説明

固体潤滑材、その製造方法および用途

【課題】 黒鉛よりも耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能を高めた固体潤滑材、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 黒鉛材料をリン酸塩で被覆してなる固体潤滑材、並びに黒鉛材料を、リン酸塩水溶液を用い、リン酸塩で被覆することにより、固体潤滑材を製造する方法であって、前記リン酸塩水溶液が、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウム0.5〜10質量%を含む水溶液であり、かつ該水溶液100質量部に対し、前記黒鉛材料を40〜50質量部の割合で用いる固体潤滑材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑材、その製造方法および該固体潤滑材を用いてなるノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材と摺動部品に関する。さらに詳しくは、本発明は、黒鉛よりも耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能を高めた固体潤滑材、その効果的な製造方法、および上記固体潤滑材を用いてなるノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材と摺動部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材や、その他摺動分野では、固体潤滑材として、例えば黒鉛、二硫化モリブデンなどの層状物質、ポリテトラフルオロエチレンのような有機物質などが使用されている。また、耐酸化性や耐熱性を向上させたC/Cコンポジットなどの黒鉛のセラミックス処理品(例えば、特許文献1参照)も利用され始めている。
【0003】
しかしながらノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材において、大気中、500℃以上の高温域では、これらの潤滑特性は十分に満足できるものではなく、摩耗、異音などの発生につながっており、高温域での固体潤滑材の開発が課題となっている。
【0004】
ところで、リン酸若しくはリン酸塩処理による黒鉛の耐酸化性を向上させる技術は、耐火物や釉などで広く使用されている技術であるが、黒鉛の潤滑特性向上とはなんら関係がなく、固体潤滑材に適用される技術ではない。
【0005】
一方、リン酸アルミニウムで処理した黒鉛粒子は、耐摩耗性が向上することが確認されている。しかし、大気中、500℃以上の高温域では、これらの潤滑特性は充分に満足できるものではなかった。
【0006】
また、これまで、炭素材料の表面に耐熱性および耐酸化性に優れたSiC(炭化ケイ素)被覆層をコーティングする試みが多くなされているが、炭素とセラミックスの熱膨張の差により、被覆層にクラックが生じ安定した効果は期待できなかった。特許文献2において、炭素材表面にホウ素イオンをプラズマイマージョンイオン注入法で注入することにより炭化ホウ素を含む改質層を形成し炭素材料の密着性を向上させ、さらにCVD法にてSiC被覆層を形成させることで、炭素材料の高温域における耐酸化性を向上させる方法が提案されている。しかし、摩擦材料についての用途の記載はなく、直ちに摩擦材料へは応用できるとは考えられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平4−254486号公報
【特許文献2】特開2001−106585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような事情のもとで、黒鉛よりも耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能を高めた固体潤滑材、このものを効率よく製造する方法、および上記固体潤滑材を用いてなるノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材と摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、黒鉛粉末、好ましくは予め湿式法または乾式法による前処理が施された黒鉛粉末を、リン酸塩水溶液を用いて、特定の条件で被覆することにより、前記性状を有する固体潤滑材が得られ、その目的を達成し得ることを見出し、この知見に基いて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
(1) 黒鉛材料をリン酸塩で被覆してなることを特徴とする固体潤滑材、
(2) リン酸塩が、リン酸アルミニウム類、リン酸マグネシウム類、リン酸カルシウム類、リン酸カリウム類、リン酸ナトリウム類およびリン酸亜鉛類の中から選ばれる少なくとも1種である上記(1)項に記載の固体潤滑材、
