多孔性結晶糖質とその製造方法並びに用途
【課題】 新規な物理的特性を有する結晶糖質とその製造方法並びに用途を提供することを課題とする。
【解決手段】 多数の細孔を有する多孔性結晶糖質と、含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度に保持して脱水する工程を含んでなる多孔性結晶糖質の製造方法並びに用途を提供することにより上記課題を解決する。
【解決手段】 多数の細孔を有する多孔性結晶糖質と、含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度に保持して脱水する工程を含んでなる多孔性結晶糖質の製造方法並びに用途を提供することにより上記課題を解決する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔性結晶糖質に関し、詳細には、多数の細孔を有する多孔性結晶糖質とその製造方法並びに用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
結晶糖質には、通常、含水結晶糖質と無水結晶糖質とが存在し、それぞれ相互に変換し得ることが知られている。このような含水結晶・無水結晶間で相互変換する特性を活用し、工業的に有効に利用されている結晶性糖質として、トレハロースとマルトースが挙げられる。
【0003】
トレハロース(α−D−グルコシルα−D−グルコシド)は、2分子のグルコースがα,α−1,1結合で結合した非還元性二糖で、通常、2含水結晶(以下、単に「含水結晶トレハロース」と呼称する)として得られるが、水分10質量%未満の濃縮液からは無水結晶が晶出する。また、含水結晶を比較的高温で真空乾燥することで無水結晶に変換することもできる。含水結晶は相対湿度90%以下でほとんど吸湿せず安定で、無水結晶は吸湿して安定な含水結晶に変換する。この特性を利用して無水結晶トレハロースは含水食品の粉末化に応用されている(特許文献1を参照)。含水結晶トレハロースは登録商標『トレハ』として株式会社林原商事から市販されている。一方、無水結晶トレハロースは試薬として株式会社林原生物化学研究所から市販されている。
【0004】
マルトースは麦芽糖とも呼ばれ、2分子のグルコースがα−1,4結合で結合した還元性二糖で、還元末端、つまりアルデヒド基を有するため、α−及びβ−アノマーが存在する。マルトースは、通常、1含水結晶β−マルトース(以下、単に「含水結晶β−マルトース」と呼称する)として得られ、工業的に製造され市販されている。一方、水分5質量%未満のマルトースの濃縮液からは無水結晶が晶出(特許文献2を参照)する。この無水結晶マルトースは、α−アノマーを55乃至80質量%、β−アノマーを20乃至45質量%含んでいることから、その実体はα/β複合体結晶であるものの、α−アノマーの含量が高いことから、一般には、「無水結晶α−マルトース」と呼ばれている(特許文献2及び特許文献3などを参照)。この無水結晶α−マルトースは登録商標『ファイントース』として株式会社林原商事より市販されている。また、特許文献4及び非特許文献1には、無水結晶β−マルトースが開示されている。しかしながら、この無水結晶β−マルトースは吸湿し易いという欠点があるため、工業的に生産されるに至っていない。無水結晶マルトースは、吸湿して安定な含水結晶β−マルトースに変わり、含水結晶β−マルトースが相対湿度90%以下でほとんど吸湿せず安定であることから、無水結晶α−マルトースは含水食品の粉末化に応用されている(特許文献2及び特許文献3を参照)。
【0005】
これら従来の含水又は無水結晶糖質とはさらに異なる物理的特性を有する結晶糖質が得られれば、結晶糖質の利用分野もさらに拡大することが期待される。例えば、砂糖では、グラニュー糖を顆粒状に加工し、固まりにくく、溶けやすくした顆粒状糖が知られており、ヨーグルトなどの冷菓に使用されている。この顆粒状糖は、グラニュー糖の約10倍の比表面積を有しているものの、比表面積の大きさは約0.1m2/g程度にとどまる。砂糖以外の結晶糖質で、さらに大きい比表面積を有する結晶糖質の存在は未だ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3168550号公報
【特許文献2】特公平5−43360号公報
【特許文献3】特公平7−10341号公報
【特許文献4】特公平5−59697号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ジェイ・イー・ホッジ(J.E.Hodge)ら、『Cereal Science Today』、第17巻、第7号、180乃至188頁(1972年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
新規な物理的特性を有する結晶糖質とその製造方法並びに用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、結晶糖質の微細構造に着目して、鋭意研究を続けてきた。その研究の過程で、含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度に保持して脱水することにより、意外にも、従来法で得られる無水結晶糖質とは異なる、多数の細孔を有する多孔性無水結晶糖質を製造し得ることを見出し、また、この多孔性無水結晶糖質が、大きい比表面積、大きい細孔体積、さらには、特定の細孔分布という特徴的な物理的特性を有することを見出した。さらに、糖質の種類によっては、得られた多孔性無水結晶糖質を原料として、これを吸湿させ、次いで、乾燥することにより、多数の細孔を維持した状態で含水結晶糖質に変換し得ることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づき、多孔性結晶糖質とその製造方法並びに用途を確立することにより本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、多数の細孔を有する多孔性結晶糖質と、含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度に保持して脱水する工程を含んでなる多孔性結晶糖質の製造方法並びに用途を提供することにより上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の多孔性結晶糖質は、多数の細孔を有し、比表面積が大きいことから水への溶解性に優れ、各種飲食品、化粧品及び医薬品用途に有利に利用できる。また、油と混合した場合、従来の結晶糖質に比べなじみがよく、油の保持力に優れている。本発明によれば、含水結晶糖質を有機溶媒中で脱水する工程を含んでなる製造方法により、多孔性結晶糖質を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】含水結晶トレハロースをエタノール中で脱水処理することにより無水結晶トレハロースに変換した際の、処理温度と結晶の水分含量の経時変化の関係を示す図である。
【図2】エタノール中で70℃、60分間処理することにより得た無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図3】エタノール中で70℃、60分間処理することにより得た無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図4】原料の含水結晶トレハロースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図5】原料の含水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図6】対照の無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図7】対照の無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図8】水銀圧入法で測定した多孔性無水結晶トレハロースの細孔分布を示す図である
【図9】多孔性無水結晶トレハロースの粉末X線回折図を、対照の無水結晶トレハロース及び含水結晶トレハロースの粉末X線回折図と比較した図である。
【図10】多孔性無水結晶トレハロースの示差走査熱量計(DSC)における吸熱パターンを対照の無水結晶トレハロースのそれと比較した図である。
【図11】エタノール中で70℃、480分間処理することにより得た無水結晶マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図12】エタノール中で70℃、480分間処理することにより得た無水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図13】原料の含水結晶マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図14】原料の含水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図15】対照の無水結晶α−マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図16】対照の無水結晶α−マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図17】対照の無水結晶β−マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図18】対照の無水結晶β−マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図19】水銀圧入法で測定した多孔性無水結晶マルトースの細孔分布を示す図である
【図20】多孔性無水結晶マルトースの粉末X線回折図を、対照の無水結晶マルトース及び含水結晶マルトースの粉末X線回折図と比較した図である。
【図21】多孔性無水結晶マルトースの示差走査熱量計(DSC)における吸熱パターンを対照の無水結晶マルトースのそれと比較した図である。
【図22】多孔性無水結晶トレハロースを吸湿させ、乾燥することにより得た含水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図23】多孔性無水結晶マルトースを吸湿させ、乾燥することにより得た含水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図24】水銀圧入法で測定した多孔性含水結晶マルトースの細孔分布を示す図である。
【図25】多孔性含水結晶マルトースの粉末X線回折図を、対照の含水結晶マルトースの粉末X線回折図と比較した図である。
【図26】多孔性含水結晶マルトースのDSC分析における吸熱パターンを、対照の含水結晶マルトースのDSC分析における吸熱パターンと比較した図である。
【符号の説明】
【0013】
図1において、
●:処理温度50℃,○:処理温度60℃,■:処理温度70℃
図8において、
●:50℃、465分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
○:70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
+:無水結晶トレハロース(対照)
図9において、
a:70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
