説明

合理的な細胞培養プロセスのための方法

組換えタンパク質産生哺乳類細胞を用いたバイオ医薬品プロセス開発は、この数年で生産性及び生産収率の両面で著しい増加を遂げた。これらの成果は主に細胞株の開発、培地及びプロセスの最適化の進歩によるものと考えられる。最近のゲノムスケール技術により、哺乳類細胞におけるタンパク質産生の複雑な生体分子機序を系レベル解析で解明することができるようになり、これにより、プロセス理解が高まり、プロセスをさらに最適化するための知識ベースのアプローチ法による推論が期待できる。本発明は、そのような知識ベースのアプローチを用いた合理的な細胞培養プロセスのための方法を記載する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
組換えタンパク質産生哺乳類細胞を用いたバイオ医薬品プロセス開発は、この数年間で生産性及び生産収率の両面で著しい増加を遂げた。これらの成果は主に細胞株の開発、培地及びプロセスの最適化の進歩によるものと考えられる。最近のゲノムスケール技術により、哺乳類細胞におけるタンパク質産生の複雑な生体分子機序を系レベル解析で解明することができるようになり、これにより、プロセス理解が高まり、プロセスをさらに最適化するための知識ベースのアプローチによる推論が期待できる。
【0002】
背景技術
バイオ医薬品プロセス開発は、短いプロジェクト期間に従う毒性研究に必要な臨床グレード物質を産生するための高力価プロセスの開発に課題を抱えている。この期間内に、細胞特異的な生産性及び生産収率を最大にするために、安定な高産生細胞クローン(主に、CHO細胞、ハイブリドーマ、BHK及びNS0細胞)の発現システム、生成及び選択の設計、並びに、培地最適化及びプロセスコントロールなどのスケーラブルなバイオプロセスの設計に取り組む必要がある。近年、生成物の力価が、組換え哺乳類細胞培養において大きく増加することが本発明者等により明らかとなった。例えば、今日、CHO細胞で産生された免疫グロブリンの生成物濃度は、5g/Lを優に超える。細胞株工学、培地設計及びプロセスコントロール戦略(例えば、栄養供給による)などの分子及び細胞生物学における成果がこの進展を可能にした。
【0003】
例えば、オンライン分光法の適用による、より巨視的なバイオプロセス分析を目指しているものの、また、連続的及び革新的な(バイオ)医薬品プロセス開発を推進するProcess Analytical Technology(PAT)イニシアティブで示されるように、包括的なプロセスデータ解析に基づく知識ベースの連続プロセスの改良がFDAにより提唱されている。
【0004】
プロセス科学の観点から、さらなるプロセス改良には、従来の培養システム(例えば、マイクロタイタープレート、振とうフラスコ、ベンチ又は生産スケールバイオリアクター)で観察されるような生理学的表現型の理解を深める、細胞(内)産生システム自体のより詳細な知識が必要であるという問題が存在する。この点で、主な問題は、細胞の生体情報及び物質フラックスのフローが様々なレベルで生じ、その後複雑な制御機構を起すという事実からもたらされる。トランスクリプトミクス、プロテオミクス又はメタボロミクスなどの大規模技術の進展により、生体システムの状態に関する大量のデータを得ることができる。しかし、特定の細胞を高産生細胞にするための遺伝的及び生理学的特性は複雑で未だ十分に理解されていない(Seth G, Charaniya S, Wlaschin KF, Hu WS. In pursuit of a super producer-alternative paths to high producing recombinant mammalian cells. Curr Opin Biotechnol 2007;18:p 557-564)。
【0005】
基本的に、工業プロセス開発への適用には、これらのゲノムスケール技術から得られたデータがバイオプロセス設計に適する情報に変換可能である必要がある。遺伝子発現プロファイリングにより、十分に確立されたロバスト実験プラットフォームにおいて大規模な転写データを生成することができる。しかし、例えば、翻訳後修飾、酵素活性又は代謝フラックスに関する重要な生理学的情報は、この技術により明らかにすることはできない。さらに、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO)などの工業レベルに適する哺乳類細胞株では、ゲノム配列情報が依然不足している。
【0006】
発明の概要
本発明においては、工業フィードバッチプロセスフォーマットで培養されるIgG産生CHO細胞株での原理実験の立証として、CHO特異的Affymetrixマイクロアレイを用いた遺伝子発現プロファイリングを実施し(Wlaschin KF, Nissom PM, Gatti ML, Ong PF, Arleen S, Tan KS, Rink A, Cham B, Wong K, Yap M, Hu WS. EST sequencing for gene discovery in Chinese hamster ovary cells. Biotechnol Bioeng 2005;91:p 592-606; Yee JC, Wlaschin KF, Chuah SH, Nissom PM, Hu WS. Quality assessment of cross-species hybridization of CHO transcriptome on a mouse DNA oligo microarray. Biotechnol Bioeng 2008;101:p 1359-1365)、バイオ医薬品プロセス開発でのこの技術の使用可能性を評価した。本発明者等は、具体的かつ例示的に、2つの異なる栄養状況を適用する代表的な高力価及び低力価フィードバッチプロセスにおける遺伝子デレギュレーションの数及び範囲を経時的に調査した。本発明者等は、代謝経路網及び生物学的機能を同定されたディファレンシャルに発現する遺伝子にアサインして、そして、脂質代謝の例を用いて、遺伝子発現データと経路指向性データ解析を組み合わせて使用することが、また、標準プロセスフォーマットの培地組成を合理的に最適化することが可能かどうかを評価した。
