説明

固定観測点の路面状態並びに路線の路面温度分布及び路面状態の予測システム

【課題】固定観測点の路面状態、路線の路面温度分布及び路線の路面状態を推定するシステムを提供する。
【解決手段】固定観測点における水・雪・氷貯留量を推定するシステムであって、熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量と、顕熱伝達熱量と、潜熱伝達熱量と、地中伝導熱量と、水・雪・氷の凍結または融解に利用可能な最大凍結融解熱量とを含み、熱収支モデルの式を解くことにより、最大凍結融解熱量を算出する手段と、最大凍結融解熱量(M')と、水・雪・氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量を算出する手段と、水収支モデルの式が、水・雪・氷貯留量の変化率をそれぞれ示す水・雪・氷収支の各式とからなりかつ各式は凍結融解熱量を変数として含み、水・雪・氷貯留量をそれぞれ算出する手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、道路の路面情報の推定及び予測システムに関し、特に冬期における積雪や凍結等の路面状態の推定及び予測を行い、さらに固定観測点のみでなく路線の路面温度分布及び路面状態の推測及び予測を行うためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
冬期において路面が積雪状態や凍結状態となると、道路交通への悪影響が極めて大きい。通行車両に対して路面状態に関する正確な予測を提供することは、安全性の面で重要である。また、凍結対策として散布される凍結防止剤は、路面凍結前に散布することが望ましいが、凍結状態となる地点と時点を正確に予測できなければ、効率的な散布を行えない。
【0003】
路面凍結と関連性の大きい要素の一つは、路面温度であり、従来、熱収支モデルを用いた路面温度の推定方法が提示されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
図15は、路面での熱収支モデルを示した概念図である。図15の右半分は、路面に与えられた熱エネルギーR↓が4種の熱量に配分されることを示しており、その熱収支は、数1で表される。数1は、路面に出入りする熱量を示す複数の項の加算として表されている。σTsは、路面からの赤外放射量、Hは、顕熱伝達熱量(W/m)、lEは、潜熱伝達熱量(W/m)、Gは、地中伝達熱量(W/m)である。伝達熱量をフラックスと称する場合もある。後述するように、数1に数2〜数4を代入することによりTsに関する方程式ができ、この方程式を解くことにより、路面温度Tsを算出できる。数1のH、lE、Gは、それぞれ数2〜数4の各パラメータに数値を入力することで算出できる。
【0005】
【数1】

【0006】
【数2】

【0007】
【数3】

【0008】
【数4】

【0009】
一方、日射S↓及び大気放射L↓による路面に対する熱エネルギーの出入りは、図15の左半分に概念的に示されている。路面に入力する正味の放射エネルギーR↓は、一般的には数5で表される。なお、数5は一般式であり、車体からの赤外放射及び周辺建物からの赤外放射等は考慮していない。
【0010】
【数5】