b:無水結晶トレハロース(対照)
c:含水結晶トレハロース(対照)
図10において、
a:70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
b:無水結晶トレハロース(対照)
図19において、
○:70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトース
×:含水結晶β−マルトース(対照)
△:無水結晶α−マルトース(対照)
●:無水結晶β−マルトース(対照)
図20において、
a:70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトース
b:無水結晶β−マルトース(対照)
c:無水結晶α−マルトース(対照)
d:含水結晶β−マルトース(対照)
図21において、
a:70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトース
b:無水結晶β−マルトース(対照)
c:無水結晶α−マルトース(対照)
d:含水結晶β−マルトース(対照)
図24において、
○:多孔性含水結晶マルトース
×:含水結晶マルトース(対照)
図25及び図26において、
a:多孔性含水結晶マルトース
b:含水結晶マルトース(対照)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明でいう多孔性結晶糖質とは、多数の細孔を有する結晶の形態にある糖質を意味し、具体的には、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」と略称する)を用いて、例えば、倍率2,000倍で写真撮影すると、多数の細孔が認められる結晶糖質を意味する。
【0015】
本発明の多孔性結晶糖質は、多数の細孔を有するため、その物理的特性として、比較的大きな比表面積と特有の細孔分布を有している。本発明の多孔性結晶糖質は、具体的には、窒素ガスを用いたガス吸着法により測定される比表面積が1m2/g以上であって、且つ、水銀圧入法により測定される細孔分布において、細孔が、0.1ml/g以上の細孔体積を有し、細孔径5μm未満に明確なピークを示すという特有の物理的特性を有している。
【0016】
本発明の多孔性結晶糖質は、糖質の種類や含水結晶・無水結晶の別によって限定されるものではなく、多数の細孔を有し、上記した特徴を有する結晶性糖質であるかぎり本発明に包含される。本発明の多孔性結晶糖質は含水結晶の形態を有し得る結晶性糖質、例えば、L−ラムノース、D−グルコース、ガラクトースなどの単糖、マルトース、トレハロース、メリビオース、ラクトース、ロイクロース、パラチノース、ソフォロース、ラミナリビオースなどの二糖、エルロース、メレチトース、プランテオース、ラフィノースなどの三糖、スタキオース、サイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→3)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→3)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状四糖、サイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状マルトシルマルトースなどの四糖、α−、β−及びγ−シクロデキストリンなどから得ることができる。
【0017】
本発明の多孔性結晶糖質の内、多孔性無水結晶糖質は、その含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度で脱水処理することにより製造することができる。有機溶媒としては、通常、アルコール、アセトンなど水と混ざり合う比較的極性の高い有機溶媒が好ましく、望ましくは、アルコール含量85%以上のアルコール水溶液、さらに望ましくは、エタノール含量85%以上のエタノール水溶液が好適に用いられる。なお、本明細書ではエタノールを用いた含水結晶糖質の脱水処理方法を、「エタノール変換法」と呼ぶ場合がある。
【0018】
含水結晶糖質を脱水処理するに際し、含水結晶糖質と有機溶媒の比率は、その目的が達成される範囲であれば特に限定されない。有機溶媒としてエタノールを用いる場合は、含水結晶糖質の質量に対し、容量で、通常、5倍量以上、望ましくは、10倍量以上を用いるのが好適である。脱水処理の温度は室温以上の温度でさえあればよいものの、処理時間を考慮すると、通常、40℃以上、望ましくは、50℃以上、さらに望ましくは、60℃以上の温度で行うのが好適である。脱水処理においては、脱水を効率よく行うために含水結晶糖質を懸濁した有機溶媒を攪拌するのが望ましい。また、含水結晶糖質の脱水処理に用いた有機溶媒は水を含んだ溶媒となるものの、蒸留することにより再利用することができる。
【0019】
本発明の多孔性結晶糖質の内、多孔性含水結晶糖質は、対応する多孔性無水結晶糖質を吸湿させ、乾燥することにより得ることができる。吸湿させる方法としては特に限定されず、吸湿して含水結晶に変換させるに十分の時間、一定の湿度を維持できる条件下、例えば、恒温恒湿器内、又は、塩化カリウム、塩化バリウム、硝酸カリウム、硫酸カリウム、重クロム酸カリウムなどの金属塩の飽和水溶液を収容した相対湿度80%以上の調湿デシケーター内に保持するなどの方法を適宜用いることができる。
【0020】
本発明の多孔性結晶糖質は、細孔を多数有し、比表面積が大きいため、従来の結晶糖質に比べ水への溶解性に優れ、とりわけ、冷水に対して速やかに溶解させることができる。また、油性物質との親和性が高く、油性物質の粉末化基材としても有用である。
【0021】
本発明の多孔性結晶糖質は、細孔を多数有し、比表面積が大きく、大きな細孔体積を有するという物理的特性を生かして、様々な用途に利用できる。例えば、多孔性結晶粒子の細孔に各種の有用物質を収容することにより有用物質を安定化したり、粒子の細孔に揮発性の香料を収容した後、コーティングして細孔表面を塞ぎ、マイクロカプセルとして使用することができる。また、本発明の多孔性結晶糖質は、その細孔に空気を含んでいるため、起泡性を有しており、きめ細かいホイップクリームなどの調製に利用できる。
【0022】
また、本発明の多孔性結晶糖質が、従来の結晶糖質と同様に、飲食品、化粧品、医薬部外品及び医薬品分野で利用できることはいうまでもない。
【0023】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
<含水結晶トレハロースからの多孔性無水結晶トレハロースの調製>
攪拌機及び温度計を装着した2L容丸底フラスコに、エタノールを1,200ml入れ、予め50℃、60℃又は70℃に予熱した後、市販の含水結晶トレハロース(登録商標『トレハ』、株式会社林原商事販売、トレハロース純度99.2%)を120g投入し、回転数170rpmで攪拌した。一定の時間毎に結晶懸濁液約100mlを採取し、バスケット型遠心分離機で固液分離した後、結晶をバットに広げて50℃の通気乾燥機内で20分乾燥することにより、結晶表面に付着したエタノールを除去した。得られた結晶の水分含量は常法のカールフィッシャー法にて測定した。エタノール中での処理温度が結晶トレハロースの水分含量の経時変化に及ぼす影響を表1及び図1に示す。
【0025】
【表1】
【0026】
表1及び図1から明らかなように、50℃では約400分、60℃では約100分、70℃では約30分と、処理温度によって速度は異なるものの、含水結晶トレハロースはエタノール中での脱水処理(エタノール変換法)により水分含量が1質量%程度にまで低下し、無水結晶トレハロースに変換されることが判明した。また、脱水処理により得られる結晶を、走査型電子顕微鏡(SEM)にて経時的に観察したところ、結晶の水分含量の低下と並行して多数の細孔が生じていることが分かった。
【0027】
エタノール中で70℃、60分間処理して得られた無水結晶トレハロースのSEM写真を図2(倍率100倍)及び図3(倍率2,000倍)に示す。また、対照として、原料として用いた含水結晶トレハロース、及び含水結晶トレハロースを常法に従い高温で真空乾燥することにより調製した無水結晶トレハロースについて、同様に撮影した写真を図4及び図5、及び、図6及び図7にそれぞれ示す。
【0028】
原料として用いた含水結晶トレハロースは表面が滑らかな板状(図5を参照)であり、常法で調製した無水結晶トレハロースは細かな板状結晶の集合体(図7を参照)であるのに対し、エタノール変換法で得られた無水結晶トレハロースには多数の細孔(図3を参照)が認められた。含水結晶トレハロースをエタノール中で脱水して得られる無水結晶トレハロースは、多数の細孔を有する新規な多孔性無水結晶糖質であった。なお、50℃及び60℃で脱水して得た無水結晶トレハロースについても調べたところ、同様に多孔性無水結晶であった。
【実施例2】
【0029】
<多孔性無水結晶トレハロースの物性>
実施例1で得られた多孔性無水結晶トレハロースの比表面積、細孔分布、粉末X線回折図及び示差走査熱量計分析における吸熱パターンを測定した。
【0030】
<実施例2−1:多孔性無水結晶トレハロースの比表面積>
多孔性結晶トレハロースの比表面積は、比表面積/細孔分布測定装置(モデルASAP−2400、島津マイクロメリテックス製)を用い、窒素ガス吸着法にて測定した。実施例1において、エタノール中50℃で465分間処理又は70℃で60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロースをそれぞれ約3g採取し、装置の前処理部において約40℃で約15時間、減圧乾燥した後、窒素ガス吸着法による比表面積の測定に供した。測定値は常法のBET法により解析した。また、市販の無水結晶トレハロース(試薬級、株式会社林原生物化学研究所販売)を対照とした。結果を表2に示す。
【0031】
【表2】
【0032】
表2の結果から明らかなように、本発明のエタノール変換法で調製した多孔性無水結晶トレハロースは、対照の、従来法で調製された市販の無水結晶トレハロースに比べ、約5倍以上の大きい比表面積を有していることが判明した。
【0033】
<実施例2−2:多孔性無水結晶トレハロースの細孔分布>
多孔性結晶トレハロースの細孔分布は、細孔分布測定装置(モデル9520、島津オートポア製)を用い、水銀圧入法にて測定した。実施例1において50℃で465分間処理又は70℃で60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロースをそれぞれ約0.5g採取し、初期圧15kPaの条件で測定した。実施例2−1と同様に、市販の無水結晶トレハロースを対照とした。結果を表3に、また、細孔分布図を図8に示す。
【0034】
【表3】
【0035】
表3及び図8から明らかなように、対照の無水結晶トレハロースにも細孔はごく僅かに認められるものの、その細孔体積は0.03ml/gと小さかった。一方、エタノール変換法で調製した多孔性無水結晶トレハロースは0.22又は0.28ml/gと比較的大きい細孔体積を有しており、また、細孔分布図において、細孔径5μm未満に明確なピークを有していた(図8、符号●及び○を参照)。
【0036】
<実施例2−3:多孔性無水結晶トレハロースの粉末X線回折図>
結晶トレハロースの粉末X線回折分析は、X線回折装置「ガイガーフレックスRDA−IIB」(Cu、Kα線使用)(株式会社リガク製)を用いて行った。実施例1においてエタノール中で70℃、60分間処理することにより調製した多孔性無水結晶トレハロースと対照の無水結晶トレハロース及び含水結晶トレハロースの粉末X線回折図を併せて図9に示した。