(3) リン酸塩で被覆された黒鉛材料が、その粒子表面に厚さ5〜500nmのリン酸塩被覆層を有する上記(1)または(2)項に記載の固体潤滑材、
(4) 黒鉛材料が、予め湿式法または乾式法による前処理が施されたものである上記(1)〜(3)項のいずれか1項に記載の固体潤滑材、
(5) 湿式法による前処理が酸による洗浄処理である上記(4)項に記載の固体潤滑材、
(6) 乾式法による前処理が大気圧プラズマ処理である上記(4)項に記載の固体潤滑材、
(7) 黒鉛材料を、リン酸塩水溶液を用い、リン酸塩で被覆することにより、固体潤滑材を製造する方法であって、前記リン酸塩水溶液が、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウム0.5〜10質量%を含む水溶液であり、かつ該水溶液100質量部に対し、前記黒鉛材料を40〜50質量部の割合で用いることを特徴とする固体潤滑材の製造方法、
(8)黒鉛材料が、予め湿式法または乾式法による前処理が施されたものである上記(7)項に記載の方法、
(9)湿式法による前処理が酸による洗浄処理である上記(8)項に記載の方法、
(10)乾式法による前処理が大気圧プラズマ処理である上記(8)項に記載の方法、
(11)上記(1)〜(6)項のいずれか1項に記載の固体潤滑材を含むことを特徴とするノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材、および
(12)上記(1)〜(6)項のいずれか1項に記載の固体潤滑材を含むことを特徴とする摺動部品、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、黒鉛よりも耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能を高めた固体潤滑材、このものを効率よく製造する方法、および上記固体潤滑材を用いてなるノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材と摺動部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】黒鉛材料の前処理に用いられるプラズマ照射の一形態を示す説明図である。
【図2】実施例1で得られた固体潤滑材のTEM写真である。
【図3】実施例8で得られた固体潤滑材のTEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
まず、本発明の固体潤滑材について説明する。
[固体潤滑材]
本発明の固体潤滑材は、黒鉛材料をリン酸塩で被覆してなることを特徴とする。
前記の原料として用いる黒鉛材料としては、リン酸塩で被覆された黒鉛材料からなる固体潤滑材の耐熱、耐酸化性を向上させる観点から、予め湿式法または乾式法による前処理が施されてなるものが好ましい。
【0014】
(湿式法による黒鉛材料の前処理)
湿式法による黒鉛材料の前処理としては、例えば酸洗処理や陽極酸化処理などを用いることができる。酸洗処理の場合、具体的には、酸として濃度85質量%以上のリン酸を用い、黒鉛材料1質量部に対して1〜5質量部程度の上記リン酸を加え、40〜60℃程度の温度で1〜10分間程度酸洗処理を行う。酸洗処理後の黒鉛材料は、充分に水洗したのち、リン酸塩による表面処理に供する。
【0015】
この酸洗処理に用いる酸としては、機能面や環境面から、リン酸が好ましいが、硫酸や硝酸なども用いることができる。
【0016】
一方、陽極酸化処理の場合、具体的には硫酸浴などを用い、電極に4〜8V程度の電圧を印加し、浴温0〜10℃程度にて20〜50秒間程度陽極酸化処理を行う。陽極酸化処理後の黒鉛材料は充分に水洗したのち、リン酸塩による表面処理に供する。
本発明においては、装置や操作の簡便さの面から、酸洗処理が好ましい。
【0017】
(乾式法による黒鉛材料の前処理)
乾式法による黒鉛材料の前処理としては、例えば大気圧プラズマ処理、加熱処理、マイクロ波照射処理などを用いることができる。大気圧プラズマ処理の場合は、大気圧プラズマ発生装置を用いて、黒鉛材料にプラズマを照射することにより行われる。
【0018】
図1は、プラズマ照射の一形態を示す説明図であって、プラズマ発生装置4から発生したプラズマ3が、容器2内に収容された黒鉛粒子1に照射されている状態を示している。なお、符号5はアースである。
【0019】
プラズマ処理方法としては、黒鉛粒子にプラズマを照射し得る方法であれば、特に限定されない。望ましくは大気圧又は大気圧近傍の圧力下で、高周波電圧を対向する電極間に印加することにより放電プラズマを発生させる大気圧プラズマ方法が簡便で有効である。プラズマ発生源と黒鉛粒子との距離は10〜50mmが好ましく、20〜30mmがより好ましい。処理時間は、30〜180秒が好ましく、60〜120秒がより好ましい。黒鉛粒子はプラズマ照射時にエアー圧力で吹飛ばされるため、容器はプラズマが照射する部分のみ孔が開いた容器を使用することが好ましい。
