説明

咀嚼・嚥下困難者用組成物及びその製造方法

【課題】咀嚼・嚥下困難者用の新たな組成物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】原料としてモチ性小麦を含有することで、モチ性小麦由来のデンプンとタンパク質とが適度な軟らかさと粘着性とを組成物に付与する。これにより、咀嚼・嚥下を容易化することができ、咀嚼・嚥下困難者用として適している。しかも、モチ性小麦を用いていることから栄養面においても優れている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原料としてモチ性小麦を含有する咀嚼・嚥下困難者用組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢化社会に伴い、高齢者医療、在宅看護、高齢者介護などの高齢者へのケアの必要性が高まっている。人が生きる中で食事は大切な営みであるが、高齢者は、加齢や疾患により咀嚼・嚥下機能が低下しやすく、誤嚥や嚥下障害を引き起こす危険性が高い。このようなことから、咀嚼・嚥下機能が低下した高齢者などにも食べられかつ栄養価の高い食品を種々作り出すことが高齢者ケアの重要なニーズになると考えられており、種々の食品が提案されている。
【0003】
特に、米や小麦といった穀類は、白飯やパン、麺類などの主食として利用されており、栄養面等からも摂取する必要性が高い。
【0004】
このような食品として、例えば、特許文献1には、原料米としてうるち米、モチ米及びα化うるち米を用いた餅様食品が開示されている。すなわち、特許文献1には、咀嚼・嚥下困難者用に好適な所定範囲の引っ張り強度、硬さ及び付着性が開示されるとともに、こうした物性をうるち米粉とモチ米粉との混合物により実現することが開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2003−135011号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1によれば、モチ米粉及びうるち米粉は、それぞれ単独で咀嚼・嚥下困難者用に適した物性を提供することができるとは必ずしもいえない。また、米粉は、一般に加工性に劣る傾向がある。したがって、現状において、咀嚼・嚥下困難者用の材料が十分に検討されているとはいえなかった。
【0007】
さらに、咀嚼・嚥下困難者用組成物としては、単に咀嚼・嚥下を容易化するのみならず、これらの機能を回復するためのリハビリテーション食も要望されている。こうしたリハビリテーション食では、回復程度に応じた物性設定が好ましい。したがって、咀嚼・嚥下困難者用組成物の中でも特にリハビリテーション食を意図する場合には、物性を容易に変化させることができる材料及び組成が好ましいと考えられる。
【0008】
また、本発明者らによれば、咀嚼や嚥下は、口腔内環境に依存しているとともに、口腔内環境は年齢に応じて徐々に変化していくものであり、特に、高齢者などにおいては、高齢者なりの口腔内環境があることがわかってきている。
【0009】
そこで、本発明は、咀嚼・嚥下困難者用の新たな組成物及びその製造方法を提供することを目的の一つとする。また、咀嚼・嚥下困難者用の可食性成形体を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、摂食・嚥下困難者用の組成物に用いる新たな食材について検討したところ、意外にも、モチ性小麦のデンプン及びグルテンによる軟らかさと粘着性とが、咀嚼・嚥下困難者が食する組成物に適しており、その上、栄養補給の観点からも好適であることを見出し、本発明を完成した。本発明によれば以下の手段が提供される。
【0011】
本発明によれば、原料としてモチ性小麦を含有する、咀嚼・嚥下困難者用組成物が提供される。
【0012】
本組成物は、モチ性小麦を80質量%以上含有する穀類組成を有するものとすることができる。また、糊化したモチ性小麦を含有するものとすることもできる。特に、高齢者用としてもよい。
【0013】
また、本組成物は、糊化したモチ性小麦を含む固形物であって、凸点最大荷重応力が糊化3日後に、2.2×104N/m2以上4.0×104N/m2N以下であるとしてもよい。
【0014】
さらに、本組成物は、糊化したモチ性小麦を含む固形物であって、引っ張り強度が糊化3日後に3.0×104N/m2以下であるとしてもよい。
【0015】
本組成物は、水蒸気加熱されて糊化したモチ性小麦を含む食品であるとすることができる。また、本組成物は、易嚥下用食品であるとすることもできる。さらに、本組成物は、咀嚼・嚥下機能のリハビリテーション用食品であるとすることもできる。
【0016】
また、本発明によれば、モチ性小麦を80質量%以上含有する穀物組成を有する、易嚥下用食品が提供される。この食品は、咀嚼・嚥下機能のリハビリテーション用とすることができる。
【0017】
本発明によれば、咀嚼・嚥下困難者用の可食性成形体であって、糊化したモチ性小麦を含むシート状体を備える、成形体が提供される。
【0018】
本成形体は、前記シート状体に内包されるフィリングを備えるものとすることができる。この態様において、前記フィリングは、栄養補助成分及び治療用成分から選択される成分を含有するものとしてもよい。
【0019】
本発明によれば、咀嚼・嚥下困難者用組成物の製造方法であって、モチ性小麦を含有する材料を用いて該咀嚼・嚥下困難者用組成物を製造する工程、を備える、方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の咀嚼・嚥下困難者用組成物は、原料としてモチ性小麦を含有する。本組成物によれば、モチ性小麦由来のデンプンとタンパク質とが適度な軟らかさと粘着性とを組成物に付与する。したがって、咀嚼・嚥下を容易化することができ、咀嚼・嚥下困難者用として適している。また、モチ性小麦は、グリアジンやグルテニンといったタンパク質を含有していることから栄養価も高い。したがって、本組成物は、老化や機能低下、食事の偏りなどにより低栄養に陥りやすい高齢者にとって貴重なたんぱく源となり、咀嚼・嚥下が困難な者が食するのに適している。また、主食ともなり得る。
【0021】
さらに、モチ性小麦を原料とすることにより軟らかさや粘着性といった物性を容易に変えることができるため、咀嚼・嚥下機能の回復程度に応じた物性設定ができ、これらの機能を回復するためのリハビリテーション食としても利用することができる。
【0022】