【0037】
図9から明らかなように、多孔性無水結晶トレハロースの粉末X線回折図(図9中のa)は、対照の無水結晶トレハロースのそれ(図9中のb)とほぼ一致し、含水結晶トレハロースのそれ(図9中のc)とは全く相違していた。なお、対照の無水結晶トレハロースの粉末X線回折図には、一部、含水結晶由来と考えられるピークが認められ、わずかに含水結晶トレハロースが混在していることが判明した。
【0038】
<実施例2−4:多孔性無水結晶トレハロースの示差走査熱量計分析>
示差走査熱量計(DSC)分析における吸熱パターンは、示差走査熱量計「DSC8230」(株式会社リガク製)を用いて測定した。実施例1においてエタノール中で70℃、60分間処理することにより調製した多孔性無水結晶トレハロースと対照の無水結晶トレハロースのDSC分析における吸熱パターンを併せて図10に示した。
【0039】
図10において、多孔性無水結晶トレハロースのDSC分析における吸熱パターン(図10中のa)は、対照の無水結晶トレハロースにおいて認められた90℃付近の小さな吸熱ピークが認められないこと以外は無水結晶トレハロースのそれ(図10中のb)と同様に、200℃付近に吸熱ピークを示した。90℃付近の吸熱ピークは対照の無水結晶トレハロースに混在する含水結晶トレハロースに由来するものであり、多孔性無水結晶トレハロースでは全く観察されなかったことから、エタノール変換法で調製した多孔性無水結晶トレハロースは、含水結晶をほとんど含まない無水結晶であることが分かった。
【実施例3】
【0040】
<多孔性無水結晶マルトースの調製>
含水結晶糖質として含水結晶β−マルトース(商品名「マルトースOM」、株式会社林原製、純度98%以上)を用い、処理温度を70℃とした以外は実施例1と同じ方法によりエタノール変換法にて無水結晶マルトースを調製した。結晶の水分含量の経時変化を表4に示す。
【0041】
【表4】
【0042】
含水結晶マルトースの無水結晶マルトースへの変換は、70℃と高い処理温度で行ったにも拘わらず、70℃、約30分で無水結晶への変換が完了した実施例1のトレハロースの場合とは異なり、約480分と長時間を要した。含水結晶糖質が、含水結晶マルトースの場合も、エタノール変換法により無水結晶マルトースに変換できることが分かった。
【0043】
上記で480分間処理して得られた無水結晶マルトースを、倍率100倍及び2,000倍で撮影したSEM写真を図11及び12にそれぞれ示す。また、対照として、原料として用いた含水結晶β−マルトース、従来法で調製した無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースについて、同様に撮影したSEM写真を図13及び図14、図15及び図16、及び、図17及び図18にそれぞれ示した。
【0044】
図14、図16及び図18から明らかなように、原料の含水結晶β−マルトース、従来法で調製した無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースには細孔がほとんど観察されないのに対し、エタノール変換法で得た無水結晶マルトースには、図12に示すように微細な柱状結晶の凝集体とともに、実施例1の無水結晶トレハロースと同様に多数の細孔が認められ、多孔性無水結晶糖質であることが判明した。
【実施例4】
【0045】
<多孔性無水結晶マルトースの物性>
【0046】
<実施例4−1:多孔性無水結晶マルトースの比表面積と細孔分布>
実施例3で480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトースを試料とし、原料として用いた含水結晶β−マルトース、従来法で調製した無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースをそれぞれ対照として、実施例2と同じ方法で、比表面積及び細孔分布を測定した。結果を表5にまとめた。また、細孔分布図を図19に示した。
【0047】
【表5】
【0048】
表5から明らかなように、多孔性無水結晶マルトースの比表面積は3.39m2/gであり、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースの比表面積がそれぞれ0.46m2/g、0.48m2/g及び0.82m2/gであったのに比べて、約4乃至約7倍以上大きい値を示した。また、多孔性無水結晶マルトースは1.05ml/gと比較的大きい細孔体積を示し、細孔分布図において細孔径5μm未満に明確なピーク(図19、符号○)を有していた。なお、図19において、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースに観察される分布(図19、符号×、△及び●)は細孔ではなく、結晶粒子が小さいために粒子の間隙に水銀が圧入されたことにより観察されたものである。
【0049】
<実施例4−2:多孔性無水結晶マルトースの粉末X線回折図>
結晶マルトースの粉末X線回折分析は、実施例2−3と同じ方法により行った。実施例3においてエタノール中で70℃、480分間処理することにより調製した多孔性無水結晶マルトースと、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースの粉末X線回折図を併せて図20に示した。
【0050】
図20から明らかなように、多孔性無水結晶マルトースの粉末X線回折図(図20における符号a)は、対照の無水結晶β−マルトースのそれ(図20における符号b)、無水結晶α−マルトースのそれ(図20における符号c)及び含水結晶マルトースのそれ(図20における符号d)のいずれとも相違していた。このことは、エタノール変換法で得た多孔性無水結晶マルトースが従来の無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースとは全く異なる結晶型を有していることを物語っている。
【0051】
<実施例4−3:多孔性無水結晶マルトースの示差走査熱量計分析>
示差走査熱量計(DSC)分析における吸熱パターンは、実施例2−4と同じ方法により測定した。実施例3においてエタノール中で70℃、480分間処理することにより調製した多孔性無水結晶マルトースと、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースのDSC分析における吸熱パターンを併せて図21に示した。
【0052】
図21において、多孔性無水結晶マルトースのDSC分析における吸熱パターン(図21における符号a)は、対照の無水結晶β−マルトースのそれ(図21における符号b)、無水結晶α−マルトースのそれ(図21における符号c)及び含水結晶β−マルトースのそれ(図21における符号d)のいずれとも異なっていた。
【0053】
粉末X線回折図及びDSC分析における吸熱パターンが、従来の無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースのいずれとも異なっていたことから、実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースは新規な無水結晶マルトースであると推測されたため、融点及びマルトースのアノマー含量を測定した。
【0054】
<実施例4−4:多孔性無水結晶マルトースの融点>
実施例3で480分処理して得た多孔性無水結晶マルトース粉末を試料とし、融点測定装置(商品名「MP−21」、ヤマト科学株式会社製)を用いて、常法に従い、融点を測定した。その結果、多孔性無水結晶マルトースの融点は154乃至159℃であることが判明した。この値は従来の無水結晶α−マルトース(α/β複合体無水結晶、α−アノマー含量73%)の融点、168乃至175℃よりも低いものであり、従来の無水結晶β−マルトースの融点、120乃至125℃よりも高いものであった。
【0055】
<実施例4−5:多孔性無水結晶マルトースのアノマー含量>
実施例3で480分処理して得た多孔性無水結晶マルトース約70mgを無水ピリジン5mlに溶解した後、この100μlを、常法に従いトリメチルシリル化(TMS化)し、ガスクロマトグラフィーにて分析し、マルトースのα−アノマーとβ−アノマーの含量を単純面積百分率法により求めた。実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースはα−アノマー含量5.5%、β−アノマー含量94.5%と、その大部分をβ−アノマーが占めていた。この結果から、実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースはβ−マルトースであることが判明した。
【0056】
実施例4の結果から、実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースは、従来の無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースのいずれとも異なる新規な無水結晶β−マルトースであることが判明した。
【0057】
実施例1乃至4の結果から、含水結晶糖質を有機溶媒中で脱水することにより、多数の細孔を有する新規な多孔性無水結晶糖質が得られることが判明した。実施例5及び6では、多孔性無水結晶糖質を原料として用いた多孔性含水結晶糖質の調製とその物性について記述する。
【実施例5】
【0058】
<多孔性含水結晶糖質の調製>
実施例1において70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース及び実施例3において70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトースを用い、それぞれの多孔性無水結晶糖質から含水結晶糖質を調製した。約50gの多孔性無水結晶糖質と約150mlの脱イオン水を別々の容器に入れ、それぞれ容器の上部を開放した状態で、同一の密閉容器内に収容し、27℃で2日間放置することにより、無水結晶糖質を吸湿させ、含水結晶に変換した。得られた含水結晶は、乾燥機中50℃で1時間乾燥し、過剰な水分を除去した。多孔性無水結晶トレハロース又はマルトースの吸湿処理前後、及び乾燥後の水分含量を表6に示す。なお、結晶の水分含量は、常法によりカールフィッシャー法にて測定した。
【0059】
【表6】
【0060】
多孔性無水結晶トレハロースは、吸湿処理及び乾燥後の水分含量が9.66%を示したことから、含水結晶トレハロースに変換されたことが分かった。同様に、多孔性無水結晶マルトースは、吸湿処理及び乾燥後の水分含量が5.14%を示したことから、含水結晶マルトースに変換されたことが分かった。
【0061】
多孔性無水結晶トレハロース及び多孔性無水結晶マルトースからそれぞれ調製した含水結晶トレハロース及び含水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)を図22及び図23に示す。図22から明らかなように、得られた含水結晶マルトースは多数の細孔を有する多孔性含水結晶糖質であった。一方、図22に示すように、得られた含水結晶トレハロースには細孔がほとんど認められず、無水結晶から含水結晶に変換する過程で多孔性は失われていた。この結果から、多孔性無水結晶糖質は、多数の細孔を維持した状態で、多孔性含水結晶に変換し得る場合があるものの、糖質の種類によって異なることが判明した。
