説明

塗膜からの有機溶剤放散速度測定方法

【課題】 近年、住環境の問題より建材等に塗料を塗装後の塗膜から放散する揮発性有機化合物(VOC)の低減が求められており、揮発性有機化合物の主成分である有機溶剤成分の塗膜からの放散速度を簡便に測定できる方法を提供すること。
【解決手段】 塗料を塗布した塗板を恒温恒湿室の直接空調用の風があたらない場所に置き、経時での塗膜中の残留有機溶剤量を有機溶剤成分毎にガスクロマトグラフィーにより測定して、乾燥日数と残存有機溶剤量の関係から各有機溶剤成分の塗膜からの放散速度を求めることを特徴とする塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗膜からの有機溶剤成分の放散速度を測定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、住環境の問題より建材等に塗料を塗装後の塗膜から放散するVOC(揮発性有機化合物)の低減が求められている。塗料の場合、塗装後の塗膜から放散するVOCのほとんどは有機溶剤であるが、これらの有機溶剤成分の中でも特に第一種指定化学物質であるトルエン、エチルベンゼン及びキシレンを低減することが強く求められており、塗装後の塗膜から放散するこれら有機溶剤成分の放散速度がどの程度であるか確認するためにも、塗膜からの有機溶剤成分の放散速度を簡便に、且つ正確に測定できる方法の開発が必要であった。
【0003】
現在、塗膜から放散する有機溶剤量の測定は、平成15年に制定されたJIS A1901「建築材料の揮発性有機化合物(VOC)、ホルムアルデヒド及び他のカルボニル化合物放散測定法−小形チャンバー法」を参考にしており、塗装した塗板を一定容積(例えば、20リットル)の容器に入れ、一定温度及び一定湿度に保持した空気を7日間流通させて、塗板から放散してくる有機溶剤成分を経時で捕集し、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて各有機溶剤成分を定量することにより、有機溶剤成分の放散速度を求めるという方法がとられている。しかしながら、この方法は多大で高価な測定設備を必要とするだけでなく、特殊な測定技法を用いるうえ、1サンプルの測定に対して1つの装置が7日間占有されてしまうため、多くのサンプルを処理する上では、非常に効率の悪い方法であることから、もっと簡便な測定方法の開発が求められている。
【0004】
測定装置を占有しない方法として、包装材からのVOC放散量の測定方法が開示されている(特許文献1等参照。)。しかしながら、この方法は、密閉系の包装材に対しては有効であるが、塗板に適用する場合、塗板を密閉した容器に保持する必要があるが、供給される空気の流量などによって結果が大きく変動するため、狭い容器では安定な値が得られず、容器を大きくすると測定効率が大幅に下がってしまう。
【0005】
【特許文献1】特開2004−108967号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、塗膜からの有機溶剤成分の放散速度を簡便に測定できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行なった結果、塗膜から放散した有機溶剤成分を捕集して定量分析するのではなく、塗膜側の残留有機溶剤成分を経時で定量分析することにより、容易にかつ効率的に有機溶剤放散速度を求めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
かくして本発明は、塗料を塗布した塗板を恒温恒湿室の直接空調用の風があたらない場所に置き、経時での塗膜中の残留有機溶剤量を有機溶剤成分毎にガスクロマトグラフィーにより測定して、乾燥日数と残存有機溶剤量の関係から各有機溶剤成分の塗膜からの放散速度を求めることを特徴とする塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法を用いることにより、従来から用いられていた方法よりも極めて容易に、且つ効率的に有機溶剤成分の放散速度を求めることができ、極めて有用なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法は、塗料を塗布した塗板を恒温恒湿室の直接空調用の風があたらない場所に置き、経時での塗膜中の残留有機溶剤量を有機溶剤成分毎にガスクロマトグラフィーにより測定して、乾燥日数と残存有機溶剤量の関係から各有機溶剤成分の塗膜からの放散速度を求めるものである。
