説明

大地震の破壊領域の即時的推定方法

【課題】使用する地震計による観測点を複数のグループに分け、その評価点ごとに、その評価点に近いグループのデータのみを使用することにより、地震の破壊領域の評価の安定性を向上させることができる、大地震の破壊領域の即時的推定方法を提供する。
【解決手段】震源周辺の評価領域を決定し(S1)、前記評価領域内の観測点のサブネット化を行い(S2)、前記評価領域内の任意の評価点を選択し(S3)、前記評価点に距離的に近い複数の前記サブネットを選択し(S4)、前記評価点を震源とした場合における前記各サブネットの震度推定残差を最小とする震度マグニチュードと最小推定残差を求め(S5)、前記複数のサブネットの平均推定残差を前記評価点に与え(S6)、前記評価領域内の全ての前記評価点の平均推定残差を求め(S7)、前記平均推定残差が事前に定めた閾値を超えない領域を破壊領域と判断する(S8)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大地震の破壊領域の即時的推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、地震の破壊領域に関して地震直後に計算される情報は「震源(破壊の開始点)」の情報のみである。一方、大地震の破壊領域は数10kmから数100kmにも及ぶため、防災上、この破壊領域を即時的に計算することは重要である。通常は、地震後に十分な量のデータ(地震波、地殻変動、津波など)を集め、手動でデータや初期条件の吟味をした後に逆解析などを行うことで破壊領域の計算が実施されているが、限られたデータを使って即時に計算を行う自動システム向けの方法は殆ど提案されていないのが現状である。
【0003】
現在提案されている地震の破壊領域の即時推定方法としては、以下のような例がある。
(1)観測された地震動の上下動加速度と水平動速度の値を利用した経験式から観測点が破壊領域に近接している確率を求める方法(下記非特許文献1参照)
(2)実際の破壊領域外に破壊領域を仮定した場合に比べ、正しい破壊領域を仮定した場合(実際の破壊領域を仮定した場合)は、推定震度分布と観測震度分布の平均残差が減少するという原理を利用した方法(下記非特許文献2参照)
(3)観測された加速度が事前に定めた閾値を超過した場合に、観測点が破壊領域に近接していると判断する方法(下記非特許文献3参照)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】山田真澄,Tom Heaton,Early warning systems for large earthquakes:classification of near−souce and far−source stations,日本地震学会講演予稿集,2007
【非特許文献2】山本俊六,堀内茂木,中村洋光,呉長江,入倉孝次郎,福島美光,断層の面的広がりを考慮した緊急地震速報のための即時震度推定手法,日本地球惑星科学連合大会,2008
【非特許文献3】倉橋奨,入倉孝次郎,正木和明,Basic study for developing of the earthquake early warning for great earthquakes−case of ground motions in large earthquakes−,日本地球惑星科学連合大会予稿集,2009
【非特許文献4】山本俊六、堀内茂木、中村洋光、呉 長江、緊急地震速報における震度マグニチュードの有効性,物理探査,第60巻第5号、pp.407−417,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記した既往の地震の破壊領域の即時推定手法の問題点としては以下の点が挙げられる。
上記した(1)と(3)の方法は、観測点から破壊領域境界部までの距離を推定する方法であるため、海域の地震のように、観測点配置に偏りがある場合、破壊領域を面的に推定することができない。
【0006】
上記した(2)は、より具体的には、以下のような手順を行う。(i)まず、評価領域に対して、観測された震度分布を最適に説明できるマグニチュードと震源を事前に用意した距離減衰式を使って求める。(ii)上記(i)の手続きで求められたマグニチュードの地震を評価領域内の任意の点で発生させ、距離減衰式による推定震度と観測された震度の平均残差をこの点の値とする。(iii)評価領域内のすべての点に関して上記(ii)の手続を行い、評価領域を対象とした平均残差の分布を求める。(iv)平均残差が事前に定めた閾値を超えない領域を破壊領域と判断する。しかしながら、この(2)の方法では、震源から遠方のデータを扱った場合、距離の変化に対する震度の変化率が相対的に低下し評価結果が不安定になることから、大規模な評価領域を対象とした評価において評価の信頼性が低下するケースがあった。