【0007】
驚くべきことに、初めて、細胞培養プロセスが、細胞内データに基づき、好ましくは、遺伝子発現データに基づき設計される。最新の細胞培養プロセス設計においては、細胞代謝由来の関連する中間化合物及び/又は(副)生成物は、(i)(細胞外)上清でのみ決定され、そして、(ii)測定される化合物の数は限定されている(通常は、約30未満の化合物)。対照的に、本発明は、遺伝子発現データ、好ましくは、代謝経路に関する遺伝子発現データ及び大規模データセット(遺伝子発現解析から約100から最大約2000データ)から得られる細胞内情報を使用する。
【0008】
本発明は、合理的な細胞培養プロセスのための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i)≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値、
ii)≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値、
iii)│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv)培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法を提供することにより、細胞(内)産生システム自体の知識に基づくさらなるプロセス改良の問題を解決する。
【0009】
本発明は、同じIgG産生CHO細胞を使用した、低力価(プロセスA)及び高力価(プロセスB)フィードバッチプロセスを分析するための遺伝子発現プロファイリングの使用を例示的に記載する。遺伝子発現が、(i)高力価対低力価プロセスの条件で大きく異なり、(ii)フィードバッチプロセスを経時的に変化させること、そして、(iii)代謝経路及び細胞成長又は細胞死などの14の生物学的機能の両方が影響を受けることが本発明者らにより見出される。さらに、脂質修飾基礎培地に基づいて生成物力価が約20%増加しうる脂質代謝の場合で示されるように、標準プロセスフォーマット(プロセスC)における代謝の詳細な分析から、合理的な培地設計にトランスクリプトミクスを使用することができることが明らかとなる。
【0010】
結果から、遺伝子発現プロファイリングが、哺乳類のバイオ医薬品プロセスの分析及び最適化のための重要なツールであることが示される。
【0011】
驚くべきことに、初めて、本発明は、以前に評価されたプロセスA及び以前に評価されたプロセスBと異なる、プロセスCに従って生物を培養するための細胞培養方法を記載する。ここで、前記培養プロセスCは、2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定することにより決定される少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される。特に驚くべきことに、プロセスA及びプロセスBの比較結果を、細胞培養プロセスを改良する目的でプロセスCに成功裏に変換することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1A】図1は、高力価(HT)及び低力価(LT)CHOフィードバッチ培養の経時的データを示す。A)比増殖率(μ)、生存率及び正規化生存細胞濃度(VCC、HTプロセスの最大VCCに対して正規化)、B)組換えIgG生成物濃度(力価)及び比産生性(qp)。陽性(=生成)率のみが表される。RNA抽出のサンプリング時間は、d=0、2、4、6、8、9、11、14であった(HTのみ)。
【図1B】図1は、高力価(HT)及び低力価(LT)CHOフィードバッチ培養の経時的データを示す。A)比増殖率(μ)、生存率及び正規化生存細胞濃度(VCC、HTプロセスの最大VCCに対して正規化)、B)組換えIgG生成物濃度(力価)及び比産生性(qp)。陽性(=生成)率のみが表される。RNA抽出のサンプリング時間は、d=0、2、4、6、8、9、11、14であった(HTのみ)。
【図2A】図2Aは、培養6日目までのHT及びLTプロセス並びに培養14日目までのHTプロセスにおける、適用される倍率変化(FC)基準の関数としてのデレギュレート遺伝子の数(p値≦0.05)を示す。
【図2B】図2Bは、デレギュレート遺伝子の対応する機能分類を示す。サンプリング時間の少なくとも1回のFCが│FC≧2│であった場合、遺伝子がディファレンシャルに発現されたと見なした。単一遺伝子が、複数の生物学的機能(例えば、細胞死及びアポトーシス)に関与しうることに留意されたい。
【図2C】図2Cは、細胞代謝に関連するディファレンシャルに発現された遺伝子を示す(ディファレンシャルな遺伝子発現の基準:HT及びLTプロセスの平均シグナル強度≧80、p値≦0.05、少なくとも1回のサンプリング時間がd≦9場合│FC≧2│)。ヒートマップにおいて、太字の数字は、アップレギュレート(陽性FC値)遺伝子を示し、太字ではない通常の印字数字は、ダウンレギュレート(陰性FC値)遺伝子を示す。代謝経路に対する遺伝子マッピングが、常に特有のものではないことに留意されたい。
【図3A】図3Aは、選択時間におけるコントロール及び脂質修飾フィードバッチプロセスの組換えIgG生成物濃度(力価)及び正規化VCC(コントロールプロセスの最大VCCに対して正規化)を示す。RNA抽出のサンプリング時間は、d=0、4、6、8、12であった。
【図3B】図3Bは、コントロール(第一列)及び脂質修飾プロセス(第二列)の場合の脂質代謝に関連するディファレンシャルに発現された遺伝子を示す。よく比較するために、HT(第三列)及びLT(第四列)プロセスの場合の遺伝子発現データも示す。遺伝子ACAA1B、ADFP、CPT2及びPPAP2Bは、HTプロセスのd≦9では、│FC≧2│を示した。太字の数字は、アップレギュレート(陽性FC値)遺伝子を示し、太字ではない通常の印字数字は、ダウンレギュレート(陰性FC値)遺伝子を示す。
【0013】
発明の詳細な説明
