説明

可変式エレバトリウム

【課題】手術中における患者の軟部組織や硬組織、あるいは骨組織に対して滑りが生じにくいレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウム、熱傷防止型可変式エレバトリウムおよび先端変更型可変式エレバトリウムを提供する。
【解決手段】切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部(1)と、上端に形成された把持部(2)と、創内挿入部(1)と把持部(2)との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部3とを有し、創内挿入部(1)のへら状面に滑り防止凹凸部(9)を形成した。また、中間部(3)に、または該中間部からその前後部にかけて、または創内挿入部(1)から把持部(2)まで全長にわたって非導電性材料による被覆を施した。また、創内挿入部(1)を中間部(3)に対して脱着可能に連結し、被術者(患者)の体形に合ったサイズ、形状の創内挿入部(32)と交換可能にした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外科的手術の補助具として用いられる可変式エレバトリウム、特に、中間部が屈曲可変で切開創を圧排して手術視野(術野)を拡開、確保するレトラクター機能を備えた可変式エレバトリウム、熱傷防止型可変式エレバトリウムおよび種々の体形の患者に適用可能とした先端変更型可変式エレバトリウムに関する。
【背景技術】
【0002】
外科的手術においては、手術視野(術野)の視野を確保し、術野周辺組織の損傷を防ぐため、切開創周囲の皮膚、筋肉や内蔵組織等の軟組織を術野から拡開、排除(圧排)する必要がある。この目的のため、従来、先端がわん曲または屈曲した形状を有する金属器具が用いられている。このような器具はレトラクターと称されているが、具体的には、このレトラクターの先端を切開創縁から切開創内へ挿入し、後端(上端)を助手が押えたり牽引したりすることによって、軟部組織を圧排し保護する。
【0003】
特に近年は、内視鏡手術や低侵襲手術等の小切開創を用いる手術が行われるようになってきており、この結果として術野は狭くなり、レトラクターもそれに応じて小切開創での使用に適した小形化が求められている。
【0004】
小切開創に適するように小形化したレトラクターとして、先端部を複数枚の偏平板で構成し、小切開創への挿入後に内部で扇状に開いて臓器を圧排する構造のものがある(例えば特許文献1)。また、特許文献2に示されるように、複数の押圧ロッドを閉じて小孔から腹腔内に挿入し、腹腔内で押圧ロッドを拡開して内蔵等を押圧して腹腔鏡の視野を確保するようにしたものも知られている。
【0005】
そのほか、特許文献3に開示されるように、シートを開閉して臓器を圧排し、術野を確保したり、特許文献4のように弾性に抗して絞った状態の圧排部材を腹腔内で弾性的に復元、拡開させて臓器を圧排し、術野を確保した構造も開示されている。
【0006】
また、特に整形外科領域の手術では、骨などの硬組織を持ち上げたり、骨から骨膜や筋肉を剥離するエレバトリウムとレトラクターとを併用して、エレバトリウムの挿入と同時に、または、これを術野から取り出した後に、レトラクターを挿入して軟部組織を圧排、牽引することにより、手術視野を確保している。例えば、特許文献5に示す可変式エレバトリウムは、切開創内へ挿入される先端側の創内挿入部と、後端側の把持部と、この間を連結する中間部とを有し、この中間部を一方向に屈曲可能な構造にし、前記創内挿入部を切開創内に挿入してエレバトリウムとして手術視野を確保した後、前記中間部を把持部が手術視野を妨げないように切開創の外側方へ屈曲させて術野を拡開状態に保持している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−154152号公報
【特許文献2】特開平9−299374号公報
【特許文献3】特開2003−164459号公報
【特許文献4】特開2002−360582号公報
【特許文献5】特開2006−175047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したような先端が開閉式となったレトラクターは、小切開創の内部で圧排面積を拡張する分だけ、レトラクターの使用個数を少なくすることができる利点はあるものの、開閉機構が複雑で万一故障した場合の対応が難しい上、小切開創内の様々な臓器が混在する中で開閉を行うので、内蔵組織を挟み込んで損傷させてしまったり、拡開が思うようになされない等の問題がある。
