説明

尿素合成プラント用減圧弁

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は尿素合成プロセスにおいて腐食およびキャビテーションエロージョンを受けやすい部位である減圧弁の新規な構成に関する。
【0002】
【従来の技術】尿素合成プロセスは高温高圧の腐食性の高いプロセス流体を取扱うものであり、使用される構造材料の腐食が従来より問題にされてきた。特に、尿素合成後の未反応のアンモニアおよび炭酸ガスを分離するため、温度150 〜230 ℃のプロセス流体の圧力を150 〜280 気圧から数10気圧に低減させる減圧弁や、反応中間体であるカーバメイト流体を循環させるラインに用いられている減圧弁では、従来より、ステンレス鋼またはジルコニウムおよびジルコニウム合金が使用されているが、これらの材料では、キャビテーションエロージョンが腐食に重畳し、減圧弁材料の損傷を加速し、短期間にその機能を失わさせている。その結果、尿素合成プラントの長期安定運転を困難にしている。図1は、尿素合成プラント用減圧弁の断面図で、図中符号1は減圧弁本体である。この減圧弁は、減圧弁本体1と、プラグ3と、シートリング5から構成され、入口2より入った高温高圧のプロセス流体が、プラグ3の先端部4とシートリング5により囲まれた狭部6を通過することによって減圧される仕組みである。そしてこの減圧の際、先端部4及びシートリング5の内面は高速のプロセス流体にさらされることにより、腐食に加えて、キャビテーションエロージョンを受け、通常図中斜線で示した箇所において著しい減肉を生じる。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】減圧弁用材料としてステンレス鋼は、耐キャビテーションエロージョン特性が良く、耐食性がかなり良好であるため、実用に供されてきたが、尿素プラントの長期安定運転を考えた場合、後述の比較例2に示すように耐食性が充分であるとは言えず、使用中の腐食により減肉し、短期間のうちに減圧弁の機能を果たさなくなるといった問題があった。一方、ジルコニウムおよびジルコニウム合金も、尿素合成条件下で高い耐食性を示すため、実用に供されてきた。しかしながら、これらジルコニウムおよびジルコニウム合金の、JIS 2243で知られるブリネル硬度は150maxと低く、減圧弁材料として長期間使用する場合には、後述の比較例6に示すようにキャビテーションエロージョンにより減肉し、短期間のうちに、減圧弁としての機能を果たさなくなるといった問題があった。これらの材料面の問題点は、尿素プラントの長期連続運転を実現する上で解決すべき必須の事柄である。また、尿素合成プロセスは、150 〜230 ℃、150 〜280 気圧の高温高圧下で操業されるプロセスであることから、運転条件の変動等により、予期せざる損傷を受ける可能性があることから、安全に操業を続ける上にも必須の事柄である。本発明の目的は、尿素合成プロセスにおいて腐食およびキャビテーションエロージョンを受けやすい部位、特に、減圧弁として耐キャビテーションエロージョン特性、耐食性が良好な材料を使用することにより、減圧弁の損傷を防止し、尿素プラントの安全運転を可能にするとともに、長期にわたる連続運転を可能にすることである。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者等は、上記目的を達成すべく、尿素合成プロセスに使用される減圧弁の減肉を防止するために必要な高い耐食性と耐キャビテーションエロージョン特性を持った材料を鋭意探索した結果、ある組成を持った窒化クロムがこの種の材料として好適であること、そしてこの窒化クロムを基材の表面に被覆することにより減圧弁材料として充分な性能を発揮することを見出した。さらに、金属クロム以外の金属材料を基材として使用する場合には窒化クロムを被覆する前処理としてクロム拡散浸透処理をすることにより、基材の耐食性を向上させ、このことがクロム拡散浸透処理面に被覆した窒化クロム被膜の剥離防止に有効であることを見出し、本発明を完成するに到った。即ち本発明は、尿素合成プロセスにおいて腐食およびキャビテーションエロージョンを受けやすい減圧弁を窒化クロム材で構成した尿素合成プラント用減圧弁、および金属クロム以外の金属材料を基材として使用する場合に、クロム拡散浸透処理した金属材を窒化クロムで被覆したものにより構成した尿素合成プラント用減圧弁に関する。
【0005】本発明において、窒化クロムとは、CrN-Cr2N-Cr 系から構成される化合物で、CrN の含有率が60%以上100 %以下の組成を持つものを意味する。これらの組成含有率は、薄膜X線回折分析により得られた強度ピーク比率を示したものである。また、本発明において、減圧弁を窒化クロム材で構成するとは、構造的に減圧弁全体を窒化クロム材で製作することを意味するが、特に腐食およびキャビテーションエロージョンを受けやすい減圧弁の要部、即ち前述した図1中斜線で示す、高温高圧の腐食性の高いプロセス流体と接触する箇所のみに窒化クロム材を適用し、プロセス流体と接触しない箇所には適用しない減圧弁も本発明の範疇に含まれる。また、本発明において減圧弁を窒化クロム材により構成する場合は、減圧弁を窒化クロム単体で形成する場合、および窒化クロムを窒化法および物理蒸着法などの表面処理方法によって金属およびセラミックス等の基材表面を窒化クロム被覆された被覆材で形成する場合、および金属基材表面をクロム拡散浸透処理により改質した後、物理蒸着法により窒化クロム被覆された被覆材で形成する場合をいう。