説明

多発性硬化症の診断方法

本発明は、被験者の多発性硬化症を診断する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、α1アンチトリプシン(a1AT)及びビタミンD結合タンパク質(VDBP)から選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;及び試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較することを含む方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多発性硬化症の生物学的マーカーに関する。より具体的には、本発明は、多発性硬化症の診断、臨床又は前臨床試験における病気の進行のモニター、並びに薬剤スクリーニング及び薬剤開発のための、それらのマーカーの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
多発性硬化症(MS)は神経系に関係する自己免疫疾患であり、この病気に罹るのは女性が男性の2倍であって、全世界で大よそ250万人が罹患している。西欧諸国では、人口10万人当たり80人を超える人が罹患している。MSの平均発病年齢は30歳であり;2つの罹患年齢グループがある。大多数の患者は発病時の年齢が21〜25歳の間であり、少数の方は41〜45歳である[Krutze, JF., Neurology 30, 60-79 (1980)]。この病気に伴う経済的負担は大きい。米国内の全MS患者の年間の総費用は、90億ドルを超えると推定されている[Whetten-Goldstein et al., Mult Scler 4, 419-425 (1998)]。
【0003】
MSは、最初の発作からなる症候群(CIS)、再発寛解型(RR)、二次進行型(SP)及び一次進行型(PP)の4つの違った形態にそれぞれ分けることができる。CISはこの疾患の進行における最初の段階となり得るもので、実際にそこから30〜80%がMSを発病する。[David Miller等によりレビュー、Clinically isolated syndromes suggestive of multiple sclerosis, part I: natural history, pathogenesis, diagnosis, and prognosis, Neurology, 4, 5,281-288 (2005)]RRは、患者が回復するさまざまな程度の障害に至る一連の増悪によって特徴付けられる。約60〜80%のRR患者の病気の経過は着実にSPに変化して行き、患者は増悪に悩まされないがその代わり漸進的に衰弱すると報告されている。PPは、RRに於けるような典型的な増悪を含まないが、その代わり病気の悪化は徐々に進行する。
【0004】
MSは、中枢神経系(CNS)の炎症が、大脳白質内に斑として典型的に現れる病変と関係する、慢性の脱髄疾患である。この炎症過程には、T細胞、マクロファージ及び小膠細胞(ミクログリア)の活性化及び病変部位への動員が含まれる。症状は、神経系の全体にわたって伝導を阻害又は遮断する軸索の脱髄によって起こると信じられている。斑は大脳及び脊髄の至るところに認められる。症状の回復は、部分的な再ミエリン化及び炎症の解消の結果と考えられる。MS患者の免疫学的な研究から蓄積したデータ及び大量の動物モデルのデータに基づいて、自己免疫の異常調節が組織の損傷の主たる誘因と見なされている。
【0005】
MS免疫病理学の最近のモデルは、末梢内の自己反応性T細胞が活性化することを示唆している[Noseworthy, J. et al., N Engl J Med 343, 938-952 (2000)] 。活性化したT細胞は、上方調節されたレベルの接着分子を発現し、そして未感作の休止T細胞よりもより効率良く血液脳関門を越えて移動することができる。血液脳関門を越える管外遊出は、遊走細胞表面の誘導性リガンド−受容体対と内皮障壁間の一連の重複する分子相互作用に関係すると考えられる。接着分子、ケモカイン及びケモカイン受容体、並びにマトリックス・メタロプロテイナーゼの選択的発現は、脱髄疾患において、エフェクター細胞が血液脳関門を通過し、中枢神経系(CNS)の血管周囲組織に移動するのを仲介するために重要である可能性が高い。
【0006】
MSの発症メカニズムは、自己免疫性に限定されない可能性がある[Hemmer, B. et al., Nat Rev Neurosci 3, 291-301 (2002)]。脱髄は、Fas/Fasリガンド相互作用、毒性サイトカイン、活性酸素種、抗体依存性細胞毒性及び乏突起膠細胞(オリゴデンドロ
サイト)の代謝不安定性などの、提唱されている多くのメカニズムで起こり得る。又、軸索の損傷は、MS脳内の正常な外見の白質におけると同様、MS病変における顕著な病理学的特徴としての認識が高まっている。これらの観察結果は、MS発症における炎症性脱髄の役割を排除するものではないが、軸索傷害は炎症性病変よりも先行し、独立した軸索の病理学が疾患の一次性の病理生物学に関与する可能性が出てきた。MSにおける軸索損傷及び神経変性のメカニズムの研究は、その初期段階にある。しかし、軸索損傷は、臨床帰結を広い範囲に決定付けることができる。CNS組織破壊のマーカーは、炎症性脱髄のみならずMSにおける神経変性過程にとっても有用になる。
【0007】
MSは、自己免疫の発症機序の観点からは全身性疾患であり、末端器官の損傷がCNS内である限りにおいて局在性疾患である。従って、疾患のバイオマーカーは、脳を取り巻くCSF中、並びに他のより容易に利用できて全身性疾患を反映する血清又は尿などの液体中に最も見出され易い。
【0008】
MSの初期経過に好ましい効果を与える治療の利用には、適時にそして正確に診断することの重要性が強調される。現在、MSの診断は時間がかかり、高価で、特に疾患の初期段階は不確実である。MS疾患の活動性、病気の負荷及び長期にわたるそれらのパラメータの動的進展を評価するために、磁気共鳴映像法(MRI)も使われている[Bourdette,
D. et al., J Neuroimmunol 98, 16-21 (1999)]。連続的なMRIの研究は、臨床的に明らかな変化は疾患活動性のごく僅かな成分しか反映しないことを明確に示している。全体的なMRIは、MSの病理に関する特定の情報を提供する能力に限りがある。MRIの使用は初期診断に大きな効果を有しているが、特異的な特徴付けのアッセイ無しには、MSの診断は依然として臨床履歴及び神経学的検査が前提となる[McDonald, W. I. et al., Ann Neurol 50, 121-127 (2001)]。
【0009】
糖鎖付加パターンのような翻訳後修飾から、それらのタンパク質の一部の起源を識別できる可能性がある[Hoffmann, A. et al., FEBS Lett 359, 164-168 (1995); Grunewald,
S. et al., Biochim Biophys Acta 1455, 54-60 (1999)] 。
【0010】
MSの疾病経過は、患者内及び患者間で極めてさまざまで、病気の不均一性があることを示す。確かに、MS病変における不均一性はMRI及び病理学的研究で示されている。MRIは萎縮及び違った型の病変を識別する能力があるが、病理学的な特異性に欠ける。CNSとの密接な関連があるため、MSを患う患者から得たCSF内の予知及び診断マーカーを確認するために、多大な努力が払われている。
【0011】
タンパク質のリン酸化も、又、蛋白活性のオン・オフのシグナルの機能を果たす翻訳後修飾と見なされる[Heinrich, P, 等により論じられている Principles of interleukin (IL)-6-type cytokine signalling and its regulation. J374, 1-20. (2003)]。CSFに関して、プロテオミックス手法を用いたリン酸化及び糖鎖付加の領域の検討は、幾つかの研究で例が示されているものの十分にはなされていない[Yuko Ogata, M. et al., Journal of Proteome Research, 4, 837-845 837 (2005)]。
【0012】
プロテオミックス手法によって特徴付けされたCSF内のタンパク質は、僅かしかない。発表された研究の多くは二次元(2−D)電気泳動を使用しており、それはかなり煩雑で、しかも一般に日常的に得ることができるCSFより多いタンパク質が必要である。更にその上、極端な、低分子量又は高分子量、高い疎水性、少量及び全体的なメタボローム(metabolome)を示すタンパク質は、電気泳動には適さない[Manabe, T., Electrophoresis 21, 1116-1122 (2000)]。感度の低さが幾つかの研究を妨げており、他の研究ではそれを補うために非常に大量の液を使用している。これらの努力からは、非常に限られた数のタンパク質の確認しかなされていない[Puchades, M., et al., Rapid Commun Mass Sp
