説明

地盤変位の予測方法および予測装置

【課題】 地盤変位が予測される地盤での地盤変位の時期を予測する。
【解決手段】 地盤変位を予測しようとする観測対象地区の地下水中の特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該イオン濃度が急激に上昇する変化が観測された場合、急上昇前の平均のイオン濃度に対して予め設定された倍率以上のイオン濃度の急上昇であった場合には、該イオン濃度上昇後の降水に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、前記設定倍率以下のイオン濃度の上昇であった場合には、該イオン濃度急上昇後の所定期間のあいだ連続降水量を測定し、該連続降水量が予め設定された設定連続降水量を超えた場合は地盤変位の可能性が高いと予測するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不安定な斜面地盤において発生する可能性のある地すべり、表層崩壊、がけ崩れなどの土砂災害をもたらすような地盤の変位を予測する地盤変位の予測方法および予測装置の技術分野に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、自然災害の一つとして土砂災害があり、このような土砂災害としては、傾斜地に発生する地すべり、表層崩壊、がけ崩れ、土石流などによる災害がある。
そして、このような傾斜地での土砂災害は、斜面地盤が変状したり移動したりする地盤崩壊、つまり地盤変位によって発生する。従って地盤変位の発生を予測することは、土砂災害を未然に防止するためにも重要である。
従来、地盤変位を測定する手法については、例えば、特許文献1に示されるように、地盤変位が発生するとされる任意の場所に測定用の孔を掘り、ここに歪みケーブルを挿入し、地盤変位によって生じる歪み量を計測することで地盤変位の測定をするようにしたものがある。
しかしながら、このものでは高価な測定機器が必要であるうえ、実際に斜面崩壊が発生している最中又は発生した後の地盤変位を測定するものであって、該地盤変位の発生を予測するものではない。
これに対し、特許文献2に示されるように、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する惧れのある地区の地下水中に含まれるナトリウムイオンや硫酸イオン等の特定イオンのイオン濃度を定期的に測定し、この測定値が急激に上昇した場合には、これを地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する前兆であると予測するものがある。
このものは、風化の進行等により土粒子が微細化すると、地盤内の応力に変化が生じてすべり面が発生し、このすべり面が成長することによってさらにすべり面近傍の土粒子が微細化していくという現象を捉え、このように微細化した土粒子表面を通過した地下水は、摺動力を受けていない比較的大きな土粒子表面を通過した地下水に比べてイオン濃度が高くなることに着目したもので、地盤変位の観測対象地区を流れる地下水のイオン濃度を継続的に測定し、イオン濃度が上昇した場合には地下水が通過してきた地盤のどこかにすべり面が発生したと観測し、このようなすべり面の発生によって地盤変位の起こる可能性が高いと予測するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第2847180号公報
【特許文献2】特許第4219100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献2のものは、地盤変位の観測対象地区を流れる地下水のイオン濃度を継続的に測定し、イオン濃度が急激に変化した場合はすべり面が発生したとして地盤変位の予測を行うもので、このようにして災害発生前に地盤変位の原因となるすべり面の発生を観測し、将来の地盤変位を予測しようとする試みはそれ以前にはなかったものであり、すべり面の発生を地下水中のイオンのイオン濃度の測定によって観測するため、ある程度の信頼性をもってすべり面の発生を知ることができ、このすべり面発生の検知に基づいて地盤変位の予測を行うという点で画期的であった。
【0005】
ところがその後、観測を継続したところ、この予測方法においてイオン濃度の急上昇が観測され、すべり面の発生があったことが観測されたからといって、その後に地すべりや表層崩壊等の地盤変位が発生しない場合もあった。つまり、すべり面の発生は地盤変位をもたらす要因の1つではあるが、唯一の地盤変位の発生要因ではないことが判明した。
そこですべり面が発生したとして、すべり面の発生から地盤変位の発生に至るまでのプロセスには他にどのような要因が存在するのか、その要因がすべり面の発生から実際の地盤変位の発生までにどのように関わっているのか、このような要因を突き止め、その要因と地盤変位発生との関わりを解明し、これによってより正確な地盤変位の発生を予測できる手法を見出すことに本発明の解決すべき課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の如き実情に鑑みこれらの課題を解決することを目的として創作されたものであって、請求項1の発明は、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測方法において、前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が予め設定される設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、該上昇倍率が設定倍率よりも低い場合には、該イオン濃度の急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合に地盤変位の発生する可能性が高いと予測するようにしたことを特徴とする地盤変位の予測方法である。