【0020】
加熱処理の場合、具体的には、空気雰囲気下に、600〜1000℃程度の温度にて、1〜5時間程度加熱処理する。
【0021】
一方、マイクロ波照射処理の場合、電子レンジを用いることができ、電子レンジを使用する際には、例えば550Wの電圧を印加し、10〜60秒間程度照射処理を行う。
本発明においては、効果の点から、大気圧プラズマ処理が好ましい。
【0022】
(リン酸塩による黒鉛材料の被覆)
本発明の固体潤滑材において、原料として用いられる黒鉛材料としては、前述した各種の黒鉛材料をそのまま用いてもよいし、前述したように湿式法や乾式法により、前処理を施してから用いてもよいが、得られるリン酸塩で被覆された黒鉛材料からなる固体潤滑材の性能の観点から、予め前処理を施してなる黒鉛材料を用いることが好ましい。
【0023】
〈リン酸塩〉
本発明の固体潤滑材において、黒鉛材料に被覆されるリン酸塩としては、その塩を構成する金属が、周期表(長周期型)1族、2族、12族または13族に属する金属であることが好ましい。具体的には1族に属するNa、K;2族に属するMg;12族に属するZn;13族に属するAl;などを好ましく挙げることができる。黒鉛材料の被覆に用いるリン酸塩としては、例えばリン酸アルミニウム類、リン酸マグネシウム類、リン酸カルシウム類、リン酸カリウム類、リン酸ナトリウム類およびリン酸亜鉛類の中から選ばれる少なくとも1種を挙げることができる。これらのリン酸塩は、水溶性やpHなどの観点から、リン酸水素塩が好ましい。
【0024】
例えば、リン酸アルミニウム類としては、リン酸二水素アルミニウム[Al(HPO]、リン酸水素アルミニウム[Al(HPO]が、リン酸マグネシウム類としては、リン酸水素マグネシウム[MgHPO]、リン酸二水素マグネシウム[Mg(HPO]が、リン酸カルシウム類としては、リン酸二水素カルシウム[Ca(HPO]、リン酸水素カルシウム[CaHPO]、リン酸三カルシウム[Ca(PO]、リン酸亜鉛カルシウム[ZnCa(PO]が、リン酸カリウム類としては、リン酸二水素カリウム[KHPO]が、リン酸水素二カリウム[KHPO]が、リン酸ナトリウム類としては、リン酸二水素ナトリウム[NaHPO]、リン酸水素二ナトリウム[NaHPO]が、リン酸亜鉛類としては、リン酸水素亜鉛[ZnHPO]、リン酸二水素亜鉛[Zn(HPO]が挙げられる。
【0025】
これらのリン酸水素塩は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよいが、これらの中で、性能の観点から、リン酸二水素アルミニウムおよびリン酸二水素マグネシウムが好ましく、特にリン酸二水素アルミニウムが好適である。
【0026】
上記リン酸水素塩を用いて、黒鉛材料をリン酸塩で被覆する方法については、下記の本発明の固体潤滑材の製造方法において説明する。
【0027】
このようにしてリン酸塩で被覆された黒鉛材料は、その粒子表面に、通常厚さ5〜500nm程度、好ましくは20〜100nmのリン酸塩被覆層を有し、その結果、表面処理前の黒鉛材料に比べて、耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能を高めた固体潤滑材となる。
【0028】
次に、本発明の固体潤滑材の製造方法について説明する。
[固体潤滑材の製造方法]
本発明の固体潤滑材は、前述したように、黒鉛材料をリン酸塩で被覆してなるものであるが、リン酸塩としては、好ましくはリン酸水素塩、特に好ましくはリン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウムが用いられる。
【0029】
従って、本発明の固体潤滑材の製造方法においては、リン酸塩として、特に好ましい上記リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウムを用いる。すなわち、当該製造方法は、黒鉛材料を、リン酸塩水溶液を用い、リン酸塩で被覆することにより、固体潤滑材を製造する方法であって、前記リン酸塩水溶液が、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウム0.5〜10質量%を含む水溶液であり、かつ該水溶液100質量部に対し、前記黒鉛材料を40〜50質量部の割合で用いることを特徴とする。
【0030】
