説明

実験動物初期胚のガラス化保存方法

【課題】動物初期胚または動物ES細胞のガラス化保存のためのガラス化保存液およびガラス化保存方法の提供。
【解決手段】多価アルコールとして、10〜15%(w/v)のプロピレングリコールのみを含むリン酸緩衝液をベースとするガラス化保存液および多価アルコールとして10〜15%(w/v)のプロピレングリコールおよび25〜35%(w/v)のエチレングリコールのみを含み、さらに15〜25%(w/v)のPercoll(登録商標)および0.2M〜0.5Mのスクロースを含むリン酸緩衝液をベースとする哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞ガラス化保存液、ならびにそれらを用いた哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞ガラス化保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は哺乳動物初期胚またはES細胞のガラス化保存する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
実験動物学およびその周辺産業において胚の凍結保存技術は生殖工学などを用いた動物の生産や系統の保存などの基礎をなす重要な技術である。すでにマウスでは、採取の容易さから、2細胞期胚を用いた保存が行われている(非特許文献1参照)。
【0003】
しかしラットの2細胞期胚などの初期胚の保存を行うと、その復元率は悪く必ずしも無処置胚と同様な胎子への発生率が得られない(非特許文献2および3参照)。このように実験動物胚の凍結保存技術にはまだ改善すべきことが多い。
【0004】
一方、霊長類のES細胞は、発生の研究、遺伝子改変動物の作製、再生医療等の臨床への利用が期待されている。このES細胞を上記の目的に効率よく使用するためには、細胞を大規模に増殖させて保存を行い、要事に必要量を供給することが必要となる。さらに細胞培養は常に形質の変異の危険があり、そのため樹立した細胞の一部を保存することも必要である。既に霊長類ES細胞の保存は何種類かの方法が報告されている。しかし細胞生存率が高い方法(非特許文献4参照)は、20〜30程度のES細胞塊(Clump)を保存することしか出来ない。また大量のES細胞を一度に保存させる方法(非特許文献5参照)はあるが、融解後の細胞生存率は10〜20%と著しく低い。従って、一度に大量のES細胞が保存でき、かつ融解後の細胞の生存性が高く、さらに未分化能を維持できる方法が望まれていた。
【0005】
高濃度に耐凍剤を含む溶液を直接液体窒素中あるいは液体窒素ガス中に投入すると、溶液が氷晶化せずにガラス化と呼ばれる状態を形成することが知られている。ガラス化は本質的に結晶を形成せずに溶液が固体化することである。ガラス化を利用して動物細胞を保存する方法が種々開発されている。しかしながら、ラット初期胚や哺乳動物ES細胞については、個体復元性に優れた保存法はなかった。
【0006】
【非特許文献1】Nakao K. et al., Exp.Anim. 46(3), 31-234, 1997
【非特許文献2】D.G.Whittingham, J.Reprod.Fert,(1975)43, 575-578
【非特許文献3】M.S.Han et al., Theriogenology 59(2003)1851-1863
【非特許文献4】Fujioka T et al., (2004) Int.J.Dev.Biol. 48:1149-1154
【非特許文献5】Reubinoff B.E. et al., (2001) HumanReprod. Vol.16,No.10 2187-2194
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は動物初期胚または動物ES細胞のガラス化保存のためのガラス化保存液およびガラス化保存方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ラットの2細胞期胚および霊長類のES細胞の保存について鋭意検討を行い、哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞の保存に適した新規なガラス化保存液を開発し、さらに該ガラス化保存液を用いたガラス化保存方法を開発し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 多価アルコールとして、10〜15%(v/v)のプロピレングリコールのみを含むリン酸緩衝液をベースとする哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
[2] 多価アルコールとして10〜15%(v/v)のプロピレングリコールおよび25〜35%(v/v)のエチレングリコールのみを含み、さらに15〜25%(v/v)のPercoll(登録商標)および0.2M〜0.5Mのスクロースを含むリン酸緩衝液をベースとする哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