【0007】
本発明は、上記状況に鑑みて、上記(2)の方法を基にしながら、使用する地震計による観測点を複数のグループに分け、その評価点ごとに、その評価点に近いグループのデータのみを使用する(評価点から遠方のデータは使用しない)ことにより、地震の破壊領域の評価の安定性を向上させることができる、大地震の破壊領域の即時的推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕大地震の破壊領域の即時的推定方法において、(a)震源周辺の評価領域を決定し、(b)前記評価領域内の観測点のサブネット化を行い、(c)前記評価領域内の任意の評価点を選択し、(d)前記評価点に距離的に近い複数の前記サブネットを選択し、(e)前記評価点を震源とした場合における前記各サブネットの震度推定残差を最小とする震度マグニチュードと最小推定残差を求め、(f)前記複数のサブネットの平均推定残差を前記評価点に与え、(g)前記評価領域内の全ての前記評価点の平均推定残差を求め、(h)前記平均推定残差が事前に定めた閾値を超えない領域を破壊領域と判断することを特徴とする。
【0009】
〔2〕上記〔1〕記載の大地震の破壊領域の即時的推定方法において、新しい震度データが前記観測点に入る度に上記〔1〕記載の(b)〜(h)の処理を繰り返すことにより、破壊領域の広がりを推定することを特徴とする。
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載の大地震の破壊領域の即時的推定方法において、震源情報及び各観測点の震度情報を入力情報とすることを特徴とする。
【0010】
〔4〕上記〔1〕から〔3〕の何れか一項記載の大地震の破壊領域の即時的推定方法において、使用する観測点数N、サブネットを構成する観測点数M、評価点の平均推定残差の計算に使用するサブネット数L、破壊領域を判断するための平均推定残差の上限値(前記閾値)を事前に定めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、評価点近傍の震度データを使用した破壊領域推定方法を提案し、東北地方太平洋沖地震に適用した。シミュレーション結果は良好であり、簡便かつ安定した即時推定方法として活用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例を示す、大地震の破壊領域の即時的推定方法における破壊領域の決定の説明図(その1)である。
【図2】本発明の実施例を示す、大地震の破壊領域の即時的推定方法における破壊領域の決定の説明図(その2)である。
【図3】本発明の実施例を示す、大地震の破壊領域の即時的推定方法における破壊領域の決定の説明図(その3)である。
【図4】本発明の実施例を示す、大地震の破壊領域の即時的推定方法における破壊領域の決定の説明図(その4)である。
【図5】本発明の実施例を示す、大地震の破壊領域の即時的推定方法における破壊領域の決定の説明図(その5)である。
【図6】本発明の実施例を示す、大地震の破壊領域の即時的推定方法のフローチャートである。
【図7】本発明に係る東北地方太平洋沖地震における推定破壊領域の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の大地震の破壊領域の即時的推定方法は、震源周辺の評価領域を決定し、前記評価領域内の観測点のサブネット化を行い、前記評価領域内の任意の評価点を選択し、前記評価点に距離的に近い複数の前記サブネットを選択し、前記評価点を震源とした場合における前記各サブネットの震度推定残差を最小とする震度マグニチュードと最小推定残差を求め、前記複数のサブネットの平均推定残差を前記評価点に与え、前記評価領域内の全ての前記評価点の平均推定残差を求め、前記平均推定残差が事前に定めた閾値を超えない領域を破壊領域と判断する。
【実施例】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
上記したように、本発明では、背景技術の項で示した(2)の方法を基にしており、まず、事前に震度の距離減衰式を用意し、この距離減衰式による推定震度と観測された震度の平均残差を利用する。