ectrom 13, 2450-2455 (1999)]。それでもなお、二次元電気泳動のプロテオミックス手法及び発見主導型戦略を使って、研究者らはCSF内の候補となる又は潜在的なバイオマーカーを確認した。例えば、補体因子が脳動脈障害を持つ患者のCSF内に確認された[Unlu, M. et al., Neurosci Lett 282, 149-152 (2000)]。別の例は、パーキンソン病患者におけるタンパク質発現の減少である[E.J. Finehout et al. Disease Markers, 21, 2, 93-101 (2005)]。
【0013】
本発明に関連して、発明者らは全タンパク質及びリンタンパク質のための、蛍光染色法と組み合わせたアルブミン及びIgGの枯渇を利用した。これは、MS患者由来のCSF中のリンタンパク質を定量するための新規な手段である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、多発性硬化症(MS)の指標となる生物学的マーカー(“バイオマーカー”)を提供する。これらのバイオマーカーは、病気の診断、その経過のモニター、治療に対する応答性の評価、及びMSを治療するための薬剤のスクリーニングに使うことができる。病気の進行の初期段階の診断及び認識は、患者にとって最も適切な時期および最も大きな利益になる早期の治療の策定を可能にする。また、それらの情報は、増悪の予測及び潜在的なMS亜型の分類を可能にする。治療に対する応答性を評価できることは、個人毎の病気の治療、及び候補薬剤の有効性評価を目的とした臨床試験のための基盤の提供を可能にする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
MSの疾病経過は、初期(CIS、RR)において明白な炎症性要素を持ち、続いて生物学的に著しく変化して病気の後期(SP)には神経変性の状態になるので、これらのバイオマーカーは他の神経炎症性及び/又は神経変性疾患の進行のモニターに使えることを示すと信じられている。その様な神経炎症性又は神経変性疾患には、パーキンソン病、アルツハイマー病、軽度認識傷害、認知症、加齢に伴う記憶傷害、加齢に伴う認識衰退、神経原線維変化病変を伴う疾患、アルツハイマー病による認知症、統合失調症による認知症、パーキンソン病による認知症、クロイツフェルト・ヤコブ病による認知症、ハンチントン病による認知症、ピック病による認知症、脳梗塞、頭部外傷、脊髄傷害、多発性硬化症、偏頭痛、疼痛、全身性疼痛、局所性疼痛、侵害受容性疼痛、神経因性疼痛、尿失禁、性機能障害、早漏症、運動障害、内分泌障害、胃腸障害及び血管痙攣が挙げられるが、これに限定されない。
【0016】
本発明のバイオマーカーとしては、生物学的試料中の測定値が、病気を持たない被験者(“正常対照”)のバイオマーカーの測定値を得ることによって確立した標準レベル又は参照範囲と比較して、MSの対象では異なる(高いか又は低いかの何れか)、特定のタンパク質のリン酸化のレベルが挙げられる。好ましい実施態様においては、その様な違いは、統計的に有意な違いである。或いは又、個別の患者から採取するCSFは、長期的に、治療の前及び治療期間中に分析しても良い。それによって、所定のバイオマーカーの重要な確率変数(chance quantity)は、治療に対する反応性を反映する。具体的には、それらのバイオマーカーには、α−1アンチトリプシン(a1AT)及びビタミンD結合タンパク質(VDBP)分子、並びにCSF中に見出されるそれらのリン酸化のレベルが含まれる。
【0017】
1つの実施態様において、本発明は、被験者がMSに罹っているかどうかを判定するための方法を提供する。関連した実施態様において、本発明は、被験者がどちらかと言えばMSに罹っているかどうか、又は他の疾患に罹っているよりもMSに罹っている可能性が高いかどうかを判定するための方法を提供する。本方法は、被験者から採取した血清又は
CSFなどの生物学的試料を分析し;生物学的試料中の少なくとも1つのバイオマーカーのリン酸化のレベルを測定し;測定したリン酸化のレベルを標準レベル又は参照範囲と対比させることによって行われる。一般的には、標準レベル又は参照範囲は、1つの正常対照、又は、より好ましくは一揃いの正常対照中の同じマーカーを測定することによって得られる。測定したレベルと標準レベル又は参照範囲との差に応じて、患者をMSに罹っている又は罹っていないと診断することができる。当業者には分かるように、標準レベル又は参照範囲は、問題とする生物学的試料に特異的なものである。従って、MSの指標となる血清中のマーカーの標準レベル又は参照範囲は、CSF、尿又は他の組織、液体若しくは区画中のその同じマーカー(存在すれば)の標準レベル又は参照範囲とは異なることが予想される。従って、本明細書においてバイオマーカー測定に言及する場合は、バイオマーカーのリン酸化のレベルの測定を指すと理解される。更に、本明細書においてマーカーリン酸化の測定レベルと標準レベル又は参照範囲との比較に言及する場合は、同じ種類の生物学的試料についてのそれらのレベル又は範囲を指すと理解される。
【0018】
他の実施態様において、本発明は、病気が進行しているかどうかを判定するために、MSの患者を長期にわたってモニターする方法を提供する。本方法は、特定の時期に被験者から採取した血清又はCSFのような生物学的試料を分析し;生物学的試料中の少なくとも1つのバイオマーカーのリン酸化レベルを測定し;そして測定したリン酸化レベルを、早期に被験者から得た生物学的試料を測定したリン酸化レベルと対比することによって行われる。測定したリン酸化レベル間の差によって、その期間にマーカーのリン酸化レベルが上昇したか、減少したか、又は一定だったかを知ることができる。引き続いての試料採取及び測定は、ある時間範囲にわたって要望通り何回でも行うことができる。同じ種類の方法は、又、治療を開始する又は現行の治療を変える患者で、治療的介入の有効性を評価するために使うことができる。
【0019】
他の実施態様において、本発明は、候補となる薬剤がMSの治療に効果的かどうかを判定する臨床試験を行うための方法を提供する。本方法は、MSと診断された被験者集団の各被験者の生物学的試料を分析し、生物学的試料中の少なくとも1つのバイオマーカーのリン酸化レベルを測定することによって行われる。そこで、1回分の候補薬剤を同じ被験者集団の1部又は亜母集団(“実験群”)に投与し、その一方で被験者集団の他の成員(“対照群”)にプラシーボ(偽薬)を投与する。薬剤及びプラシーボ投与後、実験群及び対照群から生物学的試料を採取し、その生物学的試料について前にリン酸化測定値を得るために行ったのと同じアッセイを行う。実験群と対照群の間の測定リン酸化レベルの差によって、候補薬剤が有効であるかどうかが分かる。MSを治療するための2つの違う薬剤又は他の治療法の相対的な有効性は、この方法を使い、プラシーボの代わりに薬剤又は治療法を施すことによって評価することができる。当業者には明らかなように、本発明の方法は、他の適応症を治療するために使われている既存の薬剤の、MSの治療における有効性を(例えば、上記のように、臨床試験で現在MSの治療に使われるものに対する薬剤の有効性を比較することによって)評価するために使うことができる。
【0020】
本発明はまたタンパク質及び低分子量のマーカーと特異的に結合する分子を提供する。その様なマーカー特異的試薬は、マーカーの分離及びマーカーの存在の検出、例えば、免疫学的アッセイに有用である。
本発明は、又、MSの診断、病気の進行のモニター及び治療に対する応答性の評価のためのキットであり、対象から採取した試料を入れる容器及び少なくとも1種のマーカー特異的試薬を含むキットを提供する。
【0021】
本発明者らは、驚くべきことに、その存在及び測定リン酸化レベルが多発性硬化症(MS)の指標となる、特定の生物学的マーカーのリン酸化のレベルを同定した。そのバイオマーカーにはタンパク質及び低分子量分子が含まれる。一定義によれば、生物学的マーカ
ー(“バイオマーカー”)は、「正常な生物過程、発病過程、又は治療的措置に対する薬理学的応答性の指標として、客観的に測定され評価される特性」である(NIH Biomarker Definitions Working Group (1998))。
【0022】
バイオマーカーには、特定の生物過程を示す特性のパターン又は組み合わせも含めることができる。バイオマーカーの測定値は増加又は減少することができ、特定の生物学的事象又は過程を示す。又、もしもバイオマーカーの測定値が特定の生物学的過程が存在しない場合に主として変化するのであれば、測定値が一定であることはその過程の存在を示唆し得る。バイオマーカーの測定及び発見に関する更なる情報は、2000年4月26日出願の米国特許出願第09/558,909号、「Phenotype and Biological Marker Identification System」に記載されており、この出願は、参照することによりその全文が本明細書に取り込まれている。