請求項2の発明は、前記設定倍率を第一設定倍率とし、該第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として設定し、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合、該イオン濃度の急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するようにしたことを特徴とする請求項1記載の地盤変位の予測方法である。
請求項3の発明は、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測装置において、前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出する上昇倍率算出手段と、該上昇倍率が予め設定される設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測する一方、該上昇倍率が設定倍率よりも低い場合には、該急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合に地盤変位の発生する可能性が高いと予測する予測手段とを備えていることを特徴とする地盤変位の予測装置である。
請求項4の発明は、予測手段には、前記設定倍率を第一設定倍率とし、該第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として登録し、予測手段は、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合には、該イオン濃度の急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するように設定されていることを特徴とする請求項3記載の地盤変位の予測装置である。
【発明の効果】
【0007】
請求項1または3の発明とすることにより、地すべりや斜面崩壊等の原因となる地盤変位の発生を確度良く予測することが出来る。
請求項2または4の発明とすることにより、地すべりや斜面崩壊等の原因となる地盤変位の発生をより確度良く予測することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】地盤内部の土粒子の様子を示す概略説明図である。
【図2】すべり面の成長と地盤変位の様子を示す概略説明図である。
【図3】イオン濃度がバックグラウンド濃度、ベースライン濃度、ピーク濃度を示す区域の概略説明図である。
【図4】イオン濃度と地盤変位量との関係を示すグラフ図である。
【図5】地盤変位の予測装置に用いられるマイクロコンピュータの概略図である。
【図6】地盤変位を予測するための制御部のフローチャート図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
一般に、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊は、風化等による地盤の不安定化に起因して発生すると考えられている。つまり、安定した地盤内部の土粒子は図1に示されるように比較的大きな土粒子(土粒子1)であるが、風化等により不安定化した地盤内部では土粒子の微視的な変位や破壊が発生して土粒子は土粒子1よりも微細化した状態(土粒子2)となっている。このように地盤が不安定化した場所では地盤内の応力が変化することで土塊が移動し、この土塊の移動によって地中にすべり面3が発生していることがある(図2(A)の状態)。そしてこのすべり面3が成長して大きくなった場合には、地盤4の変位が発生することがあり(図2(B)の状態)、最終的にこの成長したすべり面が滑動面となって地盤全体が移動し、地すべり崩壊等の土砂災害を発生させることがある(図2(C)の状態)。
【0010】
一方、図3に示されるように、地盤変位の観測対象地区に降る雨水(表面水)は、地表表面に到達した時点では海塩由来の粒子や空中に浮遊する煤煙由来の粒子等を含有し、例えばナトリウムイオン、カルシウムイオン、塩素イオン、硫酸イオン等の低濃度の含有が認められる。このような地表表面における雨水のイオン濃度をバックグラウンド濃度とする。
【0011】
観測対象地区に降った雨水は、地表からやがて地中へと滲み込んでいき、地盤の土粒子の間を通過しながら地下水として集約されていく。
雨水を構成しているのは水であるが、水分子は、一般に強い極性を示すことから、土粒子表面のイオン交換基(例えばシラノール基で、ケイ素原子に結合している水酸基)とのあいだで活発にイオン交換をおこなうことが知られている。このため地盤に浸透していった雨水はイオン交換がなされることによって前記バックグラウンド濃度よりも高いイオン濃度となる。このような地盤通過後の地下水のイオン濃度をベースライン濃度とする。