高力価(プロセスA)及び低力価(プロセスB)CHOフィードバッチ培養において、増殖及び生成物生成に関し培養時間とともに大きな差異が見られることを示す(図1A及び1B)。観察される差異は、2つの発酵実施のd=4までは小さいが、LTプロセスは、HTプロセスの最大117%に至る生存細胞濃度(VCC)の急激な増加(d=6までは生成物力価はわずかに増加)、及び、d=7で約1g/Lの組換え生成物濃度を伴うVCCの急激な低下(これは、d=11の発酵終了までこのレベルを維持する)を特徴とする。対照的に、HTプロセスでは、中程度であるが、継続的なVCCの増加をd=12まで観察することができ、VCC減少時のd=12〜14ではゆっくりした速度であるが、発酵実施の全体を通して生成物濃度が最終生成物力価5.0g/L(d=14)まで増加する。発酵開始時にはほとんど同じ比増殖率を有するが、LTプロセスは、d=4〜6においてのみより高い増殖率を示す一方で、HTプロセスは、d=6を超えても陽性の増殖率を示す(図1A)。生成物生成の比率はd=3及び4で類似する。しかしながら、これらは、HTプロセスでは、発酵時間とともに増加するが(d=9及び10で最高値となる)、LTプロセスでは減少する(図1B)。
【0014】
遺伝子発現プロファイリングは、大量の細胞内データを提供する可能性を持ち、これにより、バイオプロセスパフォーマンスを評価するために日常的に測定される細胞外濃度及び速度(例えば、基質取り込み、生成物排出)データを補うことができる。しかし、転写データからは、反応レベル、即ち、(活性)酵素量、代謝レベル及び細胞内反応速度に関する発現表現型の細胞内変化を見分けることができない。また、例えば、代謝シフト時のIgG産生マウス−マウスハイブリドーマ連続細胞培養において示されたように(123のデレギュレート配列、4972遺伝子及び5203ESTを含有するMAKcDNAマイクロアレイによる、FC>1.4カットオフ、p≦0.1、最大FC=3.3)、哺乳類細胞培養においてディファレンシャルに発現される遺伝子の数及び遺伝子発現の範囲は、典型的に、むしろ中等度である(Korke R, Gatti ML, Lau AL, Lim JW, Seow TK, Chung MC, Hu WS. Large scale gene expression profiling of metabolic shift of mammalian cells in culture. J Biotechnol 2004;107:p 1-17)。ブチラートに曝露したIgG産生CHO細胞では、122のデレギュレート遺伝子(遺伝子プローブの約5%)が同定された(2602の特有の遺伝子プローブを用いたCHOcDNAマイクロアレイ、FC>1.4カットオフ、p<0.05)(De Leon GM, Wlaschin KF, Nissom PM, Yap M, Hu WS. Comparative transcriptional analysis of mouse hybridoma and recombinant Chinese hamster ovary cells undergoing butyrate treatment. J Biosci Bioeng 2007;103:p 82-91)。同様に、Yee等は、全742のデレギュレート遺伝子を観察したが(遺伝子プローブの約11%、6822の特有の遺伝子プローブを用いたCHOcDNAマイクロアレイ、FC>1.4カットオフ、p<0.05)、わずか10遺伝子だけが、FC>2を有していた(Yee JC, De Leon GM, Philp RJ, Yap M, Hu WS. Genomic and proteomic exploration of CHO and hybridoma cells under sodium butyrate treatment. Biotechnol Bioeng 2008;99:p 1186-1204)。237のデレギュレート遺伝子(遺伝子プローブの<4%)が、培養温度が37℃から33℃に変化した場合に見出された(6822の特有の遺伝子プローブを用いたCHOcDNAマイクロアレイ、FC31.4カットオフ、p<0.05)(Yee JC, Gerdtzen ZP, Hu WS. Comparative transcriptome analysis to unveil genes affecting recombinant protein productivity in mammalian cells. Biotechnol Bioeng 2009;102:p 246-263)。
【0015】
図2Aに示されるように、│FC≧2│カットオフを適用すると、d≦6の場合では、HTプロセスにおいて同定されるデレギュレート遺伝子数は377であり(特有の配列の約5%)(HT及びLTプロセスの両方がVCCの増加を特徴とする位相時間、図1A参照)、LTプロセスでは357である。d=14までの全てのサンプリング時間が含まれる場合、デレギュレート遺伝子の数は、HTプロセスの場合に示されるように、377から1438に大幅に増加する。図2Bは、これらの遺伝子が関連する生物学的機能及び代謝経路の中でどの程度分布しているかを示す詳細な概説を提供する。絶対数では、機能性クラスの細胞サイクル[56のデレギュレート遺伝子]、遺伝子発現[43]、細胞成長及び増殖[36]、細胞死[35]、アポトーシス[33]、細胞構築及び組織化[32]、細胞形態学[29]並びに代謝経路[28]が、HTプロセスのd£6において主に影響を受ける。d≦6でのHT及びLTの最も大きな差異が、細胞成長及び増殖[13のデレギュレート遺伝子]、細胞死、アポトーシス、RNA転写後修飾、遺伝子発現及び細胞サイクル[各10]、並びに、代謝経路[9]で観察される。全体で、遺伝子発現[172のデレギュレート遺伝子]、細胞サイクル[139]、代謝経路[107]、細胞死[106]、アポトーシス[92]、細胞構築及び組織化[91]、そして、興味深いことに、タンパク質の合成、分解、フォールディング及び輸送[82]が、実質的に、HTプロセスのd≦14におけるデレギュレート遺伝子の大多数を占めた(図2B)。
【0016】
