説明

少なくとも2つの牛痘ATIプロモーターを含む組換えポックスウイルス

本発明は、ウイルスゲノム中にそれぞれが牛痘ATIプロモーターまたはその誘導体およびコード配列を含む、少なくとも2つの発現カセットを含む組換えポックスウイルスであって、そのコード配列の発現が前記プロモーターによって調節されていることを特徴とする、上記組換えポックスウイルスに関する。該ウイルスはワクチンとして、または薬学的調合物の一部として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、それぞれが牛痘ATIプロモーターまたはその誘導体およびコード配列を含む発現カセットを、少なくとも2つウイルスゲノム中に含む組換えポックスウイルスであって、そのコード配列の発現が前記プロモーターまたはその誘導体によって制御されていることを特徴とする、上記組換えポックスウイルスに関する。該ウイルスはワクチンまたは薬学的調合物の一部として有用である。
【背景技術】
【0002】
組換えポックスウイルスは、感染細胞中で外来抗原を発現させるために、広く使用されている。また、組換えポックスウイルスは、ポックスウイルスベクターから発現される外来抗原に対する免疫応答を誘導するための極めて有望なワクチンとして、現在、試験されている。最も一般的なものに、アヴィポックスウイルスや、ワクシニアウイルスがある。特許文献1および特許文献2には、HIV抗原およびHIVタンパク質を発現させる組換えワクシニアウイルスワイス(Wyeth)株が開示されている。特許文献3には、レンチウイルス遺伝子を発現させる組換えワクシニアウイルスNYCBH株が開示されている。特許文献4には、ヒトレトロウイルス遺伝子を発現させる組換えワクシニアウイルスウェスタンリザーブ(Western Reserve)株が開示されている。ウイルスゲノム中にHIV遺伝子を含む鶏痘ウイルスは、特許文献1および特許文献2に開示されている。
【0003】
効果的な免疫応答を誘導するためには、それに対して免疫応答が誘導されるべき因子の単一なタンパク質だけの発現ではないことが望ましい。その代わりに、前記因子に対して広く効果的な免疫を獲得するために、できるだけ多くの異なる前記因子のタンパク質およびエピトープを発現することが望ましい。従って、予防接種にポックスウイルスをベクターとして使用する場合には、同一のポックスウイルスゲノム中にいくつかの異なる発現カセットを挿入することが有利である。特許文献1は、HIV−1のenv遺伝子およびHIV−1のgag−pol遺伝子に対する発現カセットを持つ組換えポックスウイルスの構築を開示している。異なる発現カセットによりコードされるタンパク質の発現のために、異なるプロモーターすなわち、ワクシニアウイルスD1プロモーターおよび40Kプロモーターを用いた。この方法の不利な点は、異なるプロモーターの活性が同一でない結果として、異なる発現カセットから発現されるタンパク質の量が異なることである。
【0004】
ポックスウイルスゲノムにおける異なる発現カセット中のプロモーターが同一である場合には、ほぼ同一の発現量を得ることができる。しかし、この方法の不利な点は、相同/同一プロモーター配列の間で希望しない組換えが起こる危険性があるということである。実際に、ウイルスゲノムの異なる位置に3つのp7.5プロモーターを含む組換えワクシニアウイルスが作成されたが、相同プロモーター配列の間で組換えが生じた結果、組換えポックスウイルスの雑多なゲノム集団が生じたということが示されている(非特許文献1)。このようなウイルスゲノムの不安定性をもたらす雑多で不明確なゲノム集団は、もし予防接種に組換えポックスウイルスを用いるつもりの場合、特にヒトの予防接種に用いるつもりの場合には許容されない。
【特許文献1】米国特許第5,736,368号明細書
【特許文献2】米国特許第6,051,410号明細書
【特許文献3】米国特許第5,747,324号明細書
【特許文献4】欧州特許第0 243 029号明細書
【非特許文献1】Howleyら、Gene(1996)172,233−237
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
少なくとも2つの、好ましくは、元来ポックスウイルスゲノムの一部でない遺伝子の発現カセットをもち、前記の少なくとも2つの異なる発現カセットによりコードされるタンパク質を類似した量で生産することができる、安定的な組換えポックスウイルスを提供することが、本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的は、それぞれが牛痘ATIプロモーターまたはその誘導体およびコード配列を含む発現カセットを、少なくとも2つウイルスゲノム中に含む組換えポックスウイルスであって、そのコード配列の発現が前記プロモーターまたはその誘導体によって制御されていることを特徴とする、上記組換えポックスウイルスを提供することによって解決された。
【0007】
本発明により、相同な配列の間、または同一のATIプロモーター配列の間でも検出可能な組換えが起こらないことが明らかにされ、2またはそれ以上のATIプロモーターのコピーを含むポックスウイルスが意外なことに安定であることが示された。これは、ウイルスゲノム中に2またはそれ以上のp7.5プロモーターを含むワクシニアウイルスと対照的である。
【0008】
本発明では、ポックスウイルスは遺伝子の発現がATIプロモーターまたはその誘導体により制御されるいずれかのポックスウイルスでよい。従って、ポックスウイルスはコードポックスウイルス亜科(Chordopoxvirinae)およびエントモポックスウイルス亜科(Entomopoxvirinae)のサブファミリーのいずれかのウイルスでよい(Fields Virology 3rd edition, Lippincott-Raven Publishers, Philadelphia, USA, Chapter: 83 , ISBN 0-7817-0253-4参照)。ヒトを含む哺乳類動物で、遺伝子を発現させるために組換えポックスウイルスを用いる場合には、サブファミリーがコードポックスウイルス亜科のウイルスが特に好ましい。コードポックスウイルス亜科サブファミリーへ属するとりわけ好ましい属は、オルトポックスウイルス属(Orthopoxviruses)、パラポックスウイルス属(Parapoxviruses)、アヴィポックスウイルス属(Avipoxviruses)、カプリポックスウイルス属(Capripoxviruses)、レポリポックスウイルス属(Leporipoxviruses)、およびスイポックスウイルス属(Suipoxviruses)である。最も好ましいのは、オルトポックスウイルス属とアヴィポックスウイルス属である。アヴィポックスウイルス属の例はカナリア痘ポックスウイルス(canarypoxviruses)と鶏痘ポックスウイルス(fowlpoxviruses)である。オルトポックスウイルス属の例はワクシニアウイルス(vaccinia virus)である。本発明で用いられるワクシニアウイルス株は、例えばコペンハーゲン(Copenhagen)、テンプルオブへブン(Temple of Heaven)、ワイス(Wyeth)、ウエスタンリザーブ(Western Reserve)、エルストリー(Elstree)、NYCBHなどのような任意のワクシニアウイルス株でよい。