本発明の咀嚼・嚥下困難者用の可食性成形体は、糊化したモチ性小麦を含むシート状体を備えるものである。本発明の可食性成形体は、モチ性小麦に含まれるデンプンやタンパク質により滑らかですべり性のある表面を有することから、経口的に摂取したときにも口腔や咽頭に付着し難い。したがって、咀嚼・嚥下機能が低下した者が経口的に摂取するのに適している。
【0023】
本発明は、以上のとおり、咀嚼・嚥下困難者用組成物、その製造方法及び咀嚼・嚥下困難者用の可食性成形体に関する。以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0024】
なお、本明細書において、咀嚼・嚥下困難者とは、咀嚼及び/又は嚥下になんらかの支障を自覚しているか又は一般的に又は客観的に支障があるされる個体をいうものとする。例えば、健常者であっても、12歳以下の小児、咀嚼能力や嚥下能力が低下していると考えられる50歳以上の個体、より典型的には60歳以上の個体、さらには70歳以上の個体が挙げられる。また、なんらかの疾患を有する個体も挙げられる。疾患としては、結果として咀嚼や嚥下になんらかの支障が生じている限り限定されるものではないが、例えば、各種歯科領域、口腔外科領域、咽頭や食道外科領域における疾患のほか、全身疾患や経管栄養摂取者等が挙げられる。また、特に、上下顎骨;顎関節;歯;歯周組織;舌;咬筋、側頭筋、内側翼突筋などの閉口筋;外側翼突筋、顎舌骨筋及び顎二腹筋などの開口筋;及びこれらのいずれかに関わる神経系を含む咀嚼系に関わる疾患が挙げられる。
【0025】
また、本明細書において高齢者とは、60歳以上を意味し、好ましくは65歳以上であり、さらに好ましくは70歳以上である。
【0026】
(咀嚼・嚥下困難者用組成物)
本発明の咀嚼・嚥下困難者用組成物は、原料としてモチ性小麦を含有するものである。ここで、咀嚼・嚥下困難者用組成物とは、咀嚼・嚥下機能が低下した者が食するための組成物をいう。すなわち、本発明の組成物は、咀嚼・嚥下困難者用組成物として、咀嚼・嚥下困難者用食品(調理済み食品を含む)又はその材料として用いることができる。本組成物について、以下、順次説明する。
【0027】
(モチ性小麦)
本発明において、モチ性小麦とは、胚乳デンプン中のアミロース含量が低いモチ性の小麦をいう。このモチ性小麦は、でんぷんの粘りが強く、また老化しにくいという特性を有する。また、主にデンプンやタンパク質(グリアジンやグルテニンなど)を含んでいることから栄養価も高い。本発明に用いるモチ性小麦は、その胚乳デンプンにおけるアミロース含量が10wt%以下であることが好ましい。10wt%以下であると、加熱処理後においてアミロペクチン主体のもちっとした食感を得ることができる。一方、10wt%を超えると、もちっとした食感が得られ難くなる。好ましくは、アミロース含量が5wt%以下であり、さらに好ましくは3wt%未満である。
【0028】
なお、アミロース含量は、ヨウ素・ヨウ化カリウム溶液を用いた比色定量法や電流滴定法などによって測定することができる。例えば、電流滴定法(ヨウ素親和力測定法)の原理は次のとおりである。澱粉溶液をヨウ素で滴定すると、アミロースと複合体を形成してヨウ素が消費される。アミロースが消費されている間は電流に変化が生じないが、ヨウ素が過剰となり、遊離ヨウ素が生じると急激な電流の変化が生じる。このヨウ素−電流滴定曲線の変曲点から複合体形成に消費されたヨウ素量を計算し、澱粉重量に対するヨウ素結合量を百分率で表せばアミロース含量が求められる。
【0029】
本発明に用いるモチ性小麦の品種や作出方法は特に限定されない。品種としては、例えば、「もち姫」(品種登録番号第20430号)や「はつもち」(品種登録番号第8361号)、「もち乙女」(品種登録番号第8362号)、「あけぼのもち」(品種登録番号第8363号)、「いぶきもち」(品種登録番号第8364号)、「谷系A6599−4」(独立行政法人農業生物資源研究所ジーンバンク、保存番号00090237)などを挙げることができる。
【0030】
これらの品種のモチ性小麦は、アミロース含量3%未満の小麦であるが、さらにこれを、常法に従って、ウルチ性小麦と交配後選抜することにより、アミロース含量10%以下のモチ性小麦を得ることもできる。
【0031】
モチ性小麦の作出方法については、Wx−A1,B1,D1の遺伝子を全て消失させる交配、放射線照射、化学的変異原処理などによって得ることができる。また、これらを育種の母本として用いて育成された小麦の中から所望のアミロース含量のものを選択することもできる。
【0032】
本明細書において、「原料としてモチ性小麦を含有する」とは、本組成物を製造するにあたり、少なくともモチ性小麦を組成物材料に用いることを意味する。本発明においては、組成物中でのモチ性小麦の形態や、原料としてのモチ性小麦の形態は特に限定されず、各種形態を採用することができる。組成物中でのモチ性小麦の形態としては、例えば、穀粒の粒状形態の一部又は全部が維持された状態や、粒状形態がほとんど維持されていない状態などが挙げられる。このうち、適度な軟らかさと粘着性とを組成物に付与するとともに滑らかですべり性のある表面にするには、穀粒の粒状形態がほとんど維持されていないことが好ましく、穀粒の粒状形態が完全に維持されていないことがより好ましい。
【0033】
また、原料としてのモチ性小麦の形態としては、例えば、モチ性小麦の穀粒の粒状形態の一部又は全部が維持された状態であってよいし、製粉された状態であってもよい。また、これらが混合した形態であってもよい。これらのうち、製粉された状態、すなわちモチ性小麦を組成物材料として利用するのが好ましい。モチ性小麦を組成物材料に用いることにより、適度な軟らかさと粘着性とを組成物に付与するとともに滑らかですべり性のある表面にすることができる。
【0034】
なお、本発明に用いるモチ性小麦は、穀粒の表皮や胚芽等を取らずにそのまま用いてもよいし、胚乳のみを用いてもよいが、組成物の表面に滑らかさとすべり性とを与えるには、胚乳のみを用いたものが好ましい。
【0035】
本組成物においては、モチ性小麦デンプンの少なくとも一部が糊化した状態であるのが好ましい。モチ性小麦デンプンが糊化することにより、もちっとした食感や適度な粘着性を得ることができる。このため、本組成物は、噛み切りやすいがばらばらになり難く、また飲み込んだ際にも喉に付着しにくい。糊化の状態は、完全糊化でもよいし部分糊化でもよいが、完全糊化であるのが好ましい。モチ性小麦デンプンが完全糊化することにより、咀嚼・嚥下により適した粘着性が得られる。また、冷めても風味を保つことができ、消化もよくなる。
【0036】
