説明

単子葉植物の種子の形質転換法

【課題】単子葉植物のアグロバクテリウムを介する形質転換法を提供することを本発明の解決課題とする。
【解決手段】所望の組換え遺伝子を含むアグロバクテリウムを介して、単子葉植物を形質転換する方法が提供される。この形質転換方法では、単子葉植物の種子を植物成長因子を含む培地に播種後1〜3日間前培養して発芽させた後、その種子をアグロバクテリウムによって感染させる工程を包含する。この方法によって、イネを含む単子葉植物を迅速に形質転換することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単子葉植物の種子のアグロバクテリウムを介した形質転換方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物を改良するための手段の1つとして「形質転換法」が挙げられ、形質を改変するための所望の組換え遺伝子が植物に導入される。効率の良い、迅速な形質転換法は、有用な植物、特に、主食として重要な食糧である穀物を、分子育種するにおいて極めて重要である。
【0003】
穀物の多く(例えば、イネ、コムギ、オオムギ、およびトウモロコシ)は、単子葉植物に分類される。単子葉植物を形質転換するために、これまでに種々の形質転換法が開発されている。形質転換法は、直接的な形質転換法と間接的な形質転換法とに大きく分けられる。
【0004】
直接的な形質転換法としては、例えば、エレクトロポレーション法[非特許文献1および2]、パーティクルガン法[非特許文献3]ならびにポリエチレングリコール(PEG)法[非特許文献4]が挙げられる。エレクトロポレーション法およびパーティクルガン法は、遺伝子を比較的効率良く導入し得る方法として、単子葉植物を形質転換するために一般に使用されてきた。
【0005】
間接的な形質転換法としては、アグロバクテリウムを介した形質転換法(以下、アグロバクテリウム形質転換法と呼ぶことがある)が挙げられる。アグロバクテリウムは、植物病原細菌の一種である。アグロバクテリウムは、植物に感染すると、自らが有するプラスミド(例えば、TiプラスミドまたはRiプラスミド)上に存在するT−DNA領域を、植物に組込む性質を有する。アグロバクテリウム形質転換法では、植物に遺伝子を導入するための手段として、このT−DNA領域の植物への組込みを利用する。簡潔には、植物は、所望の組換え遺伝子含むアグロバクテリウムで感染される。感染後、所望の組換え遺伝子は、アグロバクテリウムから植物細胞内に移入され、そして植物ゲノムに組込まれる。
【0006】
アグロバクテリウム形質転換法は、双子葉植物については、十分に確立されており、現在までに、所望の組換え遺伝子を発現する安定な形質転換植物が数多く作出されている。
【0007】
対照的に、アグロバクテリウム形質転換法を単子葉植物に適用することは、従来、一般に困難であるとされてきた。例えば、Portrykusら[非特許文献5]は、アグロバクテリウムは、単子葉植物に感染しないと報告している。しかし、他方で、アグロバクテリウムを使用して単子葉植物を形質転換する試みは数多く行われ、その結果、アグロバクテリウム形質転換法を単子葉植物に適用できる可能性が見出されてきた。
【0008】
例えば、Raineriらは、イネの胚盤部分を取り出し、傷をつけて、脱分化を誘導する培地に置床し、数日後に、その胚盤部分をアグロバクテリウムで感染した。その結果、正常な再分化個体を得るまでには至らなかったものの、外来遺伝子が導入されたカルスを誘導することに成功した[非特許文献6]。
【0009】
特許2649287号は、イネおよびトウモロコシについての、アグロバクテリウム形質転換法を開示する[特許文献1]。この方法では、アグロバクテリウムで形質転換するための植物試料として、脱分化した培養組織(例えば、カルス)を使用することを必要と
する。このため、アグロバクテリウムでの感染の前に、形質転換しようとする植物試料(例えば、葉切片)から脱分化された培養組織を作製するために、通常、3〜4週間の脱分化誘導期間を必要とする。
【0010】
特許3141084号に開示される単子葉植物の形質転換方法は、2,4−Dを含む培地に播種後4〜5日間前培養して発芽させた発芽種子を用いる方法である[特許文献2]。特許文献2に開示される形質転換方法は、特許文献1に記載される形質転換方法よりも短時間で単子葉植物の形質転換を行なうことができる点で、優れた方法であるが、依然として、アグロバクテリウムの感染前に、4〜5日間程度の前培養が必須であると考えられていた。