【実施例6】
【0062】
<多孔性含水結晶マルトースの物性>
実施例5で得た多孔性含水結晶マルトースについて、実施例2の方法で比表面積、細孔分布、粉末X線回折図及びDSC分析における吸熱パターンを測定した。比表面積及び細孔分布の測定結果を表7にまとめ、細孔分布図を図24に示した。対照として含水結晶マルトース(商品名「マルトースOM」、株式会社林原製、純度98%以上)を用いた。
【0063】
【表7】
【0064】
表7から明らかなように、多孔性含水結晶マルトースの比表面積は1.39m2/gであり、対照の含水結晶β−マルトースの比表面積が0.46m2/gであるのに比べて約3倍大きい値を示した。多孔性無水結晶マルトースは、含水結晶に変換することにより比表面積が小さくなるものの、細孔が維持されており、対照の含水結晶β−マルトースに比較して大きい比表面積及び大きい細孔体積を有することが判明した。また、多孔性含水結晶マルトースの細孔体積は0.77ml/gであり、その細孔分布図において、細孔径5μm未満に明確なピーク(図24における符号○)が認められた。なお、図24において、対照の含水結晶β−マルトースに観察される分布(図24における符号×)は細孔ではなく、結晶粒子が小さいために粒子の間隙に水銀が圧入されたことにより観察されたものである。
【0065】
多孔性含水結晶マルトースと対照の含水結晶β−マルトースの、粉末X線回折図及びDSC分析における吸熱パターンをそれぞれ併せて図25及び図26に示す。図25から明らかなように多孔性含水結晶マルトースの粉末X線回折図は対照の含水結晶β−マルトースのそれとほぼ一致したことから、多孔性含水結晶マルトースは含水結晶β−マルトースであることが分かった。一方、図26に示すように、多孔性含水結晶マルトースはDSC分析における吸熱パターンにおいて、対照の含水結晶β−マルトースよりも若干低い温度に吸熱ピークを示した。この現象は、詳細は不明であるが、多孔性含水結晶マルトースが細孔を多数有することに起因するのではないかと考えられた。
【0066】
実施例5及び6の結果から明らかなように、糖質の種類によっては、多孔性無水結晶糖質を吸湿させることにより、多孔性含水結晶糖質が調製でき、得られる多孔性含水結晶糖質は、原料の多孔性無水結晶糖質と同様に大きい比表面積、大きい細孔体積、細孔分布を有することが判明した。以下の実施例7及び8では、本発明の多孔性結晶糖質と従来の結晶糖質の性質を比較した。
【実施例7】
【0067】
<多孔性結晶糖質の水への溶解速度>
実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロース、実施例3の方法で調製した多孔性無水結晶マルトース、及び、実施例5の方法で調製した多孔性含水結晶マルトースを用いて、10℃の冷水に対する溶解性試験を行い、対照の無水及び含水結晶トレハロース、及び含水結晶マルトースとの比較を行った。
【0068】
予め、内径18mmの試験管に10℃の冷水を20ml入れ、次いで、攪拌子を入れて攪拌した。この試験管内に結晶糖質試料を添加し、肉眼観察により、沈降性の粒子が消失し完全に溶解するまでに要する時間を測定した。なお、試料の添加量は、試料がトレハロースの場合には0.5g、マルトースの場合には0.2gとし、攪拌速度はいずれの場合も約300rpmとした。これらの条件下における試料の溶解までの所要時間の測定は、各試料につき計5回行った。結果を表8に示した。
【0069】
【表8】
【0070】
表8の結果からも明らかなように、多孔性無水結晶トレハロース、多孔性無水β−マルトース及び多孔性含水結晶β−マルトースはいずれも、細孔を有さない対照の無水結晶糖質、含水結晶糖質に比べ、冷水に速やかに溶解することが判明した。
【実施例8】
【0071】
<多孔性結晶糖質の保油力>
結晶トレハロースとして、実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロース、対照の含水結晶トレハロース及び無水結晶トレハロースを用い、また、結晶マルトースとして、実施例3の方法で70℃で480分処理して調製した多孔性無水結晶β−マルトース、及び、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースを用いて、各結晶糖質の保油力を測定し比較した。
【0072】
結晶糖質の保油力の測定は、特開昭59−31650号公報に開示されている方法に準じて行った。すなわち、サラダ油(商品名「日清サラダ油」、日清オイリオグループ株式会社販売)5gを50ml容のプラスチック容器に採取し、攪拌しながら各結晶糖質粉末試料を添加してゆく。この混合物は、結晶糖質粉末の添加量の少ない内は流動性を持っているものの、その量が増すにつれて粘稠度が増し、やがて一つの塊になる。更にその添加量を増すと、固さが増し、やがて一つにまとまらなくなりほぐれはじめる。この点を終点として、次式により保油力を求め、結果を表9に示した。
【0073】
【数1】
【0074】
【表9】
【0075】
表9の結果から明らかなように、対照の含水結晶トレハロース及び無水結晶トレハロースでは、含水、無水の違いにかかわりなく保油力は38.5であった。これに対し、多孔性無水結晶トレハロースの保油力は62.5であり、対照の結晶トレハロースの約1.6倍と高かった。一方、試料が結晶マルトースの場合、対照の結晶マルトースの保油力は約41乃至46であるところ、多孔性無水結晶β−マルトースのそれは143であり、対照の約3倍以上高かった。トレハロース及びマルトースのいずれの場合も、従来の結晶粉末に比べ、大きな比表面積を有する多孔性結晶粉末は高い保油力を示し、油との親和性が高いことが判明した。このことは、本発明の多孔性結晶糖質が、油性物質の粉末化基材として、より有用であることを示している。
【実施例9】
【0076】
<亜麻油粉末>
亜麻油1質量部に対し、実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロースを10質量部加え、30分間混練して粉末を調製した。また、対照として、含水結晶トレハロース(登録商標「トレハ」、株式会社林原商事販売)、及び、含水結晶トレハロースを常法に従い高温で真空乾燥することにより調製した無水結晶トレハロースを用い、同様に粉末を調製した。対照の含水結晶トレハロース及び無水結晶トレハロースを基材として調製した亜麻油粉末は、調製直後から粉末表面に亜麻油が滲み出る状態となり、粉末としての形態を維持できなかった。一方、多孔性無水結晶トレハロースを基材として調製した亜麻油粉末は、吸湿やケーキングもなく、良好な粉末の形態を維持していた。この結果は、多孔性結晶糖質が保油力に優れるという実施例8の結果を裏付けるものである。本亜麻油粉末はサプリメントとして好適に用いることができる。
【実施例10】
【0077】
<多孔性無水結晶トレハロースを用いて調製した亜麻油粉末の保存試験>
本発明と同じ出願人による特開2001−123194号公報に開示されているように、トレハロースには脂肪酸の分解を抑制し、揮発性アルデヒド類の生成を抑制する効果が知られていることから、実施例9で調製した、本発明の多孔性無水結晶トレハロースを粉末化基材とした亜麻油粉末と、対照の無水結晶トレハロースを粉末化基材とした亜麻油粉末の保存試験を以下の方法で実施し、揮発性アルデヒド類の生成を比較した。
【0078】
亜麻油粉末1gを20ml容バイアル瓶に採取し、ブチルゴム栓にて密栓し、40℃の保温器中で3週間保存した。保存前、保存21日目にバイアル瓶ごと回収し、80℃、5分間加熱した後、バイアル瓶の気相ガス2mlを直接、ガスクロマトグラフィー(GC)分析に供し、揮発性アルデヒド類を定量した。なお、GC分析は以下の条件で行った。分析結果を表10に示した。
(GC分析条件)
ガスクトマトグラフ:GC−17B(株式会社島津製作所製)
カラム:TC−FFAPキャピラリーカラム
(直径0.52mm×30m、ジーエルサイエンス社製)
カラム温度:40℃→100℃(昇温5℃/分)
キャリアーガス:ヘリウム 線速度:33cm/秒
試料注入量:気相ガス 2ml(スプリット 1/30)
検出器:FID
【0079】
【表10】
【0080】
表10の結果から明らかなように、本発明の多孔性無水結晶トレハロースを粉末化基材とする亜麻油粉末では、従来の無水結晶トレハロースを基材とする亜麻油粉末に比べ、保存前と保存21日目のいずれの場合も、気相ガス中の総揮発性アルデヒド量は50乃至60%程度と少量であった。これは、基材が多孔性であるが故に、揮発性アルデヒド類が細孔内に留まり気相中への揮散が抑制されているためと推察された。
【0081】
実施例8乃至10の結果から、本発明の多孔性結晶糖質、とりわけ、多孔性無水結晶トレハロースは、亜麻油のみならず他の油性物質の粉末化基材として有利に利用できることが判明した。
【実施例11】
【0082】
<粉末黒酢>
実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロース9質量部に対し、黒酢(もろみ芋酢)1質量部を加え、万能混合機で混合した後、一晩放置し、粉砕して、多孔性無水結晶トレハロースを粉末化基材として用いた粉末黒酢を調製した。本品は、1グラム当たり約6mgの酢酸を含有し、継続して摂取するダイエット用粉末黒酢として好適に利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、新規な物理的特性を有する多孔性結晶糖質を効率良く製造することができる。本発明の多孔性結晶糖質は、多数の細孔を有するため、比表面積が大きいことから液体との接触面積が大きく、油性物質との親和性も強く、また、アイスコーヒー、ヨーグルト、果物などの低温のものにも溶け易いため、食品分野において有用である。また、本発明の多孔性結晶糖質は、従来の糖質としての機能のみならず、その物理的特性を利用して、有用物質の安定化、揮発性香料などのマイクロカプセル化、起泡剤などの用途が期待できる。多孔性結晶糖質とその製造方法の確立は、製糖産業のみならず、これに関連する食品、化粧品、医薬品産業における工業的意義が極めて大きい。
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔性結晶糖質に関し、詳細には、多数の細孔を有する多孔性結晶糖質とその製造方法並びに用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
結晶糖質には、通常、含水結晶糖質と無水結晶糖質とが存在し、それぞれ相互に変換し得ることが知られている。このような含水結晶・無水結晶間で相互変換する特性を活用し、工業的に有効に利用されている結晶性糖質として、トレハロースとマルトースが挙げられる。
【0003】
トレハロース(α−D−グルコシルα−D−グルコシド)は、2分子のグルコースがα,α−1,1結合で結合した非還元性二糖で、通常、2含水結晶(以下、単に「含水結晶トレハロース」と呼称する)として得られるが、水分10質量%未満の濃縮液からは無水結晶が晶出する。また、含水結晶を比較的高温で真空乾燥することで無水結晶に変換することもできる。含水結晶は相対湿度90%以下でほとんど吸湿せず安定で、無水結晶は吸湿して安定な含水結晶に変換する。この特性を利用して無水結晶トレハロースは含水食品の粉末化に応用されている(特許文献1を参照)。含水結晶トレハロースは登録商標『トレハ』として株式会社林原商事から市販されている。一方、無水結晶トレハロースは試薬として株式会社林原生物化学研究所から市販されている。
