説明

哺乳動物の組織の凍結保存方法、非ヒト哺乳動物の核移植胚及びクローン非ヒト哺乳動物

【課題】哺乳動物の組織を取り敢えず保存するため、簡便、かつ低コストで保存することができる哺乳動物の組織の凍結保存方法等を提供する。
【解決手段】この発明の哺乳動物の組織の凍結保存方法は、哺乳動物より組織を採取する採取工程と、採取した組織を、細胞分散処理及び細胞培養することなく、かつ凍結防止剤を使用せずに、-60℃以下の温度で凍結する凍結工程と、を含む方法である。また、この発明の非ヒト哺乳動物の核移植胚は、前記組織の凍結保存方法により凍結保存した組織に含まれる非ヒト動物の細胞を、ドナー細胞として使用するものである。さらに、この発明のクローン非ヒト哺乳動物は、前記非ヒト動物の核移植胚から作出されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、哺乳動物の組織の凍結保存方法、凍結保存された哺乳動物の組織に含まれる細胞をドナー細胞として使用する非ヒト哺乳動物の核移植胚、及びこの核移植胚から作出された非ヒト哺乳動物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有用な遺伝資源を保護するため、優れた形質を有する個体の精子、卵子等の生殖細胞だけではなく、体細胞クローンによる動物の複製に利用可能な筋肉組織や脂肪組織などの体細胞組織に含まれる細胞についても、凍結保存がなされている。また、凍結保存した体細胞組織に含まれる細胞は、体細胞クローン動物を作出する際のドナー細胞として、既に利用されている(特許文献1及び2を参照。)。
【0003】
さて、従来からある体細胞の冷凍保存方法では、例えば、(1)優れた形質を備えた個体から組織を採取し、(2)採取した組織を細切、トリプシン消化して細胞を培養液に懸濁させ、(3)細胞懸濁液を適当な環境下で初代培養し、(4)2代、3代と継代培養したのち、(5)細胞を凍結保存する、のが一般的である。
【0004】
なお、(5)細胞を凍結保存する際には、細胞内に氷晶を生じさせると細胞が死滅してしまうため、採取した組織をそのまま凍結するのではなく、細胞内に氷晶を生じないように様々な工夫、具体的には、急速冷凍によるガラス化保存法、緩慢冷却法など様々な工夫が検討されている(非特許文献1を参照。)。
【0005】
ここでガラス化保存法とは、増殖した細胞を、グリセロールなどを高濃度で含む凍結防止剤に懸濁させたのち、液体窒素などにより急速に凍結させることによって、細胞内外に氷晶を形成させないようにガラス化した状態で凍結させる方法である。また、緩慢冷却法は、増殖した細胞を、グリセロールなどを低濃度で含む凍結防止剤に懸濁させたのち、プログラムフリーザーなどにより徐々に温度を下げて凍結させる方法である。
【0006】
ただ、これらの細胞凍結保存方法には、つぎに挙げるような問題点があった。まず、組織を保存する前に細胞を増殖しなければならず、細胞の増殖には多大なコストと労力が必要であった。また、増殖した細胞を凍結するには、液体窒素による急速冷却、プログラムフリーザーなどの特殊な操作、特殊な機器が必要であった。
【0007】
このような問題点を解決するため、細胞を培養することなく、採取した組織をガラス化液に懸濁させずに凍結する方法、又は採取した組織を特殊な組成を有するガラス化液に懸濁させてから凍結保存する方法も検討されている。ただ、ガラス化液を使用しない方法は、その現実性が確認できていなかった。また、ガラス化液を使用する方法は、組織の細切、洗浄、ガラス化液の調製、液体窒素による急速冷凍、解凍後のガラス化液の除去などの操作が必要であり、ガラス化処理には一定の習熟が必要であった(特許文献3を参照。)。
【0008】
そのため、これらの方法では、膨大な数のサンプル、例えば市場から出荷される牛から採取したサンプルを、予め特定の形質に基づいて選抜してから保存するのではなく、目的を定めずになるべく多く保存しようとすると、多大な労力とコストが掛かってしまうため、このような用途には向いていなかった。
【特許文献1】特開2002−262716号公報
【特許文献2】特表2003−503046号公報
【特許文献3】特開2002−253207号公報
【非特許文献1】朝比奈英三,久田洋子,江村牧人、急速凍結融解された腫瘍細胞の生存、Low temperature science. Ser. B,Biological science, 25: 81-96