【0023】
本発明において、バイオマーカーは主として診断の目的に使われる。しかし、それらはまた治療、薬剤スクリーニング及び患者の層別(例えば、評価のために患者を多くの小集団にグループ分けする)の目的に使うこともできる。
【0024】
本発明は、MSの生物学的マーカーを同定するために設計した研究から得た知見に基づくものである。MSの患者から採取した試料のCSF及び血清は、液体クロマトグラフィー−質量分析法、及びガスクロマトグラフィー−質量分析法を用いて分析し、得られた質量分析結果を比較した。本発明のマーカーは、MS患者から採取した試料で測定したマーカーのリン酸化レベルを、その病気に罹らない患者から採取した試料で測定したマーカーのリン酸化レベルと比較することによって確認した。MSの患者における常に高い又は低いピークは、問題のその分子を同定するために、更にタンデム質量分析技術と組み合わせた液体クロマトグラフィー質量分析法(若しくは、ガスクロマトグラフィー質量分析法)を用いて詳細に調べた。
【0025】
測定したバイオマーカーのリン酸化値は、正常の対照から採取した生物学的試料と比較して、MSの患者から採取した生物学的試料では異なることが分かった。好ましい実施態様において、その違いは統計的に有意であった。従って、それらのリン酸化したバイオマーカーはMSの指標であると考えられる。
【0026】
本発明は、本明細書に記載されたバイオマーカーとMSの存在との相関性に依存する全ての方法を包含する。好ましい実施態様において、本発明は、候補の薬剤がMSの治療に有効であるかどうかを、その薬剤が有する効果をバイオマーカー値で評価することによって判定するための方法を提供する。これに関連して、用語の「有効である」とは、MSの徴候又は症状を低減若しくは緩和させる、病気の臨床経過を改善する、増悪の回数若しくは重症度を減少させる、斑数を減少させる、軸索脱髄の量又は割合を減少させる、現存する斑内の炎症性細胞数を減少させる、又は他の客観的又は主観的な如何なる病気の徴候をも低減させることを含めて、広義に解釈すべきである。異なる薬剤、投与量及び送達経路は、異なる薬剤投与条件を用いて本方法を実施することにより評価することができる。本方法はまたMSのための2つの異なる薬剤又は他の治療若しくは療法の有効性を比較するために使うことができる。
【0027】
リン酸化レベル(バイオマーカーの)は、タンパク質又はペプチドに付随したリン残基を認識する染色液又は染料、例えば、Pro-Q Diamond、又はリン特異的抗体(a1AT及びVDBPの検出に使用)、によって与えられる測定値と理解すべきである。リン酸化レベルは、又、精製した後に、IMACの様な違ったアフィニティーカラム又は何れか他のリン結合表面を用いて測定することができる。
【0028】
本明細書に記載されたバイオマーカーのリン酸化のレベルは、MSの他の徴候、症状及びMRI走査のような臨床試験、又は文献に報告されたMSバイオマーカーと組み合わせて測定することが予想される。同様に、本発明のバイオマーカーを2つ以上組み合わせて測定しても良い。本明細書には特に表記されない物を含めて、業界に知られる他の如何なるマーカーと一緒に行われる本発明のバイオマーカーのリン酸化の測定は、本発明の範囲に入る。
【0029】
1つの実施態様において、本発明は、被験者がMSに罹っているかどうかを判定する方法を提供する。病気が疑われる患者から採取した生物学的試料のバイオマーカーのリン酸化レベル測定値を取得し、標準レベル又は参照範囲と比較する。一般に、標準バイオマーカーリン酸化レベル又は参照範囲は、一揃いの正常対照中の同じマーカー又はマーカー類を測定することによって得られる。標準バイオマーカーリン酸化レベル又は参照範囲の測定は、同時期に行われる必要はなく、過去の測定であっても良い。好ましくは、正常対象は幾つかの属性(例えば、年齢又は性)に関して患者と一致することである。測定値と標準レベル又は参照範囲との差によって、患者がMSに罹っている又はMSに罹っていないと診断することができる。
【0030】
現在MSと呼ばれるものは、多数の関連した、しかし区別できる病状であることが判明している。確かに、4種類のMS:(i)良性MS、(ii)再発寛解型MS、(iii)二次慢性進行型MS、及び(iv)一次進行型MS、の存在が既に認められている。更なる分類がなされる可能性があり、それらの型は更なる亜型に区別される可能性がある。ありとあらゆるさまざまなMSの形態は、本発明の範囲に入ることを意図している。確かに、バイオマーカーのリン酸化測定レベルに基づいて患者を小集団に分ける方法を提供することによって、本発明の組成物及び方法は病気のさまざまな形態を明かにし定義付けるのに使うことができる。
【0031】
本発明の方法は、患者の症状などの他の情報又は他の臨床検査若しくは補助的臨床検査の結果とは独立して、MSを診断するために使うことができる。しかし、本発明の方法は、その様な他のデータポイントと併せて使うことが好ましい。
【0032】
診断が全く単一の試験結果だけに基づくことはめったに無いため、その方法は、バイオマーカーの測定値と標準レベル又は対象範囲との差に基づいて、被験者がどちらかと言うとMSに罹っているかどうか、又は他の病気よりはMSに罹っている可能性があるかどうかを判定するために使われる。従って、例えば、推定診断でMSの患者は、本発明の方法によってもたらされる情報を踏まえて、MSに罹っている「可能性がある」又は「可能性が低い」と診断される。
【0033】
生物学的試料は、どんな組織又は液体のものでも良い。好ましくは、試料はCSF又は血清サンプルであるが、他の生物学的液体又は組織を使っても良い。可能性のある生物学的液体として、血漿、尿及び神経組織が挙げられるが、これらに限定されない。CSFは、脳を浸し、その液体環境から代謝産物及び分子破片を取り出すので、MSマーカーを分析するための好ましい生物学的試料の代表である。従って、MSの存在及び/又は進行に関係する生体分子は、最も高い濃度でこの体液中に存在することが想定される。CSFのバイオマーカーそれ自体は、病気の早期診断に特に有用である。更に、最初にCSF中に確認された分子は、恐らくより低い濃度ではあるが、血清及び尿などの容易に入手できる体液中にも存在する可能性がある。その様なバイオマーカーは、病気の全ての病期及び治療に対する応答性をモニターするために貴重である。血清及び尿も、又、病気の全身的な徴候を反映することが見込まれるので、好ましい生物学的試料の代表である。幾つかの実施態様において、本マーカーのレベルは、別のマーカーのレベル又は異なる組織、液体又は生物学的「区画」内のいくつかの他の成分のレベルと比較することができる。従って、
CSF及び血清中のマーカーの差の比較を行っても良い。本マーカーのレベルを、別のマーカーのレベル、又は同じ区画内のいくつかの他の成分のレベルと比較することもまた本発明の範囲である。
【0034】
当業者には明らかなことであるが、上記の説明は、MSの最初の診断を行うことに限定されず、MSの暫定的な診断を確定する又はその様な診断を「排除」するためにも適用できる。
【0035】
表2a及び2b(実施例の項を参照)に示したように、マーカーのリン酸化レベルの測定値は、MSの患者から採取した試料がより高い。1種又はそれ以上のマーカーの測定値で、適切な方向の著しい違いは、患者がMSに罹っている(又は罹っている可能性がある)ことを示す。もし1種類のバイオマーカーのリン酸化レベルだけを測定するなら、その値はMSを示すように上昇しなければならない。リン酸化の測定は、(i)本発明のバイオマーカー、(ii)本発明のバイオマーカー及びMSとの関連が知られている別の要素(例えば、MRI走査)、(iii)少なくとも1種の本発明のバイオマーカー及び文献に報告されている少なくとも1種のバイオマーカーを含む複数のバイオマーカー、又は(iv)上述のどれかの組み合わせについて可能である。更に、バイオマーカーレベルの変化量は、病気が存在する相対的な可能性の指標になり得る。
【0036】
本発明は、対象のMSを示唆するものであることを本発明者らが示した、リン酸化したバイオマーカーを提供する。
【0037】
病気の診断又は薬剤の効果を評価するために使用される、これらのバイオマーカーの生物学的試料測定とMSの間の如何なる相関関係も、本発明の範囲に入る。
【0038】
本発明の方法において、リン酸化されたバイオマーカーのレベルは、従来の技術を使って測定される。質量分析、クロマトグラフィーによる分離、二次元ゲル分離、結合アッセイ(例えば、免疫学的アッセイ)、競合阻害アッセイ等々を含めた、広範な種類の技術が利用できる。タンパク質又は低分子マーカーのレベルを測定する技術的に有効な如何なる方法も、本発明に包含される。特定のマーカーを測定するためにどれが最も適切な方法であるかを決めるのは、当業者の能力の範囲である。従って、例えば、より精巧な器具類を必要とする測定は臨床検査室で使うのに最適であるが、堅牢なELISAアッセイは診療所で使うのに最適である。選択した方法に関係なく、重要なのは測定に再現性のあることである。
