説明

大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄及びその製造方法

【課題】鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程において、良好な強度、硬さを備えることの出来る大型の鋳造製品の提供を目的とする。
【解決手段】この目的を達成するため、A型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であって、Mnを3.05質量%以上含有する高Mn系基本組成を備えることを特徴とする大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を採用する。また、この高Mn系基本組成において、Mn含有量とS含有量とのMn/S存在比が6〜800の範囲とすることが、より好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄及びその製造方法に関する。特に、大型の内燃機関の構成部品等の製造に好適な片状黒鉛鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から内燃機関であるエンジン部品には、耐摩耗性、耐振動性、良好な強度、良好な加工性等の観点から、これらの要求特性を満足し得る素材として、油との馴染み性に優れた鋳造製品が用いられてきた。これらの用途は、自動車用エンジンの部品に多く見られる。例えば、シリンダライナ、ピストンリング等のエンジン部品であり、ピストンリングの外周面に配されるシリンダライナの場合には、耐摩耗性、耐スカッフィング性に優れること等が要求される。
【0003】
このような鋳鉄材料としては、主に片状黒鉛鋳鉄が用いられ、種々の合金材料を添加する組成も知られている。合金材料としては、Mn、Cr、Mo、Cu、Cr、Ni、B等が挙げられる。このうち、マンガン(Mn)は、安価であるため多く利用されてきた。このMnは、鋳鉄組織においては、パーライト組織の基地の生成を促進させ、パーライト中のセメンタイト間隔を緻密にして基地組織の強化元素として働くものである。
【0004】
そして、一方では、Mnは、セメンタイト等の炭化物を安定させる作用を果たすため、黒鉛晶出を阻止する元素であり、Mn含有量が高くなると、鋳鉄組織中に適正な黒鉛形状を導入できない場合もあると言われてきた。よって、鋳鉄部品を製造するときに、特にスクラップ材を利用する場合には、溶湯中のMn濃度の希釈、脱Mn処理等が施されてきた。これらの予備的処理が必要となると、製造コストの削減にも限界があり、安価で高品質の製品供給は困難であった。
【0005】
そこで、高Mn組成の鋳鉄材料に関して、次のような先行技術が存在する。特許文献1には、高張力鋼板スクラップを含む鋼板スクラップを用いて、良好な品質の鋳鉄を、不要なコストアップを防止しつつ、効率よく得ることのできる、鋼板スクラップの再利用方法を提供を目的として、「高張力鋼板スクラップおよび普通鋼板スクラップを一括して回収する一括回収工程、および、回収された鋼板スクラップを溶解し、その溶湯中に、マンガンが0.7重量%以上含まれているときに、硫黄が0.02〜0.2重量%となるように調製し、希土類金属またはミッシュメタルを硫黄含量の倍量添加する調製工程を備えていることを特徴とする、鋼板スクラップの利用方法」を採用している。
【0006】
そして、特許文献2には、高強度で、かつ、切削性が良好な高強度鋳鉄の製造方法及び高強度鋳鉄を提供することを目的に、「Sを0.02〜0.2wt%含有した鋳鉄を溶解して溶湯とし、その溶湯中に、Mnを1.0〜3.0wt%添加すると共に、稀土類元素またはミッシュメタルを上記溶湯中の上記S量に対して倍量の0.04〜0.4wt%添加することを特徴とする高強度鋳鉄の製造方法」を採用している。
【0007】
ところが、特許文献1及び特許文献2に記載された発明は、いずれも、希土類元素又はミッシュメタルを、溶湯中のS量の2倍量を添加することを必須としているが、希土類元素またはミッシュメタルの添加は、溶湯の流動性を劣化させるため、複雑な形状の部品の鋳造、鋳込み部品の鋳肌の美麗さに欠けるため、鋳込み後の加工を最小限に止めたいシリンダライナやカムシャフト等の薄肉製品の製造には不向きという問題がある。
【0008】
