説明

嚥下誘発装置

【課題】 嚥下障害の患者に対して電気的な刺激を与えることにより嚥下の訓練や治療を行うことのできる嚥下刺激装置を提供する。
【解決手段】刺激電極を、鼻腔を経由して咽頭の粘膜に密着させ、この刺激電極に適切な値の電流を供給することにより、嚥下障害患者に正しい嚥下の訓練や治療を行うことができる。この刺激電極に永久磁石を設け人体の外部から磁力による刺激電極の位置決めを行うことも可能である。または刺激電極に弾力性のある支持体を設けて位置決めをすることもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は嚥下障害を有する患者に対して使用する嚥下誘発装置に関する。さらに詳細には、本発明は、患者の咽喉に電気的な刺激を与え、正しい嚥下の訓練と治療を行うことのできる装置を提供するものであり、臨床的には患者の嚥下障害を定量的に評価し、加えて嚥下の誘発を促進する薬剤や食品の開発に客観的評価を与えることのできる嚥下誘発装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢者の死亡原因の第1位を占める肺炎は,その多くが嚥下障害による誤嚥性肺炎といわれる。したがってこの誤嚥を防止することは高齢者の健康を良好に保つ上できわめて重要である。
【0003】
図1は咀嚼時および呼吸時のヒトの頭部を示す断面図である。空気1は鼻腔2を通過して咽頭3に達し、喉頭8の気管4に入る。口蓋の筋5は鼻腔2と咽頭3の空間をつなぎ、舌6がある口腔7の空間とは遮断している。
【0004】
図2は嚥下時のヒトの頭部を示す断面図である。嚥下時には口蓋の筋5は口腔7と咽頭3との空間をつなぐように切り替わるので、食塊9は口腔7から食道10へ流れる。その際に上咽頭収縮筋11や嚥下関連筋12がタイミングよく動く。嚥下関連筋12はオトガイ舌骨筋、顎舌骨筋、顎二腹筋、甲状舌骨筋などよりなる。
【0005】
嚥下は、口腔7内で咀嚼し唾液と混和された食物または摂取した水や液状の栄養物、つまり食塊9が咽頭3に送られることから始まる。咽頭3は上部で鼻腔2と口腔7のふたつの入口を持ち、下部で喉頭8と食道10のふたつの出口を持つ複雑な形態を有する。呼吸時には鼻腔2または口腔7から入った空気1は、咽頭3を経て喉頭8に送られ、気管4から肺に達する。一方、嚥下時には食塊9は咽頭3から食道10を経由して胃に送られる。このように咽頭3で空気1と食塊9の通路が交差するため嚥下障害が発生しやすくなる。
【0006】
嚥下は食塊9を口腔7と咽頭3から食道10へ導く反射運動であり、嚥下時に嚥下関連筋12の動きと、食塊9の動きのタイミングが適切に合致しない場合、または嚥下反射自体が正常に誘発されない場合、食塊9が食道10ではなく気管4に入ること、すなわち誤嚥が生じる。
【0007】
食塊9が喉頭8に入らないようにするために、嚥下反射により、鼻腔2と咽頭3とが遮断され、喉頭8が短縮し、同時に喉頭8の入口(喉頭口)は喉頭蓋で蓋をされる。嚥下は約25対の筋が0.4〜0.6秒という短時間に少しずつ時間をずらしながら活動する複雑な運動で、脳の延髄にある嚥下中枢にその動作プログラムが存在する。
【0008】
嚥下は複雑な構造と、これを動かす神経回路により実行されるため、脳卒中の後遺症、神経疾患、口腔や咽頭の形態異常など、様々な疾患により障害となる。特に、寝たきり患者や高齢者には嚥下障害が多く出現する。
【0009】
嚥下障害患者の治療には、食物や液体を使った直接訓練と、食物を使わない間接訓練がある。直接訓練は食物や液体の刺激で嚥下を誘発するため効果的であるが、誤嚥の危険性が高い。間接訓練は嚥下関連の筋訓練などを行うが、実際に嚥下を誘発できないためその効果は不明であることが多い。
【0010】
健常者であれば食物や液体を咽頭に送り込む(末梢性誘発)か、随意的(中枢性誘発)に嚥下中枢を賦活し嚥下を誘発することができる。すなわち、嚥下中枢は随意的にも起動できるが,通常、食物が咽頭を機械的に刺激するか水刺激により起動する。
【0011】
動物実験より嚥下中枢は咽頭粘膜に分布する上咽頭神経または舌咽神経咽頭枝を直接電気刺激か、咽頭粘膜を電気刺激することで賦活できることが実証されている。また、解剖学的には咽頭側壁により多くの神経分布が認められる。
【0012】
このため、動物実験の結果から、ヒトの咽頭を電気刺激することで嚥下が誘発できると予想して、いくつかの試みが為されてきたが、ヒトの臨床や基礎研究に十分応用できる嚥下誘発技術は未だ十分ではない。
【0013】
特表2008-511362号公報(特許文献1)に公知技術を示す。この例では栄養物を上部胃腸管に供給するカテーテルを兼用し、このカテーテルの上方に電極を設け、この電極に電気信号発生器から電気信号を送って患者の咽頭を刺激して嚥下障害の改善訓練をするものである。しかしながらこの電極を咽頭の粘膜に密着させる構成や、適切な位置に固定する構成が開示されておらず、はたして患者に対して実用可能な装置か疑わしいものである。
【0014】