本組成物においては、咀嚼・嚥下が容易化される限り、モチ性小麦以外の他の穀類を原料として含有していてもよい。モチ性小麦以外の穀類としては、例えば、ウルチ性の小麦粉(強力粉、中力粉、薄力粉)やモチ米、うるち米、ライ麦粉、馬鈴薯澱粉、とうもろこし澱粉等が挙げられるが、咀嚼・嚥下困難者用に適した軟らかさと粘着性とを持たせるには、モチ性小麦を80質量%以上含有するのが好ましく、90質量%以上含有するのがより好ましく、100質量%含有するのが更に好ましい。特に、100質量%とした場合には、モチ性小麦デンプン特有の粘りによって、より適した粘着性が得られるとともに、老化しにくくなる。また、小麦の風味を出しやすい。
【0037】
なお、モチ性小麦以外の穀類を加える場合、モチ性小麦とモチ性小麦以外の穀類とを混合したものを用いて本組成物を製造してもよいし、モチ性小麦とモチ性小麦以外の穀類とを別々に用いて調理・加工したのち混合することにより本組成物を製造してもよい。
【0038】
(物性)
本発明の組成物が糊化したモチ性小麦を含む固形物である場合、該組成物の凸点最大荷重応力は、1.5×104N/m2以上2.8×104N/m2以下であるのが好ましい。凸点最大荷重応力が1.5×104N/m2未満であると口中でべたつき飲み込みにくくなり、2.8×104N/m2を超えると硬すぎて咀嚼に力がかかってしまう。より好ましくは、1.6×104N/m2以上3.5×104N/m2以下である。
【0039】
また、本発明の組成物が糊化したモチ性小麦を含む固形物である場合、該組成物の凸点最大荷重応力は、糊化3日後に2.2×104N/m2以上4.0×104N/m2N以下であるのが好ましい。糊化3日後に凸点最大荷重応力が2.2×104N/m2未満であると口中でべたつき飲み込みにくくなり、4.0×104N/m2を超えると硬すぎて咀嚼に力がかかってしまう。より好ましくは、2.3×104N/m2以上3.5×104N/m2以下である。
【0040】
本発明における「凸点最大荷重応力」とは、直径23mm、厚み7mmの円柱状に成形した試料を、小型物性測定装置(Ez−test、(株)島津製作所)を用い、これに取り付けた咀嚼試験用の治具(歯形押し棒B型346−51814−02)によって上方向から下方向に向けて試料を常温で破断した際に要した最大応力(N)の測定値を表す。
【0041】
本組成物の引っ張り強度は、3.0×104N/m2以上15.0×104N/m2以下であるのが好ましい。引っ張り強度が3.0×104N/m2未満であると口中でばらばらになって誤嚥しやすく、15.0×104N/m2を超えると硬すぎて咀嚼に力がかかってしまう。より好ましくは、4.0×104N/m2以上10.0×104N/m2以下である。また、本組成物の引っ張り強度は、糊化3日後に3.0×104N/m2以下であるのが好ましい。糊化3日後に引っ張り強度が3.0×104N/m2を超えると硬すぎて咀嚼に力がかかってしまう。より好ましくは、2.5×104N/m2以上3.0×104N/m2以下である。
【0042】
また、本組成物の引っ張り伸び率は、3mm以上10mm以下であるのが好ましい。引っ張り伸び率が3mm未満であると硬すぎて咀嚼に力がかかってしまい、10mmを超えると口中でべたつき飲み込みにくい。より好ましくは、4mm以上7mm以下である。
【0043】
なお、本発明における「引っ張り強度」及び「引っ張り伸び率」とは、それぞれ、全長100mm、評点距離20mm、平行部幅10mm、平行部長さ70mm、肩部半径21〜25mm、つかみ部の幅25mmの大きさに成形した試料を、小型物性測定装置(Ez−test、(株)島津製作所)を用い、これに取り付けた引っ張り試験用の治具(型番346−51690−03)によって常温で試料を引っ張って破断した際に要した力(N)と、破断したときの断面の厚さと長さ(mm)とを表す。
【0044】
本発明の組成物の形態は特に限定されない。咀嚼・嚥下困難者用食品用材料である場合には、粉状、又はその固形物として供給することができ、咀嚼・嚥下困難者用食品である場合には、そのまま食するのに適した形状を有して供給することができる。食品として供給される場合の形状は、特に限定されないが、例えば、球状、方形状、シート状、棒状、リング状等のほか、小麦粉を使用したうどんやスパゲティ等の麺類に適用される各種形態の三次元形状を有することができる。
【0045】
なお、本発明の組成物は、咀嚼・嚥下の容易化を妨げない限りにおいて、穀類以外の他のものを含有してもよい。例えば、砂糖や塩などの調味料や他の食材、食品添加物などを含有してもよい。食品添加物としては、甘味料、酸味料、保存料、酸化防止剤、防カビ剤、着色料、香料、増粘剤、膨張剤、乳化剤、pH調整剤、ビタミン、アミノ酸、ミネラル、糖類など種々のものが挙げられる。
【0046】
これらの食品添加物のうち、糖類を添加した場合には、保存期間がのびても該組成物を硬くなり難くすることができる。つまり、糖類の添加により、組成物の物性を容易に変化させることができる。また、風味の調整が可能になる。糖類としては、スクロース、トレハロース、ソルビトール、β−アミラーゼ、マルチトールなどが挙げられるが、好ましくはトレハロースである。トレハロースは、他の糖類よりもでんぷんの老化を効果的に抑えることができるため、その効果が高い。また、甘さが低いため、甘みを抑えたい場合にも使用することができる。
【0047】
本発明の組成物は、咀嚼・嚥下を容易化することができ、しかも栄養価の高い素材であるモチ性小麦を原料とすることから、咀嚼・嚥下困難者用食品や当該食品のための材料として用いることができる。本組成物は、そのままあるいは加工により咀嚼・嚥下を容易化するのに適度な軟らかさと粘着性とを発現できるため、咀嚼・嚥下機能が低下した高齢者などでも食べられる。つまり、易嚥下用食品として用いることができる。また、物性を容易に変化させることができることから、咀嚼・嚥下機能の回復程度に応じた物性設定が可能になる。したがって、咀嚼・嚥下機能のリハビリテーション用食品として用いることもできる。これらの食品は、モチ性小麦を原料に用いていることから、栄養面においても優れている。
【0048】
また、本発明の咀嚼・嚥下困難者用における組成や物性を有する食品は、咀嚼・嚥下困難者用途に限定されないで、易咀嚼用又は易嚥下用食品として好ましい。咀嚼や嚥下の容易な食品は、そのような食感自体が好まれる場合もあるからである。この場合、特に、モチ性小麦を80質量%以上含む穀物組成を有すると、易咀嚼性や易嚥下性を確保しやすいものとなっている。このような食品は、咀嚼・嚥下機能のリハビリテーション用としても有用である。
