説明

幹細胞の培地及び培養方法

【課題】ES細胞等の幹細胞の培養に有効な新規方法論及び新規培地を提供する。
【解決手段】ヒトES細胞を含む胚性幹細胞(ES細胞)などの幹細胞が、ROCK阻害剤を含む培地中で培養され、必要に応じて無血清である幹細胞培地が、ROCK阻害剤を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚性幹細胞(ES細胞)等の幹細胞の培養方法、該幹細胞の培地及びそれらの使用を提供する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞は、パーキンソン病等の中枢神経疾患及び糖尿病に対する細胞移植における細胞ソースとして有力な候補である。ES細胞の研究では、現在のところ、マウスES細胞が一般に用いられているが、臨床応用を視野に入れると、ヒトES細胞を用いずに研究及び開発を行うことが必要である。しかしながら、ヒトES細胞は、細胞培養において、マウスES細胞よりも細胞死を起こし易い。
【0003】
例えば、ヒトES細胞の維持培養での植え継ぎでは、フィーダー細胞又は基質から細胞塊を酵素処理又は機械的剥離によって一旦浮遊させ、それをピペッティングにより小細胞塊に分離し、次いで、新しい培養皿に植える。しかし、ヒトES細胞は、通常の細胞株及びマウスES細胞と比較して、不十分な剥離及び分散を経て、多くの細胞は生き残らない。ヒトES細胞は分裂が非常に遅く、分化しやすいことから、未分化性を維持しつつヒトES細胞を培養するためには多くの時間的、人的労力を必要とする上、再現性のある結果を得るには技術的修練が必要とされる。その上、植え継ぎにおける細胞死により回収率が低下することは、ヒトES細胞を用いた研究及び開発での障害となっている。さらに、遺伝子操作過程の際にはヒトES細胞をクローン化する必要があるが、ヒトES細胞を単一細胞に均一的に分散させた場合、細胞死及び増殖停止が非常に起こりやすくなり、ヒトES細胞におけるクローン化効率は、結果として1%以下とされている。
【0004】
さらに、ヒトES細胞を分化させるために、ヒトES細胞をフィーダー細胞から剥離した小細胞塊又は単一細胞として分散し、次いで基質又は特定のフィーダー細胞上に蒔き、分化誘導培地で培養する。この過程は非常に効率が悪い。さらに、胚様体培養法、本発明者らが開発したSFEB(Serum-free Floating culture of EmbryoidBodies-like aggregates)法(国際公開第2005/123902号及びWatanabeら, Nature Neuroscience 8, 288-296 (2005))では、一旦細胞を単一細胞に解離させてから細胞塊を形成させることを要するが、このような方法論をヒトES細胞に適用する場合、多数の細胞が細胞死を起こす。さらに、ヒトES細胞の場合、完全に単一分散させない場合(小細胞塊から培養する場合)であっても高頻度で細胞死が起こるという問題がある-Frischら, Curr. Opin. Cell Biol. 13, 555-562 (2001))。したがって、ヒトES細胞の培養のための改良された方法論の開発が望まれる。
【0005】
Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK:GenBankアクセッション番号:NM_005406)は、Rho GTPaseの主たるエフェクター分子の1つであり、血管収縮及び神経軸索伸展等の生理現象を制御していることが知られている(Rientoら, Nat. Rev. Mol. Cell. Biol. 4, 446-456 (2003))。ROCK阻害剤としては幾つかの化合物が知られている(例、Ishizakiら, Mol. Pharmacol. 57,976-983 (2000)及びNarumiyaら, Methods Enzymol. 325,273-284 (2000))。ROCKの阻害により細胞死が制御されるという少数の報告(Minambresら, J. Cell Sci. 119, 271-282 (2006) 及びKobayashiら, J. Neuros
ci. 24, 3480-3488 (2004))があるものの、ROCKの阻害がアポトーシスを促進するという報告(Rattanら, J. NeurosciRes. 83, 243-255 (2006) 及びSvobodaら, Dev Dyn.229, 579-590 (2004))もあり、アポトーシス制御におけるRho/ROCKの役割は未だ確立されていない(Rientoら, Nat. Rev. Mol. Cell. Biol. 4, 446-456 (2003))。
【0006】
PacaryE.ら, J. Cell Science 119 (13) pp 2667-2678より、CoClが、間葉系幹細胞のニューロンへの分化を誘導することや、ROCK阻害がこの作用を促進することが知られている。しかし、ROCK阻害剤含有培地中でのES細胞等の幹細胞の培養については何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2005/123902号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Watanabeら、Nature Neuroscience 8, 288-296 (2005)
【非特許文献2】Frischら、Curr. Opin. Cell Biol. 13, 555-562 (2001)
【非特許文献3】Rientoら、Nat. Rev. Mol. Cell. Biol. 4, 446-456 (2003)
【非特許文献4】Ishizakiら、Mol. Pharmacol. 57,976-983 (2000)
【非特許文献5】Narumiyaら、Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)
【非特許文献6】Minambresら、J. Cell Sci. 119, 271-282 (2006)
【非特許文献7】Kobayashiら、J. Neurosci. 24, 3480-3488 (2004)
【非特許文献8】Rattanら、J. Neurosci Res. 83, 243-255 (2006)
【非特許文献9】Svobodaら、Dev Dyn. 229, 579-590 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ES細胞等の幹細胞の培養に有効な新規方法論及び新規培地を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、ROCK阻害剤含有培地中で幹細胞を培養することにより、多分化能性幹細胞、特にES、細胞などの幹細胞の生存率、増殖能及び/又は分化効率を改善できることなどを見出した。
【0011】
即ち、本発明は、下記を提供する:
〔1〕培地中で幹細胞をROCK阻害剤で処理する工程を含む、幹細胞の培養方法;
〔2〕幹細胞が胚性幹細胞である、上記〔1〕の方法;
〔3〕幹細胞が霊長類幹細胞である、上記〔1〕又は〔2〕の方法。
〔4〕幹細胞がヒト幹細胞である、上記〔3〕の方法;
〔5〕幹細胞が分散している、上記〔1〕〜〔4〕のいずれかの方法;
〔6〕分散した幹細胞が、単一細胞であるか、又は凝集した幹細胞(即ち、細胞塊を形成している細胞)である、上記〔5〕の方法;
〔7〕幹細胞を分散させる工程、並びに幹細胞をROCK阻害剤で処理する工程を含む、上記〔1〕〜〔6〕のいずれかの方法;
〔8〕幹細胞の分散前に、幹細胞をROCK阻害剤で処理する、上記〔7〕記載の方法;
〔9〕幹細胞の分散後に、幹細胞をROCK阻害剤で処理する、上記〔7〕又は〔8〕記載の方法;
〔10〕ROCK阻害剤が、Y−27632、Fasudil又はH−1152である、上記〔1〕〜〔9〕のいずれかの方法;
〔11〕細胞を接着培養又は浮遊培養で培養する、上記〔1〕〜〔10〕のいずれかの方法;
〔12〕培養方法が継代培養又は分化誘導培養である、上記〔1〕〜〔11〕のいずれかの方法;
〔13〕(a)幹細胞の純化又はクローン化、(b)幹細胞の遺伝子改変株の製造、あるいは(c)浮遊培養による神経細胞の製造のために用いられる、上記〔1〕〜〔12〕のいずれかの方法;
〔14〕神経細胞が前脳神経細胞である、上記〔13〕の方法;
〔15〕ROCK阻害剤の存在下において幹細胞を培養することを含む、生存率及び/又は増殖能が改善された幹細胞あるいは分化効率が向上した幹細胞からの分化細胞の製造方法;
〔16〕幹細胞をROCK阻害剤で処理する方法;
〔17〕幹細胞及びROCK阻害剤を含む、細胞調製物;
〔18〕幹細胞が分散している、上記〔17〕の細胞調製物;
〔19〕ROCK阻害剤を含む、幹細胞の培地;
〔20〕ROCK阻害剤を含む無血清培地;並びに
〔21〕幹細胞及びROCK阻害剤を培地中に含む、培養系。
【0012】
したがって、上記の実施形態は、ROCK阻害剤含有培地において、幹細胞を維持することを含む幹細胞の培養方法、並びにROCK阻害剤含有幹細胞培地に関する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1−1】ROCK阻害剤Y−27632は、それらの多分化能性に影響を与えずにhES細胞(KhES−1)のクローン化効率を顕著に増加させる。(a−c)MEF上で7日間、10μM Y−27632がない場合(a)及びある場合(b)での分散hES細胞の低密度培養。ほとんど全てのコロニーは、ALPに対して陽性だった。バー、500μm。(c)最初に播種したhES細胞の数に対するALP+コロニーの比率(**, P<0.01対コントロール, n=3)。(d−f)Y−27632処理したhES細胞コロニーの、抗Eカドヘリン(d)、抗Oct3/4(e)、及び抗SSEA−4(f)抗体での免疫染色。下段のパネルは核DAPI染色である。バー、100μm。Y−27632処理は、hES細胞のアクチン束形成において大幅な変化を引き起こさなかった(図示せず)。(g)分化しているhES細胞における早期中胚葉マーカーBranchyury及びMeox1のRT−PCR解析。RT(−)、逆転写なしのG3PDH PCR。(h)分化しているES細胞における早期内胚葉マーカーSox17のRT−PCR解析。(i−k)コラーゲンI及びIVで覆われた8ウェルチャンバースライド上の分化しているhES細胞における中胚葉及び内胚葉マーカーに対する免疫染色。(i)多くの分化している細胞における中胚葉マーカーBrachyuryの発現(赤)。DAPIを核染色に用いた(青;c)。バー、10μm。(j)OP9細胞上で12日間培養したhES細胞(Y−27632処理)由来細胞における、平滑筋アクチンの免疫染色(SMA;赤)。核をDAPIで染色した(青)。バー、5μm。(k)6日目のhES細胞由来の上皮シートにおけるHnf3β及びE−カドヘリンの免疫染色。バー、5μm。(l−n)Y−27632の存在下で低密度に維持したhES細胞(30継代)由来の奇形腫形成(100%、n=20)。バー、1cm。細胞をSCIDマウス精巣に両側に接種した(l)。9週間後、奇形腫は、肉眼的な軟骨(白矢印;m、n)及び色素上皮(黒矢印;n)を含む十分分化した組織の混合物を含んだ。