【0012】
ところで、すべり面3が発生する際にはすべり面付近に大きな力が働くため、すべり面近傍の土粒子が破壊されて微細化し、これによってすべり面近傍の土粒子全体の有効表面積が増加して、土粒子表面のイオン交換基の数も増加する。このためすべり面発生後にすべり面近傍を通過した地下水はすべり面発生前に通過した地下水よりもイオンの量(イオン濃度)が一時的に上昇する。このようにすべり面の発生によってベースライン濃度よりも高くなったイオン濃度をピーク濃度とする。
【0013】
このように、観測対象地区に降った雨水は、地盤の表面から地中に浸透していって地下水となる過程で地盤の土粒子とイオン交換を行うため、観測対象地区の地盤を通過した地下水のイオン濃度は、地盤中の土質力学的な、あるいは化学的な状態を反映しており、前述したように地下水のイオン濃度がベースライン濃度からピーク濃度に上昇した場合は、観測対象地区の地盤の何れかにすべり面が発生したと推測することが出来る。そして、イオン濃度がベースライン濃度からピーク濃度へと上昇した場合の上昇率が高ければ高いほど発生したすべり面の規模は大きいと推測することが出来る。
【0014】
図4は、実際に地すべりが観測されたある地区のある観測開始年月から約4年間の当該地区を通過する地下水を継続的に測定して得られた特定イオン(ナトリウムイオン、カルシウムイオン)のイオン濃度値(mg/L)と該地区の特定観測地点における地盤の変位量(mm)とを示したグラフ図である。
該観測対象地区の地盤は、表層地盤が風化を強く受けた泥岩であって、過去に幾度かの地すべりが繰り返し発生している。
そして、地盤の変位量は、当該地区のある地すべり発生地に近接した2箇所に傾斜計孔を掘削し、該傾斜計孔の最奥部に設置した各傾斜計a、bによって計測したものである。傾斜計aは深さ7mの位置に設置されており、傾斜計bは深さ3mの位置に設置されている。
また、地下水中のナトリウムイオン(Na)およびカルシウムイオン(Ca2+)の濃度測定は、前記2つの傾斜計孔のうち、山裾側の傾斜計孔内に貯留されている地下水を分析用試料として採取したものについておこなっている。採取量は地下水100mL(ミリリットル)であり、6日毎に採取してポリエチレンびんに入れ、分析を行った。分析は、イオンクロマトグラフィー/電気伝導率検出法を用いて、前記採取した地下水中のナトリウムイオン(Na)およびカルシウムイオン(Ca2+)を定量している。
【0015】
図4において、ナトリウムイオンやカルシウムイオン等のイオン濃度が急上昇する変化をした場合は、前述したように当該観測対象地区の地盤のどこかにすべり面が発生したと推測することができる。しかしながらこのようなイオン濃度の急上昇が観測された後2〜3箇月のあいだの地盤変位量を見てみると、必ずしも地盤が大きく変位しているとは限らず、イオン濃度の急上昇と地盤変位とのあいだには必ずしも明確な関連性があるとは言えない。つまり、イオン濃度の急上昇から推測されるすべり面の発生は、地盤変位の一要因ではあるが、実際に地盤変位が引き起こされるにあたってはすべり面の発生とは何か別の要因が存在しており、この要因が何らかの条件を満たしたときに地盤変位が誘発されると考えるのが妥当である。
【0016】
因みに、このような測定によってイオン濃度が急上昇していないにも拘らず地盤変位が発生している場合は、測定している地下水が地盤変位をもたらしたすべり面を通過していないと考えることが出来る。仮にある地区で地盤変位が発生したとして、当該地区の地下水が必ずしも該地盤変位を発生させたであろうすべり面を通過しているとは限らない。従って、より正確に地盤変位を予測するためには、観測対象地区の地盤を通過する地下水の経路を把握する必要がある。
【0017】
では、すべり面が発生した後に該すべり面を滑動面として地盤変位を引き起こさせる要因は何か。地盤変位をもたらす主な要因としてまず挙げられるのは地震であり、次に考えられるのが降水である。そして多雨気候の日本においては降水は地震よりも頻繁に見られる自然現象であり、降水の都度、水が地表から地中へと浸透していって地盤に影響を与え続ける。特に梅雨前線の停滞や台風等によって間断なく雨が降った場合は、地表を流れる雨水とともに地中に浸透する雨水も時間の経過とともに増加していくことになって土砂崩れ等が引き起こされ易くなることは一般によく知られるところである。そこで本発明の発明者は、観測対象地区の地盤において、イオン濃度が急上昇した後の連続降水量を観測し、該観測された連続降水量とイオン濃度急上昇後の地盤変位発生との因果関係について検討した。
尚、ここで観測される連続降水量とは、連続して雨や雪等の降水があった場合の降り始めから降り終わりまでの全降水量であり、降り始めとは1時間当たり0.5mm以上の降水量が観測された場合、降り終わりとは1時間当たり0.5mm未満の降水量が6時間以上連続した場合が例示される。つまり1時間当たり0.5mm未満の降水量が観測されても観測された時間が6時間以上連続しなかった場合は降り終わりではないと判断される。しかしながら、このような雨の降り始めや降り終わりの判断基準である降水量や連続時間については、観測される地盤や地域の状況等に応じて任意に設定し得るものであって、ここでの数値設定に限定されるものではないことは勿論である。
【0018】
そして本発明の発明者は、長期間に亘って観測対象地区におけるイオン濃度急上昇後の連続降水量とその後の地盤変位発生との関係について観測したところ、以下のような特徴的な現象が発生していることを発見し、本発明を完成した。