【0009】
一般に小切開創用レトラクターは、挿入時の小形化を保ちながら挿入後の圧排面積の拡大を目的に工夫されているが、従来のレトラクターは挿入後も助手が手で押さえ付けて支える構造のため、助手にとっては大きな負担となる。レトラクターを手術台等に固定保持することも行われているが、この方法は手術の進行に対応して圧排部位を迅速かつ柔軟に変更することが難しい。
【0010】
また、エレバトリウムを挿入した状態でレトラクターを使用する場合、手術部位によってはレトラクターの数が制限される。エレバトリウム使用後に、これに代えてレトラクターを使用する場合は、入れ替えに迅速な操作が必要となり、術者側にとって負担を強いる結果となっている。
【0011】
一方、特許文献5に記載の可変式エレバトリウムは、挿入後に長さ方向中途部が外側へ屈曲させ得る構造のため、レトラクター機能も有効に果たし得、或る程度術者の負担も軽減できるという点でそれなりの利点はあるものの、先端の創内挿入部が平滑かつ平坦な形状となっているため、実際の手術中に患者の軟部組織や骨組織をレトラクターする際に滑りが生じ易く、組織を傷付けてしまうおそれがある。また、他端の把持部も平滑且つ平坦であるため、操作中に術者の手から滑ることがあり、扱いが非常に不便であった。
【0012】
また、従来のレトラクターあるいはエレバトリウムは材質が金属製でその金属面がそのまま露出した形態であるため、術中に電気メスが接触すると、通電によりエレバトリウムが加熱され、接している皮膚や軟部組織に熱傷が生じ、非常に危険である。また、術者にとっては、エレバトリウムに電気メスが接触しないように常に気をくばっていなければならないという問題があった。
さらに、従来のような全長一体形の形状では、肥満した患者の体形により術野までの深さが深くなり、適用できる患者の範囲が特定されてしまうといった不便があった。
【0013】
本発明は、手術中における患者の軟部組織や硬組織、あるいは骨組織に対して滑りが生じにくいレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムを提供することを目的とする。
【0014】
本発明はまた、電気メスを使用しても皮膚や軟硬部組織に対して熱傷の危険がない熱傷防止型可変式エレバトリウムを提供することにある。
【0015】
本発明はさらに、やせ形、肥満体など種々の体形の患者にも広く適用できる先端変更型の可変式エレバトリウムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の請求項1に係る可変式エレバトリウムは、切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部のへら状面に滑り防止凹凸部を形成したことを特徴とする。
【0017】
本発明の請求項5に係る熱傷防止型可変式エレバトリウムは、切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記中間部に、または該中間部からその前後部にかけて、または前記創内挿入部から前記把持部まで全長にわたって非導電性材料による被覆を施したことを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項7に係る先端変更型可変式エレバトリウムは、切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部を前記中間部に対して脱着可能に連結し、被術者(患者)の体形に合ったサイズ、形状の創内挿入部と交換可能としたことを特徴とする。
【0019】
また、本発明の請求項8に係る先端変更型可変式エレバトリウムは、切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部を前記中間部に対して伸縮可能に挿入し、これによって前記創内挿入部の長さを調整するようにしたことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の請求項9に係る先端変更型可変式エレバトリウムは、切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部を伸縮可能な入子構造に形成し、これによって前記創内挿入部の長さを調整するようにしたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明による可変式エレバトリウムは、エレバトリウムとして用いた後、レトラクターと交換せずにそのままレトラクターとして作用させ得、また、手術中における患者の軟部組織や骨組織から滑って外れてしまうことがなく、迅速で安全性の高い外科手術を行い得る。
