味の測定方法並びにそのための味覚センサー及び味測定装置
【課題】 公知の方法よりもヒトの味覚をよりよく模倣できる味の測定方法、並びにそのための味覚センサー、コンピュータープログラム及び味測定装置を提供すること。
【解決手段】 塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味に対して影響を与える少なくともそれぞれ1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより、これらの成分の応答値を得、得られた応答値を第1の放射基底関数ネットワークに入力して上記成分の濃度を算出し、次に、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2の放射基底関数ネットワークに、前記産出された各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出するという、二段階の放射基底関数ネットワークによる処理を行なう。
【解決手段】 塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味に対して影響を与える少なくともそれぞれ1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより、これらの成分の応答値を得、得られた応答値を第1の放射基底関数ネットワークに入力して上記成分の濃度を算出し、次に、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2の放射基底関数ネットワークに、前記産出された各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出するという、二段階の放射基底関数ネットワークによる処理を行なう。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、味の測定方法並びにそのための味覚センサー及び味測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
食品業界を始め、医療現場など様々な場面で味の測定が行われている。現在に至るまで、そのほとんどが人の味覚を頼りに味覚テストを行ってきた。しかし、人による判断では、判定者によって個人差があり、またそのときの判定者の体調や心理状態、連続測定の際には感覚の鈍化も無視できない。そこで、そのような影響を受けない、より客観的に人間が感じる味を定量できる味覚センサーが求められている。
【0003】
味覚センサーがヒトの味覚系を模倣するためには、試料を分類、同定できるだけではなく、ヒトが実際に感じる味の強さを定量できる必要がある。味覚センサーを実現するためには、味を定性的及び定量的に分析できると共にヒトの味覚との相関を有することが必要である(非特許文献1)。Tokoらは、試料の味を定量する味覚センサーを開発した(非特許文献2)。このマルチチャンネル味覚センサーは、脂質/ポリマー膜を有する電極を含み、異なる味の化学物質に対して異なる応答パターンを出力するものであり、出力信号は定量的である。
【0004】
【特許文献1】国際公開公報WO 03/044498 A1
【非特許文献1】Legin, A.; Rudnitskaya, A.; Lvova, L.; Vlasov, Y.; Natale, C. D.; D'Amico, A. Anal. Chim. Acta 2003, 484, 33-44.
【非特許文献2】Toko, K. Meas. Sci. Technol. 1998, 9, 1919-1936.
【非特許文献3】Meng Joo et al., IEEE Transactions on Neural Networks, vol.13, NO3, pp697-710, MAY 2002
【非特許文献4】S.A. Billing et al., Mechanical Systems and Signal Processing, vol13(2), pp335-349, 1999
【非特許文献5】Keun Bum Kim et al., Information Sciences, vol.130, p165-183, 2000
【非特許文献6】M. Marinaro et al, Neural Networks, vol13, pp719-729, 2000
【非特許文献7】S. Alberecht, Neural Networks, vol13, pp1075-1093, 2000
【非特許文献8】坂和 正敏ら、「ニューロコンピューティング入門」、森北出版株式会社、1999
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
公知の味覚センサーでは、未だヒトの味覚の模倣の程度が満足できるものではなく、例えば、塩分が多くなると旨味が増すとか砂糖が多くなると苦味が減る等のヒトが感じる味の錯覚を再現すること等はできない。
【0006】
したがって、本発明の目的は、公知の方法よりもヒトの味覚をよりよく模倣できる味の測定方法、並びにそのための味覚センサー、コンピュータープログラム及び味測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味に対して影響を与える少なくともそれぞれ1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより、これらの成分の応答値を得、得られた応答値を第1の放射基底関数ネットワークに入力して上記成分の濃度を算出し、次に、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2の放射基底関数ネットワークに、前記産出された各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出するという、二段階の放射基底関数ネットワークによる処理を行なうことにより、ヒトの味覚をよく模倣することができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより被検試料を測定して各センサーからの応答値を得る工程と、得られた応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークに、前記応答値を入力して、前記各応答値から各成分の濃度を算出する工程と、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークに、前記各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出することを含む、味の測定方法を提供する。また、本発明は、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーを含む、上記本発明の方法を行なうための味覚センサーを提供する。さらに、本発明は、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する及び/又はこれらの味に影響する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより測定された応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークと、各成分の濃度とヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークを含む、上記本発明の方法を実施するためのコンピュータープログラムを提供する。さらに、本発明は、上記本発明の味覚センサーと、上記本発明のコンピュータープログラムを格納したコンピューターとを含む、味測定装置を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、公知の方法よりもヒトの味覚をよりよく模倣できる味の測定方法、並びにそのための味覚センサー、コンピュータープログラム及び味測定装置が提供された。本発明の方法によれば、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の5種類の味を定性的及び定量的に表現できるのみならず、例えば、塩分が多くなると旨味が増すとか砂糖が多くなると苦味が減る等のヒトが感じる味の錯覚をも加味した測定が可能となり、公知の方法よりもヒトの味覚をより高度に模倣することができる。したがって、本発明は、食品業界を始め、医療現場など様々な場面における味の測定に貢献するものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の方法の第1工程では、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより、被検試料を測定して各センサーの応答値を得る。塩味(saltiness)、酸味(sourness)、甘味(sweetness)、旨味(umami)及び苦味(bitterness)は、ヒトが感じる5つの基本味とされている味である。塩味を呈する成分としては、NaCl、KCl、LiCl等を挙げることができ、NaCl及びKClが好ましい。これらはNa+、K+及びCl-を測定することで定量できる。酸味を呈する成分としては、塩酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸等から由来するH+を挙げることができH+が好ましい。甘味を呈する前記成分としてグルコース、スクロース、フルクトース、マルトース、グリシン、アスパルテーム等を挙げることができ、グルコース及びスクロースが好ましい。旨味を呈する前記成分としてグルタメート、イノシン酸、グアニル酸等を挙げることができ、グルタメートが好ましい。苦味を呈する前記成分としてカフェイン、キニーネ、タンニン、フェニルアラニン、Mg2+等を挙げることができ、カフェインが好ましい。なお、各味を呈する成分は、単独で各味を呈する成分でも協同して味を呈する成分でもよく、したがって1種類でも複数種類でもよい。後述する好ましい実施例では、塩味を呈する成分としてNa+、K+及びCl-、酸味を呈する成分としてH+、甘味を呈する成分としてグルコース及びスクロース、旨味を呈する成分としてグルタメート、苦味を呈する成分としてカフェインを選択した。
【0011】
本発明の第1工程では、上記した各成分を定量できるセンサーを用いて被検試料を測定する。なお、「各成分を定量できるセンサー」とは、各成分が単独で含まれる場合にはその成分を定量できるという意味である。このようなセンサーは種々知られており、市販もされているので、市販のセンサーを用いることができる。後述する好ましい実施例では、上記したNa+、K+、Cl-、H+、グルコース、スクロース、グルタメート及びカフェインの合計8種類の成分をそれぞれ定量できる8種類のセンサーを用いたが、いずれも市販のセンサー又は市販されている試薬から常法により作製したものである。
【0012】
