説明

固体潤滑材およびその製造方法

【課題】
大気中、高温域においても酸化、分解等を抑制することができ、潤滑特性を維持し得る固体潤滑材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】
天然黒鉛よりも層間距離が拡大された黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層が被覆されてなることを特徴とする固体潤滑材および天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理することにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層を被覆することを特徴とする固体潤滑材の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体潤滑材およびその製造方法に関する。
さらに詳しくは、本発明は、自動車、鉄道車両、産業機械等のブレーキ用摩擦材や、クラッチフェーシングの摩擦材に好適に使用し得る固体潤滑材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ブレーキ用摩擦材等の分野においては、固体潤滑材として、グラファイト、二硫化モリブデン、ゼオライト等の層状無機物質や、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)等の有機物質が用いられるようになってきている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、上記固体潤滑材は、大気中、500℃以上の高温域において、酸化、分解等して潤滑特性を維持できなくなってしまい、摩擦、異音等を増大させてしまうことから、ブレーキ用摩擦材等に用いるためには、必ずしも満足し得るものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−181607号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような事情のもとで、大気中、高温域においても酸化、分解等を抑制することができ、潤滑特性を維持することができ、さらには相手材に対する研削を抑制した固体潤滑材およびその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等が鋭意研究を重ねた結果、天然黒鉛よりも層間距離が拡大された黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層、特にリン酸塩被覆層を有する金属酸化物層が被覆されてなる固体潤滑材により、上記目的を達成し得ることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
(1) 天然黒鉛よりも層間距離が拡大された黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層が被覆されてなることを特徴とする固体潤滑材、
(2) 前記黒鉛材料の表面に中間層を介することなく、金属酸化物層が被覆されてなる上記(1)に記載の固体潤滑材、
(3) 前記黒鉛材料が有機官能基を導入したものである上記(1)または(2)に記載の固体潤滑材、
(4) 前記金属酸化物層が酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも一種を含んでなる上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の固体潤滑材、
(5) 前記黒鉛材料の表面に中間層を介することなく、金属酸化物層が被覆されてなり、かつ該金属酸化物層表面にさらにリン酸塩が被覆されてなる上記(1)、(3)または(4)に記載の固体潤滑材、
(6) 前記リン酸塩が第一リン酸アルミニウムである上記(5)に記載の固体潤滑材、
(7) 天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理することにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層を被覆することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の固体潤滑材を製造する方法、
(8) 天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理して得られたものに、リン酸塩を接触させることにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に、リン酸塩が被覆されてなる金属酸化物層を被覆することを特徴とする上記(5)または(6)に記載の固体潤滑材を製造する方法、及び