【図1−2】ROCK阻害剤Y−27632は、それらの多分化能性に影響を与えずにhES細胞(KhES−1)のクローン化効率を顕著に増加させる。(a−c)MEF上で7日間、10μM Y−27632がない場合(a)及びある場合(b)での分散hES細胞の低密度培養。ほとんど全てのコロニーは、ALPに対して陽性だった。バー、500μm。(c)最初に播種したhES細胞の数に対するALP+コロニーの比率(**, P<0.01対コントロール, n=3)。(d−f)Y−27632処理したhES細胞コロニーの、抗Eカドヘリン(d)、抗Oct3/4(e)、及び抗SSEA−4(f)抗体での免疫染色。下段のパネルは核DAPI染色である。バー、100μm。Y−27632処理は、hES細胞のアクチン束形成において大幅な変化を引き起こさなかった(図示せず)。(g)分化しているhES細胞における早期中胚葉マーカーBranchyury及びMeox1のRT−PCR解析。RT(−)、逆転写なしのG3PDH PCR。(h)分化しているES細胞における早期内胚葉マーカーSox17のRT−PCR解析。(i−k)コラーゲンI及びIVで覆われた8ウェルチャンバースライド上の分化しているhES細胞における中胚葉及び内胚葉マーカーに対する免疫染色。(i)多くの分化している細胞における中胚葉マーカーBrachyuryの発現(赤)。DAPIを核染色に用いた(青;c)。バー、10μm。(j)OP9細胞上で12日間培養したhES細胞(Y−27632処理)由来細胞における、平滑筋アクチンの免疫染色(SMA;赤)。核をDAPIで染色した(青)。バー、5μm。(k)6日目のhES細胞由来の上皮シートにおけるHnf3β及びE−カドヘリンの免疫染色。バー、5μm。(l−n)Y−27632の存在下で低密度に維持したhES細胞(30継代)由来の奇形腫形成(100%、n=20)。バー、1cm。細胞をSCIDマウス精巣に両側に接種した(l)。9週間後、奇形腫は、肉眼的な軟骨(白矢印;m、n)及び色素上皮(黒矢印;n)を含む十分分化した組織の混合物を含んだ。
【図2−1】Y−27632はhES細胞(KhES−1)のクローン化効率を直接増進する。(a,b)MEF馴化培地におけるマトリゲルコートプレート上のhES細胞の無フィーダー細胞培養。バー、500μm。分散hES細胞からのコロニー形成は、Y−27632により明らかに増進した(b;挿入図、典型的なコロニーの高倍率視野;バー、100μm)一方で、その欠如下ではコロニーはほとんど形成されなかった(a;<0.2%及び10.2±1.2%、それぞれY−27632なし及びあり;P<0.001, n=3)。(c、d)7日間の10μM Y−27632存在下における96ウェルプレートの各ウェルにおけるMEF上での単一hES細胞の培養。(c)各ウェルにおけるALP+コロニー(d)の存在の割合(**, P<0.01 対コントロール、n=3調査)。コントロール、非処理細胞。バー、100μm。(e、f)トランスフェクションの12日後のMEF上での低密度分散培養におけるY−27632処理hES細胞からのハイグロマイシン耐性コロニーの形成。バー、100μm。(e)位相差視野。(f)Venus−GFP発現。(g)Y−27632処理の異なる時間経過で、MEF上で培養したhES細胞の増殖曲線。1群(青)、最初の12時間のみY−27632処理(1時間の前処理を伴う);2群(赤)、全培養期間の間連続的にY−27632処理;Y−27632なし、Y−27632処理を全く行わなかった(紫)。各条件について、5×10分散細胞/ウェル(6ウェルプレート)をMEF上に蒔いた。**, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。(h)3及び5日目の、1群(青)及び2群(赤)のNanog+ hES細胞におけるKi67+(有糸分裂)細胞の割合。(i−n)細胞周期特異的集団のフローサイトメトリー解析。(i、j、l、m)フローサイトメトリーパターン。X軸、7−AAD結合によりDNA含量を示す;Y軸、1時間の曝露後のBrdU取り込み。(k、n)1群(青)及び2群(赤)におけるhES細胞の中の期特異的集団の相対的割合。(i−k)3日目。(l−n)5日目。*, P<0.05; **, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。細胞増殖における増加の程度は、非常に大きくはないが、クローン化効率の強い増加(1%対27%)を説明できない。
【図2−2】Y−27632はhES細胞(KhES−1)のクローン化効率を直接増進する。(a,b)MEF馴化培地におけるマトリゲルコートプレート上のhES細胞の無フィーダー細胞培養。バー、500μm。分散hES細胞からのコロニー形成は、Y−27632により明らかに増進した(b;挿入図、典型的なコロニーの高倍率視野;バー、100μm)一方で、その欠如下ではコロニーはほとんど形成されなかった(a;<0.2%及び10.2±1.2%、それぞれY−27632なし及びあり;P<0.001, n=3)。(c、d)7日間の10μM Y−27632存在下における96ウェルプレートの各ウェルにおけるMEF上での単一hES細胞の培養。(c)各ウェルにおけるALP+コロニー(d)の存在の割合(**, P<0.01 対コントロール、n=3調査)。コントロール、非処理細胞。バー、100μm。(e、f)トランスフェクションの12日後のMEF上での低密度分散培養におけるY−27632処理hES細胞からのハイグロマイシン耐性コロニーの形成。バー、100μm。(e)位相差視野。(f)Venus−GFP発現。(g)Y−27632処理の異なる時間経過で、MEF上で培養したhES細胞の増殖曲線。1群(青)、最初の12時間のみY−27632処理(1時間の前処理を伴う);2群(赤)、全培養期間の間連続的にY−27632処理;Y−27632なし、Y−27632処理を全く行わなかった(紫)。各条件について、5×10分散細胞/ウェル(6ウェルプレート)をMEF上に蒔いた。**, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。(h)3及び5日目の、1群(青)及び2群(赤)のNanog+ hES細胞におけるKi67+(有糸分裂)細胞の割合。(i−n)細胞周期特異的集団のフローサイトメトリー解析。(i、j、l、m)フローサイトメトリーパターン。X軸、7−AAD結合によりDNA含量を示す;Y軸、1時間の曝露後のBrdU取り込み。(k、n)1群(青)及び2群(赤)におけるhES細胞の中の期特異的集団の相対的割合。(i−k)3日目。(l−n)5日目。*, P<0.05; **, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。細胞増殖における増加の程度は、非常に大きくはないが、クローン化効率の強い増加(1%対27%)を説明できない。
【図2−3】Y−27632はhES細胞(KhES−1)のクローン化効率を直接増進する。(a,b)MEF馴化培地におけるマトリゲルコートプレート上のhES細胞の無フィーダー細胞培養。バー、500μm。分散hES細胞からのコロニー形成は、Y−27632により明らかに増進した(b;挿入図、典型的なコロニーの高倍率視野;バー、100μm)一方で、その欠如下ではコロニーはほとんど形成されなかった(a;<0.2%及び10.2±1.2%、それぞれY−27632なし及びあり;P<0.001, n=3)。(c、d)7日間の10μM Y−27632存在下における96ウェルプレートの各ウェルにおけるMEF上での単一hES細胞の培養。(c)各ウェルにおけるALP+コロニー(d)の存在の割合(**, P<0.01 対コントロール、n=3調査)。コントロール、非処理細胞。バー、100μm。(e、f)トランスフェクションの12日後のMEF上での低密度分散培養におけるY−27632処理hES細胞からのハイグロマイシン耐性コロニーの形成。バー、100μm。(e)位相差視野。(f)Venus−GFP発現。(g)Y−27632処理の異なる時間経過で、MEF上で培養したhES細胞の増殖曲線。1群(青)、最初の12時間のみY−27632処理(1時間の前処理を伴う);2群(赤)、全培養期間の間連続的にY−27632処理;Y−27632なし、Y−27632処理を全く行わなかった(紫)。各条件について、5×10分散細胞/ウェル(6ウェルプレート)をMEF上に蒔いた。**, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。(h)3及び5日目の、1群(青)及び2群(赤)のNanog+ hES細胞におけるKi67+(有糸分裂)細胞の割合。(i−n)細胞周期特異的集団のフローサイトメトリー解析。(i、j、l、m)フローサイトメトリーパターン。X軸、7−AAD結合によりDNA含量を示す;Y軸、1時間の曝露後のBrdU取り込み。(k、n)1群(青)及び2群(赤)におけるhES細胞の中の期特異的集団の相対的割合。(i−k)3日目。(l−n)5日目。*, P<0.05; **, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。細胞増殖における増加の程度は、非常に大きくはないが、クローン化効率の強い増加(1%対27%)を説明できない。
【図2−4】Y−27632はhES細胞(KhES−1)のクローン化効率を直接増進する。(a,b)MEF馴化培地におけるマトリゲルコートプレート上のhES細胞の無フィーダー細胞培養。バー、500μm。分散hES細胞からのコロニー形成は、Y−27632により明らかに増進した(b;挿入図、典型的なコロニーの高倍率視野;バー、100μm)一方で、その欠如下ではコロニーはほとんど形成されなかった(a;<0.2%及び10.2±1.2%、それぞれY−27632なし及びあり;P<0.001, n=3)。(c、d)7日間の10μM Y−27632存在下における96ウェルプレートの各ウェルにおけるMEF上での単一hES細胞の培養。(c)各ウェルにおけるALP+コロニー(d)の存在の割合(**, P<0.01 対コントロール、n=3調査)。コントロール、非処理細胞。バー、100μm。(e、f)トランスフェクションの12日後のMEF上での低密度分散培養におけるY−27632処理hES細胞からのハイグロマイシン耐性コロニーの形成。バー、100μm。(e)位相差視野。(f)Venus−GFP発現。(g)Y−27632処理の異なる時間経過で、MEF上で培養したhES細胞の増殖曲線。1群(青)、最初の12時間のみY−27632処理(1時間の前処理を伴う);2群(赤)、全培養期間の間連続的にY−27632処理;Y−27632なし、Y−27632処理を全く行わなかった(紫)。各条件について、5×10分散細胞/ウェル(6ウェルプレート)をMEF上に蒔いた。**, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。(h)3及び5日目の、1群(青)及び2群(赤)のNanog+ hES細胞におけるKi67+(有糸分裂)細胞の割合。(i−n)細胞周期特異的集団のフローサイトメトリー解析。(i、j、l、m)フローサイトメトリーパターン。X軸、7−AAD結合によりDNA含量を示す;Y軸、1時間の曝露後のBrdU取り込み。(k、n)1群(青)及び2群(赤)におけるhES細胞の中の期特異的集団の相対的割合。(i−k)3日目。(l−n)5日目。*, P<0.05; **, P<0.01, 2群対1群(n=3調査)。細胞増殖における増加の程度は、非常に大きくはないが、クローン化効率の強い増加(1%対27%)を説明できない。