【0004】
マルトースは麦芽糖とも呼ばれ、2分子のグルコースがα−1,4結合で結合した還元性二糖で、還元末端、つまりアルデヒド基を有するため、α−及びβ−アノマーが存在する。マルトースは、通常、1含水結晶β−マルトース(以下、単に「含水結晶β−マルトース」と呼称する)として得られ、工業的に製造され市販されている。一方、水分5質量%未満のマルトースの濃縮液からは無水結晶が晶出(特許文献2を参照)する。この無水結晶マルトースは、α−アノマーを55乃至80質量%、β−アノマーを20乃至45質量%含んでいることから、その実体はα/β複合体結晶であるものの、α−アノマーの含量が高いことから、一般には、「無水結晶α−マルトース」と呼ばれている(特許文献2及び特許文献3などを参照)。この無水結晶α−マルトースは登録商標『ファイントース』として株式会社林原商事より市販されている。また、特許文献4及び非特許文献1には、無水結晶β−マルトースが開示されている。しかしながら、この無水結晶β−マルトースは吸湿し易いという欠点があるため、工業的に生産されるに至っていない。無水結晶マルトースは、吸湿して安定な含水結晶β−マルトースに変わり、含水結晶β−マルトースが相対湿度90%以下でほとんど吸湿せず安定であることから、無水結晶α−マルトースは含水食品の粉末化に応用されている(特許文献2及び特許文献3を参照)。
【0005】
これら従来の含水又は無水結晶糖質とはさらに異なる物理的特性を有する結晶糖質が得られれば、結晶糖質の利用分野もさらに拡大することが期待される。例えば、砂糖では、グラニュー糖を顆粒状に加工し、固まりにくく、溶けやすくした顆粒状糖が知られており、ヨーグルトなどの冷菓に使用されている。この顆粒状糖は、グラニュー糖の約10倍の比表面積を有しているものの、比表面積の大きさは約0.1m2/g程度にとどまる。砂糖以外の結晶糖質で、さらに大きい比表面積を有する結晶糖質の存在は未だ知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3168550号公報
【特許文献2】特公平5−43360号公報
【特許文献3】特公平7−10341号公報
【特許文献4】特公平5−59697号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ジェイ・イー・ホッジ(J.E.Hodge)ら、『Cereal Science Today』、第17巻、第7号、180乃至188頁(1972年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
新規な物理的特性を有する結晶糖質とその製造方法並びに用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、結晶糖質の微細構造に着目して、鋭意研究を続けてきた。その研究の過程で、含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度に保持して脱水することにより、意外にも、従来法で得られる無水結晶糖質とは異なる、多数の細孔を有する多孔性無水結晶糖質を製造し得ることを見出し、また、この多孔性無水結晶糖質が、大きい比表面積、大きい細孔体積、さらには、特定の細孔分布という特徴的な物理的特性を有することを見出した。さらに、糖質の種類によっては、得られた多孔性無水結晶糖質を原料として、これを吸湿させ、次いで、乾燥することにより、多数の細孔を維持した状態で含水結晶糖質に変換し得ることを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づき、多孔性結晶糖質とその製造方法並びに用途を確立することにより本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、多数の細孔を有する多孔性結晶糖質と、含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度に保持して脱水する工程を含んでなる多孔性結晶糖質の製造方法並びに用途を提供することにより上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の多孔性結晶糖質は、多数の細孔を有し、比表面積が大きいことから水への溶解性に優れ、各種飲食品、化粧品及び医薬品用途に有利に利用できる。また、油と混合した場合、従来の結晶糖質に比べなじみがよく、油の保持力に優れている。本発明によれば、含水結晶糖質を有機溶媒中で脱水する工程を含んでなる製造方法により、多孔性結晶糖質を容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】含水結晶トレハロースをエタノール中で脱水処理することにより無水結晶トレハロースに変換した際の、処理温度と結晶の水分含量の経時変化の関係を示す図である。
【図2】エタノール中で70℃、60分間処理することにより得た無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図3】エタノール中で70℃、60分間処理することにより得た無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図4】原料の含水結晶トレハロースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図5】原料の含水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図6】対照の無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図7】対照の無水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図8】水銀圧入法で測定した多孔性無水結晶トレハロースの細孔分布を示す図である
【図9】多孔性無水結晶トレハロースの粉末X線回折図を、対照の無水結晶トレハロース及び含水結晶トレハロースの粉末X線回折図と比較した図である。
【図10】多孔性無水結晶トレハロースの示差走査熱量計(DSC)における吸熱パターンを対照の無水結晶トレハロースのそれと比較した図である。
【図11】エタノール中で70℃、480分間処理することにより得た無水結晶マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図12】エタノール中で70℃、480分間処理することにより得た無水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図13】原料の含水結晶マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図14】原料の含水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図15】対照の無水結晶α−マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図16】対照の無水結晶α−マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図17】対照の無水結晶β−マルトースのSEM写真(倍率100倍)である。
【図18】対照の無水結晶β−マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図19】水銀圧入法で測定した多孔性無水結晶マルトースの細孔分布を示す図である
【図20】多孔性無水結晶マルトースの粉末X線回折図を、対照の無水結晶マルトース及び含水結晶マルトースの粉末X線回折図と比較した図である。
【図21】多孔性無水結晶マルトースの示差走査熱量計(DSC)における吸熱パターンを対照の無水結晶マルトースのそれと比較した図である。
【図22】多孔性無水結晶トレハロースを吸湿させ、乾燥することにより得た含水結晶トレハロースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図23】多孔性無水結晶マルトースを吸湿させ、乾燥することにより得た含水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)である。
【図24】水銀圧入法で測定した多孔性含水結晶マルトースの細孔分布を示す図である。
【図25】多孔性含水結晶マルトースの粉末X線回折図を、対照の含水結晶マルトースの粉末X線回折図と比較した図である。
【図26】多孔性含水結晶マルトースのDSC分析における吸熱パターンを、対照の含水結晶マルトースのDSC分析における吸熱パターンと比較した図である。
【符号の説明】
【0013】
図1において、
●:処理温度50℃,○:処理温度60℃,■:処理温度70℃
図8において、
●:50℃、465分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
○:70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
+:無水結晶トレハロース(対照)
図9において、
a:70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
b:無水結晶トレハロース(対照)
c:含水結晶トレハロース(対照)
図10において、
a:70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース
b:無水結晶トレハロース(対照)
図19において、
○:70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトース
×:含水結晶β−マルトース(対照)
△:無水結晶α−マルトース(対照)
●:無水結晶β−マルトース(対照)
図20において、
a:70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトース
b:無水結晶β−マルトース(対照)
c:無水結晶α−マルトース(対照)
d:含水結晶β−マルトース(対照)
図21において、
a:70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトース
b:無水結晶β−マルトース(対照)
c:無水結晶α−マルトース(対照)
d:含水結晶β−マルトース(対照)
図24において、
○:多孔性含水結晶マルトース
×:含水結晶マルトース(対照)
図25及び図26において、
a:多孔性含水結晶マルトース
b:含水結晶マルトース(対照)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明でいう多孔性結晶糖質とは、多数の細孔を有する結晶の形態にある糖質を意味し、具体的には、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」と略称する)を用いて、例えば、倍率2,000倍で写真撮影すると、多数の細孔が認められる結晶糖質を意味する。
【0015】
本発明の多孔性結晶糖質は、多数の細孔を有するため、その物理的特性として、比較的大きな比表面積と特有の細孔分布を有している。本発明の多孔性結晶糖質は、具体的には、窒素ガスを用いたガス吸着法により測定される比表面積が1m2/g以上であって、且つ、水銀圧入法により測定される細孔分布において、細孔が、0.1ml/g以上の細孔体積を有し、細孔径5μm未満に明確なピークを示すという特有の物理的特性を有している。