【0039】
本発明のリン酸化したマーカーは、高い感度と再現性で検体を直接測定できる質量分析法によって測定することができる。数多くの質量分析方法が利用可能で、本測定を遂行するために使用することができる。エレクトロスプレーイオン化(ESI)は、例えば、1つの試料中の様々な化学種の相対濃度における、別の試料に対する差を定量化することができ;規格化技術(例えば、内部標準を使って)により絶対的定量が可能である。マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)又は関連したSELDI(登録商標)技術(Ciphergen, Inc.)もまたマーカーが存在したかどうか、及びマーカーの相対レベル又は絶対レベルを決定するために使うことができる。更に、飛行時間(TOF)測定ができる質量分析計は、高い精度及び分解能を有し、血清又はCSFのような複雑なマトリクス内でさえ、少量の化学種を測定することができる。
【0040】
タンパク質マーカーについては、アイソトープでコード化したアフィニティー標識(“ICAT”)と呼ばれるアイソトープ標識と組み合わせた誘導体化を基盤にして、定量化することができる。この方法及び他の関連する方法において、2つの試料中の1つの特定のアミノ酸は、区別を付けてアイソトープで標識し、そして次に、固相捕捉、洗浄及び遊
離によってペプチド背景から分離する。2つの原料由来の異なるアイソトープ標識した分子の強度は、その結果、互いに正確に定量化することができる。
【0041】
また、一次元及び二次元のゲルは、タンパク質の分離、及び銀染色、蛍光又は放射線標識によるゲルスポットの定量化のために使われている。これらの異なって染色されたスポットは、質量分析法を用いて検出し、タンデム質量分析法によって同定されている。
【0042】
或る実施態様において、リン酸化マーカーは、液体クロマトグラフィー−質量分析、又はガスクロマトグラフィー−質量分析のような分離技術と連結した質量分析法を用いて測定される。逆相液体クロマトグラフィーを高分解能、高質量精度のESI飛行時間(TOF)質量分析に結合させるのが好ましい。これは、比較的少量の、どのような複雑な生物学的材料からの多数の生体分子のスペクトル強度測定でも、感度又は処理能力を犠牲にせずに、可能にする。試料の分析は、マーカー(特異的な保持時間及びm/zによって特定された)の測定及び定量化を可能にする。当業者には分かることであるが、多くの他の分離技術は、質量分析と連結して使うことができる。例えば、ありとあらゆる分離カラムが市販されている。また、分離は、特別注文のクロマトグラフィー表面(例えば、マーカー特異的試薬が表面に固定されたビーズ)を使って行うことができる。媒体に保持された分子は、続いて溶出され、質量分析法によって分析することができる。
【0043】
液体クロマトグラフィー−質量分析による分析は、ピークが試料の種々の成分を表し、各成分が特徴的な質量対電荷比(m/z)及び保持時間(r.t.)を有する、質量強度スペクトルを創り出す。バイオマーカーのm/z及び保持時間を持つピークが存在することは、このマーカーが存在することを示す。マーカーを示すピークは、対応する他のスペクトルから(例えば、対照試料から)のピークと対比させて相対的測定値を得る。定量的測定を目的とする場合は、技術的にどの規格化手法(例えば、内部標準)を使っても良い。また、重なり合ったピークを分けるためにはデコンボリューション・ソフトウェア(deconvoluting software)を使うことができる。保持時間は、或る程度、液体クロマトグラフィー分離を行うために採用した条件に依存する。
【0044】
質量数の決定が良ければ良いほど、試料中のマーカーレベルの検出及び測定がより正確になる。従って、この目的のために選択される質量分析計は、高い質量精度及び高い質量分解能を備えることが好ましい。例えば、十分較正されたMicromass TOF機器の質量精度はおおよそ2mDaで、分解能m/Amが5,000を超えると報告されている。
【0045】
他の実施態様において、マーカーのリン酸化レベルは、適合する抗体ペア及び化学発光検出を用いたサンドイッチELISA法のような、標準的免疫アッセイを用いて測定することができる。市販の若しくは特製のモノクローナル又はポリクローナル抗体が一般的に使われる。しかし、このアッセイは、マーカーに特異的に結合する他の試薬(Affibodyポリペプチドなど)の使用に適応させることができる。標準的なプロトコル及びデータ分析を使用して、アッセイデータからマーカー濃度を決定する。
【0046】
上記で考察した多くのアッセイは、リン酸化したマーカーに特異的に結合する試薬(「マーカー特異的試薬」)を使用する。マーカーに特異的に結合する能力のある如何なる分子も、本発明に包含される。幾つかの実施態様において、マーカー特異的試薬は、抗体又は抗体断片である。他の実施態様において、マーカー特異的試薬は、非抗体種である。従って、マーカー特異的試薬は、マーカーが基質になる酵素であってもよい。マーカー特異的試薬は、標的マーカーの如何なるエピトープを認識してもよい。
【0047】
マーカー特異的試薬は、業界で認められた如何なる方法によって同定され、製造されてもよい。検体に特異的な抗体及び抗体断片を同定し製造する方法は、良く知られている。
マーカー特異的試薬を確認するために使われる他の方法の例には、ランダムペプチドライブラリー(例えば、ファージ提示法)による結合アッセイ及びマーカーの構造解析に基づいて設計する方法が挙げられる。
【0048】
本発明のマーカー、特に低分子量マーカーもまた業界に知られる多くの化学的誘導体化又は反応技術を用いて確認又は測定することができる。その様な技術に用いるための試薬は業界に知られており、特定の部類の標的分子に対しては市販品がある。
【0049】
最後に、上記のクロマトグラフィー的分離技術はまた標的分子の蛍光検出、NMR、キャピラリーUV、蒸発光散乱又は電気化学的検出などの質量分析以外の分析技術と連結させてもよい。
【0050】
本発明の代わりの実施態様において、病気が進行しているかどうかを判定するためにMS患者を長期間モニターするための方法が提供される。この実施態様を実施するために用いられる特有の手法は、上記の実施態様で用いられた手法と同様である。その方法は、特定の時点(t1)に被験者から血清又はCSFなどの生物学的試料を採取し;生物学的試料中の少なくとも1種類のバイオマーカーのリン酸化レベルを測定し;測定したレベルを、それより前の時点に被験者から得られた生物学的試料について測定したリン酸化レベルと比較することによって行われる。測定したレベル間の差によって、マーカーのリン酸化レベルがその期間に上昇したか、減少したか、又は一定に保持されたかどうかを知ることができる。MSを示す方向へのマーカーの更なる逸脱、即ち、MSマーカーの測定値が更に増加又は減少することは、その期間における病気の進行を示唆するものである。その後の試料採取及び測定は、ある期間の範囲にわたって要望通り何度でも行うことができる。
【0051】
連続的にマーカーのリン酸化レベルを測定することによって一人の患者をモニターする能力は、臨床的に価値のある手段であることを意味する。単一試験によって提供される限定した「スナップ写真」よりは、むしろその様なモニタリングは、長期にわたるマーカーのリン酸化レベルの傾向を明らかにする。病気の進行を示すことに加え、患者のマーカーリン酸化レベルの追跡は、病気の増悪を予測する又は臨床経過を示すために使うことができる。例えば、当業者には明白であるように、本発明のバイオマーカーは、MSの既知の形態(良性MS、再発寛解型MS、二次慢性進行型MS、及び一次進行型MS)の何れか若しくは全て、又は後に述べる病気の何れかの型若しくは亜類型を識別するために、更に詳細に調べることができる。また、本発明の何れの方法の感度及び特異性も、MSを他の自己免疫疾患又は他の神経系障害と区別することに関して、又は再発及び寛解を予測することに関して、更に詳細に調べることができる。
【0052】
同じように、本発明のリン酸化したマーカーは、被験者における治療的措置の有効性を評価するために使うことができる。2回目の測定の前に、好適な治療を開始する又は現行の治療を変更すること以外は、上記と同じ手段を用いる。治療は、薬剤投与、食事制限又は外科処置のような如何なる治療的措置でも良く、そして如何なる期間にわたった如何なる好適なスケジュールに従うことも可能である。次に治療が効果的な作用を有するかどうかを判定するために、事前及び事後の測定値を比較する。当業者には明らかなように、測定は他の過程(例えば、同じ期間中の病気の再燃)と重なって混乱する可能性がある。
【0053】