【0011】
上記のように、従来技術におけるアグロバクテリウムを介する単子葉植物の形質転換においては、アグロバクテリウムを感染させることができる植物組織・植物細胞の調製(例えば、単子葉植物細胞のカルス化)に長時間費やす必要があった。そのため、単子葉植物細胞の分子育種の効率化においては、その調製のために時間が障害となっていた。そのため、形質転換に必要な時間を短縮することは、分子育種の実用化においては、非常に重要である。
【0012】
従って、従来法よりも迅速に植物細胞を形質転換する方法の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許2649287号
【特許文献2】特許3141084号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Shimamoto K.ら、Nature、338:274−276、1989
【非特許文献2】Rhodes C.A.ら、Science、240:204−207、1989
【非特許文献3】Christou P.ら、Bio/Technology 9:957−962、1991
【非特許文献4】Datta,S.K.ら、Bio/Technology、8:736−740、1990
【非特許文献5】Portrykusら、BIO/TECHNOLOGY, 535−542,1990
【非特許文献6】Raineri, D.M.ら、Bio/Technology,8:33−38、1990
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記課題の解決を意図するものである。本発明の目的は、単子葉植物のアグロバクテリウム形質転換法を改良し、従来法よりも迅速な形質転換方法を提供することにある。本発明の方法によれば、従来のアグロバクテリウム形質転換法よりも効率良く、はるかに迅速に、形質転換植物を作出することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、従来の知見に反して、植物成長因子存在下で1〜3日間培養した単子葉植物の種子に対して、アグロバクテリウムを介した形質転換が可能であることを見出すことによって、本発明を完成した。
【0017】
従って、本発明は以下を提供する。
1.単子葉植物の形質転換方法であって、所望の組換え遺伝子を含むアグロバクテリウムで、単子葉植物の種子を感染する工程を包含し、ここで、該種子は植物成長因子を含む培地に播種後1〜3日間前培養して発芽させた発芽種子である、方法。
2.前記種子が無傷の種子である、項目1に記載の方法。
3.前記植物成長因子がオーキシンである、項目1に記載の方法。
4.前記植物成長因子が2,4−Dである、項目1に記載の方法。
5.前記単子葉植物が、イネ科植物である、項目1に記載の方法。
6.前記イネ科植物が、イネである、項目5に記載の方法。
【0018】
本発明は、単子葉植物の形質転換方法に関し、所望の組換え遺伝子を含むアグロバクテリウムで、無傷の種子を感染する工程を包含する。本発明の方法において、種子は、無傷の状態で感染され、形質転換しようとする植物試料のカルスを調製するなどの処理は必要とされない。
【0019】
アグロバクテリウムでの感染に供される種子は、播種後1〜3日目の種子であり得る。また、感染の時点で、種子は、発芽した状態であり得る。
【0020】
形質転換される単子葉植物は、好ましくはイネ科植物であり、より好ましくはイネ(Oryza sativa L.)である。イネは、インディカ種であっても、ジャポニカ種であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、改良された、アグロバクテリウムを介した単子葉植物の形質転換方法が提供される。本発明の方法においては、形質転換を意図される植物の無傷の種子が、所望の組換え遺伝子を含むアグロバクテリウムで感染される。本発明の使用により、より効率良く、そしてより迅速に、形質転換植物を作出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、本発明の実施例1において使用したバイナリーベクターpCAMBIA1390-sGFPの構造を示す模式図である。