飲料や食品は、ほとんどのものが生物由来の材料を含んでおり、組成が不明な種々雑多な物質を含む。公知のセンサーは、上記した各呈味成分をそれぞれ単独で定量可能ではあるが、各成分に対する選択性が必ずしも満足できず、また、酵素を用いたセンサーでは酵素がpHの影響をうけるので、種々雑多な成分を含む現実の飲料や食品に各センサーを適用して応答値を得たとしても、その応答値は各成分の濃度を正確に表しているものとは言えない。すなわち、対象とする呈味成分以外の成分によって応答値が影響を受け、無視できない誤差が生じている可能性が少なくない。このため、本発明の方法では、各センサーを被検試料に適用して得られた応答値をそのまま各成分の濃度として利用するのではなく、各応答値をニューラルネットワークの1種である放射基底関数ネットワーク(Radial Basis Function Network、以下「RBFN」ということがある)に入力して各成分の濃度を算出する。
【0013】
本願発明者らは、先にニューラルネットワークの1種であるバックプロパゲーションを利用して、複数の化学物質の濃度の測定方法を発明し、特許出願した(特許文献1)。本願発明の第1工程も、ニューラルネットワークを用いて各センサーによる応答値を処理して各成分の濃度を算出する点では特許文献1の方法と共通しているが、本発明の方法では、ニューラルネットワークとしてRBFNを用いる。特許文献1記載の方法は、多種の化学物質を一度に定量できるが、安定性にやや満足できない場合がある、学習に時間がかかるなどの問題点があった。その原因は解析にバックプロパゲーション型ニューラルネットワーク(Back Propagation Neural Network: BPNN)を用いていたからである。BPNNには以下のような問題点があった
・ 適切な学習回数が不明であり、十分な学習に時間がかかる。
・ 解が初期値に依存するため、局所解に陥りやすい。
・ 過学習が起こりやすい。
ここで過学習とは、ネットワークが学習データに過剰に適応し、汎化性が失われてしまう事を言う。
【0014】
これらの問題を解決するため、本発明の方法では、RBFNを用いる。RBFN自体は周知であり(非特許文献1)、処理が高速であり、初期値依存がない事が知られている(非特許文献3〜8)。RBFNは非線形関数を放射基底関数(Radial Basis Function: RBF)で展開する方法であり、関数近似やパターン認識に利用されている(非特許文献7、8)。図1にRBFの代表的なものの形状を示す。また図2にRBFNのネットワークモデルを示す。RBFとは円形の等高線を持つ関数であり、中心点から距離が離れるにつれて値が単調に減少する。RBFの代表的なものにガウス関数がある。下記実施例ではRBFにガウス関数を用いている。RBFNでは中間層素子の出力関数、つまり基底としてこのRBFを用いる。RBFの中間層素子の出力h(x)は次式で与えられる。
【0015】
【数1】
【0016】
ここで、x∈Rnは入力ベクトル、c∈Rnは基底の中心、rは基底の半径である。基底の中心には学習データを用いる。また出力層素子の出力は、それぞれの中間層素子の出力と重みの積の線形和である。出力層素子の出力O(x)は次式で与えられる。
【0017】
【数2】
【0018】
ここで、mは中間層素子数、wj(j=1, ・・・, m)はm番目の中間層に乗算される重みである。つまり、RBFNは重み付け基底の重ね合わせで、曲線または曲面を近似するネットワークである。
【0019】
ニューラルネットワークは、与えられた入力に対して最適な出力を得るために学習を行う。RBFNにおいて、ネットワークの出力は、各中間層素子の出力と重みの積の線形和で求まる。中間層素子の出力は入力によって決まるので、最適な出力を得るためには、最適な重みを決定する必要がある。つまりRBFNの学習は、最適な重みを求めることとなる。RBFNにおいて、与えられたデータから最適な重みを求めるには次の線形方程式を求めればよい(非特許文献7、8)。
【0020】
【数3】
ここで、
【0021】
【数4】
である。ただし、中間層の素子は入力層の素子と同じ数だけ与えられ、基底中心が固定されているものとする。このように、簡単な行列演算で最適な重みを求めることができるためRBFNは高速である。また、行列演算によって一意的に最適な重みが求まるので、解は初期値に依存しない。
【0022】
RBFNは周知のものを用いることが可能であるが、データ数が少ない化学データに基づく推定精度と汎化能力を同時に向上させるために、基底自動最適化アルゴリズムと、重み抑制項追加アルゴリズムをRBFNに導入することが好ましい(基底自動最適化アルゴリズムと、重み抑制項追加アルゴリズムを導入したRBFNを、以下、便宜的に「改良型RBFN」と呼ぶことがある)。以下、この改良型RBFNについてさらに詳細に説明する。
【0023】
改良型RBFNは、RBFNを化学データ解析に特化させ、さらに汎化能力を強化したニューラルネットワークである。改良型RBFNでは、基底自動最適化アルゴリズムにより従来法よりも化学データに対する推定精度を向上させている。またネットワークの評価関数に重みの抑制項を追加する事により、従来法よりも汎化能力を向上させている。以下に、基底自動最適化、重みの抑制項について詳しく説明する。
【0024】
基底自動最適化
基底自動最適化の概念を図3に示す。基底自動最適化では中間層素子数mをデータセット数pとする。また基底自動最適化では、データに応じて最適な基底半径を自動で算出する。一般にRBFNは、中間層素子数は学習用データ数より小さい数で、数が多いほど補完精度が増す(非特許文献6)。つまり、データ数が少ない場合はデータ数分だけ中間層素子を設けるとよいことがわかる。以上の点より、基底自動最適化では基底は入力データ点全てに用いている。従来のRBFNでは基底半径は全ての基底で等しく設定されていた。これはデータが入力空間に一様に分布しているような場合には有効であるが、データに偏りがある場合は有効ではない。データを扱う際に対数または指数で正規化すれば、データの偏りは小さくなるが、入力空間に一様に分布させることは難しい。データが疎な部分では基底数が少ないため、補完が不可能となり、データが密な部分では基底が多重に重なり合い、冗長な基底が生じてしまう。つまりネットワークの能力不足の状態に陥ってしまう。ネットワークの能力を向上させるためには以下の2点を実現する必要がある。
・ データが疎な部分における補完能力の向上
・ データが密な部分における推定精度の向上
これらの実現のため、基底自動最適化では基底半径を入力データの重心
【0025】
【数5】
と基底中心xiの距離としている。基底自動最適化では次式によって基底ごとに基底半径を決定している。
【0026】
【数6】
【0027】
基底自動最適化では前述したとおり、学習用データを全て基底中心に用いているので、中間層素子数mは学習用データ数である。そのため、
【0028】
【数7】
である。
また
【0029】
【数8】
は入力データの重心であり、
【0030】
【数9】
で表される。
【0031】
基底半径を入力データの重心と基底中心の距離とすることにより、データが疎な部分では基底半径が大きくなり、データが密な部分では基底半径が小さくなる。これにより、データが疎な部分では基底の幅が広まり、一つの基底で広い領域を補完できる。またデータが密な部分では基底の幅が狭まり、多くの基底が重なり合っても冗長な基底は生まれず、細かい推定が可能となる。つまり、データが疎な部分における補完能力の向上と、データが密な部分における推定精度の向上が同時に実現されることになる。
【0032】
rが0となる場合はri(i=0,・・・,p)の中でri>0を満たす最小値rminをrとしている。
【0033】
また基底自動最適化は冗長な基底が生じることを抑制している。データ数が少ない場合は最適な基底を選択する必要がない。しかし、データに偏りがある場合はデータ数が少なくとも冗長な基底が生じる。以下にそれを証明する。
【0034】
RBFNでは、入力xi(1≦i≦p)に対する出力O(xi)は、次式で表される。
【0035】
【数10】
ここで、hk(xi)とhl(xi)(l≠k)に注目し、
【0036】
【数11】
とする。このとき、式(2.7)は次式で表せる。
【0037】
【数12】
【0038】
データに偏りがあるとすると、基底中心が近く中間層出力がほぼ等しい基底が生じることになる。ここで、hk(xi)の基底中心とhl(xi)の基底中心が近くに位置していたとする。このとき、hk(xi)=hl(xi)とみなすことができる。hk(xi)=hl(xi)とすると、式(2.9)は次式で表せる。
【0039】
【数13】
ここで、wk+wl=wk'とすると、式(2.10)は次式で表せる。
【0040】
【数14】
式(2.11)より、hl(xi)は出力O(xi)を表すのに必要ではないことがわかる。
【0041】
以上より、データに偏りがある場合は冗長な基底が生じてしまう。基底自動最適化では基底半径を基底ごとに導出するため、基底中心が近くても中間層出力が同じになりにくい。また基底が狭まるため、基底の重なり合いを抑制する。このため、改良型RBFNはRBFNよりも冗長な基底が生じにくい。つまり、改良型RBFNはRBFNよりも冗長な計算量が減るといえる。
【0042】
重みの抑制項
重みの抑制項追加アルゴリズムを導入する目的は、汎化能力の向上である。ネットワークの評価関数に重みの抑制項を追加する事により、ノイズが入っているデータに対して重みが過剰に適応するのを防いでいる。これにより、近似曲線または曲面は平滑化され、ノイズ混入データに対して過学習が抑制される。重み抑制項により過学習が抑制される概念を図4に示す。
【0043】
一般に、RBFNにおけるネットワークの評価関数は次式で与えられる。
【0044】
【数15】
ただし、出力は一次元とする。ここで、pは学習用データセット数、(xi,yi)は学習用データセットである。
【0045】
ネットワークモデルがノイズの入ったデータを学習すると、過学習に陥る。一般にノイズの入ったデータは理想的な回帰曲線(または曲面)から距離が大きい。そのため、過学習に陥ったネットワークモデルは複雑な形をとる。しかし、式(2.12)にはモデルの複雑さに関する項がないので、モデルが複雑になり過学習に陥ってしまう問題がある(非特許文献8)。
【0046】
このような問題を避けるためには、ネットワークの評価関数にモデルの複雑化を抑制する項を追加しなければならない。本論文ではモデルの複雑化を抑制する項として、重みの抑制項を評価関数に追加している。本論文では、重みが過剰に適応することを防ぐため、重みの抑制項を次式とした。
【0047】
【数16】
【0048】
ここで、λは実験によって求めた正数である。重みの抑制項を追加した評価関数は次式で表せる。
【0049】
【数17】
【0050】
この評価関数が最小となるような重みが最適な重みである。
【0051】
重み抑制項は重みの二乗和で構成されている。重みの二乗和を小さくすると、重みの絶対値が全体として小さくなる。重みの絶対値が全体として小さくなると、重みを掛けた基底の高さが全体として小さくなる。これにより、ノイズ混入データに対して重みが過剰に適応することを防ぐことができる。
【0052】
もし、重みがノイズデータに過剰適応すると、図4のように近似曲線(曲面)の勾配が急になる。これは基底がデータに適応しようと、正の方向または負の方向に引っ張られるために起きる。つまり、重みの絶対値が大きいとネットワークは過学習を起こしてしまう。このため、重み抑制項により、ネットワークは重みの絶対値を小さくするように学習する。
【0053】