更なる実施態様において、リン酸化したマーカーは、候補の薬剤がMSの治療に有効かどうかを判定するための臨床試験で、候補の薬剤をスクリーニングするために使うことができる。時間t0において、MSと診断された被験者の集団の各被験者から生物学的試料を採取する。次に、各被験者の試料について、生物学的マーカーのリン酸化レベルを測定するためにアッセイが行われる。幾つかの実施態様においては、単一のマーカーのみがモニターされるが、他の実施態様では、最大で全因子数のマーカーの組み合わせがモニター
される。次に、候補薬剤の所定の投与量を、同一の被験者集団の一部又は亜母集団に投与する。薬剤投与は、如何なる期間にわたった如何なる好適なスケジュールに従うことも可能である。ある場合においては、亜母集団内の異なる被験者にさまざまな投与量を投与するか、又は薬剤を異なる経路で投与する。薬剤投与後、亜母集団から生物学的試料を取得し、その生物学的試料について前にリン酸化測定値を得るために行ったと同じアッセイを行う。以前と同様、その後の試料の採取及び測定は、ある期間の範囲にわたって要望通り何度でも行うことができる。その様な検討において、被験者集団の中の別の1つの亜母集団は、プラシーボが投与される対照群としての役割を果たす。対照群に対して同じ手法:生物学的試料の採取;試料の処理;及び測定値の表を得るために生物学的マーカーのリン酸化の測定が行われる。
【0054】
特定の投与量及び送達経路もまた試験することができる。その方法は、候補薬剤を特定の投与量又は送達経路でMSの被験者に投与し;被験者から血清又はCSFのような生物学的試料を採取し;各生物学的試料中の少なくとも1種類のバイオマーカーのリン酸化レベルを測定し;そして各試料について測定したリン酸化レベルを他の試料及び/又は標準リン酸化レベルと比較することによって行われる。一般に、標準リン酸化レベルは、薬剤を投与する前の被験者における同じマーカー又はマーカー類を測定することによって得られる。測定したリン酸化レベルと標準リン酸化レベルの差によって、その薬剤はMSに対して効果があると見なすことができる。もし多数のバイオマーカーを測定するなら、少なくとも1種類及び最大全部のバイオマーカーは、有効と見なされる薬剤については、予想される方向に変化しなければならない。好ましくは、多数のマーカーは、有効と見なされる薬剤に対しては変化しなければならず、そして好ましくは、その様な変化は統計的に有意である。
【0055】
通常の当業者には明らかなように、上記の説明は候補の薬剤に限定されるものではなく、何れの治療的措置についても、MSの治療に有効であるかどうかを判定するために適用できる
【0056】
1つの代表的な実施態様において、研究のためにMSに罹っている被験者集団が選択される。その集団は、一般に臨床試験の被験者を選択するための標準的なプロトコルを使って選択される。
【0057】
例えば、被験者は、総体的に健康で、他の医薬品を服用しておらず、年齢及び性別が均等に分散している。被験者集団はまた多数のグループに分割することができ、例えば、異なる亜母集団は、候補薬剤が投与される異なる型又は異なる程度の疾患に罹っていてもよい。或いは、小グループは、バイオマーカーのリン酸化レベルで定義されてもよい。
【0058】
一般に、薬剤投与後のバイオマーカーリン酸化測定において、統計的に有意な変化が検出できることを保証するための試験の計画においては、多数の統計的考察が為されなければならない。バイオマーカーの変化量は、薬剤の強さ、薬剤の投与量及び治療スケジュールを含めた多くの要因に依存する。被験者集団の適切なサイズの決め方は、統計学の熟練者には明白である。好ましくは、研究は、比較的小さな効果のサイズを検出するように計画される。
【0059】
被験者は、場合により、好適な期間、以前に使用したあらゆる薬剤を「ウォッシアウト(洗浄)」することができる。ウォッシアウトは、正確なベースラインが測定できるように、以前のどんな薬物療法の影響も排除する。生物学的試料は、集団内の各被験者から採取される。好ましくは、試料は血液又はCSFであるが、他の生物学的液体(例えば、尿)を使ってもよい。次に、各被験者の試料について、本発明の特定のバイオマーカーのリン酸化レベルを測定するために、1つのアッセイ又は種々のアッセイが行われる。アッセ
イには、上記のように、従来の方法及び試薬を使うことができる。試料が血液の場合は、アッセイは、一般に血清又は血漿のどちらかについて行われる。他の液体については、アッセイが行われる前に、必要に応じて、追加の試料調製工程が盛り込まれる。アッセイは、本明細書に記載された少なくとも1つの生物学的マーカーの値を測定する。幾つかの実施態様においては、単一マーカーのみがモニターされるが、他の実施態様においては、最大で全マーカー数までの因子の組み合わせがモニターされる。マーカーは、MSに関連する他の測定及び要素(例えば、MRI画像)と併せてモニターしてもよい。数値が測定される生物学的マーカーの数は、例えば、アッセイ試薬、生物学的液体及び他の資源の利用性に依存する。
【0060】
次に、候補薬剤の所定の投与量を、同じ被験者集団の一部又は亜母集団に投与する。薬剤投与は、如何なる期間にわたる如何なる好適なスケジュールに従ってもよく、亜母集団はその集団内の数名又は全部の被験者を含むことができる。ある場合には、投与量を変えて亜母集団内の異なる被験者に投与されるか、又は薬剤は異なる経路で投与される。好適な投与量及び投与経路は、その薬剤の固有の特性に依存する。薬剤投与の後、亜母集団からもう一度生物学的試料を採取する。一般的には、その試料は、薬剤投与前に対象集団から採取した試料(“t0試料”)と同じ種類であり、同じ方法で処理された試料である(例えば、CSF又は血液)。測定値を得るために、その試料について同じアッセイを行う。その後の試料の採取及び測定は、ある期間の範囲にわたって要望通り何度でも行うことができる。
【0061】
一般的に、被験者集団の異なる亜母集団が、プラシーボを投与する対照グループとして使用される。次いで、対照グループに対して同じ処置:生物学的試料を採取し、試料を処理し、測定値を得るために生物学的マーカーのリン酸化を測定することが続く。また、多様な薬剤の効果を比較するために、異なる薬剤を幾つもの亜母集団に投与することができる。通常の当業者には明白であるように、上記の説明は、臨床試験に関する方法の極めて簡略化した説明である。臨床試験には更に多くの手続き要件があり、その方法は、一般に全てのそうした要件に従って実施されると理解すべきである。
【0062】
現在、各被験者に対して、さまざまなバイオマーカーの一対のリン酸化測定が利用できる。異なったリン酸化測定値を比較し、分析して、生物学的マーカーが、プラシーボグループではなく薬剤グループで、候補の薬剤が病気の治療に有効であることを示すと予測した方向に変化したかどうかを判定する。好ましい実施態様において、その様な変化は統計的に有意である。候補の薬剤を受容したグループの測定値を、標準測定値、好ましくは薬剤がそのグループに与えられる前の測定値と比較する。一般的に、比較は、薬剤又はプラシーボ投与の前及び後の集団全体のリン酸化測定値の統計的分析という形をとる。生物学的マーカーのリン酸化値の変化が統計的に有意であるかどうかを判定するために、従来のどの統計的方法も使うことができる。例えば、一対比較は、データの分布に応じて、パラメトリックな対応のあるt検定又はノンパラメトリックの符号若しくは符号付順位検定の何れかを用いて、それぞれのバイオマーカーについて行うことができる。
【0063】
又、薬剤グループに見られる統計的に有意な変化は、プラシーボグループでは見られないことを保証するための検定が行われなければならない。その様な検定なしには、観察された変化が全ての患者で起こるかどうか、従って、候補の薬剤の投与の結果でないかどうかを判定することは出来ない。
【0064】
もしも、ただ1つのバイオマーカーのリン酸化を測定すると、その値は薬剤の有効性を示すためには増加しなければならない。もしも、2つ以上のバイオマーカーの測定なら、薬剤の有効性は、1つのバイオマーカー、全部のバイオマーカー、又はその間のどれかの数のバイオマーカーの変化によって示すことができる。幾つかの実施態様において、複数
のマーカーが測定され、そして薬剤の有効性は、複数のマーカーの変化によって示される。リン酸化の測定は、本発明のバイオマーカー、並びにMSに関連する他の測定及び要素(例えば、文献に報告されたバイオマーカーの測定及び/又はMRI画像)の両者であり得る。その上、バイオマーカーのリン酸化レベルの変化量は、相対的な薬剤の有効性の指標になり得る。
【0065】
特定の薬剤がMSの治療に効果的かどうかの判定に加え、本発明のバイオマーカーは候補の薬剤の用量効果を試験するためにも使うことができる。様々な用量が試験できる多数の異なる方法がある。例えば、異なる用量の薬剤を異なる被験者集団に投与することができ、そして薬剤投与の前と後の本発明バイオマーカーの差が有意であるかどうかを判定するために、それぞれの用量に対応するリン酸化測定値を分析することができる。この方法で、変化を生じさせるのに必要な最少投与量が推定できる。又、異なる投与量からの結果を互いに比較し、それぞれのマーカーが投与量に応じてどの様に作用するかを測定することができる。