【0022】
また本発明によれば、上端部のグリップ部分が滑りにくく、また電気メスとの接触があっても皮膚や内部組織に熱傷を生じさせず、さらに、創内に挿入する先端部を取り替えたり、伸縮させるだけで、種々の体形の患者にも広く適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の第1の発明の実施例に係る可変式エレバトリウムの平面図である。
【図2】図1に示す実施例の側面図である。
【図3】図1に示す実施例の中間部における屈曲部の構造を示す拡大斜視図である。
【図4】図1の実施例の変形例を示した創内挿入部の先端部分の側面図である。
【図5】本発明の第2の発明における非導電性のラバーで創内挿入部の後端から中間部にかけて覆った場合の部分的な平面図である。
【図6】図5の部分的な側面図である。
【図7】図6の矢視Aからみた正面図である。
【図8】本発明の第3の発明における中間部から取り外した状態の創内挿入部の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に、本発明の好ましい実施形態について、添付の図面に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明の第1の発明の実施例に係る可変式エレバトリウムの平面図であり、図2は図1の側面図である。この実施例の可変式エレバトリウムは基本的に先端部を構成する創内挿入部(1)、上端のグリップ部となる把持部(2)、および創内挿入部(1)と把持部(2)とを連結している中間部(3)から構成されており、把持部(2)から中間部(3)にかけて、場合によっては創内挿入部(1)の中途位置まで、長手方向に心棒挿入孔(4)が形状され、この心棒挿入孔(4)に把持部(2)の端部から剛性でかつ塑性変形可能な心棒(6)が挿入され、これによってエレバトリウム全長が真直状の形態を維持するようになっている。
【0025】
心棒(6)の後端部は大径のつまみ部(7)が形成され、このつまみ部(7)に続いて心棒先端あるいは中途部よりも若干太めの膨出部(8)が形成され、これに対応して心棒挿入孔(4)の孔開口部分の内径は心棒(6)の膨出部外径より僅かな公差で小さくなっており、心棒(6)を前記心棒挿入孔(4)に挿入するとき、心棒(6)の膨出部(8)が挿入孔(4)の前記孔開口部分に圧入状態で嵌合され、これによって手術の際の取扱い時に心棒(6)が心棒挿入孔(4)から簡単に抜け落ちないようになっている。
【0026】
他の変形例によれば、心棒(6)のつまみ部(7)に続く部分に短い雄ねじ部が形成され、これに対応して心棒挿入孔(4)の孔開口部分にも雌ねじ部が形成され、心棒(6)を挿入孔(4)に挿入する際は、心棒(6)の回転によって心棒(6)を心棒挿入孔(4)にねじ込み係合させ、これによって手術の際の取扱い時に心棒(6)が心棒挿入孔(4)から簡単に抜け落ちないようにすることも可能である。
【0027】
この実施例では、創内挿入部(1)の先端近傍部分は全体として偏平に形成され、かつその片面には、図1,図2に示されるように、横方向にのびる細かい凹凸溝で構成された滑り防止凹凸部(9)が形成されている。なお、創内挿入部(1)の先端は、組織内へ差し込むのに適するように、先の尖った突端形あるいは凸わん曲形に形成されている。このように創内挿入部(1)を偏平形状とすることにより、レトラクターとして機能させる際の硬組織への係留が容易となるとともに、エレバトリウムとして骨から骨膜や筋肉を分離するのが容易となる。
【0028】
また、偏平形状部の片面に上述のようなぎざぎざの凹凸溝を形成することにより、創内挿入部(1)を軟部組織や硬組織に挿入したとき、骨や軟部組織に対して滑り動くことがなくなり、安定した手術が可能となる。なお、このような滑り防止凹凸部(9)は平行な横方向凹凸溝に限定されるものではなく、斜め方向の平行溝あるいは格子状ないし斜交状の溝でもよく、さらに散点状の細かい凸部あるいは凹部で形成してもよい。
【0029】
把持部(2)も全体としては偏平形であるが、術者等が把持し易いように幅広肉厚に形成され、かつその表裏面に指にフィットするような複数の凹凸部(10)が形成されている。また、図1に明示するように表裏面に長手方向に延びる複数本の凸条(11)が形成されている。これらの凹凸部(10)あるいは凸条(11)は術中の扱い時に手から滑らないように、また握り易くするためであり、したがって凹凸部(10)は、その向きや幅、あるいは深さ等種々の形態が採用される。