【図2】図2は、1日間の前培養を行った無傷の種子を用いて形質転換を行った結果得られた形質転換体を示す写真である。(上段:選抜7日目、中段:選抜14日目、下段:再分化14日目)
【図3】図3は、2日間の前培養を行った無傷の種子を用いて形質転換を行った結果得られた形質転換体を示す写真である。(上段:選抜7日目、中段:選抜14日目、下段:再分化14日目)
【図4】図4は、3日間の前培養を行った無傷の種子を用いて形質転換を行った結果得られた形質転換体を示す写真である。(上段:選抜7日目、中段:選抜14日目、下段:再分化20日目)
【図5】図5Aおよび5Bは、選抜6日目(図5A)および13日目(図5B)における、前培養日数とGFP発現組織出現率(図中のGFP発現率)との関係、および前培養日数と薬剤存在下で増殖可能な組織の出現率(図中の増殖率)との関係をまとめたグラフである。図5Cは、前培養日数と再分化植物体が得られる割合との関係をまとめたグラフである。
【図6】図6は、サザンハイブリダイゼーションに用いたプローブを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0024】
(用語の定義)
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
【0025】
本明細書において使用する場合、「植物成長因子」とは、植物細胞の成長を促進する因子をいう。植物成長因子としては、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、および他の植物ホルモンが挙げられるが、これらに限定されない。オーキシンとしては、2,4−D、インドール酢酸(IAA)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
本発明の方法が適用される「植物」は、単子葉植物である。好ましい単子葉植物としては、イネ科植物(例えば、イネおよびトウモロコシ)が挙げられる。本発明の方法が適用される最も好ましい植物は、イネであり、特に、ジャポニカイネである。また「植物」は、特に他で示さない限り、植物体、および植物体から得られる種子を意味する。
【0027】
(植物発現用ベクターの作製)
単子葉植物に所望の組換え遺伝子を導入するために、所望の組換え遺伝子を含む適切な植物発現用ベクターが構築される。このような植物発現用ベクターは、当業者に周知の遺伝子組換え技術を用いて作製され得る。アグロバクテリウム形質転換法において使用するための植物発現用ベクターの構築には、例えば、pBI系またはpPZP系のベクターが
好適に用いられるが、これらに限定されない。
【0028】
「所望の組換え遺伝子」は、植物に導入されることが所望される任意のポリヌクレオチドをいう。本発明における所望の組換え遺伝子は、天然から単離されたものに限定されず、合成ポリヌクレオチドも含み得る。合成ポリヌクレオチドは、例えば、配列が公知の遺伝子を、当業者に周知の手法によって合成または改変することにより入手し得る。本発明における所望の組換え遺伝子としては、例えば、形質転換される植物において発現が所望される、その植物に対して内因性または外因性である任意のポリヌクレオチド、および植物においてある内因性遺伝子の発現制御が所望される場合の、その標的となる遺伝子のアンチセンス配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0029】
植物において発現が意図される場合、所望の組換え遺伝子は、自己のプロモーター(すなわち、天然において該遺伝子が作動可能に連結しているプロモーター)を作動可能な様式で含むか、または自己のプロモーターを含まない場合もしくは自己のプロモーター以外のプロモーターをさらに含むことが所望される場合、任意の適切なプロモーターと作動可能に連結される。使用され得るプロモーターとしては、構成的プロモーター、および植物体の一部において選択的に発現するプロモーター、ならびに誘導性のプロモーターが挙げられる。
【0030】
植物発現用ベクターにおいて、さらに種々の調節エレメントが宿主植物の細胞中で作動し得る状態で連結され得る。調節エレメントは、好適には、選抜マーカー遺伝子、植物プロモーター、ターミネーター、およびエンハンサーを含み得る。使用される植物発現用ベクターのタイプおよび調節エレメントの種類が、形質転換の目的に応じて変わり得ることは、当業者に周知の事項である。
【0031】