【0049】
本発明の組成物が採るうる食品(調理済み食品を含む)形態は、特に限定されない。例えば、団子状、扁平状などに成形した餅様の食品;食パン、フランスパン、ペストリー、ロールパン、菓子パン、揚げパン、蒸しパンなどのパン類;クッキー、ビスケット、ホットケーキ、かきもち、あられ、せんべい等の菓子類;うどん、きしめん、そうめん、蕎麦、中華麺、パスタなどの麺類といった食品にすることができる。これらのうち、餅様の食品に適用するのが好ましい。餅様の食品とした場合には、モチ性小麦が十分に糊化されることによって咀嚼・嚥下に適度な軟らかさと粘着性とが付与されるとともに、食感に違和感がない。
【0050】
本組成物を食材の一種として他の食材と組み合わせて各種の加工食品を構成することもできる。例えば、成形した本組成物をスープや汁の具材とすることができる。例えば、アズキ汁、すまし汁などの具とすることができる。また、通常の食品の製造又は調理と同様に、適宜調味を施したり、他の食材と同時に調理したり、他の食材と組み合わせて提供することができる。例えば、餅様の食品とした本組成物に小豆、きな粉などを組み合わせて、まんじゅう、大福、団子などの和菓子にすることもできる。また、これらの食品は、調理済みのものであってもよいし、半調理品であってもよい。
【0051】
なお、本発明の組成物又はこれに基づいて得られた食品は、従来食品に適用されている保存加工又は包装を施すことができる。例えば、冷凍食品、冷蔵食品、レトルトパウチ品、缶詰、凍結乾燥品、真空包装品等とすることができる。
【0052】
(本組成物の製造方法)
本発明の組成物の製造方法は、モチ性小麦を原料として用いて該咀嚼・嚥下困難者用組成物を製造する工程、を備えることができる。本製造方法における組成物には、既に説明した本発明の組成物において用いられる成分、本発明の組成物の物性、形状や用途などをそのまま適用することができる。したがって、本製造方法における製造工程は、上記各種形態の本発明の組成物を製造するための製造工程を含むことができる。
【0053】
本製造方法の製造工程では、本組成物の適用形態に応じてその手法を適宜選択することができる。例えば、モチ性小麦デンプンを糊化しない状態の組成物とする場合には、モチ性小麦を含んだ材料を混合して粉状物とすることもできるし、水とともに混捏して所定の形状の固形物とすることもできる。そのほか、糊化していないデンプンを主体とする他の小麦製品の製造方法を適用することもできる。
【0054】
また、モチ性小麦デンプンの少なくとも一部が糊化した状態の組成物とする場合には、モチ性小麦を含有する材料に水などを適宜加えて捏ねたあと加熱処理を施すことにより製造される。水を加えて捏ねることによりグルテンが形成され、組成物に適度な粘着性を持たせることができる。また、加熱処理によってモチ性小麦デンプンが糊化される。
【0055】
モチ性小麦デンプンを糊化する加熱処理の手法は特に限定されない。加熱処理されるモチ性小麦の形態等に応じて、公知の加熱調理方法から適宜選択される。例えば、水蒸気加熱する、炊く、茹でる、焼く、揚げる、電子レンジで加熱する等が挙げられる。なかでも、水蒸気加熱するのが好ましい。水蒸気加熱することにより、適度な軟らかさと粘着性とが得られ、また、表面がつるっとした滑らかな食感にすることができる。なお、加熱処理は、加圧された状態で行ってもよい。また、2種以上の加熱方法を採用してもよい。
【0056】
なお、モチ性小麦デンプンの少なくとも一部が糊化している本発明の組成物は、そのまま食することもできるが、でんぷんの老化により硬くなった場合には、沸騰水中で茹でたり、適量の水で湿らせて電子レンジで加熱したり、焼いたり、蒸したりする等の操作により再びモチ性小麦デンプンを糊化させて、咀嚼・嚥下困難者用食品として好適な物性を発現することができるようになる。なお、通常の食品の製造又は調理と同様に、適宜調味を施したり、他の食材と同時に調理したり、他の食材と組み合わせて提供されるものであってもよい。
【0057】
(可食性成形体)
本発明の可食性成形体は、糊化したモチ性小麦デンプンを含むシート状体を備えている。本成形体は、糊化したモチ性小麦によって滑らかですべり性のある表面を有しているため、嚥下しやすい。したがって、例えば、嚥下しにくい固形物や粉末、液体などを包む包装体として使用することができる。
【0058】
本可食性成形体の組成及び製法としては、既に説明した本発明の組成物の組成及び製造方法中、本可食性成形体に関連する形態(糊化したモチ性小麦を含有する点及びシート状体である点)を適用できる。
【0059】
本発明の可食性成形体は、該シート状体に内包されるフィリングを備えるのが好ましい。フィリングとしては、各種食品や治療用物質、添加物などを採用することができる。なかでも、栄養補助成分及び治療用成分から選択される成分を含有するのが好ましい。これらの成分を本成形体で包み込むことにより、嚥下機能が低下した者であっても、これらの成分を容易に体内に取り入れることができる。
【0060】
栄養補助成分としては、例えば、タンパク質、ビタミン、ミネラル、ハーブ、アミノ酸、その他種々の栄養成分を挙げることができる。また、治療用成分としては、各種疾病の診断、治療又は予防のために用いる、種々の植物由来又は動物由来成分、化学物質などを挙げることができる。これらは、錠剤、散剤、液剤のいずれでもよく、また、2種以上から構成されていてもよい。
【0061】
以下、本発明を、具体例を挙げて説明するが、本発明は以下に例示する具体例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0062】
[物性試験]
1.試料の作製
モチ性小麦粉(東北217号、独立行政法人東北農業研究センター開発、品種名「もち姫」)、トレハロース(株式会社 エイチプラスビィ・ライフサイエンス、商品名「トレハのいのち」)、白玉粉(業務用白玉粉、モチ米粉100%)、蒸留水を用いて以下の分量でA,B,C,Dの4種類の試料を作成した。試料の作製は、次のようにして行った。まず、モチ性小麦粉又は白玉粉100gに所定量の蒸留水(表1参照)を加え、餅つき機(レディスミキサーKN−200、(株)大正電機)で10分間よく捏ねた。これをステンレス製バット(210mm×210mm×40mm)に流し込み、オートクレーブ(株式会社トミー精工)を用い、121℃、2気圧、20分の条件下で完全糊化したあと常温に戻し、3℃で一定期間(3日、7日、10日)保存し、これを試料として用いた。各試料の組成を表1に示す。
【表1】