また特開2007-151736号公報(特許文献2)に示される嚥下障害治療装置も、刺激電流を効果的にヒトの神経に伝達するのが困難な構成である。
【0015】
さらに非特許文献1に示す構成は、口腔からアプローチするため嘔吐反射が誘発され、患者に身体的な負担が大きいものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特表2008-511362号公報
【特許文献2】特開2007-151736号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】A pilot exploratory study of oral electrical stimulation on swallow function following stroke: an innovative technique. Clare L. Park, Paul A. O'Neill, and Derrick F. Martin, Dysphasia 12: 161-166 (1997).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、食物や液体の代わりに電気刺激により嚥下を誘発することで、嚥下患者に対して効果的な訓練や治療を行うことのできる嚥下誘発装置を提供することを目的とする。
【0019】
さらに、本発明は内視鏡や義歯床などの大型設備を必要とせず、小型かつ簡便な操作で効率的に嚥下誘発する技術を用いて患者の負担を軽くする嚥下誘発装置を提供することを目的とする。
【0020】
解剖学的所見ならびに生理学的所見から、咽頭粘膜に供給する刺激は、1.刺激部位、2.刺激強度、3.刺激頻度、4.刺激のパターンを適切に選択する必要がある。本発明は、これらの刺激条件を設定できる嚥下誘発装置を提供することを目的とする。
【0021】
また、嚥下誘発に有効な薬剤の開発や、嚥下を円滑に実行できる食品の開発の際に重要な、嚥下の客観的指標を提示することのできる嚥下誘発装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、鼻腔を経由して小さな電極を嚥下誘発に有効と認められる上喉頭神経ならびに舌咽神経咽頭枝の分布する咽頭粘膜に密着させ、電気的な刺激を患者に与え、患者に嚥下の訓練や治療を行うことのできる装置を完成させた。
【0023】
嚥下は咽頭の粘膜に密着させた負極電極と人体表面に設置した正極電極との間に電流を供給することで誘発される。食物や液体は必要としない。
【0024】
刺激電極は、嘔吐を回避するため鼻腔を経由して咽頭に導かれる。その際、特に内視鏡などの大型の装置は必要としない。
刺激電極は電極に埋め込まれた小型の永久磁石と、生体外・頸部に設置する大型の磁石によりその部位を咽頭の左右側壁または咽頭の後壁へと可変できる。必要であれば生体外の磁力を変調することで刺激電極を振動させ、機械刺激を実施できる。
【0025】
刺激電極に磁石を設けなければ、さらに小型となり患者への肉体的、精神的な負担を軽減できる。刺激電極は刺激電極の先端を粘膜面に密着できる形態を付与した銀等の金属、電極に電流を供給するコイル状のリード線、咽頭の粘膜の形状に沿うよう先端部が曲がった弾性のある支持体で構成される。
【0026】
刺激電極に取り付けられる弾性のある支持体は、形状があらかじめ鼻腔と咽頭腔の形状に適合させる。その上で支持体の鼻腔入り口の部分にこの支持体を回動させるための保持部が設けられる。この保持部を使って支持体を回動させることで、電極の粘膜への接触面を咽頭の左右側壁または咽頭の後壁に調整可能である。
【0027】
刺激装置は連続刺激に際してはパルス間隔を20〜50 Hzの間で可変できるパルス発生回路、間欠刺激に際しては発生したパルスの数を計測し任意の数に設定すると同時に、間欠する時間を設定するバースト間隔設定回路を設ける。発生したパルスはパルスの持続時間を決定する矩形波発生回路を経て、刺激強度を設定する定電流発生回路に供給され、刺激電流が刺激電極に供給される。
【発明の効果】
【0028】
このように本発明によれば、嚥下障害をもつ患者に対し、小さな刺激電極を体力的に負担のない鼻腔から食道へ挿入し、食道の粘膜に密着させ、電気刺激を印加することにより、嚥下のタイミングを的確に指導しかつ訓練をすることができるものである。
また刺激電極に永久磁石を配すれば、外部からの別の永久磁石の吸引作用で刺激電極の位置を微調整することができ、最適な装着が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】呼吸時および咀嚼時のヒトの頭部の左断面図。
【図2】嚥下時のヒトの頭部の左断面図。
【図3】本発明の一実施例における嚥下誘発装置を装着したヒトの頭部の左断面図。
【図4】Aは本発明の一実施例における嚥下誘発装置に用いる電極の正面図。Bは本発明の一実施例における嚥下誘発装置に用いる電極の断面図。
【図5】Cは本発明の他の実施例における嚥下誘発装置に用いる電極の斜視図。AはCに示した嚥下誘発装置に用いられるリード線および刺激電極等を示す斜視図。BはCに示した嚥下誘発装置に用いられる支持体等を示す斜視図。
