説明

地下水汚染発生リスクの推定方法

【課題】汚染土壌が将来、地下水汚染を発生させる可能性について予測し、そのサイトにおける人の健康リスクや地下水汚染発生リスクに応じ、サイト毎に対策の必要性を検討することができるようにした地下水汚染発生リスクの推定方法を提供することが課題である。
【解決手段】重金属で汚染された土地における土壌調査で得られた土壌溶出量基準超過地点を把握して地下の概念モデルを作成すると共に、汚染状況、及び水文地質状況に基づき、土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、分子拡散係数、分散長、吸着特性を含む水分移動と物質(重金属)移動のパラメータを算出または取得し、移流拡散方程式を用いてまず、汚染発生時から現在までの期間の地中における重金属濃度プロファイルを算出して現在の汚染状況と比較し、妥当性を確認した後、将来の重金属濃度プロファイルを算出して地下水汚染発生リスクを推定するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地下水汚染発生リスクの推定方法に係り、特に、汚染土壌が将来、地下水汚染を発生させる可能性について予測し、その土地における地下水汚染発生リスクに応じて、土壌汚染のある土地毎に積極的な対策の必要性を検討することができるようにした、地下水汚染発生リスクの推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、工場跡地の再開発や稼働中の工場における環境管理の一環として実施される土壌調査により、鉛や砒素、カドミウム、6価クロム、水銀、セレン等の重金属による土壌汚染が顕在化する事例が増えている。こういった重金属類による土壌汚染は地下水汚染の原因となるため、日本では、土壌汚染対策法の土壌溶出量基準によって許容される最大溶出量が規制されている。
【0003】
一般的な土壌汚染に対する対策としては、封じ込め工法、不溶化・固定化工法、浄化工法、掘削除去などがある。また、地下水汚染が発生しない状況では地下水のモニタリングという管理方法も認められている。このうち封じ込め工法には遮水工や遮断工があって、どちらも汚染土を遮水壁や遮断壁で封じ込める工法であるため、土地の再利用が極めて困難となって近隣住民の理解が得られない難点がある。
【0004】
不溶化・固定化工法には、化学的不溶化工法、セメント固化工法、地化学的固形化工法等がある。このうち化学的不溶化工法は塩化第二鉄等の薬剤を利用して化学的に無害化する工法で、再溶出の可能性があり、また、セメント固化工法も再溶出の可能性があって、長期安定化にはどちらも問題がある。地化学的固形化工法は新結晶鉱物中に特定有害物質を固定化する工法で、地化学的に安定しており、長期安定性に優れる。
【0005】
また浄化工法は、揚水抽出工法、電気分解工法、加熱処理工法、洗浄工法等があり、揚水抽出工法はボーリング孔を利用して水を強制循環させ、汚染物質を抽出除去する方法である。電気分解工法は電流によって汚染物質を電気分解し、金属イオンを回収する工法であり、加熱処理工法は、汚染物質を加熱して揮発あるいは燃焼させ、回収又は空中放散する方法である。洗浄工法は汚染土・地層を掘削後に洗浄分級、あるいは原位置にて高圧洗浄し、細粒堆積物と共に重金属を除去して含有量と溶出量を減少させる工法である。これらの浄化工法は、いずれの工法でも有害物質が減少する効果はあるが、重金属含有量の除去率はせいぜい30〜70%で、数10%以上が残留するという問題がある。
【0006】
さらに掘削除去は、汚染土を掘削し外部に搬出する方法であり、汚染土はほぼ完全に対象地からなくなるものの、土壌汚染対策費用が非常に高額となって事業者の経済的負担が大きくなる。また、除去した土壌をどのようにして廃棄するかという問題もあり、地下水が浅いところに存在する場所に廃棄した場合、廃棄によって汚染が発生する可能性も出てくる。
【0007】
このように汚染土対策には各工法に一長一短があるが、基準値を超過する土壌が将来、地下水汚染を発生させる可能性を定量化する方法が無いことから、地下水汚染発生のリスクは否定できないために、主に、全て掘削除去する対策が採用されているのが現状である。その結果、前述したように汚染土の対策費用の負担や汚染土壌の処分先の問題が生じている。
【0008】
一方、重金属類による土壌溶出量基準超過土壌に起因して地下水汚染が発生するリスクは、対象地の土質、地下水位、汚染物質の種類と量、汚染の発生メカニズム、降雨量等、多くの対象地特有の性質によって変化する。つまり、土壌溶出量基準を超過する土壌が存在しても、将来に渡って地下水汚染が発生しないことも十分に考えられる。そのため、一律の基準値を適用するのではなく、地下水汚染が発生するリスクに応じ、土地(以下、土壌汚染が存在する可能性のある土地をサイトと称する)毎に対策の必要性を検討し、浄化の必要性を判断することが求められつつある。
