説明

哺乳動物形質転換細胞の選択方法

【課題】哺乳動物細胞において、正常細胞と形質転換細胞が共存している中から、客観的に形質転換細胞を選択する方法を提供すること。
【解決手段】哺乳動物形質転換細胞と哺乳動物非形質転換細胞とを含む細胞混合物を活性酸素を含む溶液で処理し、哺乳動物形質転換細胞を選択的に生存させることを特徴とする、哺乳動物形質転換細胞の選択方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物形質転換細胞と哺乳動物非形質転換細胞とを含む細胞混合物から哺乳動物形質転換細胞を選択する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物正常細胞が形質転換しているかどうか、すなわちがん化、もしくは前がん状態になっているかどうかを調べるために、形質転換実験が用いられている。現在、この実験系において形質転換細胞を定量するには、1)形態変化したコロニーを数える方法(コロニー形成法)、2)単層状態の正常細胞の中に見られる多層でかつ形態変化したコロニー(形質転換巣又はフォーカス)を数える方法(フォーカス形成法)、3)軟寒天培地中に形成されるコロニーを数える方法(軟寒天コロニー形成法)の3種の方法が確立されている。しかし、これらの方法は、細胞の形態を見て形質転換細胞かどうかを判断しなければならないため、主観が入ると同時に、多くの時間が費やされてしまう欠点がある。さらに、細胞播種から観察まで、全て人の手で行わなければならない。
【0003】
形質転換実験は、発がんの機構解析、発がん性物質のスクリーニング、腫瘍の悪性度の判定、再生医療細胞製品にがん細胞が含まれていないかどうかの品質試験などに応用されている。従って、形質転換細胞を客観的に、早く、一部の作業は機械化して定量できれば非常に有用であると考えられる。
【0004】
Bhas 42細胞は形質転換実験によく用いられる細胞の一つである。この細胞は、BALB/c 3T3細胞(マウス、全胎児)に活性型がん遺伝子v-Ha-rasを導入して得たクローンで接触阻止を示す。しかし、発がん性物質であるイニシエーター又はプロモーターを添加し培養すると、一部の細胞は接触阻止を失い、形質転換巣を形成する。そこで、ウェルあたりの形質転換巣を数えることで発がん性の強さを定量する(フォーカス形成法)。具体的には、細胞を6ウェルプレート又は96ウェルプレートに播種し、イニシエーターを検出する系であれば播種後1日目から4日目まで処理し、プロモーターを検出する系であれば播種後4日目から14日目まで処理し、21日目に固定後、ギムザ染色する。そして、染色した細胞を顕微鏡下で観察し、形質転換巣を判定する。なお、培地はDMEM/F12+ウシ胎児血清5%を用い、6ウェルプレートでは2 mL、96ウェルプレートでは0.1 mLで培養する。
【0005】
一部のBhas 42形質転換巣は明瞭にギムザ染色で染まり、肉眼でもはっきりと認識できる。ところが、パソコンを用いて画像解析により定量しようとすると、一般の画像解析ソフトはもちろんのこと、免疫染色された細胞などを解析する専門ソフトを用いても非常に難しい。すなわち、画面全体に目的の細胞(他の細胞と色が異なる)がばらついて存在していることが条件で、形質転換実験のように目的の細胞が画面の端に固まって存在するような場合は分析できない。当然ながら、形態変化も分析できない。さらに96ウェルプレートを用いた場合、ウェル底面の面積と比べると側面の面積は比較的広いので、側面に形質転換巣が存在することが多く、このような場合、底面のみを分析する画像解析では形質転換巣が無いと判定されてしまう。
【0006】
また、固定したBhas 42細胞をクリスタルバイオレットで染色後、メタノール酢酸溶液で抽出して吸光度を測定してみても、正常細胞のみのウェルと形質転換巣が見られるウェル間ではっきりとした差は認められない。
【0007】
播種後21日目のBhas 42細胞において、正常細胞は殆ど増殖をしていないが、形質転換細胞は活発に増殖していると考えられる。ところが、代謝によって蛍光度が変わる色素(alamarBlueなど)又は吸光度が変わる色素(WST-8など)を添加してみても、明らかな差は観察されない。
【0008】
Bhas 42細胞の実験から示されるように、正常細胞と形質転換細胞が共存している中から形質転換細胞を客観的に定量するのは困難であり、どうしても人による顕微鏡下での観察が必要であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】LeBoeuf RA, Kerckaert KA, Aardema MJ, Isfort RJ. Use of Syrian hamster embryo and BALB/c 3T3 cell transformation for assessing the carcinogenic potential of chemicals. In The Use of Short- and Medium-Term Tests for Carcinogens and Data on Genetic Effects in Carcinogenic Hazard Evaluation. Eds. McGregor DB, Rice JM, Venitt S (1999) pp. 409425. IARC Scientific Publications, No. 146, Lyon, France.
