説明

導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントおよびその製造方法

【課題】優れた導電性とフィブリル性、耐久性、等を併せ持つ、単糸繊度が細い導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメント糸条を提供する。
【解決手段】 アクリル系合成繊維マルチフィラメントの繊度が10〜800dtex、単糸繊度が0.1〜2.0dtexであり、前記各フィラメントの導電部を構成する制電性重合体が、非導電部を構成する繊維形成性重合体中にフィブリル状にかつ網目構造状に分散配置され、かつ次の(1)、(2)の特徴を有する導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメント。(1)前記繊維形成性重合体がアクリロニトリル系重合体からなり、前記制電性重合体がポリアルキレングリコールとアクリロニトリルの共重合体からなる、(2)前記制電性重合体がカーボンブラックを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントおよびその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、上述の導電性を活用して、光導電現象による電子複写機類において、可視画像後にトナーを拭除するブラシ類や、帯電した紙、フィルム等のシート状物の除電ブラシ類、あるいは制電性作業服等へ好適に使用される導電性繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
導電性アクリル系合成繊維は、現在まで様々な製法が知られており、一般的には、繊維表面を導電性物質で覆う方法や、繊維内に導電性物質を混在させる方法が知られている。
【0003】
大別されたこれら2つの方法は、それぞれ長所と短所を併せ持っており、それぞれが改良を重ねられてきた。この内、繊維内に導電性物質を混在させる方法では、導電性物質としてカーボンブラックを使用する方法が提案されている。(特許文献 1、2参照)。
【0004】
しかしながら、特許文献1では、繊維形成性重合体と制電性重合体が非相溶であるため、制電性重合体の分散性が悪く、繊度を細くしていくと、紡糸性が悪くなり、かつ電気抵抗値が繊維の長手方向に斑ができてしまうという欠点があった。また、特許文献2では、導電性物質であるカーボンブラックを直接繊維中に均一分散させているが、紡糸後に延伸し、更に熱収縮が必要なため、高い導電性を維持したまま、単糸繊度を細くすることは困難である。また、ステープルを主とした発明であり、フィラメントへの展開は更に難しい。
【0005】
また、単糸繊度が細いアクリル系合成繊維を製造する場合、単糸1本当たりの強度が低下し糸切れしやすくなる。単糸繊度を細くする場合、通常は紡糸機の吐出量と口金孔数とで紡糸条件を決定する。この場合、紡糸1錘当たりの単糸数が増えるので、紡糸浴内での単糸間の寄り付きが発生しやすくなる。これらを解決するため、アクリル系合成繊維の湿式紡糸法において、様々な製造方法が提案されている。(特許文献3、4)。
【0006】
特許文献3は、原料となる高分子体の分子量を上げ、単糸繊度を細くすることにより単糸1本当たりの強度低下による糸切れを防いでいるが、フィラメント内のフィラメント本数増加による寄り付き防止は考慮されていない。その他にも高分子体の粘度を上げたり、高分子体に凝固剤を添加しているが、寄り付き防止については改善されていない。
【0007】
特許文献4は、ポリビニルアルコールながら湿式紡糸法にてバスドラフトを規定した製造方法が提案されているが、やはり糸切れを防止するのが狙いである。
【特許文献1】特公昭63−42791号公報
【特許文献2】特開2002−138323号公報
【特許文献3】特開平03−206114号公報
【特許文献4】特公平2−35044号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、優れた導電性とフィブリル性、耐久性等を併せ持つ、単糸繊度が細い導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメント糸条を提供するものである。特に電子複写機類のブラシへは、好適に使用できる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち本発明は、アクリル系合成繊維マルチフィラメントの繊度が10〜800dtex、単糸繊度が0.1〜2.0dtexであり、前記各フィラメントの導電部を構成する制電性重合体が、非導電部を構成する繊維形成性重合体中にフィブリル状にかつ網目構造状に分散配置され、かつ次の(1)、(2)の特徴を有する導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントである。