【0011】
図16は、数1〜数5を用いて固定観測点の路面温度を推定する処理フローを示す流れ図である。ステップS161において、数1〜数5のパラメータに入力するための固定観測点の観測データを取得する。観測データは、対象とする地点の気象データ(天気、雲量、気圧、風速、降水・降雪量等)と、GPS装置及び計測装置を搭載した観測車による計測データ(位置、車速、交通量、車外気温、車体下部温度等)とから構成されている。
【0012】
数1〜数5に含まれる各パラメータの意味については、後述する表1にまとめて示している。これらのいずれのパラメータも、定数または観測データとして取得することができる。従って、推定しようとするパラメータを変数とし、熱収支モデルの式を解くことにより、その変数の推定値を得ることができる。ステップS162において、数1〜数5を用い、路面温度Tsを変数として解くことにより、路面温度Tsを求めることができる。ステップS163において、路面温度Tsの推定値を出力する。
【0013】
数5は一般式であるが、実際の路面温度は、通行する自動車からの熱や、車体及び周辺建物による日射及び大気放射の遮蔽の影響を受けることが知られている。従って、交通量によっても影響を受けることになる。特許文献1には、交通量により発生する熱及び周辺建物による日射の遮蔽を考慮して数5を変形した式を用いることにより路面温度を求める方法が記載されている。
【0014】
図15の左半分における正味の大気放射量Lr↓、正味の日射量Sr↓、車体からの赤外放射量Lc、及び路面からの反射量Sr↑は、日射S↓や大気放射L↓に対する様々な影響を考慮した場合における路面に出入りする熱エネルギーを概念的に示しており、これらの要因を加味することにより、数5の式の形は変化する。路面温度の推定に用いた数5の式(またはその変形式)が妥当であるか否かは、実際に計測した路面温度と推定値とを対比することで確かめられる。
【特許文献1】特開2006−17501
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従来の熱収支モデルを用いた路面温度の推定に用いられる観測データは、対象とする地点の気象データと、GPS装置及び計測装置を搭載した観測車による計測データとから構成されている。プローブカーによる計測データは、所定の固定観測点すなわちポイントにおけるデータである。従って、所定の区間全体である路線についての路面温度、すなわち路面温度分布を推定するシステムは、未だ提示されていない。
【0016】
また、固定観測点においても、従来は路面温度を推定するだけであり、路面の降雪や凍結等の具体的な路面状態を推定するシステムは、未だ提示されていない。冬期路面情報としてユーザにとって直接的に有用な情報は、路面温度よりもむしろ路面状態である。従って、固定観測点及び路線についての路面状態の推定が可能であれば、その重要性は極めて大きい。
【0017】
上記の現状に鑑み、本発明は、冬期における路面情報を推定するシステムであって、固定観測点の路面状態、路線の路面温度分布及び路線の路面状態を推定するシステムを提供することを目的とする。さらに、これらの推定システムを用いて、固定観測点の路面状態、路線の路面温度分布及び路線の路面状態の予測を可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明による、路面の固定観測点における水貯留量、雪貯留量及び氷貯留量を推定するシステムは、以下(a)〜(c)の手段を備えたものである。
(a)熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(lE)と、地中伝導熱量(G)と、水の凍結または雪もしくは氷の融解に利用可能な最大凍結融解熱量(M')とを含んでおり、前記赤外放射量、顕熱伝達熱量、潜熱伝達熱量及び地中伝導熱量の項に含まれる路面温度(Ts)を凍結温度(Tf)に設定するとともに該熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記最大凍結融解熱量(M')を算出する第1の手段。
(b)前記最大凍結融解熱量(M')と、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量(M)を算出する第2の手段。
(c)前記水収支モデルの式が、前記水貯留量の変化率を示す水収支の式と、前記雪貯留量の変化率を示す雪収支の式と、前記氷貯留量の変化率を示す氷収支の式とからなりかつ各変化率の式は前記凍結融解熱量を変数として含んでおり、前記第2の手段とともに用いることにより、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量をそれぞれ算出する第3の手段。
【0019】
本発明による、水貯留量、雪貯留量及び氷貯留量に基づいて固定観測点における路面状態を推定するシステムは、路面の固定観測点における観測データと、路面の熱収支モデル及び水収支モデルとを用いるものであり、以下の(a)〜(c)の手段を備えたものである。
(a)熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(lE)と、地中伝導熱量(G)と、水の凍結または雪もしくは氷の融解に利用可能な最大凍結融解熱量(M')とを含んでおり、前記赤外放射量、顕熱伝達熱量、潜熱伝達熱量及び地中伝導熱量の項に含まれる路面温度(Ts)を凍結温度(Tf)に設定するとともに該熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記最大凍結融解熱量(M')を算出する第1の手段。
(b)前記最大凍結融解熱量(M')と、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量(M)を算出する第2の手段。
(c)前記水収支モデルの式が、前記水貯留量の変化率を示す水収支の式と、前記雪貯留量の変化率を示す雪収支の式と、前記氷貯留量の変化率を示す氷収支の式とからなりかつ各変化率の式は前記凍結融解熱量を変数として含んでおり、前記第2の手段とともに用いることにより、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量をそれぞれ算出する第3の手段。
(d)算出された前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量に基づいて各貯留量の有無または相対的な多少を判断することにより、前記固定観測点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する第4の手段。
【0020】
上記の固定観測点における路面状態を推定するシステムの好適例においては、前記第4の手段が、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量について、全てが0であるか否か、水貯留量のみが0でないか否か、氷貯留量が最大であるか否か、及び水貯留量が雪貯留量より多いか否か、を順次判断することにより、乾燥状態、湿潤状態、シャーベット状態、凍結状態及び積雪状態からなる5分類の路面状態のいずれであるかを推定する。
【0021】
上記の固定観測点における路面状態を推定するシステムの好適例においては、路面状態を予測するために、前記観測データとして、対象とする時点の予測データを用いる。
【0022】
本発明による、路線における路面温度分布を推定するシステムは、路線に含まれる固定観測点における観測データと、路面の熱収支モデルとを用いるものであり、以下の(a)〜(d)の手段を備えたものである。
(a)前記路線に沿って連続的に路面温度を観測して得たサーマルマッピングデータと、その観測時の大気安定度とを対応付けて予めデータベースに保存する第1の手段。
(b)前記熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(lE)と、地中伝導熱量(G)とを含んでおり、該熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記固定観測点の路面温度(Ts)を算出する第2の手段。
(c)前記路線の大気安定度に基づいて前記データベースを参照し、対応するサーマルマッピングデータを抽出する第3の手段。
(d)前記第2の手段により算出された前記固定観測点の路面温度(Ts)と、前記第3の手段により抽出された前記サーマルマッピングデータにおける該固定観測点の路面温度(Ttm)との差の分だけ、該サーマルマッピングデータを温度軸に沿って移動させたものを、該路線の路面温度分布と推定する第4の手段。
【0023】
上記の路線の路面温度分布を推定するシステムの好適例においては、路線の路面温度分布を予測するために、前記観測データ及び前記大気安定度として、対象とする時点の予測データを用いる。
【0024】
本発明による、路線の路面状態を推定するシステムは、上記の固定観測点の路面状態推定システムと、上記の路線の路面温度分布推定システムと、を備え、以下の(a)及び(b)の手段を備えたものである。
(a)前記路線内の固定観測点の路面状態については、請求項2または3に記載の固定観測点の路面状態推定システムを用いて路面状態を推定する第1の手段。
(b)前記路線内の非固定観測点の路面状態については、請求項5に記載の路線の路面温度分布推定システムにより推定された路線の路面温度分布と、気象データから算出された正味放射量(NR)とに基づいて、該非固定観測点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する第2の手段。
【0025】
上記の路線の路面状態を推定するシステムの好適例においては、前記第2の手段が、前記非固定観測点の路面状態の初期値を、最も近い固定観測点と同じ状態に設定する初期状態設定手段と、降水の有無、降雪の有無、前記路面温度分布から得た路面温度が0℃以上か以下か、または、前記正味放射量(NR)が正か負かを判断することにより、路面状態を前記初期状態のままとするかまたは該初期状態から別の状態に遷移させる手段とを備える。
【0026】
上記の路線の路面状態を推定するシステムの好適例においては 路線の路面状態を予測するために、前記観測データとして、対象とする時点の予測データを用いる。
【発明の効果】
【0027】