本発明において、上記クロム拡散浸透処理とは、JIS 鉄鋼熱処理用語によれば、クロマイジングと別称され、「鉄鋼の耐食性を増加させるため、高温で鉄鋼の表面にクロムを拡散させる操作」と定義されている手段をいう。また、本発明に用いる窒化クロムは、物理蒸着法では従来技術である反応性イオンプレーティング法により、また窒化法ではイオン窒化法またはガス窒化法にて金属クロムを窒化することにより得られる。尚、基材が金属クロムの場合、窒化法であるイオン窒化法等により、減圧下、窒化温度好ましくは700 〜1000℃の条件の下、金属クロム表面に窒化クロム層を形成させることができる。この場合の層の厚さは、通常50μm 以下とする。一方、基材がステンレス鋼、セラミックスなど、金属クロム以外の場合には、窒化法による基材表面への窒化クロム被覆は困難であり、この場合、物理蒸着法である反応性イオンプレーティング法を用いる必要がある。まず窒化クロム被覆の前処理として拡散浸透処理をしない場合について説明すると、この場合の成膜条件は、減圧下、成膜温度350 〜550 ℃であり、皮膜の厚みは通常10〜50μm がよい。これは、後述する実施例1および3からも明らかなように、皮膜の厚みが10μm 以上であれば、ピンホールの発生率が低下するため、皮膜の剥離を生じないのに対し、比較例3に示す如く皮膜が10μm 未満になると、ピンホールの発生率が高くなってアンモニウムカーバメートを含む腐食性の強い尿素溶液の場合、図2に示した概念図のように貫通したピンホール11から尿素液が侵入して、基材13に腐食による空孔14が形成され、皮膜12が基材13の腐食によって剥離し、基材を大きく腐食させる。また、皮膜の厚さが50μm を越えると比較例4に示す如く、膜の内部応力で皮膜が自己崩壊することがある。以上説明したように、窒化クロム被覆の前処理としてクロム拡散浸透処理をしない場合であっても充分課題を解決することができるが、基材が金属クロム以外の材料では被覆した窒化クロム皮膜中での貫通ピンホールを無くすため、窒化クロム皮膜の厚みを10μm 以上とするとともに、被覆部の皮膜に貫通ピンホールおよび割れがないことを綿密に時間をかけて検査する必要がある。
【0006】次に、被覆部の皮膜に貫通ピンホールおよび割れがないことを綿密に時間をかけて検査する必要のない窒化クロム被覆の前処理としてクロム拡散浸透処理をした場合について説明する。前述のように、基材として金属クロム以外の金属を使用し、クロム拡散浸透処理をしない場合には、基材の腐食によって被覆された窒化クロム皮膜が剥離することがあることは、前述の通りである。このような皮膜剥離は、基材の耐食性が充分でないために、皮膜の微小な貫通欠陥を通して基材が腐食されることが直接の原因となっており、従って、基材の耐食性をさらに向上させることが皮膜剥離の防止に有効である。尿素合成環境中において、材料の耐食性を向上させる因子の一つとして材料中に含まれるクロム濃度があり、クロム濃度の増加とともに材料の耐食性が向上することが知られているが、クロム濃度の上昇とともに、材料の加工性、靭性が悪くなることも事実であり、ある一定量を超えたクロム含有設計はできなくなるのが現状である。そこで本発明者らは、図3に示したように基材13の表面にクロム拡散浸透処理を施して高クロム合金層16を形成することにより基材13表面の耐食性を高め、さらにその上に窒化クロムを被覆することにより窒化クロム皮膜12中に微小な貫通欠陥11があっても容易に皮膜剥離を生じない高耐食性、高耐キャビテーション性の減圧弁を製作することができた。その結果、被覆材を使用する前のピンホール検査は簡素化でき、製品の歩留まりは飛躍的に向上することも可能となった。この場合、クロム拡散浸透処理による高クロム合金層および反応性イオンプレーティング法による窒化クロムの最小厚さは、後述する実施例4より明らかなように、それぞれ5および3μm 以上が好ましく、最大厚さは高クロム合金層の割れ、および窒化クロム皮膜の自己崩壊を考慮して、いずれの場合も50μm 以下が好ましい(実施例5参照)。
【0007】
【発明の効果】本発明の尿素合成プラント用減圧弁は、窒化クロム材で構成されているので、耐食性および耐キャビテーションエロージョン性が極めて高いものとなる。その結果、減圧弁の寿命が延び、尿素プラントの安全な長期連続運転が可能となり、運転効率も著しく向上した。また、本発明の尿素合成プラント用減圧弁のうち、クロム拡散浸透処理後の金属基材に窒化クロム材を被覆したものは、初期貫通欠陥に起因する皮膜剥離を防止することが可能となり、その結果、被覆材を使用する前のピンホール検査が簡素化され、製品の歩留まりを飛躍的に向上することも可能となった。即ち、上記本発明の効果は、アンモニアと炭酸ガスを原料とする尿素合成プラントの、高温高圧の高腐食性プロセス流体と接触する減圧弁表面に、窒化クロムを適用することにより得られるものである。
【0008】
【実施例】以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
〔耐食性の評価〕