特に好ましいのは改変ワクシニアアンカラ(Modified Vaccinia Ankara(MVA))である。MVAはワクシニアウイルスのアンカラ株(CVA)をニワトリ胚繊維芽細胞で516代にわたって連続継代することで作成したものである(概要については、Mayr,A.等、Infection 3,6−14[1975]を参照されたい)。この長期間にわたる継代の結果、得られたMVAウイルスではそのゲノム配列のうち約31キロ塩基が欠失しているので、宿主細胞は鳥類細胞に著しく制限されると記載されている(Meyer,H.等、J.Gen.Virol.72,1031−1038[1991])。得られたMVAは著しく非病原性であることが、さまざまな動物モデルで示されている(Mayr,A.およびDanner,K.[1978]Dev.Biol.Stand.41:225−34)。また、このMVA株は、ヒト痘瘡疾患に対する免疫を与えるためのワクチンとして、臨床試験でも試験されている(Mayrら、Zbl.Bakt.Hyg.I,Abt.Org.B 167,375−390[1987]、Sticklら、Dtsch.med.Wschr.99,2386−2392[1974])。
【0009】
本発明では任意のMVA株を使用することができる。本発明で使用されるMVAウイルス株の実例であって、ブダペスト条約の要件に従って寄託されているものに、英国ソールズベリー(Salisbury)のヨーロピアン・コレクション・オブ・アニマル・セル・カルチャーズ(European Collection of Animal Cell Cultures:ECACC)にそれぞれ受託番号ECACC V94012707およびECACC V00120707として寄託されているMVA 572株およびMVA 575株、ならびにECACC V00083008として寄託されているMVA−BNがある。
【0010】
最も好ましいMVA株はMVA−BNまたはその誘導体である。MVA−BNの特徴、あるMVA株がMVA−BNまたはその誘導体であるかどうかを調べることが可能な生物学的アッセイの説明、およびMVA−BNまたはその誘導体の取得を可能にする方法は、国際公開第02/42480号明細書に開示されている。この特許出願の内容は参照により本明細書に組み込まれる。
【0011】
一般的に、ヒトを含む動物への予防接種または治療にウイルスを用いる場合には、ヒトを含む動物に害のないウイルスを用いるのが好ましい。
【0012】
ヒトにとって特に安全なポックスウイルスは、MVAのような異種のワクシニアウイルス株や鶏痘ポックスウイルスおよびカナリア痘ポックスウイルスのようなアヴィポックスウイルスである。
【0013】
MVAを増殖させるには真核細胞にこのウイルスを感染させる。これらの真核細胞は、各ポックスウイルスに感染しやすく、感染性ウイルスの複製および産生を許容する細胞である。これらの細胞はポックスウイルス種ごとに当業者によって知られている。MVAの場合、このタイプの細胞の例は、ニワトリ胚線維芽細胞(CEF)とBHK細胞である(Drexler I.,Heller K.,Wahren B.,Erfle V.およびSutter G., J.Gen.Virol.(1998)79,347−352)。CEF細胞は当業者に知られている条件で培養することができる。好ましくは、CEF細胞を、静置フラスコまたはローラーボトル中、無血清培地で培養する。インキュベーションは好ましくは37℃±2℃で48〜96時間行う。感染には、MVAを好ましくは0.05〜1 TCID50の感染多重度(MOI)で使用し、インキュベーションを好ましくは37℃±2℃で48〜72時間行う。
【0014】
牛痘ウイルスA型封入体タンパク質遺伝子のプロモーター(ATIプロモーター)の配列は当業者に知られている。これについては、Genebankエントリー、アクセッション番号D00319を参照されたい。好ましいATIプロモーター配列をSEQ ID NO:1に示すが、その配列は次のとおりである:
5’ GTTTT GAATA AAATT TTTTT ATAAT AAAT 3’。
【0015】
本発明によれば、SEQ ID NO:1に示すATIプロモーターを使用するか、またはSEQ ID NO:1による配列のサブ配列であってもよいATIプロモーターの誘導体を使用することができる。「SEQ ID NO:1による配列のサブ配列」という用語は、SEQ ID NO:1より短いSEQ ID NO:1の断片であって、プロモーターとして(特にワクシニアウイルス後期プロモーターとして)まだ活性であるものを表す。SEQ ID NO:1の配列の典型的な断片は、SEQ ID NO:1の配列のうち、少なくとも10ヌクレオチド、より好ましくは少なくとも15ヌクレオチド、さらに好ましくは少なくとも20ヌクレオチド、最も好ましくは少なくとも25ヌクレオチドの長さを有する。サブ配列は、好ましくは、SEQ ID NO:1のヌクレオチド25番目から29番目、すなわちSEQ ID NO:1の3’末端に位置する5’−TAAAT−3’という配列を含む。また、サブ配列は、SEQ ID NO:1のヌクレオチド22番目から29番目、すなわちSEQ ID NO:1の3’末端に位置する5’−TAATAAAT−3’という配列も含むことができる。
【0016】
本プロモーターは、SEQ ID NO:1のヌクレオチド28番目から29番目(上記の配列で下線を引いた部分)が5’ ATG 3’翻訳開始コドンの一部になるような形で、コード配列の上流に挿入することができる。もう1つの選択肢として、本プロモーターは、いくつかのヌクレオチドによって、翻訳開始コドンから隔てられていてもよい。SEQ ID NO:1のプロモーターの3’末端と5’ ATG 3’開始コドン中のAとの間のスペーサー(spacer)は、好ましくは100ヌクレオチド未満、より好ましくは50ヌクレオチド未満、さらに好ましくは25ヌクレオチド未満である。ただしスペーサーは、本プロモーターが本プロモーターの下流に位置するコード配列の発現を誘導する能力を依然として持っている限り、さらに長くてもよい。
【0017】
ATIプロモーターの誘導体は、SEQ ID NO:1の配列またはサブ配列に対して、1つ以上のヌクレオチド置換、ヌクレオチド欠失および/またはヌクレオチド挿入を有する配列であることもでき、この場合、その誘導体はプロモーターとして(特にワクシニアウイルス後期プロモーターとして)まだ活性である。1つ以上のヌクレオチド置換を有する配列は、SEQ ID NO:1の配列のうち1つ以上のヌクレオチドが、異なるヌクレオチドに置換されている配列である。1つ以上のヌクレオチド挿入を有する配列は、1つ以上のヌクレオチドがSEQ ID NO:1の配列の1つ以上の位置に挿入されている配列である。1つ以上のヌクレオチド欠失を有する配列は、SEQ ID NO:1の配列のうち1つ以上のヌクレオチドが1つ以上の位置で欠失している配列である。SEQ ID NO:1の誘導体では、欠失、置換および挿入が1つの配列内で組み合わされていてもよい。
【0018】
本誘導体は、SEQ ID NO:1の配列に対して、好ましくは少なくとも40%、より好ましくは少なくとも60%、さらに好ましくは少なくとも80%、最も好ましくは少なくとも90%の相同性を有する。最も好ましい態様では、SEQ ID NO:1の配列中、6個以下のヌクレオチド、さらに好ましくは3個以下のヌクレオチドが、置換、欠失および/または挿入を起こしている。
