説明

和弓または洋弓の弦

【課題】
本発明は、和弓または洋弓に使用する弦の両端に設けられる弦輪の柔軟性を確保し、弓への取付けが容易で、かつ耐久性能を改善した弦の提供を目的とする。
【解決手段】
人工繊維からなる和弓または洋弓に用いる弦であって、弦本体は、熱可塑性樹脂を含浸させたポリアラミド繊維のマルチフィラメントを複数束ねた撚糸から成り、ポリアラミド繊維のマルチフィラメント糸を補強材として、弦の両端から一定範囲の補強領域を1往復させて旋廻被覆し、補強材は、往路内及び復路内で隣り合う補強材が離間しており、弦と補強材は弦に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑性樹脂により一体化されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工繊維のマルチフィラメント撚糸からなる弦の両端の柔軟性を確保し、弓への取付けが容易で、かつ耐久性能を改善した和弓または洋弓の弦に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の弦は、弓に接合する弦輪を作る部分に、麻糸や人工繊維、あるいはそれらからなる網状スリーブ等で補強をしていた。弦と補強材は接着剤で一体化されるが、接着剤の使用量が少なければ弦と補強材が剥離して弦輪の結節点で弦が切断してしまい、接着剤の使用量が多ければ弦が固くなり弦輪が作り難くなったり、弦輪が十分締まらないので使用中に弦が伸びるという問題点を有していた。
【0003】
これを改善するために、例えば特許文献1には、弦の心材にスリーブを被せ、中心方向の端を接着し、その後にスリーブを反対方向に引っ張ることで心材に密着させ、弦輪部分の柔軟性を確保する試みが開示されている。
【0004】
さらに、特許文献2には、弦輪を作る部分にアラミド繊維の組紐を通して補強する一方、弦に麻等を地巻したり、組紐の数箇所に3〜5本程度糸を増やして編んで、弦と組紐の一体感(接合強度)を改善して、接着剤の使用を抑える試みが開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1のように補強材の中心方向の端のみで接着したり、特許文献2のように組紐の本数を変えたりする構成では、弦に加わる張力や矢の射出後の振動に対して十分な補強効果が得られないという問題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−213395
【特許文献2】登録実用新案3138264号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる課題を解決し、弦の両端の柔軟性を確保し、弓への取付けが容易で、かつ耐久性能を改善した和弓または洋弓の弦の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述の目的を達成するための請求項1に係わる発明は、人工繊維からなる和弓または洋弓に用いる弦であって、弦本体は、熱可塑性樹脂を含浸させたポリアラミド繊維のマルチフィラメントを複数束ねた撚糸から成り、ポリアラミド繊維のマルチフィラメント糸を補強材として、弦本体の両端から一定範囲の補強領域を1往復させて旋廻被覆し、補強材は、往路内及び復路内で隣り合う補強材が離間しており、弦本体と補強材は弦本体に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑性樹脂により一体化されることを特徴とする弦である。
【0009】
請求項2に係わる発明は、人工繊維からなる和弓または洋弓に用いる弦であって、弦本体は、熱可塑性樹脂を含浸させたポリアラミド繊維のマルチフィラメントを複数束ねた撚糸から成り、ポリアラミド繊維の網状スリーブを補強材として、弦本体の両端から一定領域の補強領域を被覆し、弦本体と補強材は弦本体に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑性樹脂により一体化されたことを特徴とする弦である。
【0010】