そこで、本件発明者等は、特許文献1及び特許文献2に記載された発明の欠点を解消するため、特許文献3に開示された発明を提唱してきた。この特許文献3には、特に希土類元素とミッシュメタル等を用いることなく、高強度で切削性に優れ、例えば内燃機関のエンジン部品等に用いるのに好適な片状黒鉛鋳鉄およびその製造方法を提供することを目的に、「黒鉛が方向性を持たず無秩序で且つ均一に分布した存在形態を備えるA型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であって、質量%で、C:2.8〜4.0%、Si:1.2〜3.0%、Mn:1.1〜3.0%、P:0.01〜0.6%およびS:0.01〜0.30%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、前記Mn含有量の前記S含有量に対する比(Mn/S)が3〜300の範囲である化学組成を有することを特徴とする片状黒鉛鋳鉄」を採用している。この特許文献3に開示の片状黒鉛鋳鉄は、鋳込み後の冷却時間が10時間未満の製品においては、良好なパーライト組織の結晶組織が得られるため、強度、耐摩耗性等の要求特性が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−171729号公報
【特許文献2】特開平10−158777号公報
【特許文献3】WO2009/001841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、鋳込み部品には、種々のサイズの製品が存在し、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような大型の鋳造製品が存在するのが事実である。このような、大型鋳造製品の代表例としては、大型船舶用の内燃機関用部品、水力発電用ロータ、旋盤用ベッド、プレス金型用ベッド等がある。これらの製造に、特許文献3に開示の組成の片状黒鉛鋳鉄を採用すると、鋳込み後の放冷時間が10時間未満の特許文献3に開示の片状黒鉛鋳鉄と比べて、製品の強度劣化も大きく、品質のバラツキが大きくなる傾向が強くなる。
【0011】
従って、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程において、良好な強度、硬さを備えることの出来る大型の鋳造製品の製造が可能な鋳鉄材料が求められてきた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで、本件発明者等は、鋭意研究の結果、以下に述べる発明内容をもって、課題を解決することに想到した。
【0013】
大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄: 本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、A型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であって、Mnを3.05質量%以上含有する高Mn系基本組成を備えることを特徴とする。
【0014】
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、A型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であって、以下の高Mn系基本組成を備え、且つ、Mn含有量とS含有量とのMn/S存在比が6〜800の範囲であることが好ましい。
【0015】
[高Mn系基本組成]
Mn:3.05質量%〜6.00質量%
C:2.70質量%〜3.90質量%
Si:0.90質量%〜2.80質量%
P:0.01質量%〜0.60質量%
S:0.01質量%〜0.30質量%
残部:Fe及び不可避的不純物
【0016】
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄において、前記高Mn系基本組成に対して、合金元素であるCu、Cr、Mo、Niの中から1種以上の成分を選択し、これらのトータル含有量が0.10質量%〜6.00質量%の範囲となるように含有させる事も好ましい。

Cu:0.1〜2.0%、Cr:0.1〜2.0%、Mo:0.1〜1.0%およびNi:0.1〜1.0%含有する
【0017】
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄において、前記高Mn系基本組成に対して、合金元素であるB(ホウ素)成分を0.01質量%〜0.20質量%を含有する事も好ましい。
【0018】
大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の製造方法: 上述に記載の本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の製造方法は、鋳造に用いる溶湯として、以下の高Mn系溶湯組成を備え、且つ、鋳込み後に10時間以上の時間をかけて室温まで冷却して得られることを特徴とする。
【0019】
[高Mn系溶湯組成]
Mn:3.05質量%〜6.00質量%
C:2.70質量%〜3.90質量%
Si:0.90質量%〜2.80質量%
P:0.01質量%〜0.60質量%
S:0.01質量%〜0.30質量%
残部:Fe及び不可避的不純物
【0020】