【0019】
特に、SEQ ID NO:1のヌクレオチド25番目から29番目、すなわちプロモーター中の配列5’−TAAAT−3’は、最大のプロモーター活性が得られるように、残しておくことが好ましいかもしれない。また、SEQ ID NO:1のヌクレオチド22番目から29番目、すなわちプロモーター中の配列5’−TAATAAAT−3’を残しておくことも好ましいかもしれない。
【0020】
ATIプロモーターまたはそのサブ配列の位置に関する上述の記載は、SEQ ID NO:1の配列またはそのサブ配列に対して、1つ以上のヌクレオチド置換、欠失および/または挿入をもつ上記で定義された配列にも適用される。
【0021】
当業者は、さまざまな先行技術文献を利用して、ワクシニアウイルスプロモーター(特にワクシニアウイルス後期プロモーター)として活性であるという生物学的活性を、SEQ ID NO:1のどの誘導体がまだ持っているかを予測することができる。これについては、Chakrarbartiら、Biotechniques(1997)23,1094−1097や、DavisonおよびMoss,J.Mol.Biol.(1989)210,771−784を参照されたい。また、ある断片がワクシニアウイルスプロモーター、特にワクシニアウイルス後期プロモーターとして依然として活性があるかどうかも、当業者は容易に確かめることができる。具体的には、配列誘導体をプラスミドコンストラクト中のレポーター遺伝子の上流にクローニングすることができる。そのコンストラクトを、ポックスウイルスに感染している真核細胞または細胞株、例えばCEFまたはBHK細胞にトランスフェクトすることができる。感染に用いるポックスウイルスは同属由来のポックスウイルスが好ましく、上記プロモーターがゲノム中に挿入されるポックスウイルスよりも同一のポックスウイルスを用いるのがより好ましい。次に、レポーター遺伝子の発現を決定し、SEQ ID NO:1に記載のプロモーターによって制御されるレポーター遺伝子の発現と比較する。本発明の誘導体は、SEQ ID NO:1のプロモーター配列の活性と比較して、この試験系で少なくとも10%、好ましくは少なくとも30%、より好ましくは少なくとも50%、さらに好ましくは少なくとも70%、最も好ましくは少なくとも90%のプロモーター活性を有する誘導体である。SEQ ID NO:1より高いプロモーター活性を有するSEQ ID NO:1の誘導体も、本発明の範囲に包含される。
【0022】
本発明では、組換えポックスウイルスは少なくとも2つの発現カセットを含み、それぞれはATIプロモーターまたはその誘導体を含む。すなわち、組換えポックスウイルスのゲノムは2つ以上のATIプロモーターまたはその誘導体を含む。ウイルスゲノム中のATIプロモーターは同一のものでも異なるものでもよい。従って、すべてのATIプロモーターはSEQ ID NO:1の配列を持ちうる。すべてのATIプロモーターがSEQ ID NO:1の配列の同じ誘導体であってもよい。あるいはまた、1つ以上のATIプロモーターがSEQ ID NO:1の配列をもつことができ、同一のポックスウイルスゲノム中の1つ以上のATIプロモーターがSEQ ID NO:1の配列の誘導体であってもよい。このようなポックスウイルスゲノムが2つ以上のATIプロモーター誘導体を含む場合、これらの誘導体は同じものでも異なるものでもよい。さらにはまた、ポックスウイルスゲノム中のすべてのATIプロモーターが、SEQ ID NO:1の配列の異なる誘導体であってもよい。
【0023】
概括的にいうと、本発明は少なくとも2つのATIプロモーターまたはその誘導体を、ポックスウイルスゲノム中に含む組換えポックスウイルスに関する。従って、上記ウイルスは例えば2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、もしくはそれ以上のATIプロモーターまたは、その誘導体をウイルスゲノム中に含むことができる。
【0024】
ATIプロモーターまたはその誘導体は通常、それぞれが牛痘ATIプロモーターまたはその誘導体、および上記プロモーターにより発現を制御されるコード配列を含む発現カセットの一部である。コード配列は、ATIプロモーターまたはその誘導体により発現が制御される任意の配列でよい。
【0025】
1つの選択として、ポックスウイルス中の少なくとも1つのATIプロモーターは、既にポックスウイルスゲノムの一部である遺伝子の発現に使用することができる。このような遺伝子はもともとウイルスゲノムの一部であるものでも、既にポックスウイルスに挿入されている外来遺伝子でもよい。これらの場合には、ATIプロモーターはポックスウイルスゲノム中で、その発現がATIプロモーターにより制御される遺伝子の上流に挿入されている。
【0026】
またそれに加えて、少なくとも1つのATIプロモーターまたはその誘導体は、ポックスゲノムに挿入されている発現カセットの一部であってもよい。ATIプロモーターまたはその誘導体およびコード配列を含む発現カセットは、ウイルスゲノム中の適当な任意の位置に挿入することができる。以下の例に拘束されることなく、適した挿入部位を以下より選択することができる。(i)TK−遺伝子のような非必須遺伝子、(ii)当該遺伝子の機能が、ウイルスの増殖に用いられる細胞により補われる場合には、ウイルスの複製に必須の遺伝子、(iii)ポックスウイルスゲノム内の遺伝子間領域、「遺伝子間領域」という用語は、好ましくは、ウイルスゲノムのうち、2つの隣接した遺伝子間に位置する部分であって、コード配列を含んでいない部分を表す。(iv)ポックスウイルスゲノムの元来より欠失している部位。元来からの欠失部位をもつウイルスゲノムの例は、MVAのゲノムであり、当該ゲノム中ではワクシニアウイルス株コペンハーゲンのゲノムに対して、特定の領域が欠失している。
【0027】
上記記載のように、挿入部位はこれらの好ましい挿入部位に限るわけではない。というのも、本発明では、MVAおよびワクシニアウイルス全般やアヴィポックスウイルスのような他のポックスウイルスの場合には、少なくとも1つの細胞培養系(例えばニワトリ胚繊維芽細胞(CEF細胞))で増幅および増殖することが可能な組換え体を得ることができる限り、発現カセットはウイルスゲノムのどこに挿入してもよいからである。
【0028】
異なる発現カセット/ATIプロモーターまたはその誘導体はポックスウイルスゲノム中で異なる挿入部位に挿入することができる。
【0029】
種々の理由により、ポックスウイルスゲノムの同じ挿入部位に2つ以上の発現カセットを挿入することが好ましい。しかし、そのような場合には、異なる発現カセット間で起こる相同組換えが排除されなければならない。相同組換えにより発現カセットの一部が欠失した組換えウイルスが生じてしまう。ポックスウイルスベクターゲノムの重要でない部分が欠失しても、生じた組換え体はまだ生体活性を有する。従って、同じ挿入部位に2つ以上の発現カセットを保持しているウイルスは淘汰されない。このような望まない組換えが生じるのを避けるために、従来技術では2つ以上の発現カセットを同じ挿入部位に挿入する場合には、異なるプロモーターを用いていた。本発明では、発現カセット中のプロモーター間で相同組換えが起こらないため、それぞれがATIプロモーターまたはその誘導体をもつ2つ以上の発現カセットを、同じ挿入部位に挿入することが可能である。