【0016】
本発明の多孔性結晶糖質は、糖質の種類や含水結晶・無水結晶の別によって限定されるものではなく、多数の細孔を有し、上記した特徴を有する結晶性糖質であるかぎり本発明に包含される。本発明の多孔性結晶糖質は含水結晶の形態を有し得る結晶性糖質、例えば、L−ラムノース、D−グルコース、ガラクトースなどの単糖、マルトース、トレハロース、メリビオース、ラクトース、ロイクロース、パラチノース、ソフォロース、ラミナリビオースなどの二糖、エルロース、メレチトース、プランテオース、ラフィノースなどの三糖、スタキオース、サイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→3)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→3)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状四糖、サイクロ{→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→6)−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−α−D−グルコピラノシル−(1→}の構造を有する環状マルトシルマルトースなどの四糖、α−、β−及びγ−シクロデキストリンなどから得ることができる。
【0017】
本発明の多孔性結晶糖質の内、多孔性無水結晶糖質は、その含水結晶糖質を有機溶媒中で室温以上の温度で脱水処理することにより製造することができる。有機溶媒としては、通常、アルコール、アセトンなど水と混ざり合う比較的極性の高い有機溶媒が好ましく、望ましくは、アルコール含量85%以上のアルコール水溶液、さらに望ましくは、エタノール含量85%以上のエタノール水溶液が好適に用いられる。なお、本明細書ではエタノールを用いた含水結晶糖質の脱水処理方法を、「エタノール変換法」と呼ぶ場合がある。
【0018】
含水結晶糖質を脱水処理するに際し、含水結晶糖質と有機溶媒の比率は、その目的が達成される範囲であれば特に限定されない。有機溶媒としてエタノールを用いる場合は、含水結晶糖質の質量に対し、容量で、通常、5倍量以上、望ましくは、10倍量以上を用いるのが好適である。脱水処理の温度は室温以上の温度でさえあればよいものの、処理時間を考慮すると、通常、40℃以上、望ましくは、50℃以上、さらに望ましくは、60℃以上の温度で行うのが好適である。脱水処理においては、脱水を効率よく行うために含水結晶糖質を懸濁した有機溶媒を攪拌するのが望ましい。また、含水結晶糖質の脱水処理に用いた有機溶媒は水を含んだ溶媒となるものの、蒸留することにより再利用することができる。
【0019】
本発明の多孔性結晶糖質の内、多孔性含水結晶糖質は、対応する多孔性無水結晶糖質を吸湿させ、乾燥することにより得ることができる。吸湿させる方法としては特に限定されず、吸湿して含水結晶に変換させるに十分の時間、一定の湿度を維持できる条件下、例えば、恒温恒湿器内、又は、塩化カリウム、塩化バリウム、硝酸カリウム、硫酸カリウム、重クロム酸カリウムなどの金属塩の飽和水溶液を収容した相対湿度80%以上の調湿デシケーター内に保持するなどの方法を適宜用いることができる。
【0020】
本発明の多孔性結晶糖質は、細孔を多数有し、比表面積が大きいため、従来の結晶糖質に比べ水への溶解性に優れ、とりわけ、冷水に対して速やかに溶解させることができる。また、油性物質との親和性が高く、油性物質の粉末化基材としても有用である。
【0021】
本発明の多孔性結晶糖質は、細孔を多数有し、比表面積が大きく、大きな細孔体積を有するという物理的特性を生かして、様々な用途に利用できる。例えば、多孔性結晶粒子の細孔に各種の有用物質を収容することにより有用物質を安定化したり、粒子の細孔に揮発性の香料を収容した後、コーティングして細孔表面を塞ぎ、マイクロカプセルとして使用することができる。また、本発明の多孔性結晶糖質は、その細孔に空気を含んでいるため、起泡性を有しており、きめ細かいホイップクリームなどの調製に利用できる。
【0022】
また、本発明の多孔性結晶糖質が、従来の結晶糖質と同様に、飲食品、化粧品、医薬部外品及び医薬品分野で利用できることはいうまでもない。
【0023】
以下、実施例により本発明を詳細に説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0024】
<含水結晶トレハロースからの多孔性無水結晶トレハロースの調製>
攪拌機及び温度計を装着した2L容丸底フラスコに、エタノールを1,200ml入れ、予め50℃、60℃又は70℃に予熱した後、市販の含水結晶トレハロース(登録商標『トレハ』、株式会社林原商事販売、トレハロース純度99.2%)を120g投入し、回転数170rpmで攪拌した。一定の時間毎に結晶懸濁液約100mlを採取し、バスケット型遠心分離機で固液分離した後、結晶をバットに広げて50℃の通気乾燥機内で20分乾燥することにより、結晶表面に付着したエタノールを除去した。得られた結晶の水分含量は常法のカールフィッシャー法にて測定した。エタノール中での処理温度が結晶トレハロースの水分含量の経時変化に及ぼす影響を表1及び図1に示す。
【0025】
【表1】
【0026】
表1及び図1から明らかなように、50℃では約400分、60℃では約100分、70℃では約30分と、処理温度によって速度は異なるものの、含水結晶トレハロースはエタノール中での脱水処理(エタノール変換法)により水分含量が1質量%程度にまで低下し、無水結晶トレハロースに変換されることが判明した。また、脱水処理により得られる結晶を、走査型電子顕微鏡(SEM)にて経時的に観察したところ、結晶の水分含量の低下と並行して多数の細孔が生じていることが分かった。
【0027】
エタノール中で70℃、60分間処理して得られた無水結晶トレハロースのSEM写真を図2(倍率100倍)及び図3(倍率2,000倍)に示す。また、対照として、原料として用いた含水結晶トレハロース、及び含水結晶トレハロースを常法に従い高温で真空乾燥することにより調製した無水結晶トレハロースについて、同様に撮影した写真を図4及び図5、及び、図6及び図7にそれぞれ示す。
【0028】
原料として用いた含水結晶トレハロースは表面が滑らかな板状(図5を参照)であり、常法で調製した無水結晶トレハロースは細かな板状結晶の集合体(図7を参照)であるのに対し、エタノール変換法で得られた無水結晶トレハロースには多数の細孔(図3を参照)が認められた。含水結晶トレハロースをエタノール中で脱水して得られる無水結晶トレハロースは、多数の細孔を有する新規な多孔性無水結晶糖質であった。なお、50℃及び60℃で脱水して得た無水結晶トレハロースについても調べたところ、同様に多孔性無水結晶であった。
【実施例2】
【0029】
<多孔性無水結晶トレハロースの物性>
実施例1で得られた多孔性無水結晶トレハロースの比表面積、細孔分布、粉末X線回折図及び示差走査熱量計分析における吸熱パターンを測定した。
【0030】
<実施例2−1:多孔性無水結晶トレハロースの比表面積>
多孔性結晶トレハロースの比表面積は、比表面積/細孔分布測定装置(モデルASAP−2400、島津マイクロメリテックス製)を用い、窒素ガス吸着法にて測定した。実施例1において、エタノール中50℃で465分間処理又は70℃で60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロースをそれぞれ約3g採取し、装置の前処理部において約40℃で約15時間、減圧乾燥した後、窒素ガス吸着法による比表面積の測定に供した。測定値は常法のBET法により解析した。また、市販の無水結晶トレハロース(試薬級、株式会社林原生物化学研究所販売)を対照とした。結果を表2に示す。
【0031】
【表2】
【0032】
表2の結果から明らかなように、本発明のエタノール変換法で調製した多孔性無水結晶トレハロースは、対照の、従来法で調製された市販の無水結晶トレハロースに比べ、約5倍以上の大きい比表面積を有していることが判明した。
【0033】
<実施例2−2:多孔性無水結晶トレハロースの細孔分布>
多孔性結晶トレハロースの細孔分布は、細孔分布測定装置(モデル9520、島津オートポア製)を用い、水銀圧入法にて測定した。実施例1において50℃で465分間処理又は70℃で60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロースをそれぞれ約0.5g採取し、初期圧15kPaの条件で測定した。実施例2−1と同様に、市販の無水結晶トレハロースを対照とした。結果を表3に、また、細孔分布図を図8に示す。
【0034】
【表3】
【0035】
表3及び図8から明らかなように、対照の無水結晶トレハロースにも細孔はごく僅かに認められるものの、その細孔体積は0.03ml/gと小さかった。一方、エタノール変換法で調製した多孔性無水結晶トレハロースは0.22又は0.28ml/gと比較的大きい細孔体積を有しており、また、細孔分布図において、細孔径5μm未満に明確なピークを有していた(図8、符号●及び○を参照)。
【0036】
<実施例2−3:多孔性無水結晶トレハロースの粉末X線回折図>
結晶トレハロースの粉末X線回折分析は、X線回折装置「ガイガーフレックスRDA−IIB」(Cu、Kα線使用)(株式会社リガク製)を用いて行った。実施例1においてエタノール中で70℃、60分間処理することにより調製した多孔性無水結晶トレハロースと対照の無水結晶トレハロース及び含水結晶トレハロースの粉末X線回折図を併せて図9に示した。
【0037】
図9から明らかなように、多孔性無水結晶トレハロースの粉末X線回折図(図9中のa)は、対照の無水結晶トレハロースのそれ(図9中のb)とほぼ一致し、含水結晶トレハロースのそれ(図9中のc)とは全く相違していた。なお、対照の無水結晶トレハロースの粉末X線回折図には、一部、含水結晶由来と考えられるピークが認められ、わずかに含水結晶トレハロースが混在していることが判明した。
【0038】
<実施例2−4:多孔性無水結晶トレハロースの示差走査熱量計分析>
示差走査熱量計(DSC)分析における吸熱パターンは、示差走査熱量計「DSC8230」(株式会社リガク製)を用いて測定した。実施例1においてエタノール中で70℃、60分間処理することにより調製した多孔性無水結晶トレハロースと対照の無水結晶トレハロースのDSC分析における吸熱パターンを併せて図10に示した。
【0039】
図10において、多孔性無水結晶トレハロースのDSC分析における吸熱パターン(図10中のa)は、対照の無水結晶トレハロースにおいて認められた90℃付近の小さな吸熱ピークが認められないこと以外は無水結晶トレハロースのそれ(図10中のb)と同様に、200℃付近に吸熱ピークを示した。90℃付近の吸熱ピークは対照の無水結晶トレハロースに混在する含水結晶トレハロースに由来するものであり、多孔性無水結晶トレハロースでは全く観察されなかったことから、エタノール変換法で調製した多孔性無水結晶トレハロースは、含水結晶をほとんど含まない無水結晶であることが分かった。
【実施例3】
【0040】
<多孔性無水結晶マルトースの調製>
含水結晶糖質として含水結晶β−マルトース(商品名「マルトースOM」、株式会社林原製、純度98%以上)を用い、処理温度を70℃とした以外は実施例1と同じ方法によりエタノール変換法にて無水結晶マルトースを調製した。結晶の水分含量の経時変化を表4に示す。