[3] NaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl28〜15mg/100mL、KH2PO4 15〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4 100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mL、BSA 250〜350mg/100mL、および10〜15%(v/v)のプロピレングリコールからなる[1]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
[4] NaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl28〜15mg/100mL、KH2PO4 15〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4 100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mL、BSA 250〜350mg/100mL、10〜15%(w/v)のプロピレングリコール、25〜35%(v/v)のエチレングリコール、15〜25%(v/v)のPercoll(登録商標)および0.2M〜0.5Mのスクロースからなる[2]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
【0010】
[5] NaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl28〜15mg/100mL、KH2PO4 15〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4 100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mLおよびBSA 250〜350mg/100mLからなる溶液に[4]のガラス化保存液を75〜100%(v/v)含有させた哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
[6] 哺乳動物初期胚が哺乳動物2細胞期胚である[1]〜[5]のいずれかのガラス化保存液。
[7] 哺乳動物2細胞期胚がラット2細胞期胚であり、哺乳動物ES細胞が霊長類ES細胞である[6]のガラス化保存液。
[8] [1]もしくは[3]のガラス化保存液ならびに[2]、[4]および[5]のいずれかのガラス化保存液を含む哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞ガラス化保存用試薬キット。
[9] さらに、0.2M〜0.5Mのスクロースを含むリン酸緩衝液をベースとするガラス化保存哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用融解液を含む[8]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存試薬キット。
[10] リン酸緩衝液をベースとするガラス化保存哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用融解液がNaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl2 8〜15mg/100mL、KH2PO415〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mL、BSA 250〜350mg/100mLおよび0.2M〜0.5Mのスクロースからなるガラス化保存哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用融解液である[9]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞ガラス化保存試薬キット。
【0011】
[11] 哺乳動物初期胚が哺乳動物2細胞期胚である[8]〜[10]のいずれかのガラス化保存試薬キット。
[12] 哺乳動物2細胞期胚がラット2細胞期胚であり、哺乳動物ES細胞が霊長類ES細胞である[11]のガラス化保存試薬キット。
[13] 哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を[1]または[3]のガラス化保存液で前処理し、さらに[2]、[4]および[5]のいずれかのガラス化保存液に入れて凍結保存することを含む哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
[14] 哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を[1]または[3]のガラス化保存液に室温で5〜10分間浸漬し、次いで30秒〜2分間0℃〜5℃の温度条件下に置き、さらに哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を含む前記ガラス化保存液を、40〜60倍量の[2]、[4]および[5]のいずれかのガラス化保存液に入れて凍結保存することを含む[13]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