【0030】
したがって、好ましい実施態様では、全てではないとしても少なくとも2つの発現カセットがポックスウイルスゲノムの同じ挿入部位に挿入される。この場合、異なる発現カセットどおしは異なる発現カセット間では、ポックスウイルス配列とは直接隣接しないか、または少なくとも異なる発現カセット間では、かなり短いポックスウイルス配列としか隣接しない。
【0031】
組換えポックスウイルスの構築に必要な方法は当業者に知られている。例えば、発現カセットおよび/またはATIプロモーターもしくはその誘導体は、相同組換えによってポックスウイルスゲノムに挿入することができる。この目的を達成するには、発現カセットおよび/またはATIプロモーターもしくはその誘導体を挿入しようとするポックスウイルスゲノムの領域に相同な一連のヌクレオチドが隣接している発現カセットおよび/またはATIプロモーターもしくはその誘導体を含む核酸を、許容細胞株にトランスフェクトする。MVAに対する許容細胞はCEFおよびBHK細胞である。これらの細胞にポックスウイルスを感染させると、感染した細胞では、上記の核酸とウイルスゲノムとの間で相同組換えが起こる。もう1つの選択肢として、まず細胞にポックスウイルスを感染させた後、その感染細胞に上記の核酸をトランスフェクトすることもできる。この場合も組換えが細胞内で起こる。次に、当技術分野で知られている方法によって、組換えポックスウイルスを選択する。組換えポックスウイルスの構築はこの特定方法に限定されるわけではなく、当業者に知られている適当な方法はどれでもこの目的に使用することができる。
【0032】
ポックスウイルス中のATIプロモーターは、任意のコード配列の発現を制御するために使用することができる。コード配列は、好ましくは、少なくとも1つの抗原エピトープまたは抗原をコードすることができる。この場合は、組換えポックスウイルスを使って、生物(例えばヒトを含む哺乳動物)中の細胞に感染させた後、当該抗原を発現させることができる。この抗原/エピトープの提示により、その生物では、この抗原/エピトープが由来する因子に対する当該生物の予防接種につながりうる免疫応答が誘発されうる。より具体的に述べると、エピトープ/抗原は、より大きいアミノ酸配列、例えばポリエピトープ、ペプチドまたはタンパク質などの一部であることができる。そのようなポリエピトープ、ペプチドまたはタンパク質の例として、(i)HIV、HTLV、ヘルペスウイルス、デングウイルス(Denguevirus)、ポリオウイルス、麻疹ウイルス、ムンプスウイルス(mumps virus)、風疹ウイルス、肝炎ウイルスなどのウイルス、(ii)細菌、(iii)真菌に由来するポリエピトープ、ペプチドまたはタンパク質を挙げることができる。
【0033】
異なる発現カセットから発現されるタンパク質、ペプチドまたはポリエピトープは、ウイルス、細菌、または真菌のような同一の因子より由来してもよい。一例として、発現カセットから発現されるすべての生成物がHIVタンパク質でもよい。もしすべての生成物が同じ因子に由来する場合には、当該因子に対してとても広い免疫応答を誘導することができる。あるいはまた、異なる発現カセットから発現されるタンパク質、ペプチド、またはエピトープが異なる因子由来であってもよい。一例として、ある1つのポックスウイルスゲノム中の発現カセット由来の生成物が、ムンプスウイルス、麻疹ウイルス、および風疹ウイルスのような異なるウイルス由来のものであってもよい。この実施態様においては、いくつかの因子に対する免疫応答を誘導するために、ひとつの組換えポックスウイルスを用いることができる。
【0034】
もう1つの選択肢として、コード配列は、インターロイキン、インターフェロン、リボザイムまたは酵素などの治療化合物をコードしてもよい。
【0035】
組換えポックスウイルスは、当業者の知識に従って、動物またはヒトの身体に投与することができる。したがって本発明の組換えポックスウイルスは医薬(すなわち薬学的調合物)またはワクチンとして役立ちうる。
【0036】
本薬学的調合物または本ワクチンは、組換えポックスウイルスに加えて、一般に、1つ以上の医薬的に許容できるかつ/または承認された担体、添加剤、抗生物質、保存剤、アジュバント、希釈剤および/または安定剤を含みうる。そのような補助物質は、水、食塩水、グリセロール、エタノール、湿潤剤または乳化剤、pH緩衝物質などでありうる。適当な担体は、典型的には、緩徐に代謝される巨大分子、例えばタンパク質、多糖、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、アミノ酸ポリマー、アミノ酸コポリマー、脂質凝集体などである。
【0037】
薬学的調合物またはワクチンを製造するには、組換えポックスウイルスを生理学的に許容できる形態に変換する。これは、痘瘡の予防接種に用いられるポックスウイルスワクチン(Stickl,H.ら[1974]Dtsch.med.Wschr.99,2386−2392に記載されているもの)を製造する際の経験に基づいて行うことができる。例えば、ポックスウイルスがMVAの場合には、精製ウイルスは、約10mMのトリスおよび140mMのNaCl(pH7.4)中に、5×10 TCID50/mlの力価で製剤化されて、−80℃で保存される。ワクチン注射剤を製造するには、例えば、リン酸緩衝食塩水(PBS)に入っている本発明の組換えウイルス粒子10〜10個を、2%ペプトンおよび1%ヒトアルブミンの存在下に、アンプル(好ましくはガラスアンプル)中で凍結乾燥する。もう1つの選択肢として、ワクチン注射剤は、製剤中のウイルスの段階的凍結乾燥によって製造することもできる。この製剤は、さらに、例えばマンニトール、デキストラン、糖、グリシン、乳糖もしくはポリビニルピロリドンなどの添加剤、または、生体内投与に適した酸化防止剤もしくは不活性ガス、安定剤または組換えタンパク質(例えばヒト血清アルブミン)などの他の添加剤も含むことができる。組換えMVAの凍結乾燥に適した典型的な製剤は、10mMトリス緩衝液、140mM NaCl、18.9g/lデキストラン(MW36000〜40000)、45g/lショ糖、0.108g/l L−グルタミン酸一カリウム塩一水和物(pH7.4)を含む。次に、ガラスアンプルを密封して、4℃から室温で数ヶ月間保存することができる。しかし、必要がない限り、アンプルは−20℃未満の温度で保存することが好ましい。
【0038】
予防接種または治療を行うには、上記の凍結乾燥物を0.1〜0.5mlの水性溶液、好ましくは水、生理食塩水またはトリス緩衝液に溶解し、それを全身的または局所的に、すなわち非経口投与、筋肉内投与、または当業者に知られている他の任意の投与経路によって、投与することができる。当業者であれば、投与様式、投与量および投与回数を、既知の方法で最適化することができる。
【0039】
したがって、関連する一態様として、本発明は、ヒトを含む動物生体における免疫応答に影響を与える、好ましくは免疫応答を誘導する方法であって、処置すべき動物またはヒトに、本発明のウイルス、調合物またはワクチンを投与することを含む方法に関する。組換えポックスウイルスが組換えMVAの場合には、ワクチン注射剤は、典型的には、少なくとも10、好ましくは少なくとも10、より好ましくは少なくとも10、さらに好ましくは10 から10TCID50(50%組織培養感染量)のウイルスを含む。