「選抜マーカー遺伝子」は、形質転換植物の選抜を容易にするために使用され得る。ハイグロマイシン耐性を付与するためのハイグロマイシンフォスフォトランスフェラーゼ(HPT)遺伝子、およびカナマイシン耐性を付与するためのネオマイシンフォスフォトランスフェラーゼII(NPTII)遺伝子、およびビアラフォス耐性を付与するためのフォスフィノスリシンアセチルトランスフェラーゼ(PAT)遺伝子のような薬剤耐性遺伝子が好適に用いられ得るが、これらに限定されない。
【0032】
「植物プロモーター」は、選抜マーカー遺伝子に作動可能に連結される、植物で発現するプロモーターを意味する。このようなプロモーターの例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター、およびノパリン合成酵素のプロモーターが挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
「ターミネーター」は、遺伝子のタンパク質をコードする領域の下流に位置し、DNAがmRNAに転写される際の転写の終結、およびポリA配列の付加に関与する配列である。ターミネーターの例としては、CaMV35Sターミネーター、およびノパリン合成酵素遺伝子のターミネーター(Tnos)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
「エンハンサー」は、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ得る。エンハンサーとしては、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域が好適である。エンハンサーは、1つの植物発現用ベクターあたり複数個用いられ得る。
(植物の形質転換)
単子葉植物の形質転換に用いられるアグロバクテリウムは、任意のアグロバクテリウム属細菌であり得、好ましくはAgrobacterium tumefaciensである。アグロバクテリウムは、所望の組換え遺伝子を含む植物発現用ベクターで(例えば、エレクトロポレーションによって)形質転換される。形質転換されたアグロバクテリウムで種子を感染することにより、所望の組換え遺伝子を植物に導入し得る。導入された組換え遺伝子は、植物中のゲノムに組み込まれて存在する。なお、植物中のゲノムとは、核染色体のみならず、植物細胞中の各種オルガネラ(例えば、ミトコンドリア、葉緑体など)に含まれるゲノムを含んでいう。
【0035】
形質転換が意図される植物の種子は、籾殻を除去した後、無傷の状態で前培養される。種子に関して「無傷」とは、種子が、胚珠を除去すること、および胚盤を傷つけることなどの人為的な操作を受けていない状態であることをいう。
【0036】
前培養において、種子は、適切な濃度のオーキシン(例えば、2,4−D)を含む培地(例えば、N6D培地)に播種されて、代表的には1日〜3日間、保温され得る。このときの温度は、代表的には25〜35℃、好ましくは27〜32℃である。前培養の完了後、種子は殺菌され、次いで水で十分に洗浄される。次いで、種子は、無菌操作下で、形質転換されたアグロバクテリウムで感染され得る。
【0037】
アグロバクテリウムでの感染(共存培養)の間、種子は、暗黒下で、代表的には2日間〜5日間、好ましくは3日間、保温される。このときの温度は、代表的には26〜28℃、好ましくは28℃である。次いで、種子は、培地中のアグロバクテリウムを除菌するために、適切な除菌剤(例えば、カルベニシリン、クラフォラン)による処理に供される。形質転換された種子が、選抜マーカー(例えば、ハイグロマイシン耐性などの薬剤耐性)を基準として選抜される。
【0038】
適切な除菌条件および選抜条件下での培養後、選抜された形質転換種子は、適切な植物調節物質を含む再分化培地(例えば、MS培地)に移され、適切な期間、保温され得る。植物体を再生するためには、再分化した形質転換体は、発根培地(例えば、植物調節物質を含まないMS培地)に移される。根の発育が確認された後、形質転換体は、鉢上げされ得る。
【0039】
植物に導入された所望の組換え遺伝子は、植物において意図される目的(例えば、目的とされる新たな形質の発現、またはある内因性の遺伝子の発現の制御)のために作用し得る。
【0040】