一部の重みだけ過剰に反応すると重みの抑制項の値が大きくなり、式(2.14)の値が大きくなる。よって、式(2.14)の値が最小となるようにすれば、モデルの複雑化を防ぐことができる。しかし、データ全てにノイズが混じっているわけではない。またノイズの大きさも既知ではない。そのため、データに応じて重み抑制項の影響の度合いを変化させなければならない。この重み抑制項の影響の度合いを変化させるパラメータがλである。λを調節することで、重み抑制項の影響度を最適化することができる。
【0054】
以下に、重み抑制項追加した場合の重みの求め方を示す。
まず、式(2.14)をすべてのwj(j=1,・・・,p)について偏微分する。
【0055】
【数18】
である。またhTはhの転置行列である。全てのjをまとめて式(2.17)表すと次式となる。
【0056】
【数19】
【0057】
【数20】
である。
【0058】
以上のように、本発明の方法に用いるRBFNとしては、基底自動最適化アルゴリズム及び重み抑制項追加アルゴリズムを含む改良型RBFNが好ましい。
【0059】
後述する好ましい実施例では、第1段の放射基底関数ネットワークが、Na+を測定するセンサーからの応答値を入力してNa+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(1)、K+を測定するセンサーからの応答値を入力してK+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(2)、Cl-を測定するセンサーからの応答値を入力してCl-濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(3)、H+を測定するセンサーからの応答値を入力してpHを算出する放射基底関数ネットワーク(4)、スクロースを測定するセンサーからの応答値、グルコースを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してスクロース濃度及びグルコース濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(5)、グルタメートを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してグルタメート濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(6)及びカフェインを測定するセンサーからの応答値を入力してカフェイン濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(7)を含む。
【0060】
第1段のRBFNに対する学習は、既知濃度の上記各呈味成分を含む混合液について各センサーの応答値を得、該応答値と実際の各呈味成分の濃度を入力することにより行なうことができる。下記実施例にも好ましい一例が詳細に記載されている。
【0061】
次の工程では、第1段のRBFNにより算出された各呈味成分の濃度を、第2段のRBFNに入力し、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出する。第2段のRBFNは、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付けるRBFNである。RBFNとしては第1段のRBFNと同様、基底自動最適化アルゴリズム及び重み抑制項追加アルゴリズムを含む改良型RBFNが好ましい。改良型RBFNは先に説明したとおりである。
【0062】
第2段のRBFNは、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付けるものであるから、その学習データを得るために、当然ながらパネラーによる官能試験を行なう。第2段のRBFNの学習時に入力される、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さは、これらの各味をそれぞれ独立して呈する5種類の標準試料をパネラーが試飲又は試食し、次いで複数の学習用試料をパネラーが試飲又は試食し、前記5種類の味について、その強さの度合いをそれぞれ官能評価し、前記標準試料の各味の強さと比較して数値化したものであることが好ましい。より好ましくは、標準試料は、各味について、濃度の異なる2種類の標準試料から成り、前記学習用試料の官能評価は、各味について、(1)全く感じない、(2)低濃度標準試料よりも弱く感じる、(3)低濃度標準試料と同等に感じる、(4)低濃度標準試料と高濃度標準試料の中間の強さに感じる、(5)高濃度標準試料と同等又はそれ以上に感じる、の5段階評価に基づいて数値化される。このような5段階評価の各段階の間をさらに細分化してもよい。下記実施例にその詳細が記載されている。また、第2段のRBFNに、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さの標準偏差をも学習させることにより、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さのばらつきをも算出することができる。下記実施例にその詳細が記載されている。
【0063】
本発明の方法では、第2段のRBFNに、パネラーによる官能試験の結果を学習させるので、ヒトの味覚を高度に模倣することが可能になる。下記実施例において具体的に示されるように、驚くべきことに、本発明の方法により、塩分が多くなると旨味が増すとか砂糖が多くなると苦味が減る等のヒトが感じる味の錯覚をも再現することができた。また、2段階のRBFN、好ましくは改良型RBFNを用いているため、センサーの応答値を直接入力する方式に比べて精度が高くなる。さらに、本発明の方法によれば、第2段のRBFNを、異なるパネラー集団ごとに作成することができる。例えば、性別や出身地が同じパネラーのみからの官能試験結果を学習させることにより、当該パネラー集団の味の感じ方を模倣させることができる。これは、各性別ごとや地方ごとの飲食品のマーケティングに有用である。
【0064】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0065】
1. 材料及び方法
(1) センサー
塩味を呈する成分としてNa+、及びCl-、酸味を呈する成分としてH+、甘味を呈する成分としてグルコース及びスクロース、旨味を呈する成分としてグルタメート、苦味を呈する成分としてカフェインを選択した。これらの各成分を定量できるセンサーを作製した。Na+センサーは、Na+イオノフォアとしてDD16C5を用いたNa+イオン選択性電極、K+センサーは、K+イオノフォアとしてバリノマイシンを用いたK+イオン選択性電極、Cl-センサーは、Cl-イオノフォアとしてビスチオウレア-1を用いたCl-イオン選択性電極であった。H+センサーは、Pt/IrO2 pH電極であった。グルコース電極は、酵素としてグルコースオキシダーゼを用いた酵素電極、スクロースセンサーは、酵素としてインベルターゼ、ムタロターゼ及びグルコースオキシダーゼを用いた酵素電極であった。グルタメートセンサーは、酵素としてL-グルタメートオキシダーゼを用いた酵素電極であった。全てのイオノフォア及び酵素は市販品であり、常法により電極を組み立てた。カフェインセンサーは、NTTアフティ社製の電子サイクロトロン共鳴(ECR-)スパッタード炭素電極であった。
【0066】
(2) 第1段RBFN
第1段RBFNの構造を図5に示す。なお、図中、「RBFNN」はradial basis function neural networkの頭文字をとったものであり、これまでに説明してきたRBFNと同義である。図5に示すように、第1段のRBFNは、Na+を測定するセンサーからの応答値を入力してNa+濃度を算出するRBFNN1、K+を測定するセンサーからの応答値を入力してK+濃度を算出するRBFNN2、Cl-を測定するセンサーからの応答値を入力してCl-濃度を算出するRBFNN3、H+を測定するセンサーからの応答値を入力してpHを算出するRBFNN4、スクロースを測定するセンサーからの応答値、グルコースを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してスクロース濃度及びグルコース濃度を算出するRBFNN5、グルタメートを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してグルタメート濃度を算出するRBFNN6及びカフェインを測定するセンサーからの応答値を入力してカフェイン濃度を算出するRBFNN7、の7つのRBFNを含む。なお、RBFNは、いずれも上記した改良型RBFNである。このような構成にしたのは次のような理由による。Na+、K+、Cl-、H+及びカフェインセンサーは、選択性が高いので、各センサーに1つのRBFNを割り当て、各単独の呈味成分を算出するようにした。一方、スクロース電極は試料中のグルコースにより干渉を受ける。また、pHにより酵素活性が変化する。このため、1つのRBFNにスクロースセンサー応答値、グルコースセンサー応答値、及びpHセンサー応答値を入力し、スクロース濃度及びグルコース濃度を1つのRBFNから出力させた。同様に、グルタメートセンサーも、グルタメートオキシダーゼがpHの影響を受けるので、pHセンサー応答値とグルタメートセンサー応答値を1つのRBFNに入力するようにした。
【0067】
各RBFNのパラメーター及び学習に用いた標準試料中の各呈味成分の濃度範囲を下記表1に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
なお、RBFNの中間層の数は、RBFNの構築(学習)に用いたデータセットの数であり、出力層の数は、濃度を算出する呈味成分の数である。なお、既知濃度の標準試料を用いた学習は、具体的には次のようにして行なった。まず、入力データと教師データの学習データセットを用意した。学習データセットとしては、Na+、K+、Cl-、pH、スクロースとグルコース、グルタメート、カフェインの7種類用意した。ここで、入力データは、各センサの電流もしくは電圧測定結果、教師データは、各電流および電圧測定結果を示した標準試料中に含まれる各成分濃度とした。これらの学習データセットを1種類ずつプログラムに入力し、クロスバリデーション結果を順次導出した。
【0070】
RBFNの評価は、leave-one-out法に基づいたクロスバリデーションにて行った。この手法では、まず各実験に用いたN個の測定サンプルのうち、任意の1サンプルを除いた(N-1)個のサンプルに対する応答値を用いて、応答値と成分濃度の関係をRBFNに学習させる。このRBFNに、学習に用いなかった1サンプルの応答値を“未知サンプルの応答値”として入力すると、そのサンプルに含まれる各成分の濃度が推定される。出力された推定値と実際に含まれる成分濃度を比較することで、RBFNの推定能力を評価できる。実験ごとに、すべてのサンプルに対して同様なクロスバリデーションを行い、N個のサンプルの平均誤差をroot-mean-square error of prediction(RMSEP)および相対誤差の平均値(average relative error: ARE)として算出した。
【0071】
(3) 第2段RBFN
第2段のRBFNの構成を含む、実施例の方法の構成を図6に示す。図6に示されるように、第1段で算出される各呈味成分の濃度を1つのRBFNに入力し、5つの基本味の強さを出力する。なお、RBFNN8は、5つの基本味の強さの平均値を出力するものであり、RBFNN9は各基本味の強さの標準偏差を出力するものである。