当該製造方法を、具体的に説明すると、まず、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウム0.5〜10質量%を含む水溶液を調製する。この水溶液の調製において、リン酸二水素アルミニウムを用いる場合には、該水溶液の濃度は、好ましくは0.5〜10質量%、より好ましくは1〜5質量%である。一方、リン酸二水素マグネシウムを用いる場合には、該水溶液の濃度は、好ましくは0.5〜10質量%、より好ましくは0.5〜5質量%、さらに好ましくは1〜5質量%である。
【0031】
次に、このようにして調製されたリン酸二水素塩水溶液100質量部に対して、前述した黒鉛材料を40〜50質量部の割合で加え、例えば遊星ボールミルや回転翼式攪拌機などの攪拌混合を行う。簡易プロセスとして回転翼式が好ましい。攪拌時の水溶液温度は、10〜80℃、好ましくは25〜60℃、より好ましくは40〜50℃である。次いで、この混合物を、通常大気中にて乾燥後、解砕したのち、500〜800℃程度の温度にて100〜500Pa程度の減圧下、1〜5時間程度熱処理することにより、粒子表面に厚さ5〜500nm程度、好ましくは20〜100nmのリン酸塩被覆層を有する、本発明の固体潤滑材を得ることができる。
【0032】
このようにして得られた本発明の固体潤滑材は、未処理の黒鉛材料に比べて、耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能が高く、ノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材や摺動部品などに好適に用いられる。
【0033】
次に、本発明のノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材及び摺動部品について説明する。
[ノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材]
本発明のノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材は、前述した本発明の固体潤滑材を含むことを特徴とする。
本発明のノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材は、バインダー樹脂、前述した本発明の固体潤滑材、繊維状補強材、摩擦調整材およびその他フィラーなどを含む摩擦材形成用材料を用い、常法に従って成形することにより、得ることができる。
【0034】
当該摩擦材形成用材料におけるバインダー樹脂としては、特に制限はなく、従来、ノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材において、バインダー樹脂として知られている公知の熱硬化性樹脂、例えばフェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリベンゾオキサジン樹脂などの中から、任意のものを適宜選択して用いることができる。
【0035】
当該摩擦材形成用材料における固体潤滑材としては、必須成分として、前述した本発明の固体潤滑材が用いられる。また、必要に応じ、従来摩擦材に潤滑材として使用されている公知のものの中から、任意のものを適宜選択して併用することができる。この潤滑材の具体例としては、黒鉛、フッ化黒鉛、カーボンブラックや、硫化スズ、二硫化タングステン等の金属硫化物、さらにはポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、窒化硼素などを挙げることができ、これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0036】
当該摩擦材形成用材料における繊維状補強材としては、有機繊維および無機繊維のいずれも用いることができる。有機繊維としては、高強度の芳香族ポリアミド繊維(アラミド繊維;デュポン社製、商品名「ケブラー」など)、耐炎化アクリル繊維、ポリイミド繊維、ポリアクリレート繊維、ポリエステル繊維などを挙げることができる。一方、無機繊維としては、チタン酸カリウム繊維、バサルト繊維、炭化珪素繊維、ガラス繊維、炭素繊維、ワラストナイトなどの他、アルミナシリカ系繊維などのセラミック繊維、ステンレス繊維、銅繊維、黄銅繊維、ニッケル繊維、鉄繊維などの金属繊維等を挙げることができる。これらの繊維状物質は1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
また、当該摩擦材形成用材料における摩擦調整材としては、特に制限はなく、従来摩擦材に摩擦調整材として使用されている公知のものの中から、任意のものを適宜選択することができる。この摩擦調整材の具体例としては、マグネシア、酸化鉄などの金属酸化物;ケイ酸ジルコニウム;炭化ケイ素;銅、真ちゅう、亜鉛、鉄などの金属粉末類やチタン酸塩粉末等の無機摩擦調整材、NBR、SBR、タイヤトレッドなどのゴムダストや、カシューダストなど有機ダスト等の有機摩擦調整材を挙げることができる。これらは、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
