固体高分子形燃料電池用触媒、それを使用した電極および電池
【課題】耐久性能があり、高出力な固体高分子電解質形燃料電池(PEFC)を実現可能な触媒を提供すること。
【解決手段】炭素質材料10と陽イオン交換樹脂9と触媒金属粒子11とを含み、前記触媒金属粒子11は前記炭素質材料10と前記陽イオン交換樹脂9のプロトン伝導経路13との接触面に主として担持されている燃料電池用触媒であって、前記陽イオン交換樹脂9の厚さ(A)および前記触媒金属粒子11の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たすことを特徴とする燃料電池用触媒。
【解決手段】炭素質材料10と陽イオン交換樹脂9と触媒金属粒子11とを含み、前記触媒金属粒子11は前記炭素質材料10と前記陽イオン交換樹脂9のプロトン伝導経路13との接触面に主として担持されている燃料電池用触媒であって、前記陽イオン交換樹脂9の厚さ(A)および前記触媒金属粒子11の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たすことを特徴とする燃料電池用触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)の単セルは、膜/電極接合体(MEA)を一対のガスフロープレートで挟持した構造である。膜/電極接合体は、高分子電解質膜の一方の面にアノード、もう一方の面にカソードを接合したものである。ガスフロープレートにはガス流路が加工されており、たとえば、アノードに燃料として水素、カソードに酸化剤として酸素を供給することによって、電力が得らえる。アノードおよびカソードでは、つぎのような電気化学反応が進行する。
アノード:2H2→4H++4e−・・・・・・・・・・(1)
カソード:O2+4H++4e−→2H2O・・・・・・(2)
【0003】
上記の電気化学反応は、酸素あるいは水素などの反応物質と、プロトン(H+)と電子(e−)とが存在する界面で進行する。そこで、PEFCにおけるアノードおよびカソードには、触媒金属、電子伝導体となる炭素質材料、およびプロトン伝導体となる高分子電解質である陽イオン交換樹脂の混合物が触媒層として用いられる。陽イオン交換樹脂相中には、親水性の交換基が水とともに集合したプロトン伝導経路(イオンクラスターまたはクラスターとも呼ばれる)が形成され、プロトンのみならず、反応活物質であるガス(水素または酸素)およびカソード反応の生成物である水の移動経路となっている。
【0004】
特許文献1には、触媒金属である白金の微粒子を、上記電気化学反応の場となるカーボン粒子と高分子電解質のクラスターとの接触面に主として担持させたPEFC用触媒粉末および電極が開示されている。高価な触媒金属の利用率が飛躍的に向上し、その使用量が少なくても高性能な燃料電池を実現している。また、白金微粒子などの触媒物質の平均粒径が2〜4nmであることが好ましいことが開示されている。
【0005】
特許文献2には、陽イオン交換樹脂は炭素質材料表面の少なくとも一部を被覆していることが好ましく、炭素質材料を被覆している陽イオン交換樹脂の厚さは4nm以上300nm以下であることが好ましいことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−12041号公報
【特許文献2】特開2003−257439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示された触媒粉末を使用したPEFCでは、時として、自動車用途に必要な高出力が得られない、または耐久性能が不十分であるという問題があった。そこで、本発明の課題は、耐久性能があり、高出力であるPEFCを実現可能な触媒を提供し、併せてそれを用いた電極およびPEFCを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の燃料電池用触媒は、炭素質材料と、固体高分子電解質である陽イオン交換樹脂と、触媒金属粒子とを含み、前記触媒金属粒子は前記炭素質材料と前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接触面に主として担持されている燃料電池用触媒であって、前記陽イオン交換樹脂の厚さ(A)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たすことを特徴とする。
触媒金属粒子が炭素質材料と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接触面に主として担持されることによって、高価な触媒金属の利用率が飛躍的に向上し、その使用量が低減できる。また、陽イオン交換樹脂の厚さAと触媒金属粒子の粒径Bが、B≦Aの関係を満たすことにより耐久性能があり、かつ、A≦B×1.2の関係を満たすことにより高出力なPEFCを実現することができる。
【0009】
本発明の他の実施形態においては、さらに、前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路の径(D)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、D≦B、の関係を満たすことを特徴とする。これにより、燃料電池の耐久性能をさらに向上させることができる。
【0010】
本発明の他の実施形態においては、前記炭素質材料はカーボン粒子であることを特徴とする。また、前記触媒金属は白金族金属、2以上の白金族金属の合金、または1以上の白金族金属とその他の金属との合金であることを特徴とする。
【0011】
本発明の燃料電池用電極は、上記本発明の燃料電池用触媒を用いたものである。
【0012】
本発明の燃料電池は、上記本発明の燃料電池用電極を用いたものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のPEFC用触媒またはPEFC用電極を使用したPEFC、および本発明のPEFCによれば、高価な触媒金属の利用率は高く、かつ、より高い出力およびより優れた耐久性能が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一般的なPEFCのセル構造を示す模式図。
【図2】本発明の一実施形態に係るカーボン粒子表面近傍の状態を示す概念図。
【図3】製造条件の違いによる陽イオン交換樹脂厚さの変化を示す図。
【図4】製造条件の違いによる陽イオン交換樹脂厚さの変化を示す図。
【図5】陽イオン交換樹脂厚さ/触媒金属粒子径と耐久性能との関係を示す図。
【図6】陽イオン交換樹脂厚さ/触媒金属粒子径とセル電圧との関係を示す図。
【図7】触媒金属粒子径/クラスター径と耐久性能との関係を示す図。
【図8】従来の触媒のカーボン粒子表面近傍の状態を示す概念図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、一般的なPEFCのセル構造を示す模式図である。高分子電解質膜4の一方の面にアノード3を、もう一方の面にカソード2を接合し、これを一対のガスフロープレート5で挟持している。アノード3およびカソード2は、それぞれ触媒層7とガス拡散層6とからなる。触媒層7は、固体高分子電解質9と触媒である貴金属を担持したカーボン粒子8を含んでいる。貴金属担持カーボン粒子8同士は互いに接触しており、表面の一部が高分子電解質9に被覆されている。ガスフロープレート5にはガス流路が加工されており、たとえば、アノード3に燃料として水素、カソード2に酸化剤として酸素を供給することによって、電力が得らえる。ガスフロープレート5にはカーボンペーパーなどが用いられる。
【0016】
図2は、本発明の一実施形態に係る触媒に含まれるカーボン粒子の表層の状態を示す概念図である。カーボン粒子10表面の陽イオン交換樹脂相9にはフルオロカーボン骨格12およびプロトン伝導経路であるクラスター13が形成されている。クラスター13は陽イオン交換樹脂の親水性の交換基が水とともに集合した領域で、H.L.Yeager等の報告(J.Electrochem.Soc.,128, 1880(1981))および、小久見等の報告( J.Electrochem.Soc.,132, 2601(1985))にも記載されているように、プロトンはもちろん、反応活物質であるガス(水素または酸素)およびカソードの生成物である水の伝導経路となる。触媒金属11は、電子伝導体であるカーボン粒子10とクラスター13との接触面に主として担持されている。
【0017】
本発明に用いられる炭素質材料としては、アセチレンブラック、ファーネスブラック、チャンネルブラックなどのカーボンブラック、活性炭、炭素繊維など、電子伝導性を有する各種炭素質材料を用いることができる。炭素質材料は、粒子状、繊維状などの形態のものを用いることができるが、製造工程における分散の容易性などの点から、粒子状のものが好ましい。
【0018】