【0072】
ヒトの味覚を的確に模倣できるようにするため、51名のパネラーによる官能試験を行い、その結果を学習させた。パネラーによる官能試験は、次のようにして行なった。塩味用の標準試料は、100mLの水に食塩を0.625g又は1.875g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。酸味用の標準試料は、100mLの水に酢を2.5g又は7.5g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。甘味用の標準試料は、100mLの水に砂糖を3g又は9g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。旨味用の標準試料は、100mLの水にグルタミン酸ナトリウム(味の素(登録商標))を0.125g又は0.375g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。苦味用の標準試料は、無糖コーヒー50mL又は無糖コーヒー50mLに1.43gのインスタントコーヒーを添加したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。
【0073】
学習用試料は、アルカリイオン水、ソーダ水、緑茶、昆布茶、ウーロン茶、コーヒー(砂糖無添加)、コーヒー(砂糖添加)、紅茶(砂糖無添加)、紅茶(砂糖添加)、リンゴジュース、オレンジジュース、野菜ジュース、トマトジュース、レモンジュース(5倍希釈)、酢蜂蜜、清涼飲料(商品名「カルピスウォーター」)、清涼飲料(商品名「コカコーラ」)、メロンソーダ、清涼飲料(商品名「ポカリスウェット」)、清涼飲料(商品名「アミノ式」)、牛乳、ココア、清涼飲料(商品名「オロナミンC」)、麺つゆ、チキンスープ、コンソメスープ、味噌汁、お吸い物、ポタージュスープ及び梅酒(2倍希釈)、の合計30種類であった。
【0074】
各パネラーは、標準試料を味わい、各基本味についてレベル3及びレベル5を記憶した後、30種類の学習用試料を順次味わい、各学習用試料について、5つの基本味の強さを評価した。各味について、(1)全く感じない、(2)レベル3よりも弱く感じる、(3)レベル3と同等、 (4)レベル3とレベル5の中間の強さに感じる、(5)レベル5と同等又はそれ以上に感じる、の5段階評価を基本とし、さらに各段階の間を10段階に細分化して評価し、数値で記述した。試料は全て室温であり、次の試料を味わう前に口を水でゆすいだ。得られた数値の平均値と標準偏差を算出した。
【0075】
一方、上記した30種類の学習用試料を、前記各センサーで測定し、得られた応答値から第1段RBFNにより算出した前記各呈味成分の濃度を求めた。該濃度と、上記官能試験結果の平均値又は標準偏差を、RBFNに学習させ、第2段のRBFNを構築した。なお、RBFNN8及びRBFNN9とも、ニューロン数は8x30x5であり、ラーニングエポック(learning epoch)は1、λは0.0001であった。
【0076】
第2段のRBFNについても、上記と同様にleave-one-out法に基づいたクロスバリデーションにて行った。
【0077】
(4) 味同士の相互作用のシミュレーション
上記方法が、ヒトの味覚を高度に模倣し得たのかどうかを確認するために、味同士の相互作用、すなわち、味の錯覚のシミュレーションを行なった。
【0078】
(i) 甘味による苦味の抑制の再現試験
ヒトの味覚系では、甘味が苦味を抑制する。例えば、コーヒーの苦さは、砂糖を加えることにより緩和される。カフェインの濃度は変化しないにも関わらずである。甘味による苦味の抑制が、上記方法により測定可能かどうかを調べるために次の実験を行なった。すなわち、2倍希釈した砂糖無添加のコーヒーを上記したセンサーで測定し、上記した第1段のRBFNを用いて各呈味成分の濃度を算出した。pH以外の各濃度を2倍して、無希釈のコーヒー中の各呈味成分の値とした。なお、コーヒーのpHは2倍希釈してもほとんど変化がない。上記コーヒーに砂糖を0mMから60mMまで徐々に添加し、第2段のRBFNの出力(5つの基本味の強さ)をモニターした。
【0079】
(ii) 塩味による旨味の増大の再現試験
ヒトの味覚系における錯覚として、塩味が強くなると旨味が増すということがある。塩味による旨味の増大が、上記方法により測定可能かどうかを調べるために次の実験を行なった。すなわち、2倍希釈した味噌汁を、上記したセンサーで測定し、第1段のRBFNにより各呈味成分の濃度を算出した。8種類の呈味成分のうち、塩味の主な原因であるNa+、K+及びCl-の値を0にし、次いで元の濃度(100%)になるまで塩味成分を添加してこれらの3つの値を増大させた。その間の味の出力をモニターした。
【0080】
(5) 構築したRBFNのバリデーション
上記した二段階改良型RBFNの性能が十分であるかどうかを検証するために、該RBFNによる味の評価結果を、他の化学的定量方法による測定結果と比較した。
【0081】
第1段のRBFNの評価のために、rが固定されたRBFN、重み抑制項λを含まないRBFN及び両方とも含まない従来のRBFN並びにバックプロパゲーションを用いた方法による測定結果と比較した。測定誤差を比較した。
【0082】
第2段のRBFNの測定精度を評価するために、1段階RBFN、すなわち、センサーの応答値から1段のRBFNにより味の測定を行う方法、及び一般的な統計学的方法である多変数回帰解析(multivariate regression analysis (MVR)を用いた方法と比較した。各ネットワークの測定精度は、クロスバリデーションの平均相対誤差により比較した。なお、上記した実施例で用いた第1段及び第2段のニューラルネットワークのソースコードを図11ないし図24に示す。
【0083】
II. 結果
第1段のRBFNのクロスバリデーションの結果を表2及び表3に示す。また、ARE及びRMSEPのまとめを表4に示す。また、第2段のRBFNのクロスバリデーションの結果を表5に示す。また、官能試験に用いた30種類の学習用試料を、上記した方法で測定した結果を図7及び図8に示す。なお、図7及び図8中、実線が味の測定結果の平均値、点線がその標準偏差を示す。これらから、上記した実施例の方法により、各種飲料の味の測定が可能であることがわかった。
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
上記した甘味による苦味の抑制の再現試験の結果を図9に示す。図9の左側の図は、甘味と苦味だけを取り出して示す図、右側の図は、5つの基本味の全てを示す図である。図9の左側の図から明らかなように、スクロースの濃度が増大するにつれ、測定された甘味が増大し、苦味は減少した。右側の図に示されるように他の3つの基本味は変化しなかった。この結果から、上記した方法により、甘味による苦味の抑制という、ヒトの味覚の錯覚をも再現できることが明らかになった。このことから、上記方法が、ヒトの味覚を高度に模倣するものであることがわかる。
【0089】
塩味による旨味の増強の再現試験の結果を図10に示す。図10の左側の図は、塩味と旨味だけを取り出して示す図、右側の図は、5つの基本味の全てを示す図である。図10の左側の図から明らかなように、食塩を添加するにつれて塩味と同様に旨味も増大した。この結果から、上記した方法により、塩味による旨味の増大という、ヒトの味覚の錯覚をも再現できることが明らかになった。このことから、上記方法が、ヒトの味覚を高度に模倣するものであることがわかる。
【0090】
上記した本発明の方法に用いた第1段及び第2段のRBFNを用いた場合と、rが固定されたRBFN、重み抑制項λを含まないRBFN及び両方とも含まない従来のRBFN並びにバックプロパゲーションを用いた方法によるAREを表6(第1段)及び表7(第2段)に示す。これらの結果から、改良型RBFNは、他のRBFN、バックプロパゲーション、1段階RBFN及びMVR解析に比べてAREが小さく、より正確であることが明らかになった。
【0091】
【表6】
【0092】
【表7】
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】RBFの形状を示す図である。
【図2】RBFNのモデルを示す図である。
【図3】基底自動最適化の概念を説明する図である。
【図4】重み抑制項による過学習の抑制を説明する図である。
【図5】第1段のRBFNの構造を示す図である。
【図6】2段階RBFNの構造を示す図である。
【図7】本発明の方法により、各種飲料の味を測定した結果を示す図である。
【図8】本発明の方法により、各種飲料の味を測定した結果を示す図である。
【図9】本発明の方法により測定した、スクロースの添加による苦味の減少を示す図である。
【図10】本発明の方法により測定した、食塩の添加による旨味の増大を示す図である。
【図11】実施例で用いたニューラルネットワークのソースコードを示す図である。
【図12】図11の続きを示す図である。
【図13】図12の続きを示す図である。
【図14】図13の続きを示す図である。
【図15】図14の続きを示す図である。
【図16】図15の続きを示す図である。
【図17】図16の続きを示す図である。
【図18】図17の続きを示す図である。
【図19】図18の続きを示す図である。
【図20】図19の続きを示す図である。
【図21】図20の続きを示す図である。
【図22】図21の続きを示す図である。
【図23】図22の続きを示す図である。
【図24】図23の続きを示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、味の測定方法並びにそのための味覚センサー及び味測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
食品業界を始め、医療現場など様々な場面で味の測定が行われている。現在に至るまで、そのほとんどが人の味覚を頼りに味覚テストを行ってきた。しかし、人による判断では、判定者によって個人差があり、またそのときの判定者の体調や心理状態、連続測定の際には感覚の鈍化も無視できない。そこで、そのような影響を受けない、より客観的に人間が感じる味を定量できる味覚センサーが求められている。
【0003】
味覚センサーがヒトの味覚系を模倣するためには、試料を分類、同定できるだけではなく、ヒトが実際に感じる味の強さを定量できる必要がある。味覚センサーを実現するためには、味を定性的及び定量的に分析できると共にヒトの味覚との相関を有することが必要である(非特許文献1)。Tokoらは、試料の味を定量する味覚センサーを開発した(非特許文献2)。このマルチチャンネル味覚センサーは、脂質/ポリマー膜を有する電極を含み、異なる味の化学物質に対して異なる応答パターンを出力するものであり、出力信号は定量的である。
【0004】
【特許文献1】国際公開公報WO 03/044498 A1
【非特許文献1】Legin, A.; Rudnitskaya, A.; Lvova, L.; Vlasov, Y.; Natale, C. D.; D'Amico, A. Anal. Chim. Acta 2003, 484, 33-44.
【非特許文献2】Toko, K. Meas. Sci. Technol. 1998, 9, 1919-1936.