請求項3に係わる発明は、弦に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑性樹脂が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする弦である。
【0011】
請求項4に係わる発明は、熱可塑性樹脂が含浸された弦本体を製造する工程と、弦本体の両端に、補強材を被覆する工程と、補強材が被覆された弦本体の両端を熱可塑性樹脂にディッピングする工程と、両端を乾燥させ、弦本体と補強材を被覆一体化させる工程とを含む、請求項1ないし請求項3の弦の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係わる弦は、接着剤を使用せずに弦と補強材を被覆一体化したから、弦の両端が固くならず弦輪の形成が容易であり、弦輪の締りがよいので使用中に弦の増し締めをする必要もない。また、使用中に弦本体と補強材が分離しにくいので耐久性が改善されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の弦の実施例
【図2】本発明の弦の別の実施例
【図3】耐久試験装置の模式図
【図4】比較例の弦の破断面の模式図
【図5】補強部(弦輪)及び弦の切断箇所の説明図
【図6】従来の弦の補強領域
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の弦の実施の形態を、図1を用いて説明する。本発明の弦1は、熱可塑性樹脂を含浸させた人工繊維のマルチフィラメントを複数束ねて撚糸とし、さらに前記撚糸を複数束ねて撚り、弦本体2とする。次に、図1に示すようにポリアラミド繊維のマルチフィラメント糸からなる補強材3aを、前記弦本体2の両端の補強領域Aを1往復させて旋廻被覆し、往路内で隣り合う前記補強材と、復路内で隣り合う前記補強材は各々離間するようにして、前記弦本体2と前記補強材3aは前記弦本体2に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑性樹脂により一体化された。
【0015】
図6に示すように、従来のマルチフィラメント糸の補強材3aは、一方向に、隣り合う補強材が接触するように旋廻被覆されているが、隣り合う補強材が接触するような被覆方法は軟質な熱可塑性樹脂の弦本体への含浸の妨げになり、弦本体と補強材が十分一体化せず、補強効果が得られにくい。また、弓道に使用する弦は、図5に示すように補強材3の上から飾りリボン4を被覆するが、補強材3aを一方向に旋廻被覆すると、飾りリボンとの摩擦で補強材3が摩滅し弦本体2の切断にいたる場合がある。
【0016】
本発明の弦では、往路内で隣り合う前記補強材3aのピッチをPt、復路内で隣り合う前記補強材3aのピッチをPfとし、Pt、Pfを各々前記補強材3aの径よりも大きくして旋廻被覆したので、軟質な熱可塑性樹脂が十分に弦本体2に含浸し、前記弦本体2と前記補強材3aは強固に一体化される。前記補強材3aの好適なPt、Pfは前記軟質な熱可塑性樹脂の粘度により異なるが、前記補強材3aの径の1.1倍乃至2倍、より好ましくは、1.5倍乃至1.8倍の範囲であれば前記軟質な熱可塑性樹脂は前記弦本体2に含浸し、補強効果を損なうこともない。
【0017】
また、前記弦本体2の補強領域Aに前記補強材3aを往復させて旋廻被覆させるので、前記軟質な熱硬化性樹脂の効果と合わせて飾りリボン4と補強材3aのずれが起きにくく、補強材3aの摩滅を低減することができる。
【0018】
本発明の弦の別の実施の形態を、図2を用いて説明する。本発明の弦1は、熱可塑性樹脂を含浸させたポリアラミド繊維のマルチフィラメントを複数束ねて撚糸とし、さらに前記撚糸を複数束ねて弦本体とする。次に、図2に示すようにポリアラミド繊維の網状スリーブからなる補強材3bで、前記弦本体2の両端の補強領域Aを被覆し、前記弦本体2と前記補強材3bは前記弦本体2に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑性樹脂により一体化された。
【0019】