[15] 哺乳動物初期胚が哺乳動物2細胞期胚である[13]または[14]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
[16] 哺乳動物2細胞期胚がラット2細胞期胚であり、哺乳動物ES細胞が霊長類ES細胞である[15]の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のガラス化保存液は、ラット2細胞期胚や霊長類ES細胞等の動物初期胚または動物ES細胞の保存に適しており、本発明の保存液を用いた本発明のガラス化保存方法により動物初期胚または動物ES細胞を凍結保存すると、融解後の高い生存率および個体復元率を達成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の哺乳動物胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存のためのガラス化保存液には、リン酸緩衝液をベースとする保存液であり、修正リン酸緩衝液(PB1)にプロピレングリコールを添加したPB10およびPB1にプロピレングリコール、エチレングリコール、Percoll(登録商標)およびスクロースを添加したPEPeSがある。
【0014】
PB1は、NaCl 700〜900mg/100mL、好ましくは800mg/mL: KCl 15〜25mg/100mL、好ましくは20mg/mL: CaCl2 8〜15mg/100mL、さらに好ましくは12mg/100mL: KH2PO4 15〜25mg/100mL、好ましくは20mg/100mL: MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、好ましくは10mg/100mL: Na2HPO4 100〜130mg/100mL、好ましくは115mg/100mL: Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、好ましくは3.6mg/100mL: グルコース75〜125mg/100mL、好ましくは100mg/100mL: ペニシリンG 5〜10mg/100mL、好ましくは7.5mg/100mL: およびBSA 250〜350mg/100mL、好ましくは300mg/100mLからなり、典型的には後記の表1の組成を有する。
【0015】
P10は、PB1に5〜15%(v/v)、好ましくは10〜15%(v/v)、特に好ましくは10%(v/v)のプロピレングリコールを添加したものである。また、PEPeSは、PB1に5〜15%(v/v)、好ましくは10〜15%(v/v)、特に好ましくは10%(v/v)のプロピレングリコール、25〜35%(v/v)、好ましくは30%(v/v)のエチレングリコール、15〜25%(v/v)、好ましくは20%(v/v)のPercoll(登録商標)、および0.2M〜0.5M、好ましくは0.3Mのスクロースを添加したものである。本発明のガラス化保存液は、グリセロール、ポリエチレングリコールを含まず多価アルコールとして、プロピレングリコールのみを含むかまたはプロピレングリコールおよびエチレングリコールのみを含む。また本発明のガラス化保存液は、ジメチルスルフォキシドを含まない。PEPeSは、さらにPB1を混合しPEPeS濃度50〜100%(v/v)、好ましくは75〜100%で用いてもよい。
【0016】
上記のうち、ペニシリンGの代わりにストレプトマイシン、ゲンタマイシン等の他の抗生物質を含んでいてもよく、また複数の構成物質を含んでいてもよい。また、BSA(ウシ胎児血清)の代わりにウマ、ヒツジ、ヤギ等の胎児血清を含んでいてもよい。
【0017】
本発明のガラス化保存の対象は哺乳動物初期胚であり、動物種および胚のステージは限定されないが、好ましい動物種はげっ歯類、霊長類であり、げっ歯類特にラットが好ましい。また、胚のステージは2細胞胚期が好ましい。また、本発明のガラス化保存の対象は哺乳動物ES細胞を含む。ES細胞は哺乳動物ES細胞であり、好ましくは霊長類ES細胞である。哺乳動物の胚は公知の方法で採取することができ、また哺乳動物ES細胞は公知の方法で樹立することができる。
【0018】
本発明のガラス化保存は上記のガラス化保存液P10およびPEPeSを用いる。
ガラス化保存の対象が哺乳動物の胚である場合、哺乳動物胚をガラス化保存液P10に1〜20分間、好ましくは3〜15分間、さらに好ましくは5〜10分間浸漬する。浸漬は室温(22〜25℃)で行えばよい。次いで浸漬により前処理した胚をガラス化保存液P10と共に凍結保存チューブに入れ、数十秒から数分間、好ましくは30秒〜2分間、さらに好ましくは1分間、0℃〜5℃、好ましくは0℃で冷却する。その後、P10に入れたまま、ガラス化保存液PEPeSに入れて-196℃以下の低温で凍結すればよい。凍結は例えば液体窒素を用いて行えばよい。この際の胚を含むP10とPEPeSの容積比は、1:99〜20:80であり、好ましくは2.5:97.5〜10:90であり、さらに好ましくは5:95である。あるいは、凍結しようとする胚を含むP10を4〜100倍量、好ましくは10〜75倍量、さらに好ましくは40〜60倍量、特に好ましくは45倍量のPEPeSに入れればよい。本発明のガラス化保存液P10は胚やES細胞をガラス化保存する場合の前処理に用いられるので、ガラス化保存前処理液ということもできる。