本発明における固体高分子電解質の材料としては、陽イオン交換樹脂であってプロトン伝導性を有する樹脂、たとえばパーフルオロカーボンスルホン酸形あるいはスチレン−ジビニルベンゼンスルホン酸形陽イオン交換樹脂を好適に用いることができる。
なお、陽イオン交換樹脂の飽和含水率はEW値によって異なる。陽イオン交換樹脂のEW値とは、プロトン伝導性を有するイオン交換基の当量重量を表している。当量重量は、イオン交換基1当量あたりの陽イオン交換膜または陽イオン交換樹脂の乾燥重量であり、「g/eq」で表され、EW値が小さくなるにしたがってイオン交換基が増加する。つまり、EW値が小さくなるにしたがってプロトン伝導性が高くなり、かつ親水性も高くなる。本発明における陽イオン交換樹脂のEW値は、700〜1150の範囲であることが好ましい。EW値がこれより小さいと、陽イオン交換樹脂の強度が不十分であり、EW値がこれより大きいと陽イオン交換基の量が少なくなることによって触媒の含有率が小さくなる。
【0019】
カーボン粒子表面を陽イオン交換樹脂で被覆する方法としては、例えば、カーボン粒子と陽イオン交換樹脂溶液とを含むスラリーを撹拌し、超音波を照射して分散を促進したのち、そのスラリーを噴霧乾燥することができる。これにより、陽イオン交換樹脂とカーボン粒子を含み、陽イオン交換樹脂がカーボン粒子表面を一部被覆した粉末が得られる。
なお、イオン交換樹脂は完全には溶媒には溶けないことが多いので、本明細書中においてイオン交換樹脂溶液とは、真の溶液だけでなく、イオン交換樹脂がコロイドとして分散しているものも含む。
【0020】
本発明の電極において用いられる触媒物質としては、前述の電気化学反応を促進する種々の物質を用いることができる。そのうち、白金属元素、すなわちルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金、およびその合金が好適に用いられ、白金およびその合金が特に好適に用いられる。白金の合金の例としては、耐CO被毒特性が高い触媒として、Pt−Ru、Pt−Sn、Pt−Pd、Pt−Mn、Pt−Co、Pt−Ni、Pt−Fe合金触媒などが知られている。
【0021】
本発明においては、主としてカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に、触媒金属粒子が担持される。燃料電池の電気化学反応はカーボンの表面とクラスターとの接面の触媒金属上で進行するので、その接面に担持された触媒金属量が全触媒金属担持量の50質量%を越えることが、触媒金属利用率が高いので好ましい。さらにきわめて少ない触媒金属担持量でありながら高い活性を示すためには、カーボン粒子表面とクラスターとの接面に担持された触媒金属量が全触媒金属担持量の80質量%以上であることが好ましく、90質量%を超えていることがさらに好ましい。
【0022】
触媒金属粒子を主としてカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に担持させる方法としては、陽イオン交換樹脂で被覆されたカーボン粒子を触媒となる金属の化合物を含む水溶液に浸漬することによって、触媒金属を含むイオンをイオン交換樹脂のクラスター部にイオン交換反応により吸着させ、必要に応じて水洗浄によって余分なイオンを洗い流して、その後に触媒金属を還元析出させる方法を用いることができる。
触媒金属の化合物としては種々の塩、錯塩を用いることができる。触媒金属として複数の元素からなる合金を担持させる場合は、いくつかの化合物を混合して用いてもよいし、複塩を用いてもよい。例えば、陽イオン交換樹脂で被覆されたカーボン粒子を、[Pt(NH3)4]Cl2水溶液中に浸漬することにより、[Pt(NH3)4]2+イオンが陽イオン交換樹脂のクラスター部分にイオン交換反応により吸着する。水洗浄によって余分な[Pt(NH3)4]2+イオンを洗い流して、その後にPtを還元析出させることができる。また、例えばPt−Ru合金を担持させたい場合には、[Pt(NH3)4]Cl2と[Ru(NH3)5]Cl3を含む水溶液を用いることができる。
【0023】
触媒金属元素の陽イオンを化学的に還元する方法としては、還元剤を用いることができる。この方法の場合、還元剤の種類、還元圧力、還元剤濃度、還元時間、還元温度を調整することによって、炭素質材料表面の付近に存在する金属元素の陽イオンを優先的に還元することが好ましい。例えば、還元剤として水素を用いた場合、還元温度を調整することによって、金属元素の陽イオンのうち、炭素質材料表面付近のものを選択的に還元することができる。この現象は、炭素質材料が金属元素の陽イオンの還元反応に対する触媒活性を備えていることを利用したものである。
【0024】
使用できる還元剤としては、水素、硫化水素、ヨウ化水素、ヨウ素イオンなどの非金属のイオン、一酸化炭素や二酸化硫黄などの低級酸化物、ホスフィン酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、水素化ホウ素ナトリウムやテトラヒドロアルミン酸リチウムなどの水素化物、ヒドラジン、ジイミド、ギ酸、アルデヒド、糖類などがある。とくに、量産に適していることから、水素またはヒドラジンを含むガスが好ましい。この水素は、窒素、ヘリウムまたはアルゴンなどの不活性ガスとの混合ガス(水素混合ガス)として用いられることが好ましく、そして、この水素混合ガスの水素の含有量は10体積%以上であることが好ましい。
【0025】
さらに、還元温度は、陽イオン交換樹脂の劣化を防ぐために、陽イオン交換樹脂の分解温度よりも低いことが好ましい。たとえば、陽イオン交換樹脂がパーフルオロカーボンスルホン酸形の陽イオン交換樹脂である場合、陽イオン交換樹脂の分解温度280℃より低い温度で還元することによって、樹脂の劣化を抑えることができる。還元剤として水素ガスまたは水素混合ガスを用いる場合、還元温度条件は100℃以上、200℃以下であることが好ましい。
【0026】
貴金属粒子の担持量を増やすためには、貴金属錯イオンの吸着から還元処理までの工程を繰り返す方法を用いることができる。
所定回数の還元処理をした後、貴金属担持カーボン粒子を分離・回収し、必要に応じて洗浄し、乾燥することによって、PEFC用触媒粉末が得られる。
【0027】
さて、本発明においては、高分子電解質の厚さ(A)と触媒金属粒子の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たす。また、本発明の好ましい実施態様においては、固体電解質のプロトン伝導経路の径(D)および触媒金属粒子の粒子径(B)は、D≦B、の関係を有する。以下に、これらの値をどのように決定するかについて説明する。
【0028】
本発明において、炭素質材料を被覆したイオン交換樹脂層の厚さ(A)とは、以下に述べる方法によって求める厚さをいう。
まず電極の電気二重層容量を測定して、イオン交換樹脂のカーボン被覆率を求める。イオン交換膜(固体高分子膜、電解質)の一方の面に目的とする電極(WE)を、他の面に対極(CE)を接合して一体化した膜/電極接合体 (MEA)を備える燃料電池を製作し、加湿温度を変えることで所定の相対湿度に調整した窒素および水素をWEおよびCEに流しながら、ポテンショスタットを用いて、掃引速度0.05V/sで、0.05Vから0.8VvsRHEの範囲でWEの電位をCEに対して掃引して、サイクリックボルタモグラムを得る。その0.4VvsRHEにおける電流値(アノード電流とカソード電流の平均値)(単位:A)を掃引速度(単位:V/s)で割ることにより、所定の相対湿度における電気二重層容量(単位:F)を得る。なお、本発明者らは、北斗電工株式会社製、電気化学測定システムHZ−3000を用いて測定を行った。
イオン交換樹脂のカーボン被覆率(CR)は、相対湿度30%における電気二重層容量を、相対湿度100%における電気二重層容量で除して求める。
【0029】
イオン交換樹脂層の厚さA(単位:cm)は、次式で求められる。
A=(WP×DP)/(WC×SC×CR)
ここで、WPは電極1cm2あたりに含まれるイオン交換樹脂量(単位:g)
DPはイオン交換樹脂の密度(単位:cm3/g)
WCは電極1cm2あたりに含まれるカーボン担体量(単位:g)
SCはカーボン担体のBET比表面積(単位:cm2/g)
CRは電気二重層容量の測定から求めたイオン交換樹脂のカーボン被覆率(単位:無次元)を表す。
BET比表面積は、BET法により、N2ガスの吸着によって測定する。測定にあたっては、前処理として、物理吸着した物質を脱ガス処理によって試料表面から取り除く必要がある。前処理の条件は、熱重量分析や時間と温度の異なる脱ガス条件を用いた予備実験によって定めることができる。
【0030】
ここで、本発明者らは、イオン交換樹脂層の厚さAの値が製造条件によって大きく変動することを見いだしたので、以下に説明する。
【0031】
各種カーボン粉末について、超音波照射時間とカーボン表面の高分子電解質厚さの関係を調査した。表1に主な実験条件、図3に結果を示す。