(1)前記繊維形成性重合体がアクリロニトリル系重合体からなり、前記制電性重合体がポリアルキレングリコールとアクリロニトリルの共重合体からなり、前記制電性重合体が前記マルチフィラメント全体の1〜30重量%含まれる、
(2)湿式紡糸法によるアクリル系合成繊維マルチフィラメントの製造方法であって、紡糸速度100m/分以上かつ凝固第2浴の温度が15℃以下で製糸することを特徴とする(1)記載の導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントの製造方法。
前記制電性重合体がカーボンブラックを含有し、前記制電性重合体中に1〜40重量%含まれる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた導電性とフィブリル性、耐久性、等を併せ持ち、電子複写機類のブラシへ好適に使用できる、単糸繊度が細い導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントを提供できる。このマルチフィラメントは高い生産性で製造することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明においては、各フィラメントは導電部を構成する制電性重合体と非導電部を構成する繊維形成性重合体からなる。本発明では、導電部を構成する制電性重合体が、非導電部を構成する繊維形成性重合体中にフィブリル状にかつ網目構造状に分散配置される必要がある。網目構造は、導電部と非導電部との剥離強力を分散させるためである。
【0012】
また、本発明では、前記繊維形成性重合体がアクリロニトリル系重合体からなり、前記制電性重合体がポリアルキレングリコールとアクリロニトリルの共重合体からなり、前記制電性重合体が前記マルチフィラメント全体の1〜30重量%含まれる必要があり、好ましくは1〜20重量%であり、更に好ましくは2〜10重量%含まれる。マルチフィラメントの単糸繊度が2dtex以下では、制電性重合体が微細化されず、しかも繊維形成性重合体とは非相溶性であるため、網目構造状で均一に分散配置させることが難しくなる。このため、単に孔径が小さい口金に交換しても単糸繊度が2dtex以下のマルチフィラメントは紡糸できなかったし、また、紡糸できても、糸条の長手方向に斑ができてしまい、また耐フィブリル性も低下してしまうという問題があった。しかるに、本発明では、制電性重合体の重量比率を前記マルチフィラメント全体の1〜20重量%とすれば好適に生産可能であることを見出した。
【0013】
また、本発明では、制電性重合体中にカーボンブラックを添加することが必要である。カーボンブラックは、前記制電性重合体中に1〜40重量%含まれる。1重量パーセント以下であれば、十分な導電性が得られず、また40重量パーセント以上であれば、生産性が困難となる。また、更に好ましくは1〜10重量パーセントである。
【0014】
本発明で使用する繊維形成性重合体は、アクリル系重合体であり、ポリアクリロニトリル系重合体であればいずれでもよい。更に詳しくは重合体の中で、アクリロニトリルを30重量パーセント以上含めば良い。
【0015】
また、本発明で使用する制電性重合体は、前記ポリアクリロニトリル系重合体に対して混和性であって、非相溶性であり、カーボンブラックとの親和性、混和性に優れた合成重合体であれば良く、具体的には、前記ポリアクリロニトリル系重合体とポリアルキレングリコールを共重合させることで得られる。ポリアルキレングリコールとは具体的には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコールだが、ポリアルキレングリコールドポリエステルとのブロックポリエーテルポリエステル共重合体、ポリアミドとのブロックポリエーテルポリアミド共重合体を使用しても構わない。またこれら共重合体にアクリロニトリルをグラフト共重合したものを制電性重合体として例示することができる。これらポリアルキレングリコールのうち、変成ブロックポリエーテルエステル共重合体が好適である。ブロックポリエーテルエステルとしては、ポリアルキレングリコール60〜95重量パーセントとポリエステル5〜40重量パーセントの割合が良い。また前記グラフト重合体はモノビニル化合物を根幹共重合体に対して5〜60重量パーセントの範囲内でグラフトしたものが好ましい。
【0016】
例えば、繊維形成性重合体がアクリロニトリル系重合体であるので、制電性重合体の一部にポリアルキレングリコールを用いた場合、ポリアルキレングリコールとアクリロニトリルとの共重合体であることが必要である。この時、ポリアルキレングリコールとアクリロニトリルとの共重合体としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体のいずれでもよいが、組成的にはポリアルキレングリコールとアクリロニトリルとのほぼ中間的特性を有する様に、溶解度係数を考慮して設計することが好ましい。