バイオプロセスの分析及び最適化、即ち、培地設計に、トランスクリプトミクスを適用するためには、細胞代謝の理解が特に重要である。図2Cは、HTプロセスにおいて有意なアップ又はダウンレギュレートが見出された、特に脂質代謝に重点を置いた重要な代謝経路(炭水化物及びアミノ酸、エネルギー、脂質並びに核酸代謝)の遺伝子をまとめる。HTプロセスのd≦9を超える場合に(約90%以上の生存率の)、それを超えるいくぶん保存的な│FC≧2│カットオフを適用する(図2Aと比較して)。全体で、10118のプローブセットから、6769配列が80超の強度値を有し、4711がp値≦0.05を有し、そして、58配列(重複なし)を代謝経路にマッピングすることができる。
【0017】
注目すべきは、エネルギー及び脂質代謝の遺伝子が、LTプロセスと比較し、HTプロセスにおいて経時的に、有意に(そしてさらに)アップレギュレートされる。脂質代謝に関与する数種類の遺伝子のアップレギュレーションは、前駆物質供給が潜在的に制限されたことの指標となりうることから、標準プロセスフォーマット(プロセスC)を適用する第二の発酵実験で基礎培地中の既知組成の脂質濃度を3倍に増加させる。脂質は構造成分として、例えば、細胞器官の膜で組換えタンパク質の合成及び輸送で重要な役割を担い、これらは、また、潜在的なエネルギー源としても働き、そして、細胞培養培地(例えば、脂肪酸、脂質エステル、リン脂質又はコレステロールとして)で細胞外から供給される場合にこれらは容易に代謝されうる。この標準プロセスフォーマットでは、d=14において約3.2g/L(対5.0g/L)の低い生成物力価が、HTプロセス(図1A)と比較し達成される(図3A)。
【0018】
驚くべきことに、脂質濃度を増加した改変基礎培地を使用することにより、d=14における最終生成物力価を、コントロールに対して、3.18±0.10g/Lから3.83±0.12g/Lに約20%増加させることができ(図3A)、d=12における相対増加は、より高いVCCに起因してさらに大きくなり約28%である。
【0019】
図3Bは、数種類の脂質代謝遺伝子の遺伝子発現プロファイリングを示す。遺伝子ACAA2、ACSL1、CPT2及びPECIは、HTでアップレギュレートされ(力価5g/L)、LTプロセスでダウンレギュレートされ(力価1g/L)、コントロール(力価3.2g/L)及び脂質修飾標準プロセス(力価3.8g/L)でのその発現値は、そのどちらかにあり、これら2つのプロセスの条件では区別することができない。ACSL1のみが、d=4においてわずかにダウンレギュレートされることが見出される(脂質修飾培地)。その遺伝子産物は、ATP依存性反応の脂肪酸β酸化の第一工程を触媒するため(EC6.2.1.3)、脂肪酸代謝で重要な役割を担う。ACAA2(EC2.3.1.16)が、ミトコンドリアの脂肪酸伸長及び脂肪酸代謝の両方で作用する一方で、遺伝子CPT2(EC2.3.1.21)及びPECI(EC5.3.3.8)は、脂肪酸代謝に関与する。ACAA1B(EC2.3.1.16、脂肪酸代謝)の発現は、コントロールと脂質修飾プロセスでわずかな差異を示し、HTと類似している。様々な細胞成分において長鎖脂肪酸輸送及び脂質の格納である役割を果たすADFPは、コントロール実験と比較し、そして、HTプロセスとは対照的に、脂質修飾プロセスで有意にダウンレギュレートされる。興味深いことに、コレステロール合成(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ、EC1.1.1.34)の重要な酵素をコードするHMGCRは、HT及びLTプロセスで一致する傾向を示し、そして、また、コントロール及び脂質修飾標準プロセス(HMGCRがより強くダウンレギュレートされる)で顕著な異なる遺伝子発現が明らかになった。PPAP2Bは、グリセロ脂質のde novo合成に関与するホスファチジン酸ホスファターゼ2B型(EC3.1.3.4)をコードし、トリグリセリド合成の最後の1工程を触媒する。その遺伝子発現は、コントロール及びHTプロセスでは類似しているが、基礎培地の脂質濃度を変更した場合に有意に低下するため、このことから細胞が脂質の補充に反応することが示される。まとめると、脂質培地組成を変更することで大きな転写変化がもたらされることから、経路指向アプローチを用い、細胞の生理学的状態に関する細胞内情報に基づいて標準プロセスフォーマット(プロセスC)のターゲット培地を改良することができる。
【0020】
CHOなどの重要な哺乳類産生細胞株についてのゲノム配列情報が利用できず、トランスクリプトミクスが任意の転写後変化(即ち、タンパク質及び反応レベルに関する)を反映することができないという事実があるにもかかわらず、この技術により、実験的に実行可能な、特に、大規模アプローチで細胞内プロセスの利用が可能となる。高力価対低力価CHOフィードバッチプロセスにおいて、大きく異なる遺伝子発現パターン(プロセス時間にも関する)が見出される。さらに、脂質代謝の例から、より多くの生物学的機能単位の遺伝子発現を解析することで、培地最適化のための潜在的ターゲットを明らかにすることができることが実証された(ただし、正確な生物学的結果を転写データから得ることができるものとする)。驚くべきことに、記載のゲノムスケール技術及び方法が、より早い、合理的な、そして、データに基づく哺乳類細胞培養のバイオプロセス開発に寄与することができることが実証された。
【0021】
一般的な実施態様「含む(comprising)」又は「含まれる(comprised)」は、より具体的な実施態様「からなる(consisting of)」を包含する。さらに、単数形及び複数形は限定的に使用されない。
【0022】
本発明の中で使用される用語は、以下の意味を有する。
【0023】
用語「合理的な」細胞培養プロセスは、データに基づくアプローチを用いた、好ましくは、細胞内データに基づく、好ましくは、遺伝子発現データに基づく、細胞培養プロセスの設計を指す。最新の細胞培養プロセス設計においては、細胞代謝由来の関連する中間化合物及び/又は(副)生成物は、(i)(細胞外)上清でのみ決定され、そして、(ii)測定される化合物の数は限定されている(通常は、約30未満の化合物)。対照的に、このアプローチは、遺伝子発現データ、好ましくは、代謝経路に関する遺伝子発現データ及び大規模データセット(遺伝子発現解析から約100から最大約2000データ)から得られる細胞内情報を使用する。
【0024】
表現「プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適切な比較方法」は、好ましくは、遺伝子発現プロファイリング解析を意味する。