試料は次の通りに調製した。カーボン粒子として、C1(東海カーボン株式会社製、粒子径25nm、BET比表面積90m2/g)、C2(キャボット・コーポレーション製、粒子径30nm、BET比表面積254m2/g)、C3(ケッチェン・ブラック・インターナショナル株式会社製、粒子径30nm、BET比表面積800m2/g)を使用した。イオン交換樹脂溶液として、P1(5質量%溶液、残部はエタノール75質量%、水20質量%)をエタノールで2倍に希釈して使用した。カーボン粒子とイオン交換樹脂溶液を所定の質量比になるように秤量し、200ミリリットルのビーカーに入れて、磁気スターラーで1分間撹拌し、超音波を所定時間照射したのちに、そのスラリーを噴霧乾燥した。
超音波照射には、市販の超音波分散機を使用することができる。本発明者らは、SMT株式会社製UH−600SR(発振周波数20kHz±10%、出力600W)を用いた。照射条件は、別途記載がなければ、0.5秒照射・0.5秒休止の間欠照射を行った。以下に照射時間を示す場合は、間欠照射の休止時間を含めて示した。
図3より、イオン交換樹脂の厚さAは、カーボン粒子の種類、高分子電解質溶液の濃度、超音波分散処理時間によって、大きく変動することが分かった。
【0032】
【表1】
【0033】
次に、カーボン粒子とイオン交換樹脂の配合割合、およびイオン交換樹脂溶液の濃度が高分子電解質厚さに及ぼす影響を調査した。表2に主な実験条件、図4に結果を示す。
試料は次の通りに調製した。カーボン粒子としてC1を使用し、イオン交換樹脂溶液としてP1の5質量%溶液または、これをエタノールで2倍に希釈した2.5質量%のものを使用した。カーボンとイオン交換樹脂とを所定の質量比になるように秤量して、200ミリリットルのビーカーに入れて、磁気スターラーで1分間撹拌し、超音波をスラリー1ミリリットル当たり1秒間照射したのちに、そのスラリーを噴霧乾燥した。
図4より、イオン交換樹脂溶液濃度が2.5質量%、5質量%のいずれの場合にも、イオン交換樹脂配合割合が大きいほどイオン交換樹脂厚さは大きくなるが、両者は単純な比例関係にはないことが分かる。また、イオン交換樹脂の配合割合が同じでも、高分子電解質溶液濃度が高いほどイオン交換樹脂厚さは大きくなるが、両者は単純な比例関係にはないことが分かる。
【0034】
【表2】
【0035】
以上の通り、イオン交換樹脂の厚さ(A)は、カーボン粒子の種類、カーボンとイオン交換樹脂との配合割合、イオン交換樹脂溶液の濃度、超音波分散の時間等の製造条件に大きく依存する。さらに、その依存性は単純な関数では与えられない。したがって、カーボンの種類やイオン交換樹脂の配合率、簡単な混合条件のみが示されただけでは、イオン交換樹脂層の厚さを予想することはできないことが分かる。言い換えると、実際に得られたイオン交換樹脂層の厚さは、実際に測定してみなければ、容易には予想できないことが分かる。
【0036】
本発明において、触媒金属粒子の粒子径(B)とは、X線回折(XRD)測定の結果からシェラーの式(数1)を利用して求めた結晶子径をいう。
触媒貴金属を担持させたカーボン粒子について、光源としてCuKα線を用い、走査範囲60〜75度(2θ)、走査速度0.2度/分の条件でXRD測定を行い、面心立方構造の(220)面または六方稠密構造の(110)面に帰属するピークの位置および半価幅を求める。例えば、白金の場合には面心立法構造を取るので(220)面に帰属するピークの位置(2θ=67.5度、合金の場合は高角度側にシフトする)およびピークの半価幅を求める。ルテニウムとオスミウムの場合には六方稠密構造を取るので(110)面に帰属するピークの位置(ルテニウムでは2θ=69.4度、オスミウムでは2θ=68.6度)および半価幅を求める。ここで半価幅とは、半値全幅(FWHM)をいう。以上の測定結果から、シェラーの式によって結晶子径dを求め、これを本発明における貴金属の粒子径Bとする。
【数1】
ここで、dは結晶子径(単位:nm)
Kはシェラーの定数(=0.94とする)
λはX線の波長(CuKα線では0.1541841nm)
βは半価幅(単位:ラジアン)
θは回折X線のブラッグ角(単位:度)
である。
【0037】
本発明において、クラスター径とは、X線小角散乱法(SAXS)によって測定した値をいう。
クラスター径は、T.D.Gierkeらの研究(J.Membrane Sci.,13,307(1983))によれば、代表的なパーフルオロカーボンスルホン酸形のイオン交換樹脂膜(デュポン株式会社、Nafion−112)ではプロトン伝導経路であるクラスターの直径は4nm程度である。クラスター径は、イオン交換樹脂の骨格となる樹脂の種類やイオン交換容量を変えることによって制御することができる。
【0038】
電池の作製には、周知の方法を用いることができる。例えば、上記の通りに得られた、カーボン粒子、高分子電解質、触媒金属粒子を含む触媒粉末を高分子電解質膜の両面にコーティングして膜/電極接合体(MEA)を作製し、これを一対のガスフロープレートで挟持すればよい。高分子電解質膜およびガスフロープレートには、周知の材料を用いることができる。
【0039】
得られた触媒粉末の評価は、発電試験および活性表面積の測定により行うことができる。
触媒粉末を、単位面積当たりのPt量が0.4mg/cm2になるようにイオン交換膜の両面に塗工・接合し、PEFCホルダーに組み込んだ後に、H2/空気中での100mA/cm2発電試験を行い、出力の指標としてセル電圧を測定した。
発電試験方法の詳細を説明すると、セルの温度を外部ヒータで70℃に調整し、アノードに65℃で加湿した水素(ガス利用率70%、背圧0.1MPa)を、カソードに65℃で加湿した空気(酸素ガス利用率40%、背圧0.1MPa)を供給し、電子負荷で発電電流密度を300mA/cm2に調整し、セル電圧を測定した。
【0040】
さらに、そのセルを用いて電位サイクル試験(0.6〜1.0VvsRHE、3万サイクル、室温)を実施し、耐久性能の指標としてサイクル試験前後の活性表面積を測定した。
活性表面積の測定は、次の通りである。イオン交換膜の一方の面に目的とする電極(WE)を、他の面に対極(CE)を接合したMEAを備える燃料電池を製作し、25℃、相対湿度100%に調整した窒素および水素をWEおよびCEに流しながら、北斗電工株式会社、電気化学測定システム(HZ−3000)を用いて、掃引速度0.05V/sで0.05Vから0.2VvsRHEの範囲でWEの電位をCEに対して掃引して、サイクリックボルタモグラムを得る。そのボルタモグラムの50〜200mVvsRHEに現れる吸着水素の脱離に起因する電気量を用いて、次式により、白金の初期の活性表面積(AS0)を算出した。
AS=(Q×1000)/(210×M×S)
ここで、ASは白金の電気化学的活性表面積(単位:cm2/mg)
Qは水素脱離電気量(単位:μC)
210は1cm2の平滑な白金板表面に単原子水素が吸着する電気量(単位:μC/cm2)
Mは電極面積あたりの白金担持量(単位:mg/cm2)
Sは電極面積(単位:cm2)
を表す。
続いて、掃引速度0.50V/sで0.60Vから1.0VvsRHEの範囲でWEの電位をCEに対して3万回の掃引を繰り返すことによって行ったのちに、再度活性表面積(AS30000)を初期の活性表面積(AS0)と同様に測定した。さらに、活性表面積の維持率を次の式により求めた。
活性表面積の維持率(%)=(AS30000/AS0)×100
【実施例】
【0041】
〔Pt粒子径が6nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液80g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=60/40)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥して、カーボンと陽イオン交換樹脂を含む粉末を得た。ここで、超音波照射時間を変化させることによって、陽イオン交換樹脂層の厚さを制御し、陽イオン交換樹脂の厚さが異なる6種類の粉末を得た。
その粉末を、50mmol/リットルの濃度のテトラアンミン白金(II)ジクロライド[Pt(NH3)4]Cl2水溶液500ミリリットルに6時間浸漬し、[Pt(NH3)4]2+イオンを陽イオン交換樹脂のイオンクラスターに吸着させた。粉末を吸引ろ過・回収し、0.5mol/リットルの硫酸で洗浄し、純水で洗浄し、80℃で乾燥した。これを150℃の水素気流中に4時間保持して、Ptを還元析出させた。ここで、吸着〜還元までの処理を、Pt粒子径が6nmとなるまで繰り返した。
【0042】
次に、得られた粉末3gとN−メチル−2−ピロリドン(NMP)1gとを混合し、それをフッ素樹脂フィルムに塗布したのちに、80℃で30分間乾燥し、ホットプレスで電解質膜の両面に接合して、膜/電極接合体(MEA)を作製した。
MEAの作製は、以下の各種触媒についても同じ方法で行った。
【0043】