実施例150mm×50mm×厚み4mmの形状を持つステンレス鋼材を用い、その表面にクロム拡散浸透処理を施さず、直接、反応性イオンプレーティング法により窒化クロム(CrN :100 %)を10μm の膜厚で被覆して試験片とした。次にこの試験片を、温度150 〜230 ℃、圧力150 〜280 気圧の条件下で、尿素、アンモニア、炭酸ガスおよびアンモニアカーバメートなどからなるプロセス流体が存在する運転中の尿素合成塔内に1年間挿入し、窒化クロムの耐食性を調べた。結果を表1に示す。
実施例2窒化クロムの種類を、CrN :60%、(Cr2N+Cr):40%のものに変えた他は実施例1と同様の試験片仕様であり、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
実施例3窒化クロムの被覆膜厚を50μm とした他は実施例1と同様の試験片仕様であり、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
比較例1窒化クロムの種類を、CrN :30%、(Cr2N+Cr):70%のものに変えた他は実施例1と同様の試験片仕様であり、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
比較例2実施例1で用いたのと同様のステンレス鋼材を窒化クロム皮膜を被覆することなくそのまま用いて試験片とし、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
比較例3窒化クロムの被覆膜厚を3μm とした他は実施例1と同様の試験片仕様であり、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
比較例4窒化クロムの被覆膜厚を60μm とした他は実施例1と同様の試験片仕様であり、実施例1と同様にして耐食性を調べようとしたが、皮膜に割れが認められ、その後の評価は行わなかった。
実施例4実施例1で用いたのと同様のステンレス鋼材に、前処理として厚さ5μm となるクロム拡散浸透処理を施した後、反応性イオンプレーティング法により窒化クロム(CrN :100 %)を3μm の膜厚で被覆して試験片とし、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
実施例5実施例1で用いたのと同様のステンレス鋼材に、前処理として厚さ50μm となるクロム拡散浸透処理を施した後、反応性イオンプレーティング法により窒化クロム(CrN :100 %)を50μm の膜厚で被覆して試験片とし、実施例1と同様にして耐食性を調べた。結果を表1に示す。
【0009】
【表1】


【0010】〔耐キャビテーションエロージョン性の評価〕
実施例6上述した実施例1〜5の窒化クロム被覆ステンレス鋼について、耐キャビテーションエロージョン性を調べるため、ASTM規格(G32-77)に準じた対向型のキャビテーションエロージョン加速試験を行ったところ、いずれの試験片も同様の結果を示し、図4のグラフに示すように、重量減はほとんど見られなかった。
比較例5比較例2で用いたステンレス鋼について実施例4と同様の試験を行った結果、図4のグラフに示すように、実施例4の場合に比し重量減が見られた。
比較例6ステンレス鋼に変えてジルコニウムを用いた以外は比較例5と同様の試験を行った結果、図4のグラフに示すように、顕著に重量減が見られた。
【図面の簡単な説明】
【図1】 尿素合成プラント用減圧弁の断面図である。
【図2】 (a) 〜(c) は、貫通欠陥(ピンホール)からの腐食過程を説明するための概念図である。
【図3】 基材に前処理としてクロム拡散浸透処理を施した後、窒化クロム被覆を施した場合の本発明に係る減圧弁の状態を示す概念図である。
【図4】 窒化クロムの耐キャビテーションエロージョン性を示すグラフである。
【符号の説明】
1:減圧弁本体
2:流体入口
3:プラグ
4:プラグ先端部
5:シートリング
6:プラグ先端部とシートリングに囲まれた狭部
7:流体出口
11:ピンホール
12:皮膜
13:基材
14:腐食による空孔
15:剥離した皮膜
16:高クロム合金層

【特許請求の範囲】
【請求項1】 尿素合成プロセスにおいて腐食およびキャビテーションエロージョンを受けやすい減圧弁を窒化クロム材で構成したことを特徴とする尿素合成プラント用減圧弁。
【請求項2】 減圧弁が、クロム拡散浸透処理した金属基材を窒化クロムで被覆したものにより構成されていることを特徴とする請求項1記載の尿素合成プラント用減圧弁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【特許番号】第2608234号
【登録日】平成9年(1997)2月13日
【発行日】平成9年(1997)5月7日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−34962
【出願日】平成5年(1993)2月24日
【公開番号】特開平6−136516
【公開日】平成6年(1994)5月17日
【出願人】(000222174)東洋エンジニアリング株式会社 (69)
【参考文献】
【文献】特開 昭56−147756(JP,A)
【文献】特開 昭61−257466(JP,A)
【文献】特開 平2−129360(JP,A)
【文献】特開 昭52−19123(JP,A)
【文献】特開 昭59−205469(JP,A)