【非特許文献2】Asada S, Sasaki K, Tanaka N, Takeda K, Hayashi M, Umeda M. Detection of initiating as well as promoting activity of chemicals by a novel cell transformation assay using v-Ha-ras-transfected BALB/c 3T3 cells (Bhas 42 cells). Mutat Res. (2005) 588:7-21.
【非特許文献3】O'Hayer KM, Counter CM. A genetically defined normal human somatic cell system to study ras oncogenesis in vivo and in vitro. Methods Enzymol. (2006) 407:637-647.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、哺乳動物細胞において、正常細胞と形質転換細胞が共存している中から、客観的に形質転換細胞を選択する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、過酸化水素等の活性酸素を含有する培地を用いることにより、正常細胞を特異的に死滅させ、形質転換細胞のみを生存させて選択できることを見出すことにより本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明によれば、哺乳動物形質転換細胞と哺乳動物非形質転換細胞とを含む細胞混合物を活性酸素を含む溶液で処理し、哺乳動物形質転換細胞を選択的に生存させることを特徴とする、哺乳動物形質転換細胞の選択方法が提供される。
【0013】
好ましくは、哺乳動物形質転換細胞は、哺乳動物個体中の細胞(In vivo細胞)、又は哺乳動物個体から取り出された細胞(In vitro細胞)の何れかである。
好ましくは、活性酸素を含む溶液は、過酸化水素、一重項酸素、スーパーオキシドアニオンラジカル、又はヒドロキシルラジカルを含む溶液である。
好ましくは、哺乳動物形質転換細胞は、哺乳動物の形質転換する前の細胞(前形質転換細胞)である。
【0014】
好ましくは、哺乳動物形質転換細胞は、培養細胞である。
好ましくは、培養哺乳動物形質転換細胞は、Bhas 42細胞、BALB/c 3T3細胞、又はヒトがん細胞である。
好ましくは、哺乳動物形質転換細胞が、がん化した細胞又は前がん状態の細胞である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、活性酸素を有する過酸化水素等に対する耐性という新しいマーカーによって形質転換細胞を正常細胞から選択できる。形質転換細胞を定量するには、通常のコロニー形成法及びフォーカス形成法では、固定、染色、観察が必要であり、また軟寒天コロニー形成法では固定、染色は不必要だが、観察が必要である。これに対し、本発明の方法は、固定、染色、観察の一連、もしくは一部の作業を省いたことによる簡便な定量法であり、大幅に労力と時間を削減できる。また、形質転換細胞を蛍光度や吸光度により測定機器で定量するため、測定者の違いによる差が全く無い、客観的な方法である。本発明においては、過酸化水素や色素を添加する単純作業なので、機器を使った自動化が可能である。さらに、本発明においては、活性酸素を有する過酸化水素等に対して耐性を有する細胞を分離することで、形質転換細胞及び観察では判定できない前形質転換細胞を得て判定することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は過酸化水素によるBhas 42形質転換細胞の選択を示す。Aは過酸化水素添加前、Bは過酸化水素(0.0015%)で24時間処理したものを示す。