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、この発明は哺乳動物の組織を取り敢えず多数保存するため、簡便、かつ低コストで保存できる組織の凍結保存方法を提供することを目的とする。また、この発明は、前記組織の凍結保存方法により保存された組織に含まれる体細胞を、ドナー細胞として使用する非ヒト哺乳動物の核移植胚、この核移植胚から作出されたクローン非ヒト哺乳動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、鋭意検討した結果、哺乳動物から採取した組織を凍結防止剤やガラス化液に入れたのち、急速冷凍又は緩慢冷凍するのではなく、採取した組織をそのまま凍結させるだけで哺乳動物の組織を凍結保存できること、及びこのようにして凍結保存した組織に含まれる体細胞が、核移植や体細胞クローン技術においてドナー細胞として使用できることに気がつき、この発明を完成させた。
【0011】
すなわち、この発明の請求項1に記載の哺乳動物の組織の凍結保存方法は、哺乳動物より組織を採取する採取工程と、採取した組織を、細胞分散処理及び細胞培養することなく、かつ凍結防止剤を使用せずに、-60℃以下の温度で凍結する凍結工程と、を含む方法である。
【0012】
この発明の請求項2に記載の非ヒト哺乳動物の核移植胚は、請求項1に記載の哺乳動物の組織の凍結保存方法により凍結保存した組織に含まれる非ヒト動物の細胞を、ドナー細胞として使用するものである。
【0013】
この発明の請求項3に記載のクローン非ヒト哺乳動物は、請求項2に記載の非ヒト動物の核移植胚から作出されるものである。
【発明の効果】
【0014】
この発明の哺乳動物の組織の凍結保存方法は、簡便、かつ低コストに組織を凍結保存することができ、凍結した組織は体細胞クローンのドナー細胞にも使用することができる。そのため、予め優れた形質を備えた個体を選抜してその組織を凍結保存するのではなく、哺乳動物の組織を取り敢えず多数確保したうえで、後日、必要に応じて優れた形質を備えた個体を選抜することができ、当該組織を利用して優れた形質を備えた個体を複製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
1.組織の凍結保存方法
この発明の哺乳動物の組織の凍結保存方法は、(1)哺乳動物から組織を採取する採取工程と、(2)採取した組織をそのまま凍結する凍結工程と、を含む方法である。そこで、各工程の詳細等について以下に説明する。
【0016】
(1)採取工程
採取工程は、哺乳動物から組織を採取する工程である。ここで、前記哺乳動物としては、牛、豚、羊、山羊などの家畜、犬、猫等のペット、ラット、マウス、モルモットなどの実験動物、ヒト等を挙げられる。これらの中でも、経済的な観点から牛が好ましい。
【0017】
また、前記組織としては、低コストで容易に入手できるのであれば特に限定することなく使用することができる。例えば、筋肉組織、脂肪組織、皮膚組織、内臓組織、精巣や卵巣などの生殖組織、脳髄や脊柱などの神経組織や血液などが挙げられる。ただ、食肉処理場でと畜された牛から組織を採取する際には、筋肉組織、皮膚組織、内臓組織は商品として使用されることが多く、脳や脊椎などの神経組織は法律により廃棄が義務づけられており、血液はと畜の際に廃棄されてしまうため、これらの組織は採取が困難である。一方、内蔵周囲、皮下などの脂肪組織は、商品として使用されない部分が多く、採取が容易であり、性別に関係なく採取できるため、この発明に使用する組織としては好適である。
【0018】
組織の採取は、公知の方法であれば特に限定することなく使用できる。具体的には、注射器により生体から組織を吸引する方法、生体に局所麻酔して外科手術や脂肪吸引法により採取する方法、と畜された哺乳動物の内臓周囲や皮下にある脂肪組織をメスなどで切除する方法が挙げられる。これらのうち、と畜された哺乳動物の脂肪組織を採取する方法が、採取し易いことから好適である。なお、脂肪吸引法とは、美容成形外科などで一般的に行なわれている方法であり、具体的には、超音波脂肪吸引、カニューレ等を用いたパワードリポサクション、シリンジ吸引等による方法が挙げられる。
【0019】
(2)凍結工程
凍結工程は、採取した組織をそのまま凍結する工程である。より具体的には、採取した組織を、細胞分散処理及び細胞培養することなく、かつ凍結防止剤を使用せずに、凍結容器等に入れただけの状態で凍結させる工程である。ここで、凍結容器等としては、例えばクライオチューブ、マイクロチューブ、試験管など生物サンプルの保存に利用できる容器が挙げられるが、樹脂フィルムで組織を被覆して凍結させてもよい。