〔Pt粒子径が3nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液30g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=80/20)を用い、その後は〔Pt粒子径が6nmである触媒〕と同じ処理をし、陽イオン交換樹脂の厚さが異なる6種類の粉末にPt微粒子を担持した触媒粉末を得た。ただし、吸着〜還元までの処理は、Pt粒子径が3nmとなるまで繰り返した。
【0044】
〔従来法によるPt粒子径が6nmである触媒〕
カーボン粒子に予めPtを担持した触媒(Pt粒子径=6nm、Pt担持率=50質量%)6gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液80g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=60/40)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥した。ここで、超音波照射時間を変化させることによって、陽イオン交換樹脂層の厚さを制御し、陽イオン交換樹脂の厚さが異なる6種類の粉末を得た。
【0045】
以上の試料について、耐久性能とセル電圧を評価した。
図5には、イオン交換樹脂厚さ(A)/Pt粒子径(B)の比が、電位サイクル試験後の活性表面積維持率に及ぼす影響を示す。図では、Pt粒子径が6nmである触媒、Pt粒子径が3nmである触媒、従来法によるPt粒子径が6nmである触媒について、それぞれA/B=1の場合の維持率を1.0として図に示した。
図5から、Pt粒子がカーボン粒子とイオン交換樹脂のクラスターの接触面に主として担持されている触媒の場合には、活性表面積維持率は、A/B≧1の場合に高く、A/Bが1より小さくなると急激に低くなっている。A/Bが小さいほど表面活性維持率が低くなることは、イオン交換樹脂のクラスターに位置するPt粒子の一部がイオン交換樹脂から露出する結果溶出しやすくなることに起因すると、定性的には説明することができる。また、Pt粒子がイオン交換樹脂から露出していない場合でも、Ptの一部は溶出・再析出を繰り返していると考えられるが、Pt粒子からイオン交換樹脂表面までの距離が短いと、溶出したPtがイオン交換樹脂の外に拡散してしまい、再析出しない割合が増えるものと考えられる。
一方、従来法による触媒では、顕著な影響は見られない。これは、従来法による触媒では、イオン交換樹脂のPtへの被覆状態がルーズであり、もともとPtがしっかりと樹脂で包含されていないので、Ptの溶出により生成したPtイオンが、イオン交換樹脂の隙間から簡単に拡散する結果、A/Bの比の影響が小さいのであると考えられる(図8参照)。
すなわち、A/Bの比が電位サイクル試験後の活性表面積維持率に強く影響する、このような関係は、触媒金属粒子がカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に主として担持されている触媒に特有の現象であるといえる。
【0046】
図6に、図5と同じ試料について、イオン交換樹脂厚さ(A)/Pt粒子径(B)の比が、セル電圧に及ぼす影響を示す。
図6から、Pt粒子がカーボン粒子とイオン交換樹脂のクラスターの接触面に主として担持されている触媒の場合には、セル電圧は、A/B≦1.2の場合に高く、A/Bが1.2より大きくなると急激に低くなっている。A/Bが大きいほどセル電圧が低くなることは、イオン交換樹脂のクラスターに位置するPt粒子が、イオン交換樹脂表面から大きく埋没するために、反応ガスである酸素が、反応場であるPt粒子表面に到達することが困難であることによるものと考えられる。
一方、従来法による触媒では、顕著な影響は見られない。これは、従来法による触媒では、イオン交換樹脂のPtへの被覆状態がルーズであり、もともとPtがしっかりと樹脂で包含されていないので、酸素がダイレクトにPt表面に到達することができる結果、A/Bの比の影響が小さいのであると考えられる(図8参照)。
すなわち、A/Bの比がセル電圧に強く影響する、このような関係は、触媒金属粒子がカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に主として担持されている触媒に特有の現象であるといえる。
【0047】
〔クラスター径3.5nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液57g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=68/32)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥して、カーボンと陽イオン交換樹脂を含む粉末を得た。得られた粉末は、前述の電気二重層容量測定法により、イオン交換樹脂の厚さは3.8nmで、前述のSAXS測定により、クラスター径は3.5nmであった。
その粉末を、50mmol/リットルの濃度のテトラアンミン白金(II)ジクロライド[Pt(NH3)4]Cl2水溶液500ミリリットルに6時間浸漬し、[Pt(NH3)4]2+イオンを陽イオン交換樹脂のイオンクラスターに吸着させた。粉末を吸引ろ過・回収し、0.5mol/リットルの硫酸で洗浄し、純水で洗浄し、80℃で乾燥した。これを150℃の水素気流中に4時間保持して、Ptを還元析出させた。ここで、吸着〜還元までの処理の繰り返し回数を変えることにより、Pt粒子径が異なる6種類の粉末を得た。
【0048】
〔クラスター径が5nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂P2(5質量%溶液、残部は1−プロパノール48質量%、水45質量%、その他2質量%)をエタノールで2倍に希釈した溶液80g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=60/40)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥して、カーボンと陽イオン交換樹脂を含む粉末を得た。得られた粉末は、前述の電気二重層容量測定法により、イオン交換樹脂の厚さは5.3nmで、前述のSAXS測定により、クラスター径は5nmであった。
その後は〔クラスター径が3.5nmである触媒〕と同じ処理を行い、吸着〜還元までの処理の繰り返し回数を変えることによって、Pt粒子径が異なる6種類の粉末を得た。
【0049】
図7に、Pt粒子径(B)/クラスター径(D)の比が、電位サイクル試験後の活性表面積維持率に及ぼす影響を示す。いずれもPt粒子がカーボン粒子とイオン交換樹脂のクラスターの接触面に主として担持されている触媒で、クラスター径が3.5nmのもの、同じく5nmのものについて、それぞれB/D=1の場合の維持率を1.0として図に示した。
図7に示すように、活性表面積維持率は、B/D≧1.0の場合に高い。このことは、B≧Dの場合は、そのクラスター内で溶解して生成したPtイオンが、クラスター壁面に備わっているイオン交換基に吸着したのちに、再び微粒子上に還元により析出して戻る割合が比較的多いのに対して、B<Dの場合は、クラスター壁面に吸着したイオンとPt表面とが離れていることから、微粒子上への還元・再析出が比較的困難なことによるものと推定される。
【符号の説明】
【0050】
1 高分子電解質燃料電池セル
2 カソード
3 アノード
4 高分子電解質メンブレン
5 ガスフロープレート
6 ガス拡散層
7 触媒層
8 貴金属担持カーボン粒子
9 高分子電解質(イオン交換樹脂)
10 カーボン粒子
11 貴金属微粒子
12 フルオロカーボン骨格
13 プロトン伝導経路(クラスター)
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(PEFC)の単セルは、膜/電極接合体(MEA)を一対のガスフロープレートで挟持した構造である。膜/電極接合体は、高分子電解質膜の一方の面にアノード、もう一方の面にカソードを接合したものである。ガスフロープレートにはガス流路が加工されており、たとえば、アノードに燃料として水素、カソードに酸化剤として酸素を供給することによって、電力が得らえる。アノードおよびカソードでは、つぎのような電気化学反応が進行する。
アノード:2H2→4H++4e−・・・・・・・・・・(1)
カソード:O2+4H++4e−→2H2O・・・・・・(2)
【0003】
上記の電気化学反応は、酸素あるいは水素などの反応物質と、プロトン(H+)と電子(e−)とが存在する界面で進行する。そこで、PEFCにおけるアノードおよびカソードには、触媒金属、電子伝導体となる炭素質材料、およびプロトン伝導体となる高分子電解質である陽イオン交換樹脂の混合物が触媒層として用いられる。陽イオン交換樹脂相中には、親水性の交換基が水とともに集合したプロトン伝導経路(イオンクラスターまたはクラスターとも呼ばれる)が形成され、プロトンのみならず、反応活物質であるガス(水素または酸素)およびカソード反応の生成物である水の移動経路となっている。