従来網状スリーブの補強材3bは、図2aに示すように、補強材3bに弦本体2を挿通した後、補強材3bの両端に張力を加えて弦本体2との空隙7を狭くしていたが、補強材3bに張力を加えると網目6が詰まり、弦本体2と補強材3bとの空隙7も狭くなるため、軟質な熱可塑性樹脂の弦本体2への含浸の妨げになり、弦本体2と補強材3bが十分一体化せず、補強効果が得られにくい。また、補強材3bの厚みは薄くなるので、飾りリボンとの摩擦による網状スリーブの摩滅もおきやすい。
【0020】
本発明の弦では、図2bに示すように、補強材3bに弦本体2を挿通した後、前記補強材3bに張力を加えず、網目6が詰まらないようにし、かつ弦本体2と前記補強材3bの間の空隙7を広く残したので、軟質な熱可塑性樹脂が十分に前記弦本体2に含浸し、前記弦本体2と前記補強材3bは強固に一体化され、十分な補強効果が得られる。また、補強材3bの摩滅による切断も軽減できる。
【0021】
前記弦本体2と前記補強材3を一体化する方法としては、前記弦1の補強領域Aを軟質な熱可塑性樹脂にディッピングすることが望ましい。また、前記軟質な熱可塑性樹脂は、前記弦本体2、前記弦本体に含浸される熱可塑性樹脂、及び前記補強材3との親和性が高いものを選択すればよい。本発明では前記弦本体2と前記補強材3にはポリアラミド繊維を使用しており、また前記弦本体2に含浸される熱可塑性樹脂はポリアミド樹脂が使われることが多いので、前記軟質な熱可塑性樹脂にはポリアミド樹脂が最も好適である。
【実施例1】
【0022】
本発明の実施例を以下に示す。弦本体2にはアラミド樹脂を含浸した3本の東レデュポン製ケブラー29、1670dtexからなるマルチフィラメント撚糸を4本束ねて2号弦とし、その両端20cm〜30cmにポリアラミド繊維のマルチフィラメント撚糸を補強材3aとして弦の端部から被覆を始め、補強領域端で折り返して再び弦の端部まで連続して旋廻被覆した。このときの補強材3aの径は1.56mm〜1.58mmで、隣り合う補強材は1.88mm乃至1.90mmのピッチで被覆した。その後、補強領域Aを6ナイロン、2ジクロロエチレン、フェノールの溶液に5秒間ディッピングし、常温で乾燥させた。
【実施例2】
【0023】
本発明の別の実施例を以下に示す。弦本体2は、実施例1と同じものを使用し、ポリアラミド繊維の網状スリーブを補強材3bとして、前記弦本体2の両端20cm〜30cmに挿入被覆した後に、補強領域Aを過熱溶融させた6ナイロンに5秒間ディッピングし、常温で乾燥させたものである。前記弦本体2と前記補強材3bの間の空隙7が残るように、補強材3bには張力を加えずに使用した。
【0024】
ここで、次の方法で本発明の弦と市販の弦、及び比較用の弦の耐久試験を行った。図3をもとに試験方法を説明する。まず、2号並寸に準じて試験用の弦1を作り、その弦を並寸の弓10に取付ける。次に弓10をストッパー21に当接させ、前記ストッパー21と回転可能な二つの押さえローラー22で弓10の中央部を挟んで試験機に設置する。次に弦1の中央部を金属表面に皮革を貼った爪24に掛けて弓10との距離Lが730mmの位置まで爪24を引き、開放する。この作業を最大2000回繰り返し、弦1の切断までの回数を測定した。なお、弓道においては補強部分に赤または白の飾りリボン4を巻いて使用するので、本試験でも補強部分の表面に飾りリボン4で被覆している。
【0025】
表1は、実施例1、実施例2、市販品1〜市販品5の弦の耐久試験の結果である。ここで市販品の弦は、詳細な仕様は異なるものの、いずれもポリアラミド繊維のマルチフィラメント撚糸を複数束ねたもので弦本体2を形成し、補強材3にはポリアラミド繊維のマルチフィラメント撚糸を使用し、弦本体2と補強材3はエポキシ系接着剤を用いて接着されている。また、補強材3は弦の端から補強領域の端まで一方向に旋廻被覆されており、隣り合う補強材3は接触している。なお、表中のXおよびYは、弦の破断位置を示しており、詳細は図5に示す。表中のZは、破断位置はY付近であるが、弓10との接触により補強材3の摩滅が進行して破断に至ったものを示す。表中のCは、破断位置が弦の中央付近であることを示す。
【0026】