【0025】
用語「デレギュレートされた成分」は、上記基準に従ってデレギュレートされたことが見出された遺伝子を意味する。デレギュレートは、別のプロセスと比較してアップレギュレート又はダウンレギュレートされることを意味することができる。例えば、プロセスAと比較して、プロセスBにおける特定の遺伝子のアップレギュレーションは、幾つかの必要な中間化合物が、プロセスBの培地で(十分に)供給されていないことを意味することができる。このプロセスBの場合において、細胞は、プロセスAと比較して、これらの中間化合物の産生に関連する遺伝子をアップレギュレートする。
【0026】
典型的に、このような遺伝子は、細胞により合成されるか、あるいは、細胞培養培地から供給される代謝中間体の変換に関与する酵素/酵素複合体をコードする。
【0027】
用語「脂質代謝」は、脂質代謝、例えば、脂肪酸生合成、不飽和脂肪酸の生合成、トリグリセリド合成、コレステロール合成、脂肪酸代謝、脂肪酸伸長(ミトコンドリア内)、脂肪酸輸送、グリセロ脂質代謝、グリセロリン脂質代謝、スフィンゴ脂質代謝、アラキドン酸代謝、リノール酸代謝及び/又はステロイドの生合成に関与する全ての代謝経路を意味する。
【0028】
好ましい経路は、脂肪酸生合成、コレステロール合成、脂肪酸代謝、脂肪酸伸長(ミトコンドリア内)、グリセロ脂質代謝、グリセロリン脂質代謝、スフィンゴ脂質代謝、アラキドン酸代謝、リノール酸代謝、ステロイドの生合成である。
【0029】
遺伝子の列挙:
ACAA2(アセチル−CoAアシルトランスフェラーゼ2(ミトコンドリア))、ACSL1(アシル−CoAシンテターゼ長鎖ファミリーメンバー1)、CHPT1(コリンホスホトランスフェラーゼ1)、FABP4(脂肪酸結合タンパク質4)、GRN(グラニュリン)、HMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)、LIP1(リソソーム酸リパーゼ1)、MVK(メバロン酸キナーゼ)、PECI(ペルオキシソームδ3、δ2−エノイル−CoAイソメラーゼ)、PPAP2A(ホスファチジン酸ホスファターゼ2a)、SGPL1(スフィンゴシンリン酸リアーゼ1)、SMPD1(スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1、酸リソソーム)、TMEM23(膜貫通タンパク質23)、ACADM(アセチル−補酵素Aデヒドロゲナーゼ、中鎖)、VNN1(バニン1)、GM2A(GM2ガングリオシドアクチベータタンパク質)
【0030】
遺伝子発現解析を用いて成分を選択するための基準を以下に示す:
(ii)≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
(iii)≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
(iv)│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)
(v)培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)
【0031】
「p値」は、スチューデントのt−検定に基づいて計算される。このために、3連のサンプルを採取、処理し、そして、カスタマイズCHOディファレンシャルAffymetrixマイクロアレイ上でハイブリダイズする。
【0032】
「log2倍率変化(FC)」は、式FC=2/2(a>b)に従って計算され(FC=−2/2(b>a))、ここで、a及びbは、Affymetrix GeneChip Scanner 3000システムで決定される測定強度値である。サンプリング時間毎に、コントロール(d=0)に対して倍率変化(FC)を計算し、フィードバッチ実験におけるディファレンシャルな遺伝子発現を経時的に解析した。
【0033】
用語「調整される(adjusted)」は、プロセスパフォーマンスの改良をもたらす同定された成分による細胞培養培地の任意の改変を意味する。
【0034】
調整は、特定の培地及び/又は供給成分を添加、改変又は除外することにより実現することができる。用語「添加、改変又は除外」は、新たに前記成分を細胞培養培地に添加する、濃度及び/又は濃度比を改変する、あるいは、前記成分を細胞培養培地から除外することによって前記のパフォーマンスの改良を達成することができることを意味する。
【0035】
本発明は、細胞培養プロセスのための方法/細胞を培養するための方法/細胞培養プロセスを改変するための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法に関する。
【0036】
好ましい実施態様においては、前記工程g)の成分は、図2C又は図3bの成分である。
【0037】
本発明は、さらに、細胞培養プロセスの少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外するための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)好ましくは、脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法に関する。
【0038】
好ましい実施態様においては、前記工程g)の成分は、図2C又は図3bの成分である。
【0039】
本発明は、さらに、細胞培養プロセスのための方法/細胞を培養するための方法/細胞培養プロセスを改変するための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)デレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法に関する。
【0040】
好ましい実施態様においては、前記工程g)の成分は、図2C又は図3bの成分である。
【0041】
本発明は、細胞培養プロセスのための方法/細胞を培養するための方法/細胞培養プロセスを改変するための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法に関する。
【0042】
好ましい実施態様においては、前記工程g)の成分は、図2C又は図3bの成分である。