【0009】
こういった汚染土壌の浄化に関しては、例えば特許文献1に、重金属の汚染土を洗浄して洗浄濁水と洗浄処理土に分離する洗浄工程と、その洗浄処理土からの重金属の溶出成分を固定化する土壌安定化工程を有し、好ましくは前記洗浄工程において分離された洗浄濁水を、水処理工程で処理水と重金属を含む固形物に分離し、土壌中の汚染物質の含有量を基準以下に抑え、かつ溶出量を基準以下に抑えることができるようにした汚染土の浄化工法が示されている。
【0010】
【特許文献1】特開2005−238207号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、この特許文献1に示された汚染土の浄化工法は前記した浄化工法であり、汚染土における鉛と砒素の含有量が低減された値がサンプルとして示されてはいるが、その土地における人の健康リスクや地下水汚染発生リスクに応じ、サイト毎に対策の必要性を検討する、ということはおこなわれていない。
【0012】
そのため本発明においては、汚染土壌が将来、地下水汚染を発生させる可能性について予測し、そのサイトにおける地下水汚染発生リスクに応じ、サイト毎に対策の必要性を検討することができるようにした、地下水汚染発生リスクの推定方法を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため本発明になる地下水汚染発生リスクの推定方法は、
重金属で汚染された土地におけるこれらの汚染に起因する将来の地下水汚染発生リスクの推定方法であって、
重金属で汚染された土地における土壌調査で得られた土壌溶出量基準超過地点において、汚染状況、及び水文地質状況に基づき対象地の概念モデルを作成すると共に、土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、分子拡散係数、分散長、吸着特性を含む水分移動と物質(重金属)移動のパラメータを算出または取得し、
前記概念モデルと算出または取得したパラメータとにより移流拡散方程式を用い、予測される汚染発生時から現在までの期間の地中における重金属濃度分布状況を算出して前記土壌調査により得られた汚染状況と比較し、両者の差が予め定めた閾値以下の状態で、前記概念モデルと算出または取得したパラメータ、及び前記移流拡散方程式とで将来の重金属濃度分布状況を算出し、重金属で汚染された土地におけるこれらの汚染に起因する将来の地下水汚染発生リスクを推定することを特徴とする。
【0014】
このように土壌調査により得られた汚染状況、及び水文地質状況に基づき、地中における水分移動と物質(重金属)移動のパラメータを収集し、地下水汚染発生リスクを推定することで、従来は困難であった重金属による地下水の汚染程度を正確に推定することができる。また、最初に汚染発生時から現在までの期間の重金属濃度分散状況を求め、土壌調査により得られた汚染状況と比較して両者の差が予め定めた閾値以下、即ち求めた汚染状況が妥当なものか否かを検証してから将来の汚染リスクを算出することで、より、確度の高い地下水汚染発生リスクの推定が可能となる。
【0015】
そして本発明では、前記土壌調査によって得られた土壌の粒径分布、有機物含有量により、予めデータベースに記憶した前記土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、吸着特性を選択して取得し、対応するデータがない場合は室内実験によりパラメータを算出することで、実験によるパラメータを求める作業は多大な時間と費用がかかるが、過去に算出したデータがある場合はそれを有効利用することができ、費用と時間の節約をはかることができる。
【0016】
また、前記重金属の土壌への吸着特性の室内実験による算出は、
Asadsorbを乾土1g当りの重金属吸着量(mg g−1
Astotalを乾土1g当りの全重金属量(mg g−1
Wsoil を分析に使用した乾燥土壌重量(g)
Assoluteを蒸留水抽出試験における土壌溶液中の重金属濃度(mg cm−3
vwater を蒸留水抽出試験に用いた水の体積(cm
Astotal(before)を室内実験前の乾土1g当りの全重金属量(mg g−1
としたとき、下記(1)式により土壌中の重金属吸着量を、(2)式により試験前の土壌中の全重金属量を算出することで、正確に重金属吸着量を算出することができる。
【数1】

【0017】
さらに、前記地下水汚染発生リスクの推定は、
RiskGW,yearを対象期間中(year)、対象重金属の地下水汚染リスク(添字yearはリスク評価の対象期間)
CGWcal,yearを対象期間中(year)、計算された地下水中の対象物質の最高濃度(mgl−1、添字maxは最大値)
CGwcriteriaを対象物質の地下水環境基準(mgl−1