【図3−1】ROCK阻害剤は、浮遊培養における分散hES細胞(KhES−1)のアポトーシスを防止し、生存を促進する。(a−c)TUNELアッセイ。分散hES細胞を、10μM Y−27632がない場合(a)又はある場合(b)において2日間浮遊培養した。TUNEL+細胞をFACSにより解析した。(c)Y−27632、カスパーゼ阻害剤I(Z−VAD−fmk)及びニューロトロフィンカクテル(BDNF+NT−3及び−4)のアポトーシス細胞の割合に対する影響(**, P<0.01; ***, P<0.001, 各対の間;n=3調査)。(d−f)浮遊培養におけるhES細胞の生存/増殖に対するY−27632の支持的な効果。(d)35mmプレートにおいて2×10分散hES細胞を培養後、2、4及び6日の細胞数(n=3)。6日目において、Y−27632処理ES細胞で細胞塊の効率的形成が観察された(f)、しかしコントロール細胞では観察されなかった(e)。バー、300μm。(g)SFEB−h培養したhES細胞におけるPax6(緑)、Oct3/4(赤)及びE−カドヘリン(青)の発現の経時的解析。(h)培養プロトコルの概略図。(i)SFEB−h培養において誘導された、hES細胞由来神経細胞の免疫染色。Bf1(赤)、TuJ1(緑)、DAPI(青)。バー、50μm。留意すべきは、いくつかのBf1+細胞が、ニューロンマーカーTuJ1について陽性であったことである。(j−n)SFEB−h誘導神経細胞の免疫染色解析。バー、25μm。(j)Pax6及びNkx2.1について陽性であったBf1+終脳細胞の割合(**, P<0.01 対コントロール;n=3)。Shh(30nM)がない場合(k、l)又はある場合(m、n)で培養した、SFEB−h誘導神経細胞の免疫細胞化学。Bf1(緑;k−n)、Pax6(赤;k、m)及びNkx2.1(赤;l、n)。
【図3−2】ROCK阻害剤は、浮遊培養における分散hES細胞(KhES−1)のアポトーシスを防止し、生存を促進する。(a−c)TUNELアッセイ。分散hES細胞を、10μM Y−27632がない場合(a)又はある場合(b)において2日間浮遊培養した。TUNEL+細胞をFACSにより解析した。(c)Y−27632、カスパーゼ阻害剤I(Z−VAD−fmk)及びニューロトロフィンカクテル(BDNF+NT−3及び−4)のアポトーシス細胞の割合に対する影響(**, P<0.01; ***, P<0.001, 各対の間;n=3調査)。(d−f)浮遊培養におけるhES細胞の生存/増殖に対するY−27632の支持的な効果。(d)35mmプレートにおいて2×10分散hES細胞を培養後、2、4及び6日の細胞数(n=3)。6日目において、Y−27632処理ES細胞で細胞塊の効率的形成が観察された(f)、しかしコントロール細胞では観察されなかった(e)。バー、300μm。(g)SFEB−h培養したhES細胞におけるPax6(緑)、Oct3/4(赤)及びE−カドヘリン(青)の発現の経時的解析。(h)培養プロトコルの概略図。(i)SFEB−h培養において誘導された、hES細胞由来神経細胞の免疫染色。Bf1(赤)、TuJ1(緑)、DAPI(青)。バー、50μm。留意すべきは、いくつかのBf1+細胞が、ニューロンマーカーTuJ1について陽性であったことである。(j−n)SFEB−h誘導神経細胞の免疫染色解析。バー、25μm。(j)Pax6及びNkx2.1について陽性であったBf1+終脳細胞の割合(**, P<0.01 対コントロール;n=3)。Shh(30nM)がない場合(k、l)又はある場合(m、n)で培養した、SFEB−h誘導神経細胞の免疫細胞化学。Bf1(緑;k−n)、Pax6(赤;k、m)及びNkx2.1(赤;l、n)。
【図3−3】ROCK阻害剤は、浮遊培養における分散hES細胞(KhES−1)のアポトーシスを防止し、生存を促進する。(a−c)TUNELアッセイ。分散hES細胞を、10μM Y−27632がない場合(a)又はある場合(b)において2日間浮遊培養した。TUNEL+細胞をFACSにより解析した。(c)Y−27632、カスパーゼ阻害剤I(Z−VAD−fmk)及びニューロトロフィンカクテル(BDNF+NT−3及び−4)のアポトーシス細胞の割合に対する影響(**, P<0.01; ***, P<0.001, 各対の間;n=3調査)。(d−f)浮遊培養におけるhES細胞の生存/増殖に対するY−27632の支持的な効果。(d)35mmプレートにおいて2×10分散hES細胞を培養後、2、4及び6日の細胞数(n=3)。6日目において、Y−27632処理ES細胞で細胞塊の効率的形成が観察された(f)、しかしコントロール細胞では観察されなかった(e)。バー、300μm。(g)SFEB−h培養したhES細胞におけるPax6(緑)、Oct3/4(赤)及びE−カドヘリン(青)の発現の経時的解析。(h)培養プロトコルの概略図。(i)SFEB−h培養において誘導された、hES細胞由来神経細胞の免疫染色。Bf1(赤)、TuJ1(緑)、DAPI(青)。バー、50μm。留意すべきは、いくつかのBf1+細胞が、ニューロンマーカーTuJ1について陽性であったことである。(j−n)SFEB−h誘導神経細胞の免疫染色解析。バー、25μm。(j)Pax6及びNkx2.1について陽性であったBf1+終脳細胞の割合(**, P<0.01 対コントロール;n=3)。Shh(30nM)がない場合(k、l)又はある場合(m、n)で培養した、SFEB−h誘導神経細胞の免疫細胞化学。Bf1(緑;k−n)、Pax6(赤;k、m)及びNkx2.1(赤;l、n)。
【図4−1】Y−27632の存在下、低密度で培養したhES細胞の解析。(a−c)低密度でY−27632処理と共にさらなる継代(30回)の後の、Y−27632処理したhES細胞(KhES−1)における、E−カドヘリン(a)、Oct3/4(b)及びSSEA−4(c)の免疫染色。下段のパネルは、DAPI染色を示す(青)。(d−g)Y−27632を伴うさらなる継代後の、hES細胞(KhES−1)をSCIDマウス精巣に被膜下注射した後に形成した奇形腫組織の組織学的解析(ヘマトキシリン−エオジン染色、5μMパラフィン切片)。(d)軟骨、(e)神経上皮、(f)色素上皮、及び(g)円柱上皮を伴う腸様粘膜。(h、i)Y−27632処理を伴う低密度培養を含むさらなる継代の後、分散hES細胞からの効率的コロニー形成(32.5±1.7%;KhES−1)は、Y−27632に依存して残り(i)、Y−27632なしではコロニーはほとんど見られなかった(h)。(j)2つの選択的ROCK阻害剤(Y−27632、Fasdil;10μM Fasudilのない場合とある場合でのクローン化効率は、1.3±0.8%及び25.1±1.6%であった;P<0.001, n=3)並びに2つの非関連キナーゼ阻害剤(cAMP−Rp、LY294002)の、コロニー形成(KhES−1)に対する用量−応答関係。Y軸、10μM Y−27632によるコロニー形成促進活性に対する、コロニー形成促進活性の比率。(k)hES細胞の異なる播種密度におけるY−27632によるコロニー形成の増強。***, P<0.001 対コントロール(無処理)、n=5。(l)3ヶ月間のY−27632を伴うさらなる維持継代の後、正常核型を示すhES細胞(KhES−3)(100%、n=5)のGバンド解析(300−500バンドレベル)。
【図4−2】Y−27632の存在下、低密度で培養したhES細胞の解析。(a−c)低密度でY−27632処理と共にさらなる継代(30回)の後の、Y−27632処理したhES細胞(KhES−1)における、E−カドヘリン(a)、Oct3/4(b)及びSSEA−4(c)の免疫染色。下段のパネルは、DAPI染色を示す(青)。(d−g)Y−27632を伴うさらなる継代後の、hES細胞(KhES−1)をSCIDマウス精巣に被膜下注射した後に形成した奇形腫組織の組織学的解析(ヘマトキシリン−エオジン染色、5μMパラフィン切片)。(d)軟骨、(e)神経上皮、(f)色素上皮、及び(g)円柱上皮を伴う腸様粘膜。(h、i)Y−27632処理を伴う低密度培養を含むさらなる継代の後、分散hES細胞からの効率的コロニー形成(32.5±1.7%;KhES−1)は、Y−27632に依存して残り(i)、Y−27632なしではコロニーはほとんど見られなかった(h)。(j)2つの選択的ROCK阻害剤(Y−27632、Fasdil;10μM Fasudilのない場合とある場合でのクローン化効率は、1.3±0.8%及び25.1±1.6%であった;P<0.001, n=3)並びに2つの非関連キナーゼ阻害剤(cAMP−Rp、LY294002)の、コロニー形成(KhES−1)に対する用量−応答関係。Y軸、10μM Y−27632によるコロニー形成促進活性に対する、コロニー形成促進活性の比率。(k)hES細胞の異なる播種密度におけるY−27632によるコロニー形成の増強。***, P<0.001 対コントロール(無処理)、n=5。(l)3ヶ月間のY−27632を伴うさらなる維持継代の後、正常核型を示すhES細胞(KhES−3)(100%、n=5)のGバンド解析(300−500バンドレベル)。
【図4−3】Y−27632の存在下、低密度で培養したhES細胞の解析。(a−c)低密度でY−27632処理と共にさらなる継代(30回)の後の、Y−27632処理したhES細胞(KhES−1)における、E−カドヘリン(a)、Oct3/4(b)及びSSEA−4(c)の免疫染色。下段のパネルは、DAPI染色を示す(青)。(d−g)Y−27632を伴うさらなる継代後の、hES細胞(KhES−1)をSCIDマウス精巣に被膜下注射した後に形成した奇形腫組織の組織学的解析(ヘマトキシリン−エオジン染色、5μMパラフィン切片)。(d)軟骨、(e)神経上皮、(f)色素上皮、及び(g)円柱上皮を伴う腸様粘膜。(h、i)Y−27632処理を伴う低密度培養を含むさらなる継代の後、分散hES細胞からの効率的コロニー形成(32.5±1.7%;KhES−1)は、Y−27632に依存して残り(i)、Y−27632なしではコロニーはほとんど見られなかった(h)。(j)2つの選択的ROCK阻害剤(Y−27632、Fasdil;10μM Fasudilのない場合とある場合でのクローン化効率は、1.3±0.8%及び25.1±1.6%であった;P<0.001, n=3)並びに2つの非関連キナーゼ阻害剤(cAMP−Rp、LY294002)の、コロニー形成(KhES−1)に対する用量−応答関係。Y軸、10μM Y−27632によるコロニー形成促進活性に対する、コロニー形成促進活性の比率。(k)hES細胞の異なる播種密度におけるY−27632によるコロニー形成の増強。***, P<0.001 対コントロール(無処理)、n=5。(l)3ヶ月間のY−27632を伴うさらなる維持継代の後、正常核型を示すhES細胞(KhES−3)(100%、n=5)のGバンド解析(300−500バンドレベル)。