【0030】
創内挿入部(1)と把持部(2)との間にある中間部(3)は、真直状態から一方向へ、好ましくは創内挿入部(1)の滑り防止凹凸部(9)が形成された側と反対側へ屈曲するように構成されている。図2および図3を参照して、この屈曲構造の例を詳しく説明する。
【0031】
まず、把持部2の下端部と創内挿入部1の上端部との間が複数個の、図示実施例では2個のリンク部材(12,13)によって連結されている。把持部(2)と上側リンク部材(12)は、これらに形成されたピン孔(16)に挿入されるピン(14)によって回転可能に連結され、同様に創内挿入部1と下側リンク部材(13)は、これらに形成されたピン孔17に挿入されるピン15によって回転可能に連結され、上側、下側リンク部材(12,13)どおしもピン孔(18)に挿入されるピン(19)によって互いに回転可能に連結されている。
【0032】
把持部(2)の下端部の上側面には上面内側へ延びる舌片状の張出部(20)が形成され、上側リンク部材(12)の上側縁には把持部(2)の張出部(20)の裏側(下側)に沿って延びる矩形板状のかすがい部材(21)が固着されている。張出部(20)の裏側とかすがい部材(21)との間には所定の隙間(クリアランス)が設けられており、したがって、この隙間の範囲内で上側リンク部材(12)が把持部(2)に対して片側へ、つまり、かすがい部材(21)と反対側へ屈曲可能であり、かつ、かすがい部材(21)側へは前記かすがい部材(21)が把持部(2)の張出部(20)に接当して回転が阻止されて真直状態に保持される。なお、張出部(20)は図3のみに示し、図2には図示省略してある。
【0033】
かすがい部材(21)と反対側の面の把持部下端の下側面は、把持部(2)の軸線に対して傾斜面(22)に形成され、また上側リンク部材(12)の上端の下側面も該リンク部材(12)の軸線に対して傾斜面(22)に形成され、これによって把持部(2)と上側リンク部材(12)が真直状態にあるとき、図2に示すように、これらの部材の傾斜面(21,22)どおしが口を開いた状態になっている。把持部(2)に対して上側リンク部材(12)が屈曲したとき、一定の屈曲角度で傾斜面(21,22)どおしが接当し、これによって上側リンク部材(12)は把持部(2)に対してこれ以上の屈曲回転が阻止される。このとき、かすがい部材(21)は把持部(2)の張出部(20)の裏面に接当するようになっている。上側リンク部材(12)が屈曲回転したときの把持部(2)に対する上側リンク部材12の角度は略30°となっている。
【0034】
上側リンク部材(12)の下端部は、上述した把持部(2)の下端部と略同様の構成となっており、リンク部材(12)の下端部の上側面には上面内側へ延びる舌片状の張出部(23)が形成される。そして、創内挿入部(1)に連結される下側リンク部材(13)の上側縁に固着される矩形板状のかすがい部材(24)が上側リンク部材(12)の下端の舌片状張出部(23)の裏側へ隙間を有して延びている。下側リンク部材(13)の屈曲傾斜時には下側リンク部材(13)のかすがい部材(24)が上側リンク部材(12)の張出部(23)の裏側に接当するとともに両リンク部材(12,13)の端部裏側(かすがい部材と反対側の面)に形成された傾斜面どおしが接当し、これ以上の屈曲傾斜が阻止される。そのときの下側リンク部材(13)の傾斜角度は上側リンク部材(12)に対して略30°に設定されており、これらの関係は把持部(2)と上側リンク部材(12)との係合構造と同様である。
【0035】
創内挿入部(1)と下側リンク部材(13)との連結も上述の把持部(2)と上側リンク部材(12)との連結、および上側リンク部材(12)と下側リンク部材(13)との連結と同じ構造に構成されている。下側リンク部材(13)の舌片状張出部(25)の裏側に創内挿入部(1)のかすがい部材(26)の上端部分が入り込み、最大屈曲時に屈曲側の傾斜面(27,28)どおしが接当し、その屈曲角度は略30°になるように設定されている。したがって、このエレバトリウムの中間部3が最大に屈曲した状態では把持部(2)は創内挿入部1に対して略90°の角度で屈曲して側方へ伸長する。図2にはこのときの状態を仮想線で示してある。なお、把持部(2)から中間部(3)に挿入される心棒(6)は塑性変形で屈曲し、屈曲変形した状態を維持するので、積極的に真直状態に戻す外力がかからない限り、可変式エレバトリウムの屈曲状態は維持される。逆に真直状態でエレバトリウムを創内に挿入する時にも、心棒(6)によって全体の真直状態を保ったまま軟部組織内あるいは骨組織間に挿入し得る。なお、これについては、さらに後述する。