【0020】
また、組織の凍結方法としては、従来からある細胞を凍結する方法、例えば凍結容器ごと冷蔵庫や液体窒素に入れる方法、であれば特に限定することなく使用できる。なお、氷晶の形成を防ぐため、凍結する際の温度は-60℃以下であり、生物試料の保存に一般的に利用されているディープフリーザの設定温度である-80℃が、利用しやすいため好ましい。
【0021】
2.非ヒト哺乳動物核移植胚
非ヒト哺乳動物の核移植胚の作製は、従来からある核移植胚の作製手順、例えば(1)ドナー細胞の作製、(2)除核未受精卵子の作製、(3)核移植に沿って行えばよい。より詳細には、(1)ドナー細胞の作製は、例えば、凍結保存した組織を解凍したのち、切断・洗浄して細胞を適当な培養液に懸濁し、細胞を培養することにより行えばよい。また、(2)除核未受精卵子の作製は、例えば、卵巣から卵丘卵子複合体を取り出して体外成熟させ、卵丘卵子複合体から卵丘細胞を剥離、除去して未受精卵子を得て、この未受精卵子から核を除去すればよい。さらに、(3)核移植は、例えば、除核未受精卵子にドナー細胞を注入し、電気パルスにより細胞融合して核移植卵子を得たのち、核移植卵子を培養して胚盤胞が発生するまで培養すればよい。
【0022】
3.クローン非ヒト哺乳動物
クローン非ヒト哺乳動物の作出は、従来からある核移植胚を使用する方法と基本的に同じ方法で行えばよい。具体的には、この発明の非ヒト哺乳動物核移植胚を、仮親の子宮に移植して、クローン非ヒト哺乳動物を出産・誕生させればよい。
【0023】
4.その他
また、凍結保存した組織に含まれている細胞を回収し、この細胞に数種類の遺伝子を導入して、ES細胞(胚性幹細胞)に似た分化万能性(pluripotency)を持たせた人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells、以下、iPS細胞 と省略する。)を作製してもよい。このiPS細胞は、体を構成するすべての組織や臓器に分化誘導することが可能であるため、例えば、ヒトの患者自身からiPS細胞を樹立する技術が確立されれば、免疫拒絶のない移植用組織や臓器の作製が可能になる。
【0024】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明する。ただし、以下の実施例によって、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても制限されるものではない。
【実施例1】
【0025】
1.増殖試験I
この発明の凍結保存方法によって組織を凍結保存してから解凍し、解凍した組織に含まれる細胞のうち、増殖能力を有する細胞の割合を調べた。具体的には、以下のようにして調べた。
【0026】
(1)組織の採取と凍結保存
屠場で、8頭の雌牛の子宮周辺の脂肪組織から組織片(AからH)をメスで直接採取してサンプルとし、このサンプルを約20℃の生理食塩水につけた状態で実験室まで3-4時間輸送した。実験室で、脂肪組織を約1gずつに分け、2mlクライオチューブに入れ、-80℃の冷凍庫に入れて5日間凍結保存した。
【0027】
(2)解凍と組織分解
クライオチューブに入った脂肪組織を、ウォーターバスで一定の温度(以下、解凍温度と呼ぶ。この場合の解凍温度は、25,30,35,38,39,40,41,42,45,50℃である。)に加温したリン酸緩衝液に投入して、完全に解凍した。解凍した脂肪組織を、リン酸緩衝液中から取り出して、別の容器に入れ、ハサミや棒などで細断した。
【0028】
0.1重量%コラゲナーゼ、0.2重量%ディスパーゼを含むダルベッコ改変イーグル培地(SIGMA)を、裁断した脂肪組織にその体積の3-5倍となるように加えた。この組織懸濁液を39℃のウォーターバスで振とうしながら1-2時間培養して、脂肪組織溶解液を得た。得られた脂肪組織溶解液を250μmのナイロンメッシュで濾過し、酵素消化できなかった組織を除去した。
【0029】
(3)細胞採取と細胞培養
脂肪組織溶解液をリン酸緩衝液で希釈して、遠心して上清を捨てた。残った沈殿を、最終濃度100μg/mlとなるように抗生物質Primocin(登録商標、INVIVOGEN)を添加した初代培養用培地(MF-start、登録商標、東洋紡)500μlに懸濁した。この懸濁液を、4wellディッシュに解凍温度毎に1well/サンプルとなるように入れた。そして、この4wellディッシュをCO2インキュベーターに入れ、10日間培養(5% CO2、95%空気、39℃、飽和湿度)した。