船舶用内燃機関部品: 本件発明に係る船舶用内燃機関部品は、上述の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を用いて得られることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程であっても、良好な強度、硬さを備えることが可能である。よって、本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を用いて、良好な品質の大型の鋳造製品の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】鋳込み試験用サンプルの形状と、物性評価用サンプルの採取位置を示すための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本件発明に係る「大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の形態」、「大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の製造形態」、「船舶用内燃機関部品の形態」に関して、順を追って説明する。
【0024】
[大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の形態]
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、A型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であり、Mnを3.05質量%以上含有する高Mn系基本組成を備えることを特徴とする。この片状黒鉛鋳鉄の基地は、主にパーライト組織であり、基地中には硫化マンガン(MnS)等分散して含まれている。そして、ここで言う「A型黒鉛」とは、鋳造組織中に、方向性をもたず、無秩序且つ均一に分布した片状の黒鉛が存在する状態を言う。このように析出した黒鉛が、片状のA型黒鉛であることにより、高い強度と良好な切削性とをバランス良く備えることができるようになる。このA型黒鉛は、鋳造組織断面において、70面積%以上存在することが、高い強度と硬度とをを得るためには好ましい。なお、念のために記載しておくが、本件発明に言う片状黒鉛鋳鉄の鋳造組織内には、A型黒鉛以外にも、B型黒鉛、D型黒鉛、E型型黒鉛等の他の黒鉛形状も一部含まれる場合がある。
【0025】
そして、本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、Mnを3.05質量%以上含有する高Mn系基本組成を備えることを特徴とする。片状黒鉛鋳鉄が、Mnを3.05質量%以上含有することで、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程であっても、良好な強度及び硬さを備えることが可能になる。従って、片状黒鉛鋳鉄のMn含有量が3.05質量%未満になると、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固を行うと、強度及び硬さが低下すると共に、これらの特性のバラツキが大きくなり好ましくない。
【0026】
ここで言う高Mn系基本組成を構成する各成分に関して、各成分毎に以下に述べることとする。
【0027】
Mn含有量: 鋳造組織中におけるMn含有量は、3.05質量%〜6.00質量%であることが好ましい。溶湯中に存在するMnは、鋳鉄の基地を構成するパーライト組織の形成促進成分であり、得られるパーライト組織の微細化を促し、析出強化作用を果たすMnSを析出させるよう機能するため、鋳鉄の強化及び硬度上昇に寄与する。上述の特許文献3には、鋳造組織中の存在するパーライト組織の微細化と適度なMnS析出を得ると同時に良好な加工特性を得るためには、Mn含有量は1.1〜3.0%の範囲とすることが好ましいとある。確かに、鋳込み後の放冷時間が10時間未満の鋳造製品を得るためには、適用可能な概念である。ところが、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程で、良好な品質の鋳造製品を得る場合には、Mn含有量を3.05質量%以上としなければ、鋳造組織のチル化が顕著になり脆化するため、良好な強度及び硬さを備える鋳造製品を得ることが出来ない。一方、Mn含有量が6.00質量%を超えると、炭化物の析出が顕著になり、切削時の加工性能が著しく低下し出すため好ましくない。
【0028】
C含有量: 鋳造組織中におけるC含有量は、2.70質量%〜3.90質量%であることが好ましい。C含有量が2.70質量%未満の場合には、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程であっても、基地中のパーライト組織の強化を行うことができず、晶出する黒鉛量が減少して固体潤滑作用が低下するため、耐摩耗性が低下し、内燃機関のシリンダライナとして使用した場合には、耐スカッフィング性が低下するため好ましくない。一方、C含有量が3.90質量%を超えると、晶出する黒鉛量が増加し、炭化物量も過剰となるため、得られた鋳造製品が脆化するため内燃機関用部品材料として実用に耐えない。