(1)イオン濃度の上昇率がかなり高い場合
この場合は、イオン濃度の上昇率が高いことから地盤に発生したすべり面の規模がかなり大きいと推察されるものであって、イオン濃度が急上昇した後、数箇月までのあいだの降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性が高いことが確認された。このような場合には、降水に関する要因とは関係なく単独で地盤変位を引き起こす程にすべり面の規模が大きいものであったと推察される。
(2)イオン濃度の上昇率が(1)の場合ほど高くはないが、上昇以前のイオン濃度と比較すると高い上昇率でイオン濃度が上昇している場合
この場合は、イオン濃度の急上昇が(1)ほどではないがそれなりの上昇をしていることから中規模のすべり面が発生していると推察され、この場合はこのイオン濃度の上昇後、数箇月までのあいだにある程度の連続降水量が観測された場合には、その後地盤変位が発生する可能性が高いことが確認された。このような場合には、すべり面の発生と降水量とが直接の要因となって地盤変位が引き起こされるものと推察される。
(3)イオン濃度の上昇率が(2)よりも低い場合
この場合は、イオン濃度の上昇率が低いが故に、すべり面の発生は小さいものと推察され、イオン濃度が急上昇した後、数箇月までのあいだの降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性は低いことが確認された。このような場合には、降水に関する要因とは関係なく地盤変位が発生する可能性は低いことが推察される。
【0019】
このように地盤変位の発生を、イオン濃度の測定とともに連続降水量の測定をすることによって高い確度で予測することができるが、このような地盤変位の発生予測をする場合に、イオン濃度の上昇率や連続降水量は測定場所によって異なっていて一定ではない。このため前記(1)〜(3)の区分けは、測定場所において予め観測したデータによって決定されることはいうまでもない。
【0020】
以下に図4で示された地盤におけるイオン濃度の急上昇とその後の連続降水量および地盤変位との関係について事例毎に分析していく。
図4における(A)〜(G)は、ナトリウムイオンやカルシウムイオンのイオン濃度がそれぞれ急上昇をして100mg/Lを超えるピーク濃度を観測した箇所であるが、これら(A)〜(G)において、それぞれピーク濃度の最高値を示した日から3箇月間に亘って連続降水量(mm)を調べたところ、以下のような事実が確認された。
【0021】
(A)観測初年度の3月から4月にかけてイオン濃度は急上昇して100mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、4月10日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定していったところ、60mmを超える連続降水量は観測されなかった。そして該イオン濃度の急上昇日から次にイオン濃度が急上昇する日までのあいだに大きな地盤変位は観測されなかった。
(B)観測初年度の10月から11月にかけてイオン濃度は急上昇して100mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、10月1日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定したところ、11月10日に60mmを超える連続降水量が観測された。そして11月15日に約2mmの地盤変位が観測された。
(C)観測開始1年後の7月にはイオン濃度は急上昇して300mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、7月20日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定したところ、9月20日に60mmを超える連続降水量が観測されたが、それ以前の8月13日に約7mm、9月15日に約2mmの地盤変位が観測された。
(D)観測開始1年後の10月から11月にかけてイオン濃度が急上昇して100mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、10月3日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定したところ、60mmを超える連続降水量は観測されなかった。そして、該イオン濃度の急上昇日から次にイオン濃度が急上昇する日までのあいだに大きな地盤変位は観測されなかった。
(E)観測開始2年後の3月から7月にかけてイオン濃度が急上昇して100mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、4月3日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定したところ、6月5日に60mmを超える連続降水量が観測された。そして6月13日に約4mmの地盤変位が観測された。
