説明

固体物質の観察方法、グリースの評価方法および軸受の製造方法

【課題】固体物質の大きさが小さい場合においても、半固体状物質中に存在する固体物質の分散または凝集状態を乱すことなく、半固体状物質中に存在する固体物質を鮮明に観察できるようにする。
【解決手段】固体物質が存在する半固体状態のままの半固体状物質を原子間力顕微鏡にて観察する場合、測定モードをタッピングモードに設定し、半固体状物質中に存在する固体物質の形状および状態をタッピングモードにより得られる位相情報で評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固体物質の観察方法、グリースの評価方法および軸受の製造方法に関し、特に、グリースなどの半固体状物質中に存在する固体物質を原子間力顕微鏡にて観察する方法に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来の半固体状物質中に存在する固体物質、例えば、グリース中に存在する増ちょう剤を観察する方法として、グリース中から基油を脱脂し、増ちょう剤だけを抽出した後に、走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)にて増ちょう剤を観察することが行われている。
また、グリースの状態のまま観察する方法として、例えば、特許文献1には、透明な2枚の板の間に所定の強度の力でグリースを挟み、微分干渉もしくは偏光機能を有した光学顕微鏡でグリース中の金属石鹸粒子観察する方法が開示されている。
【0003】
ここで、半固体状物質中に存在する固体物質、例えば、グリース中に存在する増ちょう剤の分散状態は、グリースの性能に大きな影響を与えることが知られており、増ちょう剤の分散状態が不適切なグリースを軸受内に封入して使用すると、軸受から異音が発生するなどの問題がある。このため、グリースの状態のまま増ちょう剤の分散状態を観察できるようにすることは、グリースを開発する上で非常に重要である。
【特許文献1】特開2006−38668号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、走査型電子顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いて増ちょう剤を観察する方法では、グリース中から基油を脱脂するために、グリースの超音波処理を長時間行う必要があることから、増ちょう剤が分散し、グリース中に存在している状態と異なる可能性があることから、グリース中の増ちょう剤の分散状態を正確に観察することができないという問題があった。また、導電性のない試料を観察するには、試料の表面に金属を蒸着させる必要があり、観察が行えるようになるまでの前処理に膨大な時間がかかるという問題があった。
また、走査型電子顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いる方法では、真空状態にて試料の観察が行われるため、グリースの状態のままで観察しようすると、グリースに含まれる油分が揮発し、グリースの状態のままで観察することができないという問題があった。
【0005】
一方、光学顕微鏡を用いて増ちょう剤を観察する方法では、光学顕微鏡の分解能が光の波長で制限されるため、増ちょう剤の大きさが500nm以下と非常に小さくなると、増ちょう剤の形状まで正確に観察することができないという問題があった。
そこで、本発明の目的は、固体物質の大きさが小さい場合においても、半固体状物質中に存在する固体物質の分散または凝集状態を乱すことなく、半固体状物質中に存在する固体物質を鮮明に観察することが可能な固体物質の観察方法、グリースの評価方法および軸受の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するために、請求項1記載の固体物質の観察方法によれば、半固体状物質中に存在する固体物質の観察方法において、半固体状物質中に存在する固体物質を半固体状態のままで原子間力顕微鏡にて観察することを特徴とする。
また、請求項2記載の固体物質の観察方法によれば、前記原子間力顕微鏡による測定モードがタッピングモードであり、前記半固体状物質中に存在する固体物質の形状および状態を前記タッピングモードにより得られる位相情報で評価することを特徴とする。
【0007】
また、請求項3記載の固体物質の観察方法によれば、前記半固体状物質はグリースであることを特徴とする。
また、請求項4記載の固体物質の観察方法によれば、前記固体物質は前記グリース中に存在する増ちょう剤であることを特徴とする。
また、請求項5記載のグリースの評価方法によれば、グリース中に存在する増ちょう剤の分散状態を前記グリースのままで原子間力顕微鏡のタッピングモードにて観察するステップと、前記原子間力顕微鏡にて観察された前記増ちょう剤の分散状態に基づいて、前記グリースの性能を評価するステップとを備えることを特徴とする。
【0008】
