説明

多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックス

【課題】多層盛溶接において溶接ビード外観が良好でかつ靭性が優れた溶接金属を得ることができる多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックスを提供する。
【解決手段】SiO:30乃至36質量%、CaO:18乃至25質量%、Al:12乃至18質量%、CaF:3乃至8質量%、MgO:8乃至14質量%、MnO:5乃至12質量%、TiO:0.5乃至3.5質量%、B:0.01乃至0.20質量%を含み、FeOが3.0質量%以下である。更に、([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が0.7乃至0.9である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関し、特に多層盛溶接において溶接ビード外観が良好でかつ靭性が優れた溶接金属を得ることができる多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、溶接構造物に対して、厚肉化及び高靭性化が要求されている。また、溶接後の手直し等の工程に必要な時間の削減及び工程の短縮が要求されている。このような要求に応えるためには、溶接金属の高靭性化と溶接ビード外観の健全性が必要である。
【0003】
従来のフラックスにおいては、ビード外観が良好であれば、靭性が劣化し、また、靭性が良好であれば、ビード外観が劣化するという傾向にあった。特に、主要なビード外観不良の一例として、ビード表面のポックマーク発生が挙げられるが、このポックマークの程度によっては、グラインダー作業に必要な時間が増大し、工程時間の増加が問題となっている。
【0004】
これらのサブマージアーク溶接用溶融型フラックスに関する技術として、特許文献1及び2に記載されたものが公知である。特許文献1には、ラインパイプ及び構造用パイプ等の大径鋼管の溶接に好適な高速サブマージアーク溶接に使用されるサブマージアーク溶接用溶融型フラックスが開示されている。この溶融型フラックスは、CaO、CaF、MgO、SiO、Al、MnO、FeO、NaO、KO、B、TiOを含有し、これらの物質の含有量の関連式の値を規定している。この関連式において、CaOは分子に、SiOとMnOは分母に位置する。
【0005】
また、特許文献2においては、低温用鋼の高速サブマージアーク溶接に好適な溶融型フラックスが開示されており、同様に、CaO、CaF、MgO、SiO、Al、MnO、TiO、B、FeOを含有すると共に、NaO及び/又はKOを含有し、更に、これらの物質の含有量の関連式の値を規定している。この関連式において、同様に、CaOは分子に、SiOとMnOは分母に位置する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−125345号公報
【特許文献2】特開昭61−180694号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載のサブマージアーク溶接用溶融型フラックスは、ラインパイプ等の大径鋼管の高速溶接という点で、その所期の目的は達成されたが、多層肉盛溶接における溶接ビード外観及び溶接金属の靭性の向上という点については、着目していなかった。
【0008】
また、特許文献2に記載のサブマージアーク溶接用溶融型フラックスは、海洋構造物等に使用される低温用鋼の高速サブマージアーク溶接という点で、その所期の目的は達成されたが、同様に、多層肉盛溶接における溶接ビード外観及び溶接金属の靭性の向上という点については、着目していなかった。
【0009】
即ち、従来技術においては、多層盛溶接における健全な溶接ビード外観と溶接金属部の安定した靭性とを両立したサブマージアーク溶接用溶融型フラックスの開発はなされていなかった。
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、多層盛溶接において溶接ビード外観が良好でかつ靭性が優れた溶接金属を得ることができる多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックスは、SiO:30乃至36質量%、CaO:18乃至25質量%、Al:12乃至18質量%、CaF:3乃至8質量%、MgO:8乃至14質量%、MnO:5乃至12質量%、TiO:0.5乃至3.5質量%、B:0.01乃至0.20質量%を含み、FeOが3.0質量%以下であり、更に、CaO、MnO、SiOの含有量を夫々[CaO]、[MnO]、[SiO]としたとき、([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が0.7乃至0.9であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、フラックス組成及び([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]値を適切に規定したので、多層盛溶接において、ビード揃い劣化、凸ビード形状、スラグ焼き付き、ポックマーク発生等が防止され、溶接ビードの外観が向上し、優れた靭性を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】溶接試験の開先形状を示す図である。
【図2】シャルピー衝撃試験片採取位置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本願発明者等は、多層盛溶接において、溶接ビードにポックマーク及びスラグ焼付きが発生せず、靭性が優れた溶接金属を得ることができるフラックスを開発するため、種々実験研究を行った結果、上記課題を解決するためには、CaO、MnO、SiOの含有量を夫々[CaO]、[MnO]、[SiO]としたとき、([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が0.7乃至0.9であることが必須であることを見出した。
【0015】
また、フラックスの組成は、SiO:30乃至36質量%、CaO:18乃至25質量%、Al:12乃至18質量%、CaF:3乃至8質量%、MgO:8乃至14質量%、MnO:5乃至12質量%、TiO:0.5乃至3.5質量%、B:0.01乃至0.20質量%を含み、FeOが3.0質量%以下であることが必要である。
