となる。特定の成分として本製造方法で用いられるものは、(イ)硝酸及び(ロ)アニオンとしてフッ化物イオン又は含フッ素イオンを含有する塩(以下、この塩を「含フッ素化合物」ともいう。)である。以下、これらの成分についてそれぞれ説明する。
【0014】
(イ)の成分である硝酸は、酸洗処理液中において高濃度の状態で、すなわち濃硝酸の状態で存在する。本製造方法において濃硝酸とは一般に水溶液での濃度が60重量%以上(822g/L以上(ρ=1.37))の硝酸のことである。硝酸を高濃度で用いることで、硝酸の酸としての作用を弱め、アルミニウムの過度の溶出を防止して、アルミニウム合金からなる物品の表面が過度に粗くなることを防止している。酸洗処理液中における硝酸の濃度の上限値に特に制限はないが、1000g/L程度までであれば、硝酸の分解及びそれに起因するNO2ガスの発生を効果的に防止し得るので好ましい。
【0015】
(ロ)の成分である含フッ素化合物としては、フッ化物イオンや含フッ素イオンを含有する化合物が挙げられる。フッ化物イオンを含有する化合物の具体例としては、フッ化水素の他、フッ化ナトリウムやフッ化カリウム等のアルカリ金属のフッ化物が挙げられる。また、含フッ素イオンを含有する化合物としては、ケイフッ酸イオン、ホウフッ酸イオン、フッ化チタン酸イオン等の錯イオンのアルカリ金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩)が挙げられる。これらの含フッ素化合物のうち、水への溶解のしやすさや取扱い時の安全性、経済性の観点から、フッ化物イオン又は含フッ素イオンを含有する塩を用いることが好ましい。そのような塩としては、アルカリ金属のフッ化物を用いることが好ましく、特にフッ化カリウムを用いることが好ましい。ケイフッ酸イオンやホウフッ酸イオンのアルカリ金属塩を用いる場合には、水への溶解のしやすさを考慮するとナトリウム塩を用いることが好ましい。なお酸洗処理液中において、含フッ素化合物から遊離したフッ化物イオンは、その大半が水素イオンと会合している。
【0016】
酸洗処理液中におけるフッ素の濃度は、含フッ素化合物の種類にもよるが、好ましくは0.5〜5g/L、更に好ましくは1〜3.3g/Lである。酸洗処理液中におけるフッ素の濃度をこの範囲内に設定することによって、被処理物品中のAlとSiとをバランスよくエッチングすることができる。本発明者らの検討によれば、含フッ素化合物の濃度が低い場合にはAlが選択的にエッチングされる傾向があり、逆に含フッ素化合物の濃度が高い場合にはSiが選択的にエッチングされる傾向にある。なお、含フッ素化合物を使用せず、濃硝酸のみを用いた場合には、被処理物品のエッチングは起こらない。
【0017】
酸洗処理液は、上述した硝酸及び含フッ素化合物が水に溶解してなるものである。酸洗処理液は、硝酸、含フッ素化合物及び水のみからなっていてもよく、あるいは必要に応じ、これらの成分に加えて他の成分を含んでいてもよい。
【0018】
酸洗処理液を用いた被処理物品の表面処理は、例えば温度20〜60℃、特に30〜50℃で行うことが、被処理物品中のAlとSiとをバランスよくエッチングすることができる点、及びスマットの発生防止の点から好ましい。同様の理由により、処理時間は、処理温度が前記の範囲内である場合には、0.5〜10分、特に1〜5分であることが好ましい。
【0019】
本製造方法においては、酸洗処理液を用いた被処理物品の表面処理に先立ち、該被処理物品の表面を脱脂処理することが好ましい。脱脂とは、被処理物品の表面に錆が発生することを防ぐために塗布される防錆油や、プレス成形時に塗布されるプレス油などの油脂性物質を除去する操作である。脱脂処理によって、被処理物品の表面が清浄になり、化成皮膜を一層首尾良く形成することができ、目的とする化成処理品の耐食性を一層高めることができる。脱脂処理としては、例えばJIS H0201において定義されているアルカリ脱脂、酸脱脂、エマルション脱脂などを行うことができる。脱脂処理は常温又は加熱下に行うことができる。
【0020】
本製造方法においては、酸洗処理液を用いた被処理物品の表面処理を行った後に化成処理液を用いた化成処理を行うところ、被処理物品の用途によっては、これらの工程の間に被処理物品のアルマイト処理(陽極酸化処理)を行うことが好ましい場合がある。アルマイト処理を行うことで、被処理物品の表面にアルマイト皮膜が生成し、その上に化成皮膜が生成することになるので、目的とする化成処理品の耐食性が更に一層向上するという有利な効果が奏される。
【0021】
アルマイト処理は、当該技術分野において公知の条件を採用して行うことができる。例えば希硫酸水溶液、シュウ酸水溶液、スルファミン酸水溶液などの酸性水溶液中に被処理物品を浸漬し、該被処理物品を陽極(アノード)として電気分解を行うことにより、被処理物品の表面を電気化学的に酸化させ酸化アルミニウムの皮膜を生成させることができる。このようにして生成したアルマイト皮膜はその厚みが5〜20μm、特に10〜15μmであることが、化成処理品の耐食性の一層の向上の点から好ましい。
【0022】
一般にアルマイト皮膜はその表面が平滑ではなく凹凸状態となっている。具体的には、アルマイト皮膜はその表面において蜂の巣状に開口する多数の孔を有する多孔質皮膜となっている。孔部内においてはアルマイト皮膜の厚みが小さいので、該孔部におけるアルマイト皮膜耐食性が低い傾向にある。そこで、通常は孔部の封孔処理を行って、耐食性を高めることが好ましい。封孔処理においては、例えばアルマイト皮膜の形成後の被処理物品を、酢酸ニッケル及び酢酸コバルトなどの金属塩を含む高温水溶液(例えば85〜90℃)中に5〜10分程度浸漬することで、孔部を封じる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「重量%」を意味する。