【図6】本発明の一実施例における嚥下誘発装置の刺激装置と頭部の構成図。
【図7】本発明の一実施例における嚥下誘発装置に用いる刺激装置の波形図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。なお、これら実施例は説明のための単なる例示であって、本発明はこれら実施例に何等制限されるものではない。
【0031】
図3に示すように、リード線13の先端に刺激電極14が接続され、その他端には接続部15が設けられている。頭部の外部には正極となる電極16が貼付される。上記刺激電極14は鼻腔2を通って咽頭3の粘膜に密着する。刺激電極14の位置決めには頭部の外部に設けた永久磁石17とこの刺激電極とが磁気的に吸引し合い、所定の位置に定まるように外部から位置決めする。図4A,Bに刺激電極14の詳細を示す。刺激電極14の表面にはたとえば銀の接触部18が露出し、その後部に永久磁石19が配され、接触部18と永久磁石19は樹脂モールド20される。この樹脂モールド20の大きさは人の鼻腔2を痛みなく無理なく通過できる大きさとする。
【0032】
図5A,B,Cに別の実施例の刺激電極14を含む全体を示す。弾力性があり棒状の支持体22は先端部24が少し曲げられて刺激電極14が取り付けられる。一方、支持体22の他端には円環状の保持部23が設けられている。かつ上記支持体22の周りを囲んでコイル状の伸縮自在なリード線21が設けられ、このリード線21の先端は上記刺激電極14に電気的に接続される。
【0033】
よって、保持部23を手で回転させると、先端部24が刺激電極14と共に左右に回転するので、咽頭3内での刺激電極14の位置決めを的確に細かく行うことができ、粘膜に密着するよう最適な位置で保持することができる。加えて人体外部の永久磁石17が上下左右の位置決めを行うので、刺激電極は所望の最適位置に的確に定まる。
【0034】
図6に示すように、上記電極16と刺激電極14には、それぞれリード線25,26が接続され、電気信号発生器である刺激装置27に繋がる。この刺激装置27は矩形波発生回路28で連続刺激電流または間欠刺激電流を発生し、その電流の持続時間や刺激強度を設定して、刺激電極14に印加される。
【0035】
座位を取らせた被験者の健常成人5名に刺激電極を装着し、図7に示すように、刺激パルスの持続時間1 ms、刺激頻度30 Hz、30発の連続パルス刺激を10秒間隔で間欠的に刺激電極14を通じて下咽頭正中部へ加えた。
【0036】
誘発される嚥下は、舌骨上筋群筋電図、呼吸曲線、内視鏡、研者の目視による喉頭挙上の確認信号、被験者の嚥下認知信号、の5項目を記録する。
嚥下に伴い呼吸曲線には特有の嚥下時無呼吸が、内視鏡画面は嚥下時の咽頭収縮により画面が白くなるホワイトアウト、舌骨上筋群筋電図には嚥下特有の発火パターン、被験者自身の嚥下認知、さらには喉頭挙上が確認される。刺激の閾値はいずれも1 mA以下であり、動物実験における刺激強度に適合しており、刺激が有効に上咽頭神経または舌下神経咽頭枝に伝達した結果と考えられる。
【0037】
嚥下誘発に有効な薬剤の開発や、嚥下を円滑に実行できる食品の開発の際、重要な嚥下の客観的指標は、1.刺激開始時点より舌骨上筋群筋電図の開始までの時間(図7のa区間)を潜時として計測、2.舌骨上筋群筋電図の開始から終了時点までの時間(図7のb区間)を持続時間として計測、3.舌骨上筋群筋電図の振幅(図7のc)を計測することで得られる。この他、刺激に対する嚥下の比率を求めることで、嚥下誘発効果が客観的に得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
咽頭に設けられた第一の電極と、人体表面に設けられた第二の電極と、上記第一の電極と上記第二の電極に接続された電気信号発生器とを備えた嚥下誘発装置。
【請求項2】
上記第一の電極に設けられた第一の磁石と、上記第一の磁石と吸引し合って上記第一の電極を移動可能な第二の磁石とを備えた請求項1記載の嚥下誘発装置。
【請求項3】
上記第一の電極に接続された伸縮自在なリード線と、上記第一の電極の向きを変えることが可能でかつ上記リード線に沿わせた支持体とを備えた請求項1記載の嚥下誘発装置。
【請求項4】
上記支持体の一端は上記第一の電極に固定され、他端には上記第一の電極を回動可能な保持部を設けた請求項3記載の嚥下誘発装置。
【請求項5】
上記第一の電極に電流を供給し、電流値とその持続時間と刺激頻度との少なくともひとつを変化させることが可能な電気信号発生器を備えた請求項1ないし4記載の嚥下誘発装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−200558(P2012−200558A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−70811(P2011−70811)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】