【0043】
本発明は、合理的な細胞培養プロセスのための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法に関する。
【0044】
特定の実施態様においては、工程a)の生物は、真核細胞、好ましくは、哺乳類、齧歯類、ハムスター、CHO、最も好ましくは、CHO−DG44細胞である。
【0045】
別の実施態様においては、プロセスAは、高力価、高細胞密度、高生存率、高生産性、低浸透圧又は化学量論的フィードプロセス、好ましくは、高力価プロセスである。
【0046】
さらなる実施態様においては、プロセスBは、低力価、低細胞密度、低生存率、低生産性、高浸透圧又は非化学量論的フィードプロセス、好ましくは、低力価プロセスである。
【0047】
好ましい実施態様においては、工程d)の比較方法は、遺伝子発現プロファイリング解析である。
【0048】
本発明の別の好ましい実施態様においては、脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分は、下記遺伝子:ACAA2(アセチル−CoAアシルトランスフェラーゼ2(ミトコンドリア))、ACSL1(アシル−CoAシンテターゼ長鎖ファミリーメンバー1)、CHPT1(コリンホスホトランスフェラーゼ1)、FABP4(脂肪酸結合タンパク質4)、GRN(グラニュリン)、HMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)、LIP1(リソソーム酸リパーゼ1)、MVK(メバロン酸キナーゼ)、PECI(ペルオキシソームδ3、δ2−エノイル−CoAイソメラーゼ)、PPAP2A(ホスファチジン酸ホスファターゼ2a)、SGPL1(スフィンゴシンリン酸リアーゼ1)、SMPD1(スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1、酸リソソーム)、TMEM23(膜貫通タンパク質23)、ACADM(アセチル−補酵素Aデヒドロゲナーゼ、中鎖)、VNN1(バニン1)及びGM2A(GM2ガングリオシドアクチベータタンパク質)からなる群より選択される。特に好ましいのは、PPAP2B(ホスファチジン酸ホスファターゼ2B型)、ADFP(脂肪分化関連タンパク質)及びHMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)である。
【0049】
本発明の特に好ましい実施態様においては、脂質代謝のデレギュレートされた成分は、PPAP2B(ホスファチジン酸ホスファターゼ2B型)である。
【0050】
本発明のさらに好ましい実施態様においては、脂質代謝のデレギュレートされた成分は、ADFP(脂肪分化関連タンパク質)である。
【0051】
本発明の別の好ましい実施態様においては、脂質代謝のデレギュレートされた成分は、HMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)である。
【0052】
特定の実施態様においては、2つのデレギュレートされた成分を選択、使用して、プロセスC培養プロセスを調整する。別の実施態様においては、3、4、5又は5超のデレギュレートされた成分を選択、使用して、プロセスC培養プロセスを調整する。
【0053】
特に好ましい実施態様においては、少なくとも2つの脂質代謝成分は、工程g)において同定される。
【0054】
工程g)における、これらの少なくとも2つの成分は、好ましくは、下記経路:脂肪酸生合成、不飽和脂肪酸の生合成、トリグリセリド合成、コレステロール合成、脂肪酸代謝、脂肪酸伸長(ミトコンドリア内)、脂肪酸輸送、グリセロ脂質代謝、グリセロリン脂質代謝、スフィンゴ脂質代謝、アラキドン酸代謝、リノール酸代謝及びステロイドの生合成由来の遺伝子によりコードされる酵素で代謝される成分からなる群より選択される。
【0055】
工程e)の好ましい経路は、脂肪酸生合成、コレステロール合成、脂肪酸代謝、脂肪酸伸長(ミトコンドリア内)、グリセロ脂質代謝、グリセロリン脂質代謝、スフィンゴ脂質代謝、アラキドン酸代謝、リノール酸代謝、ステロイドの生合成である。
【0056】
工程g)の選択された中間化合物/成分は、好ましくは、コレステロール、アラキドン酸、リノール酸、テトラデカン酸(ミリスチン酸)、ヘキサデカン酸(パルミチン酸)、ヘキサデセン酸(パルミトレイン酸)、オクタデカン酸(ステアリン酸)又はオクタデセン酸(オレイン酸)である。
【0057】
さらなる実施態様においては、プロセスCは、小規模プロセス開発及び大規模バイオ医薬品生産に適する培養プロセスである。
【0058】
好ましい実施態様においては、工程a)の生物は、対象の生成物、好ましくは、治療タンパク質、最も好ましくは、抗体をコードする対象遺伝子を含む産生宿主細胞である。
【0059】
さらに好ましい実施態様においては、本発明に係る方法は、
a)対象の生成物の産生/発現、そして、場合により
b)前記生成物の精製
をさらに包含する。
【0060】
本発明は、また、対象の生成物を産生するための方法であって、
a)哺乳類宿主細胞、好ましくは、CHO細胞を提供する工程、
b)前記細胞を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記細胞を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の細胞を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、方法に関する。
【0061】
好ましくは、プロセスAは高力価培養プロセスであり、プロセスBは低力価培養プロセスであり、そして、プロセスCは小規模プロセス開発及び大規模バイオ医薬品生産に適切な培養プロセスである。
【0062】
本発明の方法のいずれかの特に好ましい実施態様においては、脂質代謝のデレギュレートされた成分は、PPAP2B(ホスファチジン酸ホスファターゼ2B型)である。
【0063】
本発明の方法のいずれかのさらに好ましい実施態様においては、脂質代謝のデレギュレートされた成分は、ADFP(脂肪分化関連タンパク質)である。
【0064】