【図5】Y−27632の存在下での分散/再凝集を含む浮遊培養におけるhES細胞(hES−1)の神経分化。(a)Pax6+神経前駆体へのhES細胞分化に対する、Nodalの阻害剤(5μg/ml Lefty、レーン2)、Wntの阻害剤(500ng/ml Dkk1、レーン3)及びBMPの阻害剤(1.5μg/ml BMPR1A−Fc、レーン4)の効果。レーン5、3つの因子の組み合わせ物(*, P<0.05; **, P<0.01 対コントロール;n=3調査)。(b、c)Y−27632(0〜6日)及び3つの阻害剤(0〜24日;SFEB−h)と共に培養したhES細胞(24日目)のSFEB塊の免疫染色。(b)Pax6(緑)及びE−カドヘリン(赤)。(c)ネスチン(緑)及びOct3/4(赤)。
【0014】
さらなる態様において、本発明は、ROCK阻害剤含有培地において幹細胞を培養することを含む、クローン化効率又は継代効率を促進するために幹細胞を培養する方法;ROCK阻害剤の存在下で幹細胞を培養することを含む、幹細胞培養におけるコロニー形成を促進する方法;並びに、ROCK阻害剤の存在下で幹細胞を培養することを含む、幹細胞培養におけるクローン化効率又は継代効率を改善する方法を提供する。
【0015】
本発明の好ましい実施形態において、幹細胞はフィーダー細胞、フィーダー細胞抽出物及び/又は血清の欠如下で培養する。幹細胞を、サブクローニング又は継代の前に、例えばサブクローニング又は継代の前に少なくとも1時間、ROCK阻害剤の存在下で培養し得る。あるいは又はさらに、幹細胞を、サブクローニング又は継代の後、ROCK阻害剤の存在下で維持する。好ましい実施形態において、幹細胞を、少なくとも12時間、より好ましくは少なくとも約2、約4、又は約6日間、ROCK阻害剤の存在下で維持する。他の実施形態において、幹細胞を、少なくとも1〜5継代の間、ROCK阻害剤の存在下において維持する。
【0016】
本発明のいくつかの実施形態において、ROCK阻害剤はその後、例えば、約12時間後又は約2、約4、もしくは約6日後に培地から除去される。他の実施形態において、ROCK阻害剤は少なくとも1〜5継代後に除去される。
【0017】
本発明の別の態様は、幹細胞をROCK阻害剤と接触させること、あるいは他の方法で幹細胞をROCK阻害剤に曝露することを含む、培養における幹細胞の生存を改善する方法を提供する。培養物が、浮遊状態で分散した幹細胞又は幹細胞の塊を含む場合、本発明のこの態様の方法は、細胞生存を改善するのに特に好適である。培養物が、本明細書内に記載した例示的な細胞密度を含む低密度の細胞を含む場合、あるいは、培養物が、クローン密度で幹細胞を含む場合、このような方法は特に有用である。好ましくは、幹細胞はROCK阻害剤存在下で少なくとも約12時間、より好ましくは少なくとも約2、約4、もしくは約6日間、又は少なくとも約1〜5継代の間維持される。任意に、ROCK阻害剤はその後、例えば約12時間後、約2、約4、もしくは約6日後、又は少なくとも1〜5継代後に、培地から除去される。本発明のさらなる方法は、ROCK阻害剤含有培地中で幹細胞を輸送することを含む幹細胞の輸送方法である。
【0018】
本発明によると、幹細胞は、本明細書内に記載のいかなる型の幹細胞も含み、例えば胚性幹細胞などの多分化能性(pluripotent)幹細胞であることが好ましい。幹細胞は、成体多能性(multipotent)幹細胞であり得る。幹細胞は、マウス幹細胞、げっ歯動物幹細胞又はヒト幹細胞を含む霊長類幹細胞であり得る。
【0019】
本明細書に記載の通り、本発明の方法は任意の好適なROCK阻害剤を用いて実行され得ることが理解される。好ましいROCK阻害剤は、Y−27632、Fasudil及びH−1152である。
【0020】
別の態様において、本発明はES細胞の培養方法を提供し、該方法は以下の工程を含む:−
−培養物中で、必要に応じてフィーダー上で、多分化能性状態でES細胞を維持すること;
−少なくとも1度、ES細胞を継代すること;
−培地がフィーダー、血清及び血清抽出物を含まないように、培地から血清又は血清抽出物(存在する場合)を除去すること並びにフィーダー(存在する場合)を除去すること;並びに
−その後、ROCK阻害剤の存在下で、多分化能性状態でES細胞を維持すること。
【0021】
好ましくは、血清、血清抽出物及び/又はフィーダーの除去前に、ES細胞をROCK阻害剤の存在下で培養する。
【0022】
本発明の方法は、幹細胞が単離されるか又は低密度で培養される、任意の状況において有利に用いられ得る。本発明の使用において、細胞死の減少を伴う未分化状態において、幹細胞を維持する。次いで、組織由来の幹細胞の誘導を改善するためにこの方法が用いられ得る。本発明の方法はまた、任意の適切な方法論を用いた胚盤胞由来の多分化能性細胞(例、マウス及びヒトES細胞を含むES細胞)の送達に用いられ得る。例えば、胚盤胞は入手可能であり、必要に応じてROCK阻害剤の存在下で培養され得、その後内細胞塊が分散され得、内細胞塊から細胞(単数又は複数)が単離され得、ROCK阻害剤の存在下で培養され得る。
【0023】
本発明の方法はまた、幹細胞の遺伝子改変との関連において、特に遺伝子改変した幹細胞のクローン集団の単離において、有用である。したがって、本発明は、ES細胞のトランスフェクト集団を得る方法を提供し、該方法は以下の工程を含む:
−選択マーカーをコードするコンストラクトで、ES細胞をトランスフェクトする工程;
−ES細胞を蒔く工程;
−ROCK阻害剤の存在下でES細胞を培養する工程;及び
−選択マーカーを発現する細胞を選択する工程。
【0024】
ROCK阻害剤は、選択マーカーを発現する細胞の選択の適用の前及び/又は後に、培地中に存在し得る。ROCK阻害剤は選択の間、特に選択マーカーが、低い幹細胞密度の影響に対抗するために、培地中に存在する特定の選択物質に対する抵抗性(例、抗生物質耐性)を与える場合、存在することが好ましい。必要に応じて、この方法は、ROCK阻害剤の存在下で、選択マーカーを発現するES細胞をサブクローニングする工程をさらに含み、それにより幹細胞増殖及び/もしくはコロニー形成を促進し、並びに/又は幹細胞の生存を改善する。
【0025】
本発明はまた、幹細胞用の培地の製造におけるROCK阻害剤の使用を提供する。例えば、培地は本明細書に記載の任意の培地であり得、又は本明細書に記載の組み合わせもしくは1以上の培地成分を含み得る。培地は、ヒト及びマウス幹細胞(例、ES細胞)を含む、本明細書に記載の任意の幹細胞の型の培養に好適になるように処方され得る。
【0026】
関連する態様において、本発明は、血清及び血清抽出物を含まず、並びに基礎培地;ROCK阻害剤;及び必要に応じて1以上の、インスリン、インスリン増殖因子及び鉄輸送体を含む、細胞培養を提供する。好適な基礎培地及び鉄輸送体(例、トランスフェリン)は当業者に容易に入手でき、本明細書に記載の例示的な培地及び鉄輸送体が含まれる。
【0027】
本発明のさらなる態様は、本明細書に記載の幹細胞への効果を達成するためのROCK阻害剤の使用に関する。特に、本発明の態様は、幹細胞培養におけるクローン化効率又は継代効率を促進及び/又は改善するためのROCK阻害剤の使用;幹細胞培養におけるコロニー形成を促進及び/又は改善するためのROCK阻害剤の使用;並びに培養における幹細胞の生存を促進及び/又は改善するためのROCK阻害剤の使用を提供する。
【0028】
本明細書内に提供される本発明の方法の利点の議論は、本発明によるROCK阻害剤の使用並びに本発明による培地及び別の組成物にも同等に適用されることが理解される。
【0029】
本発明の培養方法は、幹細胞、特にヒトES細胞等のES細胞の生存率、増殖能又は分化効率を改善し得る。本発明の培養方法は、例えば、幹細胞の分散処理を含む任意の培養方法、分散した幹細胞の接着培養又は浮遊培養などにおいて特にその利点を発揮し得る。このような利点を有する本発明の培養方法は、幹細胞の継代培養、幹細胞の分化誘導(例、神経細胞への分化誘導)、幹細胞の純化又はクローン化、幹細胞の遺伝子改変などに好適に用いられ得る。
【0030】
本発明の細胞調製物、培養剤、組合せ物(例、組成物及びキット)、無血清培地及び培養系などは、例えば、本発明の培養方法に好適に用いられ得る。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明は、幹細胞をROCK阻害剤で処理することを含む幹細胞の培養方法、並びに当該培養方法により得られる幹細胞及びその分化細胞を提供する。さらに、本発明は、幹細胞をROCK阻害剤で処理する方法を提供する。
【0032】
用語幹細胞は、多分化能性の(pluripotent)未分化細胞を含み、胚性幹細胞(ES細胞)及び成体幹細胞を含む。ES細胞に対する言及には、着床以前の初期胚を培養することによって樹立されたES細胞、体細胞の核を用いた核移植によって調製された初期胚を培養することによって樹立されたES幹細胞、及び遺伝子工学の手法を用いて改変した遺伝子を有するES細胞が含まれる。このような幹細胞は、自体公知の方法のいずれかによって作製することができる(例、Wilmutら, Nature, 385, 810 (1997);Cibelliら, Science, 280, 1256 (1998); Baguisiら, Nature Biotechnology, 17, 456 (1999);Wakayamaら, Nature, 394, 369 (1998);Wakayamaら, Nature Genetics, 22,127 (1999); Wakayamaら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999);Rideoutら, Nature Genetics, 24, 109 (2000);Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition,ColdSpring Harbor Laboratory Press (1994);Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993);国際公開第01/088100号などを参照)。さらに、胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、又は市販品を購入することもできる。例えば、ヒトES細胞であるKhES−1、KhES−2及びKhES−3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。成体幹細胞としては、後述する分化細胞に分化し得る任意の幹細胞が挙げられる。神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞が、成体幹細胞の例として好ましい。
【0033】
幹細胞は、哺乳動物(例、霊長類、げっ歯類)等の温血動物に由来し得る。より詳細には、哺乳動物としては、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、及びヤギが挙げられる。好ましくは、幹細胞は、ヒト等の霊長類に由来する。
【0034】