【0016】
次に、上述のフラックスの成分添加理由及び組成限定理由について説明する。
【0017】
「SiO:30乃至36質量%」
SiOは酸性成分であり、スラグの粘性を調整するのに有効な成分である。SiOが30質量%未満では、スラグの粘性が低下し、ビード幅の揃いが劣化する。一方、SiOが36質量%を超えると、スラグ粘性が過剰となり、ビードの広がりが悪くなると共に、塩基度が低下するため、溶接金属の酸素量が増加し、靭性が劣化する。
【0018】
「CaO:18乃至25質量%」
CaOは塩基性成分であり、フラックスの塩基度を高め、溶接金属中の酸素低減に極めて効果的な成分である。CaOが18質量%未満では、塩基度低下により溶接金属の酸素量が高くなり、靭性が劣化する。一方、CaOが25質量%を超えると、スラグが焼付き、スラグ剥離性が劣化する。このため、CaOは、18乃至25質量%とする。
【0019】
「Al:12乃至18質量%」
Alは中性成分であり、スラグの粘性及び融点を調整するのに有効な成分である。Alが12質量%未満では、スラグの粘性及び凝固温度が低くなり、ビード幅の揃いが劣化する。一方、Alが18質量%を超えると、スラグの融点が高くなり過ぎるため、ビードの広がりが悪くなり、ビード形状が凸型となる。このため、Alは12乃至18質量%とする。
【0020】
「CaF:3乃至8質量%」
CaFは塩基性成分であり、溶接金属中の酸素量を低下させるとともに、スラグの流動性を調整させるために有効な成分である。特許文献1及び2に記載の従来技術では、CaFは10質量%以上添加されていた。しかし、本発明者等は、本発明の対象である多層盛溶接では、CaF添加量を低減させる必要があることを見出した。CaFが3質量%未満では溶接金属中の酸素量が高くなり、靭性が劣化すると共に、スラグ焼付きが発生する。一方、CaFが8質量%を超えると、ビードが蛇行し、ビード幅揃いが劣化する。このため、CaFは3乃至8質量%とする。
【0021】
「MgO:8乃至14質量%」
MgOは塩基性成分であり、溶接金属中の酸素量を低減して靭性を確保するために有効な成分である。また、MgOはスラグの粘性を低下させる作用を有している。MgOが8質量%未満では、酸素量の低減効果が少なく、靭性が劣化する。MgOが14質量%を超えると、スラグが焼付き、スラグ剥離性が劣化しやすい。このため、MgOは8乃至14質量%とする。
【0022】
「MnO:5乃至12質量%」
MnOは溶融スラグの粘性及び融点を調整するために有効な成分である。MnOが5質量%未満では、溶融スラグの粘性が不足して、ビード幅揃いが劣化する。一方、MnOが12質量%を超えると、スラグ焼付きが発生しやすい。このため、MnOは5乃至12質量%とする。
【0023】
「TiO:0.5乃至3.5質量%」
TiOは酸性成分であり、スラグの流動性を調整する。更に、フラックス中にTiO2を含むことにより、このTiが溶接金属中でTi酸化物又はTi窒化物として存在するので、TiOは靭性向上に有効な成分である。TiOが0.5質量%未満では、溶接金属中のTi量が不足して靭性が劣化する。一方、TiOが3.5質量%を超えると、スラグが焼付き、スラグ剥離性が劣化する。
【0024】
「B:0.01乃至0.20質量%」
は溶接熱で還元され、Bとして溶接金属中に存在し、靭性を確保する効果を有する。Bが0.01質量%未満では、その効果が発揮されず、靭性が劣化する。Bが0.20質量%を超えると、焼入れ性が過大となり、靭性が劣化する。
【0025】
「FeO:3.0質量%以下」
FeOは不純物成分であるが、FeOが3.0質量%を超えると、表面ビードにスラグの焼付きが発生する。
【0026】
「([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]:0.7乃至0.9」
([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]は、健全な溶接ビード外観と良好な靭性を得るために、本願発明者等が見出した数式である。つまり、この([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]の値と、靭性及びスラグの焼き付きとは関連がある。([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が0.7未満であると、ビード表面にポックマークが発生し、かつ、溶接金属の酸素量が増加して、靭性が劣化する。一方、([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が0.9を超えると、ビード幅揃いが劣化し、ビード表面にスラグの焼付きが発生する。このため、([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]は0.7乃至0.9とする。なお、[CaO]、[MnO]、[SiO]は、夫々CaO、MnO、SiOの含有量(質量%)である。
【実施例】
【0027】
次に、本発明の実施例についてその比較例と共に説明する。下記表1に示す組成(質量%)の鋼板に対し、下記表2に示す組成(質量%)のワイヤを使用して、下記表3及び図1に示す溶接条件により、単電極の多層盛溶接を行った。鋼板1の板厚は25mm、開先角度が30°、ルートギャップが13mmのV型開先である。裏当材2を使用した。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
溶接後に、ビード外観について、ポックマークの有無及びスラグ焼付き発生の有無等の官能評価を行なった。その後、−20℃でのシャルピー衝撃試験を実施した。なお、図2に衝撃試験片採取位置を示す。鋼板の表面から9.5mm下方の位置を中心として、溶接金属3の部分を含む位置から、JIS Z3111:2005に準じて試験片を採取した。下記表4は、本発明の実施例のフラックス組成を示し、表5は実施例の([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]の数式の値と、ビード外観の評価結果及びシャルピー衝撃値を示す。また、表6は、比較例のフラックス組成を示し、表7は、比較例の([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]の数式の値と、ビード外観の評価結果及びシャルピー衝撃値を示す。
【0032】
【表4】