当該摩擦材形成用材料においては、補強材や摩擦調整材などのその他フィラーとして、膨潤性粘土鉱物を含有させることができる。この膨潤性粘土鉱物としては、例えばカオリン、タルク、スメクタイト、バーミキュライト、雲母などが挙げられる。
また、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、水酸化カルシウムなどを含有させることができる。
【0039】
なお、当該摩擦材形成用材料においては、前記の潤滑材、摩擦調整材およびその他フィラーの中で無機系フィラーは、当該材料中への分散性を良好なものとするために、有機化合物で処理されたフィラーを用いることができる。
【0040】
有機化合物で処理されたフィラーとしては、例えば膨潤性粘土鉱物を始め、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、マグネシア、アルミニウム粉、銅粉、亜鉛粉、黒鉛あるいは硫化スズ、二硫化タングステンなどの、有機化合物による処理物を挙げることができる。
【0041】
本発明の摩擦材を作製するには、前述した摩擦材形成用材料を金型などに充填し、常温にて5〜30MPa程度の圧力で予備成形し、次いで温度130〜190℃程度、圧力10〜100MPa程度の条件で、5〜35分間程度加熱・加圧成形したのち、必要に応じ160〜270℃程度の温度で1〜10時間程度、熱処理を行うことで、所望の摩擦材を作製することができる。
このようにして作製された本発明の摩擦材は、高温域での耐摩耗性が向上し、製品寿命が延びる。
【0042】
また、本発明の摺動部品は、前述した本発明の固体潤滑材を含むことを特徴とする。当該摺動部品は、鋳鉄用相手材であるものが好ましく、このような摺動部品としては、例えば乗用車や二輪車の自動車用のものなどを挙げることができる。
【実施例】
【0043】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
【0044】
実施例1
リン酸二水素アルミニウムを純水で溶解し、濃度1質量%の水溶液を調製した。この水溶液100質量部に対し、人造黒鉛[東海カーボン社製、商品名「G152A」、平均粒径700μm]42質量部を加え、回転翼式攪拌機[アズワン社製、機種名「PM−203」]により、温度50℃にて1時間攪拌した。
得られた混合物を大気中で24時間乾燥後、解砕したのち、真空中で800℃にて3時間熱処理を行った。熱処理後、乳鉢にて粉砕し、粒子表面がリン酸二水素アルミニウムで被覆された黒鉛粉末からなる実施例1の固体潤滑材を得た。
【0045】
この固体潤滑材の透過型電子顕微鏡(TEM)写真図を図2に示す。なお、リン酸塩被覆層の厚さは50nmであった。
【0046】
実施例2〜4
実施例1と同様にして、リン酸二水素アルミニウムの濃度が0.5、5および10質量%の水溶液を調製し、人造黒鉛(前出)の処理を行い、粒子表面がリン酸二水素アルミニウムで被覆された黒鉛粉末からなる実施例2〜4の固体潤滑材を得た。
【0047】
実施例5
実施例1において、リン酸二水素アルミニウムの代わりに、リン酸二水素マグネシウムを用い、濃度1質量%の水溶液を調製した以外は、実施例1と同様にして、粒子表面がリン酸二水素マグネシウムで被覆された黒鉛粉末からなる実施例5の固体潤滑材を得た。
【0048】
実施例6
実施例1において、リン酸二水素アルミニウム1質量%の代りにリン酸二水素アルミニウムとリン酸二水素マグネシウムの質量比8/2の混合物1質量%とした以外は実施例1と同様にして、粒子表面がリン酸二水素アルミニウムとリン酸二水素マグネシウムで被覆された黒鉛粉末からなる実施例6の固体潤滑材を得た。
【0049】
比較例1
実施例1〜6で原料として用いた人造黒鉛をリン酸塩で処理することなくそのまま用いた。
【0050】
実施例7
(1)黒鉛の湿式前処理
未処理人造黒鉛として、東海カーボン社製人造黒鉛、商品名「G152A」(平均粒径700μm)を50℃に加熱したリン酸(和光純薬製特級、濃度85.0質量%以上)で5分間酸洗処理(黒鉛とリン酸の混合比率は質量比で1:8.5)し、蒸留水で水洗を2回実施し吸引ろ過を行うことにより、湿式前処理黒鉛を得た。
【0051】
(2)リン酸塩による湿式前処理黒鉛の被覆
第一リン酸アルミニウム(純正化学製リン酸二水素アルミニウム(一級)形状:粉末)を蒸留水に混ぜて溶解した水溶液(リン酸二水素アルミニウムの水に対する濃度は0.5質量%)を作製し、上記(1)で得られた湿式前処理黒鉛と質量比率で7:3になるよう混合し、回転翼式攪拌機(アズワン製PM−203)にて、水溶液温度50℃にて1時間攪拌した。得られた混合物を大気中110℃、24時間乾燥後乳鉢で解砕し、800℃、3時間真空中で熱処理した。熱処理後、乳鉢にて粉砕し、目的とするリン酸アルミニウムが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる固体潤滑材を得た。