本発明の方法においてROCK阻害剤により処理される幹細胞は、分散細胞又は非分散細胞であり得る。分散細胞とは、細胞分散(例、後述の分散)を促進するために処理された細胞をいう。分散細胞としては、単一細胞、及び数個(典型的に約2〜50、2〜20、又は2〜10個)の細胞からなる小さな細胞塊を形成している細胞が挙げられる。分散細胞は、浮遊(懸濁)細胞、又は接着細胞であり得る。例えば、ヒトES細胞等のES細胞は、分散(及び/又は分散後の浮遊培養)等の所定の条件に弱いことが知られている。本発明の方法は、幹細胞が、これまでに細胞死が起こった条件に付される場合に、特に用いる。
【0035】
本発明を実行するために、ROCK阻害剤は、Rho−キナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り、特に限定なく一般的に好適であり、好適な阻害剤としては、Y−27632(例、Ishizakiら, Mol. Pharmacol. 57, 976-983 (2000);Narumiyaら, Methods Enzymol. 325,273-284 (2000)参照)、Fasudil(HA1077もいう)(例、Uenataら, Nature 389: 990-994 (1997)参照)、H−1152(例、Sasakiら, Pharmacol. Ther. 93: 225-232 (2002)参照)、Wf−536(例、Nakajimaら, Cancer Chemother Pharmacol. 52(4): 319-324 (2003)参照)、Y−30141(米国特許第5478838号に記載)及びそれらの誘導体、並びにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例、siRNA)、競合ペプチド、アンタゴニストペプチド、阻害抗体、抗体−ScFV断片、ドミナントネガティブ変異体、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。さらに、ROCK阻害剤としては他の低分子化合物も知られているので、本発明においてはこのような化合物又はそれらの誘導体もまた使用できる(例えば、米国特許出願公開第20050209261号、同第20050192304号、同第20040014755号、同第20040002508号、同第20040002507号、同第20030125344号及び同第20030087919号、並びに国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号及び同第2004/039796号参照)。本発明では、1種又は2種以上のROCK阻害剤の組み合わせもまた用いられ得る。
【0036】
本発明において、幹細胞は、培地中にてROCK阻害剤で処理され得る。したがって、本発明の方法で用いられる培地は、既にROCK阻害剤を含むものであり得、又は代わりに、本発明の方法が、ROCK阻害剤を培地中に添加する工程を含んでいてもよい。培地中におけるROCK阻害剤の濃度は、幹細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような濃度である限り特に限定されない。例えば、ROCK阻害剤としてY−27632を用いる場合、好ましくは約0.01〜約1000μM、より好ましくは約0.1〜約100μM、さらにより好ましくは約1.0〜約30μM、最も好ましくは約2.0〜約20μMの濃度で用いられ得る。ROCK阻害剤としてFasudil/HA1077を用いる場合、Y−27632の上記濃度の約2倍の濃度で用いられ得る。ROCK阻害剤としてH−1152を用いる場合には、Y−27632の上記濃度の約1/50倍の濃度で用いられ得る。
【0037】
ROCK阻害剤による処理時間は、幹細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような長さの時間である限り特に限定されない。例えば、幹細胞がヒト胚性幹細胞の場合、処理のための時間は、分散前に約30分から数時間(例、約1時間)が好ましい。分散後は、例えば約12時間以上の時間にわたりヒト胚性幹細胞をROCK阻害剤で処理すれば所望の効果を十分に得ることができる。
【0038】
ROCK阻害剤により幹細胞が処理される際の幹細胞の密度は、幹細胞の生存率の向上等の所望の効果を達成し得るような密度である限り特に限定されない。好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、より好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、さらにより好ましくは約1.0×10〜1.0×10細胞/ml、並びに最も好ましくは約3.0×10〜1.0×10細胞/mlである。
【0039】
本発明の方法は、幹細胞を分散させる工程をさらに含み得る。幹細胞の分散は、自体公知の方法により行われ得る。このような方法としては、キレート剤(例、EDTA)、酵素(例、トリプシン、コラゲナーゼ)等による処理、機械的な分散(例、ピペッティング)などの操作が挙げられる。幹細胞は、その分散の前及び/又は後にROCK阻害剤で処理され得る。例えば、幹細胞は分散後のみ処理されてもよい。ROCK阻害剤による幹細胞の処理は、上述した通りであり得る。
【0040】
本発明の方法における培養条件は、用いられる培地及び幹細胞により適宜設定される。本発明はまた、本発明の方法で用いられる培地を提供する。
【0041】
本発明における培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として用いて調製することができる。基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、RPMI 1640培地、及びFischer’s培地、並びにこれら任意の混合培地などが使用でき、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。
【0042】
本発明による培地は、血清含有培地又は無血清培地であり得る。無血清培地とは、無調製又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)を含有する培地が挙げられ得る。異種動物由来成分の混入防止の観点から、血清は、幹細胞と同種動物由来のものであってもよい。
【0043】
本発明における培地は、血清代替物を含んでいても含んでいなくともよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン(例えば、脂質リッチアルブミン、組換えアルブミン等のアルブミン代替物、植物デンプン、デキストラン及びタンパク質加水分解物等)、トランスフェリン(又は他の鉄輸送体)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール、3’−チオグリセロールあるいはこれらの均等物などを適宜含有する物質が挙げられ得る。かかる血清代替物は、例えば、国際公開第98/30679号記載の方法により調製できる。また、より簡便にするため、市販のものを利用できる。かかる市販の物質としては、knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco)及びGlutamax(Gibco)が挙げられる。
【0044】
本発明の培地はまた、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(非必須アミノ酸等)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、及び無機塩類等を含有できる。2−メルカプトエタノールの濃度は、幹細胞の培養に適する濃度である限り特に限定されないが、例えば約0.05〜1.0mM、好ましくは約0.1〜0.5mMであり得る。
【0045】
幹細胞の培養に用いられる培養器は、幹細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルが挙げられ得る。
【0046】
培養器は、細胞接着性であっても細胞非接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。細胞接着性の培養器は、培養器の表面の細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とする任意の物質であり得る。このような細胞支持用基質としては、コラーゲン、ゼラチン、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、ラミニン、及びフィブロネクチン並びにそれらの混合物、例えばマトリゲル、並びに溶解細胞膜調製物が挙げられる(Klimanskaya Iら 2005. Lancet 365: p1636-1641)。
【0047】
その他の培養条件は、適宜設定できる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが約30〜40℃、好ましくは約37℃であり得る。CO濃度は、約1〜10%、好ましくは約2〜5%であり得る。酸素分圧は、1〜10%であり得る。
【0048】
本発明の方法は、例えば、幹細胞の接着培養に用いられ得る。このような場合、細胞は、フィーダー細胞の存在下で培養してもよい。本発明の方法でフィーダー細胞が用いられる場合、胎児線維芽細胞等のストローマ細胞をフィーダー細胞として用いることができる(例えば、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1994);Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993);Martin, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 78, 7634 (1981); Evansら, Nature, 292, 154 (1981; Jainchillら, J. Virol., 4, 549 (1969); Nakanoら, Science, 272, 722 (1996);Kodamaら, J. Cell. Physiol., 112, 89 (1982); 国際公開第01/088100号;同第2005/080554号を参照)。
【0049】
本発明の方法はまた、担体上での浮遊培養(Fernandes AMら J Biotechnology 2007)又はゲル/バイオポリオマーカプセル化(米国特許出願公開第20070116680号)を含む、幹細胞の浮遊培養に用いられ得る。幹細胞の浮遊培養との用語は、培地中において、培養器又はフィーダー細胞(用いられる場合)に対して非接着性の条件下で幹細胞を培養することをいう。幹細胞の浮遊培養としては、幹細胞の分散培養及び幹細胞の凝集浮遊培養が挙げられる。幹細胞の分散培養との用語は、懸濁された幹細胞を培養することをいい、単一幹細胞の分散培養、数個(例、約2〜20個)の幹細胞からなる小さな細胞塊の分散培養が挙げられる。上述した分散培養を継続した場合、培養された分散細胞がより大きな幹細胞塊を形成し、その後凝集浮遊培養が実行され得る。このような凝集浮遊培養としては、胚様体培養法(Kellerら, Curr. Opin. Cell Biol. 7, 862-869 (1995)参照)、及びSFEB法(例、Watanabeら, Nature Neuroscience 8, 288-296 (2005);国際公開第2005/123902号)が挙げられる。本発明の方法は、浮遊培養において、幹細胞の生存率及び/又は分化効率を著しく改善し得る。