【0024】
〔実施例1〕
以下の(1)〜(6)の手順に従い化成処理品を製造した。なお、以下の(2)〜(6)の処理の間においては、被処理物品を2分間水洗し、次の処理に付した。
(1)被処理物品
アルミニウム合金(ADC12)の鋳造品を用いた。
(2)アルカリ脱脂処理
脱脂液として50g/LのAZ711(三井金属鉱業(株)社製)を用い、50℃の脱脂液に被処理物品を5分間浸漬して脱脂を行った。
(3)酸洗処理
70%硝酸1000mLと5gのフッ化カリウムとを混合して調製した酸洗処理液に被処理物品を1分間浸漬して酸洗処理を行った。酸洗処理液は30℃に加熱しておいた。
(4)アルマイト処理
120g/Lの硫酸水溶液(24℃)中に被処理物品を浸漬し、陽極酸化処理を行った。電圧は20Vに設定し、通電時間は25分とした。
(5)封孔処理
酢酸ニッケル7g/L及び酢酸コバルト1g/Lを含む水溶液からなる処理液中に被処理物品を10分間浸漬し、封孔処理を行った。処理液は85℃に加熱しておいた。
(6)ノンクロム化成処理
メタバナジン酸アンモニウム5g/L、フッ化カリウム2.5g/L及び硫酸コバルト0.5g/Lを含む水溶液を45℃に保持しpHを5に調整して得られた化成処理液中に、被処理物品を2分間浸漬して化成処理を行った。
【0025】
〔実施例2〕
実施例1において酸洗処理の処理液として、70%硝酸1000mLと10gのフッ化カリウムとを混合して調製したものを用いた。これ以外は実施例1と同様にして化成処理品を製造した。
【0026】
〔比較例1〕
実施例1において酸洗処理を行わない以外は実施例1と同様にして化成処理品を製造した。
【0027】
〔比較例2〕
実施例1において酸洗処理の処理液として、70%硝酸200mLと2gのフッ化カリウムとを混合し、更に全体の容積が1000mLとなるように水を加えて酸洗処理液を調製した。これ以外は実施例1と同様にして化成処理品を製造した。
【0028】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた化成処理品についてJIS Z2371に準拠した塩水噴霧試験を行った。300時間後に化成処理品の腐食の状態をJIS H8679に規定されるレイティングナンバー(R.N.)によって評価した。その結果を以下の表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示す結果から明らかなように、本発明の方法に従い製造された各実施例の化成処理品は、耐食性が高いことが判る。これに対して、酸洗処理を行わずに製造された比較例1の化成処理品や、濃硝酸に代えて希硝酸が含まれている酸洗処理液を用いて製造された比較例2の化成処理品は、耐食性に劣ることが判る。
【0031】
〔実施例3〕
本実施例は、実施例1において、アルマイト処理及び封孔処理を行わなかった例である。すなわち、アルミニウム合金(ADC12)の鋳造品を用い、実施例1と同様にしてアルカリ脱脂処理を行った後に、70%硝酸1000mLと5gのフッ化カリウムとを混合して調製した酸洗処理液に被処理物品を50℃で5分間浸漬して酸洗処理を行った。その後、メタバナジン酸アンモニウム5g/L、フッ化カリウム7g/L及びタングステン酸ナトリウム二水和物3g/Lを含む水溶液を45℃に保持しpHを5に調整して得られた化成処理液中に、被処理物品を2分間浸漬し化成処理を行った。
【0032】
〔実施例4〕
実施例3において酸洗処理の処理液として、70%硝酸1000mLと10gのフッ化カリウムとを混合して調製したものを用いた。この酸洗処理液に被処理物品を30℃で5分間浸漬して酸洗処理を行った。その後は実施例3と同様にして化成処理を行った。
【0033】
〔比較例3〕
実施例3において酸洗処理の処理液として、70%硝酸1000mLを用いた。これ以外は実施例4と同様にして化成処理品を製造した。
【0034】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られた化成処理品について、実施例1と同様にJIS Z2371に準拠した塩水噴霧試験を行った。ただし、腐食の状態の評価は、塩水噴霧試験の96時間後とした。その結果を以下の表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2に示す結果から明らかなように、本発明の方法に従い製造された各実施例の化成処理品は、耐食性が高いことが判る。これに対して、酸洗処理液として濃硝酸そのものを用いて製造された比較例3の化成処理品は、耐食性に劣ることが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを含むアルミニウム合金からなる物品を化成処理して化成処理品を製造する方法において、
化成処理に先立ち前記物品の表面を処理する工程を有し、
前記の処理を、濃硝酸と、フッ化物イオン又は含フッ素イオンを含有する化合物とを含む処理液を用いて行うことを特徴とする化成処理品の製造方法。
【請求項2】
前記化合物として、フッ化物イオンを含有する塩を用いる請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記塩として、アルカリ金属のフッ化物を用いる請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
前記処理液として、硝酸の濃度が350〜1000g/Lであり、フッ素の濃度が0.5〜5g/Lであるものを用いる請求項1ないし3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記化成処理を、クロム非含有の化成処理液を用いて行う請求項1ないし4のいずれかに記載の製造方法。