【0030】
(4)細胞染色と増殖率の算出
細胞を底面に生やしたまま、4wellディッシュから培地を除去し、アセトオルセインで細胞を固定染色した。各wellを100%エタノールで洗浄して、余分な染色液を除去した。これにより、増殖能力のある細胞だけが赤く染色された。
【0031】
4wellディッシュを乾燥機に入れて各well中の細胞を乾燥させたのち、各wellを白のポスターカラーで覆った。つぎに、4wellディッシュの裏からスキャナで画像を取り込んだ。その結果を図1に示す。なお、図1(a)はサンプルAからD(図1ではNo.9からNo.12と記載している。)を使用した場合の結果を示しており、図1(b)はサンプルEからH(図1ではNo.17からNo.20と記載している。)を使用した場合の結果を示している。
【0032】
つぎに、画像処理ソフト(Adobe Photoshop CS Ver.8.0.1)を利用して、取り込んだ画像を白黒2値化し、well全体のピクセル数(以下、全体ピクセル数と省略する。)と染色された細胞部分のピクセル数(以下、細胞ピクセル数と省略する。)を測定し、全体ピクセル数に対する細胞ピクセル数の割合を細胞増殖率として算出した。その結果を表1及び表2に示す。
【0033】
表1及び表2から、凍結保存した組織の解凍温度による細胞増殖率違いはあまり差がなく、最適な解凍温度を統計的に定めることはできないことが分かった。その一方、サンプル、組織を採取した牛によって、細胞増殖率が異なることが分かった。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【実施例2】
【0036】
2.増殖試験II
実施例1とは異なるAAからLLの12サンプルを使用し、実施例1と同様の方法によって、凍結保存した組織に含まれる細胞のうち、増殖能力を有する細胞の割合を調べた。なお、実施例1との違いは、細胞の凍結保存期間が5日間又は20日間であること、解凍温度が35,36,37,38,39,40,41,42℃の何れかであること、解凍後の細胞培養期間が7日間であること、24wellディッシュを使用したことである。
【0037】
その結果を図2及び表3から表6に示す。なお、図2(a)は5日間凍結保存した場合、図2(b)は20日間凍結保存した場合の結果を示している。これらの結果から、実施例1と同様に、凍結保存した組織の解凍温度による細胞増殖率違いはあまり差がないこと、サンプルによって細胞増殖率は異なることが分かった。
【0038】
【表3】

【0039】
【表4】

【0040】
【表5】

【0041】
【表6】

【実施例3】
【0042】
3.増殖試験III
実施例1及び実施例2とは異なるMからPの8サンプルを使用し、実施例1と同様の方法によって、凍結保存した組織に含まれる細胞のうち、増殖能力を有する細胞の割合を調べた。なお、実施例1との違いは、サンプルが腎臓周囲もしくは皮下の脂肪組織であること、屠場で採取して塊のまま4℃で24時間保存したのち、1gに分け-80℃の冷凍庫で凍結したサンプルを使用したこと、凍結期間が7日間であること、解凍温度が25,30,35,38,40,42,45,50℃の何れかであること、解凍後の細胞培養期間が12日間であることである。
【0043】
その結果を図3及び表7及び表8に示す。なお、図3(a)はサンプルM及びP(図3ではNo.5、No.12と記載している。)を使用した場合、図3(b)はサンプルN及びO(図3ではNo.7、No.9と記載している。)20日間凍結保存した場合の結果を示している。これらの結果から、実施例1と同様に、凍結保存した組織の解凍温度による細胞増殖率違いはあまり差がないこと、サンプルによって細胞増殖率は異なることが分かった。
【0044】
【表7】

【0045】
【表8】

【実施例4】
【0046】
4.凍結組織由来細胞の品質
この発明の凍結保存方法によって保存した組織に含まれる細胞の品質を調べた。
【0047】
(1)継代培養の影響
凍結保存した組織に含まれる細胞の継代培養が、その細胞の形態、増殖能に与える影響について調べた。具体的には以下のようにして行った。
【0048】
実施例1に記載の手順で、凍結保存、解凍したサンプルF,G(図1ではNo.18、No.19と記載している。)をMF-start(東洋紡)で培養し、細胞がディッシュ底面への付着および増殖を確認した時点でMF-medium(東洋紡)に培地交換して3回継代培養した。この継代数3(以下、p3と省略する。)の細胞を細胞凍結保護液(セルバンカー1、日本全薬工業株式会社)により1年以上間凍結保存した。