(9) 前記金属アルコキシドと接触させる前に、前記黒鉛材料の表面を、有機官能基導入処理する上記(7)または(8)に記載の方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、大気中、高温域においても酸化、分解等を抑制することができ、潤滑特性を維持することができ、さらには相手材に対する研削を抑制した固体潤滑材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1〜4および比較例1、2で得られた固体潤滑材について、耐摩耗性評価試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の固体潤滑材は、天然黒鉛よりも層間距離が拡大された黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層が被覆されてなることを特徴とするものである。
【0011】
本発明の固体潤滑材において、黒鉛材料としては、天然黒鉛よりも層間距離が拡大された層状構造を有するものであれば特に限定されないが、入手の容易性や価格面を考慮した場合、天然黒鉛である鱗状黒鉛や鱗片状黒鉛を後述する方法等によって処理したものであることが好ましい。
【0012】
また、本明細書において、「天然黒鉛よりも層間距離が拡大された」とは、天然黒鉛の層間距離である0.3354nmよりも層間距離が拡大されていることを意味し、拡大された層間距離としては、0.5〜3nmが好ましく、2〜3nmがより好ましい。
【0013】
このように層間距離が天然黒鉛よりも拡大された黒鉛材料を用いることにより、得られる固体潤滑材の潤滑性を向上させることができる。
【0014】
本発明の固体潤滑材において、金属酸化物層としては、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも一種を含んでなるものであることが好ましく、上記金属酸化物から選ばれる一種のみを含んでなるものであることがより好ましい。
【0015】
本発明の固体潤滑材は、金属酸化物層が、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に被覆されてなるものであるが、黒鉛材料最外部の表面全体に被覆されてなるものであることがより好ましい。
【0016】
金属酸化物層の厚みは、50〜300nmであることが好ましく、50〜100nmであることがより好ましい。
【0017】
本発明の固体潤滑材においては、前記黒鉛材料の表面に中間層を介することなく金属酸化物層が被覆されていることが好ましく、これにより、固体潤滑材の製造工程を簡略化し、製造コストを低減することが可能になる。
【0018】
また、下記の理由により、前記金属酸化物層には、その表面にさらにリン酸塩を被覆することが好ましい。
【0019】
層間距離が拡大された黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物を被覆し、層間拡大により高温域での潤滑特性を維持しているが、前記金属酸化物層は酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも一種を含んでおり、高温域における摩擦時に相手材(ブレーキロータ)を研削する効果が大きくなる。したがって、金属酸化物層の表面にさらに研削作用が小さく耐熱性を劣化させないリン酸塩を被覆することにより、相手材の研削を抑制して長期安定した制動が維持される。
【0020】
前記リン酸塩としては特に制限はないが、効果の観点から、第一リン酸アルミニウムが好ましい。
【0021】
本発明の固体潤滑材においては、前記黒鉛材料が有機官能基を導入してなるものであってもよい。
【0022】
有機官能基としては、有機化アンモニウム基、有機化アミノ基、有機化ジアミノ基、有機化アミノカルボキシル基等を挙げることができる。有機化アンモニウム基としては、アルキルアンモニウム基を挙げることができ、具体的には、ドデシルトリメチルアンモニウム基等を挙げることができる。有機化アミノ基としては、アルキルアミノ基を挙げることができ、具体的には、ドデシルアミノ基、オクタデシルアミノ基等を挙げることができる。有機化ジアミノ基としては、アルキルジアミノ基を挙げることができ、具体的には、1,12−ドデカンジアミノ基等を挙げることができる。また、有機化アミノカルボキシル基としては、アルキルアミノカルボキシル基を挙げることができ、具体的には、12−アミノドデカン酸等を挙げることができる。
【0023】