【0041】
【表4】
【0042】
含水結晶マルトースの無水結晶マルトースへの変換は、70℃と高い処理温度で行ったにも拘わらず、70℃、約30分で無水結晶への変換が完了した実施例1のトレハロースの場合とは異なり、約480分と長時間を要した。含水結晶糖質が、含水結晶マルトースの場合も、エタノール変換法により無水結晶マルトースに変換できることが分かった。
【0043】
上記で480分間処理して得られた無水結晶マルトースを、倍率100倍及び2,000倍で撮影したSEM写真を図11及び12にそれぞれ示す。また、対照として、原料として用いた含水結晶β−マルトース、従来法で調製した無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースについて、同様に撮影したSEM写真を図13及び図14、図15及び図16、及び、図17及び図18にそれぞれ示した。
【0044】
図14、図16及び図18から明らかなように、原料の含水結晶β−マルトース、従来法で調製した無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースには細孔がほとんど観察されないのに対し、エタノール変換法で得た無水結晶マルトースには、図12に示すように微細な柱状結晶の凝集体とともに、実施例1の無水結晶トレハロースと同様に多数の細孔が認められ、多孔性無水結晶糖質であることが判明した。
【実施例4】
【0045】
<多孔性無水結晶マルトースの物性>
【0046】
<実施例4−1:多孔性無水結晶マルトースの比表面積と細孔分布>
実施例3で480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトースを試料とし、原料として用いた含水結晶β−マルトース、従来法で調製した無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースをそれぞれ対照として、実施例2と同じ方法で、比表面積及び細孔分布を測定した。結果を表5にまとめた。また、細孔分布図を図19に示した。
【0047】
【表5】
【0048】
表5から明らかなように、多孔性無水結晶マルトースの比表面積は3.39m2/gであり、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースの比表面積がそれぞれ0.46m2/g、0.48m2/g及び0.82m2/gであったのに比べて、約4乃至約7倍以上大きい値を示した。また、多孔性無水結晶マルトースは1.05ml/gと比較的大きい細孔体積を示し、細孔分布図において細孔径5μm未満に明確なピーク(図19、符号○)を有していた。なお、図19において、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースに観察される分布(図19、符号×、△及び●)は細孔ではなく、結晶粒子が小さいために粒子の間隙に水銀が圧入されたことにより観察されたものである。
【0049】
<実施例4−2:多孔性無水結晶マルトースの粉末X線回折図>
結晶マルトースの粉末X線回折分析は、実施例2−3と同じ方法により行った。実施例3においてエタノール中で70℃、480分間処理することにより調製した多孔性無水結晶マルトースと、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースの粉末X線回折図を併せて図20に示した。
【0050】
図20から明らかなように、多孔性無水結晶マルトースの粉末X線回折図(図20における符号a)は、対照の無水結晶β−マルトースのそれ(図20における符号b)、無水結晶α−マルトースのそれ(図20における符号c)及び含水結晶マルトースのそれ(図20における符号d)のいずれとも相違していた。このことは、エタノール変換法で得た多孔性無水結晶マルトースが従来の無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースとは全く異なる結晶型を有していることを物語っている。
【0051】
<実施例4−3:多孔性無水結晶マルトースの示差走査熱量計分析>
示差走査熱量計(DSC)分析における吸熱パターンは、実施例2−4と同じ方法により測定した。実施例3においてエタノール中で70℃、480分間処理することにより調製した多孔性無水結晶マルトースと、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースのDSC分析における吸熱パターンを併せて図21に示した。
【0052】
図21において、多孔性無水結晶マルトースのDSC分析における吸熱パターン(図21における符号a)は、対照の無水結晶β−マルトースのそれ(図21における符号b)、無水結晶α−マルトースのそれ(図21における符号c)及び含水結晶β−マルトースのそれ(図21における符号d)のいずれとも異なっていた。
【0053】
粉末X線回折図及びDSC分析における吸熱パターンが、従来の無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースのいずれとも異なっていたことから、実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースは新規な無水結晶マルトースであると推測されたため、融点及びマルトースのアノマー含量を測定した。
【0054】
<実施例4−4:多孔性無水結晶マルトースの融点>
実施例3で480分処理して得た多孔性無水結晶マルトース粉末を試料とし、融点測定装置(商品名「MP−21」、ヤマト科学株式会社製)を用いて、常法に従い、融点を測定した。その結果、多孔性無水結晶マルトースの融点は154乃至159℃であることが判明した。この値は従来の無水結晶α−マルトース(α/β複合体無水結晶、α−アノマー含量73%)の融点、168乃至175℃よりも低いものであり、従来の無水結晶β−マルトースの融点、120乃至125℃よりも高いものであった。
【0055】
<実施例4−5:多孔性無水結晶マルトースのアノマー含量>
実施例3で480分処理して得た多孔性無水結晶マルトース約70mgを無水ピリジン5mlに溶解した後、この100μlを、常法に従いトリメチルシリル化(TMS化)し、ガスクロマトグラフィーにて分析し、マルトースのα−アノマーとβ−アノマーの含量を単純面積百分率法により求めた。実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースはα−アノマー含量5.5%、β−アノマー含量94.5%と、その大部分をβ−アノマーが占めていた。この結果から、実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースはβ−マルトースであることが判明した。
【0056】
実施例4の結果から、実施例3で得た多孔性無水結晶マルトースは、従来の無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースのいずれとも異なる新規な無水結晶β−マルトースであることが判明した。
【0057】
実施例1乃至4の結果から、含水結晶糖質を有機溶媒中で脱水することにより、多数の細孔を有する新規な多孔性無水結晶糖質が得られることが判明した。実施例5及び6では、多孔性無水結晶糖質を原料として用いた多孔性含水結晶糖質の調製とその物性について記述する。
【実施例5】
【0058】
<多孔性含水結晶糖質の調製>
実施例1において70℃、60分間処理して得た多孔性無水結晶トレハロース及び実施例3において70℃、480分間処理して得た多孔性無水結晶マルトースを用い、それぞれの多孔性無水結晶糖質から含水結晶糖質を調製した。約50gの多孔性無水結晶糖質と約150mlの脱イオン水を別々の容器に入れ、それぞれ容器の上部を開放した状態で、同一の密閉容器内に収容し、27℃で2日間放置することにより、無水結晶糖質を吸湿させ、含水結晶に変換した。得られた含水結晶は、乾燥機中50℃で1時間乾燥し、過剰な水分を除去した。多孔性無水結晶トレハロース又はマルトースの吸湿処理前後、及び乾燥後の水分含量を表6に示す。なお、結晶の水分含量は、常法によりカールフィッシャー法にて測定した。
【0059】
【表6】
【0060】
多孔性無水結晶トレハロースは、吸湿処理及び乾燥後の水分含量が9.66%を示したことから、含水結晶トレハロースに変換されたことが分かった。同様に、多孔性無水結晶マルトースは、吸湿処理及び乾燥後の水分含量が5.14%を示したことから、含水結晶マルトースに変換されたことが分かった。
【0061】
多孔性無水結晶トレハロース及び多孔性無水結晶マルトースからそれぞれ調製した含水結晶トレハロース及び含水結晶マルトースのSEM写真(倍率2,000倍)を図22及び図23に示す。図22から明らかなように、得られた含水結晶マルトースは多数の細孔を有する多孔性含水結晶糖質であった。一方、図22に示すように、得られた含水結晶トレハロースには細孔がほとんど認められず、無水結晶から含水結晶に変換する過程で多孔性は失われていた。この結果から、多孔性無水結晶糖質は、多数の細孔を維持した状態で、多孔性含水結晶に変換し得る場合があるものの、糖質の種類によって異なることが判明した。
【実施例6】
【0062】
<多孔性含水結晶マルトースの物性>
実施例5で得た多孔性含水結晶マルトースについて、実施例2の方法で比表面積、細孔分布、粉末X線回折図及びDSC分析における吸熱パターンを測定した。比表面積及び細孔分布の測定結果を表7にまとめ、細孔分布図を図24に示した。対照として含水結晶マルトース(商品名「マルトースOM」、株式会社林原製、純度98%以上)を用いた。
【0063】
【表7】
【0064】
表7から明らかなように、多孔性含水結晶マルトースの比表面積は1.39m2/gであり、対照の含水結晶β−マルトースの比表面積が0.46m2/gであるのに比べて約3倍大きい値を示した。多孔性無水結晶マルトースは、含水結晶に変換することにより比表面積が小さくなるものの、細孔が維持されており、対照の含水結晶β−マルトースに比較して大きい比表面積及び大きい細孔体積を有することが判明した。また、多孔性含水結晶マルトースの細孔体積は0.77ml/gであり、その細孔分布図において、細孔径5μm未満に明確なピーク(図24における符号○)が認められた。なお、図24において、対照の含水結晶β−マルトースに観察される分布(図24における符号×)は細孔ではなく、結晶粒子が小さいために粒子の間隙に水銀が圧入されたことにより観察されたものである。
【0065】
多孔性含水結晶マルトースと対照の含水結晶β−マルトースの、粉末X線回折図及びDSC分析における吸熱パターンをそれぞれ併せて図25及び図26に示す。図25から明らかなように多孔性含水結晶マルトースの粉末X線回折図は対照の含水結晶β−マルトースのそれとほぼ一致したことから、多孔性含水結晶マルトースは含水結晶β−マルトースであることが分かった。一方、図26に示すように、多孔性含水結晶マルトースはDSC分析における吸熱パターンにおいて、対照の含水結晶β−マルトースよりも若干低い温度に吸熱ピークを示した。この現象は、詳細は不明であるが、多孔性含水結晶マルトースが細孔を多数有することに起因するのではないかと考えられた。
【0066】