【非特許文献3】Meng Joo et al., IEEE Transactions on Neural Networks, vol.13, NO3, pp697-710, MAY 2002
【非特許文献4】S.A. Billing et al., Mechanical Systems and Signal Processing, vol13(2), pp335-349, 1999
【非特許文献5】Keun Bum Kim et al., Information Sciences, vol.130, p165-183, 2000
【非特許文献6】M. Marinaro et al, Neural Networks, vol13, pp719-729, 2000
【非特許文献7】S. Alberecht, Neural Networks, vol13, pp1075-1093, 2000
【非特許文献8】坂和 正敏ら、「ニューロコンピューティング入門」、森北出版株式会社、1999
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
公知の味覚センサーでは、未だヒトの味覚の模倣の程度が満足できるものではなく、例えば、塩分が多くなると旨味が増すとか砂糖が多くなると苦味が減る等のヒトが感じる味の錯覚を再現すること等はできない。
【0006】
したがって、本発明の目的は、公知の方法よりもヒトの味覚をよりよく模倣できる味の測定方法、並びにそのための味覚センサー、コンピュータープログラム及び味測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味に対して影響を与える少なくともそれぞれ1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより、これらの成分の応答値を得、得られた応答値を第1の放射基底関数ネットワークに入力して上記成分の濃度を算出し、次に、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2の放射基底関数ネットワークに、前記産出された各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出するという、二段階の放射基底関数ネットワークによる処理を行なうことにより、ヒトの味覚をよく模倣することができることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより被検試料を測定して各センサーからの応答値を得る工程と、得られた応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークに、前記応答値を入力して、前記各応答値から各成分の濃度を算出する工程と、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークに、前記各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出することを含む、味の測定方法を提供する。また、本発明は、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーを含む、上記本発明の方法を行なうための味覚センサーを提供する。さらに、本発明は、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する及び/又はこれらの味に影響する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより測定された応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークと、各成分の濃度とヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークを含む、上記本発明の方法を実施するためのコンピュータープログラムを提供する。さらに、本発明は、上記本発明の味覚センサーと、上記本発明のコンピュータープログラムを格納したコンピューターとを含む、味測定装置を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、公知の方法よりもヒトの味覚をよりよく模倣できる味の測定方法、並びにそのための味覚センサー、コンピュータープログラム及び味測定装置が提供された。本発明の方法によれば、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の5種類の味を定性的及び定量的に表現できるのみならず、例えば、塩分が多くなると旨味が増すとか砂糖が多くなると苦味が減る等のヒトが感じる味の錯覚をも加味した測定が可能となり、公知の方法よりもヒトの味覚をより高度に模倣することができる。したがって、本発明は、食品業界を始め、医療現場など様々な場面における味の測定に貢献するものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の方法の第1工程では、塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより、被検試料を測定して各センサーの応答値を得る。塩味(saltiness)、酸味(sourness)、甘味(sweetness)、旨味(umami)及び苦味(bitterness)は、ヒトが感じる5つの基本味とされている味である。塩味を呈する成分としては、NaCl、KCl、LiCl等を挙げることができ、NaCl及びKClが好ましい。これらはNa+、K+及びCl-を測定することで定量できる。酸味を呈する成分としては、塩酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸等から由来するH+を挙げることができH+が好ましい。甘味を呈する前記成分としてグルコース、スクロース、フルクトース、マルトース、グリシン、アスパルテーム等を挙げることができ、グルコース及びスクロースが好ましい。旨味を呈する前記成分としてグルタメート、イノシン酸、グアニル酸等を挙げることができ、グルタメートが好ましい。苦味を呈する前記成分としてカフェイン、キニーネ、タンニン、フェニルアラニン、Mg2+等を挙げることができ、カフェインが好ましい。なお、各味を呈する成分は、単独で各味を呈する成分でも協同して味を呈する成分でもよく、したがって1種類でも複数種類でもよい。後述する好ましい実施例では、塩味を呈する成分としてNa+、K+及びCl-、酸味を呈する成分としてH+、甘味を呈する成分としてグルコース及びスクロース、旨味を呈する成分としてグルタメート、苦味を呈する成分としてカフェインを選択した。
【0011】
本発明の第1工程では、上記した各成分を定量できるセンサーを用いて被検試料を測定する。なお、「各成分を定量できるセンサー」とは、各成分が単独で含まれる場合にはその成分を定量できるという意味である。このようなセンサーは種々知られており、市販もされているので、市販のセンサーを用いることができる。後述する好ましい実施例では、上記したNa+、K+、Cl-、H+、グルコース、スクロース、グルタメート及びカフェインの合計8種類の成分をそれぞれ定量できる8種類のセンサーを用いたが、いずれも市販のセンサー又は市販されている試薬から常法により作製したものである。
【0012】
飲料や食品は、ほとんどのものが生物由来の材料を含んでおり、組成が不明な種々雑多な物質を含む。公知のセンサーは、上記した各呈味成分をそれぞれ単独で定量可能ではあるが、各成分に対する選択性が必ずしも満足できず、また、酵素を用いたセンサーでは酵素がpHの影響をうけるので、種々雑多な成分を含む現実の飲料や食品に各センサーを適用して応答値を得たとしても、その応答値は各成分の濃度を正確に表しているものとは言えない。すなわち、対象とする呈味成分以外の成分によって応答値が影響を受け、無視できない誤差が生じている可能性が少なくない。このため、本発明の方法では、各センサーを被検試料に適用して得られた応答値をそのまま各成分の濃度として利用するのではなく、各応答値をニューラルネットワークの1種である放射基底関数ネットワーク(Radial Basis Function Network、以下「RBFN」ということがある)に入力して各成分の濃度を算出する。
【0013】
本願発明者らは、先にニューラルネットワークの1種であるバックプロパゲーションを利用して、複数の化学物質の濃度の測定方法を発明し、特許出願した(特許文献1)。本願発明の第1工程も、ニューラルネットワークを用いて各センサーによる応答値を処理して各成分の濃度を算出する点では特許文献1の方法と共通しているが、本発明の方法では、ニューラルネットワークとしてRBFNを用いる。特許文献1記載の方法は、多種の化学物質を一度に定量できるが、安定性にやや満足できない場合がある、学習に時間がかかるなどの問題点があった。その原因は解析にバックプロパゲーション型ニューラルネットワーク(Back Propagation Neural Network: BPNN)を用いていたからである。BPNNには以下のような問題点があった
・ 適切な学習回数が不明であり、十分な学習に時間がかかる。
・ 解が初期値に依存するため、局所解に陥りやすい。
・ 過学習が起こりやすい。
ここで過学習とは、ネットワークが学習データに過剰に適応し、汎化性が失われてしまう事を言う。
【0014】
これらの問題を解決するため、本発明の方法では、RBFNを用いる。RBFN自体は周知であり(非特許文献1)、処理が高速であり、初期値依存がない事が知られている(非特許文献3〜8)。RBFNは非線形関数を放射基底関数(Radial Basis Function: RBF)で展開する方法であり、関数近似やパターン認識に利用されている(非特許文献7、8)。図1にRBFの代表的なものの形状を示す。また図2にRBFNのネットワークモデルを示す。RBFとは円形の等高線を持つ関数であり、中心点から距離が離れるにつれて値が単調に減少する。RBFの代表的なものにガウス関数がある。下記実施例ではRBFにガウス関数を用いている。RBFNでは中間層素子の出力関数、つまり基底としてこのRBFを用いる。RBFの中間層素子の出力h(x)は次式で与えられる。
【0015】
【数1】
【0016】
ここで、x∈Rnは入力ベクトル、c∈Rnは基底の中心、rは基底の半径である。基底の中心には学習データを用いる。また出力層素子の出力は、それぞれの中間層素子の出力と重みの積の線形和である。出力層素子の出力O(x)は次式で与えられる。
【0017】
【数2】
【0018】
ここで、mは中間層素子数、wj(j=1, ・・・, m)はm番目の中間層に乗算される重みである。つまり、RBFNは重み付け基底の重ね合わせで、曲線または曲面を近似するネットワークである。
【0019】
ニューラルネットワークは、与えられた入力に対して最適な出力を得るために学習を行う。RBFNにおいて、ネットワークの出力は、各中間層素子の出力と重みの積の線形和で求まる。中間層素子の出力は入力によって決まるので、最適な出力を得るためには、最適な重みを決定する必要がある。つまりRBFNの学習は、最適な重みを求めることとなる。RBFNにおいて、与えられたデータから最適な重みを求めるには次の線形方程式を求めればよい(非特許文献7、8)。
【0020】
【数3】
ここで、
【0021】
【数4】
である。ただし、中間層の素子は入力層の素子と同じ数だけ与えられ、基底中心が固定されているものとする。このように、簡単な行列演算で最適な重みを求めることができるためRBFNは高速である。また、行列演算によって一意的に最適な重みが求まるので、解は初期値に依存しない。
【0022】
RBFNは周知のものを用いることが可能であるが、データ数が少ない化学データに基づく推定精度と汎化能力を同時に向上させるために、基底自動最適化アルゴリズムと、重み抑制項追加アルゴリズムをRBFNに導入することが好ましい(基底自動最適化アルゴリズムと、重み抑制項追加アルゴリズムを導入したRBFNを、以下、便宜的に「改良型RBFN」と呼ぶことがある)。以下、この改良型RBFNについてさらに詳細に説明する。
【0023】
改良型RBFNは、RBFNを化学データ解析に特化させ、さらに汎化能力を強化したニューラルネットワークである。改良型RBFNでは、基底自動最適化アルゴリズムにより従来法よりも化学データに対する推定精度を向上させている。またネットワークの評価関数に重みの抑制項を追加する事により、従来法よりも汎化能力を向上させている。以下に、基底自動最適化、重みの抑制項について詳しく説明する。
【0024】
基底自動最適化
基底自動最適化の概念を図3に示す。基底自動最適化では中間層素子数mをデータセット数pとする。また基底自動最適化では、データに応じて最適な基底半径を自動で算出する。一般にRBFNは、中間層素子数は学習用データ数より小さい数で、数が多いほど補完精度が増す(非特許文献6)。つまり、データ数が少ない場合はデータ数分だけ中間層素子を設けるとよいことがわかる。以上の点より、基底自動最適化では基底は入力データ点全てに用いている。従来のRBFNでは基底半径は全ての基底で等しく設定されていた。これはデータが入力空間に一様に分布しているような場合には有効であるが、データに偏りがある場合は有効ではない。データを扱う際に対数または指数で正規化すれば、データの偏りは小さくなるが、入力空間に一様に分布させることは難しい。データが疎な部分では基底数が少ないため、補完が不可能となり、データが密な部分では基底が多重に重なり合い、冗長な基底が生じてしまう。つまりネットワークの能力不足の状態に陥ってしまう。ネットワークの能力を向上させるためには以下の2点を実現する必要がある。