(F)観測開始2年後の12月から観測開始3年後の1月にかけてイオン濃度が急上昇して100mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、12月25日にはピーク濃度の最高値が観測された。このピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定したところ、60mmを超える連続降水量は観測されなかった。そして、該イオン濃度の急上昇日から次にイオン濃度が急上昇する日までのあいだに大きな地盤変位は観測されなかった。
(G)観測開始3年後の8月から10月にかけてイオン濃度は急上昇して100mg/Lを超えるピーク濃度を観測し、8月20日にはピーク濃度が最高値を示した。このピーク濃度が最高値を示した日から3箇月間に亘って当該地盤の連続降水量を測定したところ、60mmを超える連続降水量は観測されなかった。そして該観測終了日である観測開始3年後の12月末日に至るまで大きな地盤変位は観測されなかった。
【0022】
これら(A)〜(G)で確認された現象を以下のように分析することができる。
(i) (C)の現象では、急上昇したイオン濃度の値は、該イオン濃度が急上昇する前2箇月間のイオン濃度の平均値の約5倍に上昇している。この場合、イオン濃度がピーク濃度の最高値を観測した日から3箇月間において連続降水量が60mmを超した日である9月20日よりも前の8月13日に7mmの大きな地盤変位が、引き続いて9月15日に約2mmの地盤変位が観測されており、このことから、イオン濃度が(C)のように大きく急上昇した場合は、その後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性が高いといえる。
(ii) (B)、(E)の現象では、急上昇したイオン濃度の値は、該イオン濃度が急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値の約2倍と4倍のあいだとなっている。そして、ピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに60mmを超える連続降水量が観測され、該連続降水量が観測された数日後に地盤変位が発生している。このことから急上昇が観測されたイオン濃度の濃度値が、イオン濃度の急上昇が観測される前2箇月間のイオン濃度の平均値の2倍〜4倍程度であった場合、該イオン濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに連続降水量が60mmを超えた場合は地盤変位が発生する可能性が高いといえる。
(iii) (D)、(F)の現象では、急上昇したイオン濃度の値は、該イオン濃度が急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値の約2倍と4倍のあいだとなっている。しかしながら、ピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに60mmを超える連続降水量は観測されなかった。そして、イオン濃度の急上昇が観測された日から次にイオン濃度の急上昇が観測される日まで大きな地盤変位は観測されなかった。このことから急上昇が観測されたイオン濃度の濃度値が、イオン濃度の急上昇が観測される前2箇月間のイオン濃度の平均値の2倍〜4倍程度であった場合、該イオン濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに連続降水量が60mmを超えない場合は地盤変位が発生する可能性は低いといえる。
(iv) (A)、(G)の現象では、急上昇したイオン濃度の値は、該イオン濃度が急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値の2倍以下となっている。そして(A)の場合、ピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに60mmを超える連続降水量が観測されたにも拘らず、イオン濃度の急上昇が観測された日から次にイオン濃度の急上昇が観測される日まで大きな地盤変位は観測されなかった。一方(G)の場合、ピーク濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに60mmを超える連続降水量は観測されず、その後地盤変位の観測終了日である観測開始3年後の12月末日に至るまで大きな地盤変位は観測されなかった。このことから急上昇が観測されたイオン濃度の濃度値が、イオン濃度の急上昇が観測される前2箇月間のイオン濃度の平均値の2倍以下であった場合、その後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性は低いといえる。
【0023】
このような分析から、イオン濃度が急上昇する変化をした場合の連続降水量と地盤変位との関係について、以下のように推定することができる。
(i)の場合は、イオン濃度の急上昇の上昇倍率が第一設定倍率である4倍よりも高い場合であり、それだけ大規模なすべり面が発生したことを示すものであって、イオン濃度急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性は高いと推定される。
(ii)および(iii)の場合は、イオン濃度の急上昇の上昇倍率が第一設定倍率である4倍よりも低く第二設定倍率である2倍よりも高い場合であり、イオン濃度急上昇後の連続降水量の如何によって地盤変位の発生可能性の有無が分かれると推定される。