【0050】
本発明の方法は、幹細胞の継代培養法として用いられ得る。したがって、本発明の方法は、幹細胞を回収/播種する工程を含み得る。本発明の方法によれば、高い生存率の達成、及び増殖能の改善が可能である。例えば、従来、分散処理に供されたヒトES細胞の生存率は極めて低く、また十分に増殖し得なかった。本発明の方法により、ヒトES細胞の高い生存率が達成され、また増殖能が改善された。したがって、本発明の方法により、従来困難であったヒトES細胞の大量培養が容易になるのみならず、効率的な単一細胞(又は小さな細胞塊)の分散培養もまた可能となり;さらには、本発明の方法は、幹細胞を用いる創薬・安全性試験(例、ハイスループットスクリーニング)を効率化することができる。さらに、本発明の方法は、遺伝子改変幹細胞(ノックイン及び/又は相同組換え細胞)の選別/サブクローン化を容易にし得、また、治療応用のためのより安全かつ均一な幹細胞株の選別にも役立ち得る。本発明の方法はまた、結果として、幹細胞の未分化性を保持し得る、幹細胞の分化能を損なうことがないなどの利点を有する。
【0051】
本発明の方法は、一方で幹細胞の分化誘導法として用いられ得る。したがって、本発明の方法は、幹細胞を分化誘導する工程を含み得る。幹細胞の分化誘導法としては、自体公知の方法を用いることができる。幹細胞の分化により生成する細胞としては、例えば、内胚葉系細胞(Sox17又はAFP等のマーカー陽性細胞等)、中胚葉系細胞(Brachyury、Flk1、Mox等のマーカー陽性細胞)及び外胚葉系細胞が挙げられる。外胚葉系細胞の例としては、神経系細胞(NCAM、TuJ1、チロシン水酸化酵素(TH)、セロトニン、ネスチン、MAP2、MAP2ab、NeuN、GABA、グルタメート、ChAT又はSox1等のマーカー陽性細胞等)、表皮系細胞(サイトケラチンマーカー陽性細胞等)、感覚器系細胞(RPE又はロドプシン等のマーカー陽性細胞等)、色素細胞(TRP−1マーカー陽性細胞等)、神経堤由来間葉細胞(SMAマーカー陽性細胞等)が挙げられる。SFEB法(Nature Neuroscience 8, 288-296, 2005;国際公開第2005/123902号参照)を用いることにより、神経細胞(例、大脳神経細胞)及びその前駆体等の神経系細胞がES細胞より好適に誘導され得る。この場合、Nodal阻害剤(Lefty−A、Lefty−B、Lefty−1、Lefty−2、可溶型Nodal受容体、Nodal抗体;Nodal受容体阻害剤等);Wnt阻害剤(Dkk1、Cerberusタンパク質、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWntタンパク質等);及びBMP阻害剤(抗BMP抗体、可溶型BMP受容体、BMP受容体阻害剤等)等の因子が使用され得る。本発明の方法により、幹細胞(例、ヒトES細胞)が効率良く所定の細胞に分化し得る。本発明の方法はまた、幹細胞の神経細胞(前脳神経細胞、及び/又は大脳背側(皮質領域)細胞並びに大脳腹側(基底核領域)細胞)への分化を可能にする他の方法(例、SDIA法、AMED法、PA6細胞を用いる方法)においても好適に用いられ得るなどの利点を有する。
【0052】
本発明は、本発明の方法及び/又は上述の分散処理により得られる細胞調製物を提供する。本発明の細胞調製物は、幹細胞及びROCK阻害剤を好ましくは含む。本発明の細胞調製物は、数個の単一細胞からなる小さな細胞塊のような分散した細胞を含む調製物であり得る。従来、分散処理に供されたヒトES細胞の生存率は極めて低かったが、このような細胞調製物は、好ましくはヒト又は神経幹細胞、再度好ましくはヒトES細胞等の幹細胞の生存率又は分化効率を改善し得る。本発明の細胞調製物は、例えば、幹細胞の保存(例、凍結保存)、及び/もしくは幹細胞の輸送又は幹細胞の植え継ぎに用いられ得る。細胞調製物が幹細胞の凍結保存等の保存に用いられる場合、本発明の細胞調製物は、上述したような血清あるいはその代替物、又は有機溶剤(例、DMSO)をさらに含んでいてもよい。この場合、血清又はその代替物の濃度は、特に限定されるものではないが約1〜50%(v/v)、好ましくは約5〜20%(v/v)であり得る。有機溶剤の濃度は、特に限定されるものではないが約0〜50%(v/v)、好ましくは約5〜20%(v/v)であり得る。本発明のこれらの実施形態の組成物は、血清を含み得、又は無血清であり得、並びに別々にフィーダー細胞を含み得る。
【0053】
本発明は、ROCK阻害剤を含む幹細胞の培養剤を提供する。一般的に、培養剤は、幹細胞のための培地である。本発明の培養剤は、本発明の培養方法において好ましく用いられ得る。
【0054】
本発明はまた、ROCK阻害剤及び他の成分を含む組合せ物を提供する。本発明の組合せ物は、幹細胞の培養(例、継代培養、分化誘導培養)に用いられ得る。
【0055】
本発明の組合せ物は、例えば組成物であり得る。本発明の組成物は、ROCK阻害剤及び他の成分が共に混合した形態で提供され得る。本発明の組成物に含まれ得る他の成分としては、例えば、幹細胞の分化抑制剤(例、血清、FGF、LIF、BMP、Wnt、細胞外マトリクス、TGF−β、フィーダー細胞)、及び幹細胞の分化誘導剤(例、BMP阻害剤、Wnt阻害剤、Nodal阻害剤、レチノイン酸、血清、細胞外マトリクス、間葉系細胞等のフィーダー細胞)などの幹細胞の分化調節剤;並びに培養添加物(例、KSR、2−メルカプトエタノール、アミノ酸、脂肪酸、及び上述したその他の因子)が挙げられる。
【0056】
本発明の組合せ物はまた、キットであり得る。本発明のキットは、ROCK阻害剤及び他の成分を個別に(即ち、非混合様式で)含むものであり得る。例えば、本発明のキットは、各成分を個別の容器に格納した形態で提供され得る。本発明のキットに含まれ得る他の成分としては、例えば、本発明の組成物に含まれ得る上述の他の成分;幹細胞又は分化細胞の同定又は測定(検出又は定量)用物質(例、細胞マーカーに対する抗体);細胞培養液;細胞外マトリクス等で処理された培養用容器;遺伝子組換えのためのプラスミド及びその選択薬剤が挙げられる。
【0057】
本発明はまた、幹細胞及びROCK阻害剤を培地中に含む培養系を提供する。本発明の培養系は、幹細胞を本発明の培地中に含むものであり得る。本発明の培養系は、本発明の方法で詳述した構成要素、例えばフィーダー細胞、細胞支持用基質、ROCK阻害剤等以外の細胞培養因子などを培地中にさらに含んでいてもよい。
【0058】
本明細書中で挙げられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが本明細書に組み込まれるものである。
【0059】
以下に本発明の詳細な実施例を挙げるが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。実施例は添付の図面により説明する。
【実施例】
【0060】
実施例1:ROCK阻害剤Y−27632による、ヒト胚性幹細胞のクローン化効率の改善
【0061】
(方法)
本明細書に記載した実験に用いたヒト胚性幹細胞は、京都大学再生医科学研究所中辻憲夫研究室で樹立したヒト胚盤胞由来の胚性幹細胞(KhES−1、KhES−2及びKhES−3)を、ヒト胚性幹細胞に関する政府指針に従い分与を受け、使用した(主にKhES-1)。中辻研究室の方法(Suemoriら, Biochem Biophys Res Commun. 345, 926-32 (2006))に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒト胚性幹細胞を培養した。より具体的には、培養液は、D−MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20%のKSR(Invitrogen/Gibco-BRL)、1×NEAA(非必須アミノ酸;Invitrogen/GibcoBRL)、2mM L−グルタミン酸及び0.1mM 2−メルカプトエタノールを添加したものを用いて、37℃、5% CO下で培養した。植え継ぎは3−4日毎に行い、解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaClを添加したもの;全てInvtrogen/Gibco-BRL)を用いて、ES細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(約50−100個)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0062】
単一細胞分散後のヒト胚性幹細胞培養に対するROCK阻害剤の細胞死抑制効果及びクローン化効率への影響は、下記のように検討した。上記のように培養したヒトES細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、維持培養液中で37℃、1時間培養した(ES細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。ES細胞塊はトリプシン消化(0.25% トリプシン−EDTA、37℃5分間)によって単一細胞に分散し、96ウェル培養プレートを用いて、MEFフィーダー層上に低密度(500個/0.32cm、培地容量0.15ml中)で播種した。維持培養液中で6日間培養後に、形成されたコロニー数を計測した。ROCK阻害剤Y−27632は、10μMの濃度で細胞をフィーダー層から分離する1時間前に添加し、分離後の培養でも培養液に同量添加した。
【0063】
また、コロニー形成の促進がヒト胚性幹細胞のオートクライン因子によるものであるか否かを検証するため、96ウェル培養プレートを用いて、クローン密度(1ウェルあたり単一細胞)でヒト胚性幹細胞を植えて同様の実験を行い、クローン化効率を測定した。
【0064】
(結果)
6日間培養後、ROCK阻害剤を使用しなかった場合、クローン化効率(最初に播種したヒト胚性幹細胞数に対する形成コロニー数の割合)は1%であったのに対し、ROCK阻害剤処理をしたものは27%であった。ROCK阻害剤処理によって形成されたコロニー中の細胞は、未分化胚性幹細胞のマーカーであるアルカリフォスファターゼやOct3/4を発現していた。クローン化効率に対するROCK阻害剤の優れた効果は、ヒト胚性幹細胞としてKhES-1を用いた場合のみならず、KhES−2及びKhES−3を用いた場合においても確認された。
【0065】
また、96ウェルプレートを用いて、クローン密度(1ウェルあたり単一細胞)でヒト胚性幹細胞からのクローン化効率を測定した場合も、ROCK阻害剤未処理の場合は1%未満、ROCK阻害剤処理をしたものでは25%であった。したがって、クローン化効率に対するROCK阻害剤の優れた効果は、ヒトES細胞のオートクライン因子によるものではないと考えられた。
【0066】
以上より、ROCK阻害剤Y−27632はヒト胚性幹細胞の生存率を著しく向上させることが明らかとなった。