としたとき、地下水環境基準に対する対象となる期間に算出された、地下水中の汚染物質濃度の最大値の比を下記(3)式で算出することを特徴とする。
【数2】

【発明の効果】
【0018】
以上記載のごとく本発明になる地下水汚染発生リスクの推定方法は、従来は困難であった重金属による地下水の汚染程度を正確に推定することができ、また、最初に汚染発生時から現在までの期間の重金属濃度分散状況を求め、それが妥当なものか否かを検証してから将来の汚染リスクを算出するから、より、確度の高い地下水汚染発生リスクの推定が可能となる。
【0019】
また、土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、吸着特性を予めデータベースに記憶させ、土壌調査によって得られた土壌の粒径分布、有機物含有量により対応するパラメータを選択することで、過去に算出したデータを有効利用し、費用と時間の節約をはかることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例を例示的に詳しく説明する。但しこの実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【実施例1】
【0021】
最初に本発明の地下水汚染発生リスクの推定方法の概略につき、図1に示したフロー図を用いて説明する。本発明では、まず、ステップS11で土壌汚染のある現地における表層土壌調査、ボーリング調査、地質調査、地下水調査、土壌分析などの土壌調査を実施し、ステップS12でリスク評価地点、対象物質(汚染対象の重金属)の選定をおこなう。
【0022】
そして、得られた対象地の地中における汚染、及び水文地質状況などの調査結果を基に、ステップS13で対象重金属の土壌溶出量と全含有量の深度方向の濃度分布を把握し、対象地の地質分類、対象とする帯水層の地下水位、厚さ、周辺の地下水利用地点などをもとに、概念モデルとして単純化する。
【0023】
またステップS14で、現地の水文地質状況における不飽和帯の水、物質(重金属)の移動シミュレーションに必要な、水分移動、物質(重金属)移動パラメータ、すなわち土壌水分特性曲線(土壌の保水性を現す曲線で、吸引力と土壌の含水量(保水量)で表される)、飽和透水係数(飽和された土壌中を通過する見かけの水の速度)、土粒子密度(土粒子の密度)、乾燥密度(土壌(土粒子、土壌水分、土壌空気の三相を含んだものをさす)の密度)、分子拡散係数(重金属が濃度勾配により移動する比例定数)、分散長(土壌中の水移動における水理学的な分散による影響の係数)、吸着特性(土壌溶液中に溶解している重金属類と土粒子に吸着している重金属類の濃度の比(土壌、物質によって異なる))などのパラメータを文献から取得したり、室内試験により得た粒度分布、有機物含有量を用いて過去のデータを記憶したデータベースから取得する方法もある。この際、データベースから取得できない項目については、室内試験などを実施して算出する。
【0024】
そして、それら収集したデータとパラメータを基に、ステップS15で移流拡散方程式を用い、予測される汚染発生時から現在までの期間(以下、汚染期間と称する)につき、重金属の地中の移動についてのシミュレーション1を実施し、ステップS16で、このシミュレーション1により予測された地中の重金属濃度プロファイル(深度方向の分布状況)と、現在のプロファイルとを比較してシミュレーション1の妥当性、すなわち、予測された地中の重金属濃度プロファイルと現在のプロファイルとの差を求め、その差が予め定めた閾値以下の状態か否かを確認する。このとき、分散長について調整を行う。なお、この妥当性の結果、予測された地中の重金属濃度プロファイルと現在のプロファイルとが大きく異なり、妥当性がないと判断された場合は、再度ステップS14に戻り、パラメータの見直しを行って以上の処理を繰り返す。
【0025】
その後、ステップS17で、これらの結果を基に前記移流拡散方程式を用い、現在から例えば100年後、300年後、500年後、1000年後迄(シミュレーションを実施する年数はピークに達する年数によって異なる)のシミュレーション2を実施し、土壌中の重金属がどのように土壌中を浸透していくか、の濃度プロファイルおよび地下水中の重金属濃度を算出する。
【0026】
そして、ステップS18でこの結果をふまえ、もし対策を実施しなかった場合の当該地における地下水汚染発生リスクの評価、さらにステップS19で対策を実施しなかった場合の敷地外への汚染地下水の流出リスクの評価をそれぞれ実施し、それらに基づいて、ステップS20で対策方法の検討し、その場合の地下水汚染発生リスクと対策の費用対効果の検討を行って終了する。
【0027】
このようにして地下水汚染発生リスクの推定を行うわけであるが、次に、この本発明になる地下水汚染発生リスクの推定方法を実施する装置を、図2に示したブロック図により説明する。