【図2】図2はBhas 42細胞を用いた過酸化水素法のスケジュールを示す。
【図3】図3はBhas 42形質転換細胞を含むウェルにおける過酸化水素の濃度及び処理時間の影響を示す。Aは形質転換巣を含まないウェル、Bは形質転換巣を含むウェルを示す。
【図4】図4は過酸化水素法における色素の変化と形質転換巣を含むウェルの一致を示す。
【図5】図5は過酸化水素法におけるMCAの用量依存性(alamarBlue使用)を示す。黒四角は正常細胞を含むウェルを示し、白四角は形質転換巣を含むウェルを示す。
【図6】図6は過酸化水素法におけるMCAの用量依存性(WST-8使用)を示す。黒四角は正常細胞を含むウェルを示し、白四角は形質転換巣を含むウェルを示す。
【図7】図7はBhas preT細胞の増殖曲線を示す。
【図8】図8は過酸化水素によるヒトがん細胞の選択を示す。
【図9】図9はBP処理と光照射によるBhas 42形質転換細胞の選択を示す。
【図10】図10は過酸化水素によるマウス肺腫瘍細胞の選択を示す。Aは過酸化水素非添加、Bは過酸化水素(0.015%)で24時間処理したものを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明による哺乳動物形質転換細胞の選択方法は、哺乳動物形質転換細胞と哺乳動物非形質転換細胞とを含む細胞混合物を活性酸素を含む溶液で処理することによって、哺乳動物形質転換細胞を選択的に生存させることを特徴とする。哺乳動物形質転換細胞は、哺乳動物個体中の細胞(In vivo細胞)でもよいし、哺乳動物個体から取り出された細胞(In vitro細胞)でもよい。哺乳動物形質転換細胞としては、哺乳動物の前形質転換細胞でもよく、具体的には、がん化した細胞又は前がん状態の細胞などが挙げられる。培養哺乳動物形質転換細胞として培養細胞を用いる場合には、例えば、Bhas 42細胞、BALB/c 3T3細胞、又はヒトがん細胞などを用いることができる。
【0018】
In vivo、In vitroに関わらず、化学物質、X線、紫外線、がん遺伝子導入などにより細胞を形質転換させることができる。その中から代表として、化学物質の一般的な処理方法を説明すると、動物個体の場合は、餌に混ぜて食べさせたり、皮膚に塗布したりする。また培養細胞では、細胞を播種後、化学物質を培地に添加して処理する。処理の回数及び期間は目的や化学物質の性質によって変わり、培養細胞の例では、数時間の一回処理の場合もあれば、形質転換細胞が観察されるまで数週間連続して処理する場合もある。なお化学物質は通常、水やdimethyl sulfoxide(DMSO)などに溶解又は懸濁してから使う。
【0019】
本発明で用いる活性酸素を含む溶液における活性酸素の種類は特に限定されないが、例えば、過酸化水素、一重項酸素、スーパーオキシドアニオンラジカル、又はヒドロキシルラジカルなどを用いることができ、この中でも過酸化水素が特に好ましい。
【0020】
活性酸素の使用量は、活性酸素及び細胞の種類などに応じて適宜選択することができるが、過酸化水素の場合は0.0001%から0.002%程度が好ましい。
【0021】
活性酸素を含む溶液による処理時間は特に限定されないが、一般的には1時間以上72時間以内程度であり、好ましくは6時間以上48時間以内である。
【0022】
以下の実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0023】
実施例1:
正常細胞と形質転換細胞が共存する中で、もし正常細胞のみを薬剤で選択的に死滅させれば、形質転換細胞を客観的に選択できると考えた。そこで、培養哺乳動物細胞である、Bhas 42細胞を用いて薬剤のスクリーニングを行った。その結果、活性酸素を有する過酸化水素が正常細胞のみを死滅させることを見出した。
【0024】