【0019】
本発明のガラス化方法により凍結保存した胚またはES細胞は、例えば凍結胚またはES細胞を含む凍結チューブを液体窒素から取り出し、10秒から60秒、好ましくは約30秒室温に置き、その後5〜10倍量の室温に保持した融解用溶液を注入し、融解させ、その後、融解用溶液で胚またはES細胞を洗浄すればよい。融解用溶液は限定されないが、例えば、上記のBP1に0.2〜0.5M、好ましくは0.3Mのスクロースを添加した溶液を用いることができる。
【0020】
本発明のガラス化方法により凍結保存した胚は、融解後の生存率が高く、また胚移植後の胎子発生率が高い。また、本発明のガラス化法により凍結保存したES細胞は融解後の生存率が高く、また多能性も保持している。
【0021】
本発明は、さらに上記のガラス化保存液P10およびガラス化保存液PEPeSの両方を別々に含む哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞保存用試薬キットをも包含する。該キットは上記のように、最初にガラス化保存液P10を用いて哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を前処理し、さらに哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞をPEPeSに入れて凍結保存して用いる。
【0022】
本発明の方法をCIEA methodと呼ぶこともある。
【実施例】
【0023】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0024】
実施例1 ラット2細胞期胚のガラス化保存
胚はラットの2細胞期胚を用いた。ラットはBrl Han:Wist@Jcl(GALAS)を使用した。メスは8〜12週齢、雄は12〜24週齢のものを用いた。供試胚は過排卵処置後に自然交配させたメスから採取した2細胞期胚を使用した。具体的には、メスラットにPMGSを150IU/kgの投与量で腹腔内に注射し、48時間後に、hCGを75IU/kgの投与量で腹腔内に注射した。hCG注射後直ちに交配し、翌朝スメアを採取し、性周期と精子進入を確認した。hCG注射後45時間後にスメア陽性メスから卵管かん流法で2細胞期胚を採取した。約1時間37℃、5%CO2、95%Airの条件で培養した後に、試験に用いた。
【0025】
ガラス化には、リン酸緩衝液を修正したPB1液(表1)に10%プロピレングリコールを添加した溶液(P10)と、PB1液に10%プロピレングリコール、30%エチレングリコール、20%Percoll(登録商標)、0.3Mスクロースを添加した溶液(PEPeS)を用いた。また加温には、PB1に0.3Mスクロースを添加した溶液(SPB1)を使用した。
【0026】
【表1】

【0027】
ガラス化保存以下のようにして行った。前処置として2細胞期胚を、室温(22〜25℃)下で100μlのP10に5分間浸漬した。次に初期胚を5μlのP10と共に保存チューブ(Nunc 375353)に導入して0℃で1分間冷却した。その後、0℃に冷却した95μlのPEPeSをチューブに入れた。1分間0℃で静置した後、液体窒素(LN2)液層中に入れてガラス化保存をおこなった。
【0028】
保存した初期胚の融解は以下の方法で行った。LN2からチューブを室温下に移動して、約30秒後に900μlのSPB1を注入して直ちに4〜5回ピペッティングを行う。次に融解した溶液をシャーレに移し、初期胚を採卵ピペットで回収した。回収した細胞塊(Clump)はPB1に移して2分間静置、その後PB1液で2回洗浄してその後の実験に使用した。
【0029】
前処置の検討
胚をP10に5分または10分間浸漬した後にSPB1に移し、2分間後にPB1で3回洗浄してから顕微鏡下での胚の形態観察による生存検査を行った。生存胚は胚移植を行い、胎子発生を検査した。
【0030】
胚の生存率(表2)はどちらも100%であった。また胎子への発生率(表3)は5分・10分(72.4〜81.7%)共に高い値だった。このことから、前処置の溶液への浸漬は、5〜10分であれば、その後の胚の発生には影響がないことが判明した。
【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
ガラス化保存の検討
前処置は、胚をP10に2分、5分または10分間浸漬して行った。対照としてP10無処置の比較区も設けた。その後、胚を5μlの溶液と共にチューブに移して0℃で1分間冷却した。次に95μlのPEPeS(0℃)を注入して、1分後に液体窒素に入れてガラス化を行った。加温はチューブを液体窒素から室温に移した後、30秒後に900μlのSPB1(37℃)を注入し、10回程度ピペッティングして行った。回収した胚はPB1液に入れ、2分後に同液で3回洗浄してから顕微鏡下での胚の形態観察による生存検査を行った。生存胚は胚移植を行い、胎子発生を検査した。
【0034】
P10無処置の比較区(63.3%)を除き、P10で前処置を行った胚の生存率はいずれも(92.0〜93.6%)高い値だった(表4)。この結果より前処置としてP10に浸漬することが融解後の胚の生存性を向上させることが判明した。融解した胚の胎子発生(表5)は、P10無処置では0%だった。またP10で前処置をおこなった区の発生率は45.5〜65.2%で、5分間処置の場合に最も高率であった。