【0040】
さらに本発明は、標的細胞中に少なくとも2つのコード配列を導入する方法であって、標的細胞に本発明のウイルスを感染させることを含む方法に関する。標的細胞は、本ウイルスの複製が起こりうる細胞であってもよいし、組換えウイルスを感染させることはできるが、ウイルスの複製は起こらない細胞、例えば組換えMVAの場合には、あらゆるタイプのヒト細胞などであってもよい。
【0041】
さらに本発明は、ペプチド、タンパク質および/またはウイルスを製造する方法であって、宿主細胞に本発明の組換えウイルスを感染させた後、感染した宿主細胞を適当な条件下で培養し、さらに続いて、その宿主細胞が産生したペプチドおよび/またはタンパク質および/またはウイルスを単離および/または濃縮することを含む方法に関する。本発明のウイルスを製造(すなわち増幅)したい場合、細胞は、組換えMVAの場合に、本ウイルスの複製が起こりうるCEFまたはBHK細胞などの細胞である必要がある。本ウイルスがコードしているペプチド/タンパク質(好ましくはATIプロモーターまたはその誘導体が発現を制御しているコード配列によってコードされているタンパク質/ペプチド)を製造したい場合は、細胞は、本組換えウイルスを感染させることができ、ポックスウイルスがコードするタンパク質/ペプチドの発現を許容する細胞であれば、どの細胞でもよい。
【0042】
さらに本発明は、本発明のウイルスに感染した細胞に関する。
(図面の簡単な説明)
(図1および図2)組換えベクターpBN70(図1)およびpBN71の概要を示す。
F1A137L は挿入領域のフランク1(Flank1) 、F2A137L は挿入領域のフランク2(Flank2)、F2rpt はフランク2の反復、prATI は ATIプロモーター、pr7.5 はp7.5プロモーター、 GUS は GUSコード領域、NS1 はNS1 コード領域、NPTII はネオマイシン耐性、IRES は内部リボソームエントリー部位、EGFPは強化緑色蛍光タンパク質(enhanced green fluorescence protein)コード領域、AmpR はアンピシリン耐性遺伝子を示す。
(図3)MVA−mBN30(図3A)またはMVA−mBN31(図3B)を感染させた細胞における、NS1遺伝子の発現を測定するためのRT−PCRアッセイの結果を示す。
【0043】
A)M:分子量マーカー、レーン1:プラスミドpBN70を用いたアッセイ(ポジティブコントロール(positive control))、レーン2:核酸の添加なしでのアッセイ(ネガティブコントロール(negative control))、レーン3:MVA−mBN30を感染させたBHK細胞から単離したRNAで、逆転写酵素添加なしでのPCR、レーン4:MVA−mBN30を感染させたBHK細胞から単離したRNAを用いたRT−PCR、レーン5:MVA−BNを感染させたBHK細胞から単離したRNAで、逆転写酵素添加なしでのPCR、レーン6:MVA−BNを感染させたBHK細胞から単離したRNAを用いたRT−PCR。
【0044】
B)M:分子量マーカー、レーン1:MVA−mBN31を感染させた細胞からのRNAを用いたRT−PCR、レーン2:ゲノム中にNS1遺伝子を含む異なる組換えMVAを感染させた細胞からのRNAを用いたRT−PCR、レーン3:MVA−BNを感染させた細胞からのRNAを用いたRT−PCR、レーン4:mBN31を感染させた細胞からのRNAを用いたPCR(逆転写酵素の添加なし)、レーン5:ゲノム中にNS1遺伝子を含む、異なる組換えMVAを感染させた細胞からのRNAを用いたPCR(逆転写酵素の添加なし)、レーン6:MVA−BNを感染させた細胞からのRNAを用いたPCR(逆転写酵素の添加なし)、レーン7:プラスミドpBN71を用いたアッセイ(ポジティブコントロール(positive control))、レーン2:核酸の添加なしでのアッセイ(ネガティブコントロール(negative control))。
【0045】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。しかしながら当業者は、これらの実施例が、決して本発明によって提供される技術の適用範囲を限定するものではないことを十分に理解している。
【実施例】
【0046】
(MVAゲノムの単一部位において牛痘ウイルスATIプロモーターにより制御される2つの外来遺伝子の安定的挿入)
この実施例の目的は、両方ともATIプロモーターによって制御される2つの外来遺伝子の挿入が安定だということを明らかにすることであった。
【0047】
(要約)
以下の実施例は、ウイルスゲノム中にATIプロモーターのコピーを2つ含む組換えMVAの安定性を明らかにする。この目的を達成するために牛痘ATIプロモーターをGUS遺伝子(大腸菌β−グルクロニダーゼ)とデングウイルスの非構造(NS)1遺伝子とにそれぞれ融合させた。比較のために、GUS遺伝子は、元来存在しているワクシニアウイルスpr7.5プロモーターとも融合させた。ATIプロモーター−NS1遺伝子発現カセットおよびATIプロモーター−GUS遺伝子発現カセットまたはp7.5プロモーター−GUS遺伝子発現カセットを、MVAゲノムと相同な配列を含む組換えベクターに挿入した(図1および図2)。結果として得られたプラスミドpBN70(ATIプロモーター−NS1遺伝子発現カセットおよびATIプロモーター−GUS遺伝子発現カセット)およびpBN71(ATIプロモーター−NS1遺伝子発現カセットおよびp7.5プロモーター−GUS遺伝子発現カセット)において発現カセットは、発現カセットを挿入しようとするMVAゲノム中の配列に相同な配列と隣接している。相同配列により発現カセットのMVAゲノムの136−137遺伝子間領域(IGR)への挿入が導かれる。CEF細胞にMVA−BNを感染させ、それぞれpBN70およびpBN71をトランスフェクトした。この細胞では、MVAゲノムと組換えプラスミドとの間で相同組換えが起こった結果、組換えMVAゲノムが生じた。組換え体は数回のプラーク精製を行った後、CEF細胞で継代した(継代の総数はプラーク精製を含めて20回)。組換え体は、安定性、挿入遺伝子の発現、2つのプロモーターの2つの異なる構成を含む組換えMVAコンストラクトの配列について試験を行った。配列の解析、PCRおよび機能の試験の結果、組換え断片が正確に挿入され、ATIプロモーターが2回ゲノム中に挿入されている場合でも、挿入が安定であることおよび機能していることが示された。
【0048】
(材料および装置)
初代CEF細胞、10 TCID50/mlの力価を有するMVA−BN、エフェクテントランスフェクションキット(Effectene transfection kit(Qiagen))、VP−SFM細胞培養培地(Gibco BRL)、G418(Gibco BRL)、DNAヌクレオスピンブラッドクイックピュアキット(DNA Nucleospin Blood Quick Pure Kit(Macherey Nagel))、トリプルマスターDNAポリメラーゼ(Eppendorf)、オリゴヌクレオチド(Oligos(MWG))、塩基配列決定DCTSクイックスタートキット(Beckman Coulter)。
【0049】
(方法)