また、請求項6記載の軸受の製造方法によれば、グリース中に存在する増ちょう剤の分散状態を前記グリースのままで原子間力顕微鏡のタッピングモードにて観察するステップと、前記原子間力顕微鏡にて観察された前記増ちょう剤の分散状態に基づいて、前記グリースの性能を評価するステップと、前記評価に基づいて製造されたグリースを潤滑剤として軸受に封入するステップとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明によれば、半固体状物質中に存在する固体物質を半固体状態のままで原子間力顕微鏡にて観察するようにしたので、原子分解能を確保しつつ、試料の表面の凹凸情報が示された形状像を得ることが可能となるとともに、物質表面の吸着力の大小や硬さ・柔らかさなどによるカンチレバーの振動の位相遅れを計測することで、物質表面の物性の違いを評価することができる。このため、固体物質の大きさが非常に小さい場合においても、半固体状物質中に存在する固体物質の分散または凝集状態を乱すことなく、半固体状物質中に存在する固体物質を鮮明に観察することが可能となり、グリース中に存在する増ちょう剤の分散または凝集状態を正確に把握することが可能となるとともに、添加剤としてグリース中に配合されることのある数十nm程度の微粒子についても観察することができる。この結果、グリースの性能の評価精度を向上させることが可能となり、性能の良いグリースを効果的に開発することが可能となることから、増ちょう剤の分散状態が不適切なグリースが軸受内に封入されるのを防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係る固体物質の観察方法について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る固体物質の観察方法に適用される原子間力顕微鏡の概略構成を示すブロック図である。
図1において、原子間力顕微鏡には、試料5を載置するステージ11、ステージ11を上下または前後左右に移動させる走査装置12、試料5の表面との相互作用を検出するカンチレバー13、カンチレバー13を振動させる圧電振動子14、レーザ光を出射する半導体レーザ15、半導体レーザ15から出射されたレーザ光をカンチレバー13の先端に集光するレンズ16、カンチレバー13から反射されたレーザ光の位置を検出するフォトダイオード17、フォトダイオード17から出力された信号に基づいてカンチレバー13の振動特性の変化分を算出する信号処理回路18、カンチレバー13の振幅が一定になるように走査装置12にフィードバックをかけるフィードバック回路19、カンチレバー13を共振周波数の近傍で駆動する駆動回路20、カンチレバー13の位相特性の変化分が画像化された位相像を生成する位相像生成装置21、位相像生成装置21にて生成された位相像を表示する表示装置22が設けられている。なお、圧電振動子14としては、ピエゾ素子、フォトダイオード17としては、例えば、4分割フォトダイオードを用いることができる。
【0011】
そして、固体物質が存在する半固体状態のままの半固体状物質を試料5として用意する。例えば、固体物質が存在する半固体状物質としては、増ちょう剤が分散されたグリースを挙げることができ、増ちょう剤が分散されたグリースを金属板の上に薄く引き伸ばすことで、試料5を作製することができる。
そして、ステージ11上に試料5を載置し、圧電振動子14を介してカンチレバー13を共振周波数の近傍で振動させるとともに、走査装置12にてステージ11を上下または前後左右に移動させながら、半導体レーザ15からレーザ光を出射させる。そして、半導体レーザ15からレーザ光が出射されると、レンズ16にてカンチレバー13上に集光され、カンチレバー13の先端で反射されたレーザ光はフォトダイオード17にて検出される。
【0012】
ここで、カンチレバー13を共振周波数の近傍で振動させながら試料5の表面に近づけると、カンチレバー13と試料5との相互作用に由来してカンチレバー13の振動特性が変化し、カンチレバー13の振動の振幅、位相または周波数が変化する。
そして、カンチレバー13の振動の振幅、位相または周波数が変化すると、フォトダイオード17上におけるレーザ光のスポット位置が変位し、レーザ光のスポット位置の変位に応じてフォトダイオード17から出力される信号が変化する。
【0013】
そして、フォトダイオード17から出力された信号は信号処理回路18に送られ、カンチレバー13の振動特性の変化分が信号処理回路18にて算出される。そして、信号処理回路18にて算出されたカンチレバー13の振幅の変化分はフィードバック回路19に送られ、カンチレバー13の振幅が一定になるようにフィードバック回路19にて走査装置12にフィードバックがかけられる。
また、信号処理回路18にて算出されたカンチレバー13の位相の変化分は位相像生成装置21に送られ、カンチレバー13の位相特性の変化分が画像化された位相像が位相像生成装置21にて生成され、表示装置22に表示される。
【0014】
そして、グリースの開発を行う場合、表示装置22に表示された位相像を観察することで、グリース中に存在する増ちょう剤の分散または凝集状態を評価することができる。そして、グリース中に存在する増ちょう剤の分散状態が適正になるようにグリースを調製し、そのグリースを潤滑剤として軸受に封入することで、軸受から発生する異音を低減することができる。
【0015】
ここで、固体物質が存在する半固体状態のままの半固体状物質を原子間力顕微鏡にて観察する場合、測定モードをタッピングモードに設定することができる。このタッピングモードは、カンチレバー13を共振させた状態で試料5の表面に近づけ、試料5の観察を行うモードである。そして、半固体状物質中に存在する固体物質の形状および状態をタッピングモードにより得られる位相情報で評価することで、半固体状物質がカンチレバー13に付着するのを極力防止しながら、試料5の表面状態を測定することができ、鮮明な画像を得ることができる。
【0016】
なお、原子間力顕微鏡には、タッピングモードの他に、コンタクトモードもあるが、コンタクトモードでは、カンチレバー13と試料5とが常に接触した状態となり、多量の半固体状物質がカンチレバー13に付着することから、試料5の表面状態が反映された画像を得ることができない。
また、半固体状物質中に存在する固体物質の観察するための物性評価ツールとして位相を用いることで、固体物質が分散されている液体と固体物質との間の吸着力、固さおよび柔らかさの違いを位相像に反映させることができ、半固体状物質中に存在する固体物質を鮮明に観察することができる。
【0017】