【0004】
特許文献1には、触媒金属である白金の微粒子を、上記電気化学反応の場となるカーボン粒子と高分子電解質のクラスターとの接触面に主として担持させたPEFC用触媒粉末および電極が開示されている。高価な触媒金属の利用率が飛躍的に向上し、その使用量が少なくても高性能な燃料電池を実現している。また、白金微粒子などの触媒物質の平均粒径が2〜4nmであることが好ましいことが開示されている。
【0005】
特許文献2には、陽イオン交換樹脂は炭素質材料表面の少なくとも一部を被覆していることが好ましく、炭素質材料を被覆している陽イオン交換樹脂の厚さは4nm以上300nm以下であることが好ましいことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−12041号公報
【特許文献2】特開2003−257439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示された触媒粉末を使用したPEFCでは、時として、自動車用途に必要な高出力が得られない、または耐久性能が不十分であるという問題があった。そこで、本発明の課題は、耐久性能があり、高出力であるPEFCを実現可能な触媒を提供し、併せてそれを用いた電極およびPEFCを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の燃料電池用触媒は、炭素質材料と、固体高分子電解質である陽イオン交換樹脂と、触媒金属粒子とを含み、前記触媒金属粒子は前記炭素質材料と前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接触面に主として担持されている燃料電池用触媒であって、前記陽イオン交換樹脂の厚さ(A)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たすことを特徴とする。
触媒金属粒子が炭素質材料と陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接触面に主として担持されることによって、高価な触媒金属の利用率が飛躍的に向上し、その使用量が低減できる。また、陽イオン交換樹脂の厚さAと触媒金属粒子の粒径Bが、B≦Aの関係を満たすことにより耐久性能があり、かつ、A≦B×1.2の関係を満たすことにより高出力なPEFCを実現することができる。
【0009】
本発明の他の実施形態においては、さらに、前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路の径(D)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、D≦B、の関係を満たすことを特徴とする。これにより、燃料電池の耐久性能をさらに向上させることができる。
【0010】
本発明の他の実施形態においては、前記炭素質材料はカーボン粒子であることを特徴とする。また、前記触媒金属は白金族金属、2以上の白金族金属の合金、または1以上の白金族金属とその他の金属との合金であることを特徴とする。
【0011】
本発明の燃料電池用電極は、上記本発明の燃料電池用触媒を用いたものである。
【0012】
本発明の燃料電池は、上記本発明の燃料電池用電極を用いたものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のPEFC用触媒またはPEFC用電極を使用したPEFC、および本発明のPEFCによれば、高価な触媒金属の利用率は高く、かつ、より高い出力およびより優れた耐久性能が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一般的なPEFCのセル構造を示す模式図。
【図2】本発明の一実施形態に係るカーボン粒子表面近傍の状態を示す概念図。
【図3】製造条件の違いによる陽イオン交換樹脂厚さの変化を示す図。
【図4】製造条件の違いによる陽イオン交換樹脂厚さの変化を示す図。
【図5】陽イオン交換樹脂厚さ/触媒金属粒子径と耐久性能との関係を示す図。
【図6】陽イオン交換樹脂厚さ/触媒金属粒子径とセル電圧との関係を示す図。
【図7】触媒金属粒子径/クラスター径と耐久性能との関係を示す図。
【図8】従来の触媒のカーボン粒子表面近傍の状態を示す概念図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、一般的なPEFCのセル構造を示す模式図である。高分子電解質膜4の一方の面にアノード3を、もう一方の面にカソード2を接合し、これを一対のガスフロープレート5で挟持している。アノード3およびカソード2は、それぞれ触媒層7とガス拡散層6とからなる。触媒層7は、固体高分子電解質9と触媒である貴金属を担持したカーボン粒子8を含んでいる。貴金属担持カーボン粒子8同士は互いに接触しており、表面の一部が高分子電解質9に被覆されている。ガスフロープレート5にはガス流路が加工されており、たとえば、アノード3に燃料として水素、カソード2に酸化剤として酸素を供給することによって、電力が得らえる。ガスフロープレート5にはカーボンペーパーなどが用いられる。
【0016】
図2は、本発明の一実施形態に係る触媒に含まれるカーボン粒子の表層の状態を示す概念図である。カーボン粒子10表面の陽イオン交換樹脂相9にはフルオロカーボン骨格12およびプロトン伝導経路であるクラスター13が形成されている。クラスター13は陽イオン交換樹脂の親水性の交換基が水とともに集合した領域で、H.L.Yeager等の報告(J.Electrochem.Soc.,128, 1880(1981))および、小久見等の報告( J.Electrochem.Soc.,132, 2601(1985))にも記載されているように、プロトンはもちろん、反応活物質であるガス(水素または酸素)およびカソードの生成物である水の伝導経路となる。触媒金属11は、電子伝導体であるカーボン粒子10とクラスター13との接触面に主として担持されている。
【0017】
本発明に用いられる炭素質材料としては、アセチレンブラック、ファーネスブラック、チャンネルブラックなどのカーボンブラック、活性炭、炭素繊維など、電子伝導性を有する各種炭素質材料を用いることができる。炭素質材料は、粒子状、繊維状などの形態のものを用いることができるが、製造工程における分散の容易性などの点から、粒子状のものが好ましい。
【0018】
本発明における固体高分子電解質の材料としては、陽イオン交換樹脂であってプロトン伝導性を有する樹脂、たとえばパーフルオロカーボンスルホン酸形あるいはスチレン−ジビニルベンゼンスルホン酸形陽イオン交換樹脂を好適に用いることができる。
なお、陽イオン交換樹脂の飽和含水率はEW値によって異なる。陽イオン交換樹脂のEW値とは、プロトン伝導性を有するイオン交換基の当量重量を表している。当量重量は、イオン交換基1当量あたりの陽イオン交換膜または陽イオン交換樹脂の乾燥重量であり、「g/eq」で表され、EW値が小さくなるにしたがってイオン交換基が増加する。つまり、EW値が小さくなるにしたがってプロトン伝導性が高くなり、かつ親水性も高くなる。本発明における陽イオン交換樹脂のEW値は、700〜1150の範囲であることが好ましい。EW値がこれより小さいと、陽イオン交換樹脂の強度が不十分であり、EW値がこれより大きいと陽イオン交換基の量が少なくなることによって触媒の含有率が小さくなる。
【0019】
カーボン粒子表面を陽イオン交換樹脂で被覆する方法としては、例えば、カーボン粒子と陽イオン交換樹脂溶液とを含むスラリーを撹拌し、超音波を照射して分散を促進したのち、そのスラリーを噴霧乾燥することができる。これにより、陽イオン交換樹脂とカーボン粒子を含み、陽イオン交換樹脂がカーボン粒子表面を一部被覆した粉末が得られる。
なお、イオン交換樹脂は完全には溶媒には溶けないことが多いので、本明細書中においてイオン交換樹脂溶液とは、真の溶液だけでなく、イオン交換樹脂がコロイドとして分散しているものも含む。
【0020】
本発明の電極において用いられる触媒物質としては、前述の電気化学反応を促進する種々の物質を用いることができる。そのうち、白金属元素、すなわちルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金、およびその合金が好適に用いられ、白金およびその合金が特に好適に用いられる。白金の合金の例としては、耐CO被毒特性が高い触媒として、Pt−Ru、Pt−Sn、Pt−Pd、Pt−Mn、Pt−Co、Pt−Ni、Pt−Fe合金触媒などが知られている。
【0021】
本発明においては、主としてカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に、触媒金属粒子が担持される。燃料電池の電気化学反応はカーボンの表面とクラスターとの接面の触媒金属上で進行するので、その接面に担持された触媒金属量が全触媒金属担持量の50質量%を越えることが、触媒金属利用率が高いので好ましい。さらにきわめて少ない触媒金属担持量でありながら高い活性を示すためには、カーボン粒子表面とクラスターとの接面に担持された触媒金属量が全触媒金属担持量の80質量%以上であることが好ましく、90質量%を超えていることがさらに好ましい。