本発明による、路面の水・雪・氷の貯留量推定システムは、路面上の収支モデルを構築し、熱収支モデルから得られた最大凍結融解熱量と併せて解くことにより、水・雪・氷の貯留量を推定することができる。本発明の水収支モデルは、路面上の水分が水・雪・氷の3つの相を取り得ることと、外部からの供給(降水、降雪)と外部への排出(排水口)、並びに相変化を考慮して構築されているため、実際の水・雪・氷の貯留量と高い精度で一致する推定値を得ることができる。
【0028】
本発明による、固定観測点における路面状態の推定システムは、推定された水・雪・氷の貯留量に基づいて、固定観測点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する。水・雪・氷の貯留量は数値であるので、実際の路面状態を表すには不向きであるが、具体的な複数の路面状態の分類のいずれかであると推定することにより、ユーザに対して、より有用かつ的確な路面情報を提供することができる。従来、固定観測点の路面温度の推定については、幾つかの手法が提示されていたが、路面状態を具体的に推定する手法はなかった。
【0029】
また、本発明による、路線の路面温度分布の推定システムは、実測したサーマルマッピングデータと大気安定度と対応付けたデータベースを予め作成しておき、推定を行う場合には、大気安定度をキーとしてデータベースから対応するサーマルマッピングデータを抽出する。一方、路線内の固定観測点における路面温度を、熱収支モデルを用いて推定する。推定された固定観測点における路面温度を基準として、同じ固定観測点における温度が一致するように、抽出されたサーマルマッピングデータを温度軸に沿って移動させる。このようにして、路線に沿った連続的な路面温度分布を、実測することなく推定できる。
【0030】
本発明による、路線の路面状態の推定システムは、路線内の固定観測点については、上記の固定観測点の路面状態の推定システムを用いて路面状態を得る。路線内の非固定観測点については、上記の路線の路面温度分布の推定システムを用いて得られた路線の路面温度分布と、気象データから得た正味放射量データとに基づいて路面状態を推定する。この結果、路線の路面状態を、実測することなく推定できる。
【0031】
以上の通り、本発明によれば、固定観測点の観測データまたは予測データを用いることで、路線全体の実測を行うことなく、路線の路面温度分布及び路面状態を推定することができる。従来は、固定観測点における路面温度の推定だけを行っており、固定観測点と固定観測点の間の区間については、路面温度分布及び路面状態の推定を行う方法は提示されていなかった。特に、冬期路面は、局所的に危険な状態が出現することが多いため、路面情報に空白区間があることは大きな問題であり、路線全体の路面情報を予測し提供できる、本発明の意義は大きいといえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
(1)システム概要
図1は、本発明による路面温度/路面状態推定システム10を、路面情報を提供するためのネットワークシステムとして構築した一例の概略構成図である。
【0033】
路面温度/路面状態推定システム10は、適宜のコンピュータに導入された所定のプログラムを実行することにより実現される。プログラムは、ハードディスク等のデータ保存部14に実行可能な形態で導入されている。CPU(図示せず)は、プログラムをメモリ(図示せず)に読み込み、実行する。本システムの主要部である路面温度/路面状態推定部12に含まれる各処理部1〜4は、実質的には、CPUが実行する各機能の処理に対応する。固定観測点の路面温度推定処理部1と、固定観測点の路面状態推定処理部2と、路線の路面温度分布推定処理部3と、路線の路面状態推定処理部4とがある。各処理部1〜4の詳細については、後述する。データ保存部14は、各処理部1〜4における処理に関連する予備的データ、一時的データ、保存用データ等の種々のデータも保存する。
【0034】
CPUは、コンピュータの入出力制御も行い、入力機能には、外部データ取得部11が含まれる。外部データ取得部11は通信機能を備え、ネットワーク18を介して種々のデータを受信し、またはコンピュータの周辺装置(データ記憶媒体の読取装置等)からデータを受信し、データ保存部14に格納する。出力機能には、例えば、ウェブページ作成部13と通信機能が含まれる。ウェブページ作成部13は、本システムにより得られた路面情報をもとに適宜のウェブページを作成及び更新し、ネットワーク18を介して配信する。
【0035】
固定観測点の観測データの計測手段15は、観測データを取得するための種々の装置やシステムをまとめて概念的に示している。本明細書における「観測データ」には、気象データと計測データとを含むものとする。
気象データは、固定観測点に設置した気象センサーによって観測されるデータと気象庁から所定時間毎に発表されるデータがある。気象センサーは、風速計、日射計、気温計、路面下に埋め込まれた路温計などがあり、これらのセンサーが計測した値はネットワークを介して路面温度/路面状態推定システムへ送信される。気象庁のデータは、アメダスやメッシュ気象データ(GPVデータともいう)がある。例えば、気象庁ホームページに掲載されるメッシュ気象データは、日本全国を20km四方のメッシュに分け、そのそれぞれについて、天気、気温、降水量または降雪量の24時間先までの予報を提供している。対象とする固定観測点が含まれるメッシュ気象データを、その固定観測点における気象データとして用いる。後述するように、メッシュ気象データから正味放射量を算出することができる。その他の気象データとして、雲量などを取得する。
計測データは、GPS装置及び計測装置を搭載した観測車が対象地域を走行して得るデータである。観測車は、例えば、交通状況をモニタリングするプローブカーなどである。また、車外気温、車体下部温度及び路面温度を計測することもできる。
【0036】
本システム10は、取得した観測データに基づいて、路面温度及び路面状態の推定を行う。推定される路面温度及び路面状態は、観測データの観測時点におけるものである。現時点の観測データを入力すれば、現時点の路面温度及び路面状態の推定値が得られ、24時間後の観測データを入力すれば、24時間後の路面温度及び路面状態の推定値が得られる。将来の時点のデータの場合、観測データではなく「予測データ」と称する方が適切であるが、本明細書では説明の便宜上、いずれの時点のデータについても「観測データ」と称する場合がある。予測データを入力すれば、本システムは、路面温度及び路面状態の予測システムとして機能することになる。
【0037】
サーマルマッピングデータの計測手段16は、道路の所定区間である路線の路面温度を計測する手段を概念的に示している。具体的なサーマルマッピングは、例えば、観測車に路面温度を計測するセンサー(例えば、放射温度計)を搭載し、路線に沿って観測車を走行させながら連続的に路面温度を計測することにより行う。こうして、連続的な路面温度のデータである路面温度分布の実測値が得られる。この実測値がサーマルマッピングデータであり、横軸を距離、縦軸を温度とするグラフで表される(後述する図8(a)参照)。
【0038】
観測データ及びサーマルマッピングデータは、図1のようにネットワークを介してオンラインで取得してもよく、あるいは、観測データを記録したデータ記憶媒体を読み取ることによりオフラインで取得してもよい。取得した観測データ及びサーマルマッピングデータは、適宜の形式でデータ保存部14に保存され、路面温度/路面状態推定部10による処理に供される。
【0039】
路面温度/路面状態表示端末17は、ネットワーク18に接続されブラウザを搭載した適宜のコンピュータである。端末17から、本システム10のウェブページ作成部13により作成されたウェブページにアクセスし、端末画面に表示させることにより、路面温度及び路面状態の予測情報などを見ることができる。
【0040】
図2は、本システムの主要部である路面温度/路面状態推定部10の概略的な構成図である。説明の便宜上、本システムの主要部を4つの処理部1〜4に分離して示しているが、これらの処理部は互いに関連しており、個々の処理部が全く独立しているわけではない。図2中、円柱は、処理対象または処理結果のデータを示し、四角は、処理内容を示し、矢印は、処理の流れを示している。図2を参照して各処理部の概要を説明する。
【0041】
固定観測点の路面温度推定処理部1は、観測データ1aを熱収支モデル1bに適用することにより、固定観測点における路面温度を推定する。熱収支モデルを用いて路面温度の推定する手法自体は、前述の特許文献1のように公知であるが、本システムは、特に冬期の路面温度の推定を主眼としているため、路面上に水、雪及び/または氷が存在する場合の凍結・融解を考慮した熱収支モデル1bを用いる。凍結・融解を考慮した熱収支モデル1bを用いることにより、固定観測点の路面温度とともに、最大凍結融解熱量の推定値を取得する(符号1c)。
【0042】
固定観測点の路面状態推定処理部2は、処理部1で推定された最大凍結融解熱量と、水収支モデル2aとを用いて、固定観測点における路面の水貯留量、雪貯留量及び氷貯留量の推定値を取得する(符号2b)。本明細書では、互いに関連性のある水の収支、雪の収支及び氷の収支を包含するモデルを「水収支モデル」と称している。推定された水貯留量、雪貯留量及び氷貯留量を、路面状態判別フロー2cに適用し、固定観測点の路面状態を推定する(符号2d)。
【0043】
路線の路面温度分布推定処理部3は、対象区間である路線について、大気安定度に対応付けたサーマルマッピングデータ3aを予め作成しておき、これを推定に用いる。サーマルマッピングデータ3aと、雲量・風速データ3cから決定される大気安定度と、処理部1で推定された固定観測点の路面温度とを用いて、対象とする路線の路面温度分布を推定する(符号3b)。路面温度分布が得られれば、その路線内のいずれの点についても、路面温度の推定値を取得することができる(符号3d)。
【0044】
路線の路面状態推定処理部4は、処理部2で推定された固定観測点の路面状態と、処理部3で推定された路線の路面温度分布と、正味放射量データ4bとを、路面状態遷移フロー4aに適用し、路線の路面状態4cを推定する(符号4c)。
【0045】
本システムによる処理の詳細な説明に先立って、本明細書中に示す数式(上記数1〜数5を含む)中のパラメータの意味を表1にまとめて示す。いずれのパラメータも、定数または観測データとして取得することができる。従って、推定しようとするパラメータを変数とし、熱収支モデルまたは水収支モデルの式を解くことにより、その変数の推定値を得ることができる。路面温度Tsの推定値を得る場合は、路面温度Tsを変数とする。
【0046】
【表1】

