説明

含リン重合体からなる抽出剤

【課題】使用に際し、人の健康を害したり、環境への悪影響を与えることがない貴金属抽出剤及び酸抽出剤を提供する。
【解決手段】一般式


(式中のR1及びR2は、それぞれ炭素数2〜12の脂肪族炭化水素基)で表わされる循環単位で構成された質量平均分子量1,000以上の含リン重合体からなる貴金属又は酸抽出剤とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含リン重合体、すなわちポリビニルホスフィンオキシド化合物からなる、水溶液中の貴金属又は酸の抽出剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子機器用素子や触媒の素材として用いられている貴金属、例えば、金、銀、パラジウム、白金、ロジウム、イリジウムなどは、資源として限りあるものであり、そのリサイクルによる回収、再利用は重要な課題となっている。
そして、この効率的な回収方法の1つとして、ジオクチルスルフィドやトリブチルホスフェートのような低分子含リン化合物を抽出剤として用いる方法が知られ(非特許文献1参照)、これまでに、例えばトリス(ヒドロキシアルキル)又はジ(ヒドロキシアルキル)アルキルホスフィンオキシドを用いる金属イオン捕捉方法(特許文献1参照)、トリス(n‐オクチル)ホスフィンオキシドのようなトリスアルキルホスフィンオキシドを用いて希土類元素を分離する方法(特許文献2参照)、ビスフェニルジブチルアミノメチルホスフィンオキシドを用いてプラチナを選択的に抽出する方法(特許文献3参照)などや、リン原子含有官能基を有するキレート樹脂を用いて希少金属を回収する方法(特許文献4参照)が提案されている。
【0003】
一方、環境汚染防止及び有用物質再利用の観点から、産業廃水中に含まれる無機又は有機酸の回収処理も重要な課題となっており、これまでに炭素数2〜12のアルキル基をもつトリアルキルホスフィンオキシドを用いて希薄水溶液中のカルボン酸を回収する方法(特許文献5参照)、野菜分解物の水溶液から非水溶性トリアルキルホスフィンオキシドを含む非水溶性有機溶剤を用いて酢酸やギ酸を抽出する方法(特許文献6参照)などが提案されている。
【0004】
しかしながら、これらの方法で抽出剤として用いられている低分子有機化合物は、揮発性であり、二次処理の過程で周囲に排出され、環境汚染の原因となる上に、人体に摂取され、健康をそこなうという欠点を有している。
【0005】
本発明者らは、最近、低分子有機化合物を用いるときのトラブルを避けるために、ポリジフェニルホスフィンオキシドを用いる金属抽出方法を開発したが(特許文献7参照)、このものが酸抽出剤としても有効であるか否かは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭45−21372号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献2】特開昭64−14113号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献3】特開平11−290604号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献4】特公平7−78264号公報(特許請求の範囲その他)
【特許文献5】米国特許第3,816,524号明細書(請求の範囲その他)
【特許文献6】墺国特許第365,080号明細書(請求の範囲その他)
【特許文献7】特開2007−91824号公報(特許請求の範囲その他)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】芝田、奥田、「資源と素材」、社団法人資源・素材学会、2002年、第118巻、第1号、p.1−8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、使用に際し、人の健康を害したり、環境への悪影響を与えることがない貴金属抽出剤及び酸抽出剤を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、廃棄物中に微量に含まれている貴金属や、廃水中に含まれている酢酸、硝酸、硫酸などを回収し、再利用することについて種々研究を重ねた結果、ある種のホスフィンオキシドを抽出剤として用いると、効率よく貴金属や酸が回収できること、及びこの抽出剤は人体及び生活環境に対し、二次的な悪影響を与えることがないことを見出し、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、一般式
【化1】

(式中のR1及びR2は、それぞれ炭素数2〜12の脂肪族炭化水素基である)
で表わされる循環単位で構成された質量平均分子量1,000以上の含リン重合体からなる貴金属又は酸抽出剤、及び一般式
【化2】

(式中のPhはフェニル基である)
で表わされる循環単位で構成された質量平均分子量10,000以上の含リン重合体からなる酸抽出剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の貴金属又は酸抽出剤は、水溶液中の微量な貴金属や廃水中の無機酸又は有機酸を効率よく抽出できる上に、使用後の二次的処理が人体の健康や環境に対し、何ら悪影響を与えることがないという効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明において、貴金属又は酸の抽出剤として用いる前記一般式(I)のジアルキルホスフィンオキシド重合体は公知であって、例えば一般式
【化3】