【0063】
2.咀嚼試験
各試料をステンレス製抜き型(直径23mm)で成型後、厚み7mmにスライスして試験片とした。この試験片の凸点最大荷重応力を小型物性測定装置(Ez−test、(株)島津製作所)を用いて測定した。具体的には、小型物性測定装置に咀嚼試験用の治具(歯形押し棒B型 346−51814−02)を取り付け、試験片を下版の中央にセットし、上の治具が試験片表面ぎりぎりになるまで下げ、その後、治具を降下させ、接触から破断までにかかる力(凸点最大荷重応力)を測定した。測定は、各保存期間に対してそれぞれ10回行い、それらの平均値及び標準偏差を求めた。その結果を表2に示す。
【表2】

【0064】
3.引っ張り試験
各試料をダンベル(JIS K6251−2型、(株)ダンベル)を用いて全長100mm、評点距離20mm、平行部幅10mm、平行部長さ70mm、肩部半径21〜25mm、つかみ部の幅25mmの大きさに成型し、これを試験片とした。この試験片の引っ張り強度及び引っ張り伸び率を小型物性測定装置(Ez−test、(株)島津製作所)を用いて測定した。具体的には、小型物性測定装置に引っ張り試験用の治具(型番346−51690−03)を取り付け、試験片の上下を治具にはさみ、試験片が少し緩んだ状態で試験片が滑らないようしっかり固定した。その後、治具を上昇させ、試験片が破断した際の力(引っ張り強度)及び破断した断面の厚さと長さ(引っ張り伸び率)を測定した。測定は、各保存期間に対してそれぞれ10回行い、それらの平均値及び標準偏差を求めた。引っ張り強度の結果を表3に示し、引っ張り伸び率の結果を表4に示す。
【表3】