過酸化水素処理の前と後において、形質転換巣及びその周辺の正常細胞の形態を観察するために、イニシエーターとして3-methylcholanthrene(MCA)を用いて以下の実験を行った。細胞を6ウェルプレートに播種し(4000個/培地2 mL/ウェル)、翌日、MCA溶液(1 mg/mL:最終濃度1 mg/mLの1000倍)を2 mL添加し3日間処理した。播種から21日目に形質転換巣が出現していることを確認し、ある一つの形質転換巣にプレートの下から印を付けた。そして過酸化水素(0.0165%:最終濃度0.0015%の11倍)を含む培地を0.2 mL添加し、24時間後にその形質転換巣を観察した。その結果、形質転換巣は過酸化水素添加以前と形態が変わらなかったのに反し、正常細胞では細胞質の変性が見られた(図1)。
【0025】
実施例2:
基本的な実験は以下のように行った。96ウェルプレートを用いるBhas 42細胞形質転換試験において(培地0.1 mL/ウェル)、細胞播種21日目に過酸化水素(最終濃度の3倍)を含む培地を0.05 mL添加した。1〜24時間後、alamarBlue又はWST-8を含む培地を0.05 mL(色素0.01 mL + 培地0.04 mL)添加し、3時間後、蛍光度(励起:530 nm、測定:590 nm)又は吸光度(450 nm)を測定した(図2)。
【0026】
正常細胞は死滅するが、形質転換細胞は生きているような条件を見出すため、過酸化水素の適正な濃度と処理時間を求める実験を行った。すなわち、正常細胞のみのウェルとMCA 1 mg/mLにより誘発された形質転換巣が1個含むウェルをあらかじめ選んでおき、過酸化水素の濃度と処理時間の影響を調べた。WST-8の吸光度を指標にして測定した結果、過酸化水素は濃度及び処理時間に依存して正常細胞を特異的に死滅させることが分かった(図3)。そこでBhas 42細胞の形質転換実験では、過酸化水素は0.0015%で処理し、24時間後に色素を添加して測定することにした。
【0027】
実施例3:
Bhas 42細胞の形質転換が色素により定量可能かどうか、MCAを用いて検討した。細胞を播種し(200個/培地0.05 mL/ウェル)、翌日、MCAを含む培地(0.2、0.6、2 mg/mL:それぞれ最終濃度0.1、0.3、1 mg/mLの2倍)を0.05 mL添加した。3日間処理し、播種から21日目に過酸化水素(0.0045%:最終濃度0.0015%の3倍)を含む培地を添加した。24時間後、色素を添加して測定した。さらに、glutaraldehyde(2.5%:最終濃度0.25%の約10倍)を0.02 mL加え、30分以上放置して固定した後、水洗し、ギムザ染色した。
【0028】
その結果、MCAの用量に依存して形質転換巣と蛍光度又は吸光度は増加した。また、ウェル一つ一つを顕微鏡観察したところ、高い測定値を示したウェルは形質転換巣を含んでいることが分かった(図4〜6)。過酸化水素を添加後、色素で定量する方法と観察で定量する通常の方法の結果が一致したことから、本発明は形質転換実験に応用できることが確認された。
【0029】
なお、ウェル側面に形質転換巣がある場合でもきちんと定量可能であった。
現在、幾つかのメーカーから自動分注器が販売されているため、96ウェルプレートもしくはそれ以上のウェル数を持つプレートを使用した場合、培地分注などの単純作業部分は自動化できる。本発明を応用した形質転換実験では、過酸化水素と色素を添加するだけなので、自動分注器を用いハイスループット化が可能である。
【0030】
実施例4:
吸光度や蛍光度が高いにもかかわらず、形質転換巣が観察されないウェルが少数認められたことから、このようなウェルに存在するBhas 42細胞は、形質転換する前の細胞、すなわち形態変化は見られないが、分子レベルでは異常が起きている細胞ではないかと考えた。そこで、形質転換していないが過酸化水素を添加しても死ななかった細胞(Bhas preT細胞、4株)を分離し、軟寒天コロニー形成試験を用いて細胞の悪性度を調べた。