【0066】
同じ様に、特定の薬剤の投与経路を試験することができる。薬剤は異なる被験者集団に異なる方法で投与することができ、そして薬剤投与の前と後の本発明バイオマーカーの差が有意であるかどうかを判定するために、各投与経路に対応するリン酸化測定値を分析することができる。異なる経路からの結果は、同様に、互いに直接比較することができる。
【0067】
本発明は、又、MSの診断、病気の進行のモニタリング、及び治療への応答性の評価をするためのキットを提供する。本キットは、患者から採集される試料のための容器及びマーカー特異的試薬を含む。そのようなキットの開発において、それぞれのマーカーに最適な分析基盤を使用した有効性確認研究を実施することは、通常の当業者の能力の範囲内である。所与のマーカーについて、これは免疫アッセイ又は質量分析アッセイであってもよい。キットの開発には、特異的抗体の開発、(もしあれば)マトリクス成分の影響(“マトリクス効果”)の評価及びアッセイ性能規格が必要になる。2個又はそれ以上のマーカーの組み合わせが最良の特異性及び感度を与え、従って病気をモニターするための有用性を与える結果となる。
【0068】
本明細書に記載されたどの方法も、他の診断、モニタリング及び小集団化の方法と併せて使用することができる。本明細書では、これらの方法は、「1つのマーカー」のリン酸化の測定を参照して説明する。しかし、一般的には、単一のマーカーは病気の確定診断を与えるには十分ではないかもしれない。好ましい実施態様において、本発明の方法は、2つのマーカー:該マーカーはa1AT及びVDBPである、のリン酸化測定を含む。
【0069】
従って、本発明の1つの態様は、被験者の多発性硬化症を診断する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、α1アンチトリプシン(a1AT)及びビタミンD結合タンパク質(VDBP)から選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;及び試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較することを含む方法に関する。
【0070】
本発明の別の態様において、該方法はインビトロで実施される。
本発明の更に別の態様において、生物学的試料は体液である。
本発明の更に別の態様において、該体液は、血液、血清、血漿、脳脊髄液、尿、及び唾液から成るグループから選択される。
本発明の更に別の態様において、該マーカーは、a1ATである。
本発明の更に別の態様において、該マーカーは、DVBPである。
本発明の更に別の態様において、該マーカーは、a1AT及びVDBPである。
【0071】
本発明の更に別の態様において、該基準値は、非多発性硬化症の被験者から採取した少
なくとも1つの試料中のマーカーのリン酸化レベルである。
本発明の更に別の態様において、マーカーのリン酸化のレベルは、代謝産物の存在を検出することによって測定される。
本発明の更に別の態様において、該被験者は実験動物である。
本発明の更に別の態様において、該被験者はヒトの被験者である。
【0072】
本発明の更に別の態様において、被験者における多発性硬化症の進行をモニターする方法であって、被験者から採取した最初の試料で生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;2番目の試料から生物学的試料中のマーカーのリン酸化レベルを測定すること;及び最初の試料で測定したマーカーのリン酸化レベルと2番目の試料で測定したマーカーのリン酸化レベルを比較することを含む方法が提供される。
【0073】
本発明の更に別の態様において、被験者における多発性硬化症の診断を支援する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較すること;及び比較した結果から被験者が程度の差はあるが多発性硬化症に罹る恐れがあるかどうかを判定することを含む方法が提供される。
【0074】
本発明の更に別の態様において、被験者における多発性硬化症の治療の有効性を評価する方法であって、(i)被験者に治療を施す前に被験者から得た最初の試料で測定した、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルと;(ii)被験者に治療を施した後に被験者から得た2番目の試料中のマーカーのリン酸化レベルを比較することを含み、ここで、最初の試料に比較して2番目の試料中のマーカーのリン酸化レベルの低下は、その治療が被験者の多発性硬化症の治療に有効であることを示す1つの指標である方法が提供される。
【0075】
本発明の更に別の態様において、被験者における多発性硬化症の種類、病期又は重症度を判定する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較すること;及び比較した結果から被験者の多発性硬化症の種類、病期又は重症度を判定することを含む方法が提供される。
【0076】
本発明の更に別の態様において、被験者における多発性硬化症の発症の危険性を判定する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較すること;及び比較した結果から被験者が多発性硬化症の発症の危険性が増しているか又は減少しているかを判定することを含む方法が提供される。
以下、下記の非限定の実施例によって、本発明を詳細に説明する。
【実施例】
【0077】
材料
試料は、Karolinska Hospital Stockholmにおいて、[Recommended Diagnostic Criteria for Multiple Sclerosis: Guidelines from the International Panel on the Diagnosis of Multiple Sclerosis, W. Ian McDonald et al., Ann Neurol;50, 121-127 (2001)]に記載された診断基準で、多発性硬化症の可能性がある患者を調査した期間に採集された(Professor Tomas Olsson, CMM, Karolinska Institute, Swedenから提供を受けた)。
【0078】
CSF試料は腰椎穿刺で採取し、その後試験管を遠心し、細胞を含まないCSFは更に分析するまで凍結した。患者情報を表1に示す。
【0079】
試料調製
全てのCSF試料は、アルブミン及びIgGを除去するために、それぞれ2mLのPOROS anti-HSAカラム (Applied Biosystems, USA)及びHiTrap Protein Gカラム(GE healthcare, USA)(1mL)を用いてアフィニティー精製した。精製工程ではそれらのカラムを直列に接続した。精製はFPLC, LCC-501 PLUS(GE healthcare, USA)上で行った。作業中の流速は1mL/分であった。試料はメーカーの使用説明書に従って精製した。簡潔に記載すると、試料を、プロテアーゼ阻害剤混合物のComplete(商標)(Roche, Germany)を含む10mMのTris−HCl(pH7.0)(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)の結合バッファーで1:1に希釈した。その後、試料を0.45μmのフィルター(Pall, USA)で濾過した。溶液はその後、自動注入器でカラムに負荷した。流出液は、2mLずつのフラクションで集め、更に調製及び分析するまで凍結した。結合したタンパク質の溶出は、10カラム容積(CV)の10mMのTris−HCl(pH2.0)溶出バッファーで行い、カラムは10CVの1.0MのNaCl(Merck, USA)再生バッファーで洗浄し、最後に新しい試料の調製と同様に10CVの結合バッファーで浄化した。
【0080】
脱塩及び濃縮
個々の試料を、5kDaカットオフのAmnicon-Ultra spin カラム(Millipore, USA)(15mL)に入れた。遠心は、3×40分+1×30分で、試料は各遠心工程間にTris−HCl(pH7.0)で希釈した。塩濃度の低下は<2,000倍と推定され、それはMegafuge2.0R中、4℃、4,000rpmで行われた。遠心分離後、残った試料をエッペンドルフ・チューブ(Eppendorf, USA)(1.5mL)に移し、乾燥するまでスピードバックで遠心した。その後、試料を翌日まで凍結した。
【0081】
タンパク質濃度検出のためのSDS−PAGE