(iv)の場合は、イオン濃度の急上昇の上昇倍率が第二設定倍率である2倍よりも低い場合であって、この程度のイオン濃度の上昇では地盤の変位を発生させるほどのすべり面が発生していないと推測され、イオン濃度急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位が発生する可能性は低いと推定される。
【0024】
このような推定に基づいて、イオン濃度が急上昇する変化をした場合に、該急上昇したイオン濃度の急上昇前のイオン濃度に対する上昇倍率、およびイオン濃度急上昇後の所定期間における連続降水量から地盤変位の発生を予測する方法を見出した。
(i)イオン濃度の急上昇が観測された場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が4倍以上の場合は、降水の如何に拘らずその後地盤変位が発生する可能性が高い。尚、ここで上昇倍率4倍を基準倍率として設定したが、これを第一設定倍率とする。
(ii)イオン濃度の急上昇が観測された場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が2倍以上4倍未満の場合は、イオン濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに観測される連続降水量が60mmを超えた場合には、該連続降水量が観測された後に地盤変位が発生する可能性が高い。
(iii)イオン濃度の急上昇が観測された場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が2倍以上4倍未満の場合は、イオン濃度の最高値が観測された日から3箇月のあいだに観測される連続降水量が60mmを超えない場合には、次にイオン濃度の急上昇が観測されるまでに地盤変位が発生する可能性は低い。
(iv)イオン濃度の急上昇が観測された場合、該急上昇したイオン濃度の急上昇する前2箇月間に観測されたイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出し、該上昇倍率が2倍未満の場合は、降水の如何に拘らず次にイオン濃度の急上昇が観測されるまでに地盤変位が発生する可能性は低い。
【0025】
尚、本発明の実施の形態では1箇所のみの観測対象地盤についての観測結果に基づいて記載しているが、実際には複数の観測対象地盤での観測を試みている。そして、これらの観測対象地盤においても前記推定が凡そあてはまることが確認されている。
そして第一、第二設定倍率を設定するにあたり、イオン濃度が急上昇する前2箇月間のイオン濃度の平均値を基準にして算出したが、これに限定されるものではなく、例えば、イオン濃度が急上昇する前1箇月間のイオン濃度の平均値や、前回のイオン濃度の急上昇が治まってから今回のイオン濃度の急上昇が始まる前までのイオン濃度の平均値等、観測地域の実情に応じて適宜設定できるものである。
さらに前記実施の形態では、第一設定倍率を4倍、第二設定倍率を2倍に設定し、第一設定倍率未満第二設定倍率以上のイオン濃度の場合の地盤変位発生予測基準を、ピーク濃度の最高値が観測されたときから3箇月の間に連続降水量が60mmに達することとしたが、これに限定されるものではないことは勿論であって、これらの数値は、観測地域の環境等によって大きく左右されるものであり、このためこれらの数値については当該観測地域において実際に観測をして求める必要がある。
また第一設定倍率は、第二設定倍率よりも高いものであれば、他の倍率を選択して実施してもよい。そして、設定倍率は第一設定倍率だけでもよいが、その場合は、第一設定倍率以上であれば所定期間の降水を考慮することなく地盤変位発生の可能性を予測し、第一設定倍率未満(以下)であればイオン濃度急上昇後のピーク濃度の最高値から所定期間のあいだ連続降水量を観測し、この観測結果に基づいて地盤変位発生の可能性を予測するよう構成してもよい。
【0026】
以上の地盤変位の予測方法による地盤変位の予測は、図5に示すマイクロコンピュータを用いた予測装置5によって自動的に行うことができる。予測装置5には、記憶手段、演算手段および判断手段等のマイクロコンピュータを構成するに必要な各種必要手段を備えた制御部を有する本体6と、表示部(ディスプレー)7、入力部(キーボード)8とを備えて構成される汎用のものでよい。本体6への必要情報の入力は入力部8から人為的に行っても良いが、各測定器からインターネット回線や空中回線等の情報伝達回線を介して自動的に入力するようにしても良い。
そして次に、予測手順について、図6に示す制御フローに基づいて説明する。まずステップ1(S1)で、既に求められているイオン濃度の上昇倍率である第一、第二設定倍率N1、N2、イオン濃度が急上昇してピーク濃度の最高値が観測された日からカウントする所定期間T、この所定期間Tにおける連続降水量として設定される設定連続降水量Mが初期設定として入力される。次に、ステップ2(S2)で、前記入力した地下水のイオン濃度の本日(n日)の測定値Xnから2箇月前までのイオン濃度の平均値Xaを算出し、ステップ3(S3)で、該平均値Xaに対する本日の測定値Xnの上昇倍率Uを算出する。次にステップ4(S4)で、ステップ3で算出された上昇倍率Uが第二設定倍率(本実施の形態では2倍)N2を超えた(N2<U)か否かを判別し、超えたと判別された場合、ステップ5(S5)において、ステップ3で登録された上昇倍率Uが第一設定倍率(本実施の形態では4倍)N1以上(U≧N1)か否かを判別し、以上であると判別された場合には、近々、地盤変位が発生する可能性が大きいと予測し、これを報知する。