【0011】
塗料を塗布する素材としては容易にカットすることができ、且つ素材から有機化学物質が排出されないような、例えばアルミニウム板等が適している。
【0012】
塗料をアルミニウム板等に、実際に使用される膜厚になるように塗装した後、一定の温度及び一定の湿度(例えば、温度28℃及び湿度50%RH)の条件に保たれた恒温恒湿室に入れて乾燥させる。塗板の大きさ、塗板を置く角度等は一定条件に決めておくことが好ましい。また、恒温恒湿室の空気の流れ方や他の塗板による影響をできるだけ受けないように恒温恒湿室の大きさ、隣接塗板との距離などに配慮することが必要である。また、空調用の風が直接塗板にあたるのは好ましくなく、塗板を置く場所を選んだり、空調空気の吹き出し口周辺や塗板の上などに風除けの覆いなどを置くのが好ましい。
【0013】
上記恒温恒湿の条件に所定の日数放置した後に塗板を取り出し、塗板の一部分を切り出して、その面積を測定する。次に、その切り出した塗板を瓶(例えば、容量約25mlのガラス瓶など)に入れて、そこへ適切な抽出用溶剤(例えば、二硫化炭素など)を加えて密封し、2日間程度室温で放置して塗膜に含まれる有機溶剤成分を抽出用溶剤に抽出した後、該抽出用溶剤に含まれる有機溶剤成分をガスクロマトグラフィーにより定量するか、または、塗板を入れた瓶に抽出溶剤を添加するのではなく、塗板を入れた瓶をそのまま加熱(例えば、200℃程度)し、気化した有機溶剤成分を直接ガスクロマトグラフィーにより定量する。
【0014】
得られた結果を、横軸に乾燥日数を取り、縦軸に溶剤残留量を取ってプロットする。プロットして得られた散布図に対して、回帰分析により累乗近似式または線形近似式を求め、累乗近似式又は線形近似式の微分係数より、それぞれの溶剤の放散速度(mg/m・h)を求めることができる。
【0015】
すなわち、近似式が、下記累乗近似式の場合、
y=ax
(y:塗膜中の溶剤残留量(mg/m)、x:乾燥日数(days))
微分式は、
y’=abxb−1
となる。
【0016】
従って、例えば、1日目の時間当たりの放散速度は、
−(ab/24) mg/m・h
となり、3日目の放散速度は、
−(ab3b−1/24) mg/m・h
となる。
【0017】
また、近似式が、下記線形近似式の場合、
y=ax+b
微分式は
y’=a
となり、時間当たりの放散速度は、
−(a/24) mg/m・h
となる。
【0018】
通常、塗膜からの溶剤放散速度は、塗装直後が大きく、その後順次小さくなっていく。従って、累乗近似式を用いる方が実際に即しており、現在、建築材料に用いられているJIS A1901「建築材料の揮発性有機化合物(VOC)、ホルムアルデヒド及び他のカルボニル化合物放散測定法−小形チャンバー法」の方法を用いて得られる塗膜からの溶剤放散速度の値と比較的近い結果が得られる。
【0019】
しかしながら、塗膜からの溶剤放散速度は、塗装後2日目位から7日目位までを見るとそれほど大きくは変化しないため、簡易的に、塗装後2日目位から7日目位までの測定結果をもとに線形近似式から求めた放散速度を塗膜からの溶剤放散速度として規定することも考えられる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。なお、以下、「部」及び「%」はいずれも重量基準によるものとする。ただし、実施例は、本発明を制限するものではない。
【0021】
実施例1
重量と面積が既知である幅4cm×長さ15cmのアルミニウム板(厚さ0.26mm)に塩化ビニル樹脂系塗料(関西ペイント社製)を固形分量として50〜60g/mになるようにして塗装し、温度23℃及び湿度50%の恒温恒温室に直接風があたらないように設置し、乾燥を行った。1日乾燥後、この塗板を幅約1cm×長さ約3.7cmの大きさに切り出し、その面積を正確に測定した後、瓶に切り出した塗板を3枚入れて、二硫化炭素2mlを加えて密封し、瓶を倒して試料塗板が完全に二硫化炭素に浸るようにし室温で1日間放置した。その後、検出器として水素炎イオン化検出器(FID)を、分離カラムにキャピラリーカラム(J&W社製DB−WAX)を用いてガスクロマトグラフィーにより塗膜中に残留している各溶剤の量を測定した。
【0022】
同様にして所定の乾燥日数経過後、逐次塗板を切り出し、同様に面積および残留している各溶剤量を求めた。表1に測定結果を示す。
【0023】
【表1】