【0028】
この図2において10は地下水汚染発生リスク推定装置であり、11はこの地下水汚染発生リスク推定装置10が必要なデータを入力する入力装置で、前記図1のステップS11で実施した土壌汚染のある現地における、土壌調査により得られたリスク評価地点の地質分類、対象とする帯水層の地下水位、厚さ、周辺の地下水利用地点、対象物質(汚染対象の重金属)、対象重金属の土壌溶出量と全含有量の深度方向の濃度分布、また前記ステップS14で、データベースなどから取得する、とした水分移動、重金属移動パラメータ、すなわち土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、分子拡散係数、分散長、吸着特性などのパラメータを取得するための、土壌の粒径分布、有機物含有量などを入力する。12は出力装置で、表示装置やプリンタなどを用いるが、例えばインターネットなどの通信回線を用い、地下水汚染発生リスクの算出依頼をしたユーザなどに直接配信できるようにしても良い。
【0029】
また地下水汚染発生リスク推定装置10は、制御装置101、数式プログラム記憶装置102、シミュレーション計算に必要なパラメータなどを記憶した記憶装置103などで構成され、さらに制御装置101はCPU1011、演算装置1012を含んで構成される。また、数式プログラム記憶装置102はシミュレーション計算に必要な各種数式を記憶し、それらは後記する移流拡散方程式を解く有限要素数値解析プログラム1021、Van Genuchtenの式1022、土壌への重金属の吸着量算出式1023、Freundlich型の吸着等温式1024、リスク評価計算式1025、対策費用算定式1026などである。シミュレーション計算に必要なパラメータなどを記憶した記憶装置103は、演算結果を記憶する演算結果記憶装置1031、土壌水分特性曲線を記憶する土壌水分特性曲線記憶装置1032、各種土壌の飽和透水係数を記憶した飽和透水係数記憶装置1033、同じく乾燥密度を記憶している乾燥密度記憶装置1034、同じく吸着特性を記憶している吸着特性記憶装置1035などで構成される。
【0030】
この図2に示した装置の動作を、前記図1で説明したフロー図と対応させて説明すると、図1のステップS11で実施された土壌調査によりステップS12で、リスク評価地点、対象物質(汚染対象の重金属)の選定がおこなわれ、ステップS13で概念モデルが作成されると、まずそのデータと土壌調査の結果が入力装置11により地下水汚染発生リスク推定装置10に入力される。
【0031】
すると制御装置101は、ステップS14で入力された土壌の粒径分布、有機物含有量、及び土壌調査結果のデータから、シミュレーション計算に必要な水分移動、物質(重金属)移動パラメータ、すなわち土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、分子拡散係数、分散長、吸着特性などを記憶装置103の土壌水分特性曲線記憶装置1032、飽和透水係数記憶装置1033、乾燥密度記憶装置1034、吸着特性記憶装置1035、などから取得する。この際、データベースに記憶されていないパラメータについては、別途室内試験などを実施して算出し、その算出結果をパラメータデータとしてこれらパラメータデータベースに追加する。
【0032】
こうしてシミュレーション計算に必要なパラメータが得られたら制御装置101は、それらのデータとパラメータを用い、数式プログラム記憶装置102に記憶されている移流拡散方程式(有限要素数値解析プログラム1021)を用い、ステップS15で予測される汚染発生時から現在までの期間(以下、汚染期間と称する)につき、重金属の地中の移動についてのシミュレーション1を演算装置1012に実施させる。そしてステップS16で、このシミュレーション1により予測された地中の重金属濃度プロファイルと、土壌調査で得られたプロファイルとを比較し、シミュレーション1の妥当性を確認する。この確認は、シミュレーション計算で得られた値と土壌調査で得られたプロファイルとを比較し、その差が予め定めた閾値より大きいか否か、で自動的に判断させたり、出力装置12にシミュレーション計算結果と土壌調査で得られたプロファイルとを表出し、人が判断するようにしても良い。
【0033】
そしてこのシミュレーション計算の結果が妥当である、と判断された場合、同様にしてステップS17で、これらの結果を基に前記移流拡散方程式を用い、現在から例えば100年後、300年後、500年後、1000年後迄のシミュレーション2を実施し、土壌中の重金属がどのように土壌中を浸透していくか、の濃度プロファイルおよび地下水中の重金属濃度を算出して、出力装置12に出力し、さらに、リスク評価計算式1025により地下水汚染発生リスクの評価と、対策を実施しなかった場合の当該地における地下水汚染発生リスク、敷地外への汚染地下水の流出リスク、対策方法の検討と対策費用算定式1026を用いた費用対効果の検討を行って、それぞれの結果を出力装置12に出力するわけである。