組換えベクターpBN70およびpBN71(図1および図2)は当業者によって知られている標準的な手順によりクローニングした。
【0050】
6穴プレートのウェルで行われるトランスフェクション反応1つにつき5×10個のCEF細胞を播種し、VP−SFM中37℃および5%COで一晩維持した。1ウェルにつき0.5mlのVP−SFM中で、細胞にMVA−BN(MOI 0.1)を感染させ、振盪機上、室温で、1時間インキュベートした。トランスフェクションは製造者の実験手順書(Qiagen)に記載されているとおりに行った。
【0051】
その結果得られた組換えウイルスは、選択的条件(G418、300μg/ml)下で何回か継代し、精製クローンが生成されるまで、単一プラークを単離、増幅および解析した。
【0052】
(結果)
・ 組換えウイルスの構築
2つの異なるプロモーターの組み合わせ(ATI−NS1/ATI−GUSまたはATI−NS1/p7.5−GUS)の下で、NS1−およびGUS−配列を発現する、2つの組換えMVAを作製した。これらの配列を当業者に知られている方法により、選択カセットIRES/EGFP(内部リボソームエントリー部位/強化緑色蛍光タンパク質(enhanced green fluorescence protein))とともにMVAゲノムの136−137IGR(MVAゲノムのORF A136LとA137Lの間の遺伝子間領域)部位に挿入した。これらのウイルスは選択的条件下で、20回精製および継代を行った。両方の組換えMVAを未精製ストックスケール(crude stock scale)まで増幅した(1x175cm bottle)。この実施例のATIプロモーター配列はSEQ ID NO:1の配列と一致する。
【0053】
・EGFPコード領域の発現
IGR136−137に挿入した試験遺伝子の機能性を測定するために、継代の間蛍光を観察した。もし挿入した遺伝子がこの部位で機能しない場合には、EGFPの発現は検出されない。MVA−mBN30とMVA−mBN31を感染させたBHKでは、136−137IGRに挿入された遺伝子の転写がはっきりと見られた。
【0054】
3.MVA−mBN30とMVA−mBN31の136−137IGRのPCR解析
IGR136−137における空ベクターのコンタミネーションの可能性を排除するために、および、ウイルスゲノムが期待する長さの挿入を含むかどうか調べるために、PCR解析を行った。この目的を達成するために、挿入部位に隣接する領域で結合するプライマーを用いた。フランク1(flank1)および2部位で結合するプライマーに対して期待されるPCRバンドは(i)組換えMVA−mBN30では3.4kb、(ii)組換えMVA−mBN31では3.5kbおよび(iii)空のベクターMVA−BNでは212bpである。期待される長さのバンドがMVA−mBN30およびMVA−mBN31において確認され、これにより組換え体が正確なゲノム構造をもつことが示された。野生型ウイルスは、試験されたMVA−mBN30またはMVA−mBN31DNA調整物中どちらでも確認されなかった。さらに空のベクターコントロール(control)MVA−BN(空ベクター)の場合は、両方の組換えMVAにおいて期待される212bpの生成物であった。ネガティブコントロール(negative control)ではシグナルは検出されなかった。従って、選択圧により、組換えベクターを空ベクターMVA−BNから効果的に選択および分離することができた。
【0055】
4.136−137領域の塩基配列決定
塩基配列決定の結果より、mBN31およびmBN30プロモーターおよびGUSが塩基対の変化なしにIGR136−137部位に挿入されたことが示された。mBN30のNS1でも塩基対配列中に変化は見られなかった。mBN31ではNS1の塩基対配列中に4つの点突然変異があった(1315番目:Gに代わってC、1582番目:Aに代わってG、1961番目:Cに代わってA、1963番目:Tに代わってG)。それらのうち2つは(1582および1963番目)アミノ酸置換を生じなかった。この塩基配列決定の結果から、これらの重要でない小さな変化にかかわりなく、両組換え体、mBN31およびmBN30が完全なNS1配列を含むことが明らかである。さらに、この塩基配列決定データから、NS1遺伝子が2つのATIプロモーターを含む組換えmBN30に安定して含まれていると結論することができる。この実験により、2つの同一のATIプロモーター配列がウイルスゲノム中に含まれていても、組換え体が安定であることが明らかとなった。
【0056】
5.組換え体mBN30およびmBN31におけるNS1遺伝子およびGUS遺伝子の発現解析
上記のPCRおよび配列データにより、NS1遺伝子とGUS遺伝子が、組換え体MVA−mBN30および31のゲノム中に含まれていることが明らかとなった。これらの遺伝子がウイルスゲノムから発現されているかどうか調べるために、NS1領域のRT−PCRおよび生成されるGUSタンパク質の機能の試験および定量化を行った。
【0057】
5.1 NS1領域のRT−PCR
この実験は、IGR136−137部位に挿入されるNS1遺伝子を含む組換えMVA−mBN30およびmBN31が、mRNAとしてNS1を機能的に発現するかどうかを明らかにするために行った。BHK細胞にウイルスMVA−mBN30およびmBN31をそれぞれ感染させた。RNAをこれらの細胞から単離してRT−PCRアッセイに用いた。この結果より、感染させたBHK細胞においてNS1が両方のウイルスより発現していることが明らかである。逆転写の段階を省略した場合にPCRシグナルが検出されなかったため、ウイルスDNAのコンタミネーションは排除することができた。水のコントロール(control)では陰性であり、両ウイルスのプラスミドポジティブコントロール(positive control)では明確なPCRバンドが見られた(図3)。
【0058】
・GUS活性測定
20回継代後のMVA−mBN30およびmBN31に挿入されたGUSの発現を明らかにするために、GUS活性を定量的に測定した。表1より、両組換えウイルスにおいてGUSが発現していることが明確に示されたが、挿入のないMVA−BNではGUS発現は計測できなかった。
【0059】
【表1】

【0060】
20回継代後のMVA−mBN30、MVA−mBN31およびMVA−BNにおけるGUS活性の測定。MVA−mBN30およびMVA−mBN31は全体で20回継代した。細胞に両組換えウイルスを感染させ、24時間後に溶解緩衝液中に回収した。GUS活性は当業者により知られている方法により測定した。活性の値は415nmにおける吸光度により測定した。0.05未満および2.0より大きい値は範囲外とした。
【0061】
(判定基準)
・IGR136−137のPCR解析
ネガティブコントロール(negative control)のレーンにはバンドが観察されず、ポジティブコントロール(positive control)において期待される大きさのバンドのみが観察される。MVA−BNでは212bpの断片が期待される。
・領域136−137の塩基配列決定およびPCR