【0024】
図1には乾燥日数1日目〜8日目における各溶剤の残留溶剤量を乾燥日数に対してプロットし、最小二乗法によって累乗近似式を求めて、図中に書き込んだものである。一方、図2は2日目〜8日目における各溶剤の残留溶剤量を乾燥日数に対してプロットし、最小二乗法によって線形近似式を求めて、図中に書き込んだものである。
【0025】
累乗近似式の微分係数より各溶剤の放散速度を計算すると以下のようになる。
【0026】
【表2】

【0027】
また、累乗近似式から求めた各溶剤の放散速度式は、
トルエン z=18.8×x−1.5411
エチルベンゼン z=1.73×x−1.2264
キシレン z=6.57×x−1.1583
(z:放散速度(mg/m・h)、x:乾燥日数(days))
のようになる。
【0028】
一方、線形近似式から求めた各溶剤の放散速度は表3のようになる。
【0029】
【表3】

【0030】
実施例2
重量と面積が既知である幅4cm×長さ15cmのアルミニウム板(厚さ0.26mm)に塩化ビニル樹脂系塗料(関西ペイント社製)を固形分量として50〜60g/mになるようにして塗装し、温度23℃及び湿度50%の恒温恒温室に直接風があたらないように設置し、乾燥を行った。1日乾燥後、この塗板を幅約1cm×長さ約3.7cmの大きさに切り出し、その面積を正確に測定した後、ヘッドスペース瓶に切り出した塗板を2枚入れ、密封した後、190℃に加熱し、気化した溶剤をガスクロマトグラフィーにより測定した。塗膜中の溶剤を気化させる装置としてヒューレットパッカード社製ヘッドスペース測定装置HP−7694を使用した。加熱してガスクロマトグラフィーにより測定した以外は、測定方法は実施例1と同様に行った。得られた結果を表4に示す。
【0031】
【表4】

【0032】
実施例1と同様にして上記結果を図にプロットし、累乗近似式を求めて、その微分係数より各溶剤の放散速度を計算すると下記表5のようになる。
【0033】
【表5】

【0034】
また、累乗近似式から求めた各溶剤の放散速度式は、
トルエン z=18.6×x−1.5478
エチルベンゼン z=2.43×x−1.2993
キシレン z=7.64×x−1.1753
(z:放散速度(mg/m・h)、x:乾燥日数(days))
のようになる。
【0035】
一方、線形近似式から求めた各溶剤の放散速度は表3のようになる。
【0036】
【表6】

【0037】
比較例1
実施例1と同様に塗装した塗板を20Lチャンバーに入れてJIS A1901に基づいて、3日目および7日目の溶剤放散速度を測定した。
【0038】
【表7】

【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】乾燥日数1日目〜8日目における各溶剤の溶剤抽出法により求めた残留溶剤量を乾燥日数に対してプロットし、最小二乗法によって累乗近似式を求めて、図中に書き込んだもの。
【図2】乾燥日数2日目〜8日目における各溶剤の溶剤抽出法により求めた残留溶剤量を乾燥日数に対してプロットし、最小二乗法によって線形近似式を求めて、図中に書き込んだもの。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗料を塗布した塗板を恒温恒湿室の直接空調用の風があたらない場所に置き、経時での塗膜中の残留有機溶剤量を有機溶剤成分毎にガスクロマトグラフィーにより測定して、乾燥日数と残存有機溶剤量の関係から各有機溶剤成分の塗膜からの放散速度を求めることを特徴とする塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法。
【請求項2】
乾燥日数と残存有機溶剤量の関係をグラフにプロットし、その散布図の近似曲線を求めて、該近似曲線の傾きから有機溶剤放散速度を求めてなる請求項1に記載の塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法。
【請求項3】
塗料を塗布後、1日目から7日目までの乾燥日数と残存有機溶剤量の関係をグラフにプロットし、その散布図の累乗近似曲線を求め、該近似曲線の累乗近似式の微分係数から有機溶剤放散速度を求めてなる請求項2に記載の塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法。
【請求項4】
塗料を塗布後、2日目から7日目までの乾燥日数と残存有機溶剤量の関係をグラフにプロットし、その散布図の線形近似直線を求めて、該近似直線の線形近似式の微分係数から有機溶剤放散速度を求めてなる請求項2に記載の塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法。
【請求項5】
放散速度を測定する有機溶剤成分がトルエン、エチルベンゼン及びキシレンからなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1〜4のいずれか一項に記載の塗膜からの有機溶剤放散速度の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−10456(P2006−10456A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−186808(P2004−186808)
【出願日】平成16年6月24日(2004.6.24)
【出願人】(000001409)関西ペイント株式会社 (815)