【0029】
Si含有量: 鋳造組織中におけるSi含有量は、0.90質量%〜2.80質量%であることが好ましい。Si含有量が0.90質量%未満の場合には、溶湯の流動性が劣り、精度の高い鋳込みができず、良好な固体潤滑作用を得ることの出来る均一に分散した黒鉛を鋳造組織中に晶出できなくなるため、好ましくない。一方、Si含有量が2.80質量%を超える場合には、Si含有量が過剰となり、得られる鋳造製品の強度及び硬さが低下するため。好ましくない。
【0030】
P含有量: 鋳造組織中におけるP含有量は、0.01質量%〜0.60質量%であることが好ましい。P含有量が0.01質量%未満の場合には、基地中に硬質相であるリン共晶物(ステダイト)を晶出して分散させて、耐摩耗性及び分散強化の向上が図れなくなるため好ましくない。一方、P含有量が0.60質量%を超えると、リン共晶物(ステダイト)を晶出量が過剰となるため、得られた鋳造製品が脆化するため内燃機関用部品材料として実用に耐えない。
【0031】
S含有量: 鋳造組織中におけるS含有量は、0.01質量%〜0.30質量%であることが好ましい。S含有量が0.01質量%未満の場合には、SとMnとが結合して、切削性を向上させるために必要な量のMnSを形成することが困難であるため好ましくない。一方、S含有量が0.30質量%を超えると、MnS形成量が過剰となるため、得られた鋳造製品が脆化するため内燃機関用部品材料として実用に耐えない。
【0032】
残部: 鋳造組織中における残部は、当然にFeが主な成分である。そして、ここで言う不可避的不純物とは、Sn、Sb、Ti、Al等である。
【0033】
更に、本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、Mn含有量とS含有量との比([Mn含有量]/[S含有量])を6〜800の範囲とする事が好ましい。[Mn含有量]/[S含有量]の値が6未満だと、強度の低下が顕著になるため好ましくはない。一方、[Mn含有量]/[S含有量]の値が800を超えると、MnS形成量が過剰となるため、切削性が低下し、得られた鋳造製品が脆化するため内燃機関用部品材料として実用に耐えない。
【0034】
そして、本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄において、前記高Mn系基本組成に対して、合金元素であるCu、Cr、Mo、Niの中から1種以上の成分を選択し、これらのトータル含有量が0.10質量%〜6.00質量%の範囲となるように含有させる事も好ましい。これらの合金元素は、片状黒鉛鋳鉄の更なる高強度化と高耐食性と得るために、必要に応じて添加することができる。
【0035】
更には、合金元素であるCuは0.1質量%〜2.0質量%、Crは0.1質量%〜2.0質量%、Moは0.1質量%〜1.0質量%及びNiは0.1質量%〜1.0質量%含有することが、最もバランス良く高強度化と高耐食性とを備える観点から好ましい。以下、各成分毎に述べることとする。
【0036】
Cu含有量: 鋳造組織中におけるCu含有量は、0.1質量%〜2.0質量%であることが好ましい。Cu含有量が0.1質量%未満の場合は、Cuが基地中に固溶して固溶強化機能を発揮し、基地の強化、耐摩耗性、耐食性を向上させることができず、好ましくない。一方、Cu含有量が2.0質量%を超えても、片状黒鉛鋳鉄としての強度向上効果が飽和するため、資源の無駄遣いとなるため好ましくない。
【0037】
Cr含有量: 鋳造組織中におけるCr含有量は、0.1質量%〜2.0質量%であることが好ましい。Cr含有量が0.1質量%未満の場合は、Crが基地中に固溶して固溶強化機能を発揮すると同時に、クロム炭化物を形成して耐摩耗性を向上させることができず、基地の強化及び耐摩耗性を向上させることができず、好ましくない。一方、Cr含有量が2.0質量%を超えると、クロム炭化物量が過剰となり、析出する黒鉛形状として、切削性を良好なものとするA型黒鉛形状が減少するため好ましくない。
【0038】
Mo含有量: 鋳造組織中におけるMo含有量は、0.1質量%〜1.0質量%であることが好ましい。Mo含有量が0.1質量%未満の場合は、Moが基地中に固溶して固溶強化機能を発揮し、基地の強化、耐食性を向上させることができず、好ましくない。一方、Mo含有量が1.0質量%を超える場合は、基地強度が過剰に高くなり、切削性が低下する傾向があるため好ましくない。
【0039】