試料内の異なるタンパク質濃度を調整するために、一次元ゲル電気泳動に続いて画像解析を行い、全タンパク質濃度を測定した。試料を、5%のグリセロール(BDH laboratory,
UK)を含むNupage LDS Sample Buffer(4倍濃度、Invitrogen, USA)のサンプルバッファー(25μL)に溶解し、50mMのDTT((DTT, Servan, Germany)を添加し、95℃で3×15分間プレートヒーター上で煮沸した。煮沸工程の合間に、試料を正確に5分間混合し、最後の煮沸工程の後、Rh(下記参照)バッファー(75μL)を加えて最終容積を100μLとし、最終的に15分間混合した。煮沸した試料(1.2μL)をエッペンドルフチューブ(1.5mL)に移し、Nupage LDS Sample Buffer(Invitrogen, USA)(10.8μL)を加えて最終容積を12μLとした。10μLをNovexグラジエントゲル(bis-tris、10レーン、4〜14%、Invitrogen, USA)の各レーンに添加した。ゲルは、MESバッファー(Invitrogen, USA)中、200Vの定電圧で30分間泳動させた。その後、ゲルは、固定液(FS)(20%エタノール及び7%酢酸)に30分を超える時間浸漬した。全タンパク質が見えるようにするため、[Kiera Berggren, Elena Chernokalskaya, Thomas H. Steinberg, Courtenay Kemper, Mary F. Lopez, Zhenjum Diwu, Richard P. Haugland, Wayne F. Patton, Proteomics, 1, 54-665, (2001)]に記されているように、ゲルをMQ水(Milli Q water)内で洗浄し、次いで Sypro Ruby(登録商標)染色液(MolecularProbes,Inc. USA)(75mL)に一晩漬けた。次の日、ゲルを、一度固定液中で5分間、続いてMQ水で3×15分洗浄し、その後ゲルをMolecular Imager
FX(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)を使い100μmの分解能で走査した。試料内の異なるタンパク質濃度に合わせて調整するために、Quantity One (Bio-Rad, Hercules, CA,
USA)を使ってボリュウム・レポート解析(volume report analysis)を行った。
【0082】
二次元ゲル電気泳動
等電点電気泳動の前に、試料を30分間ボルテックス攪拌し、不溶性の分子を消去するために13,000×gで15分間遠心分離した。その後、タンパク質量がそれぞれ等しいと推定されるそれらの液量をエッペンドルフチューブ(1.5mL)に移し、再水和液(RH:8Mの尿素(Sigma, USA)、19.5mMのDTT、0.5容積%のNP−40(10%)(USB Corporation, USA)、0.5容積%のIPGバッファー4〜7(GE healthcare, USA)、7容積%のグリセロール、1.5%のCHAPS(Genomic solutions, USA)、2Mのチオ尿素(Fluka, Germany))を加えて460μLにした。着色するためにBFB(2μL)を添加した。試料を磁器の皿に入れ、ゲル面を下にしてストリップ(帯状片)を置いた。その後、ストリップをPlus one鉱油(GE Healthcare, USA)で覆い、上部にプラスチックの蓋をした。等電点電気泳動は、IPGストリップ、pH4〜7、ライナー、24cm(GE Healthcare, USA)を用いてIPGphor(GE Healthcare, USA)内で、全体で120kV・時間行った。泳動後、ストリップをプラスチックの袋に入れて密閉し、−35℃で保存した。二次元泳動に先立ち、IPGストリップを、最初に50mMのTris−HCl(pH6.8)、6Mの尿素、30容積%のグリセロール、2%(質量/容積)のSDS(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)及び65mMのDTTに15分間、次いで、50mMのTris−HCl(pH8.8)、6Mの尿素、30容積%のグリセロール、2%(質量/容積)のSDS及び259mMのヨードアセトアミド(IAA, Matrix Scientific, USA)に15分間平衡化して、2段の還元及びアルキル化工程を行った。その後、ストリップをゲルの上端に置き加熱した1%(質量/容積)のアガロース(低融点アガロース)(USB Corporation, USA)で塞いだ。ゲルを冷却した後、Tris/glyc/SDS泳動バッファー(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)の入ったHoefer Isodaltのタンクにセットし、100Vの定電圧で19時間を越える時間泳動させた。二次元分離は、1.0×220×200mm厚の12.5%のポリアクリルアミドゲルで行った。
【0083】
タンパク質染色
リン酸化したタンパク質を視覚化するために、ゲルを、[Birte Schulenberg, Terrie N. Goodman, Robert Aggeler, Roderick A. Capaldi, Wayne F Patton Characterization
of dynamic and steady-state protein phosphorylation using a fluorescent phosphoprotein gel stain and mass spectrometry. Electrophoresis, 25(15): 2526-32 (2004)]の記載を多少修正して、Pro-Q(登録商標)Diamond (MolecularProbes,Inc. USA)で染色した。簡潔に述べると、ゲルをFS中で3×30分間固定し、続いてIMQ水で30分間すすぎ、その後ゲルをPro-Q(登録商標)と一緒にプラスチック容器に入れ一晩遮光しておいた。ゲルを脱色液の20%アセトニトリル・50mM酢酸ナトリウム中で3×30分間洗い、続いてMQ水で5分間ずつ2回すすいだ。引き続いて、ゲルをMolecular Imager(登録商標)FX(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)を用いて100μm分解能で走査した。ゲルは、Sypro Ruby(登録商標)による全タンパク質染色をするため自動染色機(GE Healthcare, USA)を用いて染色した。自動染色機のプログラムには、以下のステップが含まれた:2×15分間MQ、3×30分間固定、12時間Sypro Ruby(登録商標)、そして固定液中の最終ステップとして3×15分間MQ。その後、ゲルは、Molecular Imager(登録商標)FX(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)の100μm分解能で走査した。走査した後、ゲルは、プラスチック袋内で、0.01%のアジ化ナトリウム溶液中に保存した。
【0084】
画像解析
Sypro Ruby(登録商標)及びPro-Q Diamond(登録商標)染色のゲルに相当する画像ファイル(16ビット中間調及び100μm分解能)は、バックグラウンドの除去及びタンパク質スポットの検出をするため、定義された一連のパラメータを使って処理した。これらのパラメータは、ソフトウェアPDQuest(version 7.3, Bio-Rad, Hercules, CA, USA)によって与えられるツールを使って最適化した。検出されたタンパク質スポットをゲル間で一致させ、全てのゲルに存在する大部分のタンパク質スポットを表す合成マスター画像を作成した。それぞれのタンパク質スポットの量は、所定のゲル画像のスポット量を積算
した総計に対するppm(100万分の1)として表した。この手法は、全てのゲルに検出された全てのタンパク質スポットの定量的比較を可能にする。興味があるタンパク質スポットは、スポットカッターロボット(Bio-Rad, Hercules, CA, USA)を使ってゲルから切り取り、96ウェルプレートに移した。
【0085】
質量分析及びタンパク質同定
MassPREPロボット(Waters Corporation, USA)を使用して、タンパク質を消化することによってゲルスポットからタンパク質を抽出し、MALDI飛行時間型(MALDI-ToF, Waters