ここで、震度の距離減衰式としては、例えば、上記した非特許文献4に示された震度マグニチュードの距離減衰式、I=2〔MI−log10(r)−0.012r/3.5−2.73〕などを使うことができる。ここで、Iは震度、MIは震度マグニチュード、rは震源距離である。また、その他の震度に関する距離減衰式を使用することも可能である。ここでは、震度と震度の距離減衰式を使っているが震度以外の振幅情報(例えば、加速度、速度、変位など)とその距離減衰式を使っても同様の処理が可能である。
【0015】
事前に定める値としては、使用する観測点数N、サブネットを構成する観測点数M、評価点の平均推定残差の計算に使用するサブネット数L、破壊領域を判断するための平均推定残差の上限値(閾値)である。
また、入力情報としては、震源情報(緊急地震速報)、各観測点の震度情報などの現行の即時システムから入手できるものを用いることができる。
【0016】
本発明では、初めに評価領域を一定間隔でグリッド化し、全グリッドに評価点を設定し、利用できるN個の観測点をN個のサブネットにグルーピングする。この時、サブネットは距離の近いM個の観測点から構成されるものとする。次に、任意の評価点を選択し、当該評価点に近いL個のサブネットを選択し、この評価点を震源とした場合にL個のサブネットの各サブネットの震度推定残差を最小にする震度マグニチュードと最小となる推定残差をそれぞれ求め、L個のサブネットの推定残差の平均値をその評価点の値とする。さらに上記の操作を全評価点に関して行う。
【0017】
平均推定残差の小さな評価点は破壊領域である可能性が高いため、最終的に平均推定残差がある閾値以下である評価点を破壊領域としてイメージングする。また観測点数やデータは逐次更新されるため、本発明によるイメージング結果も逐次更新する。
図1〜図5は上記した本発明の大地震の破壊領域の即時的推定方法における破壊領域の決定の説明図(その1〜その5)、図6はその大地震の破壊領域の即時的推定方法のフローチャートである。
【0018】
(1)まず、震源周辺の評価領域を決定する、すなわち、図1に示すように、震源(★で表示)1の周辺の評価領域3を決定する(ステップS1)。なお、2は評価領域3内の観測点(△で表示)である。
(2)次に、評価領域3内を一定間隔でグリッド化し、観測点のグループ(サブネット化)(N個)を行う。すなわち、図2に示すように、N個の観測点2をN個のサブネット(細点線で表示)4に分ける(ステップS2)。なお、各サブネット4はM個の観測点2から構成される。サブネットは、対象とする観測点と、対象とする観測点に最も近いM−1個の観測点から構成される。観測点の分布によっては、対象とする観測点が異なる場合、すなわちサブネットが異なる場合でも、サブネットを構成する観測点2の組み合わせが同一になる場合もありうる。ここでは、N個の観測点2は15であるので、サブネットの数は15になるが、上記の理由によりいくつかのサブネットが重複し、結果的に図上はサブネット数が12個と表示されている。
【0019】
なお、評価点は評価領域をグリッド化し、各グリッドに設定可能とする。
(3)次に、評価領域3内の評価点5を選択する。すなわち、図3に示すように、評価領域3内で任意の評価点(◇で表示)5を選択する(ステップS3)。なお、評価点は各グリッドに設定可能とする。
(4)次に、評価点5に距離的に近いサブネット4(L個)を選択する。すなわち、図4に示すように、評価点5に距離的に近いL個のサブネット4を選択する(ステップS4)。
【0020】
(5)次に、評価点5を震源とした場合の、サブネット4の震度推定残差を最小とする震度マグニチュードと最小推定残差を求める。すなわち、評価点5を震源とした場合の、各サブネット4内の震度推定残差を最小とするマグニチュードとその時の最小推定残差を求める(ステップS5)。この際、事前に用意した震度の距離減衰式を使用する。
(6)次に、L個のサブネット4の平均推定残差を評価点5に与える。すなわち、上記(5)で求めた最小推定残差に関して、L個のサブネット4の平均(平均推定残差)を求め、評価点5の値とする(ステップS6)。
【0021】
(7)次に、全評価グリッドの平均推定残差を求める。すなわち、評価領域3内の全ての評価点5に関してステップS6の平均推定残差を求める(ステップS7)。
(8)そこで、上記(7)で求めた全ての評価点5の平均推定残差のうち、平均推定残差が事前に定めた閾値を超えない領域を、破壊領域(図5の太点線表示)と判断する。
(9)観測点2に新しい震度データが入る度に上記ステップS2〜ステップS8の処理を繰り返す(ステップS9)。