Ni含有量: 鋳造組織中におけるNi含有量は、0.1質量%〜1.0質量%であることが好ましい。溶湯中に存在するNiは、フェライト中に固溶し、鋳鉄の基地を構成するパーライト組織の微細化を促進し、同時に微細な片状黒鉛を均一に分散させ、耐熱性、耐食性、耐摩耗性を良くするための元素である。Mo含有量が0.1質量%未満の場合は、これらの合金元素としてのNiの機能を発揮し得ない。一方、Ni含有量が1.0%を超えると、基地がオーステナイト化する傾向があり、パーライト組織を維持できないため、得られた鋳造製品を内燃機関用部品材料として使用することが出来なくなるため、好ましくない。
【0040】
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄において、前記高Mn系基本組成に対して、合金元素であるB(ホウ素)成分を0.01質量%〜0.20質量%を含有する事も好ましい。このBは、本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を、大型船舶用の内燃機関のシリンダライナとして使用する場合等に、高い摺動性能を得る目的で使用することが好ましい。Bは、基地中において、ボロン炭化物を形成し、上述のりん共晶物(ステダイト)と共に、適度な硬質相を形成し、硬さを上昇させると同時に、固体潤滑作用を発揮するため、耐摩耗性、耐スカッフィング性を向上させることのできる元素である。B含有量が0.01質量%未満の場合は、これらの合金元素としてのB添加の高価を発揮し得ない。一方、B含有量が0.20質量%を超える場合には、硬質相が過剰となり、脆化するため、好ましくない。
【0041】
大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の製造形態: 上述に記載の本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の製造方法は、鋳造に用いる溶湯として、以下の高Mn系溶湯組成を備え、且つ、鋳込み後に10時間以上の時間をかけて室温まで冷却して得られることを特徴とする。
【0042】
ここで言う「高Mn系溶湯組成」は、片状黒鉛鋳鉄の基本組成と同様である。即ち、溶湯中のMn含有量が3.05質量%〜6.00質量%、C含有量が2.70質量%〜3.90質量%、Si含有量が0.90質量%〜2.80質量%、P含有量が0.01質量%〜0.60質量%、S含有量が0.01質量%〜0.30質量%、残部がFe及び不可避的不純物である。よって、溶湯中の組成成分の数値範囲の限定理由に関しては、上述の片状黒鉛鋳鉄の組成元素として説明したと同様であるため、重複した記載となるため省略する。
【0043】
この溶湯組成を採用し、鋳込み後に10時間以上の時間をかけて室温まで冷却することで、上述の基本組成を備える片状黒鉛鋳鉄が効率よく得られる。
【0044】
船舶用内燃機関部品の形態: 本件発明に係る船舶用内燃機関部品は、上述の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を用いて得られることを特徴とする。本件発明に係る片状黒鉛鋳鉄は、船舶用内燃機関部品の内、特に、シリンダライナ、ピストンリング、カムシャフト、シリンダブロック、シリンダヘッド、バルブシート等に用いるのが好適である。
【実施例】
【0045】
以下、本件発明の実施例について説明する。最初に、実施例と比較例とに共通する測定試料及び測定方法に関して述べる。
【0046】
[測定試料の製造]
Mnを含有する高張力鋼板スクラップと、鋳鉄片と、スチールスクラップと、各合金成分を、表1に示す各組成となるように溶解させて溶湯を調製した。その後、この溶湯中の[Mn含有量]/[S含有量]が、表1に示す値となるように、Mn成分とS成分とを用いて、添加して溶湯成分の調整を行った。
その後、溶湯をライナ形状砂型に注入し、図1に示すような、片状黒鉛鋳鉄からなる、直径960mm、高さ640mm、厚さ70mmのシリンダライナ用の円筒状部材1を製造した。実施例の場合、鋳込み後に11時間かけて室温まで冷却を行った。これらの実施例に対応する試料を、実施試料1〜実施試料7として示す。
【0047】
[物性評価試験]
以下に述べる物性評価試験は、図1に示すように、片状黒鉛鋳鉄からなる、直径960mm、高さ640mm、厚さ70mmのシリンダライナ用の円筒状部材1から、試験片2を切り出し、この試験片2の斜線部分で示した測定部位3の部位を用いて行っている。
【0048】
引張強さ: 引張強さの測定は、上述の測定部位3から、JIS Z2201 14Aに規定する引張試験片を調製した。その後、この引張試験片を、1mm/分の引張り速度で万能試験機を用いて、引張り試験を行ない、最大引張強さを測定した。その評価結果を表2に示す。
【0049】
硬さ測定: 硬さの測定は、上述の上記シリンダライナ用の円筒状部材から切り出した試験片2の測定部位3において、荷重100gで、基地のビッカース硬度測定を行った。その評価結果を表2に示す。
【比較例】
【0050】