【表4】

【0065】
4.考察
表2に示すように、咀嚼試験における凸点最大荷重応力(N)の平均値を比べると、すべての保存期間においてA(モチ性小麦粉100%)の方がC(モチ米粉100%)よりも小さかった。また、トレハロースを添加した場合においても、B(モチ性小麦粉90%、トレハロース10%)の方がD(モチ米粉90%、トレハロース10%)よりも小さかった。凸点最大荷重応力(N)の平均値が小さいということは、その物性が軟らかいことを意味しており、モチ性小麦粉を用いた試料は、モチ米粉試料に比べて軟らかく咀嚼に力がかからないと言える。このことから、モチ性小麦粉を含有する組成物は、嚥下しやすく且つ誤嚥しにくいという条件を満たすことができると考えられる。
【0066】
表3に示すように、引っ張り試験における引っ張り強度(N)の平均値は、A(モチ性小麦粉100%)及びB(モチ性小麦粉90%)がC(モチ米粉100%)よりも小さかった。なお、D(モチ米粉90%)については、保存期間3日ではA及びBよりも引っ張り強度は小さかったが、保存期間7日では同保存期間のA及びBを大きく上回った。また、表4に示すように、引っ張り伸び率(mm)の平均値は、Aの方がCよりも大きかった。これらのことから、モチ性小麦粉を用いた試料は、モチ米粉試料よりも、小さな引っ張り強度でよく伸びる、すなわち、伸ばしたときに伸びやすいことがわかった。すなわち、モチ性小麦粉を用いた試料は、「適度な粘度がありバラバラになりにくい」ということができ、嚥下しやすく且つ誤嚥しにくいという条件に適していると言える。
【0067】
保存期間が長くなるにつれて凸点最大荷重応力及び引っ張り強度が大きくなったことから、全ての試料において老化が進んでいることがわかる。しかし、保存期間による変化を比べると、A、Bの変化の方がC、Dの変化より小さく、モチ性小麦粉を用いた試料の方がモチ米粉試料よりも保存に適していることがわかった。また、トレハロースを添加することにより、モチ性小麦粉のみよりも軟らかく、保存期間がのびてもその軟らかさを保つことがわかった。
【実施例2】
【0068】
[食味試験]
1.試料及び試験片の作製
実施例1で用いたモチ性小麦粉、トレハロース、白玉粉並びに蒸留水と、薄力粉とを用い、表5に示す組成でA、B、Cの3種類の試料を作製した。なお、試料は、加水量及び加熱時間を表5に記載のとおりとし、3℃で3日間保存する以外は実施例1と同様にして作製した。その後、各試料を、直径23mm、厚み7mmにスライスし、沸騰水浴中で所定時間加熱し、これを各試料に対する試験片として用いた。
【表5】

【0069】
2.官能試験
官能試験は、12名の被験者に食してもらい、口中で感じる硬さ、口中のべたつき感及び飲み込みやすさについて評価した。評価は、「物性の異なる市販レトルト粥に対する口腔感覚および飲み込みやすさの検討−若年者と高齢者の比較−」(高橋智子著、日本栄養改善学会誌、Vol.164、No.3、153〜159、2006)を参考にし、シェッフェの一対比較法(浦の変法)を用いて行った。判定基準は、それぞれ以下の表に併せて示す7段階でそれぞれ行った。官能試験の結果のうち、口中で感じる硬さについては表6に示し、口中のべたつき感については表7に示し、飲み込みやすさについては表8に示す。なお、表中、「B:A」とは、Aに対してBがどのように感じるかを判定したことを示す。
【表6】