実施例5及び6の結果から明らかなように、糖質の種類によっては、多孔性無水結晶糖質を吸湿させることにより、多孔性含水結晶糖質が調製でき、得られる多孔性含水結晶糖質は、原料の多孔性無水結晶糖質と同様に大きい比表面積、大きい細孔体積、細孔分布を有することが判明した。以下の実施例7及び8では、本発明の多孔性結晶糖質と従来の結晶糖質の性質を比較した。
【実施例7】
【0067】
<多孔性結晶糖質の水への溶解速度>
実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロース、実施例3の方法で調製した多孔性無水結晶マルトース、及び、実施例5の方法で調製した多孔性含水結晶マルトースを用いて、10℃の冷水に対する溶解性試験を行い、対照の無水及び含水結晶トレハロース、及び含水結晶マルトースとの比較を行った。
【0068】
予め、内径18mmの試験管に10℃の冷水を20ml入れ、次いで、攪拌子を入れて攪拌した。この試験管内に結晶糖質試料を添加し、肉眼観察により、沈降性の粒子が消失し完全に溶解するまでに要する時間を測定した。なお、試料の添加量は、試料がトレハロースの場合には0.5g、マルトースの場合には0.2gとし、攪拌速度はいずれの場合も約300rpmとした。これらの条件下における試料の溶解までの所要時間の測定は、各試料につき計5回行った。結果を表8に示した。
【0069】
【表8】
【0070】
表8の結果からも明らかなように、多孔性無水結晶トレハロース、多孔性無水β−マルトース及び多孔性含水結晶β−マルトースはいずれも、細孔を有さない対照の無水結晶糖質、含水結晶糖質に比べ、冷水に速やかに溶解することが判明した。
【実施例8】
【0071】
<多孔性結晶糖質の保油力>
結晶トレハロースとして、実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロース、対照の含水結晶トレハロース及び無水結晶トレハロースを用い、また、結晶マルトースとして、実施例3の方法で70℃で480分処理して調製した多孔性無水結晶β−マルトース、及び、対照の含水結晶β−マルトース、無水結晶α−マルトース及び無水結晶β−マルトースを用いて、各結晶糖質の保油力を測定し比較した。
【0072】
結晶糖質の保油力の測定は、特開昭59−31650号公報に開示されている方法に準じて行った。すなわち、サラダ油(商品名「日清サラダ油」、日清オイリオグループ株式会社販売)5gを50ml容のプラスチック容器に採取し、攪拌しながら各結晶糖質粉末試料を添加してゆく。この混合物は、結晶糖質粉末の添加量の少ない内は流動性を持っているものの、その量が増すにつれて粘稠度が増し、やがて一つの塊になる。更にその添加量を増すと、固さが増し、やがて一つにまとまらなくなりほぐれはじめる。この点を終点として、次式により保油力を求め、結果を表9に示した。
【0073】
【数1】
【0074】
【表9】
【0075】
表9の結果から明らかなように、対照の含水結晶トレハロース及び無水結晶トレハロースでは、含水、無水の違いにかかわりなく保油力は38.5であった。これに対し、多孔性無水結晶トレハロースの保油力は62.5であり、対照の結晶トレハロースの約1.6倍と高かった。一方、試料が結晶マルトースの場合、対照の結晶マルトースの保油力は約41乃至46であるところ、多孔性無水結晶β−マルトースのそれは143であり、対照の約3倍以上高かった。トレハロース及びマルトースのいずれの場合も、従来の結晶粉末に比べ、大きな比表面積を有する多孔性結晶粉末は高い保油力を示し、油との親和性が高いことが判明した。このことは、本発明の多孔性結晶糖質が、油性物質の粉末化基材として、より有用であることを示している。
【実施例9】
【0076】
<亜麻油粉末>
亜麻油1質量部に対し、実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロースを10質量部加え、30分間混練して粉末を調製した。また、対照として、含水結晶トレハロース(登録商標「トレハ」、株式会社林原商事販売)、及び、含水結晶トレハロースを常法に従い高温で真空乾燥することにより調製した無水結晶トレハロースを用い、同様に粉末を調製した。対照の含水結晶トレハロース及び無水結晶トレハロースを基材として調製した亜麻油粉末は、調製直後から粉末表面に亜麻油が滲み出る状態となり、粉末としての形態を維持できなかった。一方、多孔性無水結晶トレハロースを基材として調製した亜麻油粉末は、吸湿やケーキングもなく、良好な粉末の形態を維持していた。この結果は、多孔性結晶糖質が保油力に優れるという実施例8の結果を裏付けるものである。本亜麻油粉末はサプリメントとして好適に用いることができる。
【実施例10】
【0077】
<多孔性無水結晶トレハロースを用いて調製した亜麻油粉末の保存試験>
本発明と同じ出願人による特開2001−123194号公報に開示されているように、トレハロースには脂肪酸の分解を抑制し、揮発性アルデヒド類の生成を抑制する効果が知られていることから、実施例9で調製した、本発明の多孔性無水結晶トレハロースを粉末化基材とした亜麻油粉末と、対照の無水結晶トレハロースを粉末化基材とした亜麻油粉末の保存試験を以下の方法で実施し、揮発性アルデヒド類の生成を比較した。
【0078】
亜麻油粉末1gを20ml容バイアル瓶に採取し、ブチルゴム栓にて密栓し、40℃の保温器中で3週間保存した。保存前、保存21日目にバイアル瓶ごと回収し、80℃、5分間加熱した後、バイアル瓶の気相ガス2mlを直接、ガスクロマトグラフィー(GC)分析に供し、揮発性アルデヒド類を定量した。なお、GC分析は以下の条件で行った。分析結果を表10に示した。
(GC分析条件)
ガスクトマトグラフ:GC−17B(株式会社島津製作所製)
カラム:TC−FFAPキャピラリーカラム
(直径0.52mm×30m、ジーエルサイエンス社製)
カラム温度:40℃→100℃(昇温5℃/分)
キャリアーガス:ヘリウム 線速度:33cm/秒
試料注入量:気相ガス 2ml(スプリット 1/30)
検出器:FID
【0079】
【表10】
【0080】
表10の結果から明らかなように、本発明の多孔性無水結晶トレハロースを粉末化基材とする亜麻油粉末では、従来の無水結晶トレハロースを基材とする亜麻油粉末に比べ、保存前と保存21日目のいずれの場合も、気相ガス中の総揮発性アルデヒド量は50乃至60%程度と少量であった。これは、基材が多孔性であるが故に、揮発性アルデヒド類が細孔内に留まり気相中への揮散が抑制されているためと推察された。
【0081】
実施例8乃至10の結果から、本発明の多孔性結晶糖質、とりわけ、多孔性無水結晶トレハロースは、亜麻油のみならず他の油性物質の粉末化基材として有利に利用できることが判明した。
【実施例11】
【0082】
<粉末黒酢>
実施例1において70℃で60分間処理して調製した多孔性無水結晶トレハロース9質量部に対し、黒酢(もろみ芋酢)1質量部を加え、万能混合機で混合した後、一晩放置し、粉砕して、多孔性無水結晶トレハロースを粉末化基材として用いた粉末黒酢を調製した。本品は、1グラム当たり約6mgの酢酸を含有し、継続して摂取するダイエット用粉末黒酢として好適に利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、新規な物理的特性を有する多孔性結晶糖質を効率良く製造することができる。本発明の多孔性結晶糖質は、多数の細孔を有するため、比表面積が大きいことから液体との接触面積が大きく、油性物質との親和性も強く、また、アイスコーヒー、ヨーグルト、果物などの低温のものにも溶け易いため、食品分野において有用である。また、本発明の多孔性結晶糖質は、従来の糖質としての機能のみならず、その物理的特性を利用して、有用物質の安定化、揮発性香料などのマイクロカプセル化、起泡剤などの用途が期待できる。多孔性結晶糖質とその製造方法の確立は、製糖産業のみならず、これに関連する食品、化粧品、医薬品産業における工業的意義が極めて大きい。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
含水結晶糖質を、有機溶媒中で室温以上の温度に保持し脱水する工程を含んでなる、多数の細孔を有する多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項2】
含水結晶糖質が、含水結晶トレハロース又は含水結晶マルトースである請求項1記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項3】
有機溶媒が、アルコールである請求項1又は2記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項4】
アルコールが、エタノールである請求項3記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項5】
多孔性結晶糖質が、窒素ガスを用いたガス吸着法で測定したとき1m2/g以上の比表面積を有し、且つ、水銀圧入法で測定した細孔分布において、細孔が0.1ml/g以上の細孔体積を有し、細孔径5μm以下にピークを有する請求項1乃至4のいずれかに記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項1】
含水結晶糖質を、有機溶媒中で室温以上の温度に保持し脱水する工程を含んでなる、多数の細孔を有する多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項2】
含水結晶糖質が、含水結晶トレハロース又は含水結晶マルトースである請求項1記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項3】
有機溶媒が、アルコールである請求項1又は2記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項4】
アルコールが、エタノールである請求項3記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【請求項5】
多孔性結晶糖質が、窒素ガスを用いたガス吸着法で測定したとき1m2/g以上の比表面積を有し、且つ、水銀圧入法で測定した細孔分布において、細孔が0.1ml/g以上の細孔体積を有し、細孔径5μm以下にピークを有する請求項1乃至4のいずれかに記載の多孔性結晶糖質の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図2】
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【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【公開番号】特開2012−120546(P2012−120546A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−72353(P2012−72353)
【出願日】平成24年3月9日(2012.3.9)
【分割の表示】特願2007−551952(P2007−551952)の分割
【原出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年3月9日(2012.3.9)
【分割の表示】特願2007−551952(P2007−551952)の分割
【原出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
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