【0022】
(10)上記ステップS2〜ステップS8の処理を繰り返しが終了したらエンドとする(ステップS10)。
このような手順で、図5に示すような、平均推定残差が閾値を超えない評価点5′が集まった、推定された破壊領域6を求めることができる。なお、色付き◇は平均推定残差が閾値を超えない評価点を示している。
【0023】
以下、東北地方太平洋沖地震を対象として、本発明による大地震の破壊領域の推定方法の有効性を検証する。
緊急地震速報による震度情報とK−NETのリアルタイム震度情報が入手できることを前提に、東北地方太平洋沖地震のリアルタイムシミュレーションを行った。
サブネットを構成する観測点数Mを15とし、評価点の平均推定残差の計算に利用するサブネット数Lも15とした。また各観測点にS波が到達して、かつ計測震度1.0以上となった値のみを入力データとし、結果的に時間に伴い観測点とサブネットの数Nは15〜252と変化した。破壊領域であると判断するための平均推定残差の上限値(閾値)としては0.70を使用した。
【0024】
地震発生後75秒後と135秒後のデータを基に、本発明の推定方法で得られた推定破壊領域のイメージング結果を図7に示す。この図において、sdは推定残差、intは震度を示している。他の様々な検証でもこの地震の主要な破壊領域が宮城県沖と福島・茨城沖であることが明らかにされつつあるが、図7よりそれぞれの位置と破壊の進行状況が明瞭に確認できる。また135秒の時点で破壊領域が少なくとも200km程度に広がっていることが分かる。
【0025】
このように、本発明にかかる大地震の破壊領域の即時的推定方法は、現行の即時的推定方法から入手できるリアルタイム情報を利用して、破壊領域の広がりを即時的に推定することが示された。
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の大地震の破壊領域の即時的推定方法は、大地震の破壊領域の広がりに関する情報の精度の向上を図ることができる破壊領域の即時的推定方法として利用可能である。
【符号の説明】
【0027】
1 震源
2 観測点
3 評価領域
4 サブネット
5 評価点
5′ 平均推定残差が閾値を超えない評価点
6 推定された破壊領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)震源周辺の評価領域を決定し、
(b)前記評価領域内の観測点のサブネット化を行い、
(c)前記評価領域内の任意の評価点を選択し、
(d)前記評価点に距離的に近い複数の前記サブネットを選択し、
(e)前記評価点を震源とした場合における前記各サブネットの震度推定残差を最小とする震度マグニチュードと最小推定残差を求め、
(f)前記複数のサブネットの平均推定残差を前記評価点に与え、
(g)前記評価領域内の全ての前記評価点の平均推定残差を求め、
(h)前記平均推定残差が事前に定めた閾値を超えない領域を破壊領域と判断することを特徴とする大地震の破壊領域の即時的推定方法。
【請求項2】
請求項1記載の大地震の破壊領域の即時的推定方法において、新しい震度データが前記観測点に入る度に請求項1に記載の(b)〜(h)の処理を繰り返すことにより、破壊領域の広がりを推定することを特徴とする大地震の破壊領域の即時的推定方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の大地震の破壊領域の即時的推定方法において、震源情報及び各観測点の震度情報を入力情報とすることを特徴とする大地震の破壊領域の即時的推定方法。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項記載の大地震の破壊領域の即時的推定方法において、使用する観測点数N、サブネットを構成する観測点数M、評価点の平均推定残差の計算に使用するサブネット数L、破壊領域を判断するための平均推定残差の上限値(前記閾値)を事前に定めることを特徴とする大地震の破壊領域の即時的推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−53922(P2013−53922A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−192216(P2011−192216)
【出願日】平成23年9月5日(2011.9.5)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)