【表7】

【表8】

【0070】
得られた結果から、各試料の相対的な食味を示す数値として以下の式(1)に基づいて主効果の推定値を算出した。図1は、各試料の主効果の推定値を数直線上に表したものである。
主効果の推定値=(Xi−Xj)/2tN t:商品数、N:全対象数・・・(1)
【0071】
口中で感じる硬さについての主効果の推定値は、モチ米粉が最も大きく、モチ性小麦粉、薄力粉の順に小さかった(図1(a)参照)。また、口中のべたつき感についての主効果の推定値は、薄力粉が最も大きく、モチ性小麦粉、モチ米粉の順に小さかった(図1(b)参照)。飲み込みやすさについての主効果の推定値は、モチ米粉が最も大きく、モチ性小麦粉、薄力粉の順に小さくなった(図1(c)参照)。
【0072】
以上のデータに基づき分散分析を行ったところ、口中での硬さ及び口中でのべたつき感については、各試料間で有意差(p<0.01)があり、飲み込みやすさについては、有意差がなかった。
【0073】
以上のことから、モチ性小麦を用いた試料にあっては、薄力粉試料より軟らかくもち米粉試料よりも硬いという適度な硬さ(軟らかさ)を有し、薄力粉試料よりもべたつかず口ざわりが滑らかであり、飲み込みやすさはほぼ同程度であることがわかった。また、モチ性小麦粉から調製した試料は、薄力粉やもち米粉から調製した試料とは明らかに異なる物性を有するとともに、硬さやべたつき感においてはこれらの中間程度の物性を示すことがわかった。
【0074】
硬さ(軟らかさ)及びべたつき感(滑らかさ)は、いずれも、咀嚼や嚥下などの摂食に強く関連する重要な物性であり、これらの物性について従来のもち米や小麦粉のいずれとも異なりかつ中間程度の特性を示すモチ性小麦粉は、こうした食品に適した原料であることがわかった。また、モチ性小麦粉は、こうした物性を調整するのに適した原料であることもわかった。
【0075】
3.咀嚼回数及び飲み込み時間の測定
官能試験の際、被験者に測定を実施することを秘匿して、各試験片の咀嚼回数と、サンプルを口腔に入れてから飲み込むまでの時間との測定を行った。各試料についての測定値の平均値を算出した。その結果を表9に示す。
【表9】

【0076】
表9に示すように、モチ性小麦粉試料にあっては、咀嚼回数がより少ない傾向があるとともに、飲み込むまでの時間もより短くなる傾向が認められた。
【実施例3】
【0077】
[物性試験]
1.試料の作製
実施例1と同様のモチ性小麦粉、白玉粉、トレハロース及び蒸留水のほか、薄力小麦粉(日清製粉、普通小麦粉100%)、を用い、実施例1に記載の方法により、各粉100gに対して以下の表に示す量の蒸留水を加えて、A,B,C,D,E,Fの6種類の試料を作成した。ただし、糊化には、実施例1のステンレス製容器に替えて耐熱性シリコン容器(70mm×180mm×40mm)を用いた。各試料の組成を表10に示す。
【表10】

【0078】
2.咀嚼試験
得られた各試料についても実施例1と同様にして試験片を作製し、実施例1の記載の方法により凸点最大荷重応力を測定した。測定は、各保存期間(3日、5日、7日及び10日)に対してそれぞれ10回行い、それらの平均値及び標準偏差を求めた。その結果を表11に示す。
【表11】

【0079】
3.引っ張り試験
得られた各試料についても実施例1と同様にして試験片を作製し、実施例1の記載の方法により引っ張り強度を測定した。測定は、各保存期間(3日、5日、7日及び10日)に対してそれぞれ10回行い、それらの平均値及び標準偏差を求めた。結果を表12に示す。
【表12】

【0080】
表10に示すように、咀嚼試験における凸点最大荷重応力(N)の平均値を比べると、すべての保存期間においてA(モチ性小麦100%)の方がB(モチ米粉100%)およびC(薄力粉100%)よりも小さかった。また、トレハロースを添加した場合においても、D(モチ性小麦90%、トレハロース10%)の方がE(モチ米粉90%、トレハロース10%)およびF(薄力粉90%、トレハロース10%)よりも小さかった。凸点最大荷重応力(N)の平均値が小さいということは、その物性が軟らかいことを意味しており、モチ性小麦粉を用いた試料は、モチ米粉試料や薄力粉試料に比べて軟らかく咀嚼に力がかからないと言える。このことから、モチ性小麦を含有する組成物は、嚥下しやすく且つ誤嚥しにくいという条件を満たすことができると考えられる。
【0081】
表11に示すように、引っ張り試験における引っ張り強度(N)の平均値は、A(モチ性小麦100%)及びD(モチ性小麦90%、トレハロース90%)がB(モチ米粉100%)、C(薄力粉100%)、E(モチ米粉90%、トレハロース10%)、F(薄力粉90%、トレハロース10%)よりも小さかった。なお、E(モチ米粉90%、トレハロース10%)については、保存期間3日ではA及びDよりも引っ張り強度は大きく、保存期間7日では同保存期間のA及びDを大きく上回った。これらのことから、モチ性小麦を用いた試料は、モチ米粉試料よりも、小さな引っ張り強度でよく伸びる、すなわち、伸ばしたときに伸びやすいことがわかった。以上のことから、モチ性小麦を用いた試料は、「適度な粘度がありバラバラになりにくい」ということができ、嚥下しやすく且つ誤嚥しにくいという条件に適していると言える。
【0082】
保存期間が長くなるにつれて凸点最大荷重応力及び引っ張り強度が大きくなったことから、全ての試料において老化が進んでいることがわかる。しかし、保存期間による変化を比べると、A、Dの変化の方がB,C、D、Eの変化より小さく、モチ性小麦を用いた試料の方がモチ米粉試料よりも保存に適していることがわかった。
【実施例4】
【0083】
[食味試験]
1.試料及び試験片の作製
実施例3と同様にして、モチ性小麦粉、モチ米粉、薄力粉、トレハロース、並びに蒸留水を用い、加水量及び加熱時間を表13に記載のとおりとし、3℃で3日間保存する以外は実施例3と同様にして、A、B、Cの3種類の試料を作製した。なお、食味試験には、各試料を、直径23mm、厚み7mmにスライスし、沸騰水浴中で所定時間加熱し、これを各試料に対する試験片として用いた。
【表13】