【0049】
凍結保存した細胞を解凍して、MF-start(東洋紡)の入ったコラーゲンコートディッシュ(BDバイオコートディッシュ、ベクトンディッキンソン製)に播き、培養(5%CO2、95%空気、37℃、飽和湿度)を開始した。その後、ディッシュ底面への付着および増殖を確認した時点でMF-medium(東洋紡)に培地交換し、光学顕微鏡により細胞の形態と増殖を観察しながら継代を繰り返した。
【0050】
その結果、F(No.18)はp7で増殖が著しく悪くなり、p8以降では継代できなくなった。これに対して、G(No.19)は継代を繰り返しても細胞が良好に増殖した。また、p6における細胞の形態を光学顕微鏡(100倍)で観察した結果を図4に示す。なお、図4(a)は、F(No.18)の観察結果であり、図4(b)は、G(No.19)の観察結果である。この図に示すように、F(No.18)の細胞形態は不良であるのに対して、G(No.19)の細胞形態は良好であった。
【0051】
(2)染色体検査
前記のF(No.18)及びG(No.19)を使用して、凍結保存した組織に含まれる細胞の継代培養が、染色体数に与える影響について調べた。具体的には以下のようにして調べた。
【0052】
増殖中の細胞(p6)の培地中にデメコルシン(SIGMA製)を20ng/mlとなるように添加したのち、3時間培養(5%CO2、95%空気、37℃、飽和湿度)し、細胞を分裂期に同調した。同調した細胞をトリプシン処理により培養ディッシュから剥離し、リン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSと省略する。GIBCO)により、遠心洗浄(200×g,5min)した。得られた細胞ペレットに0.56%KCl溶液をゆっくりと加えたのち、15分間静置し、細胞を膨化処理した。膨化処理後、細胞懸濁液を、遠心(125×g,5min)したのち、上清を除去した。
【0053】
得られた細胞ペレットにカルノア液(酢酸:メタノール=1:3)をゆっくりと加えたのち、10分間から15分間静置し、細胞を固定した。固定処理した細胞懸濁液を、遠心(125×g,5min)したのち、上清を除去した。得られた細胞ペレットにカルノア液を100-200μl加えて懸濁したのち、スライドグラス上に滴下した。スライドガラスを風乾したのち、5μg/ml DAPI(SIGMA)を含むVECTASHIELD封入剤(登録商標、Vector Laboratories)により封入した。
【0054】
細胞が封入されたスライドグラスを蛍光顕微鏡で観察して、細胞周期が分裂期に同調されている細胞の核に含まれる染色体本数を計測した。その結果を表9に示す。また、正常な染色体数を持つ細胞を蛍光顕微鏡により観察した結果を図5に示す。なお、図5(a)は、F(No.18)の観察結果であり、図5(b)は、G(No.19)の観察結果である。
【0055】
表9に記載しているように、F(No.18)及びG(No.19)において、正常(2n=60)な染色体数をもつ細胞の割合は、それぞれ64%、52%であった。この結果から、この発明の凍結保存法によって凍結保存した脂肪組織から、正常な数の染色体を有する培養細胞が得られることが確認できた。
【0056】
【表9】

【0057】
(3)アポトーシス検出
前記のF(No.18)及びG(No.19)を使用して、凍結保存した組織に含まれる細胞が、継代培養中にアポトーシスする割合をTUNEL法により調べた。具体的には以下のようにして調べた。
【0058】
増殖中の細胞(p6)をトリプシン処理により培養ディッシュから剥離し、PBSを使用して2回遠心洗浄(200×g,5min)した。得られた細胞ペレットに約20μlのPBSを加えて懸濁したのち、スライドグラス上に滴下した。
【0059】
スライドグラスを風乾したのち、4%パラホルムアルデヒド(ナカライテスク)を含むPBSで細胞を固定し(室温、20分間)、スライドグラスをPBSで洗浄した。0.5% Triton-X100(SIGMA)を含むPBSをスライドグラスに滴下して、細胞を浸透化処理(室温、20分間)し、PBSで洗浄した。
【0060】
In situ細胞死検出キット(Roche)のTUNEL反応液をスライドグラスに滴下して、37℃、60分間インキュベートすることで、TUNEL反応をおこなった。スライドグラスをPBSで3回洗浄し、5μg/ml DAPI(SIGMA製)を含むVECTASHIELD封入剤(登録商標、Vector Laboratories)により封入した。