【0022】
触媒金属粒子を主としてカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に担持させる方法としては、陽イオン交換樹脂で被覆されたカーボン粒子を触媒となる金属の化合物を含む水溶液に浸漬することによって、触媒金属を含むイオンをイオン交換樹脂のクラスター部にイオン交換反応により吸着させ、必要に応じて水洗浄によって余分なイオンを洗い流して、その後に触媒金属を還元析出させる方法を用いることができる。
触媒金属の化合物としては種々の塩、錯塩を用いることができる。触媒金属として複数の元素からなる合金を担持させる場合は、いくつかの化合物を混合して用いてもよいし、複塩を用いてもよい。例えば、陽イオン交換樹脂で被覆されたカーボン粒子を、[Pt(NH3)4]Cl2水溶液中に浸漬することにより、[Pt(NH3)4]2+イオンが陽イオン交換樹脂のクラスター部分にイオン交換反応により吸着する。水洗浄によって余分な[Pt(NH3)4]2+イオンを洗い流して、その後にPtを還元析出させることができる。また、例えばPt−Ru合金を担持させたい場合には、[Pt(NH3)4]Cl2と[Ru(NH3)5]Cl3を含む水溶液を用いることができる。
【0023】
触媒金属元素の陽イオンを化学的に還元する方法としては、還元剤を用いることができる。この方法の場合、還元剤の種類、還元圧力、還元剤濃度、還元時間、還元温度を調整することによって、炭素質材料表面の付近に存在する金属元素の陽イオンを優先的に還元することが好ましい。例えば、還元剤として水素を用いた場合、還元温度を調整することによって、金属元素の陽イオンのうち、炭素質材料表面付近のものを選択的に還元することができる。この現象は、炭素質材料が金属元素の陽イオンの還元反応に対する触媒活性を備えていることを利用したものである。
【0024】
使用できる還元剤としては、水素、硫化水素、ヨウ化水素、ヨウ素イオンなどの非金属のイオン、一酸化炭素や二酸化硫黄などの低級酸化物、ホスフィン酸ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、水素化ホウ素ナトリウムやテトラヒドロアルミン酸リチウムなどの水素化物、ヒドラジン、ジイミド、ギ酸、アルデヒド、糖類などがある。とくに、量産に適していることから、水素またはヒドラジンを含むガスが好ましい。この水素は、窒素、ヘリウムまたはアルゴンなどの不活性ガスとの混合ガス(水素混合ガス)として用いられることが好ましく、そして、この水素混合ガスの水素の含有量は10体積%以上であることが好ましい。
【0025】
さらに、還元温度は、陽イオン交換樹脂の劣化を防ぐために、陽イオン交換樹脂の分解温度よりも低いことが好ましい。たとえば、陽イオン交換樹脂がパーフルオロカーボンスルホン酸形の陽イオン交換樹脂である場合、陽イオン交換樹脂の分解温度280℃より低い温度で還元することによって、樹脂の劣化を抑えることができる。還元剤として水素ガスまたは水素混合ガスを用いる場合、還元温度条件は100℃以上、200℃以下であることが好ましい。
【0026】
貴金属粒子の担持量を増やすためには、貴金属錯イオンの吸着から還元処理までの工程を繰り返す方法を用いることができる。
所定回数の還元処理をした後、貴金属担持カーボン粒子を分離・回収し、必要に応じて洗浄し、乾燥することによって、PEFC用触媒粉末が得られる。
【0027】
さて、本発明においては、高分子電解質の厚さ(A)と触媒金属粒子の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たす。また、本発明の好ましい実施態様においては、固体電解質のプロトン伝導経路の径(D)および触媒金属粒子の粒子径(B)は、D≦B、の関係を有する。以下に、これらの値をどのように決定するかについて説明する。
【0028】
本発明において、炭素質材料を被覆したイオン交換樹脂層の厚さ(A)とは、以下に述べる方法によって求める厚さをいう。
まず電極の電気二重層容量を測定して、イオン交換樹脂のカーボン被覆率を求める。イオン交換膜(固体高分子膜、電解質)の一方の面に目的とする電極(WE)を、他の面に対極(CE)を接合して一体化した膜/電極接合体 (MEA)を備える燃料電池を製作し、加湿温度を変えることで所定の相対湿度に調整した窒素および水素をWEおよびCEに流しながら、ポテンショスタットを用いて、掃引速度0.05V/sで、0.05Vから0.8VvsRHEの範囲でWEの電位をCEに対して掃引して、サイクリックボルタモグラムを得る。その0.4VvsRHEにおける電流値(アノード電流とカソード電流の平均値)(単位:A)を掃引速度(単位:V/s)で割ることにより、所定の相対湿度における電気二重層容量(単位:F)を得る。なお、本発明者らは、北斗電工株式会社製、電気化学測定システムHZ−3000を用いて測定を行った。
イオン交換樹脂のカーボン被覆率(CR)は、相対湿度30%における電気二重層容量を、相対湿度100%における電気二重層容量で除して求める。
【0029】
イオン交換樹脂層の厚さA(単位:cm)は、次式で求められる。
A=(WP×DP)/(WC×SC×CR)
ここで、WPは電極1cm2あたりに含まれるイオン交換樹脂量(単位:g)
DPはイオン交換樹脂の密度(単位:cm3/g)
WCは電極1cm2あたりに含まれるカーボン担体量(単位:g)
SCはカーボン担体のBET比表面積(単位:cm2/g)
CRは電気二重層容量の測定から求めたイオン交換樹脂のカーボン被覆率(単位:無次元)を表す。
BET比表面積は、BET法により、N2ガスの吸着によって測定する。測定にあたっては、前処理として、物理吸着した物質を脱ガス処理によって試料表面から取り除く必要がある。前処理の条件は、熱重量分析や時間と温度の異なる脱ガス条件を用いた予備実験によって定めることができる。
【0030】
ここで、本発明者らは、イオン交換樹脂層の厚さAの値が製造条件によって大きく変動することを見いだしたので、以下に説明する。
【0031】
各種カーボン粉末について、超音波照射時間とカーボン表面の高分子電解質厚さの関係を調査した。表1に主な実験条件、図3に結果を示す。
試料は次の通りに調製した。カーボン粒子として、C1(東海カーボン株式会社製、粒子径25nm、BET比表面積90m2/g)、C2(キャボット・コーポレーション製、粒子径30nm、BET比表面積254m2/g)、C3(ケッチェン・ブラック・インターナショナル株式会社製、粒子径30nm、BET比表面積800m2/g)を使用した。イオン交換樹脂溶液として、P1(5質量%溶液、残部はエタノール75質量%、水20質量%)をエタノールで2倍に希釈して使用した。カーボン粒子とイオン交換樹脂溶液を所定の質量比になるように秤量し、200ミリリットルのビーカーに入れて、磁気スターラーで1分間撹拌し、超音波を所定時間照射したのちに、そのスラリーを噴霧乾燥した。
超音波照射には、市販の超音波分散機を使用することができる。本発明者らは、SMT株式会社製UH−600SR(発振周波数20kHz±10%、出力600W)を用いた。照射条件は、別途記載がなければ、0.5秒照射・0.5秒休止の間欠照射を行った。以下に照射時間を示す場合は、間欠照射の休止時間を含めて示した。
図3より、イオン交換樹脂の厚さAは、カーボン粒子の種類、高分子電解質溶液の濃度、超音波分散処理時間によって、大きく変動することが分かった。
【0032】
【表1】
【0033】
次に、カーボン粒子とイオン交換樹脂の配合割合、およびイオン交換樹脂溶液の濃度が高分子電解質厚さに及ぼす影響を調査した。表2に主な実験条件、図4に結果を示す。
試料は次の通りに調製した。カーボン粒子としてC1を使用し、イオン交換樹脂溶液としてP1の5質量%溶液または、これをエタノールで2倍に希釈した2.5質量%のものを使用した。カーボンとイオン交換樹脂とを所定の質量比になるように秤量して、200ミリリットルのビーカーに入れて、磁気スターラーで1分間撹拌し、超音波をスラリー1ミリリットル当たり1秒間照射したのちに、そのスラリーを噴霧乾燥した。
図4より、イオン交換樹脂溶液濃度が2.5質量%、5質量%のいずれの場合にも、イオン交換樹脂配合割合が大きいほどイオン交換樹脂厚さは大きくなるが、両者は単純な比例関係にはないことが分かる。また、イオン交換樹脂の配合割合が同じでも、高分子電解質溶液濃度が高いほどイオン交換樹脂厚さは大きくなるが、両者は単純な比例関係にはないことが分かる。
【0034】
【表2】
【0035】