【0031】
細胞の軟寒天培養では、まず0.5%寒天培地を3 mLずつ60 mmディッシュに分注し、0.5%寒天培地による支持層を作製した。支持層が固まった後、その上に細胞を含む0.33%軟寒天培地2 mLを重層し、細胞播種層とした(100〜104個/ディッシュ、各細胞の播種数は予想されるコロニー形成率から設定した)。播種後、3週間培養し、顕微鏡下でディッシュあたりのコロニー数を数えた。
また軟寒天培養と並行して、液体培地を用いた通常の接着培養も行った。すなわち、各細胞を60 mmディッシュに播種し(100個/培地4 mL/ディッシュ)、播種後8日目にメタノールで固定後、ギムザ液で染色し、ディッシュあたりのコロニー数を数えた。このコロニー数から生存細胞数あたりの軟寒天コロニー数を求め、軟寒天コロニー形成率とした。
【0032】
【表1】

*:(軟寒天倍地中におけるコロニー数/軟寒天培地への播種数)÷(液体倍地中におけるコロニー数/液体培地への播種数)×100
【0033】
また、各細胞を6ウェルプレートに播種し(105個/培地2 mL/ウェル)、経時的にトリプシンで剥がしてウェルあたりの細胞数を求め、増殖曲線を描くことで各細胞の細胞密度を比較した。BALB/c 3T3細胞、Bhas 42細胞、及び完全に形質転換した細胞(Bhas TPA-1細胞)と比較した結果、全てのBhas preT細胞は、軟寒天コロニー形成率ではBALB/c 3T3細胞 < Bhas 42細胞 < Bhas preT細胞 < Bhas T細胞(表1)、また細胞密度においてもBALB/c 3T3細胞 < Bhas 42細胞 < Bhas preT細胞 < Bhas T細胞を示した(図7)。つまり本発明を用いれば、形質転換細胞はもちろんのこと、前形質転換細胞をも選択することが可能であることが分かった。
【0034】
実施例5:
ヒト形質転換細胞においても過酸化水素処理で選択できるかどうか検討した。しかし現在、ヒト正常細胞を用いた定量的な形質転換試験は存在しないため、Hu-MI細胞(SV40遺伝子の導入により無限増殖能を獲得したが、ヌードマウスにおいて腫瘍原性は示さないヒト乳房上皮細胞。単層状態を維持する)を正常細胞とみなし、多数個のHu-MI細胞と少数個のヒトがん細胞(A549細胞:肺がん、FLC-5細胞:肝がん、HCT 116細胞:大腸がん、MKN28細胞:胃がん)を同時に播種し、共培養する実験系を組んだ。すなわち、しばらく培養すると、単層のHu-MI細胞の中に多層になったヒトがん細胞がコロニーとして形成される。
【0035】
Hu-MI細胞(104個/ウェル)と各がん細胞(FLC-5細胞のみ500個、他は100個/ウェル)を6ウェルプレートに播種し(培地2 mL/ウェル)、播種から14日目に過酸化水素(0.033%:最終濃度0.003%の11倍)を含む培地を0.2 mL添加し、24時間後に観察した。なお、培地はMEM+ウシ胎児血清10%を用いた。その結果、Hu-MI細胞は死滅により剥離したのに対し、全てのヒトがん細胞はコロニーの状態を維持し生存が確認された(図8)。マウスの形質転換細胞だけでなく、ヒトの、しかも異なった種類のいずれのがん細胞も過酸化水素で選択できたことから、本発明は哺乳動物細胞一般に応用できることが示唆された。
【0036】
実施例6:
過酸化水素以外の活性酸素でも形質転換細胞が選択可能かどうか検討した。なお、過酸化水素以外の活性酸素は非常に不安定で寿命が短いため、試薬として添加できない。従って、benzo(a)pyrene(BP)が光によりスーパーオキシドアニオンラジカルを発生する性質を利用した。Bhas 42細胞において形質転換巣を誘発させた後(実施例1の方法による)、培地をリン酸緩衝生理食塩水と交換し(2 mL/ウェル)、BP溶液(20 mg/mL:最終濃度20 ng/mLの1000倍)を2 mL添加した。太陽類似光照射装置で光を照射後(300〜800 nm、UVAの照射強度:5.6 mW/cm2、照射時間:6分、照射量:2 J/cm2)、培地と交換し、24時間後に観察した。