本発明の固体潤滑材を製造する好適な方法としては、以下に説明する本発明の固体潤滑材の製造方法を挙げることができる。
【0024】
本発明の固体潤滑材の製造方法は、天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理することにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層を被覆することを特徴とするものである。
【0025】
本発明の方法において、原料として用いられる天然黒鉛としては、特に限定されず、鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛等を用いることができる。
【0026】
本発明の方法において、酸処理に用いられる酸としては、硫酸、硝酸等を挙げることができ、また、酸処理においては酸化剤を併用することが好ましく、酸化剤としては、濃硝酸等を挙げることができる。
【0027】
上記酸の使用量は、天然黒鉛の全表面と接触し得る量であることが好ましいが、通常、酸:黒鉛(体積比)で、100:1〜100:20であることが好ましい。
【0028】
本発明の方法においては、上記酸処理によって、黒鉛材料の層間距離を天然黒鉛の層間距離よりも拡大し、得られる固体潤滑材の潤滑性を向上させることができるとともに、黒鉛の主表面や端部表面に官能基を導入して、後述する金属アルコキシドとの反応性を向上させることができる。
【0029】
酸処理によって黒鉛表面に導入される官能基としては、OH基、COOH基、CO基等を挙げることができる。
【0030】
本発明の方法においては、上記酸処理後に、さらに有機官能基導入処理を行うことが好ましい。
【0031】
導入される有機官能基としては、有機化アンモニウムやその塩に由来する有機化アンモニウム基、有機化アミンやその塩に由来する有機化アミノ基、有機化ジアミンに由来する有機化ジアミノ基、有機化アミノカルボン酸に由来する有機化アミノカルボキシル基等を挙げることができる。上記有機官能基の具体例については、上述したとおりである。
【0032】
上述したように、本発明の方法においては、酸処理によって黒鉛表面に官能基を導入することができるが、さらに有機官能基導入処理を行うことにより、有機官能基を導入しつつ、酸処理後における黒鉛材料の拡大された層間距離を維持することができる。
【0033】
本発明の方法においては、次いで、黒鉛材料が金属アルコキシドと接触させられる。
金属アルコキシドとしては、特に限定されないが、一般式(I)

MXm−n ・・・(I)
(式中、Rは非加水分解性基、Xは加水分解性基または水酸基であり、Mはケイ素、チタン、ジルコニウムおよびアルミニウムの中から選ばれる金属原子を示し、mは金属原子Mの価数で、3または4であり、nは、mが4の場合は0〜3の整数、mが3の場合は0〜2の整数であり、
Rが複数ある場合、各Rはたがいに同一であっても異なっていてもよく、Xが複数ある場合、各Xはたがいに同一であっても異なっていてもよい。)で表される金属アルコキシドであることが好ましい。
【0034】
一般式(I)で表される化合物において、mが4の場合、nは0〜3の整数であり、1〜3の整数であることが好ましく、1〜2の整数であることがより好ましい。また、mが3の場合、nは0〜2の整数であり、1〜2の整数であることが好ましい。
【0035】
一般式(I)で表される金属アルコキシドにおいて、Rは炭化水素基である。炭化水素基としては、直鎖または分岐鎖を有する飽和または不飽和の脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、脂環式炭化水素基を挙げることができ、これら炭化水素基は一価のものでも多価のものでもよい。
【0036】
Rで表される炭化水素基の炭素数は、脂肪族炭化水素基である場合は、1〜25個、特に1〜3個が好ましく、芳香族炭化水素基である場合は、6〜25個、特に6〜10個が好ましく、脂環式炭化水素である場合は、3〜25個、特に3〜6個が好ましい。
【0037】
また、Rで表される炭化水素基は、官能基を含有していてもよく、官能基としては、ビニル基、エステル基、エーテル基、エポキシ基、アミノ基、カルボキシル基、カルボニル基、アミド基、メルカプト基、スルホニル基、スルフェニル基、ニトロ基、ニトロソ基、ニトリル基、ハロゲン原子、水酸基等を挙げることができる。
【0038】
一般式(I)で表される金属アルコキシドにおいて、Rが複数ある場合、Rは同一であっても異なっていてもよい。
【0039】
一般式(I)で表される金属アルコキシドにおいて、Xは加水分解性基または水酸基であり、加水分解性基としては、アルコキシ基、アルケニルオキシ基、ケトオキシム基、アシルオキシ基、アミノ基、アミノキシ基、アミド基、ハロゲン原子を挙げることができる。
