説明

含クロム溶鋼の不純物除去方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は含クロム溶鋼の最終精錬期において、鋼の熱間加工性に悪影響を及ぼすPb、Zn、Snを効率よく除去する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、ステンレス鋼のごとき11wt%以上のクロムを含むような含クロム溶鋼中のPb、Zn、Snの不純物の除去に関する定量的な知見はない。Pb、Zn、Snは鋼の熱間加工性に悪影響を及ぼすために、一般的に鋼の母地の性状に合わせて上限が定められている。
【0003】普通鋼においては、例えば「材料とプロセス」、vol.1、 No.4、page1169〜1172(1988年)に示されているように、Pb、Znは攪拌ガス流量の増大により除去が促進されること、およびSnは若干の除去が可能であることが示されている。しかし、含クロム溶鋼については、多量に含まれるクロムの影響が不明なために、例えば除去限界値を求めるような定量的な知見はない。
【0004】そのため、スラグ中のクロム酸化物の還元および成分、温度の調整を行う最終精錬期に添加する還元材、成分調整材および冷却材については、Pb、Zn、Snの濃度管理を徹底し、かつ濃度の低い材料を優先的に使用すると共に、過剰のガス吹込みを行っていた。しかし、このような操業管理を行っても、目標とするPb、Zn、Snの規制値を外れることがある。また、Pb、Zn、Snの濃度の低い材料は価格が高く、コスト高を招く。さらに、Pb、Zn、Snの濃度を下げるために、過剰のガス吹込みをするとコストを上げることになり、効率的な精錬法とは言えない。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明はスラグ中のクロム酸化物の還元および成分、温度調整を行う含クロム溶鋼の最終精錬期において、添加する材料からのPb、Zn、Snの戻りを考慮して、吹込みガス流量を決定することにより、Pb、Zn、Snの濃度が目標値を外れることを防止し、かつ効率的なガス吹込みを行うことを課題とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明は上述の課題を有利に解決したものであり、含クロム溶鋼の最終精錬期において、溶鋼中のPb、Zn、Snの不純物濃度を目標値以下に低下させるために、最終精錬期に添加する材料からのPb、Zn、Snの戻りを考慮して、下記(1)式を満足する流量QG で、ガス吹込みを行うことを特徴とする含クロム溶鋼の不純物除去方法を要旨とするものである。
【0007】
G ≧−αM 101-T/1873・ln(〔M〕t /〔M〕0 ) ……(1)
G ;最終精錬期のガス吹込み流量(Nm3 溶鋼トン
αM ;不純物元素M毎に定まる定数 αPb=3.0、 αZn=2.5、 αSn=60.2 T ;最終精錬開始時の溶鋼温度〔K〕
〔M〕;不純物元素Mの濃度(ppm)
添字のtは精錬終了後の目標値、0は最終精錬開始時の計算濃度を 示す。
【0008】以下本発明について詳細に説明する。本発明は図1に例示するような含クロム溶鋼の精錬法に適用するものであり、図1(a)はAOD法、(b)は上底吹き転炉法、(c)はVOD法とよばれている吹錬法である。これらの吹錬法では、まず酸素あるいは酸素と不活性ガスの吹込みによって脱炭精錬を行った後に、脱炭時に酸化してスラグ中に移行したクロム酸化物を還元すると同時に、成分および温度の調整を行うための最終精錬期を設けている。
【0009】この最終精錬期には、クロム酸化物を還元するためのAlやSi等の還元材、成分調整を行うためのSi、Mn、Ni等の成分調整材および溶鋼温度を所定の温度に低下させるためのスクラップ等の冷却材が多量に添加される。これらの材料には量の大小はあるが、Pb、Zn、Snの不純物が含まれている。これらの材料よりピックアップされるPb、Zn、Snの濃度は、添加する材料の不純物濃度および添加量を表1の記号とすると、(2)〜(4)式によって求められる。
【0010】
【表1】