プライマーを用いたウイルスのターゲットDNAのPCR増幅では、期待される長さの単一断片が現れる。配列が会合する結果として、期待する長さの二本鎖DNA断片に相当する1つの連続的な配列が生じる。突然変異がこの領域で生じていない場合でも、短い一本鎖の伸張は許容される。さらに、連続的な配列の末端はPCR増幅産物の不均一な性質のため、一本鎖だけは許容される。試験サンプルの配列は参照配列またはそれぞれのデータベース配列に対して97%以上の相同性を示す。
・NS1のRT−PCR
ネガティブコントロール(negative control)のレーンではバンドは観察されず、ポジティブコントロール(positive control)において期待される大きさのバンドのみが観察される。pBN71では909bp断片およびpBN70では907bp断片が期待される。
【0062】
(結論)
選択的条件下で20回継代後、136−137IGRのPCR解析では、空ベクターのMVA−mBN31(ATI−NS1/p7.5−GUS)またはMVA−mBN30(ATI−NS1/ATI−GUS)へのコンタミネーションは見られなかった。MVA−mBN30ではATI部位で相同組換えが起こらなかったことがPCRにより明らかになった。MVA−mBN30とMVA−mBN31を(1)ストックに空のベクターが含まれてないこと、および両遺伝子が両方とも同じプロモーター下であっても同じIGR部位中にまだ挿入されていることを明らかにするための確定的なPCR(mBN30において)、(2)塩基配列が変化していないことを明らかにするための領域の塩基配列決定、および(3)定量的GUSアッセイによるGUSの機能的発現およびNS1のRT−PCR、により調べた。上記研究の結果は、同じプロモーターの制御下にある同じIGRで2つの異なる遺伝子を二重に挿入しても、高い継代数のあとでもプロモーター部位での組換えは起こらないことを示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】組換えベクターpBN70の概要を示す。
【図2】組換えベクターpBN71の概要を示す。
【図3】MVA−mBN30(図3A)またはMVA−mBN31(図3B)を感染させた細胞における、NS1遺伝子の発現を測定するためのRT−PCRアッセイの結果を示す。
【配列表】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスゲノム中にそれぞれが牛痘ATIプロモーターまたはその誘導体およびコード配列を含む、少なくとも2つの発現カセットを含む組換えポックスウイルスであって、そのコード配列の発現が前記プロモーターまたはその誘導体によって調節されていることを特徴とする、上記組換えポックスウイルス。
【請求項2】
少なくとも2つの発現カセットがポックスウイルスゲノム中の同じ挿入部位に挿入されている、請求項1記載の組換えポックスウイルス。
【請求項3】
少なくとも1つの発現カセットにおいて、ATIプロモーターがSEQ ID NO:1の配列をもつ、請求項1または2のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項4】
少なくとも1つの発現カセットにおけるATIプロモーターが
(i)SEQ ID NO:1による配列のサブ配列および 、
(ii)SEQ ID NO:1による配列またはそのサブ配列に対して、1つ以上のヌクレオチド置換、ヌクレオチド欠失および/またはヌクレオチド挿入を有する配列から選択され、その際当該サブ配列および配列がポックスウイルス中でプロモーターとして依然として活性を有する、ATIプロモーター誘導体である、請求項1または2のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項5】
ポックスウイルスがオルトポックスウイルス属(orthopoxviruses)およびアヴィポックスウイルス属(avipoxviruses)を含む分類群より選択される、請求項1から4のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項6】
オルトポックスウイルス(orthopoxvirus)がワクシニアウイルスであり、アヴィポックスウイルス(avipoxvirus)がカナリアポックスウイルス(canarypoxvirus)および鶏痘ポックスウイルス(fowlpoxvirus)から選択される、請求項5記載の組換えポックスウイルス。
【請求項7】
ワクシニアウイルスが改変ワクシニアウイルス株アンカラ(modified vaccinia virus strain Ankara(MVA))であり、特に、ヨーロピアン・コレクション・オブ・アニマル・セル・カルチャーズ(ECACC)にそれぞれ、番号V00083008およびV00120707として寄託されているMVA−BNおよびMVA575である、請求項6記載の組換えポックスウイルス。
【請求項8】
少なくとも1つの発現カセットが、ワクシニアウイルスコペンハーゲン株のゲノムに対して、MVAゲノムで元来より欠失している部位に挿入されている、請求項7記載の組換えポックスウイルス。
【請求項9】
少なくとも1つの発現カセットがポックスウイルスゲノムの遺伝子間領域に挿入されている請求項1から8のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項10】
少なくとも1つのコード配列が少なくとも1つの抗原、抗原エピトープ、および/または治療化合物をコードする、請求項1から9のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項11】
ワクチンまたは医薬としての、請求項1から10のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項12】
請求項1から10のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルスを含むワクチンまたは薬学的調合物。
【請求項13】
ワクチンまたは医薬の製造のために、請求項1から10のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルスを使用する方法。
【請求項14】
標的細胞中にコード配列を導入する方法であって、標的細胞に請求項1から10のいずれか1つに記載のウイルスを感染させることを含む、上記導入する方法。
【請求項15】
ペプチド、タンパク質および/またはウイルスの製造方法であって、
a)宿主細胞に請求項1から10のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルスを感染させる工程と、
b)感染した宿主細胞を適当な条件下で培養する工程と、
c)この宿主細胞が産生したペプチドおよび/またはタンパク質および/またはウイルスを単離および/または濃縮する工程と、
を含む、上記製造方法。
【請求項16】
ヒトを含む動物生体における免疫応答に影響を与える、好ましくは免疫応答を誘導する方法であって、処置すべき動物またはヒトに、請求項1から10のいずれか1つに記載のウイルス、または請求項12に記載の調合物もしくはワクチンを投与する工程を含む、上記方法。
【請求項17】
少なくとも10 TCID50(50%組織培養感染量)のウイルスを投与する工程を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
請求項1から10のいずれか1つに記載のウイルスを含んでいる細胞
【請求項19】