【0040】
一般式(I)で表される金属アルコキシドにおいて、Xが複数ある場合、Xは同一であっても異なっていてもよい。
【0041】
上記一般式(I)で表される金属アルコキシドにおいて、Mが4価のケイ素であって、mが4で、nが0〜3の整数である場合の金属アルコキシドの具体例としては、テトラエトキシシラン、テトライソプロポキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、2−エチルヘキシルトリメトキシシラン、2−ヘキセニルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、3−β−ナフチルプロピルトリメトキシシラン、p−ビニルベンジルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−(2−アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アニリノプロピルトリメトキシシラン等を挙げることができる。
【0042】
上記一般式(I)で表される化合物において、Mが4価のチタンまたはジルコニウムであって、mが4で、nが0〜3の整数である場合の金属アルコキシドの例としては、上で例示したシラン化合物におけるシランを、チタンまたはジルコニウムに置き換えた化合物を挙げることができる。
【0043】
また、前記一般式(I)で表される金属アルコキシドにおいて、Mが3価のアルミニウムであって、mが3で、nが0〜2の整数である場合の金属アルコキシドの例としては、トリメトキシアルミニウム、トリエトキシアルミニウム、トリ−n−プロポキシアルミニウム、トリイソプロポキシアルミニウム、トリ−n−ブトキシアルミニウム、トリイソブトキシアルミニウム、トリ−sec−ブトキシアルミニウム、トリ−tert−ブトキシアルミニウム、メチルジメトキシアルミニウム、メチルジエトキシアルミニウム、メチルジプロポキシアルミニウム、エチルジメトキシアルミニウム、エチルジエトキシアルミニウム、プロピルジエトキシアルミニウムなどを挙げることができる。
【0044】
上記金属アルコキシドは、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
黒鉛材料と前記金属アルコキシドとを接触させる方法としては、例えば、硝酸水溶液等により膨潤、分散させた黒鉛材料と、エタノール等で希釈した金属アルコキシドとを、室温または加熱条件下で混合、攪拌する方法を挙げることができる。
【0046】
黒鉛材料と金属アルコキシドは、質量比で、黒鉛材料/金属アルコキシドが、1/0.5〜1/4となるように使用することが好ましく、1/0.5〜1/2となるように使用することがより好ましい。
【0047】
また、上述したような方法により、黒鉛材料と金属アルコキシドとを混合、攪拌させる場合には、金属アルコキシドの疎水基の耐熱性を考慮して、混合、攪拌時の温度を決定する必要があることから、黒鉛材料と金属アルコキシドの反応温度は、室温〜100℃程度が好ましい。また、反応時間は2〜48時間が好ましい。
【0048】
このように、黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させることにより、黒鉛材料表面に導入された官能基と金属アルコキシドの加水分解性基または水酸基とが反応ないし相互作用して、黒鉛材料表面に金属アルコキシドが固定されると考えられる。
【0049】
本発明の方法においては、次いで、黒鉛材料と金属アルコキシドの接触処理物が加熱処理されて、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層が被覆される。加熱温度は400℃〜1000℃が好ましい。加熱時間や加熱雰囲気は、金属アルコキシドの種類に応じて適宜選定される。
【0050】
本発明の固体潤滑材においては、前述したように、相手材に対する研削を抑制して、長期安定した制動を維持するために、前記金属酸化物の表面に、さらに研削作用が小さく耐熱性を劣化させないリン酸塩を被覆することが好ましい。したがって、固体潤滑材の好適な製造方法として、天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理して得られたものに、リン酸塩を接触させることにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に、リン酸塩が被覆されてなる金属酸化物層を被覆する方法を用いることができる。
【0051】