【0047】
(2)固定観測点の路面温度の推定
図3は、図2の固定観測点の路面温度推定処理部1における処理の流れを示すフロー図である。
ステップS31において、後述するステップS32の熱収支モデルの式を解くために必要な観測データを取得する。観測データは、推定しようとする固定観測点におけるもので、かつ推定しようとする時点におけるものを用いる。
【0048】
ステップS32において、凍結・融解を考慮した熱収支モデルの式を用いて、路面温度Ts及び最大凍結融解熱量M’を算出する。路面上に水、雪及び/または氷が存在すると、路面に出入りする熱量の一部は、水の凍結または雪もしくは氷の融解、すなわち相変化に用いられる。最大凍結融解熱量M’とは凍結温度Tfで相変化に用いることができる熱量の最大値である。凍結・融解を考慮した熱収支モデルの式は、数6の通りである。
【0049】
【数6】

【0050】
数6のH、lE、Gは、数2〜数4の通りであり、最大融解熱量M’は、数7で算出される。σTfは、路面温度が凍結温度のときの路面からの赤外放射量である。なお、相変化が起きているときは、凍結温度Tfは通常0℃である。得られた最大融解凍結熱量M’を、後述する水収支モデルにおける水・雪・氷の各貯留量とともに用いることにより、実際に用いられる融解凍結熱量Mを求めることができる。
【0051】
【数7】

【0052】
一方、相変化が起きていないときは、数6において凍結温度Tfを路面温度Tsに置き換え、M’=0とする。この場合、数6の熱収支モデルは、上記の数1と同じになる。
本システムでは、路面温度Tsを求めるために、路面に入力する正味の放射エネルギーR↓を表す式として、上記の数5の変形式である数8を用いる。
【0053】
【数8】

【0054】
数8は、沿道周辺にある建物・構造物による遮蔽率φと、建物・構造物による赤外放射φσTaと、車両による遮蔽率tと、車両による赤外放射tσTvとを考慮した変形式である。建物・構造物による遮蔽率φは、沿道周辺にある建物・構造物が天空を覆っている割合である。車両による遮蔽率tは、車両が路面を覆っている時間の割合である。tは、数9で表される。数9の各パラメータの意味は次の通りである。
d:車両の平均全長(m)
N:毎時の交通量(台/h)
v:車両の平均速度(km/h)
【0055】
【数9】