【0034】
以上が本発明の概略と地下水汚染発生リスクの推定方法を実施する装置の説明であるが、次に、図3乃至図6を参照し、図1のステップS13で対象地の土壌調査により得られたデータで作成した、地質分類、対象とする帯水層の地下水位、厚さ、周辺の地下水利用地点などの概念モデル(図3)、シミュレーションで用いたパラメータである水分移動に関する土壌水分特性曲線の一例のグラフ(図4)、盛土に対する重金属(この場合は砒素を例としている)の吸着特性(図5)、これらシミュレーションに用いるパラメータを一覧とした図6について説明する。
【0035】
まず、汚染された土地の概念モデルである図3は、前記図1のフロー図におけるステップS11で現地において実施した、表層土壌調査、ボーリング調査、地質調査、地下水調査、土壌分析などにより得られた対象地の汚染及び水文地質状況などのデータを基に、ステップS13で対象重金属の土壌溶出量と全含有量の深度方向の濃度分布、対象地の地質分類、対象とする帯水層の地下水位、厚さ、周辺の地下水利用地点などを概念モデルとして単純化したものである。なお、以下の説明では、重金属は砒素の場合を例に説明する。
【0036】
図中、縦軸は地表からの深さ(単位:cm)を示し、横軸は、図の上部に設けた目盛が重金属(砒素)の土壌溶出量(単位:mgl−1)、下部に設けた目盛が同じく砒素の全含有量(単位:mgkg−1)であり、ポイントAは砒素の最高濃度が確認された地点、ポイントBは対象地の平均的な汚染濃度分布を示した地点、右側の「サイトの概念モデル」と書かれた部分の図は、サイトの土壌と地下水位を示したものである。また、ポイントA、ポイントBにおいて□は砒素の全含有量、●は土壌溶出量を示している。
【0037】
この図3に示した地下水汚染発生リスク推定を行った土地は、この例えば1985年頃に造成されて、この図3に示したように、地表面から6m程度まで盛土の盛土層が存在し、その下層には粘土層が存在する。また地下水位は地表面から6m程度で確認され、対象地全域における表層土壌調査、およびボーリング調査により、土壌溶出量基準を超過する砒素が確認されたが、地下水中の砒素濃度は定量下限値以下(0.001mgl−1)である。
【0038】
前記したように砒素の最高濃度はポイントAで確認され、土壌溶出量で0.058mgl−1(土壌溶出量基準0.001mgl−1)、全含有量で70mgkg−1である。対象地の平均的な汚染濃度分布を示したポイントBは、土壌溶出量が0.02mgl−1、全含有量が26mgkg−1となっている。また、汚染により土壌中に浸透した全砒素量を、各地点の深度毎の全砒素含有量より算出した結果、ポイントAで約27mgkg−1、ポイントBで約6mgkg−1となった。なお、この概念モデルは、図2のブロック図における入力装置11で入力され、シミュレーション計算の際に使われる。
【0039】
図4は、地中の水分移動に関する土壌水分特性曲線の一例である。これは図1のフロー図におけるステップS14において作成したもので、サイトを構成する盛土について土壌水分特性を求めるための室内実験をおこない、図4に●で示した値を得た。この図4において、横軸は含水率、縦軸は圧力水頭の対数値(cmHO)である。この図4に●で示したデータを土壌水分特性曲線の勾配を求める場合に一般的に使われている、van Genuchtenの式(図2のブロック図における1022で示した式)を用いて図4に破線で示したように補間し、同定して図6に土壌水分特性曲線として示したようなパラメータを得た。ここで得た結果は、図2のブロック図の1032で示した土壌水分特性曲線記憶装置に記憶される。
【0040】
盛土に対する砒素の吸着特性は、以下のいずれかの方法で求める。一つは、現地の土壌の全砒素含有量、および固液比1対10で6時間の振とうによる蒸留水抽出試験で土壌溶液中の砒素濃度を分析する方法である。もう一つは、対象土質中の対象砒素の全含有量(Astotal(before))、溶出量(CO)、pH、を測定するもので、土壌そのもののpHは、乾土1に対して2.5倍量の蒸留水を加え、振とうして1時間以上放置し、測定前に軽く掻き混ぜて縣濁状態にした後、pHメータの電極を付け、30秒以上経過してpHが安定になった時点で値を読み取っておこなう。
【0041】
砒素を添加した溶液の濃度は、基準値、基準の10倍、100倍、1000倍の4濃度の溶液を作成する。これは、風乾土壌20g(Wsoil)、濃度調整溶液200ml(Vwater)を用意し、ビーカー等で密封して振とう機で24時間混合(振とう回数:常温、常圧で毎分200回、振等幅4−5cm)し、振とう終了後、遠心分離して0.45μmのメンブランフィルターで溶液を濾過し、平衡溶液内の濃度(mg/l)(As solute)、pH、ORPを測定した。そして、