この製造方法において、層間距離が拡大された黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理して得られた反応物(金属酸化物を層間挿入した黒鉛層間化合物)にリン酸塩を接触させる方法としては、前記黒鉛層間化合物と、濃度0.5〜10質量%程度、好ましく0.5〜5質量%のリン酸塩水溶液とを、質量比1:1〜5、好ましくは1:2程度の割合で、かつ20〜80℃程度の温度にて接触させる方法を用いることができる。前記リン酸塩としては、第一リン酸アルミニウムが好ましい。
【0052】
前記加熱処理して得られた反応物、あるいは該反応物にリン酸塩を接触させたものを適宜粉砕、分級処理することにより、所望形状および所望サイズを有する固体潤滑材を得ることができる。
【実施例】
【0053】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【0054】
実施例1
ビーカー中に、黒鉛原料である天然鱗片状黒鉛(日本黒鉛社製、平均粒径50μm、層間距離0.3354nm)50gと、酸溶液である濃硫酸800gおよび酸化剤である濃硝酸50gとを加え、常温で24時間攪拌することにより、黒鉛材料含有スラリーを作製した。
【0055】
また、金属アルコキシドであるテトラエトキシシラン(TEOS)、酢酸および水を、エタノール中に1:4:3のモル比になるように混合した後、70℃で3時間加温し、濃縮して、1モル/リットルのテトラエトキシシラン含有液を得た。
【0056】
黒鉛材料とテトラエトキシシラン含有液の質量比が7:3となるように、上記黒鉛材料含有スラリーとテトラエトキシシラン含有液とを混合し、室温で24時間攪拌することにより、黒鉛材料とテトラエトキシシランとの接触物含有液を得た。得られた含有液を大気中110℃で24時間乾燥した後解砕し、さらに窒素中800℃で3時間熱処理して得られた固形物を乳鉢ですり潰すことにより、目的とする固体潤滑材の粉末を得た。
【0057】
得られた固体潤滑材の粉末をX線回折装置(島津製作所社製XRD−6000)で測定したところ、黒鉛の層間が2nmに拡大されていることを確認することができた。また、得られた固体潤滑材の粉末を電子顕微鏡(日立(株)社製HD−2000)で測定したところ、表面全体に酸化ケイ素が被覆されていることを確認することができた。
【0058】
実施例2
テトラエトキシシラン含有液に代えて、金属アルコキシドであるテトライソプロポキシチタン、酢酸および水を、エタノール中に1:4:3のモル比になるように混合した後、70℃で3時間加温し、濃縮して得た、1モル/リットルのテトライソプロポキシチタン(TIPOT)含有液を用いた以外は、実施例1と同様にして、目的とする固体潤滑材の粉末を得た。
【0059】
得られた固体潤滑材の粉末をX線回折装置(島津製作所社製XRD−6000)で測定したところ、黒鉛の層間が2nmに拡大されていることを確認することができた。また、得られた固体潤滑材の粉末を電子顕微鏡(日立(株)社製HD−2000)で測定したところ、表面全体に酸化チタンが被覆されていることを確認することができた。
【0060】
実施例3
実施例1で得た黒鉛含有スラリー溶液をろ過して黒鉛層間に硫酸分子を挿入した黒鉛−酸層間化合物を得た。この黒鉛−酸層間化合物を水10リットルに対して1−アミノドデカン(ADC)100g(1質量%)の混合液に投入して30分攪拌した溶液をろ過した後、110℃で2時間乾燥した。乾燥後得られた塊を粉砕して平均粒径200μmの有機化黒鉛を回収した。粉末X線回折測定にて層間距離が3nmに拡大していることを確認した。
【0061】
実施例4<酸化ケイ素を層間挿入した黒鉛層間化合物にリン酸アルミニウムを被覆した固体潤滑材の創製>
実施例1と同様にして酸化ケイ素を層間挿入した黒鉛層間化合物を作製した。次に、第一リン酸アルミニウム[純正化学社製リン酸二水素アルミニウム(一級)、形状:粉末]を蒸留水に混ぜて混合し、濃度1質量%の水溶液を調製した。
【0062】
この第一リン酸アルミニウム水溶液と、上記で作製した酸化ケイ素を層間挿入してなる黒鉛層間化合物とを、質量比7:3の割合で混合し、50℃の温度にてプロペラ式攪拌機[アズワン社製「PM−203」]で1時間攪拌した。
【0063】
得られた混合物を大気中、110℃で24時間乾燥後解砕したのち、800℃で3時間真空中で熱処理を実施した。熱処理後、得られた固形物を乳鉢で粉砕・分級し、目的とする固体潤滑材の粉末を得た。
【0064】
得られた固体潤滑材の粉末をX線回折装置[島津製作所社製「XRD−6000」]で測定したところ、黒鉛の層間が拡大されていることを確認することができた。また、得られた固体潤滑材の粉末を電子顕微鏡[日立(株)社製「HD−2000」]で測定したところ、表面および端部にリン酸アルミニウムが被覆されていることを確認した。
【0065】
比較例1