【0061】
細胞が封入されたスライドグラスを蛍光顕微鏡で観察して、アポトーシス細胞であるFITCシグナル陽性細胞の数を数え、アポトーシス細胞が全細胞に占める割合を求めた。その結果を表10に示す。
【0062】
表10に記載しているように、F(No.18)では5.0%及び97.1%と高かったのに対して、G(No.19)ではシグナル陽性率が0.4%及び0.7%と低かった。また、F(No.18)においては、同じ雌牛に由来する同継代(p6)のサンプルであるにも関わらず、陽性率に非常に大な違いがあった。そのため、この陽性率の違いと(1)に記載のp7で増殖能がなくなることとの間には、何らかの関連性が疑われた。
【0063】
【表10】

【実施例5】
【0064】
5.凍結組織由来細胞による核移植胚の作製
この発明の凍結保存方法によって保存した組織から採取した細胞である前記F(No.18)及びG(No.19)を、ドナー細胞として使用する核移植胚を作製し、その品質について調べた。具体的には以下のようにして調べた。
【0065】
(1)除核未受精卵子の調製
食肉処理場で採取した牛卵巣を25℃の生理食塩水で保温のうえ実験室に持ち帰った。持ち帰った牛卵巣から、21G注射針(テルモ社)を装着した10mlシリンジ(テルモ社)を使用して、緊密な卵丘細胞層が3層以上付着した卵丘卵子複合体を吸引採取した。採取した卵丘卵子複合体を、5%牛胎子血清(以下、FBSと省略する。Bio West)を含む199培地(Earle塩、GIBCO)中で21時間体外成熟培養した(5%CO2、95%空気、39℃、飽和湿度)。
【0066】
成熟培養した卵丘卵子複合体を、0.25%ヒアルロニダーゼ(SIGMA)及び5% FBSを含む199培地(Hanks塩、GIBCO)で5分間処理したのち、内径を卵子直径サイズに加工したパスツールピペットによりピペッティングし、卵丘細胞を卵子透明帯から剥離除去した。
【0067】
卵丘細胞を除去した卵子(裸化卵子)を5% FBSを含む199培地(Hanks塩)に移したのち、裸化卵子を倒立顕微鏡で見ながら、ガラスニードルを装着したマイクロマニピュレータ(ナリシゲ)を使用して、裸化卵子に含まれる第1極体放出卵子のみの極体付近の透明帯を切開した。極体付近の透明帯を切開した第1極体放出卵子を5μg/mlサイトカラシンB(SIGMA)及び5% FBSを含む199培地(Hanks塩)に移したのち、核を含む細胞質をガラス棒で透明帯外に押し出して、パスツールピペットによりピペッティングし、除核未成熟卵子と細胞質とを分離することによって、除核未成熟卵子を調製した。
【0068】
なお、除核は、押し出された細胞質を20μg/mlヘキスト33342(SIGMA)及び5% FBSを含む199培地(Hanks塩)に移して30分間の染色したのち、蛍光顕微鏡下で細胞質内にヘキスト染色された核を示す青色蛍光を観測することによって、確認した。
【0069】
(2)核移植胚の作製
まず、前記F(No.18)及びG(No.19)を6代目(p6)まで継代して、80%コンフルエント状態になるまで培養した。つぎに、マイクロインジェクション用ガラスピペットを使用して、除核未成熟卵子の囲卵腔に、ドナー細胞としてトリプシン処理により単一細胞にした前記培養細胞を注入して、再構築胚を作製した。ドナー細胞を注入した前記卵子をZimmerman細胞融合培地に移し、ニードルタイプの電極を使用して2.7kV/cm、11μ秒間電気刺激を2回加え、ドナー細胞と卵子を融合させた。
【0070】
融合が確認できた胚を5μMのカルシウムイオノマイシン(SIGMA社)を含むダルベッコ改変リン酸緩衝生理食塩水で5分間処理したのち、10μg/mlシクロヘキシミドを含む修正合成卵管液(以下、mSOFと省略する。)中で6時間培養した(5%CO2、5%O2、90%N2、39℃、飽和湿度)。培養した核移植胚のうち、細胞膜が崩壊していないものを選択し、0.3%BSA-mSOFaa培地で7日間培養した(5%CO2、5%O2、90%N2、39℃、飽和湿度)。なお、凍結保存した細胞の代わりに、0.4% FBSを含むαMEM(GIBCO社)で7日から9日間血清飢餓培養した牛耳介由来線維芽細胞を使用して、同様の核移植を行った(実験対照)。
【0071】