以上の通り、イオン交換樹脂の厚さ(A)は、カーボン粒子の種類、カーボンとイオン交換樹脂との配合割合、イオン交換樹脂溶液の濃度、超音波分散の時間等の製造条件に大きく依存する。さらに、その依存性は単純な関数では与えられない。したがって、カーボンの種類やイオン交換樹脂の配合率、簡単な混合条件のみが示されただけでは、イオン交換樹脂層の厚さを予想することはできないことが分かる。言い換えると、実際に得られたイオン交換樹脂層の厚さは、実際に測定してみなければ、容易には予想できないことが分かる。
【0036】
本発明において、触媒金属粒子の粒子径(B)とは、X線回折(XRD)測定の結果からシェラーの式(数1)を利用して求めた結晶子径をいう。
触媒貴金属を担持させたカーボン粒子について、光源としてCuKα線を用い、走査範囲60〜75度(2θ)、走査速度0.2度/分の条件でXRD測定を行い、面心立方構造の(220)面または六方稠密構造の(110)面に帰属するピークの位置および半価幅を求める。例えば、白金の場合には面心立法構造を取るので(220)面に帰属するピークの位置(2θ=67.5度、合金の場合は高角度側にシフトする)およびピークの半価幅を求める。ルテニウムとオスミウムの場合には六方稠密構造を取るので(110)面に帰属するピークの位置(ルテニウムでは2θ=69.4度、オスミウムでは2θ=68.6度)および半価幅を求める。ここで半価幅とは、半値全幅(FWHM)をいう。以上の測定結果から、シェラーの式によって結晶子径dを求め、これを本発明における貴金属の粒子径Bとする。
【数1】
ここで、dは結晶子径(単位:nm)
Kはシェラーの定数(=0.94とする)
λはX線の波長(CuKα線では0.1541841nm)
βは半価幅(単位:ラジアン)
θは回折X線のブラッグ角(単位:度)
である。
【0037】
本発明において、クラスター径とは、X線小角散乱法(SAXS)によって測定した値をいう。
クラスター径は、T.D.Gierkeらの研究(J.Membrane Sci.,13,307(1983))によれば、代表的なパーフルオロカーボンスルホン酸形のイオン交換樹脂膜(デュポン株式会社、Nafion−112)ではプロトン伝導経路であるクラスターの直径は4nm程度である。クラスター径は、イオン交換樹脂の骨格となる樹脂の種類やイオン交換容量を変えることによって制御することができる。
【0038】
電池の作製には、周知の方法を用いることができる。例えば、上記の通りに得られた、カーボン粒子、高分子電解質、触媒金属粒子を含む触媒粉末を高分子電解質膜の両面にコーティングして膜/電極接合体(MEA)を作製し、これを一対のガスフロープレートで挟持すればよい。高分子電解質膜およびガスフロープレートには、周知の材料を用いることができる。
【0039】
得られた触媒粉末の評価は、発電試験および活性表面積の測定により行うことができる。
触媒粉末を、単位面積当たりのPt量が0.4mg/cm2になるようにイオン交換膜の両面に塗工・接合し、PEFCホルダーに組み込んだ後に、H2/空気中での100mA/cm2発電試験を行い、出力の指標としてセル電圧を測定した。
発電試験方法の詳細を説明すると、セルの温度を外部ヒータで70℃に調整し、アノードに65℃で加湿した水素(ガス利用率70%、背圧0.1MPa)を、カソードに65℃で加湿した空気(酸素ガス利用率40%、背圧0.1MPa)を供給し、電子負荷で発電電流密度を300mA/cm2に調整し、セル電圧を測定した。
【0040】
さらに、そのセルを用いて電位サイクル試験(0.6〜1.0VvsRHE、3万サイクル、室温)を実施し、耐久性能の指標としてサイクル試験前後の活性表面積を測定した。
活性表面積の測定は、次の通りである。イオン交換膜の一方の面に目的とする電極(WE)を、他の面に対極(CE)を接合したMEAを備える燃料電池を製作し、25℃、相対湿度100%に調整した窒素および水素をWEおよびCEに流しながら、北斗電工株式会社、電気化学測定システム(HZ−3000)を用いて、掃引速度0.05V/sで0.05Vから0.2VvsRHEの範囲でWEの電位をCEに対して掃引して、サイクリックボルタモグラムを得る。そのボルタモグラムの50〜200mVvsRHEに現れる吸着水素の脱離に起因する電気量を用いて、次式により、白金の初期の活性表面積(AS0)を算出した。
AS=(Q×1000)/(210×M×S)
ここで、ASは白金の電気化学的活性表面積(単位:cm2/mg)
Qは水素脱離電気量(単位:μC)
210は1cm2の平滑な白金板表面に単原子水素が吸着する電気量(単位:μC/cm2)
Mは電極面積あたりの白金担持量(単位:mg/cm2)
Sは電極面積(単位:cm2)
を表す。
続いて、掃引速度0.50V/sで0.60Vから1.0VvsRHEの範囲でWEの電位をCEに対して3万回の掃引を繰り返すことによって行ったのちに、再度活性表面積(AS30000)を初期の活性表面積(AS0)と同様に測定した。さらに、活性表面積の維持率を次の式により求めた。
活性表面積の維持率(%)=(AS30000/AS0)×100
【実施例】
【0041】
〔Pt粒子径が6nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液80g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=60/40)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥して、カーボンと陽イオン交換樹脂を含む粉末を得た。ここで、超音波照射時間を変化させることによって、陽イオン交換樹脂層の厚さを制御し、陽イオン交換樹脂の厚さが異なる6種類の粉末を得た。
その粉末を、50mmol/リットルの濃度のテトラアンミン白金(II)ジクロライド[Pt(NH3)4]Cl2水溶液500ミリリットルに6時間浸漬し、[Pt(NH3)4]2+イオンを陽イオン交換樹脂のイオンクラスターに吸着させた。粉末を吸引ろ過・回収し、0.5mol/リットルの硫酸で洗浄し、純水で洗浄し、80℃で乾燥した。これを150℃の水素気流中に4時間保持して、Ptを還元析出させた。ここで、吸着〜還元までの処理を、Pt粒子径が6nmとなるまで繰り返した。
【0042】
次に、得られた粉末3gとN−メチル−2−ピロリドン(NMP)1gとを混合し、それをフッ素樹脂フィルムに塗布したのちに、80℃で30分間乾燥し、ホットプレスで電解質膜の両面に接合して、膜/電極接合体(MEA)を作製した。
MEAの作製は、以下の各種触媒についても同じ方法で行った。
【0043】
〔Pt粒子径が3nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液30g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=80/20)を用い、その後は〔Pt粒子径が6nmである触媒〕と同じ処理をし、陽イオン交換樹脂の厚さが異なる6種類の粉末にPt微粒子を担持した触媒粉末を得た。ただし、吸着〜還元までの処理は、Pt粒子径が3nmとなるまで繰り返した。
【0044】
〔従来法によるPt粒子径が6nmである触媒〕
カーボン粒子に予めPtを担持した触媒(Pt粒子径=6nm、Pt担持率=50質量%)6gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液80g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=60/40)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥した。ここで、超音波照射時間を変化させることによって、陽イオン交換樹脂層の厚さを制御し、陽イオン交換樹脂の厚さが異なる6種類の粉末を得た。
【0045】
以上の試料について、耐久性能とセル電圧を評価した。
図5には、イオン交換樹脂厚さ(A)/Pt粒子径(B)の比が、電位サイクル試験後の活性表面積維持率に及ぼす影響を示す。図では、Pt粒子径が6nmである触媒、Pt粒子径が3nmである触媒、従来法によるPt粒子径が6nmである触媒について、それぞれA/B=1の場合の維持率を1.0として図に示した。
図5から、Pt粒子がカーボン粒子とイオン交換樹脂のクラスターの接触面に主として担持されている触媒の場合には、活性表面積維持率は、A/B≧1の場合に高く、A/Bが1より小さくなると急激に低くなっている。A/Bが小さいほど表面活性維持率が低くなることは、イオン交換樹脂のクラスターに位置するPt粒子の一部がイオン交換樹脂から露出する結果溶出しやすくなることに起因すると、定性的には説明することができる。また、Pt粒子がイオン交換樹脂から露出していない場合でも、Ptの一部は溶出・再析出を繰り返していると考えられるが、Pt粒子からイオン交換樹脂表面までの距離が短いと、溶出したPtがイオン交換樹脂の外に拡散してしまい、再析出しない割合が増えるものと考えられる。
一方、従来法による触媒では、顕著な影響は見られない。これは、従来法による触媒では、イオン交換樹脂のPtへの被覆状態がルーズであり、もともとPtがしっかりと樹脂で包含されていないので、Ptの溶出により生成したPtイオンが、イオン交換樹脂の隙間から簡単に拡散する結果、A/Bの比の影響が小さいのであると考えられる(図8参照)。