【0084】
2.官能試験
官能試験は、若年健常者(男性8名、女性28名、21.6歳±0.73歳)、および高齢健常者(女性14名、70.5±5.96歳)に食してもらい、口中で感じる硬さ、口中のべたつき感及び飲み込みやすさについて評価した。評価は、実施例2と同様に行った。結果を表14〜16に示す。
【表14】

【表15】

【表16】

【0085】
得られた結果から、各試料の相対的な食味を示す数値として上記式(1)に基づいて主効果の推定値を算出した。図2は、各試料の主効果の推定値を数直線上に表した
【0086】
口中で感じる硬さについての主効果の推定値は、若年者、高齢者ともにモチ米粉の数値が最も大きく、モチ性小麦、薄力粉の順に小さかった(図2(a)参照)。また、口中のべたつき感についての主効果の推定値は、薄力粉の数値が最も大きく、モチ性小麦、モチ米粉の順に小さかった(図2(b)参照)。飲み込みやすさについての主効果の推定値は、若年者の場合、モチ性小麦が最も大きく、薄力粉、モチ米粉の順に、また高齢者の場合は、モチ性小麦、モチ米粉、薄力粉の順に小さくなった(図2(c)参照)。
【0087】
以上のことから、モチ性小麦を用いた試料にあっては、薄力粉試料より軟らかくモチ米粉試料よりも硬いという適度な硬さ(軟らかさ)を有し、薄力粉試料よりもべたつかず口ざわりが滑らかであり、飲み込みやすいことがわかった。また、モチ性小麦から調製した試料は、薄力粉やもち米粉から調製した試料とは明らかに異なる官能特性を示すとともに、硬さやべたつき感においてはこれらの中間程度の物性を示すことがわかった。
【0088】
また、モチ性小麦粉の上記官能特性、すなわち、柔らかさ、べたつきにくさ及び飲み込みやすさが、常に若年健常者よりのそれを上回っており、高齢健常者において相対的にモチ性小麦粉試料の評価が高いことがわかった。以上のことから、健常者であっても高齢者になると、口内環境が若年者とは変化して、咀嚼・嚥下能力に変化が生じることがわかった。そして、モチ性小麦試料は、高齢者の口内環境においてより優れた官能特性を発揮しやすいという性質があることがわかった。また、モチ性小麦は、特に高齢者に適した食品を提供することができることがわかった。
【0089】
3.咀嚼回数及び飲み込み時間の測定
官能試験の際、被験者に測定を実施することを秘匿して、各試験片の咀嚼回数と、サンプルを口腔に入れてから飲み込むまでの時間との測定を行った。各試料についての測定値の平均値を算出した。その結果を表17に示す。
【表17】

【0090】
表17に示すように、モチ性小麦試料にあっては、咀嚼回数がより少ない傾向があるとともに、飲み込むまでの時間もより短くなる傾向が認められた。
【0091】
この結果は、先の食味試験の結果を支持するものであり、健常者であっても高齢者になると、口腔内環境が若年者とは変化して、咀嚼・嚥下能力に変化が生じ、高齢者の口腔内環境において、モチ性小麦を用いた食品が良好な嚥下・咀嚼を確保できるものであることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】実施例2の官能試験における主効果の推定値の結果を示す図。図1(a)は口中で感じる硬さ、図1(b)は口中のべたつき感、図1(c)は飲み込みやすさを示す。
【図2】実施例2の官能試験における主効果の推定値の結果を示す図。図2(a)は口中で感じる硬さ、図2(b)は口中のべたつき感、図2(c)は飲み込みやすさを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料としてモチ性小麦を含有する、咀嚼・嚥下困難者用組成物。
【請求項2】
モチ性小麦を80質量%以上含有する穀類組成を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
糊化したモチ性小麦を含有する、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
高齢者用である、請求項1〜3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
糊化したモチ性小麦を含む固形物であって、凸点最大荷重応力が糊化3日後に2.2×104N/m2以上4.0×104N/m2N以下である、請求項1〜4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
糊化したモチ性小麦を含む固形物であって、引っ張り強度が糊化3日後に3.0×104N/m2以下である、請求項1〜5のいずれかに記載の組成物。
【請求項7】
水蒸気加熱されて糊化したモチ性小麦を含む食品である、請求項1〜6のいずれかに記載の組成物。
【請求項8】
咀嚼・嚥下機能のリハビリテーション用食品である、請求項1〜7のいずれかに記載の組成物。
【請求項9】
モチ性小麦を80質量%以上含有する穀物組成を有する、易嚥下用食品。
【請求項10】
咀嚼・嚥下機能のリハビリテーション用食品である、請求項9に記載の食品。
【請求項11】
咀嚼・嚥下困難者用の可食性成形体であって、
糊化したモチ性小麦を含むシート状体を備える、成形体。
【請求項12】
前記シート状体に内包されるフィリングを備える、請求項11に記載の成形体。
【請求項13】
前記フィリングは、栄養補助成分及び治療用成分から選択される成分を含有する、請求項12に記載の成形体。
【請求項14】
咀嚼・嚥下困難者用組成物の製造方法であって、
モチ性小麦を含有する材料を用いて咀嚼・嚥下困難者用組成物を製造する工程、を備える、方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−263953(P2008−263953A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−34373(P2008−34373)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(508105186)公立大学法人青森県立保健大学 (8)
【出願人】(507099228)
【Fターム(参考)】