【0035】
【表4】

【0036】
【表5】

【0037】
以上の結果から、新規ガラス化保存液を使用した場合、胚をP10に5分間浸漬した後にガラス化する方法が、ラットの2細胞期胚の保存に有効なことが明らかとなった。
【0038】
実施例2 マーモセットES細胞のガラス化保存
マーモセットES細胞は、(財)実験動物中央研究所で樹立されたNo.40とNo.20の2系統を使用した(Sasaki E. et al., (2005) Establishment of Novel Embryonic Stem Cell Lines Derived from the Common Marmoset (Callithrix jacchus). Stem Cells. (in press))。保存実験には、トリプシン処理して分離した細胞塊(Clump)を、採卵ピペットで回収して使用した。
【0039】
本発明の方法のガラス化保存には、PB1に10%プロピレングリコールを添加した前処置溶液(P10)と、PB1に10%プロピレングリコール、30%エチレングリコール、20%Percoll(登録商標)、0.3Mスクロースを添加した溶液(PEPeS)を用いた。また融解には、PB1に0.3Mスクロースを添加した溶液(SPB1)を用いた。
【0040】
比較区のガラス化保存(Fujioka T. et al. Int.J.Dev.Biol. 48:1149-1154)には、PB1に2mol DMDO、1molアセトアミド、3molプロピレングリコールを添加した溶液(DAP213)を用いた。また緩慢凍結(Reubinoff B.E. et al., HumanReprod. Vol.16,No.10 2187-2194)には10% DMSOをFCSに添加した溶液(SF)を使用した。
【0041】
ES細胞の保存と融解方法は以下のとおりであった。
前処置として細胞塊を、室温(22〜25℃)下で1mlのP10に5分間浸漬した。次に細胞塊を5μlのP10と共に保存チューブ(Nunc 375353)に導入して0℃で1分間冷却した。その後、0℃に冷却した95μlのPEPeSをチューブに入れた。1分間0℃で静置した後、液体窒素(LN2)液層中に入れてガラス化保存をおこなった。保存した細胞塊の融解は以下の方法で行った。LN2からチューブを室温下に移動して、約30秒後に900μlのSPB1を注入して直ちに4〜5回ピペッティングを行う。次に融解した溶液中をシャーレに移し、細胞塊を採卵ピペットで回収した。回収した細胞塊はPB1に移して2分間静置、その後培養を開始した。
【0042】
比較区のガラス化保存(Fujioka T. et al. Int.J.Dev.Biol. 48:1149-1154)は、200μlのDAP213に細胞塊を入れ、15秒後にLN2で冷却して行った。融解はLN2下で保存したチューブを室温に移動して、37℃のPB1を900μl注入、その後ピペッティングして行った。緩慢凍結は、室温下で100μのSF液に細胞塊を入れ、1℃/minのスピードで-80℃まで冷却、O/Nの後にLN2に入れた。保存した細胞塊は、LN2からチューブを取り出して37℃ウォーターバスで融解した後、細胞塊をPB1で洗浄してから培養を開始した。
【0043】
全ての実験で、細胞塊は1チューブに50個入れて、7日間LN2液層中で保存した。またチューブは同型を使用した。
【0044】
ガラス化保存に用いる溶液の濃度設定
P10の濃度の検討のため、PB1にプロピレングリコールを0、5、10、15%の濃度で添加した溶液を用いてNo.40の細胞塊を保存した。またPEPeSの濃度検討は、PEPeSをPB1で75、50、0%に希釈した溶液を用いて保存を行った。保存後に加温を行ってから培養を開始、その4日後に倒立顕微鏡下の観察で細胞塊の生存数を確認した。
【0045】
P10の濃度検証(図1)では、未保存の比較区に対し0%、5%は有為に低い値となった。対して10%(P10)と15%の区は比較区と差がなかった。これらのことから、ガラス化保存にはプロピレングリコール10〜15%区が最適なことが分かる。しかし、凍害保護剤は通常濃度が上がると細胞毒性を引き起こすため、より低濃度の10%区を用いることとした。
【0046】
PEPeSの濃度検証(図2)では、比較区に対して0と50%区は有意に低い結果となった。対して100%と75%区は比較区と有意差はなかった。これらより保存にはPEPeS 100〜75%区が有効なことが分かった。しかしPEPeS濃度の低下は溶液の脱ガラス化を招く。特に75%区ではガラス化面に白いスポット(図3)が確認された。これは一部氷晶が出来たことを表し、チューブ内の保存条件が均一でないことが分かる。そのため保存には100%PEPeSを用いることとした。
【0047】
他の保存方法との比較
No.40を用いて既存方法との比較実験を行った。保存には本発明の方法かDAP213を用いたガラス化法及び、緩慢凍結方法を用いた。検証は培養4日後に倒立顕微鏡下の観察で細胞塊の生存数を確認して行った。
【0048】
比較区とPEPeS区の間には差は見られなかった(図4)。対してSF区とDAP213区は有意に低い値だった。特にDAP213区に対しPEPeS区は有意に高い値となっているため、同じガラス化保存であっても、本発明の方法がマーモセットES細胞の保存に適していることが分かった。