【0017】
また、制電性重合体の組成は、繊維形成性重合体の主成分を含み、かつその組成比は、制電性重合体と繊維形成性重合体との平均重量組成を基準に±30重量パーセント、好ましくは±20重量パーセントの範囲内が望ましい。30重量パーセントを超えると制電性重合体の導電性が十分に発揮できなくなるので好ましくない。
【0018】
上記の本発明のアクリル系合成繊維マルチフィラメントは、湿式紡糸法によるアクリル系合成繊維マルチフィラメントの製造方法であって、紡糸速度100m/分以上かつ凝固第2浴の温度が15℃以下で製糸することができる。
【0019】
本発明で使用する紡糸機は、通常のアクリル系合成繊維を製造できるものなら特に限定されないが、下記2点の特徴を有することが必要である。
(1)凝固浴を2槽以上有し、凝固第2浴の温度を15℃以下に保つことが可能である。
(2)2種類の異なる原料が紡糸口金へ供給可能であり、供給量が制御可能である。
【0020】
原料の供給に関しては、2種類の原料をバッチ方式で混合し、1種類の原料としてから紡糸機の口金に供給しても構わないし、連続的に2種類の原料を口金に供給しても構わない。
【0021】
凝固浴は、口金から吐出された直後に原液が浸積して糸条となるのを凝固第1浴とし、凝固第1浴の次に糸条が通過するのを凝固第2浴とする。
この時、凝固第1浴の温度は、浴内及び凝固第2浴以降での延伸を考慮し、低過ぎないことが重要であり、通常のアクリル繊維の製造条件に近いものとし、通常30℃以上である。
【0022】
また、口金から吐出された原液が糸条となり、収束されるため、寄り付きする懸念がある。特に紡糸速度が速くなると、凝固第2浴以降の各工程で固化していなければ、寄り付きやすくなる。このため紡糸速度が100m/分以上の製造条件下では、凝固第2浴内温度を下げて糸条の固化を促進し、寄り付きを防止する必要がある。15℃以下であれば十分効果が得られ、好ましくは10℃以下である。また、極端に低温であれば、吐出された原液の固化が早く、吐出後の延伸時に糸切れしやすくなる。このため、マイナス10℃以上が好ましい。また、凝固第2浴における液体はジメチルスルホキシド水溶液などを使用するため、実際には凝固第2浴液の凍結が懸念されるため0℃以上が好ましい。
凝固第2浴以降は、通常のアクリル繊維製造設備で良く、多段精練浴、熱延伸設備、乾燥設備を有していてれば、その段数や回数は特に限定されない。また、巻取りは既存のワインダーを使用して構わないし、その形式も、調速度型を始め問わない。この場合、繊度が10〜800dtexの範囲内であることが重要である。なお、紡糸速度は、巻き取り速度と同じである。
【実施例】
【0023】
以下に実施例を示す。
【0024】
繊度、強度、伸度はJIS L 1013(1999)に従って測定した。
【0025】
電気抵抗は下記手順で測定した。
(1)温度20±2℃、湿度65±2%R.H.の環境下にある試験室内に一昼夜放置した試料から10mの間隔で長さ20cmのフィラメントを3個採取する。
(2)抵抗測定台に試料を固定し、デジタル超高抵抗計(“ADVAN TEST”:R8340A)を用いて印加電圧10vをかけて電気抵抗を測定する。
(3)電気抵抗の値から電気比抵抗を求める。
【0026】
参考例
繊維形成性重合体であるアクリロニトリル系重合体(以下ANという)(A)は、AN/アクリル酸メチル/アリルスルホン酸ソーダ(93.6/6.0/0.4)モル係のジメチルスルホキシド溶液を重合することによって製造した。制電性重合体(B1)は、ポリエチレンアジペートとポリエチレングリコール(分子量4000)を20/80重量パーセントとなるように調製した、ブロックポリエーテルエステルに、更にANをグラフト重合して製造した。ANとブロックポリエーテルエステルの組成比は、30/70重量パーセントとし、ジメチルスルホキシド中で、過硫酸アンモニウムを触媒としてグラフト重合した。
【0027】
制電性重合体(B1)のジメチルスルホキシド溶液にカーボンブラックを添加混合して、制電性重合体溶液を調整し、これとAN系重合体(A1)を混合紡糸して導電性繊維を得た。上記AN系重合体(A1)、制電性重合体(B1)、制電性重合体(B2)は表1のとおりである。
【0028】
実施例1
参考例で得られた制電性重合体(B1)のジメチルスルホキシド溶液にカーボンブラックを30重量パーセント添加して制電性重合体(B2)とし、AN系重合体(A1)とともに、(A1/B2)の重量比を95/5となるよう吐出量を調整し、口金から吐出した。吐出量は2.7cc/分、孔径0.055mm、400ホールの口金を使用した。
【0029】
上記AN系重合体(A1)と制電性重合体(B2)は、一度混合させ、脱泡工程を経て、紡糸機に供給した。
【0030】
吐出後は、凝固浴が3個、水洗浴1個、追油浴1個、4ローラーを有するホットローラー1台を通過した後、テイクアップワインダーにて巻き取った。