【0056】
数1と数8を組み合わせて解くことにより、路面温度Tsを算出する。
ステップS33において、最大融解熱量M'と路面温度Tsを出力し、データ保存部に記憶しておく。
【0057】
(3)固定観測点の路面状態の推定
路面上で相変化(融解・凍結)が生じているときに、実際に用いられる融解凍結熱量Mは、数7で算出される最大融解凍結熱量M’と、水・雪・氷の各貯留量qwater、qsnow、qiceとの関係により、数10〜数12で表される。
【0058】
【数10】

【0059】
【数11】

【0060】
【数12】

【0061】
図4は、本システムで用いる、路面での水収支モデルの概念図である。水収支モデルは、(a)の水の収支、(b)の雪の収支、及び(c)の氷の収支の3つの相の収支から構成される。
【0062】
図4(a)の水の収支において、左図は、降雨、大気中の水分の凝結、雪及び氷の融解による水の供給を表し、右図は、蒸発、凍結及び排水口への排水による水の損失を表している。水の貯留量qwaterの変化率を式で表すと、数13のようになる。lEは、数3の潜熱伝達熱量である。
【0063】
【数13】

【0064】
図4(b)の雪の収支において、左図は、降雪による雪の供給を表し、右図は、融解による雪の損失を表している。雪の貯留量qsnowの変化率を式で表すと、数14のようになる。
【0065】
【数14】

【0066】
図4(c)の氷の収支において、左図は、水の凍結による氷の供給を表し、右図は、融解による氷の損失を表している。氷の貯留量qiceの変化率を式で表すと、数15のようになる。
【0067】
【数15】