【0052】
実施例8〜10
実施例7(2)において、リン酸二水素アルミニウムの水に対する濃度を1、5および10質量%に変更した以外は、実施例7と同様な操作を行い、リン酸アルミニウムが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる3種の固体潤滑材を得た。
図3に、実施例8の固体潤滑材のTEM写真を示す。
【0053】
実施例11
(1)黒鉛の乾式前処理
実施例7で用いた未処理人造黒鉛粒子を容器(ステンレス製、アースあり)に載せ、大気圧プラズマ発生装置を用いてプラズマを照射した。プラズマ照射の実施形態を図1に示す。
プラズマ発生装置として、ウエッジ(株)製「PS−601SW」を用い、プラズマ発生源と人造黒鉛粒子との距離:80mm、処理時間:30秒の条件で人造黒鉛粒子の大気圧プラズマ処理を行い、乾式前処理黒鉛を得た。
【0054】
(2)リン酸塩による乾式前処理黒鉛の被覆
上記(1)の乾式前処理黒鉛を用いた以外は、実施例7(2)と同様な操作を行い、リン酸アルミニウムが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる固体潤滑材を得た。
【0055】
実施例12〜14
実施例11(2)において、リン酸二水素アルミニウムの水に対する濃度を1、5および10質量%に変更した以外は、実施例11と同様な操作を行い、リン酸アルミニウムが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる3種の固体潤滑材を得た。
【0056】
実施例15
実施例7(2)において、リン酸二水素アルミニウムの代わりに、リン酸二水素マグネシウム四水和物を用いた以外は、実施例7と同様な操作を行い、リン酸マグネシウムが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる固体潤滑材を得た。
【0057】
実施例16〜18
実施例15において、リン酸二水素マグネシウムの水に対する濃度を1、5および10質量%に変更した以外は、実施例15と同様な操作を行い、リン酸マグネシウムが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる3種の固体潤滑材を得た。
【0058】
実施例19
実施例7(2)において、水に対するリン酸二水素アルミニウム濃度0.5質量%の水溶液の代わりに、リン酸二水素アルミニウム及びリン酸二水素マグネシウムを質量比8:2の割合で含む水に対する濃度0.5質量%の水溶液を用いた以外は、実施例7と同様な操作を行い、リン酸アルミニウムとリン酸マグネシウムとが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる固体潤滑材を得た。
【0059】
実施例20〜22
実施例19において、リン酸二水素アルミニウムとリン酸二水素マグネシウムとの合計量の水に対する濃度を1、5および10質量%に変更した以外は、実施例19と同様な操作を行い、リン酸アルミニウムとリン酸マグネシウムとが黒鉛表面に結合、被覆された黒鉛粉末からなる3種の固体潤滑材を得た。
【0060】
上記実施例1〜6の固体潤滑材及び比較例1の未処理黒鉛試料について、TG−DTA(熱重量−示差熱分析)により、1200℃、大気中の条件で耐熱分解特性を評価した。結果を表1に示す。表1より、実施例1〜6で得られた固体潤滑材は比較例1の未処理人造黒鉛に比べて耐熱性が約100℃向上し、耐熱性に優れていることが明らかである。これは、黒鉛表面が活性化され、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウムの水溶液との結合が多くなり、ち密な皮膜が形成されたからと考えられる。
【0061】
なお、TG−DTA装置および測定条件は、下記のとおりである。
分析装置:Mac Science社製 示差熱−熱重量分析(TG−DTA)2000S
条件:室温〜1200℃、大気中、10℃/min
【0062】
【表1】

【0063】
次に、実施例1〜6で得られた固体潤滑材および比較例1の未処理黒鉛を用い、表2に示す配合組成に従って、各成分をミキサーにより混合することにより、摩擦材形成用材料を調製した。
【0064】
この摩擦材形成用材料を、予備成形型に投入し、常温、30MPaで加圧して予備成形を行った。ついで、予備成形体と予め接着剤を塗布したプレッシャプレートを熱成形型にセットし、200℃、50MPa、600秒で加熱加圧成形を行った。熱成形後300℃、3時間加熱を行い摩擦材試料とした。
【0065】