・ データが疎な部分における補完能力の向上
・ データが密な部分における推定精度の向上
これらの実現のため、基底自動最適化では基底半径を入力データの重心
【0025】
【数5】
と基底中心xiの距離としている。基底自動最適化では次式によって基底ごとに基底半径を決定している。
【0026】
【数6】
【0027】
基底自動最適化では前述したとおり、学習用データを全て基底中心に用いているので、中間層素子数mは学習用データ数である。そのため、
【0028】
【数7】
である。
また
【0029】
【数8】
は入力データの重心であり、
【0030】
【数9】
で表される。
【0031】
基底半径を入力データの重心と基底中心の距離とすることにより、データが疎な部分では基底半径が大きくなり、データが密な部分では基底半径が小さくなる。これにより、データが疎な部分では基底の幅が広まり、一つの基底で広い領域を補完できる。またデータが密な部分では基底の幅が狭まり、多くの基底が重なり合っても冗長な基底は生まれず、細かい推定が可能となる。つまり、データが疎な部分における補完能力の向上と、データが密な部分における推定精度の向上が同時に実現されることになる。
【0032】
rが0となる場合はri(i=0,・・・,p)の中でri>0を満たす最小値rminをrとしている。
【0033】
また基底自動最適化は冗長な基底が生じることを抑制している。データ数が少ない場合は最適な基底を選択する必要がない。しかし、データに偏りがある場合はデータ数が少なくとも冗長な基底が生じる。以下にそれを証明する。
【0034】
RBFNでは、入力xi(1≦i≦p)に対する出力O(xi)は、次式で表される。
【0035】
【数10】
ここで、hk(xi)とhl(xi)(l≠k)に注目し、
【0036】
【数11】
とする。このとき、式(2.7)は次式で表せる。
【0037】
【数12】
【0038】
データに偏りがあるとすると、基底中心が近く中間層出力がほぼ等しい基底が生じることになる。ここで、hk(xi)の基底中心とhl(xi)の基底中心が近くに位置していたとする。このとき、hk(xi)=hl(xi)とみなすことができる。hk(xi)=hl(xi)とすると、式(2.9)は次式で表せる。
【0039】
【数13】
ここで、wk+wl=wk'とすると、式(2.10)は次式で表せる。
【0040】
【数14】
式(2.11)より、hl(xi)は出力O(xi)を表すのに必要ではないことがわかる。
【0041】
以上より、データに偏りがある場合は冗長な基底が生じてしまう。基底自動最適化では基底半径を基底ごとに導出するため、基底中心が近くても中間層出力が同じになりにくい。また基底が狭まるため、基底の重なり合いを抑制する。このため、改良型RBFNはRBFNよりも冗長な基底が生じにくい。つまり、改良型RBFNはRBFNよりも冗長な計算量が減るといえる。
【0042】
重みの抑制項
重みの抑制項追加アルゴリズムを導入する目的は、汎化能力の向上である。ネットワークの評価関数に重みの抑制項を追加する事により、ノイズが入っているデータに対して重みが過剰に適応するのを防いでいる。これにより、近似曲線または曲面は平滑化され、ノイズ混入データに対して過学習が抑制される。重み抑制項により過学習が抑制される概念を図4に示す。
【0043】
一般に、RBFNにおけるネットワークの評価関数は次式で与えられる。
【0044】
【数15】
ただし、出力は一次元とする。ここで、pは学習用データセット数、(xi,yi)は学習用データセットである。
【0045】
ネットワークモデルがノイズの入ったデータを学習すると、過学習に陥る。一般にノイズの入ったデータは理想的な回帰曲線(または曲面)から距離が大きい。そのため、過学習に陥ったネットワークモデルは複雑な形をとる。しかし、式(2.12)にはモデルの複雑さに関する項がないので、モデルが複雑になり過学習に陥ってしまう問題がある(非特許文献8)。
【0046】
このような問題を避けるためには、ネットワークの評価関数にモデルの複雑化を抑制する項を追加しなければならない。本論文ではモデルの複雑化を抑制する項として、重みの抑制項を評価関数に追加している。本論文では、重みが過剰に適応することを防ぐため、重みの抑制項を次式とした。
【0047】
【数16】
【0048】
ここで、λは実験によって求めた正数である。重みの抑制項を追加した評価関数は次式で表せる。
【0049】
【数17】
【0050】
この評価関数が最小となるような重みが最適な重みである。
【0051】
重み抑制項は重みの二乗和で構成されている。重みの二乗和を小さくすると、重みの絶対値が全体として小さくなる。重みの絶対値が全体として小さくなると、重みを掛けた基底の高さが全体として小さくなる。これにより、ノイズ混入データに対して重みが過剰に適応することを防ぐことができる。
【0052】
もし、重みがノイズデータに過剰適応すると、図4のように近似曲線(曲面)の勾配が急になる。これは基底がデータに適応しようと、正の方向または負の方向に引っ張られるために起きる。つまり、重みの絶対値が大きいとネットワークは過学習を起こしてしまう。このため、重み抑制項により、ネットワークは重みの絶対値を小さくするように学習する。
【0053】
一部の重みだけ過剰に反応すると重みの抑制項の値が大きくなり、式(2.14)の値が大きくなる。よって、式(2.14)の値が最小となるようにすれば、モデルの複雑化を防ぐことができる。しかし、データ全てにノイズが混じっているわけではない。またノイズの大きさも既知ではない。そのため、データに応じて重み抑制項の影響の度合いを変化させなければならない。この重み抑制項の影響の度合いを変化させるパラメータがλである。λを調節することで、重み抑制項の影響度を最適化することができる。
【0054】
以下に、重み抑制項追加した場合の重みの求め方を示す。
まず、式(2.14)をすべてのwj(j=1,・・・,p)について偏微分する。
【0055】
【数18】
である。またhTはhの転置行列である。全てのjをまとめて式(2.17)表すと次式となる。
【0056】
【数19】
【0057】
【数20】
である。
【0058】
以上のように、本発明の方法に用いるRBFNとしては、基底自動最適化アルゴリズム及び重み抑制項追加アルゴリズムを含む改良型RBFNが好ましい。
【0059】
後述する好ましい実施例では、第1段の放射基底関数ネットワークが、Na+を測定するセンサーからの応答値を入力してNa+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(1)、K+を測定するセンサーからの応答値を入力してK+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(2)、Cl-を測定するセンサーからの応答値を入力してCl-濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(3)、H+を測定するセンサーからの応答値を入力してpHを算出する放射基底関数ネットワーク(4)、スクロースを測定するセンサーからの応答値、グルコースを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してスクロース濃度及びグルコース濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(5)、グルタメートを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してグルタメート濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(6)及びカフェインを測定するセンサーからの応答値を入力してカフェイン濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(7)を含む。
【0060】
第1段のRBFNに対する学習は、既知濃度の上記各呈味成分を含む混合液について各センサーの応答値を得、該応答値と実際の各呈味成分の濃度を入力することにより行なうことができる。下記実施例にも好ましい一例が詳細に記載されている。
【0061】
次の工程では、第1段のRBFNにより算出された各呈味成分の濃度を、第2段のRBFNに入力し、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出する。第2段のRBFNは、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付けるRBFNである。RBFNとしては第1段のRBFNと同様、基底自動最適化アルゴリズム及び重み抑制項追加アルゴリズムを含む改良型RBFNが好ましい。改良型RBFNは先に説明したとおりである。
【0062】
第2段のRBFNは、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付けるものであるから、その学習データを得るために、当然ながらパネラーによる官能試験を行なう。第2段のRBFNの学習時に入力される、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さは、これらの各味をそれぞれ独立して呈する5種類の標準試料をパネラーが試飲又は試食し、次いで複数の学習用試料をパネラーが試飲又は試食し、前記5種類の味について、その強さの度合いをそれぞれ官能評価し、前記標準試料の各味の強さと比較して数値化したものであることが好ましい。より好ましくは、標準試料は、各味について、濃度の異なる2種類の標準試料から成り、前記学習用試料の官能評価は、各味について、(1)全く感じない、(2)低濃度標準試料よりも弱く感じる、(3)低濃度標準試料と同等に感じる、(4)低濃度標準試料と高濃度標準試料の中間の強さに感じる、(5)高濃度標準試料と同等又はそれ以上に感じる、の5段階評価に基づいて数値化される。このような5段階評価の各段階の間をさらに細分化してもよい。下記実施例にその詳細が記載されている。また、第2段のRBFNに、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さの標準偏差をも学習させることにより、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さのばらつきをも算出することができる。下記実施例にその詳細が記載されている。
【0063】
本発明の方法では、第2段のRBFNに、パネラーによる官能試験の結果を学習させるので、ヒトの味覚を高度に模倣することが可能になる。下記実施例において具体的に示されるように、驚くべきことに、本発明の方法により、塩分が多くなると旨味が増すとか砂糖が多くなると苦味が減る等のヒトが感じる味の錯覚をも再現することができた。また、2段階のRBFN、好ましくは改良型RBFNを用いているため、センサーの応答値を直接入力する方式に比べて精度が高くなる。さらに、本発明の方法によれば、第2段のRBFNを、異なるパネラー集団ごとに作成することができる。例えば、性別や出身地が同じパネラーのみからの官能試験結果を学習させることにより、当該パネラー集団の味の感じ方を模倣させることができる。これは、各性別ごとや地方ごとの飲食品のマーケティングに有用である。
【0064】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0065】
1. 材料及び方法
(1) センサー
塩味を呈する成分としてNa+、及びCl-、酸味を呈する成分としてH+、甘味を呈する成分としてグルコース及びスクロース、旨味を呈する成分としてグルタメート、苦味を呈する成分としてカフェインを選択した。これらの各成分を定量できるセンサーを作製した。Na+センサーは、Na+イオノフォアとしてDD16C5を用いたNa+イオン選択性電極、K+センサーは、K+イオノフォアとしてバリノマイシンを用いたK+イオン選択性電極、Cl-センサーは、Cl-イオノフォアとしてビスチオウレア-1を用いたCl-イオン選択性電極であった。H+センサーは、Pt/IrO2 pH電極であった。グルコース電極は、酵素としてグルコースオキシダーゼを用いた酵素電極、スクロースセンサーは、酵素としてインベルターゼ、ムタロターゼ及びグルコースオキシダーゼを用いた酵素電極であった。グルタメートセンサーは、酵素としてL-グルタメートオキシダーゼを用いた酵素電極であった。全てのイオノフォア及び酵素は市販品であり、常法により電極を組み立てた。カフェインセンサーは、NTTアフティ社製の電子サイクロトロン共鳴(ECR-)スパッタード炭素電極であった。
【0066】