すなわち、A/Bの比が電位サイクル試験後の活性表面積維持率に強く影響する、このような関係は、触媒金属粒子がカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に主として担持されている触媒に特有の現象であるといえる。
【0046】
図6に、図5と同じ試料について、イオン交換樹脂厚さ(A)/Pt粒子径(B)の比が、セル電圧に及ぼす影響を示す。
図6から、Pt粒子がカーボン粒子とイオン交換樹脂のクラスターの接触面に主として担持されている触媒の場合には、セル電圧は、A/B≦1.2の場合に高く、A/Bが1.2より大きくなると急激に低くなっている。A/Bが大きいほどセル電圧が低くなることは、イオン交換樹脂のクラスターに位置するPt粒子が、イオン交換樹脂表面から大きく埋没するために、反応ガスである酸素が、反応場であるPt粒子表面に到達することが困難であることによるものと考えられる。
一方、従来法による触媒では、顕著な影響は見られない。これは、従来法による触媒では、イオン交換樹脂のPtへの被覆状態がルーズであり、もともとPtがしっかりと樹脂で包含されていないので、酸素がダイレクトにPt表面に到達することができる結果、A/Bの比の影響が小さいのであると考えられる(図8参照)。
すなわち、A/Bの比がセル電圧に強く影響する、このような関係は、触媒金属粒子がカーボン粒子と陽イオン交換樹脂のクラスターとの接触面に主として担持されている触媒に特有の現象であるといえる。
【0047】
〔クラスター径3.5nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂(P1)をエタノールで2倍に希釈した溶液57g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=68/32)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥して、カーボンと陽イオン交換樹脂を含む粉末を得た。得られた粉末は、前述の電気二重層容量測定法により、イオン交換樹脂の厚さは3.8nmで、前述のSAXS測定により、クラスター径は3.5nmであった。
その粉末を、50mmol/リットルの濃度のテトラアンミン白金(II)ジクロライド[Pt(NH3)4]Cl2水溶液500ミリリットルに6時間浸漬し、[Pt(NH3)4]2+イオンを陽イオン交換樹脂のイオンクラスターに吸着させた。粉末を吸引ろ過・回収し、0.5mol/リットルの硫酸で洗浄し、純水で洗浄し、80℃で乾燥した。これを150℃の水素気流中に4時間保持して、Ptを還元析出させた。ここで、吸着〜還元までの処理の繰り返し回数を変えることにより、Pt粒子径が異なる6種類の粉末を得た。
【0048】
〔クラスター径が5nmである触媒〕
カーボン粉末(C1)3gと陽イオン交換樹脂P2(5質量%溶液、残部は1−プロパノール48質量%、水45質量%、その他2質量%)をエタノールで2倍に希釈した溶液80g(カーボン/イオン交換樹脂配合率=60/40)を、容積200ミリリットルのビーカーに入れ、磁気スターラーで1分間混練し、超音波を所定時間照射して分散させた後、スラリーを噴霧乾燥して、カーボンと陽イオン交換樹脂を含む粉末を得た。得られた粉末は、前述の電気二重層容量測定法により、イオン交換樹脂の厚さは5.3nmで、前述のSAXS測定により、クラスター径は5nmであった。
その後は〔クラスター径が3.5nmである触媒〕と同じ処理を行い、吸着〜還元までの処理の繰り返し回数を変えることによって、Pt粒子径が異なる6種類の粉末を得た。
【0049】
図7に、Pt粒子径(B)/クラスター径(D)の比が、電位サイクル試験後の活性表面積維持率に及ぼす影響を示す。いずれもPt粒子がカーボン粒子とイオン交換樹脂のクラスターの接触面に主として担持されている触媒で、クラスター径が3.5nmのもの、同じく5nmのものについて、それぞれB/D=1の場合の維持率を1.0として図に示した。
図7に示すように、活性表面積維持率は、B/D≧1.0の場合に高い。このことは、B≧Dの場合は、そのクラスター内で溶解して生成したPtイオンが、クラスター壁面に備わっているイオン交換基に吸着したのちに、再び微粒子上に還元により析出して戻る割合が比較的多いのに対して、B<Dの場合は、クラスター壁面に吸着したイオンとPt表面とが離れていることから、微粒子上への還元・再析出が比較的困難なことによるものと推定される。
【符号の説明】
【0050】
1 高分子電解質燃料電池セル
2 カソード
3 アノード
4 高分子電解質メンブレン
5 ガスフロープレート
6 ガス拡散層
7 触媒層
8 貴金属担持カーボン粒子
9 高分子電解質(イオン交換樹脂)
10 カーボン粒子
11 貴金属微粒子
12 フルオロカーボン骨格
13 プロトン伝導経路(クラスター)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素質材料と、固体高分子電解質である陽イオン交換樹脂と、触媒金属粒子とを含み、
前記触媒金属粒子は、前記炭素質材料と前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接触面に主として担持されている燃料電池用触媒であって、
前記陽イオン交換樹脂の厚さ(A)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たす
ことを特徴とする燃料電池用触媒。
【請求項2】
前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路の径(D)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、D≦B、の関係を満たす
ことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用触媒。
【請求項3】
前記炭素質材料は、カーボン粒子である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の燃料電池用触媒。
【請求項4】
前記触媒金属は、白金族金属、2以上の白金族金属の合金、または1以上の白金族金属とその他の金属との合金である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の燃料電池用触媒。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載された燃料電池用触媒を用いた燃料電池用電極。
【請求項6】
請求項5に記載された燃料電池用電極を用いた燃料電池。
【請求項1】
炭素質材料と、固体高分子電解質である陽イオン交換樹脂と、触媒金属粒子とを含み、
前記触媒金属粒子は、前記炭素質材料と前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路との接触面に主として担持されている燃料電池用触媒であって、
前記陽イオン交換樹脂の厚さ(A)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、B≦A≦B×1.2、の関係を満たす
ことを特徴とする燃料電池用触媒。
【請求項2】
前記陽イオン交換樹脂のプロトン伝導経路の径(D)および前記触媒金属粒子の粒子径(B)は、D≦B、の関係を満たす
ことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用触媒。
【請求項3】
前記炭素質材料は、カーボン粒子である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の燃料電池用触媒。
【請求項4】
前記触媒金属は、白金族金属、2以上の白金族金属の合金、または1以上の白金族金属とその他の金属との合金である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の燃料電池用触媒。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載された燃料電池用触媒を用いた燃料電池用電極。
【請求項6】
請求項5に記載された燃料電池用電極を用いた燃料電池。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2012−79489(P2012−79489A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−222118(P2010−222118)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】
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