【0067】
実施例2:分散したヒト胚性幹細胞におけるRhoの活性化
【0068】
(方法)
ヒト胚性幹細胞は実施例1のように細胞小塊の植え継ぎで維持培養した。
【0069】
ヒト胚性幹細胞は実施例1と同様にトリプシン消化で単一細胞に分散し、維持培養用の培養液に浮遊させ、37℃でインキュベートした。細胞は、インキュベーションの0分、15分、30分、60分、120分後に遠心分離により回収し、次いでThe small GTPase activation kit (Cytoskeleton, Denver, CO)を用いて、取扱説明書にしたがって処理し、Pull down法によって解析した。ウエスタンブロットでの活性型Rho(GTP結合型Rho)のRho全体に対する割合の増加によってRhoの活性化を判断した。10cm培養プレート1枚(約1×10細胞)から1サンプル分の細胞をバッチとして得た。
【0070】
(結果)
ヒト胚性幹細胞を分散/インキュベーション後、15〜30分の間に顕著なRhoの活性化が認められた。
【0071】
Rhoの活性化は、30分以降では徐々に減少した。
【0072】
したがって、この結果により、ヒト胚性幹細胞に対するY−27632の優れた効果は、Y−27632のROCK阻害作用によるRho活性化の抑制に起因するものであることが示された。
【0073】
実施例3:各種キナーゼ阻害剤による、維持培養におけるヒト胚性幹細胞のコロニー形成効率
【0074】
(方法)
維持培養におけるヒト胚性幹細胞のクローン化効率に対する他のROCK阻害剤の効果を、実施例1に記載の方法を用いて検証した。ROCK阻害剤、Fasudil/HA1077(10μM)及びH−1152(200nM)を用いた。また、比較のため、他のキナーゼに対する阻害剤を用いた。他のキナーゼに対する阻害剤としては、プロテインキナーゼA阻害剤であるcAMP−Rp(1−100μM)及びKT5720(5−500nM);プロテインキナーゼC阻害剤であるビスインドリルマレイミド(0.01−5μM)及びスタウロスポリン(1〜50nM);MAPK阻害剤であるPD98059(0.5〜50μM);PI3K阻害剤であるLY294002(1〜50μM)、並びにMLCK阻害剤であるML−7(0.3〜30μM)を用いた。
【0075】
(結果)
ROCK阻害剤(Fasudil/HA1077及びH−1152)を用いた場合は、阻害剤を用いなかった場合と比較して、クローン化効率における有意な増強が観察されたが、他のキナーゼに対する阻害剤を用いた場合には、そのような増強は観察されなかった。
【0076】
したがって、ROCK阻害剤はヒト胚性幹細胞の生存率を特異的に向上し得ることが明らかとなった。
【0077】
実施例4:分散/再凝集したヒトES細胞の浮遊培養におけるROCK阻害剤によるアポトーシスの抑制
【0078】
(方法)
実施例1と同様に、維持培養に供されたヒトES細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として分離し、さらに残存フィーダー細胞を除去後に、トリプシン消化によって単一細胞に分散した。遠心分離後に2×10細胞を分化誘導後用の無血清培養液(Watanabeら,Nature Neuroscience 8,288-296,2005;G−MEM、KSR及び2−メルカプトエタノールを添加したもの。KSRは20%の濃度で添加。)に分散した。単一分散したヒトES細胞(1.0×10細胞/ml)を、非細胞接着性の35mm培養プレートにおいて浮遊培養させることで、凝集塊を形成させ、同培養液で2〜6日間培養した(SFEB法;上記のWatanabeらを参照)。2日間培養後に、TUNEL法(MEBSTAIN Apoptosis kit Direct,MBL)によりアポトーシス細胞の割合を測定した。ROCK阻害剤Y−27632は、実施例1と同様に、細胞を分離する1時間前から処理を開始し、分散後も維持培養液に添加した。比較として、アポトーシス抑制効果の報告のあるカスパーゼ阻害剤(ZVAD;10μM)とBDNF/NT−3/NT−4(各50ng/mlの混合)を用いて実験を行った。さらに、それぞれの場合の6日後の生存細胞数を計測した。
【0079】
(結果)
2日間培養後、無添加対照の場合、TUNEL法で80%の細胞においてアポトーシスが認められた。ROCK阻害剤処理した細胞では、9%の細胞においてのみTUNEL陽性であった。一方、カスパーゼ阻害剤(ZVAD;10μM)あるいはBDNF/NT−3/NT−4(各50ng/ml)の添加でTUNEL陽性細胞がそれぞれ72%、69%であった。これらの結果は、ROCK阻害剤が強い細胞死抑制活性を有することを示す。それに呼応して、6日後の生存細胞数については、無添加群では分散培養開始時の8%であったが、ROCK阻害剤処理した群では70%が生存し、多くの細胞が生存していた。カスパーゼ阻害剤処理、あるいはBDNF/NT−3/NT−4処理では、生存細胞はいずれも、播種した細胞数の10%未満であった。
【0080】
上述の通り、ROCK阻害剤はヒトES細胞の生存率を著しく向上させることが明らかとなった。
【0081】
実施例5:単一分散させたヒトES細胞を用いたSFEB法による神経前駆細胞及び大脳前駆細胞の分化誘導
【0082】
(方法)
実施例4と同様に、維持培養を行ったヒトES細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として分離し、さらに残存フィーダー細胞を除去後に、トリプシン消化によって単一細胞に分散した。遠心分離後に分化誘導培養液に2×10細胞/mlで細胞を分散し、非細胞接着性の培養プレートを用いて浮遊培養させることで、浮遊凝集塊の無血清培養(SFEB法)を行った。さらに分化誘導培養開始後の最初の10日間はNodal阻害剤のLefty A(1μg/ml、R&D)、Wnt阻害剤のDkk1(500ng/ml、R&D)及びBMP阻害剤の可溶性BMPR1A−Fc(1.5μg/ml、R&D)を添加した。16〜35日間の無血清浮遊培養後、細胞塊を固定し、蛍光抗体法で免疫染色を行った。ROCK阻害剤Y−27632は実施例1と同様に、細胞を分離する1時間前から処理を開始し、分散後もまた維持培養液に最初の6日間添加した。
【0083】
大脳前駆細胞への分化は、浮遊細胞塊をSFEB培養25日後にポリ−D−リジン/ラミニン/フィブロネクチンでコートした培養スライドに移し、さらに10日間接着培養を行った。接着培養では、Neurobasal培地にB27(ビタミンA不含)、2mM L−グルタミン(両方ともGibco-BRL)を添加したものを培養液に用いた。
【0084】
(結果)
分化培養開始20日後に、ROCK阻害剤処理したほぼ全ての細胞塊で神経前駆細胞マーカーのネスチン及びPax6陽性細胞が出現した。分化培養24日後には、これらの陽性細胞数は増加し、約80%の細胞がPax6陽性細胞となった。一方、未分化状態ES細胞マーカーであるOct3/4陽性細胞は10%未満であった。分化培養35日後では、約60%の細胞塊で大脳前駆細胞マーカーであるBf1陽性が多数存在していた。このことは、ヒトES細胞から大脳神経組織が産生されたことを示す。ROCK阻害剤処理しなかった場合、分化培養7日後では生存細胞は殆ど存在しなかった。
【0085】
一方、ROCK阻害剤で処理しなかった細胞では、7日以降まで生存する細胞は稀であり、有意な浮遊細胞塊形成は認められなかった。
【0086】
したがって、ROCK阻害剤はヒトES細胞の分化能を損なわないこと、及びROCK阻害剤により処理されたヒト細胞は非常に効率良く分化し得ることが明らかとなった。
【0087】
実施例6:ROCK阻害剤添加による無フィーダー細胞培養による単一分散ヒトES細胞の培養
【0088】
(方法)
マウス胎児線維芽細胞(MEF)などのフィーダー細胞を用いない無フィーダー細胞培養でも、ROCK阻害剤処理によりヒトES細胞の単一分散培養が可能かを実証するために、既知の文献(Xu C-H et al., Nature Biotechnol.19, 971-974 (2001))の方法に従って、MEFにより調製した細胞外マトリクス上でヒトES細胞を培養した。具体的には、上記文献に従い、コンフルエントに培養したMEF細胞を培養ディッシュ上でデオキシコール酸法により溶解し、細胞外マトリクスのみ残した。その上に、単一分散したヒトES細胞(96ウェルプレートの1ウェルあたり500個)を通常のMEF細胞上での培養と同様の手法(前記の実施例)でY−27632処理下(10μM又は0μM)に播種した。培養液には、ヒトES細胞維持培地をMEFと予め一日間培養した馴化培地(conditioned medium)を用いた。5日後に形成したヒトES細胞コロニー数を計測した。
【0089】
(結果)
Y−27632処理群では播種したヒトES細胞あたり10.2%と高いクローン化効率を認めた。一方、Y−27632未処理群では、0.2%未満のクローン化効率であった。また、Y−27632処理群で形成されたコロニーは未分化マーカーであるアルカリフォスファターゼ強陽性であった。これらの所見は、ROCK阻害剤がフィーダー細胞ではなく、直接ヒトES細胞に作用しコロニー形成を促進したことを示す。さらに、フィーダー細胞との共培養を用いなくとも、適切に調製した細胞外マトリクス上で、液性因子(例、馴化培地に含まれるもの)の存在下にヒトES細胞を培養する場合、ROCK阻害剤によりヒトES細胞の単一分散培養が可能であることが実証された。
【0090】
実施例7:ROCK阻害剤の短時間処理による単一分散ヒトES細胞の維持培養
【0091】
(方法)
単一分散ヒトES細胞の維持培養に関し、Y−27632が分散培養早期の細胞生存を促進するかを検討するために、Y−27632の処理時間を下記の3つの群に分けて、維持培養における細胞生存の促進効果を比較した。
第1群:ヒトES細胞の分散培養過程でY−27632処理(10μM、以下同様)を前処理1時間及び分散後の培養の最初12時間のみ行ったもの。
第2群:ヒトES細胞の分散培養過程でY−27632処理を前処理1時間及び分散後の全培養期間行ったもの。
第3群:Y−27632処理を全く行わなかったもの。
【0092】
これらの群について、MEF層上での維持培養の系において、播種した細胞数(6ウェルプレート1ウェルあたり5×10細胞)あたりの3日後の生存細胞数を計測した。
【0093】
(結果)
Y−27632未処理の第3群は、3日後には、播種した全細胞数のうち1%以下の細胞しか生存しなかった。一方、Y−27632を分散後12時間処理した第1群では、播種細胞数の270%の細胞数を計測し;Y−27632を持続処理した第2群では、播種細胞数の290%の細胞数を計測した。これらの結果は、接着培養によるヒトES細胞の維持培養では、Y−27632処理は分散培養開始後最初の半日で十分高い促進効果を有することを示す。
【0094】
実施例8:ヒトES細胞維持培養におけるROCK阻害剤処理による細胞増殖促進活性
【0095】
(方法)
上記の実施例7と同様の実験で、第1群、第2群について、培養期間を6日間に延長し、分散培養開始後6日間の細胞増殖に対するY−27632の効果を調べた。
【0096】
(結果)