(2) 第1段RBFN
第1段RBFNの構造を図5に示す。なお、図中、「RBFNN」はradial basis function neural networkの頭文字をとったものであり、これまでに説明してきたRBFNと同義である。図5に示すように、第1段のRBFNは、Na+を測定するセンサーからの応答値を入力してNa+濃度を算出するRBFNN1、K+を測定するセンサーからの応答値を入力してK+濃度を算出するRBFNN2、Cl-を測定するセンサーからの応答値を入力してCl-濃度を算出するRBFNN3、H+を測定するセンサーからの応答値を入力してpHを算出するRBFNN4、スクロースを測定するセンサーからの応答値、グルコースを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してスクロース濃度及びグルコース濃度を算出するRBFNN5、グルタメートを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してグルタメート濃度を算出するRBFNN6及びカフェインを測定するセンサーからの応答値を入力してカフェイン濃度を算出するRBFNN7、の7つのRBFNを含む。なお、RBFNは、いずれも上記した改良型RBFNである。このような構成にしたのは次のような理由による。Na+、K+、Cl-、H+及びカフェインセンサーは、選択性が高いので、各センサーに1つのRBFNを割り当て、各単独の呈味成分を算出するようにした。一方、スクロース電極は試料中のグルコースにより干渉を受ける。また、pHにより酵素活性が変化する。このため、1つのRBFNにスクロースセンサー応答値、グルコースセンサー応答値、及びpHセンサー応答値を入力し、スクロース濃度及びグルコース濃度を1つのRBFNから出力させた。同様に、グルタメートセンサーも、グルタメートオキシダーゼがpHの影響を受けるので、pHセンサー応答値とグルタメートセンサー応答値を1つのRBFNに入力するようにした。
【0067】
各RBFNのパラメーター及び学習に用いた標準試料中の各呈味成分の濃度範囲を下記表1に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
なお、RBFNの中間層の数は、RBFNの構築(学習)に用いたデータセットの数であり、出力層の数は、濃度を算出する呈味成分の数である。なお、既知濃度の標準試料を用いた学習は、具体的には次のようにして行なった。まず、入力データと教師データの学習データセットを用意した。学習データセットとしては、Na+、K+、Cl-、pH、スクロースとグルコース、グルタメート、カフェインの7種類用意した。ここで、入力データは、各センサの電流もしくは電圧測定結果、教師データは、各電流および電圧測定結果を示した標準試料中に含まれる各成分濃度とした。これらの学習データセットを1種類ずつプログラムに入力し、クロスバリデーション結果を順次導出した。
【0070】
RBFNの評価は、leave-one-out法に基づいたクロスバリデーションにて行った。この手法では、まず各実験に用いたN個の測定サンプルのうち、任意の1サンプルを除いた(N-1)個のサンプルに対する応答値を用いて、応答値と成分濃度の関係をRBFNに学習させる。このRBFNに、学習に用いなかった1サンプルの応答値を“未知サンプルの応答値”として入力すると、そのサンプルに含まれる各成分の濃度が推定される。出力された推定値と実際に含まれる成分濃度を比較することで、RBFNの推定能力を評価できる。実験ごとに、すべてのサンプルに対して同様なクロスバリデーションを行い、N個のサンプルの平均誤差をroot-mean-square error of prediction(RMSEP)および相対誤差の平均値(average relative error: ARE)として算出した。
【0071】
(3) 第2段RBFN
第2段のRBFNの構成を含む、実施例の方法の構成を図6に示す。図6に示されるように、第1段で算出される各呈味成分の濃度を1つのRBFNに入力し、5つの基本味の強さを出力する。なお、RBFNN8は、5つの基本味の強さの平均値を出力するものであり、RBFNN9は各基本味の強さの標準偏差を出力するものである。
【0072】
ヒトの味覚を的確に模倣できるようにするため、51名のパネラーによる官能試験を行い、その結果を学習させた。パネラーによる官能試験は、次のようにして行なった。塩味用の標準試料は、100mLの水に食塩を0.625g又は1.875g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。酸味用の標準試料は、100mLの水に酢を2.5g又は7.5g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。甘味用の標準試料は、100mLの水に砂糖を3g又は9g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。旨味用の標準試料は、100mLの水にグルタミン酸ナトリウム(味の素(登録商標))を0.125g又は0.375g溶解したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。苦味用の標準試料は、無糖コーヒー50mL又は無糖コーヒー50mLに1.43gのインスタントコーヒーを添加したものであり、前者をレベル3、後者をレベル5と規定した。
【0073】
学習用試料は、アルカリイオン水、ソーダ水、緑茶、昆布茶、ウーロン茶、コーヒー(砂糖無添加)、コーヒー(砂糖添加)、紅茶(砂糖無添加)、紅茶(砂糖添加)、リンゴジュース、オレンジジュース、野菜ジュース、トマトジュース、レモンジュース(5倍希釈)、酢蜂蜜、清涼飲料(商品名「カルピスウォーター」)、清涼飲料(商品名「コカコーラ」)、メロンソーダ、清涼飲料(商品名「ポカリスウェット」)、清涼飲料(商品名「アミノ式」)、牛乳、ココア、清涼飲料(商品名「オロナミンC」)、麺つゆ、チキンスープ、コンソメスープ、味噌汁、お吸い物、ポタージュスープ及び梅酒(2倍希釈)、の合計30種類であった。
【0074】
各パネラーは、標準試料を味わい、各基本味についてレベル3及びレベル5を記憶した後、30種類の学習用試料を順次味わい、各学習用試料について、5つの基本味の強さを評価した。各味について、(1)全く感じない、(2)レベル3よりも弱く感じる、(3)レベル3と同等、 (4)レベル3とレベル5の中間の強さに感じる、(5)レベル5と同等又はそれ以上に感じる、の5段階評価を基本とし、さらに各段階の間を10段階に細分化して評価し、数値で記述した。試料は全て室温であり、次の試料を味わう前に口を水でゆすいだ。得られた数値の平均値と標準偏差を算出した。
【0075】
一方、上記した30種類の学習用試料を、前記各センサーで測定し、得られた応答値から第1段RBFNにより算出した前記各呈味成分の濃度を求めた。該濃度と、上記官能試験結果の平均値又は標準偏差を、RBFNに学習させ、第2段のRBFNを構築した。なお、RBFNN8及びRBFNN9とも、ニューロン数は8x30x5であり、ラーニングエポック(learning epoch)は1、λは0.0001であった。
【0076】
第2段のRBFNについても、上記と同様にleave-one-out法に基づいたクロスバリデーションにて行った。
【0077】
(4) 味同士の相互作用のシミュレーション
上記方法が、ヒトの味覚を高度に模倣し得たのかどうかを確認するために、味同士の相互作用、すなわち、味の錯覚のシミュレーションを行なった。
【0078】
(i) 甘味による苦味の抑制の再現試験
ヒトの味覚系では、甘味が苦味を抑制する。例えば、コーヒーの苦さは、砂糖を加えることにより緩和される。カフェインの濃度は変化しないにも関わらずである。甘味による苦味の抑制が、上記方法により測定可能かどうかを調べるために次の実験を行なった。すなわち、2倍希釈した砂糖無添加のコーヒーを上記したセンサーで測定し、上記した第1段のRBFNを用いて各呈味成分の濃度を算出した。pH以外の各濃度を2倍して、無希釈のコーヒー中の各呈味成分の値とした。なお、コーヒーのpHは2倍希釈してもほとんど変化がない。上記コーヒーに砂糖を0mMから60mMまで徐々に添加し、第2段のRBFNの出力(5つの基本味の強さ)をモニターした。
【0079】
(ii) 塩味による旨味の増大の再現試験
ヒトの味覚系における錯覚として、塩味が強くなると旨味が増すということがある。塩味による旨味の増大が、上記方法により測定可能かどうかを調べるために次の実験を行なった。すなわち、2倍希釈した味噌汁を、上記したセンサーで測定し、第1段のRBFNにより各呈味成分の濃度を算出した。8種類の呈味成分のうち、塩味の主な原因であるNa+、K+及びCl-の値を0にし、次いで元の濃度(100%)になるまで塩味成分を添加してこれらの3つの値を増大させた。その間の味の出力をモニターした。
【0080】
(5) 構築したRBFNのバリデーション
上記した二段階改良型RBFNの性能が十分であるかどうかを検証するために、該RBFNによる味の評価結果を、他の化学的定量方法による測定結果と比較した。
【0081】
第1段のRBFNの評価のために、rが固定されたRBFN、重み抑制項λを含まないRBFN及び両方とも含まない従来のRBFN並びにバックプロパゲーションを用いた方法による測定結果と比較した。測定誤差を比較した。
【0082】
第2段のRBFNの測定精度を評価するために、1段階RBFN、すなわち、センサーの応答値から1段のRBFNにより味の測定を行う方法、及び一般的な統計学的方法である多変数回帰解析(multivariate regression analysis (MVR)を用いた方法と比較した。各ネットワークの測定精度は、クロスバリデーションの平均相対誤差により比較した。なお、上記した実施例で用いた第1段及び第2段のニューラルネットワークのソースコードを図11ないし図24に示す。
【0083】
II. 結果
第1段のRBFNのクロスバリデーションの結果を表2及び表3に示す。また、ARE及びRMSEPのまとめを表4に示す。また、第2段のRBFNのクロスバリデーションの結果を表5に示す。また、官能試験に用いた30種類の学習用試料を、上記した方法で測定した結果を図7及び図8に示す。なお、図7及び図8中、実線が味の測定結果の平均値、点線がその標準偏差を示す。これらから、上記した実施例の方法により、各種飲料の味の測定が可能であることがわかった。
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
上記した甘味による苦味の抑制の再現試験の結果を図9に示す。図9の左側の図は、甘味と苦味だけを取り出して示す図、右側の図は、5つの基本味の全てを示す図である。図9の左側の図から明らかなように、スクロースの濃度が増大するにつれ、測定された甘味が増大し、苦味は減少した。右側の図に示されるように他の3つの基本味は変化しなかった。この結果から、上記した方法により、甘味による苦味の抑制という、ヒトの味覚の錯覚をも再現できることが明らかになった。このことから、上記方法が、ヒトの味覚を高度に模倣するものであることがわかる。
【0089】
塩味による旨味の増強の再現試験の結果を図10に示す。図10の左側の図は、塩味と旨味だけを取り出して示す図、右側の図は、5つの基本味の全てを示す図である。図10の左側の図から明らかなように、食塩を添加するにつれて塩味と同様に旨味も増大した。この結果から、上記した方法により、塩味による旨味の増大という、ヒトの味覚の錯覚をも再現できることが明らかになった。このことから、上記方法が、ヒトの味覚を高度に模倣するものであることがわかる。
【0090】
上記した本発明の方法に用いた第1段及び第2段のRBFNを用いた場合と、rが固定されたRBFN、重み抑制項λを含まないRBFN及び両方とも含まない従来のRBFN並びにバックプロパゲーションを用いた方法によるAREを表6(第1段)及び表7(第2段)に示す。これらの結果から、改良型RBFNは、他のRBFN、バックプロパゲーション、1段階RBFN及びMVR解析に比べてAREが小さく、より正確であることが明らかになった。
【0091】
【表6】
【0092】
【表7】
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】RBFの形状を示す図である。
【図2】RBFNのモデルを示す図である。
【図3】基底自動最適化の概念を説明する図である。
【図4】重み抑制項による過学習の抑制を説明する図である。
【図5】第1段のRBFNの構造を示す図である。
【図6】2段階RBFNの構造を示す図である。
【図7】本発明の方法により、各種飲料の味を測定した結果を示す図である。
【図8】本発明の方法により、各種飲料の味を測定した結果を示す図である。
【図9】本発明の方法により測定した、スクロースの添加による苦味の減少を示す図である。
【図10】本発明の方法により測定した、食塩の添加による旨味の増大を示す図である。
【図11】実施例で用いたニューラルネットワークのソースコードを示す図である。
【図12】図11の続きを示す図である。
【図13】図12の続きを示す図である。