Corporation, USA)質量分析計にかけるペプチドを得た。Sypro Ruby(登録商標)染色したゲル片は、アセトニトリルを用いた脱水及びトリプシン(Trypsin, Promega, USA)処理を施し、続いて1%ギ酸/2%アセトニトリルでペプチドを抽出した。ペプチドを別のミクロタイタープレートのそれらの相当する位置に移した後、C18ゲルを含むZip Tipを用いて、ペプチドの濃縮、脱塩及びスポットマトリックス(α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸、Waters Corporation, USA)と共にMALDI標的プレート上への溶出を行い、マトリックスとペプチドの結晶を形成させた。各ペプチドの質量を得るためにMALDI-ToFを使い、得られたピークリストを検索エンジンのProtein Lynx Global Server 2 (PLGS2)及びMASCOTに取り込ませた後、情報源として数件のデータベースを選択した。タンパク質修飾は酸化及びカルバミドメチル化であり、誤切断の上限を1に、ペプチドの電荷を+1に設定した。MALDI-ToF工程の結果として、ペプチド上の電荷は常に+1であり、ペプチドの許容誤差は+/−100ppmであった。これらの手順のより詳細な説明は、[Dihydropyrimidinase related protein-2 as a biomarker for temperature and time dependent post mortem changes in the mouse brain proteome PROTEOMICS, 3,10,1920-1929(2003)Bo Franzen et al.]に記載されている。
【0086】
結果
9個の試料プールを分析した。各プールは、表1に記載した診断がなされた2〜3名の選択された患者から成る。試料プール当たりの患者数は、2Dゲル分析のための各プールの全タンパク質含量が〜0.6mgになるように選択されており、そして各プール内の患者分布はタンパク質量に関して等しかった。
【0087】
対照に対する病気グループの定量的分析の結果、2つのグループのタンパク質スポットのPro-Q Diamond(登録商標)染色に顕著な違いが示された。これらのグループ内のタンパク質スポットは、MALDI-ToF質量分析により、α−1−アンチトリプシン(a1AT)及びビタミンD結合タンパク質(VDBP)として同定された。詳細は表3を参照。最初のスポットグループ内の6個のタンパク質スポットは、全てa1ATとして同定され、本発明者らの計算(表2)はそれらの全量(6A1AT)に基づいた。1個より多いタンパク質スポットがVDBPとして同定されたが、1個だけを定量的測定に選んだ。
【0088】
表2a及び2bは、それぞれa1AT及びVDBPのタンパク質レベルを示す。倍率変化(fold change)Q欄は、RR及びSPプールにおけるタンパク質リン酸化が両者のタンパク質で増加することを示した。しかし、それぞれのゲル上への総タンパク質負荷量は、個々のa1AT及びVDBP発現レベルと同様に異なる。従って、本発明者らは、全タンパク質をSypro Ruby(登録商標)を用いて染色し、リン酸化を、分析したそれぞれのタンパク質の全タンパク質に対するパーセント(%Q/S)で表した。
【0089】
a1ATのリン酸化は、ONDグループと比較して、RRグループ(p<0.01)及びSPグループ(p<0.05)で有意に増加した。明白なリン酸化の増加の傾向は、統計的に有意ではないが、RRグループに比較してSPグループに見られた。もしこの傾向が正しければ、a1ATのリン酸化は、病気進行のマーカーとして役に立つ。
【0090】
SP114プールからの1人の患者(00−013)は、タンパク質分析の後ONDとして再分類された(表1)。表2a及び2bは、SP114プールの%Q/S値がSPグループの平均より低いことを示している。それにも拘わらず、SPグループ(a1AT及びVDBP)は、ONDグループに比較して有意な増加を示した。
【0091】
【表1】

【表2】

【0092】
【表3】

【0093】
【表4】

【0094】
【表5】

【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の多発性硬化症を診断する方法であって、対象から採取した生物学的試料中の、α1アンチトリプシン(a1AT)及びビタミンD結合タンパク質(VDBP)から選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;及び試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較することを含む方法。
【請求項2】
方法がインビトロで実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生物学的試料が体液である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
体液が、血液、血清、血漿、脳脊髄液、尿及び唾液から成るグループから選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
マーカーがa1ATである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
マーカーがVDBPである、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
マーカーがa1AT及びVDBPである、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
基準値が非多発性硬化症の被験者から採取した少なくとも1つの試料中のマーカーのリン酸化レベルである、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
マーカーのリン酸化のレベルが代謝産物の存在を検出することによって測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
被験者が実験動物である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
被験者がヒト対象である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
被験者における多発性硬化症の進行をモニターする方法であって、被験者から採取した最初の試料からの生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;2番目の試料からの生物学的試料中のマーカーのリン酸化レベルを測定すること;及び最初の試料で測定したマーカーのリン酸化レベルを2番目の試料で測定したマーカーのリン酸化レベルと比較することを含む方法。
【請求項13】
被験者における多発性硬化症の治療の有効性を評価する方法であって、(i)被験者に治療を施す前に被験者から得た最初の試料で測定した、a1AT及びVDBPから選択されるマーカーのリン酸化レベル;及び(ii)被験者に治療を施した後に被験者から得た2番目の試料中のマーカーのリン酸化レベルとを比較することを含み、ここで、最初の試料に比較して2番目の試料中のマーカーのリン酸化レベルの低下は、その治療が被験者の多発性硬化症の治療に有効であることを示す1つの指標である方法。
【請求項14】
被験者における多発性硬化症の診断を支援する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較すること;及び比較した結果から被験者が程度の差はあるが多発性硬化症に罹る恐れがあるかどうかを判定することを含む方法。
【請求項15】
被験者における多発性硬化症の種類、病期又は重症度を判定する方法であって、被験者
から採取した生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較すること;及び比較した結果から被験者の多発性硬化症の種類、病期又は重症度を判定することを含む方法。
【請求項16】
被験者における多発性硬化症の発症の危険性を判定する方法であって、被験者から採取した生物学的試料中の、a1AT及びVDBPから成るグループから選択されるマーカーのリン酸化レベルを測定すること;試料中のマーカーのリン酸化レベルを基準値と比較すること;及び比較した結果から被験者において多発性硬化症の発症の危険性が増しているか又は減少しているかを判定することを含む方法。

【公表番号】特表2009−500641(P2009−500641A)
【公表日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−521357(P2008−521357)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【国際出願番号】PCT/SE2006/000866
【国際公開番号】WO2007/008158
【国際公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【出願人】(391008951)アストラゼネカ・アクチエボラーグ (625)
【氏名又は名称原語表記】ASTRAZENECA AKTIEBOLAG
【Fターム(参考)】