本発明の方法のいずれかの別の好ましい実施態様においては、脂質代謝のデレギュレートされた成分は、HMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)である。
【0065】
一般的に上述された本発明は、本発明の特定の実施態様を単に例示する目的で本明細書に包含される、下記の実施例を参照してさらに容易に理解されるであろう。下記実施例は、限定されるものではない。これらは、単に本発明の可能な実施態様を示す。当業者は、容易に条件を調整して、それを他の実施態様に適用することができる。
【0066】
材料及び方法
細胞培養
同じ組換えIgG産生CHO細胞株を使用して、3.0×10細胞/mLの生存接種細胞濃度で(同じ接種株前培養液から得られる)、高力価(HT)及び低力価(LT)フィードバッチ培養を実施する(開始容積25L)。両方のプロセスで、撹拌速度(LTで80rpm、HTで100〜130rpm)及び窒素/酸素ガス混合物の酸素画分を調整することにより、温度を37℃、pHを7.0、そして、溶解酸素濃度を60%空気飽和度にコントロールする。HT及びLTフィードバッチプロセスは、供給される既知組成の無血清基礎培地組成及びフィードバッチ培地組成並びに供給に関し異なっている。同じ培養条件を適用して、標準プロセスフォーマット(約3g/Lの組換えIgG生成物濃度)での第二のフィードバッチ発酵実験を実施し、基礎培地中の既知組成脂質の変更濃度の効果を調査する。
【0067】
重要な代謝物、グルコース、乳酸、グルタミン、グルタミン酸及びアンモニウムの濃度は、プロセスモニタリングのために毎日測定し、そして、グルコース及びグルタミンの濃度が限定されないようにする。
【0068】
分析方法
CEDEX自動細胞解析装置(Innovatis AG, Bielefeld, Germany)を用いて、細胞濃度及び細胞生存率をトリパンブルー色素排除法により決定する。組換えIgG抗体の濃度は、Biacore C instrument (GE Healthcare Europe GmbH, Germany)により抗体抗原複合体の表面プラズモン共鳴検出を用いて2連で定量する。YSI 2700 分析装置(YSI Incorp., Yellow Springs、USA)を使用して、発酵上清のグルコース、乳酸、グルタミン及びグルタミン酸の定量を行い、アンモニウムは、Konelab 20i(Thermo Fisher Scientific, Waltham, USA)で、アッセイ説明書に従って酵素的に測定する(アンモニア試験キット、11112732035, Roche Diagnostics GmbH, Mannheim, Germany)。
【0069】
サンプリング、RNA抽出、マイクロアレイハイブリダイゼーション及びデータ処理
時系列遺伝子発現プロファイリングのサンプルは、異なるプロセス段階から採取する(図1及び3)。採取した細胞(2×10細胞)を遠心し、RNeasy Kit(Qiagen GmbH, Hilden, Germany)を用い製造業者のプロトコールに従って、細胞ペレットからトータルRNAを抽出する。抽出したビオチン標識cRNA10μgを、カスタマイズCHO特異的Affymetrixマイクロアレイ上でハイブリダイズする(Yee JC, Wlaschin KF, Chuah SH, Nissom PM, Hu WS. Quality assessment of cross-species hybridization of CHO transcriptome on a mouse DNA oligo microarray. Biotechnol Bioeng 2008;101:p 1359-1365)。このマイクロアレイは、Wlaschin等により記載されるように、包括的EST配列決定から得られる16136の特有のCHO細胞及びチャイニーズハムスターの転写物コレクションのサブセットに相当する7525の特有の配列を有する10118のプローブセットを含有する(Wlaschin KF, Nissom PM, Gatti ML, Ong PF, Arleen S, Tan KS, Rink A, Cham B, Wong K, Yap M, Hu WS. EST sequencing for gene discovery in Chinese hamster ovary cells. Biotechnol Bioeng 2005;91:p 592-60; Wlaschin KF, Hu WS. A scaffold for the Chinese hamster genome. Biotechnol Bioeng 2007;98:p 429-439)。サンプルをハイレゾリューションモードでスキャンし、データをAffymetrix GeneChip Scanner 3000 system(Affymetrix Inc., Santa Clara, USA)で処理する。サンプリング時間毎に、倍率変化(FC)を、コントロール(d=0)に対してlog2変換率として計算し、フィードバッチ実験におけるディファレンシャルな遺伝子発現を経時的に解析する。80未満のシグナル強度をノイズとして切り捨て、p値をp≦0.05のカットオフを適用する4バイオロジカルレプリケートに基づき計算する。代謝経路網及び生物学的機能の分析は、Ingenuity Pathway Analysis(Ingenuity Systems Inc., Redwood City, USA)及び遺伝子アノテーション管理配列データベースRefSeq(Pruitt KD, Tatusova T, Maglott DR. NCBI reference sequences (RefSeq): a curated non-redundant sequence database of genomes, transcripts and proteins. Nucleic Acids Res 2007;35:p D61-D65)を用いて実施する。
【0070】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
合理的な細胞培養プロセスのための方法であって、
a)自己複製生物を提供する工程、