6日後における細胞数は、第1群で当初の播種細胞数の670%に、第2群では860%にそれぞれ増加していた。分散培養開始後2日から6日間の間の細胞数をもとにした集団倍加時間は第1群で49.0時間、第2群で41.5時間であり;第2群では倍加時間が半分に短縮していた。なお、第1群、第2群の双方において、3日及び5日の段階でのアポトーシスの比率(活性型カスパーゼ3陽性細胞率)は全細胞の1%未満であった。これらの結果は、Y−27632が、分散培養開始直後に細胞生存支持活性を有することに加え、その後生存した細胞に対する細胞増殖促進活性をも有することを示す。
【0097】
したがって、幹細胞をROCK阻害剤の存在下で培養し、本発明はその培養方法及び培地を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト多分化能性幹細胞をROCK(Rhoキナーゼ)阻害剤で処理することを含む、ヒト多分化能性幹細胞の維持培養方法。
【請求項2】
ヒト多分化能性幹細胞がヒト胚性幹細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ヒト多分化能性幹細胞が分散している、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
分散したヒト多分化能性幹細胞が、単一ヒト多分化能性幹細胞であるか、又は凝集したヒト多分化能性幹細胞である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
ヒト多分化能性幹細胞を分散させること、並びにヒト多分化能性幹細胞をROCK(Rhoキナーゼ)阻害剤で処理することを含む、請求項1〜4のいずれか記載の方法。
【請求項6】
ヒト多分化能性幹細胞の分散前に、ヒト多分化能性幹細胞をROCK阻害剤で処理する、請求項5記載の方法。
【請求項7】
ヒト多分化能性幹細胞の分散後に、ヒト多分化能性幹細胞をROCK阻害剤で処理する、請求項5又は6記載の方法。
【請求項8】
ROCK阻害剤が、Y−27632、Fasudil又はH−1152である、請求項1〜7のいずれか記載の方法。
【請求項9】
ヒト多分化能性幹細胞を接着培養又は浮遊培養で培養する、請求項1〜8のいずれか記載の方法。
【請求項10】
(a)ヒト多分化能性幹細胞の純化又はクローン化、(b)ヒト多分化能性幹細胞の遺伝子改変株の製造、あるいは(c)浮遊培養による神経細胞の製造のために用いられる、請求項1〜9のいずれか記載の方法。
【請求項11】
神経細胞が前脳神経細胞である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
生存率及び/又は増殖能が改善されたヒト多分化能性幹細胞あるいは分化効率が向上したヒト多分化能性幹細胞からの分化細胞の製造方法であって、該方法は、ROCK阻害剤の存在下において、ヒト多分化能性幹細胞を培養することを含む、方法。
【請求項13】
ヒト多分化能性幹細胞をROCK阻害剤で処理することを含む、ヒト多分化能性幹細胞の処理方法。
【請求項14】
ヒト多分化能性幹細胞及びROCK阻害剤を含む、細胞調製物。
【請求項15】
ヒト多分化能性幹細胞が分散している、請求項14記載の細胞調製物。
【請求項16】
ROCK阻害剤を含む、ヒト多分化能性幹細胞の維持培養用培地。
【請求項17】
基礎培地及びROCK阻害剤を含む、請求項16記載の培地。
【請求項18】
無血清である、請求項16又は17記載の培地。
【請求項19】
ROCK阻害剤を含む培地においてヒト多分化能性幹細胞を培養することを含む、クローン化効率又は継代効率を促進するためのヒト多分化能性幹細胞の培養方法。
【請求項20】
ROCK阻害剤の存在下でヒト多分化能性幹細胞を培養することを含む、ヒト多分化能性幹細胞培養におけるコロニー形成の促進方法。
【請求項21】
ROCK阻害剤の存在下でヒト多分化能性幹細胞を培養することを含む、ヒト多分化能性幹細胞培養におけるクローン化効率又は継代効率の改善方法。
【請求項22】
請求項19〜21のいずれか記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、フィーダー細胞、フィーダー細胞抽出物、及び/又は血清の非存在下で培養される、方法。
【請求項23】
請求項19〜22のいずれか記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、サブクローニング又は継代の前に、ROCK阻害剤の存在下で培養される、方法。
【請求項24】
請求項23記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、サブクローニング又は継代の前に少なくとも1時間、ROCK阻害剤の存在下で培養される、方法。
【請求項25】
請求項19〜24のいずれか記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、サブクローニング又は継代の後、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項26】
請求項25記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、少なくとも約12時間、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項27】
請求項26記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、少なくとも約2、約4、又は約6日間、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項28】
請求項25記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、少なくとも1〜5継代の間、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項29】
請求項19〜28のいずれか記載の方法であって、ROCK阻害剤がその後培地から除去される、方法。
【請求項30】
請求項29記載の方法であって、ROCK阻害剤が約12時間後に除去される、方法。
【請求項31】
請求項29記載の方法であって、ROCK阻害剤が約2、約4又は約6日間後に除去される、方法。
【請求項32】
請求項29記載の方法であって、ROCK阻害剤が少なくとも1〜5継代の後除去される、方法。
【請求項33】
ヒト多分化能性幹細胞をROCK阻害剤に接触させることを含む、培養物におけるヒト多分化能性幹細胞の生存の改善方法。
【請求項34】
請求項33記載の方法であって、培養物が浮遊状態で分散したヒト多分化能性幹細胞又はヒト多分化能性幹細胞の塊を含む、方法。
【請求項35】
請求項33又は34記載の方法であって、培養物が低密度のヒト多分化能性幹細胞を含む、方法。
【請求項36】
請求項33〜35のいずれか記載の方法であって、培養物がクローン密度のヒト多分化能性幹細胞を含む、方法。
【請求項37】
請求項33〜36のいずれか記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が少なくとも約12時間、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項38】
請求項37記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、少なくとも約2、約4、又は約6日間、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項39】
請求項37記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞が、少なくとも1〜5継代の間、ROCK阻害剤の存在下で維持される、方法。
【請求項40】
請求項33〜39のいずれか記載の方法であって、ROCK阻害剤がその後培地から除去される、方法。
【請求項41】
請求項40記載の方法であって、ROCK阻害剤が約12時間後に除去される、方法。
【請求項42】
請求項40記載の方法であって、ROCK阻害剤が約2、約4又は約6日間後に除去される、方法。
【請求項43】
請求項40記載の方法であって、ROCK阻害剤が少なくとも1〜5継代の後除去される、方法。
【請求項44】
請求項19〜43のいずれか記載の方法であって、ヒト多分化能性幹細胞がヒト胚性幹細胞である、方法。
【請求項45】
請求項19〜44のいずれか記載の方法であって、ROCK阻害剤がY−27632、Fasudil又はH−1152である、方法。
【請求項46】
ヒトES細胞の培養方法であって、該方法が以下工程:
−培養物中で、必要に応じてフィーダー上で、多分化能性状態でヒトES細胞を維持する工程;
−少なくとも1度、ヒトES細胞を継代する工程;
−培地がフィーダー、血清及び血清抽出物を含まないように、培地から血清、血清抽出物(存在する場合)を除去する工程並びにフィーダー(存在する場合)を除去する工程;並びに
−その後、ROCK阻害剤の存在下で、多分化能性状態でヒトES細胞を維持する工程;
を含む、方法。
【請求項47】
請求項46記載の方法であって、ヒトES細胞が、血清、血清抽出物及び/又はフィーダーの除去の前に、ROCK阻害剤の存在下で培養される、方法。
【請求項48】
ヒトES細胞のトランスフェクト集団を得る方法であって、該方法が以下工程:
−選択マーカーをコードするコンストラクトで、ヒトES細胞をトランスフェクトする工程;
−ヒトES細胞を蒔く工程;
−ROCK阻害剤の存在下でヒトES細胞を培養する工程;及び
−選択マーカーを発現する細胞を選択する工程;
を含む、方法。
【請求項49】
請求項48記載の方法であって、ROCK阻害剤の存在下で、選択マーカーを発現するヒトES細胞をサブクローニングする工程をさらに含む、方法。
【請求項50】
血清及び血清抽出物を含まないヒト多分化能性幹細胞の維持培養用培地であって、以下:
−基礎培地;
−ROCK阻害剤;及び
−鉄輸送体、を含む、培地。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図2−3】
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【図2−4】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図3−3】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【図4−3】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−99345(P2013−99345A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2013−4088(P2013−4088)
【出願日】平成25年1月11日(2013.1.11)
【分割の表示】特願2009−528790(P2009−528790)の分割
【原出願日】平成19年9月24日(2007.9.24)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】