【0068】
A、B、Γは、0または1のフラグをそれぞれ表し、数16のように決定する。
【0069】
【数16】

【0070】
以下に、数10〜数16に含まれる各パラメータの意味をまとめて示す。
qwater:水の貯留量(mm)
qsnow:雪の貯留量(mm)
qice:氷の貯留量(mm)
t:時間
τ:排水係数(=0〜1の範囲の数値)
M':最大融解凍結熱量(W/m
M:融解凍結熱量(W/m
lE:潜熱伝達熱量(W/m)(数3の通り)
Pprecwater:降水量(mm)
Pprecsnow:降雪量(mm)
rm:除雪量(mm)
L:融解潜熱(J/kg)
Levap:蒸発潜熱(J/kg)
Lsubl:昇華潜熱(=2.38×10J/kg)
【0071】
図5は、図2の固定観測点の路面状態推定処理部2における処理の流れを示すフロー図である。この処理においては、上記数10〜数16の式を用いる。
ステップS51〜53では、後述するステップS54の水収支モデルの式を解くために必要なパラメータを取得する。ここで取得するパラメータは、推定しようとする固定観測点におけるもので、かつ推定しようとする時点におけるものである。
ステップS51では、最大凍結融解熱量M’を取得する。最大凍結融解熱量M’は、固定観測点の路面温度推定処理部1にて熱収支モデルから算出できる。
ステップS52では、除雪による路面上の雪貯留量と氷貯留量の減少分rmおよび路面上に凍結防止剤があるか否かの情報を取得する。
ステップS53では、その他の必要な観測データを取得する。
【0072】
ステップS54において、上記の数10〜数16を用いて、水・雪・氷の各貯留量qwater、qsnow、qiceと、融解凍結熱量Mとを算出する。
ステップS55では、算出された水・雪・氷の各貯留量qwater、qsnow、qiceと、融解凍結熱量Mとを出力し、データ保存部に記憶しておく。
【0073】
ステップS56では、ステップS54で得られた水・雪・氷の各貯留量qwater、qsnow、qiceを、路面状態判別フロー(図6で後述)に適用することにより、具体的な路面状態を推定する。水・雪・氷の各貯留量の推定値を、そのままユーザに提供しても実際の路面状態を理解することはできない。従って、水・雪・氷の各貯留量の推定値に基づいて、路面状態判別フローにより幾つかの具体的な路面状態を推定する。具体的な路面状態としては、例えば、主要な5つの分類(乾燥、湿潤、シャーベット、積雪、凍結)がある。
ステップS57において、推定された路面状態を出力し、データ保存部に記憶しておく。
【0074】
図6は、図5のステップS56の路面状態判別フローの具体例を示したフロー図である。路面状態判別フローは、水、雪及び氷の各貯留量の有無または相対的な多少を判断することにより行われる。
【0075】
ステップS61では、水、雪及び氷の各貯留量がいずれも0(ゼロ)であるか否かを判断する。いずれの貯留量も0の場合は、「乾燥」状態であると判断する。それ以外の場合は、ステップS62へ進む。
【0076】
ステップS62では、水の貯留量のみが0でないか否かを判断する。この条件を満たす場合は、「湿潤」状態であると判断する。それ以外の場合は、ステップS63へ進む。
【0077】
ステップS63では、氷の貯留量が最大であるか否かを判断する。氷の貯留量が最大の場合は、「凍結」状態の一つである「アイスバーン」状態と判断する。それ以外の場合は、ステップS64へ進む。
【0078】
ステップS64では、水の貯留量が雪の貯留量より多いか否かを判断する。水の貯留量が多い場合は、「シャーベット」状態と判断する。それ以外の場合は、一応「積雪」状態と判断する。一応「積雪」状態と判断された場合については、さらにステップ65〜67の判定を行う。
【0079】
ステップ65では、前時刻の路面状態が「こな雪」状態であるか否かを判断する。ここで、前時刻の路面状態とは、本システムによる路面状態の推定を一定時間毎に行う場合における1つ前の時刻の路面状態である。例えば、予測システムとした場合、10分後、20分後..1時間後、1時間10分後..の各時点の推定を行う。このように、推定する時間間隔が10分程度である場合は、各貯留量は大きく変化しないとみなすことができる。前時刻の路面状態が「こな雪」の場合は、同じく「こな雪」状態であると判断する。それ以外の場合は、ステップ66に進む。
【0080】
ステップ66では、前時刻の路面状態が「つぶ雪」状態または「凍結防止剤が残っている」状態であるか否かを判断する。この条件を満たす場合は、「つぶ雪」状態であると判断する。それ以外の場合は、ステップ67に進む。
【0081】
ステップ67では、前時刻の路面状態が「圧雪」状態、「アイスバーン」状態または「非常に滑りやすい路面」状態であり、かつ、正味の放射エネルギー(数8のR↓)が正であるか否かを判断する。この条件を満たす場合は、「凍結」状態の一つである「非常に滑りやすい路面」状態と判断する。それ以外の場合は、「圧雪」状態と判断する。
図6の実施例では、5つの路面状態のうち、「積雪」状態はさらに3つの状態に細分類され、「凍結」状態はさらに2つの状態に細分類される。
【0082】
(4)路線の路面温度分布の推定
図7は、図2の路線の路面温度分布推定処理部3における処理の流れを示すフロー図である。この処理では、固定観測点の路面温度推定処理部1で取得した路面温度を用いるが、その場合の固定観測点は、対象とする路線内に含まれるポイントでなければならない。
【0083】
ステップS71では、路線のサーマルマッピングデータと大気安定度を対応付けたデータベースを作成する。この処理は、実際の推定処理に先立って予備的に行っておく。
1回のサーマルマッピングにおいて、1つの路線について複数回の計測を実施し、その平均を採用する。図8(a)は、サーマルマッピング例を示している。1つの路線のサーマルマッピングデータを、横軸を距離、縦軸を温度としたグラフに連続的なラインで表す。この例では、縦軸は路温差としている。路温差とは、路線全体の路面温度の平均値を0℃とし、その差を表したものである。別の例として、縦軸を温度の絶対値として表してもよい。なお、図8(a)に示すように、サーマルマッピングと併せて、距離方向における道路構造(土工部、橋梁部、遮蔽部)も記録しておくことが好ましい。これにより、サーマルマッピングの妥当性を評価できる。
【0084】
サーマルマッピングの実施時には、同時に、その路線における雲量と風速の気象データを取得する。さらに、雲量と風速を入力値として、図8(b)の表を用いて大気安定度(パスキル安定度)を求める。本発明では、放射冷却の度合いを示す指標として大気安定度を用いている。これは、放射冷却が強いほど夜間の路面温度が低下するからである。放射冷却と大気安定度は密接な関係があり、夜間は、大気が安定なほど放射冷却が強くなる。図8(b)の表から求めた大気安定度を、図8(a)のサーマルマッピングと対応付けてデータベースを作成し、保存する。図8(a)の例は、夜間であって大気安定度が「D」または「E」のものである。
【0085】
図7のステップS72〜S76は、実際の推定処理のフローである。
ステップS72では、推定しようとする時点のメッシュ気象データに基づき、図8(b)の表を用いて大気安定度を取得する。
ステップS73では、大気安定度をキーとしてデータベースから対応するサーマルマッピングデータを取得する。例えば、夜間であって大気安定度が「D」または「E」であれば、データベースから図8(a)のデータを抽出する。
ステップS74では、固定観測点の路面温度Tsを、図3に示したように熱収支モデルを用いて算出する。
【0086】
ステップS75では、固定観測点において熱収支モデルから推定した路面温度Tsと、サーマルマッピングデータの路面温度Ttmとを対比することにより、路線の路面温度分布を推定する。図9は、ステップS75において路面温度分布を求める処理を、模式的に表した図である。横軸を路線の距離、縦軸を路面温度の絶対値としてサーマルマッピングデータのライン(細線)がグラフに表されている。次に、固定観測点におけるサーマルマッピングデータの路面温度Ttmと、熱収支モデルから得た路面温度Tsとの温度差ΔTを求める。続いて、サーマルマッピングデータのラインを、温度差ΔTの分だけ温度軸方向に平行移動させる。これにより、路線の路面温度分布のライン(太線)が得られる。
【0087】
なお、図9に示したステップS75の手順は一例であり、同じ結果を得られる手順であればどのようなものでもよい。例えば、図8(a)のように、縦軸を路温差としてサーマルマッピングデータが表されている場合は、サーマルマッピングデータ上の固定観測点における路面温度に対し、熱収支モデルから推定した路面温度Tsを当て嵌め、これを基準として縦軸の路面温度の絶対値を決定する。
【0088】
この推定方法は、路線の路面温度分布のライン形状が、路面温度の絶対値に依らず、サーマルマッピングデータのライン形状と同じであることを前提としており、路面温度の絶対値は、固定観測点における路面温度の推定値を基準として決定するものである。
【0089】
ステップS76では、ステップS75で得られた路線の路面温度分布を出力し、データ保存部に記憶する。
【0090】
(5)路線の路面状態の推定
図10は、図2の路線の路面状態推定処理部4における処理の流れを示すフロー図である。図11は、図10のフロー図を、模式的に表した図である。
図11(a)に示すように、この例では、路線の両端の丸で示すポイントは固定観測点A、Bであり、その間の三角で示す複数のポイントは固定観測点以外の点(以下、「非固定観測点」と称する)である。図10の処理開始前には、いずれのポイントの路面状態も推定されていない。これは、図11(a)の全ての丸及び三角が白抜きで示されていることに対応する。
【0091】
図10のステップS101において、上述の図5で示した処理を用いて路線内の固定観測点の路面状態を取得する。図11(b)に示すように、推定処理により取得した路面状態を、それぞれ固定観測点A、Bの路面状態とする。固定観測点A,Bにおける丸の塗りつぶし模様の相異は、異なる路面状態であることを示している。
【0092】
ステップS102において、非固定観測点における路面状態の初期状態を設定する。図11(c)に示すように、最も近い固定観測点の路面状態と同じ状態を初期状態とすることが、妥当である。道路構造にも依存するので確実にはいえないが、基本的には、距離的に近い路面は、同じ状態にある可能性が高いからである。図示の例では、路線内の両端に固定観測点があるので、いずれの非固定観測点についても、最も近い固定観測点は路線内にある。しかしながら、最も近い固定観測点が路線外にあってもよい。
【0093】
ステップS103において、図7で示した処理を用いて、路線温度分布の推定結果を取得する。これにより、各非固定観測点における路面温度の推定値が得られる。
【0094】
ステップS104において、メッシュ気象データに基づいて数17を用いて正味放射量NRを算出する。
【0095】
【数17】