【0031】
吐出後は表2に記載の条件で凝固浴、及び延伸浴にて延伸し、221dtex400フィラメント(単糸繊度0.55dtex)の極細マルチフィラメントを得た。
【0032】
導電性や耐フィブリル性は優れていた。マルチフィラメントの物性および電気特性を測定した結果を表2に示す。
【0033】
得られたマルチフィラメントの断面の電子顕微鏡写真を図1に示した。
【0034】
実施例2
参考例で得られた制電性重合体(B1)にカーボンブラックを30重量パーセント添加して制電性重合体(B2)とし、脱泡後、AN系重合体(A1)とともに、(A1/B2)の重量比を、78/22となるよう、紡糸機への供給量を各々調整し、口金から吐出した。
【0035】
紡糸機での混合後、吐出量は102.5cc/分、孔径0.080mm、400ホールの口金を使用し、吐出後は、凝固浴が2個、水洗浴8個、延伸浴1個、スチームボックス1個、鉱油浴1個、スチームボックス1個、4ローラーを有するホットローラー1台を通過した後、テイクアップワインダーにて巻き取った。
通常のアクリル系合成繊維の湿式紡糸法にて紡糸した。吐出後は表2に記載の条件で凝固浴、及び延伸浴にて延伸し、440dtex400フィラメント(単糸繊度1.10dtex)の極めて細いマルチフィラメントを得た。導電性や耐フィブリル性に優れていた。
【0036】
比較例1
実施例1と同じAN系重合体(A1)、制電性重合体(B2)を使用し、(A1/B2)の重量比を70/30とした以外はその他の条件を変更せずに実施例1と同様の紡糸方法で極細マルチフィラメントの紡糸を試みたが糸切れが激しく紡糸できなかった。マルチフィラメントの物性および電気特性を測定した結果を表3に示す。
【0037】
比較例2
実施例1と同じAN系重合体(A1)、制電性重合体(B2)を使用し、(A1/B2)は重量比70/30とした。吐出量は617cc/分、孔径0.100mm、100ホールの口金を使用し、通常のアクリル系合成繊維と同一の湿式紡糸法にて紡糸した。吐出後は表2記載の条件で凝固浴、及び延伸浴にて延伸し、327dtex100フィラメント(単糸繊度3.3dtex)のマルチフィラメントを得た。導電性や耐フィブリル性に優れるが、極細のマルチフィラメント糸条は得られなかった。マルチフィラメントの物性および電気特性を測定した結果を表3に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の極細導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントは、特に導電性を活用して、光導電現象による電子複写機類において、可視画像後にトナーを拭除するブラシ類や、帯電した紙、フィルム等のシート状物の除電ブラシ類、あるいは制電性作業服等へ好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明によって得られる導電性アクリル系合成繊維の一実施態様の断面の電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明によって得られる導電性アクリル系合成繊維の一実施態様の概略側断面図である。
【符号の説明】
【0043】
1.制電性重合体
2.繊維形成性重合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル系合成繊維マルチフィラメントの繊度が10〜800dtex、単糸繊度が0.1〜2.0dtexであり、前記各フィラメントの導電部を構成する制電性重合体が、非導電部を構成する繊維形成性重合体中にフィブリル状にかつ網目構造状に分散配置され、かつ次の(1)、(2)の特徴を有する導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメント。
(1)前記繊維形成性重合体がアクリロニトリル系重合体からなり、前記制電性重合体がポリアルキレングリコールとアクリロニトリルの共重合体からなり、前記制電性重合体が前記マルチフィラメント全体の1〜30重量%含まれる、
(2)前記制電性重合体がカーボンブラックを含有し、前記制電性重合体中に1〜40重量%含まれる。
【請求項2】
湿式紡糸法によるアクリル系合成繊維マルチフィラメントの製造方法であって、紡糸速度100m/分以上かつ凝固第2浴の温度が15℃以下で製糸することを特徴とする請求項1記載の導電性アクリル系合成繊維マルチフィラメントの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−177383(P2007−177383A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−270019(P2006−270019)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】