その結果、表11に示すように、各細胞株から核移植胚が得られ、培養開始後7日間で胚盤胞期まで発生した胚の割合は、ドナー細胞としてF(No.18-1、2)、G(No.19-1、2)及び実験対照である血清飢餓繊維芽細胞を使用した場合、それぞれ3%、7%、20%、8%、20%であった。
【0072】
このように、実施例4でアポトーシス細胞の比率が高かったNo.18-1をドナー細胞として使用した場合には、胚盤胞期まで発生する割合が低かったものの、それ以外の細胞株をドナー細胞として使用した場合には、実験対照と同程度の割合で胚盤胞期まで発生した。なお、参考のため、G(No.19-1)に由来する核移植胚の顕微鏡写真を図6に示す。
【0073】
【表11】

【0074】
(3)核移植胚の品質評価
発生胚の成長性と、その全細胞数とその構成、具体的には、発生胚を構成する内部細胞塊(Inner Cell Mass、以下、ICMと省略する。)と栄養外胚葉(Trophectoderm、以下、TEと省略する。)の細胞数及びそれらの構成比とは、大きく関連することが知られている。そこで、Thouasらの文献(2001 Reprod. Biomed. Online 3, 25-29)に記載の方法によって、発生胚のICMとTEを対比染色して、ICMとTEの細胞数を計測し、その割合を算出した。その結果を表12に示す。
【0075】
表12に記載しているように、F(No.18)、G(No.19)に由来する発生胚の総細胞数はそれぞれ110、103個であり、実験対照である線維芽細胞に由来する発生胚の総細胞数と同等であった。また、F(No.18)、G(No.19)に由来する発生胚において、内部細胞塊が総細胞数に占める割合(以下、%ICM/totalと省略する。)はそれぞれ46%、38%であり、実験対照である線維芽細胞に由来する発生胚の%ICM/totalの36%と同等であった。
【0076】
以上の結果から、この発明の凍結保存方法によって凍結保存した組織に含まれる細胞から作製した核移植胚は、品質的に良好な胚であることが確認できた。
【0077】
【表12】

【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】この発明の凍結保存方法により凍結保存した組織を解凍して、解凍した組織から細胞を採取し、採取した細胞の増殖率を調べた結果を示す写真である。
【図2】図1の組織とは由来が異なる組織を異なる条件で凍結して、異なる条件で解凍した組織から細胞を採取し、採取した細胞の増殖率を調べた結果を示す写真である。
【図3】図1及び図2の組織とは由来が異なる組織を異なる条件で凍結して、異なる条件で解凍した組織から細胞を採取し、採取した細胞の増殖率を調べた結果を示す写真である。
【図4】この発明の凍結保存方法によって凍結保存して解凍した組織から、細胞を採取して6回継代したのち、細胞の形態を光学顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図5】この発明の凍結保存方法によって凍結保存して解凍した組織から、細胞を採取して6回継代したのち、正常な染色体数を持つ細胞を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【図6】この発明の凍結保存方法によって凍結保存して解凍した組織から、細胞を採取して6回継代したのち、この細胞をドナー細胞として使用する核胚移植により核移植胚を得て、得られた核移植胚を光学顕微鏡で観察した結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物より組織を採取する採取工程と、
採取した組織を、細胞分散処理及び細胞培養することなく、かつ凍結防止剤を使用せずに、-60℃以下の温度で凍結する凍結工程と、
を含む哺乳動物の組織の凍結保存方法。
【請求項2】
請求項1に記載の組織の凍結保存方法により凍結保存した非ヒト動物の組織に含まれる細胞を、ドナー細胞として使用する非ヒト哺乳動物の核移植胚。
【請求項3】
請求項2に記載の非ヒト動物の核移植胚から作出されるクローン非ヒト哺乳動物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−94076(P2010−94076A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−267648(P2008−267648)
【出願日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】