市販品1乃至市販品5の弦、計7本は80乃至600回の繰り返しで破断した。破断箇所は弦輪の結び目付近Xで2本、補強の切れ目Yで2本、弓10との接触部分の補強材3の摩滅が3本であった。結び目付近Xと補強の切れ目Yの破断は、図4aに示すように弦本体2と補強材3が剥離し、接着剤が欠損していた。このため弦本体への補強効果が失われたと考えられる。弓10との接触部分の補強材3の破断は、接触による衝撃力と、飾りリボン4と補強材3の摩擦により先ず補強材3が切断し、ついで弦本体2が切断したもと考えられる。
【0027】
これに対して、本発明の弦、計5本は少なくとも933回以上の耐久性を示し、2000回で破断しないものも2本あった。また破断箇所は2本が弦の中央部で、補強領域付近で破断したものは1本のみであった。この結果から、ばらつきはあるものの、本発明の弦の補強領域は弦本体と同等以上の耐久性があり、また従来の弦に比べて耐久性能が向上していることがわかる。
【0028】
比較例1は、本発明の弦本体2の補強領域に、隣り合う補強材3aが接触するように一方向に旋廻被覆して、その後補強領域Aを6ナイロン、2ジクロロエチレン、フェノールの溶液に5秒間ディッピングし、常温で乾燥させたものであるが、いずれも弦輪5の結び目Xにおいて、500回前後で破断した。破断面の観察から、ディッピングした溶液は補強材3aの表面には含浸していたが、弦本体2までは含浸しておらず、十分な補強が得られていなかったと考えられる。
【0029】
比較例2は、実施例1で使用した6ナイロン、2ジクロロエチレン、フェノールの溶液の代わりにポリウレタン樹脂にディッピングしたものであるが、400回までに弦輪5の結び目付近Xで破断している。破断面の観察では弦本体と補強材は剥離しており、ウレタン樹脂とポリアラミド繊維の親和性が低く十分な補強が得られなかったものと考えられる。
【0030】
【表1】

【符号の説明】
【0031】
1 弦、2 弦本体、3 補強材、3a 補強材(糸)、3b補強材(網状スリーブ)、4 飾りリボン、5 弦輪、6 網目、7 空隙、10 弓、20 試験機、21 ストッパー、22 押さえローラー、23 スライダー、24 爪、Pt 往路補強材ピッチ、Pf 復路補強材ピッチ、A 補強領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工繊維からなる和弓または洋弓に用いる弦1であって、
弦本体2は、熱可塑性樹脂を含浸させたポリアラミド繊維のマルチフィラメントを複数束ねた撚糸から成り、
ポリアラミド繊維のマルチフィラメント糸を補強材3aとして、前記弦本体2の両端から一定領域の補強領域Aを1往復させて旋廻被覆し、
前記補強材3aは、往路内及び復路内で隣り合う補強材が離間しており、
前記弦本体2と前記補強材3aは前記弦本体2に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑製樹脂により一体化されることを特徴とする弦1。
【請求項2】
人工繊維からなる和弓または洋弓に用いる弦1であって、
前記弦本体2は、熱可塑性樹脂を含浸させたポリアラミド繊維のマルチフィラメントを複数束ねた撚糸から成り、
ポリアラミド繊維の網状スリーブを補強材3bとして、前記弦本体2の両端から一定領域の補強領域Aを被覆し、
前記弦本体2と前記補強材3bは前記弦本体2に含浸された熱可塑性樹脂とは別の軟質な熱可塑製樹脂により一体化されたことを特徴とする弦。
【請求項3】
前記弦に含浸された熱可塑性樹脂とは別の熱可塑性樹脂が、ポリアミド樹脂であることを特徴とする請求項1または請求項2の弦。
【請求項4】
熱可塑性樹脂が含浸された弦本体を製造する工程と、
前記弦本体の両端に、補強材を被覆する工程と、
前記補強材が被覆された前記弦本体の両端を熱可塑性樹脂にディッピングする工程と、
前記両端を乾燥させ、前記弦本体と前記補強材を被覆一体化させる工程とを含む、請求項1ないし請求項3の弦の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−204223(P2010−204223A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−47438(P2009−47438)
【出願日】平成21年2月28日(2009.2.28)
【出願人】(302019599)ミズノ テクニクス株式会社 (47)
【Fターム(参考)】