【0096】
ステップS105において、ステップ102で設定した非固定観測点の初期状態に対して路面状態遷移フローを適用する。路面状態遷移フローにおいては、ステップ103で取得した路面温度の推定値と、ステップ104で算出した正味放射量を用いる。併せて、降水または降雪の有無についての情報も用いる。
【0097】
図12は、図10のステップS105の路面状態遷移フローを、模式的に示した図である。5つの円は、図6で説明した5分類の路面状態に相当する。1つの円から他の円へ向かう矢印は、路面温度、正味放射量、降水及び降雪が図示の条件に該当する場合に、別の路面状態に遷移させる処理を示している。これらの要素が図示の条件に該当しない場合は、路面状態は初期状態のままである(同じ円に戻る矢印)。図12の模式図は、上方側が凍結リスクが低い状態であり、下方側が凍結リスクの高い状態である。
【0098】
図11(d)は、図12の路面状態遷移フローを適用した後の状況を示している。路面状態が初期状態から遷移した非固定観測点の三角は、別の塗りつぶし模様で示されている。このようにして、非固定観測点の路面状態を推定できる。固定観測点の路面状態と合わせて、路線全体の路面状態を推定できたことになる。
図10のステップS106において、推定された路線の路面状態を出力し、データ保存部に保存する。
【0099】
(6)予測システムとしての利用
図13は、上述した路面温度/路面状態推定システムを、固定観測点の路面状態の予測システムとして用いた場合の概略フローを示している。
時刻tの予測を行う場合は、上述の固定観測点の路面温度推測処理において、観測データとして時刻tの予測データを入力し(符号1a)、熱収支モデルの式を解く(符号1b)。この結果、時刻tの最大凍結融解熱量の予測値が得られる(符号1c)。この最大凍結融解熱量の予測値を用いて、上述の固定観測点の路面状態推測処理を実行する。水収支モデルの式を解くことにより(符号2a)、時刻tにおける水・雪・氷の貯留量の予測値が得られる(符号2b)。この水・雪・氷の貯留量の予測値を用いて、路面状態判別フローを適用し(符号2c)、時刻tにおける固定観測点の路面状態の予測値を得ることができる(符号2d)。
【0100】
図14は、本発明の路面温度/路面状態推定システムを、路線の路面温度分布及び路面状態の予測システムとして用いた場合の概略フローを示している。
時刻tの予測を行う場合は、上述の固定観測点の路面温度推測処理において、観測データとして時刻tの予測データを入力して熱収支モデルの式を解く。この結果、時刻tの固定観測点の路面温度の予測値が得られる(符号1c)。時刻tの雲量・風速の予測データに基づいて大気安定度の予測値を決定する(符号3c)。予め作成されたサーマルマッピングデータ(符号3a)と、大気安定度の予測値と、路面温度の予測値とを用いて上述の路線の路面温度分布推測処理を適用することにより(符号3b)、時刻tにおける路線の路面温度分布の予測値が得られる(符号3d)。
【0101】
さらに、図13で示したように、時刻tにおける固定観測点の路面状態の予測値を得る(符号2d)。そして、時刻tにおける路線の路面温度分布の予測値、並びに正味放射量データの予測値を用いて、上述の路線の路面状態推測処理を適用することにより(符号4a)、路線の路面状態の予測値が得られる(符号4d)。
【0102】
図13及び図14に示した予測システムにおいては、入力する観測データとして、例えば、10分後、20分後..1時間後、1時間10分後..というように、10分毎の予測値を入力することにより、固定観測点の路面状態並びに路線の路面温度分布及び路面状態の10分毎の予測値を得ることができる。観測データの24時間後の予測値を入力すれば、24時間後の固定観測点の路面状態が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の路面温度/路面状態推定システムを、路面情報を提供するためのシステムに適用した一例の概略構成図である。
【図2】本システムの主要部である路面温度/路面状態推定部の概略的な構成図である。
【図3】図2の固定観測点の路面温度推定処理部における処理の流れを示すフロー図である。
【図4】本システムで用いる路面での水収支モデルの概念図であり、(a)は水の収支、(b)は雪の収支、及び(c)は氷の収支を示す。
【図5】図2の固定観測点の路面状態推定処理部における処理の流れを示すフロー図である。
【図6】図5のステップS56の路面状態判別フローの具体例を示したフロー図である。
【図7】図2の路線の路面温度分布推定処理部における処理の流れを示すフロー図である。
【図8】(a)は、サーマルマッピング例であり、(b)は雲量及び風速から大気安定度を求めるための表である。
【図9】図8のステップS75において路面温度分布を求める処理を、模式的に表した図である。
【図10】図2の路線の路面状態推定処理部4における処理の流れを示すフロー図である。
【図11】(a)〜(d)は、図10のフローを、模式的に表した図である。
【図12】図10のステップS105の路面状態遷移フローを、模式的に示した図である。
【図13】本発明の路面温度/路面状態推定システムを、固定観測点の路面状態の予測システムとして用いた場合の概略フローを示している。
【図14】本発明の路面温度/路面状態推定システムを、路線の路面温度分布及び路面状態の予測システムとして用いた場合の概略フローを示している。
【図15】路面での熱収支モデルを示した概念図である。
【図16】数1〜数5を用いて固定観測点の路面温度を推定する処理フローを示す流れ図である。
【符号の説明】
【0104】
10 路面温度/路面状態推定システム
11 外部データ取得部
12 路面温度/路面状態推定部
13 ウェブページ作成部
14 データ保存部
16 観測データ計測手段
17 サーマルマッピングデータ計測手段
18 ネットワーク等