所望の組換え遺伝子が植物に導入されたか否かは、当業者に周知の手法を用いて、確認され得る。この確認は、例えば、ノーザンブロット解析を用いて行い得る。具体的には、再生した植物の葉から全RNAを抽出し、変性アガロースでの電気泳動の後、適切なメンブランにブロットする。このブロットに、導入遺伝子の一部分と相補的な標識したRNAプローブをハイブリダイズさせることにより、目的の遺伝子のmRNAを検出し得る。あるいは、所望の組換え遺伝子の導入によって、植物における内因性遺伝子の発現制御が所望される場合、標的となる内因性遺伝子の発現を、例えば、上記のノーザンブロット解析を用いて、試験し得る。標的となる内因性遺伝子の発現が、非形質転換のコントロール植物におけるその発現に比べて有意に抑制されている場合、所望の組換え遺伝子は植物に導入され、そして発現の制御に作用したことが確認される。
【0041】
従来の方法は、アグロバクテリウムでの感染の前に、通常、3〜4週間の脱分化誘導期間を必要とする。対照的に、本発明の方法は、脱分化を誘導する工程を必要としないので、形質転換単子葉植物を作出するために必要な日数を短縮することが可能である。さらに、本発明の方法によれば、従来法における選抜に要する期間を短縮することも可能となり、培養変異の影響を低減することが可能となる。
【0042】
本発明の方法の好ましい1つの実施態様において、形質転換単子葉植物を作出するために必要とされる日数は約32日であり、従来のアグロバクテリウム形質転換方法(例えば、下記実施例2を参照)において必要とされる日数(約90日)の約3分の1程度である。また、本発明の方法によれば、日本晴の種子の場合で、10〜15%の形質転換効率が得られる。どんとこい、キタアケなどの他のイネ品種でも同程度に高い形質転換効率が達成可能である。従って、本発明の方法を使用することによって、従来の形質転換法よりも効率良く、および迅速に、形質転換植物を作出することが可能である。
【0043】
以下に実施例等により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。この実施例は、本発明を限定するものではない。実施例で使用した、材料、試薬などは、他に特定のない限り、商業的な供給源から入手可能である。
(実施例1:本発明の方法によるイネ植物の形質転換)
(材料)
ジャポニカ品種である日本晴を材料に以下の方法によって形質転換を行った。
【0045】
(種子の滅菌)
70%エタノールで30秒、続けて2.5%次亜塩素酸ナトリウム溶液で20分間滅菌した後、滅菌水で洗浄した。
【0046】
(ベクター)
形質転換細胞を選抜するマーカー遺伝子であるハイグロマイシン耐性遺伝子と、形質転換細胞のレポーターとなるGFP(Green Fluorescent Protein)遺伝子をT−DNA上に有するバイナリーベクターpCAMBIA1390−sGFP(図1)をAgrobacterium tumefaciens EHA105菌に形質転換し実験に用いた。
【0047】
(アグロバクテリウムを感染させるイネ種子の前培養)
滅菌したイネの種子を、2,4−Dを含むN6D培地(Toki、Plant Molecular Biology Report、15(1)(1997))に置床し、30℃明条件下で1〜3日間前培養しアグロバクテリウムによる感染に供した。N6D培地の組成は、以下のとおりである:30g/lスクロース、0.3g/lカザミノ酸、2.8g/lプロリン、2mg/l 2,4−D、4g/lゲルライト、pH5.8。
【0048】
(アグロバクテリウムの感染)
上記の様に1〜5日間前培養したイネ種子をそのままアグロバクテリウム菌液に浸せきした後、2N6−AS培地(Hieiら、The Plant Journal(1994)6(2)、271−282)に移植し、暗黒下28℃で共存培養を行った。2N6−AS培地の組成は、以下のとおりである:N6の無機塩類及びビタミン類(Chu C.C.1978;Proc.Symp.Plant Tissue Culture,Science Press Peking,pp.43−50)、1g/lカザミノ酸、2mg/l 2,4−D、30g/lショ糖、2g/lゲルライト、アセトシリンゴン20mg/ml)。なお、アセトシリンゴンは、10〜40mg/mlの濃度を用いた場合でも、同様の結果が得られた。
【0049】
(除菌及び形質転換カルスの選抜)
共存培養の完了後、500 mg/lカルベニシリンを含有するN6D液体培地を用いてアグロバクテリウムを前培養した種子から洗い流した。次いで形質転換した細胞を選抜するために形質転換処理種子を薬剤として50 mg/lハイグロマイシン及び500 mg/lカルベニシリンを含有するN6D培地(選抜培地)に置床した。選抜培地上における形質転換細胞の出現は、置床後のカルスの出現および増殖、ならびにレポーター遺伝子GFPの発現を指標に評価した。