【0049】
複数の細胞系統での比較
No.40とNo.20を用いて、細胞系統が違っても、本発明の方法が有効かを検証した。検証は、保存後に加温を行ってから培養を開始、その4日後に倒立顕微鏡下で観察して細胞塊の生存数を確認して行った。
【0050】
No.40とNo.20で比較区とガラス化の間に有意差は認められなかった(図5)。
【0051】
保存後のES細胞の未分化能の維持
No.40とNo.20を用いてガラス化保存、加温後のES細胞が未分化能を維持しているか検証した。保存した細胞塊は加温後に一定期間培養してから検証に使用した。免疫染色には、SSEA-1、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81およびアルカリホスファターゼをES細胞のマーカーとして用いた。また融解後の細胞塊を免疫不全マウス(NOD/Scid/γcnull)の皮下に移植して、3ヶ月後にサンプリングを行い、移植した細胞塊のテラトーマ形成能を確認した。
【0052】
全ての染色において、未保存のES細胞(Sasaki E. et al., (2005) Establishment of Novel Embryonic Stem Cell Lines Derived from the Common Marmoset (Callithrix jacchus). Stem Cells. (in press))の報告と同様の結果(図6)となった。またテラトーマ形成の実験(図7)では、NO.40で血管、筋肉、脂肪が確認され、No.20では毛、毛嚢、軟骨、扁平上皮が確認された。これらも未保存の細胞(Sasaki E. et al., (2005) Establishment of Novel Embryonic Stem Cell Lines Derived from the Common Marmoset (Callithrix jacchus). Stem Cells. (in press))の報告と同様の結果だった。
【0053】
これらの結果から、本発明のガラス化保存方法は、霊長類ES細胞の保存法として有効なことが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】融解後のES細胞の生存性とP10中のプロピレングリコールの濃度の関係を示す図である。
【図2】融解後のES細胞の生存性とPEPeS濃度の関係を示す図である。
【図3】PEPeS濃度による固体面の様相を示す図である。
【図4】各種方法で保存したES細胞の融解後の生存性を示す図である。
【図5】複数のES細胞系統を本発明の方法で保存した結果を示す図である。
【図6】ガラス化保存したマーモセットES細胞の染色結果を示す図である。
【図7】ガラス化保存したマーモセットES細胞を用いたテラトーマ形成実験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多価アルコールとして、10〜15%(v/v)のプロピレングリコールのみを含むリン酸緩衝液をベースとする哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
【請求項2】
多価アルコールとして10〜15%(v/v)のプロピレングリコールおよび25〜35%(v/v)のエチレングリコールのみを含み、さらに15〜25%(v/v)のPercoll(登録商標)および0.2M〜0.5Mのスクロースを含むリン酸緩衝液をベースとする哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
【請求項3】
NaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl28〜15mg/100mL、KH2PO4 15〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4 100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mL、BSA 250〜350mg/100mL、および10〜15%(v/v)のプロピレングリコールからなる請求項1記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
【請求項4】
NaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl28〜15mg/100mL、KH2PO4 15〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4 100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mL、BSA 250〜350mg/100mL、10〜15%(v/v)のプロピレングリコール、25〜35%(v/v)のエチレングリコール、15〜25%(v/v)のPercoll(登録商標)および0.2M〜0.5Mのスクロースからなる請求項2に記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
【請求項5】
NaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl28〜15mg/100mL、KH2PO4 15〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4 100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mLおよびBSA 250〜350mg/100mLからなる溶液に請求項4に記載のガラス化保存液を75〜100%(v/v)含有させた哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用ガラス化保存液。
【請求項6】
哺乳動物初期胚が哺乳動物2細胞期胚である請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラス化保存液。
【請求項7】
哺乳動物2細胞期胚がラット2細胞期胚であり、哺乳動物ES細胞が霊長類ES細胞である請求項6記載のガラス化保存液。
【請求項8】
請求項1もしくは3に記載のガラス化保存液ならびに請求項2、4および5のいずれか1項に記載のガラス化保存液を含む哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存用試薬キット。
【請求項9】
さらに、0.2M〜0.5Mのスクロースを含むリン酸緩衝液をベースとするガラス化保存哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用融解液を含む請求項8記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存試薬キット。
【請求項10】
リン酸緩衝液をベースとするガラス化保存哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用融解液がNaCl 700〜900mg/100mL、KCl 15〜25mg/100mL、CaCl2 8〜15mg/100mL、KH2PO415〜25mg/100mL、MgCl2・6H2O 7.5〜12.5mg/100mL、Na2HPO4100〜130mg/100mL、Na-ピルビン酸 3〜4mg/100mL、グルコース75〜125mg/100mL、抗生物質 5〜10mg/100mL、BSA 250〜350mg/100mLおよび0.2M〜0.5Mのスクロースからなるガラス化保存哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞用融解液である請求項9記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存試薬キット。
【請求項11】
哺乳動物初期胚が哺乳動物2細胞期胚である請求項8〜10のいずれか1項に記載のガラス化保存試薬キット。
【請求項12】
哺乳動物2細胞期胚がラット2細胞期胚であり、哺乳動物ES細胞が霊長類ES細胞である請求項11記載のガラス化保存試薬キット。
【請求項13】
哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を請求項1または3に記載のガラス化保存液で前処理し、さらに請求項2、4および5のいずれか1項に記載のガラス化保存液に入れて凍結保存することを含む哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
【請求項14】
哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を請求項1または3に記載のガラス化保存液に室温で5〜10分間浸漬し、次いで30秒〜2分間0℃〜5℃の温度条件下に置き、さらに哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞を含む前記ガラス化保存液を、40〜60倍量の請求項2、4および5のいずれか1項に記載のガラス化保存液に入れて凍結保存することを含む請求項13記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
【請求項15】
哺乳動物初期胚が哺乳動物2細胞期胚である請求項13または14に記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。
【請求項16】
哺乳動物2細胞期胚がラット2細胞期胚であり、哺乳動物ES細胞が霊長類ES細胞である請求項15記載の哺乳動物初期胚または哺乳動物ES細胞のガラス化保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−105013(P2007−105013A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−301833(P2005−301833)
【出願日】平成17年10月17日(2005.10.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名:第52回日本実験動物学会総会 講演要旨集 開催期間:平成17年5月18日〜20日 発行者:社団法人 日本実験動物学会 刊行物配布日:2005年4月26日
【出願人】(390016470)財団法人実験動物中央研究所 (12)
【Fターム(参考)】