【特許請求の範囲】
【請求項1】
路面の固定観測点における観測データと、路面の熱収支モデル及び水収支モデルとを用いて、該固定観測点における水貯留量(qwater)、雪貯留量(qwater)及び氷貯留量(qice)を推定するシステムであって、
(a)前記熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(lE)と、地中伝導熱量(G)と、水の凍結または雪もしくは氷の融解に利用可能な最大凍結融解熱量(M')とを含んでおり、前記赤外放射量、顕熱伝達熱量、潜熱伝達熱量及び地中伝導熱量の項に含まれる路面温度(Ts)を凍結温度(Tf)に設定するとともに該熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記最大凍結融解熱量(M')を算出する第1の手段と、
(b)前記最大凍結融解熱量(M')と、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量(M)を算出する第2の手段と、
(c)前記水収支モデルの式が、前記水貯留量の変化率を示す水収支の式と、前記雪貯留量の変化率を示す雪収支の式と、前記氷貯留量の変化率を示す氷収支の式とからなりかつ各変化率の式は前記凍結融解熱量を変数として含んでおり、前記第2の手段とともに用いることにより、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量をそれぞれ算出する第3の手段と、を備えたことを特徴とする水・雪・氷貯留量推定システム。
【請求項2】
路面の固定観測点における観測データと、路面の熱収支モデル及び水収支モデルとを用いて、該固定観測点における水貯留量(qwater)、雪貯留量(qwater)及び氷貯留量(qice)を推定し、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量に基づいて該固定観測点における路面状態を推定するシステムであって、
(a)前記熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(lE)と、地中伝導熱量(G)と、水の凍結または雪もしくは氷の融解に利用可能な最大凍結融解熱量(M')とを含んでおり、前記赤外放射量、顕熱伝達熱量、潜熱伝達熱量及び地中伝導熱量の項に含まれる路面温度(Ts)を凍結温度(Tf)に設定するとともに該熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記最大凍結融解熱量(M')を算出する第1の手段と、
(b)前記最大凍結融解熱量(M')と、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量(M)を算出する第2の手段と、
(c)前記水収支モデルの式が、前記水貯留量の変化率を示す水収支の式と、前記雪貯留量の変化率を示す雪収支の式と、前記氷貯留量の変化率を示す氷収支の式とからなりかつ各変化率の式は前記凍結融解熱量を変数として含んでおり、前記第2の手段とともに用いることにより、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量をそれぞれ算出する第3の手段と、
(d)算出された前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量に基づいて各貯留量の有無または相対的な多少を判断することにより、前記固定観測点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する第4の手段と、を備えたことを特徴とする固定観測点の路面状態推定システム。
【請求項3】
前記第4の手段が、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量について、全てが0であるか否か、水貯留量のみが0でないか否か、氷貯留量が最大であるか否か、及び水貯留量が雪貯留量より多いか否か、を順次判断することにより、乾燥状態、湿潤状態、シャーベット状態、凍結状態及び積雪状態からなる5分類の路面状態のいずれであるかを推定することを特徴とする請求項2に記載の固定観測点の路面状態推定システム。
【請求項4】
路面状態を予測するために、前記観測データとして、対象とする時点の予測データを用いることを特徴とする請求項2または3に記載の固定観測点の路面状態推定システム。
【請求項5】
路線に含まれる固定観測点における観測データと、路面の熱収支モデルとを用いて、該路線における路面温度分布を推定するシステムであって、
(a)前記路線に沿って連続的に路面温度を観測して得たサーマルマッピングデータと、その観測時の大気安定度とを対応付けて予めデータベースに保存する第1の手段と、
(b)前記熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(lE)と、地中伝導熱量(G)とを含んでおり、該熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記固定観測点の路面温度(Ts)を算出する第2の手段と、
(c)前記路線の大気安定度に基づいて前記データベースを参照し、対応するサーマルマッピングデータを抽出する第3の手段と、
(d)前記第2の手段により算出された前記固定観測点の路面温度(Ts)と、前記第3の手段により抽出された前記サーマルマッピングデータにおける該固定観測点の路面温度(Ttm)との差の分だけ、該サーマルマッピングデータを温度軸に沿って移動させたものを、該路線の路面温度分布と推定する第4の手段と、を備えたことを特徴とする路線の路面温度分布推定システム。
【請求項6】
路線の路面温度分布を予測するために、前記観測データ及び前記大気安定度として、対象とする時点の予測データを用いることを特徴とする請求項5に記載の路線の路面温度分布推定システム。
【請求項7】
路線の路面状態を推定するシステムであって、
請求項2または3に記載の固定観測点の路面状態推定システムと、
請求項5に記載の路線の路面温度分布推定システムと、を備えており、さらに、
(a)前記路線内の固定観測点の路面状態については、請求項2または3に記載の固定観測点の路面状態推定システムを用いて路面状態を推定する第1の手段と、
(b)前記路線内の非固定観測点の路面状態については、請求項5に記載の路線の路面温度分布推定システムにより推定された路線の路面温度分布と、気象データから算出された正味放射量(NR)とに基づいて、該非固定観測点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する第2の手段と、を備えたことを特徴とする路線の路面状態推定システム。
【請求項8】
前記第2の手段が、
前記非固定観測点の路面状態の初期値を、最も近い固定観測点と同じ状態に設定する初期状態設定手段と、
降水の有無、降雪の有無、前記路面温度分布から得た路面温度が0℃以上か以下か、または、前記正味放射量(NR)が正か負かを判断することにより、路面状態を前記初期状態のままとするかまたは該初期状態から別の状態に遷移させる手段とを備えたことを特徴とする請求項7に記載の路線の路面状態推定システム。
【請求項9】
路線の路面状態を予測するために、前記観測データとして、対象とする時点の予測データを用いることを特徴とする請求項7または8に記載の路線の路面状態推定システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−243884(P2009−243884A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−87051(P2008−87051)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(301031392)独立行政法人土木研究所 (107)
【出願人】(397039919)財団法人日本気象協会 (29)