Asadsorb:乾土1g当りの砒素吸着量(mg g−1
Astotal:乾土1g当りの全砒素量(mg g−1
Wsoil :分析に使用した乾燥土壌重量(g)
Assolute:蒸留水抽出試験における土壌溶液中の砒素濃度(mg cm−3
vwater :蒸留水抽出試験に用いた水の体積(cm
Astotal(before):試験前の乾土1g当りの全砒素量(mg g−1
としたときに、図2に1023で示した下記(1)式により土壌中の砒素吸着量を、(2)式により試験前の土壌中の全砒素量を算出し、(1)式により算出した土壌中の砒素吸着量を図5に●で示した値を得た。この図5において、横軸は土壌への砒素の吸着量(mg/g)、縦軸は土壌溶液中の砒素濃度(mg/cm)である。
【数1】

【0042】
そして、これらのデータを図2に1024で示したFreundlich型の吸着等温式によって補間し、図5に実線で示した関係を得た。同定されたパラメータを図6に示した。なお、この算出結果は図2のブロック図における吸着特性記憶装置1035に記憶され、上記式(1)、(2)は数式プログラム記憶装置102の土壌への重金属の吸着量算出式1023に記憶されている。
【0043】
図6に示したそれ以外のパラメータは、例えば飽和透水係数は飽和透水試験により求めた。その結果、盛土の飽和透水係数は36cm day−1(4×10−4cm s−1)であった。また、盛土の乾燥密度としては実測値を、砒素の分子拡散係数は文献値より、および分散長は、シミュレーション距離の1/10として60cmとして示した。また、降雨量は1986年〜2006年までの期間については、対象地近傍のアメダスより日単位のデータを得た。2007年以降のシミュレーションには、1986年から2006年までの降雨データを反復して使用した。
【0044】
また、地下水中の砒素濃度は、飽和帯(地表面から4m〜6m)の中心の深度(地表面から5m)の土壌溶液中の砒素濃度とした。実際には飽和帯では横方向の地下水移動があり、上流側から非汚染地下水が流入するため、地下水中の濃度は予測値よりも低濃度となると想定されるが、ここでは安全側を見て当該濃度に設定した。
【0045】
次に、図3に示した概念モデルの土地における、汚染開始から20年経過した状況(現況)における砒素の含有量のシミュレーションによる計算値と実測値の結果を示したグラフ(図7)、同じく汚染発生から100年後、300年後、500年後、1000年後のシミュレーション2の結果、算出された土壌溶液中の砒素濃度の予測値を示したグラフ(図8)、1000年後までの予測された地下水中の砒素濃度を示したグラフ(図9)などを用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【0046】
図3に示した土地における地下水汚染発生リスク推定シミュレーションの領域は、不飽和・飽和地盤とした地表面から6mまでの範囲を対象とした。水移動シミュレーションの上端境界条件には降雨を与え、裸地表面からの蒸発散は小さい、また地下水汚染に対して安全側の評価とし、ここでは無視した。下端境界条件は、一定水頭を200cm(地表面から4mに地下水面)に設定した。物質移動シミュレーションでは降雨中には砒素を含まないとし、上端境界を濃度フラックス条件、下端境界を濃度勾配ゼロ条件とした。また砒素は表層付近から付加されたものとし、ポイントAでは20mgkg−1、ポイントBでは8mgkg−1を初期条件として、表層10cmに現在土層に存在する全砒素が含まれる初期条件とした。
【0047】
地下水汚染発生リスク推定シミュレーションの計算には、移流拡散方程式(有限要素数値解析プログラム)を用いた。このプログラムは図2のブロック図における1021に記憶されている。前記図1で説明したフロー図におけるステップS15の、現況の再現シミュレーション1の結果、汚染開始から20年経過した状況(現況)における砒素の含有量の、計算値と実測値の結果が図7である。この図7において、縦軸は地表からの深さ(単位:cm)、横軸は全含有量(単位:mgkg−1)であり、●は実測値、実線は計算値である。土壌中の砒素濃度のピークは、ポイントA、ポイントBともに地表面から25cm付近で観測され、よく再現されている。また、最高濃度は実測値と比較して計算値がわずかに小さかった。
【0048】
前記図1のフロー図におけるステップS17の、汚染発生から例えば100年後、300年後、500年後、1000年後のシミュレーション2も、移流拡散方程式(有限要素数値解析プログラム)を用い、算出された土壌溶液中の砒素濃度の予測値が図8である。この図8において、縦軸は地表からの深さ(単位:cm)、横軸は全含有量(単位:mgkg−1)であり、100年後、300年後、500年後、1000年後の含有量をそれぞれ文字で示してある。いずれの地点も、飽和帯(地表面から4m〜6m)において地下水環境基準を超過する濃度の砒素は検出されなかった。