未処理の天然鱗片状黒鉛(日本黒鉛社製、平均粒径50μm、層間距離0.3354nm)を固体潤滑材として用いた。
【0066】
比較例2
黒鉛材料含有スラリーに代えて、未処理の天然鱗片状黒鉛(日本黒鉛社製、平均粒径50μm、層間距離0.3354nm)を用いた以外は、実施例1と同様にして、目的とする固体潤滑剤の粉末を得た。
【0067】
上記実施例1〜4および比較例1、2で得られた固体潤滑材(黒鉛試料)について、以下の条件により耐熱性を評価した。結果を表1に示す。
【0068】
(耐熱性評価条件)
分析装置:Mac Science 2000S社製、熱重量−示差熱分析装置 (TG−DTA)
雰囲気 :大気
昇温速度:10℃/分
【0069】
【表1】

【0070】
表1より、実施例1〜実施例4で得られた黒鉛試料は、比較例1〜比較例2で得られた黒鉛試料に比べ、酸化開始温度および酸化終了温度が高いことから、耐熱性が高く、高温域においても十分な潤滑性を示すものであることが分かる。
【0071】
また、上記実施例1〜4および比較例1、2の黒鉛試料について、ノンアスベスト摩擦材中に添加したときの耐摩耗性評価を実施した。試験条件(JASO C403に準拠)および摩擦材配合内容を表2、表3に示すと共に、結果を表4および図1に示す。
【0072】
【表2】

【0073】
【表3】

【0074】
【表4】

【0075】
表4より、実施例1〜4は比較例1、2に対し摩擦材摩耗量が減少し耐摩耗性の向上が確認できた。
【0076】
また、実施例4(テトラエトキシシラン+リン酸アルミニウム被覆黒鉛層間化合物)においては、実施例1(テトラエトキシシラン処理黒鉛層間化合物)に比べて、ロータ摩耗量(研削量)が減少し、ロータ研削効果を抑制することができた。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明によれば、大気中、高温域においても酸化、分解等を抑制することができ、潤滑特性を維持することができ、さらには相手材に対する研削を抑制した固体潤滑材およびその製造方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然黒鉛よりも層間距離が拡大された黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層が被覆されてなることを特徴とする固体潤滑材。
【請求項2】
前記黒鉛材料の表面に中間層を介することなく、金属酸化物層が被覆されてなる請求項1に記載の固体潤滑材。
【請求項3】
前記黒鉛材料が有機官能基を導入したものである請求項1または請求項2に記載の固体潤滑材。
【請求項4】
前記金属酸化物層が酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも一種を含んでなる請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の固体潤滑材。
【請求項5】
前記黒鉛材料の表面に中間層を介することなく、金属酸化物層が被覆されてなり、かつ該金属酸化物層表面にさらにリン酸塩が被覆されてなる請求項1、請求項3または請求項4に記載の固体潤滑材。
【請求項6】
前記リン酸塩が第一リン酸アルミニウムである請求項5に記載の固体潤滑材。
【請求項7】
天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理することにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に金属酸化物層を被覆することを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の固体潤滑材を製造する方法。
【請求項8】
天然黒鉛を酸処理して層間距離が拡大された黒鉛材料を得た後に、該黒鉛材料と金属アルコキシドとを接触させ、次いで加熱処理して得られたものに、リン酸塩を接触させることにより、黒鉛材料の少なくとも一部の表面に、リン酸塩が被覆されてなる金属酸化物層を被覆することを特徴とする請求項5または請求項6に記載の固体潤滑材を製造する方法。
【請求項9】
前記金属アルコキシドと接触させる前に、前記黒鉛材料の表面を、有機官能基導入処理する請求項7または請求項8に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−59396(P2010−59396A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−142954(P2009−142954)
【出願日】平成21年6月16日(2009.6.16)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】