【0036】
図4は上述した第1の発明における実施例の変形例を示した創内挿入部(1)の先端部分の側面図である。既述したように、創内挿入部(1)の先端部は偏平なへら状に形成され、その片面に凹凸溝などの滑り防止凹凸部(9)が形成されるが、この変形例では滑り防止凹凸部(9)の形成される面が長さ方向に凹状にわん曲して形成されている。このように創内挿入部1の先端側をへら状凹わん曲面5に形成することにより、先端部を硬組織へ挿入したとき、支えとなる凸面を持つ骨(図示せず)の外形部分に引っ掛けてアンカ機能をもたらすことができる。なお、この凹わん曲面5の曲率は適用する手術部位に応じて適切に定められる。
【0037】
次に本発明の第2の発明について説明する。
この種のエレバトリウムは通常ステンレス鋼等の金属材で形成されるが、この金属面が露出していると、手術中に電気メス等が接触した場合、エレバトリウムが通電、加熱され、これ接している皮膚あるいは内部組織が熱傷を受けるおそれがある。したがって本発明ではエレバトリウムの全体あるいは電気メスに触れ易い箇所を部分的に非導電性材料で被覆したり、非導電性のカバーで囲包した構造としている。具体的は、ラバーやシリコン、合成樹脂等の非導電性材料が用いられるが、全体を被覆する場合は先端の創内挿入部の組織内挿入機能が損われないように薄肉の被覆とするように配慮される。
【0038】
図5,図6は非導電性のラバーで創内挿入部の後端から中間部にかけて覆った場合の部分的な平面図および側面図であり、図7は図6の矢視Aからみた正面図である。ラバー製カバー31は中間部3の屈曲を妨げないように軟質で比較的弾力のある材質のものが採用される。中間部3の屈曲状態では、この部分が患者の切開創口の皮膚あるいは切開創近くの軟部組織を圧排して直接皮膚に触れるが、この中間部(3)を非導電性のカバー(31)で覆うことによって、仮に電気メスと接触することがあっても、通電が起らず、熱傷が生じない。また、術者や助手は、通常手術中はゴム手袋を着用しているが、仮に手袋が破れている場合に把持部(2)に触れても感電のおそれはなく、安心して手術を行うことができる。
【0039】
本発明の第3の発明に係る先端変更型可変式エレバトリウムは、先端の創内挿入部が中間部に対して脱着可能となっており、種々形状、サイズの創内挿入部が交換用として付属されている。図8は前記中間部から取り外した状態の創内挿入部(32)の側面図である。全体の長さ、サイズ、曲率の異なる凹わん曲面など種々の交換用創内挿入部が付属されており、必要に応じて適切なものと交換する。この交換用創内挿入部(32)も図1,図2に関して説明したような滑り防止凹凸部(9)が形成されている。患者の体形は様々であり、例えば痩せ形の患者では創内挿入部は短いものが必要であり、肥満体の患者ではエレバトリウムを深く差し込む必要があるため、長い創内挿入部のものが求められる。従来のエレバトリウムは創内挿入部は中間部に対して一体に固着され、取り外すことができなかったが、本発明によれば、適用する患者、例えば幼児、肥満患者等に対しても適切な創内挿入部を付け替えることで容易に対処できる。
【0040】
中間部に対する創内挿入部の脱着構造としては、軽い圧入形態の差込み構造、ねじ込み構造そのほか任意の形態のものが採用可能である。なお、創内挿入部自体の長さのみを変更する場合には、創内挿入部を中途部位で挿抜できる入子式の伸縮2重構造とし、必要に応じて長さを長くしたり、あるいは短くするようにすることも可能である。この場合、前記創内挿入部の内側部分の外側面に小さな凸部あるいは凹部を形成し、これに対応して前記創内挿入部の外側部分の内側面に凹部あるいは凸部を形成し、創内挿入部の伸長位置あるいは短縮位置でこれらの凸部と凹部が互いに嵌合し、これによって前記創内挿入部の伸縮位置の位置決め、固定を行うようにするのがよい。また、創内挿入部を中間部に挿抜して把持部からの創内挿入部の長さを調整するようにすることもできる。この場合においても互いに嵌合する凸部あるいは凹部を設けて位置決め、固定することが可能である。
【0041】
上記各実施例における可変式エレバトリウムの各部の寸法例を示すと、エレバトリウム全長は概ね250mm前後であり、創内挿入部の長さは約120mm、把持部は約85mm程度である。また、創内挿入部の凹わん曲部の基端(後端)から中間部の先端までの長さ(図8の長さL)は、痩せ形の高齢者で1cm程度、肥満者では7〜8cm程度であり、この範囲で患者に応じて、また手術の部位に対応して適当な長さの創内挿入部を用意しておき、必要に応じて創内挿入部のみを交換するか、あるいは伸縮形態の創内挿入部では長さの調整を行う。