【0049】
また、ポイントA、ポイントBともにピーク濃度の深度が深い方に移動し、500年後で地表面から170cm、1000年後で地表面から220cm付近にピークが確認された。また、時間の経過と共にピーク濃度が減少しており、ポイントBでは500年以降は、土壌溶出量基準や地下水環境基準である0.01mg−1以下である。一方、ポイントAではピーク濃度は減少しているものの、1000年後においても0.01mg−1を超過する濃度が確認された。
【0050】
1000年後までの予測された地下水中の砒素濃度を図9に示す。この図9において横軸は年、縦軸は地下水中の砒素濃度であり、0.01mgl−1の横線は地下水環境基準、0.001mgl−1の横線は定量下限値を示す。いずれの地点でも700年後までは濃度の大きな変化はない。ポイントAでは700年後に、ポイントBでは950年後に濃度が上昇し始める。しかしながら、1000年後の段階でも地下水環境基準(0.01mgl−1)や定量下限値(0.001mgl−1)に達しなかった。
【0051】
このように、当該地における土壌溶出量基準超過土壌を現状のまま残置しても、1000年後までは地下水汚染が発生する可能性は低いことが確認された。ただ、最高濃度が確認されたポイントAでは、1000年後においても土壌溶液中の砒素濃度の最高値が0.01mgl−1を超えているため(図8参照)、1000年後以降に地下水汚染が発生するリスクは残存していると判断される。一方、ポイントBでは500年後以降、土壌溶液中の砒素濃度の最高値が0.01mgl−1を下回っていることから、対象地において地下水汚染を発生させるリスクは極めて低いと考えられる。
【0052】
もちろん、シミュレーションは不確実性を有するため、汚染土壌を残置する状態で管理を続ける場合は、定期的な地下水のモニタリングを実施し、地下水中の砒素濃度を確認することが必要と考えられる。
【0053】
最後に図1のフロー図におけるステップS18、19、20の対策不実施による地下水汚染発生リスク評価と敷地外への汚染地下水流出リスク評価、及びリスク評価に基づく対策方法の検討と費用対効果の検討、であるが、まず地下水汚染発生リスクは、
RiskGW,year:対象重金属の地下水汚染リスク(添字yearはリスク評価の対象期間)
CGWcal :計算された地下水中の対象物質の濃度(mgl−1、添字maxは最大値)
CGwcriteria:対象物質の地下水環境基準(mgl−1
としたとき、地下水環境基準に対する対象となる期間に算出された、地下水中の汚染物質濃度の最大値の比で算定されるとして下記(3)式で計算した。なお、この(3)式は、図2に示したブロック図の1025に記憶されている。
【数2】

【0054】
このリスク評価の結果に基づき、まず(3)式による算出結果が大きい場合、対象期間において計算値が地下水環境基準を超過するため、地下水汚染の発生の可能性は高いと判断して積極的な対策の必要性がある。算出結果が地下水環境基準を超過しないものの、土壌の不均一性の観点から地下水汚染が発生する可能性がある場合も積極的な対策を取ることが望ましい。また、算出結果が小さい場合は地下水汚染が発生する可能性は低いから、積極的な対策は取らずにモニタリングによる管理とし、モニクリング頻度は算出結果の値によって変化させるようにする。そしてそれぞれのケースにおける、対策の費用対効果を図2の1026に記憶されている対策費用算定式で算出し、結果を検討して終了する。
【0055】
このようにして土壌調査により得られた汚染状況、及び水文地質状況に基づき、地中における水分移動と物質(重金属)移動のパラメータを収集し、地下水汚染発生リスクを推定することで、従来は困難であった重金属による地下水の汚染リスクを正確に推定することができる。また、最初に汚染発生時から現在までの期間の重金属濃度プロファイルを求め、それが妥当なものか否かを検証してから将来の汚染リスクを算出することで、より、確度の高い地下水汚染発生リスクの推定が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によれば、重金属による地下水の汚染リスクを正確に推定することができるから、必要な場合だけ対策を実施することができ、それによって高額な対策費用を掛けずに土地を有効利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明になる地下水汚染発生リスクの推定方法の概略フロー図である。
【図2】本発明になる地下水汚染発生リスクの推定方法を実施する装置の概略ブロック図である。
【図3】本発明になる地下水汚染発生リスクの推定方法の実際例を適用する土地の、地質状況を模式的に示した図である。