(形質転換体の再分化)
選抜培地に置床後2週間目に、選抜培地上で増殖の見られたカルスを再分化培地(Toki 1997)に移植した。再分化培地の組成は、以下のとおりである:(カルベニシリン(500mg/l)およびハイグロマイシン(50mg/l)を補充したMS培地(30g/lスクロース、30g/lソルビトール、2g/lカザミノ酸、2mg/lカイネチン、0.02mg/l NAA、4g/lゲルライト、pH5.7)。
(鉢上げ)
再分化した形質転換体を、発根培地(ハイグロマイシン(25mg/l)を補充した、ホルモンを含まないMS培地)上に移して、根の発育を確認した後に、鉢上げした。
(再生植物体を用いたサザン分析)
得られた再生植物体及び非形質転換植物体の葉からゲノムDNAを抽出し、EcoRIで消化した後、図6に示されるXmnIプローブ(1.4kb)及びsGFPプローブ(1.4kb)を混合して調製した標識プローブを用いて、サザンブロットを行った。サザンブロットは、常法(MolecularCloning,A Laboratory Manual, 第2版, Maniatisら, Cold Spring Harbor LaboratoryPress, 1989)に従って行った。その結果、染色体にプラスミドDNAが挿入されたことが、示された。
(結果)
播種後、1日間、2日間、および3日間前培養し、薬剤(ハイグロマイシン)選抜の7日目、および14日目、ならびに再分化培地へ移してから14日目の組織を観察した。その結果を、図2〜4に示す。各図の左側のパネルは、GFPの蛍光を観察した結果を示す。また、各図の右側のパネルは、自然光下で観察した組織を示す。これらの結果から明らかなように、播種後、1日間、2日間、および3日間前培養した無傷の種子のいずれを用いた場合であっても、GFPを発現し、かつ薬剤に耐性な組織が得られた(上段および中段)。さらに、再分化培地での培養の結果、再分化植物体が得られた(下段)。この結果は、1〜3日間の前培養をした無傷の種子がアグロバクテリウムによって感染され、外来遺伝子がその種子の細胞内に導入されたことを示す。
【0050】
実施例1の結果を、前培養日数とGFP発現組織出現率との関係、および前培養日数と薬剤存在下で増殖可能な組織の出現率との関係をまとめた結果を図5AおよびBに示す。図5の結果から、1日間の前培養においても、GFPを発現する組織、および薬剤存在下で増殖し得る組織は出現するが、その出現する割合は、前培養日数の増加とともに増加することが示された。
【0051】
形質転換し、ハイグロマイシン耐性となった組織を、再分化させたところ、1日間の前培養の場合は2クローン(再分化率1.7%)、2日間の前培養の場合は11クローン(再分化率10.5%)、3日間の前培養の場合は44クローン(再分化率38.6%)が再分化した。この結果は、1〜3日間前培養した無傷の種子を用いることによって、植物体に再分化する形質転換体が得られたことを示す。
【0052】
前培養日数と再分化植物体が得られる割合との関係をまとめた結果を図5Cに示す。図5の結果から、1日間の前培養においても、再分化植物体が得られるが、その出現する割合は、前培養日数の増加とともに増加することが示された。
【0053】
さらに、再分化植物体の葉を用いてサザンブロットを行ったところ、外来遺伝子が植物細胞の染色体に挿入されていることが確認された。
【0054】
従って、本発明の方法を用いることによって、植物の迅速な形質転換が可能になった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
明細書に記載の方法。

【図1】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−152138(P2011−152138A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54774(P2011−54774)
【出願日】平成23年3月11日(2011.3.11)
【分割の表示】特願2006−511539(P2006−511539)の分割
【原出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】