このように、本発明の一実施形態に係る固体物質の観察方法によれば、半固体状物質中に存在する固体物質を半固体状態のままで原子間力顕微鏡にて観察するようにしたので、原子分解能を確保しつつ、試料5の表面の凹凸情報が示された形状像を得ることが可能となるとともに、物質表面の吸着力の大小や硬さ・柔らかさなどによるカンチレバー13の振動の位相遅れを計測することで、物質表面の物性の違いを評価することができる。
【0018】
このため、固体物質の大きさが非常に小さい場合においても、半固体状物質中に存在する固体物質の分散または凝集状態を乱すことなく、半固体状物質中に存在する固体物質を鮮明に観察することが可能となり、グリース中に存在する増ちょう剤の分散または凝集状態を正確に把握することが可能となるとともに、添加剤としてグリース中に配合されることのある数十nm程度の微粒子についても観察することができる。
【0019】
この結果、グリースの性能の評価精度を向上させることが可能となり、性能の良いグリースを効果的に開発することが可能となることから、増ちょう剤の分散状態が不適切なグリースが軸受内に封入されるのを防止することができる。
また、前処理に関しても、グリースを金属板の上に薄く引き伸ばす作業のみでよく、導電性のない試料5を観察する場合においても、試料5の表面に金属を蒸着させる必要がなく、手間のかかる作業が不要となることから、観察が行えるようになるまでの時間を短縮することができる。
【0020】
図2は、本発明の固体物質の観察方法にてグリース中の増ちょう剤を観察した画像(位相像)の例を示す図である。
図2において、半固体状物質として、増ちょう剤が油の中に分散することで半固体状になるグリースを使用した。そして、増ちょう剤の長径は約0.3μmでほぼ同じであるが、増ちょう剤のタイプの異なる2種類のグリースA、Bを原子間力顕微鏡にて観察した。なお、増ちょう剤の長径の測定には走査型電子顕微鏡を使用した。
【0021】
この試料を金属板に少量だけ載せ、カバーガラスにて薄く引き延ばした後、原子間力顕微鏡の試料台にセットした。なお、観察には、SIIナノテクノロジー社製の原子間力顕微鏡を使用し、測定モードには、DFMモード(タッピングモード)、物性評価ツールとしては位相を用いた。
図2の画像の黒い部分は位相遅れの小さい、すなわち硬い部分を示し、それより色の薄い部分は位相遅れの大きい、すなわち柔らかい部分を示す。この画像から黒い部分はグリース中に存在する増ちょう剤、色の薄い部分は基油であることが判り、原子間力顕微鏡を用いることで、グリース状態でグリース中の増ちょう剤を明瞭に観察することができた。
【0022】
また、図2(a)に示すように、グリースAは増ちょう剤の分散状態が良好であるのに対し、図2(b) に示すように、グリースBは増ちょう剤が凝集していることが判る。グリース中の増ちょう剤の分散または凝集状態はグリースの音響性能などに大きく影響することが判っており、グリース中の増ちょう剤の分散または凝集状態を確認できるようにすることで、グリースの性能を向上させるための有用な手段を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施形態に係る固体物質の観察方法に適用される原子間力顕微鏡の概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の固体物質の観察方法にてグリース中の増ちょう剤を観察した画像(位相像)の例を示す図である。
【符号の説明】
【0024】
5 試料
11 ステージ
12 走査装置
13 カンチレバー
14 圧電振動子
15 半導体レーザ
16 レンズ
17 フォトダイオード
18 信号処理回路
19 フィードバック回路
20 駆動回路
21 位相像生成装置
22 表示装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半固体状物質中に存在する固体物質の観察方法において、
半固体状物質中に存在する固体物質を半固体状態のままで原子間力顕微鏡にて観察することを特徴とする固体物質の観察方法。
【請求項2】
前記原子間力顕微鏡による測定モードがタッピングモードであり、前記半固体状物質中に存在する固体物質の形状および状態を前記タッピングモードにより得られる位相情報で評価することを特徴とする請求項1記載の固体物質の観察方法。
【請求項3】
前記半固体状物質はグリースであることを特徴とする請求項1または2記載の固体物質の観察方法。
【請求項4】
前記固体物質は前記グリース中に存在する増ちょう剤であることを特徴とする請求項3記載の固体物質の観察方法。
【請求項5】
グリース中に存在する増ちょう剤の分散状態を前記グリースのままで原子間力顕微鏡のタッピングモードにて観察するステップと、
前記原子間力顕微鏡にて観察された前記増ちょう剤の分散状態に基づいて、前記グリースの性能を評価するステップとを備えることを特徴とするグリースの評価方法。
【請求項6】
グリース中に存在する増ちょう剤の分散状態を前記グリースのままで原子間力顕微鏡のタッピングモードにて観察するステップと、
前記原子間力顕微鏡にて観察された前記増ちょう剤の分散状態に基づいて、前記グリースの性能を評価するステップと、
前記評価に基づいて製造されたグリースを潤滑剤として軸受に封入するステップとを備えることを特徴とする軸受の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−14547(P2009−14547A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−177377(P2007−177377)
【出願日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】