この摩擦材試料について、表3に示すJASO C403に準拠した試験条件で摩耗試験を行い、摩擦材摩耗量およびロータ摩耗量を測定した。結果を表4に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
【表3】

【0068】
【表4】

【0069】
表4より、以下のことが明らかとなった。
人造黒鉛をリン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウムの水溶液で処理して得られた固体潤滑材を用いて得られた実施例1〜6の摩擦材は、未処理黒鉛を用いて得られた比較例1の摩擦材に比べて、摩擦材およびロータの摩耗量の減少が確認できた。
【0070】
次に、実施例7〜22における黒鉛試料の仕様を表5に示す。また上記実施例7〜22で得られた固体潤滑材について、前記実施例1〜6と同様にして耐熱分解特性を評価した。結果を表6に示す。
【0071】
また、実施例7〜22の固体潤滑材を用い、前記表2に示す実施例1〜6の配合組成に従って、各成分をミキサーで混合することにより、摩擦材形成用材料を調製した。この摩擦材形成用材料を用い、実施例1〜6と同様な操作を行い、摩擦材試料とした。
【0072】
この摩擦材試料について、表3に示すJASO C403に準拠した試験条件で摩耗試験を行い、摩擦材摩耗量およびロータ摩耗量を測定した。結果を表6に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
【表6】

【0075】
前記の表1、表4と、表6とから、同一種類のリン酸塩及び同一濃度のリン酸塩の条件での前処理なしの実施例と、前処理した実施例を対比した場合、リン酸塩濃度が0.5〜5質量%の範囲において、酸処理および大気圧プラズマにより前処理してなる固体潤滑材は、前処理なしの固体潤滑材に比べて、いずれも、耐熱分解特性が優れており、かつ摩擦材摩耗量およびロータ摩耗量が小さい。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の固体潤滑材は、黒鉛よりも耐熱、耐酸化性が著しく向上すると共に、高温での潤滑性能が高く、ノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材や摺動部品などに好適に用いられる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛材料をリン酸塩で被覆してなることを特徴とする固体潤滑材。
【請求項2】
リン酸塩が、リン酸アルミニウム類、リン酸マグネシウム類、リン酸カルシウム類、リン酸カリウム類、リン酸ナトリウム類およびリン酸亜鉛類の中から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の固体潤滑材。
【請求項3】
リン酸塩で被覆された黒鉛材料が、その粒子表面に厚さ5〜500nmのリン酸塩被覆層を有する請求項1または2に記載の固体潤滑材。
【請求項4】
黒鉛材料が、予め湿式法または乾式法による前処理が施されたものである請求項1〜3項のいずれか1項に記載の固体潤滑材。
【請求項5】
湿式法による前処理が酸による洗浄処理である請求項4に記載の固体潤滑材。
【請求項6】
乾式法による前処理が大気圧プラズマ処理である請求項4に記載の固体潤滑材。
【請求項7】
黒鉛材料を、リン酸塩水溶液を用い、リン酸塩で被覆することにより、固体潤滑材を製造する方法であって、前記リン酸塩水溶液が、リン酸二水素アルミニウムおよび/またはリン酸二水素マグネシウム0.5〜10質量%を含む水溶液であり、かつ該水溶液100質量部に対し、前記黒鉛材料を40〜50質量部の割合で用いることを特徴とする固体潤滑材の製造方法。
【請求項8】
黒鉛材料が、予め湿式法または乾式法による前処理が施されたものである請求項7に記載の方法。
【請求項9】
湿式法による前処理が酸による洗浄処理である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
乾式法による前処理が大気圧プラズマ処理である請求項8に記載の方法。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の固体潤滑材を含むことを特徴とするノンアスベスト系ブレーキ用摩擦材。
【請求項12】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の固体潤滑材を含むことを特徴とする摺動部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−102381(P2011−102381A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−139312(P2010−139312)
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】