【0042】
本発明に係る可変式エレバトリウムの使用例を説明する。まず、手術の初期操作時には創内挿入部、中間部および把持部の3部分を真直状の形態とし、把持部上端から心棒挿入孔に心棒を挿入し、心棒をねじ留めして、全体を真直な状態に保持する。この状態では可変式エレバトリウムは心棒によって剛直状態を維持されるので、患部の創内への挿入は容易になされる。必要であれば、骨などの硬組織を持ち上げたり、骨と骨膜や筋肉との剥離を行うなどのエレバトリウムとしての操作を行う。
【0043】
ついで把持部を手で持って小切開創を開く方向に牽引して中間部を屈曲させる。この場合、把持部から心棒を抜き取る形態と、抜き取らない形態とがある。後者の場合は、心棒が手で曲げられる剛性を持ち、かつ曲げた時の塑性変形でその屈曲状態を維持できるものが用いられる。このようにして可変式エレバトリウムの屈曲部を利用して小切開創を開く方向に押し拡げることで、軟部組織が圧排されて術野の視野が確保される。つまり、このような屈曲操作に伴って、創内挿入部に手術視野を確保しつつ、筋肉や内蔵などの軟部組織を圧排、牽引、保護するレトラクターとしての機能を発揮させる。
【0044】
手術の終了時には、屈曲した可変式エレバトリウムを牽引時とは逆方向に起して硬組織への係留を解除することにより、可変式エレバトリウムを創内から容易に引き抜くことができ、これと同時に軟部組織の圧排牽引も解除される。
【符号の説明】
【0045】
1 創内挿入部
2 把持部
3 中間部
5 凹わん曲面
6 心棒
7 つまみ部
9 滑り防止凹凸部
10 凹凸部
11 凸条
12,13 リンク部材
21,24,26 かすがい部材
32 交換用創内挿入部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部のへら状面に滑り防止凹凸部を形成したことを特徴とする可変式エレバトリウム。
【請求項2】
前記滑り防止凹凸部は前記中間部の屈曲による前記把持部の倒れ側と反対側の創内挿入部の前記へら状面に形成されることを特徴とする請求項1に記載の可変式エレバトリウム。
【請求項3】
前記創内挿入部の先端へら状部が凹わん曲へら状に形成され、この凹わん曲面に前記滑り防止凹凸部が形成されることを特徴とする請求項1または2に記載の可変式エレバトリウム。
【請求項4】
前記把持部に滑り防止部が形成されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の可変式エレバトリウム。
【請求項5】
切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記中間部に、または該中間部からその前後部にかけて、または前記創内挿入部から前記把持部まで全長にわたって非導電性材料による被覆を施したことを特徴とする熱傷防止型可変式エレバトリウム。
【請求項6】
前記非導電性材料による被覆は、前記中間部に被せられた非導電性軟質カバーであることを特徴とする請求項5に記載の熱傷防止型可変式エレバトリウム。
【請求項7】
切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部を前記中間部に対して脱着可能に連結し、被術者(患者)の体形に合ったサイズ、形状の創内挿入部と交換可能としたことを特徴とする先端変更型可変式エレバトリウム。
【請求項8】
切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部を前記中間部に対して伸縮可能に挿入し、これによって前記創内挿入部の長さを調整するようにしたことを特徴とする先端変更型可変式エレバトリウム。
【請求項9】
切開創を圧排して手術視野を確保するレトラクター機能を兼ねた可変式エレバトリウムであって、切開創に挿入されるのに適しかつ先端がへら状となった創内挿入部と、上端に形成された把持部と、前記創内挿入部と前記把持部との間に形成されかつ一方向に屈曲可変となった中間部とを有し、前記創内挿入部を伸縮可能な入子構造に形成し、これによって前記創内挿入部の長さを調整するようにしたことを特徴とする先端変更型可変式エレバトリウム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−194239(P2010−194239A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−45602(P2009−45602)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】