これに対し、ステップ5(S5)で上昇倍率Uが第一設定倍率N1を超えていない(U<N1)と判断された場合には、ステップ6(S6)において、イオン濃度の最高値が観測された日から所定期間T(本実施の形態では3箇月)のあいだに、連続降水量がステップ1で入力された設定連続降水量M(本実施の形態では60mm)に達したか否かを判別し、達したと判別された場合には、近々、地盤変位が発生する可能性が大きいと予測し、これを報知する。
一方、所定期間Tが経過しても連続降水量が設定連続降水量Mに達しない場合には、リターンする。
【0027】
このように、第一、第二設定倍率、所定期間、設定連続降水量を入力し、急上昇が観測されたイオン濃度の急上昇前のイオン濃度の平均値に対する上昇倍率を算出して第一、第二設定倍率と比較し、該比較に基づいてさらに所定期間のあいだ測定した連続降水量と設定連続降水量とを比較して地盤変位の予測をし、該予測に基づいて例えば警報を発する等の報知をおこなうようになっており、このように構成される装置を用いることによって、観測対象地域における地盤変位の予測を確度良く行うことが出来る。
尚、ここで入力される第一、第二設定倍率N1、N2、所定期間T、設定連続降水量Mの数値は前述したように本発明の実施の形態に限定されるものではなく、観測対象地域の状況に応じて適宜変更し得るものである。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、不安定な斜面地盤において発生する可能性のある地すべり、表層崩壊、がけ崩れなどの土砂災害をもたらすような地盤の変位を予測する地盤変位の予測方法および予測装置の技術分野に利用することができる。
【符号の説明】
【0029】
3 すべり面
4 地盤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測方法において、
前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出し、
該上昇倍率が予め設定される設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、
該上昇倍率が設定倍率よりも低い場合には、該イオン濃度の急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合に地盤変位の発生する可能性が高いと予測するようにしたことを特徴とする地盤変位の予測方法。
【請求項2】
前記設定倍率を第一設定倍率とし、該第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として設定し、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合、該イオン濃度の急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するようにしたことを特徴とする請求項1記載の地盤変位の予測方法。
【請求項3】
地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生するとされる地区の地下水中に存在する特定イオンのイオン濃度を継続的に測定し、該特定イオンのイオン濃度が急激に上昇する変化があった場合、地すべりや表層崩壊等の斜面崩壊による地盤変位が発生する可能性があると予測する予測装置において、
前記イオン濃度の急上昇があった場合に、該急上昇する前に観測された平均のイオン濃度に対する上昇倍率を算出する上昇倍率算出手段と、
該上昇倍率が予め設定される設定倍率よりも高い場合には、該イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性が高いと予測する一方、
該上昇倍率が設定倍率よりも低い場合には、該急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合に地盤変位の発生する可能性が高いと予測する予測手段とを備えていることを特徴とする地盤変位の予測装置。
【請求項4】
予測手段には、前記設定倍率を第一設定倍率とし、該第一設定倍率よりも低い倍率を第二設定倍率として登録し、予測手段は、イオン濃度の上昇倍率が第一設定倍率と第二設定倍率のあいだである場合には、該イオン濃度の急上昇が観測された日から所定の期間に至るまでのあいだに、連続降水量が予め設定される設定連続降水量に達した場合には地盤変位の発生する可能性が高いと予測し、達しない場合には地盤変位の発生する可能性が低いと予測し、第二設定倍率よりも低い場合には、イオン濃度の急上昇後の降水の如何に拘らず地盤変位の発生する可能性は低いと予測するように設定されていることを特徴とする請求項3記載の地盤変位の予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−32624(P2013−32624A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168306(P2011−168306)
【出願日】平成23年8月1日(2011.8.1)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】