【図14】図13の続きを示す図である。
【図15】図14の続きを示す図である。
【図16】図15の続きを示す図である。
【図17】図16の続きを示す図である。
【図18】図17の続きを示す図である。
【図19】図18の続きを示す図である。
【図20】図19の続きを示す図である。
【図21】図20の続きを示す図である。
【図22】図21の続きを示す図である。
【図23】図22の続きを示す図である。
【図24】図23の続きを示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより被検試料を測定して各センサーからの応答値を得る工程と、得られた応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークに、前記応答値を入力して、前記各応答値から各成分の濃度を算出する工程と、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークに、前記各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出することを含む、味の測定方法。
【請求項2】
前記第1段及び第2段の放射基底関数ネットワークが、基底自動最適化アルゴリズム及び重み抑制項追加アルゴリズムを含む請求項1記載の方法。
【請求項3】
塩味を呈する前記成分としてNa+、K+及びCl-、酸味を呈する前記成分としてH+、甘味を呈する前記成分としてグルコース及びスクロース、旨味を呈する前記成分としてグルタメート、苦味を呈する前記成分としてカフェインが選択され、これらの8種類の成分を測定するセンサーを用いる請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記第1段の放射基底関数ネットワークが、Na+を測定するセンサーからの応答値を入力してNa+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(1)、K+を測定するセンサーからの応答値を入力してK+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(2)、Cl-を測定するセンサーからの応答値を入力してCl-濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(3)、H+を測定するセンサーからの応答値を入力してpHを算出する放射基底関数ネットワーク(4)、スクロースを測定するセンサーからの応答値、グルコースを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してスクロース濃度及びグルコース濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(5)、グルタメートを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してグルタメート濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(6)及びカフェインを測定するセンサーからの応答値を入力してカフェイン濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(7)を含む請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記第2段の放射基底関数ネットワークの学習時に入力される、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さは、これらの各味をそれぞれ独立して呈する5種類の標準試料をパネラーが試飲又は試食し、次いで複数の学習用試料をパネラーが試飲又は試食し、前記5種類の味について、その強さの度合いをそれぞれ官能評価し、前記標準試料の各味の強さと比較して数値化したものである請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記標準試料は、各味について、濃度の異なる2種類の標準試料から成り、前記学習用試料の官能評価は、各味について、(1)全く感じない、(2)低濃度標準試料よりも弱く感じる、(3)低濃度標準試料と同等に感じる、(4)低濃度標準試料と高濃度標準試料の中間の強さに感じる、(5)高濃度標準試料と同等又はそれ以上に感じる、の5段階評価又は該5段階の各段階の間をさらに細分化した評価に基づいて数値化される請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記第2段の放射基底関数ネットワークは、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さの標準偏差をも関連付けるものであり、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さのばらつきをも算出することを含む請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーを含む、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法を行なうための味覚センサー。
【請求項9】
塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する及び/又はこれらの味に影響する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより測定された応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークと、各成分の濃度とヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークを含む、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法を実施するためのコンピュータープログラム。
【請求項10】
媒体に格納され又は通信手段により提供される請求項9記載のコンピュータープログラム。
【請求項11】
請求項8記載の味覚センサーと、請求項9記載のコンピュータープログラムを格納したコンピューターとを含む、味測定装置。
【請求項1】
塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより被検試料を測定して各センサーからの応答値を得る工程と、得られた応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークに、前記応答値を入力して、前記各応答値から各成分の濃度を算出する工程と、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークに、前記各成分の濃度を入力してヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さを算出することを含む、味の測定方法。
【請求項2】
前記第1段及び第2段の放射基底関数ネットワークが、基底自動最適化アルゴリズム及び重み抑制項追加アルゴリズムを含む請求項1記載の方法。
【請求項3】
塩味を呈する前記成分としてNa+、K+及びCl-、酸味を呈する前記成分としてH+、甘味を呈する前記成分としてグルコース及びスクロース、旨味を呈する前記成分としてグルタメート、苦味を呈する前記成分としてカフェインが選択され、これらの8種類の成分を測定するセンサーを用いる請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記第1段の放射基底関数ネットワークが、Na+を測定するセンサーからの応答値を入力してNa+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(1)、K+を測定するセンサーからの応答値を入力してK+濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(2)、Cl-を測定するセンサーからの応答値を入力してCl-濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(3)、H+を測定するセンサーからの応答値を入力してpHを算出する放射基底関数ネットワーク(4)、スクロースを測定するセンサーからの応答値、グルコースを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してスクロース濃度及びグルコース濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(5)、グルタメートを測定するセンサーからの応答値及びpHを入力してグルタメート濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(6)及びカフェインを測定するセンサーからの応答値を入力してカフェイン濃度を算出する放射基底関数ネットワーク(7)を含む請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記第2段の放射基底関数ネットワークの学習時に入力される、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さは、これらの各味をそれぞれ独立して呈する5種類の標準試料をパネラーが試飲又は試食し、次いで複数の学習用試料をパネラーが試飲又は試食し、前記5種類の味について、その強さの度合いをそれぞれ官能評価し、前記標準試料の各味の強さと比較して数値化したものである請求項1ないし4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記標準試料は、各味について、濃度の異なる2種類の標準試料から成り、前記学習用試料の官能評価は、各味について、(1)全く感じない、(2)低濃度標準試料よりも弱く感じる、(3)低濃度標準試料と同等に感じる、(4)低濃度標準試料と高濃度標準試料の中間の強さに感じる、(5)高濃度標準試料と同等又はそれ以上に感じる、の5段階評価又は該5段階の各段階の間をさらに細分化した評価に基づいて数値化される請求項5記載の方法。
【請求項7】
前記第2段の放射基底関数ネットワークは、各成分の濃度と、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さの標準偏差をも関連付けるものであり、ヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さのばらつきをも算出することを含む請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーを含む、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法を行なうための味覚センサー。
【請求項9】
塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味を単独で又は協同してそれぞれ呈する及び/又はこれらの味に影響する少なくとも各1種の成分をそれぞれ定量できる各センサーにより測定された応答値と各成分の濃度を関連付ける第1段の放射基底関数ネットワークと、各成分の濃度とヒトが感じる塩味、酸味、甘味、旨味及び苦味の強さとを関連付ける第2段の放射基底関数ネットワークを含む、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の方法を実施するためのコンピュータープログラム。
【請求項10】
媒体に格納され又は通信手段により提供される請求項9記載のコンピュータープログラム。
【請求項11】
請求項8記載の味覚センサーと、請求項9記載のコンピュータープログラムを格納したコンピューターとを含む、味測定装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図7】
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【図9】
【図10】
【図11】
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【図15】
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【図18】
【図19】
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【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2006−329674(P2006−329674A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149921(P2005−149921)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
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