【0011】
〔Pb〕1 =(aPba +bPbb +cPbc +dPbd +ePbe +fPbf )÷(1000Wm ) ……(2)
〔Zn〕1 =(aZna +bZnb +cZnc +dZnd +eZne +fZnf )÷(1000Wm ) ……(3)
〔Sn〕1 =(aSna +bSnb +cSnc +dSnd +eSne +fSnf )÷(1000Wm ) ……(4)
ここで、〔Pb〕1 、〔Zn〕1 、〔Sn〕1 はPb、Zn、Snの添加材料からのピックアップ濃度(ppm)を示し、Wm は添加材添加後の溶鋼重量(ton)を示す。
【0012】また、最終精錬開始時の濃度〔M〕0 は(5)〜(7)式によって求まる。
〔Pb〕0 =〔Pb〕1 +〔Pb〕D ……(5)
〔Zn〕0 =〔Zn〕1 +〔Zn〕D ……(6)
〔Sn〕0 =〔Sn〕1 +〔Sn〕D ……(7)
ここで、〔Pb〕D 、〔Zn〕D 〔Sn〕D はPb、Zn、Snの脱炭精錬終了時の濃度(ppm)を示す。これらの濃度は脱炭精錬条件より経験的に求められるものであり、一般的には、〔Pb〕D ≦3ppm、〔Zn〕D ≦1ppm、〔Sn〕D ≦50〜200ppmの範囲にある。
【0013】一方、最終精錬終了後の目標値〔M〕t は鋼の母材の性状および後工程より要求される熱間加工性より、鋼種毎に定められる値であり、〔Pb〕t =1〜20ppm、〔Zn〕t =10〜150ppm、〔Sn〕t =100〜500ppmの範囲にある。上述の関係より、最終精錬期に要求される除去率(〔M〕t /〔M〕0 )が決定される。
【0014】次に、最終精錬期のガス吹込み流量QG の限定理由について説明する。最終精錬期には溶鋼の酸化を防止するために、一般に、Ar、N2 等の不活性ガスが吹き込まれる。図2に60tAOD炉を用いてArガス吹込みにより、SUS 304ステンレス鋼の最終精錬を行った場合のガス流量と〔Pb〕の除去率(〔Pb〕t /〔Pb〕0 )の関係を示す。同様に、図3にはガス流量と〔Zn〕の除去率(〔Zn〕t /〔Zn〕0 )の関係、図4にはガス流量と〔Sn〕の除去率(〔Sn〕t /〔Sn〕0 )の関係を示す。なお、最終精錬開始時の溶鋼温度は1590〜1610℃の範囲にあった。
【0015】3元素とも、若干のばらつきはあるが、吹込みガス流量の増大により、除去率が向上し、かつ除去率は吹込みガス流量に対して、対数的に変化することが確認された。図2〜4の実線で示す除去率が最も悪い条件を定式化すると、(8)〜(10)式となる。
Pb=−3.0×ln(〔Pb〕t /〔Pb〕0 ) ……(8)
Zn=−2.5×ln(〔Zn〕t /〔Zn〕0 ) ……(9)
Sn=−60.2×ln(〔Sn〕t /〔Sn〕0 ) ……(10)
図5に60tAOD炉を用いてArガス吹込みにより、SUS 304 ステンレス鋼の最終精錬を行った場合の最終精錬開始時の溶鋼温度と〔Pb〕の除去率(〔Pb〕t /〔Pb〕0 )の関係を示す。なお、ガス吹込み流量の範囲は0.9〜1.1Nm3 /Tの範囲の値である。溶鋼温度の上昇とともに、除去率が向上する傾向にあり、これを定式化すると、(11)式のように表される。
【0016】
(〔Pb〕t /〔Pb〕0 )=r(1−T/1873) ……(11)
ここで、Tは最終精錬開始時の溶鋼温度(K)を示し、rは定数である。(11)式の関係は、Zn、Snについても、定数値が変わるだけで、溶鋼温度に対しては同一の関係をもつことが確認された。以上の知見をまとめると、不純物元素Mについて、最終精錬終了後の目標値を達成するために必要なガス吹込み流量QG (Nm3 溶鋼トン)は下式のようにまとめられる。
【0017】
G =−αM 101-T/1873・ln(〔M〕t /〔M〕0 ) ……(1)
αPb=3.0、 αZn=2.5、 αsn=60.2(1)式により、最終精錬期に必要なガス流量は容易に求まる。なお、最終精錬期にはクロム酸化物の還元および成分および温度の調整に必要なガス吹込み量があり、(1)式のQG より、この量が大きい場合には(1)式の規制は必要でない。また、(1)式のQG はPb、Zn、Snのそれぞれについて求め、それぞれの値よりも大きい値でガスを吹込む必要がある。また、ガス吹込みは必要な流量以上はかえってコスト増を招くために、適度に抑える必要がある。
【0018】
【作用】図6に溶鋼温度と各種金属元素の純金属状態での蒸気圧の関係を示す。Pb、Zn、SnはFe、Cr、Niに比べ蒸気圧が大きく、1450〜1750℃の溶鋼温度状態では蒸発による除去が進行する。また、蒸発除去速度は蒸気圧の高いZn、Pb、Snの順に大きいものと考えられる。
【0019】この蒸発除去反応は、溶鋼内での蒸発元素の反応界面への移動あるいは蒸発元素の反応界面から気相側への離脱が反応の律速過程と考えられている。この反応を促進させる要因としては、下記が挙げられる。
1)溶鋼温度を上昇させる。
2)雰囲気を減圧あるいは真空状態にする。
【0020】3)反応界面積を大きくするために、ガス発生速度を大きくする。
含クロム溶鋼の最終精錬期は一般に、大気圧下で行うために、2)の効果を享受することはできない。従って、1)および3)がポイントとなる。従来より、1)および3)効果は定性的に示されていたが、特にクロムを多量に含む含クロム溶鋼の分野については定量的な知見はなかった。本発明では、Pb、Zn、Snの除去率が蒸気圧の高いZn、Pb、Snの順に大きいこと、溶鋼温度に比例すること、および吹込みガス流量の増大により対数的に大きくなることを見出し、定式化した。本発明の(1)式からも、溶鋼温度の上昇および吹込みガス流量の増大によって、除去が促進されることがわかる。
【0021】また、鋼の熱間加工性等より、不純物の含有量は一般的に、鋼種毎に上限が規制されており、規制値を満足するために、(1)式を利用して、吹込みガス流量を決定し、ガス吹込みを行えば、効率的な精錬が可能となる。
【0022】
【実施例】60tonAOD炉を用いて、SUS304ステンレス鋼(8mass%Ni−18mass%Cr)を対象として行った実施例について説明する。表2に最終精錬期に添加した材料の種類とPb、Zn、Snの不純物濃度を示す。表2に示す材料を最終精錬期初期に所定量添加し、Arガス吹込みを行った。なお、最終精錬期の還元および、成分および温度の調整に必要なガス流量は0.70Nm3 /Tであり、ガス吹込み速度はいずれも2000Nm3 /Hr一定で実施した。
【0023】また、最終精錬期までの吹錬はいずれの場合も同一にして実施したことにより、脱炭終了時点のPbは2.0ppm、Znは0.1ppm、Snは140ppmとなった。なお、各実施例も最終精錬終了後の目標値はPb≦3.0ppm、Zn≦20ppm、Sn≦150ppmの鋼に適用した。表3に最終精錬期に添加した材料の種類と添加量および最終精錬開始時の計算濃度を本発明例と比較例を併せて示す。
【0024】実施例の結果を表4に示す。表中の精錬コストは No.1の例を100として換算した値である。また、 No.7の例はPbの値が成分外れとなったために、そのままでは製品とならず、コストの算出は不可能であった。
【0025】
【表2】