b)前記生物を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記生物を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び代謝経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の生物を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、前記方法。
【請求項2】
生物が、真核細胞、好ましくは、哺乳類、齧歯類、ハムスター、CHO、最も好ましくは、CHO−DG44細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
プロセスAが、高力価、高細胞密度、高生存率、高生産性、低浸透圧又は化学量論的フィードプロセス、好ましくは、高力価プロセスである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
プロセスBが、低力価、低細胞密度、低生存率、低生産性、高浸透圧又は非化学量論的フィードプロセス、好ましくは、低力価プロセスである、請求項1〜3に記載の方法。
【請求項5】
工程d)の比較方法が、遺伝子発現プロファイリング解析である、請求項1〜4に記載の方法。
【請求項6】
脂質代謝のデレギュレートされた成分が、下記遺伝子:ACAA2(アセチル−CoAアシルトランスフェラーゼ2(ミトコンドリア))、ACSL1(アシル−CoAシンテターゼ長鎖ファミリーメンバー1)、CHPT1(コリンホスホトランスフェラーゼ1)、FABP4(脂肪酸結合タンパク質4)、GRN(グラニュリン)、HMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)、LIP1(リソソーム酸リパーゼ1)、MVK(メバロン酸キナーゼ)、PECI(ペルオキシソームδ3、δ2−エノイル−CoAイソメラーゼ)、PPAP2A(ホスファチジン酸ホスファターゼ2a)、SGPL1(スフィンゴシンリン酸リアーゼ1)、SMPD1(スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1、酸リソソーム)、TMEM23(膜貫通タンパク質23)、ACADM(アセチル−補酵素Aデヒドロゲナーゼ、中鎖)、VNN1(バニン1)及びGM2A(GM2ガングリオシドアクチベータタンパク質)からなる群より選択される、請求項1〜5に記載の方法。
【請求項7】
プロセスCが、小規模プロセス開発及び大規模バイオ医薬品生産に適する培養プロセスである、請求項1〜6に記載の方法。
【請求項8】
工程a)の生物が、対象の生成物、好ましくは、治療タンパク質、最も好ましくは、抗体をコードする対象遺伝子を含む産生宿主細胞である、請求項1〜7に記載の方法。
【請求項9】
下記:
a)対象の生成物の産生/発現、そして、場合により
b)前記生成物の精製
を追加で包含する、請求項1〜8に記載の方法。
【請求項10】
対象の生成物を産生するための方法であって、
a)哺乳類宿主細胞、好ましくは、CHO細胞を提供する工程、
b)前記細胞を、プロセスAに従って培養する工程、
c)前記細胞を、プロセスAと異なるプロセスBに従って培養する工程、
d)プロセスA対プロセスBにおける前記細胞の異なるパフォーマンスレベルを判別するのに適する比較方法を用いる工程、
e)2つの異なるプロセスA及びプロセスB並びにその各パフォーマンスレベルに関連する生物学的機能及び経路を同定する工程、
f)以下の基準に従ってデレギュレートされた代謝経路の成分を選択する工程:
i.≧40、好ましくは、≧80のシグナル強度値
ii.≦0.1、好ましくは、≦0.05のp値
iii.│FC│≧1.5、好ましくは、≧2.0のlog2倍率変化(FC)、
iv.培養時間の少なくとも1つの時点、好ましくは、培養日数≦8を満たすFC基準(iii)、
g)脂質代謝の少なくとも1つのデレギュレートされた成分を同定する工程、
h)前記工程a)の細胞を、プロセスA及びプロセスBと異なるプロセスCに従って培養する工程であって、前記培養プロセスCが、工程g)の少なくとも1つの成分を添加、改変又は除外することにより調整される工程
を含む、前記方法。
【請求項11】
プロセスAが高力価培養プロセスであり、プロセスBが低力価培養プロセスであり、そして、プロセスCが小規模プロセス開発及び大規模バイオ医薬品生産に適切な培養プロセスである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
脂質代謝のデレギュレートされた成分が、PPAP2B(ホスファチジン酸ホスファターゼ2B型)である、請求項1〜11に記載の方法。
【請求項13】
脂質代謝のデレギュレートされた成分が、ADFP(脂肪分化関連タンパク質)である、請求項1〜11に記載の方法。
【請求項14】
脂質代謝のデレギュレートされた成分が、HMGCR(3−ヒドロキシ−3−メチルグルタリル−補酵素Aレダクターゼ)である、請求項1〜11に記載の方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図3A】
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【図3B】
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【公表番号】特表2012−527879(P2012−527879A)
【公表日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−512373(P2012−512373)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際出願番号】PCT/EP2010/057305
【国際公開番号】WO2010/136515
【国際公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【出願人】(503385923)ベーリンガー インゲルハイム インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (976)
【Fターム(参考)】