【図4】水分移動に関する土壌水分特性曲線の一例である。
【図5】盛土に対する砒素の吸着特性である。
【図6】シミュレーションに用いるパラメータの例である。
【図7】汚染開始から20年経過した状況(現況)における砒素の含有量の、計算値と実測値の結果を示したグラフである。
【図8】シミュレーション2により、汚染発生から100年後、300年後、500年後、1000年後の土壌中の砒素濃度の予測値を示したグラフである。
【図9】1000年後までの予測された地下水中の砒素濃度を示したグラフである。
【符号の説明】
【0058】
10 地下水汚染発生リスク推定装置
101 制御装置
1011 CPU
1012 演算装置
102 数式プログラム記憶装置
1021 移流拡散方程式を解く有限要素数値解析プログラム
1022 Van Genuchtenの式
1023 土壌への重金属の吸着量算出式
1024 Freundlich型の吸着等温式
1025 リスク評価計算式
1026 対策費用算定式
103 記憶装置
1031 演算結果記憶装置
1032 土壌水分特性曲線記憶装置
1033 飽和透水係数記憶装置
1034 乾燥密度記憶装置
1035 吸着特性記憶装置
11 入力装置
12 出力装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属で汚染された土地におけるこれらの汚染に起因する将来の地下水汚染発生リスクの推定方法であって、
重金属で汚染された土地における土壌調査で得られた土壌溶出量基準超過地点において、汚染状況、及び水文地質状況に基づき対象地の概念モデルを作成すると共に、土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、分子拡散係数、分散長、吸着特性を含む水分移動と物質(重金属)移動のパラメータを算出または取得し、
前記概念モデルと算出または取得したパラメータとにより移流拡散方程式を用い、予測される汚染発生時から現在までの期間の地中における重金属濃度分布状況を算出して前記土壌調査により得られた汚染状況と比較し、両者の差が予め定めた閾値以下の状態で、前記概念モデルと算出または取得したパラメータ、及び前記移流拡散方程式とで将来の重金属濃度分布状況を算出し、重金属で汚染された土地におけるこれらの汚染に起因する将来の地下水汚染発生リスクを推定することを特徴とする地下水汚染発生リスクの推定方法。
【請求項2】
前記土壌調査によって得られた土壌の粒径分布、有機物含有量により、予めデータベースに記憶した前記土壌水分特性曲線、飽和透水係数、土粒子密度、乾燥密度、吸着特性を選択して取得し、対応するデータがない場合は室内実験によりパラメータを算出することを特徴とする請求項1に記載した地下水汚染発生リスクの推定方法。
【請求項3】
前記重金属の土壌への吸着特性の室内実験による算出は、
Asadsorbを乾土1g当りの重金属吸着量(mg g−1
Astotalを乾土1g当りの全重金属量(mg g−1
Wsoil を分析に使用した乾燥土壌重量(g)
Assoluteを蒸留水抽出試験における土壌溶液中の重金属濃度(mg cm−3
vwater を蒸留水抽出試験に用いた水の体積(cm
Astotal(before)を室内実験前の乾土1g当りの全重金属量(mg g−1
としたとき、下記(1)式により土壌中の重金属吸着量を、(2)式により試験前の土壌中の全重金属量を算出することを特徴とする請求項1または2に記載した地下水汚染発生リスクの推定方法。
【数1】

【請求項4】
前記地下水汚染発生リスクの推定は、
RiskGW,yearを対象期間中(year)、対象重金属の地下水汚染リスク(添字yearはリスク評価の対象期間)
CGWcal,yearを対象期間中(year)、計算された地下水中の対象物質の最高濃度(mgl−1、添字maxは最大値)
CGwcriteriaを対象物質の地下水環境基準(mgl−1
としたとき、地下水環境基準に対する対象となる期間に算出された、地下水中の汚染物質濃度の最大値の比を下記(3)式で算出することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載した地下水汚染発生リスクの推定方法。
【数2】


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−64002(P2010−64002A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−232666(P2008−232666)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(508029343)国際環境ソリューションズ株式会社 (5)
【Fターム(参考)】