【0033】
【表5】

【0034】
【表6】

【0035】
【表7】

【0036】
表4及び表5に示すように、実施例1乃至20は、本願請求項1に規定する条件を満たす。このため、表5に示すように、実施例1乃至20においては、ビードの外観評価は良好であり、溶接作業性が優れていると共に、靭性も十分に高いものであった。
【0037】
これに対し、表6及び表7に示すように、比較例21は、フラックス中のSiOの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、溶接ビードの揃いが劣化した。比較例22はフラックス中のSiOの含有量が本発明範囲の上限を超えているので、凸ビード形状となり、靭性が劣化した。
【0038】
比較例23はフラックス中のCaOの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、靭性が劣化した。比較例24はフラックス中のCaOの含有量が本発明範囲の上限を超えているので、スラグが焼付き性及びスラグ剥離性が劣化した。
【0039】
比較例25はフラックス中のAlの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、ビード幅の揃いが劣化した。比較例26はフラックス中のAlの含有量が本発明範囲の上限を超えているので、溶接ビードが凸形状となった。
【0040】
比較例27はフラックス中のCaFの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、靭性が劣化し、ビード幅の揃いが劣化した。比較例28はフラックス中のCaFの含有量が本発明範囲の上限を超えているので、アンダーカットが発生した。
【0041】
比較例29はフラックス中のMgOの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、靭性が劣化した。比較例30はフラックス中のMgOの含有量が本発明範囲の上限を超えているので、スラグが焼き付き、剥離性が劣化した。
【0042】
比較例31はフラックス中のMnOの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、ビード幅の揃いが劣化した。比較例32はフラックス中のMnOの含有量が本発明範囲の上限を超えているので、スラグ焼付きが発生した。
【0043】
比較例33はフラックス中のTiOの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、靭性が劣化した。比較例34はフラックス中のTiOの含有量が本発明範囲の上限を超えているのでスラグ焼付きが発生した。
【0044】
比較例35はフラックス中のBの含有量が本発明範囲の下限未満であるので、靭性が劣化した。比較例36はBの含有量が本発明範囲の上限を超えているので靭性が劣化した。
【0045】
比較例37はフラックス中のFeOの含有量が本発明範囲の上限を超えているのでスラグ焼付きが発生した。
【0046】
比較例38は([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]の数値が本発明範囲の下限未満であるので、ビード表面にポックマークが発生し、靭性が劣化した。比較例39は([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が本発明範囲の上限を超えているので、ビード幅揃いの劣化が発生した。比較例40は([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が本発明範囲の下限未満であるので、ビード表面にポックマークが発生し、靭性が劣化した。比較例41は([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が本発明範囲の上限を超えているので、スラグの焼付きが発生した。
【0047】
なお、本発明では、表1及び表2に示すように、軟鋼・490N/mm級高張力鋼板(JISSM490A)、軟鋼・490N/mm級高張力鋼用ワイヤ(AWS5.17EH14相当)を使用したが、590N/mm級高張力鋼板、590N/mm級高張力鋼用ワイヤを適用しても同様の効果が得られた。
【符号の説明】
【0048】
1:鋼板
2:裏当材
3:溶接金属

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO:30乃至36質量%、CaO:18乃至25質量%、Al:12乃至18質量%、CaF:3乃至8質量%、MgO:8乃至14質量%、MnO:5乃至12質量%、TiO:0.5乃至3.5質量%、B:0.01乃至0.20質量%を含み、FeOが3.0質量%以下であり、更に、CaO、MnO、SiOの含有量を夫々[CaO]、[MnO]、[SiO]としたとき、([CaO]+0.5×[MnO])/[SiO]が0.7乃至0.9であることを特徴とする多層盛サブマージアーク溶接用溶融型フラックス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−224615(P2011−224615A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96631(P2010−96631)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】