請求項1から10のいずれか1つに記載の組換えウイルスの産生方法であって、ポックスウイルスのゲノム中に少なくとも2つの発現カセットを挿入する工程を含む、上記方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスゲノム中に、それぞれが牛痘ATIプロモーターまたはその誘導体または前記ATIプロモーターのサブ配列またはその誘導体およびコード配列を含む発現カセットを、少なくとも2つ含む組換えポックスウイルスであって、そのコード配列の発現が前記プロモーター、誘導体またはサブ配列によって制御されていて、前記牛痘ATIプロモーターの誘導体がSEQ ID NO:1の配列と比較した場合に少なくとも60%の相同性を有する配列、および/またはSEQ ID NO:1での置換、欠失および/または挿入が多くても6ヌクレオチドである配列であり、前記牛痘ATIプロモーターのサブ配列がSEQ ID NO:1の配列の少なくとも10ヌクレオチドの長さを有し、そして前記プロモーター、誘導体またはサブ配列がプロモーターとして活性であるという生物学的活性を有することを特徴とする、上記組換えポックスウイルス。
【請求項2】
プロモーター、誘導体またはサブ配列がワクシニアウイルス後期プロモーターとして活性であるという生物学的活性を有する、請求項1記載の組換えポックスウイルス。
【請求項3】
プロモーター、誘導体またはサブ配列がSEQ ID NO:1の25番目から29番目または22番目から29番目のヌクレオチドを含む、請求項1または2のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項4】
組換えポックスウイルス中のプロモーター、誘導体またはサブ配列が同一である、請求項1から3のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項5】
少なくとも2つの発現カセットがポックスウイルスゲノム中の同一の挿入部位に挿入されている、請求項1から4のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項6】
少なくとも1つの発現カセットにおいて、プロモーターがSEQ ID NO:1の配列をもつ、請求項1から5のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項7】
少なくとも1つの発現カセットにおけるプロモーターが、ATIプロモーターの誘導体またはATIプロモーターのサブ配列またはその誘導体である、請求項1から6のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項8】
ポックスウイルスがオルトポックスウイルス属(orthopoxviruses)およびアヴィポックスウイルス属(avipoxviruses)を含む分類群より選択される、請求項1から7のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項9】
オルトポックスウイルス(orthopoxvirus)がワクシニアウイルスであり、アヴィポックスウイルス(avipoxvirus)がカナリアポックスウイルス(canarypoxvirus)および鶏痘ポックスウイルス(fowlpoxvirus)から選択される、請求項8記載の組換えポックスウイルス。
【請求項10】
ワクシニアウイルスが改変ワクシニアウイルス株アンカラ(modified vaccinia virus strain Ankara(MVA))であり、特に、ヨーロピアン・コレクション・オブ・アニマル・セル・カルチャーズ(ECACC)にそれぞれ、番号V00083008およびV00120707として寄託されているMVA−BNおよびMVA575である、請求項9記載の組換えポックスウイルス。
【請求項11】
少なくとも1つの発現カセットが、ワクシニアウイルスコペンハーゲン株のゲノムに対して、MVAゲノムで元来より欠失している部位に挿入されている、請求項10記載の組換えポックスウイルス。
【請求項12】
少なくとも1つの発現カセットがポックスウイルスゲノムの遺伝子間領域に挿入されている請求項1から11のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項13】
少なくとも1つのコード配列が少なくとも1つの抗原、抗原エピトープ、および/または治療化合物をコードする、請求項1から12のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項14】
ワクチンまたは医薬としての、請求項1から13のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルス。
【請求項15】
請求項1から13のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルスを含むワクチンまたは薬学的調合物。
【請求項16】
ワクチンまたは医薬の製造のために、請求項1から13のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルスを使用する方法。
【請求項17】
標的細胞中にコード配列を導入する方法であって、標的細胞に請求項1から13のいずれか1つに記載のウイルスを感染させることを含む、上記導入する方法
【請求項18】
ペプチド、タンパク質および/またはウイルスの製造方法であって、
a)宿主細胞に請求項1から13のいずれか1つに記載の組換えポックスウイルスを感染させる工程と、
b)感染した宿主細胞を適当な条件下で培養する工程と、
c)この宿主細胞が生成したペプチドおよび/またはタンパク質および/またはウイルスを単離および/または濃縮する工程と、
を含む、上記製造方法。
【請求項19】
ヒトを含む動物生体における免疫応答に影響を与える、好ましくは免疫応答を誘導する方法であって、処置すべき動物またはヒトに、請求項1から13のいずれか1つに記載のウイルス、または請求項15に記載の調合物もしくはワクチンを投与する工程を含む、上記方法。
【請求項20】
少なくとも10 TCID50(50%組織培養感染量)のウイルスを投与する工程を含む、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
請求項1から13のいずれか1つに記載のウイルスを含んでいる細胞
【請求項22】
請求項1から13のいずれか1つに記載の組換えウイルスの生成方法であって、ポックスウイルスのゲノム中に少なくとも2つの発現カセットを挿入する工程を含む、上記方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2006−515170(P2006−515170A)
【公表日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−554335(P2004−554335)
【出願日】平成15年11月12日(2003.11.12)
【国際出願番号】PCT/EP2003/012610
【国際公開番号】WO2004/048582
【国際公開日】平成16年6月10日(2004.6.10)
【出願人】(502240076)バヴァリアン・ノルディック・アクティーゼルスカブ (18)
【Fターム(参考)】