【0026】
【表3】


【0027】
【表4】


【0028】
【発明の効果】本発明によると、含クロム溶鋼の最終精錬期において、Pb、Zn、Snの規制値外れをなくし、また過剰なガス吹込みを防止することが可能となる。さらに、Pb、Zn、Snを規制値以下にするためのガス吹込み流量が定量化できるために、最終精錬期に安価な添加材料を使用できるようになり、大幅な精錬コストの低減が可能となる。また、本発明によれば、Pb、Znと同レベルの蒸気圧をもつBi、Sb等の効率的な除去がはかれる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の適用する精錬法の例に関する図で、(a)はAOD法、(b)は上底吹き転炉法、(c)はVOD法を示す。
【図2】本発明におけるガス吹込み流量と〔Pb〕の除去率の関係を示す図である。
【図3】本発明におけるガス吹込み流量と〔Zn〕の除去率の関係を示す図である。
【図4】本発明におけるガス吹込み流量と〔Sn〕の除去率の関係を示す図である。
【図5】本発明における溶鋼温度と〔Pb〕の除去率の関係を示す図である。
【図6】不純物元素の純粋状態での蒸気圧と温度の関係を示す図である。
【符号の説明】
1 横吹き羽口
2 上吹きランス
3 底吹き羽口
4 溶鋼
5 スラグ
6 上吹き火点部

【特許請求の範囲】
【請求項1】 含クロム溶鋼の最終精錬期において、溶鋼中のPb、Zn、Snの不純物濃度を目標値以下に低下させるために、最終精錬期に添加する材料からのPb、Zn、Snの戻りを考慮して、下記(1)式を満足する流量QG でガス吹込みを行うことを特徴とする含クロム溶鋼の不純物除去方法。
G ≧−αM 101-T/1873・ln(〔M〕t /〔M〕0 ) ……(1)
G ;最終精錬期のガス吹込み流量(Nm3 溶鋼トン
αM ;不純物元素M毎に定まる定数 αPb=3.0、 αZn=2.5、 αSn=60.2 T ;最終精錬開始時の溶鋼温度〔K〕
〔M〕;不純物元素Mの濃度(ppm)
添字のtは精錬終了後の目標値、0は最終精錬開始時の計算濃度を 示す。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【図4】
image rotate


【図5】
image rotate


【図6】
image rotate


【特許番号】特許第3143764号(P3143764)
【登録日】平成13年1月5日(2001.1.5)
【発行日】平成13年3月7日(2001.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−344866
【出願日】平成4年12月24日(1992.12.24)
【公開番号】特開平6−192720
【公開日】平成6年7月12日(1994.7.12)
【審査請求日】平成10年4月24日(1998.4.24)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【参考文献】
【文献】特開 昭64−17814(JP,A)
【文献】特開 昭55−125221(JP,A)
【文献】特開 昭56−127723(JP,A)
【文献】特開 昭60−67629(JP,A)
【文献】特開 昭62−80218(JP,A)