この比較例では、測定試料の製造において、表1の掲載内容から理解できるように、実施例と比べてMn含有量の低い組成となるように溶解させて溶湯を調製した点のみが実施例と異なる。この組成は、小型鋳造製品に適用していたものであり、本来であれば、鋳込み後に10時間未満の時間で室温まで冷却を行うものを、鋳込み後に11時間かけて室温まで冷却を行った。その他、物性評価試験の結果は、実施例と対比可能なように表2に示す。
【0051】
[実施例と比較例との対比]
以下、表1及び表2を参照しつつ、実施例と比較例との対比を行う。
【0052】
【表1】

【0053】
この表1の掲載内容から理解できるように、比較例の試料に比べ、実施例の各試料が多量にMnを含有しており、[Mn含有量]/[S含有量]の値が、実施例と比較例とでは全く異なることが理解できる。なお、表1では、[Mn含有量]/[S含有量]を簡略化して[Mn]/[S]として表示している。
【0054】
【表2】

【0055】
この表2から理解できるように、鋳込み後に11時間かけて室温まで冷却を行うと、実施例に係る実施試料1〜実施試料7の方が、比較例に係る比較試料1及び比較試料2と比べて、引張強さ及びビッカース硬度共に高い値となっていることが理解できる。よって、鋳込み後に10時間以上かけて室温まで冷却して得られる大型の鋳造製品に関しては、本件発明に係る片状黒鉛鋳鉄を用いることが好適であることの裏付けとなる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄は、鋳込み後の放冷時間が10時間を超えるような緩やかな凝固過程であっても、良好な強度、硬さを備えることが可能である。よって、本件発明に係る大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を用いて、良好な品質の大型の鋳造製品の提供が可能となる。特に、大型船舶用の内燃機関を構成するシリンダライナ、ピストンリング、カムシャフト、シリンダブロック、シリンダヘッド等に用いるのが好適である。
【符号の説明】
【0057】
1 円筒状部材
2 試験片
3 測定部位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
A型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であって、Mnを3.05質量%以上含有する高Mn系基本組成を備えることを特徴とする大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
A型黒鉛を含む片状黒鉛鋳鉄であって、以下の高Mn系基本組成を備え、且つ、Mn含有量とS含有量とのMn/S存在比が6〜800の範囲である請求項1に記載の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄。
[高Mn系基本組成]
Mn:3.05質量%〜6.00質量%
C:2.70質量%〜3.90質量%
Si:0.90質量%〜2.80質量%
P:0.01質量%〜0.60質量%
S:0.01質量%〜0.30質量%
残部:Fe及び不可避的不純物
【請求項3】
前記高Mn系基本組成に対して、
合金元素であるCu、Cr、Mo、Niの中から1種以上の成分を選択し、これらのトータル含有量が0.10質量%〜6.00質量%の範囲となるように含有させた請求項1又は請求項2に記載の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄。
【請求項4】
前記高Mn系基本組成に対して、
B成分を0.01質量%〜0.20質量%を含有する請求項1〜請求項3のいずれかに記載の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄の製造方法であって、
鋳造に用いる溶湯は、以下の高Mn系溶湯組成を備え、且つ、鋳込み後に10時間以上の時間をかけて室温まで冷却して得られることを特徴とする片状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[高Mn系溶湯組成]
Mn:3.05質量%〜6.00質量%
C:2.70質量%〜3.90質量%
Si:0.90質量%〜2.80質量%
P:0.01質量%〜0.60質量%
S:0.01質量%〜0.30質量%
残部:Fe及び不可避的不純物
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれかに記載の大型鋳造製品用の片状黒鉛鋳鉄を用いて得られることを特徴とする船舶用内燃機関部品。

【図1】
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【公開番号】特開2012−41571(P2012−41571A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−181120(P2010−181120)
【出願日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)