【0037】
その結果、BP処理+光照射群においてのみ形質転換細胞の選択が見られ、他の群では何の変化も認められなかった(図9)。BP処理と光照射を組み合わせた時に、過酸化水素を添加した時と同様の結果が得られたことから、どの活性酸素種を用いても形質転換細胞を選択できることが示唆された。
【0038】
実施例7:
In vivoにおいても形質転換細胞が選択可能かどうか、rasH2マウス(ヒトc-Ha-ras遺伝子導入マウス、メス、6週齢)を用いて以下の実験を行った。イニシエーターとしてN-ethyl-N-nitrosoureaを腹腔内投与し(120 mg/kg/10 mL 生理食塩水)、その1週間後から週1回、プロモーターであるbutylhydroxytolueneを7週間反復経口投与し(400 mg/kg/10 mL コーン油)、さらに2週間飼育した。肺に形成された腫瘤をその周囲と一緒に切除後、薄切し、過酸化水素添加培地(最終濃度0.015%)に入れた。CO2インキュベーター(5% CO2、37℃)内で24時間静置した後、トリパンブルー溶液(リン酸緩衝生理食塩水に0.002%添加)で10分間染色した。なお、トリパンブルーは生細胞には取り込まれないが、死細胞には取り込まれ、細胞を青く染色する性質を持つ。
【0039】
腫瘤は解剖した時点で、明らかに存在が認められる位はっきりしていたため、切片を顕微鏡下で観察すると、腫瘤部と非腫瘤部が形態的に区別できた。過酸化水素非処理群では腫瘤部及び非腫瘤部共に染色されなかったが、過酸化水素処理群では非腫瘤部のみが青く染色された(図10)。組織学的には、腫瘤部は腫瘍細胞で構成されていたことから、生体内の腫瘍も過酸化水素で選択できることが明らかとなった。従って、本発明は培養細胞だけでなく、哺乳動物個体中の細胞に対しても応用可能なことが示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物形質転換細胞と哺乳動物非形質転換細胞とを含む細胞混合物を活性酸素を含む溶液で処理し、哺乳動物形質転換細胞を選択的に生存させることを特徴とする、哺乳動物形質転換細胞の選択方法。
【請求項2】
哺乳動物形質転換細胞が、哺乳動物個体中の細胞(In vivo細胞)、又は哺乳動物個体から取り出された細胞(In vitro細胞)の何れかである、請求項1に記載の哺乳動物形質転換細胞の選択方法。
【請求項3】
活性酸素を含む溶液が、過酸化水素、一重項酸素、スーパーオキシドアニオンラジカル、又はヒドロキシルラジカルを含む溶液である、請求項1又は2に記載の哺乳動物形質転換細胞の選択方法。
【請求項4】
哺乳動物形質転換細胞が、哺乳動物の形質転換する前の細胞(前形質転換細胞)である、請求項1から3の何れかに記載の哺乳動物形質転換細胞の選択方法。
【請求項5】
哺乳動物形質転換細胞が、培養細胞である、請求項1から4の何れかに記載の哺乳動物形質転換細胞の選択方法。
【請求項6】
培養哺乳動物形質転換細胞が、Bhas 42細胞、BALB/c 3T3細胞、又はヒトがん細胞である、請求項5に記載の哺乳動物形質転換細胞の選択方法。
【請求項7】
哺乳動物形質転換細胞が、がん化した細胞又は前がん状態の細胞である、請求項1から6の何れかに記載の哺乳動物形質転換細胞の選択方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−88426(P2010−88426A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−206686(P2009−206686)
【出願日】平成21年9月8日(2009.9.8)
【出願人】(500481031)財団法人食品薬品安全センター (2)
【Fターム(参考)】