(式中のR1及びR2は前記と同じ意味をもつ)
で表わされるビニルジアルキルホスフィンオキシドを有機過酸化物触媒の存在下で重合させることにより、製造することができる。
【0013】
本発明の抽出剤として用いるためには、抽出剤処理工程中で揮発しないために、質量平均分子量1,000以上のものを用いることが必要である。
【0014】
一般式(III)中のR1及びR2は炭素数2〜12の脂肪族炭化水素基であれば、十分に本発明の目的を達成することができるが、分子中の炭素数の合計が10〜36のもの、特にR1とR2がオクチル基のものが好ましい。
【0015】
次に、本発明において酸の抽出剤として用いる前記一般式(II)のジフェニルホスフィンオキシド重合体も公知であり、例えばビニルジフェニルホスフィンオキシドを触媒量のグリニャール化合物又は有機リチウム化合物の存在下で重合させることにより製造することができる。
【0016】
本発明の酸抽出剤としては、質量平均分子量10,000以上の高分子量のものを用いることが必要である。この質量平均分子量の上限については、特に制限はないが、通常は、10,000〜1,000,000の範囲のものが好ましい。
【0017】
本発明の抽出剤を用いて貴金属又は酸を抽出するには、抽出剤を非水溶性有機溶剤に溶かして、0.01〜1.0モル%濃度の溶液とし、これに貴金属又は酸を含む水溶液に加え、激しく混合させた後、静止し、分層して有機層を除き、水相に含まれる貴金属又は酸を回収するか、あるいは抽出剤を直接貴金属又は酸を含む水溶液に0.01〜1.0モル%濃度で加え、激しく混合させた後、抽出剤をろ去し、残った水相から貴金属又は酸を回収する。
【0018】
上記の抽出剤を溶解するための非水溶性有機溶剤としては、パラフィン油、石油エーテル、トルエン、ヘキサン、クロロホルム、酢酸エチル、ジエチルエーテルなどが用いられる。
環境汚染を防止する観点からは、このような有機溶剤を用いずに、直接抽出剤のみを貴金属又は酸を含む水溶液に添加する方法が好ましい。
【0019】
次に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
なお、各実施例において用いた物性の測定値は以下の方法で測定した数値である。
【0020】
(1)質量平均分子量
(a)ビニルジオクチルホスフィンオキシド重合体については、カラムとして、商品名「GMHHR−H*2」(Tosoh社製)を、また溶媒としてN‐メチル‐2‐ピロリドンを用い、ポリスチレンをスタンダードとしたゲルパーミエーションクロマトグラフィにより測定した。
(b)ビニルジメチルホスフィンオキシド重合体については、カラムとして、商品名「GMHHR−H*2」(Tosoh社製)を、また溶媒としてヘキサフルオロイソプロパノールを用い、ポリメチルメタクリレートをスタンダードとしたゲルパーミエーションクロマトグラフィにより測定した。
【0021】
(2)金属イオンの濃度;
ICP発光分光分析装置(HORIBA ULTIMA2)を用いて測定した。
【0022】
(3)酸濃度;
0.1mol/l水酸化ナトリウム水溶液を用い、滴定装置(Kyoto Electronic AT−420)により測定した。
【実施例1】
【0023】
抽出剤として、ビニルジオクチルホスフィンオキシド重合体[質量平均分子量(Mw)1300、分子量分布(Mw/Mn)1.1]0.03mmolをクロロホルム3mlに溶解し、抽出剤溶液を調製した。
次のようにして、各イオン濃度1000ppmの市販品を純水により10ppm濃度まで希釈して貴金属標準水溶液を調製した。
Pd標準液;1.0M HCl中のPdCl2溶液及び0.5M−HNO3中のPd(NO32溶液。
Pt標準液;1.0M HCl中のH2PtCl6溶液。
Au標準液;1.0M HCl中のHAuCl4溶液。
Ag標準液;0.1M HNO3中のAgNO3溶液。
Rh標準液;2M HNO3中のRh(NO33溶液。
Ir標準液;5% HCl中のIrCl3溶液。
【0024】
ポリ(ビニルジオクチルホスフィンオキシド)0.03mmolをクロロホルム3mlに溶解して得た抽出剤溶液に、上記のようにして調製した貴金属10ppmを含む各標準水溶液5mlを加え、室温で20分間振りまぜたのち、静止し、有機相と水相とを分離させた。得られた水相について、それぞれ含まれる残存金属の濃度を測定し、その数値に基づいて抽出された金属の量を求め、その結果を表1に示した。
なお、比較のために、重合する前の単量体すなわちビニルジオクチルホスフィンオキシドを用いた場合の結果も比較例1として併記した。
【0025】
【表1】

【実施例2】
【0026】
ポリ(ビニルジオクチルホスフィンオキシド)0.4mmolをクロロホルム4mlに溶解して、抽出剤溶液を調製した。この溶液に酢酸、硝酸又は硫酸の0.1N濃度の水溶液4mlを加え、室温で20分間振りまぜたのち、静置し、有機相と水相とを分離させた。
次いで、抽出後の水相に残存する酸の濃度を0.1N−水酸化ナトリウム水溶液で滴定することにより酸抽出率を求めた。この結果を表2に示す。
【実施例3】
【0027】
ポリ(ビニルジフェニルホスフィンオキシド)0.5mmolを酢酸、硝酸又は硫酸の0.1N濃度の水溶液に加え、実施例2と同様の実験を繰り返すことにより、酸抽出率を求めた。この結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【実施例4】
【0029】
ポリ(ビニルジオクチルホスフィンオキシド)1mmolを、実施例1で用いた各貴金属10ppmを含む水溶液に直接添加し、室温で20分間振りまぜたのち、ろ過し、ポリマーを除去した。水溶液中に残存する金属の濃度をICP発光分光分析により測定し、その測定値から抽出された金属の抽出率を求めた。
その結果を表3に示す。なお、比較のために比較例1の結果も併記した。
【0030】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、産業廃棄物の中から貴金属や酸を回収して再利用するのに有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

(式中のR1及びR2は、それぞれ炭素数2〜12の脂肪族炭化水素基である)
で表わされる循環単位で構成された質量平均分子量1,000以上の含リン重合体からなる貴金属又は酸抽出剤。
【請求項2】
酸が無機酸又は有機酸である請求項1記載の抽出剤。
【請求項3】
一般式
【化2】

(式中のPhはフェニル基である)
で表わされる循環単位で構成された質量平均分子量10,000以上の含リン重合体からなる酸抽出剤。
【請求項4】
酸が無機酸又は有機酸である請求項3記載の酸抽出剤。

【公開番号】特開2010−179287(P2010−179287A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−27659(P2009−27659)
【出願日】平成21年2月9日(2009.2.9)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】