底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育する方法
【課題】底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育する方法。
【解決手段】海藻類、例えばアマノリのスフェロプラストを原料とする飼料で底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することで水槽の汚れも無く、大量の底棲性二枚貝を陸上水槽で長期間安定的に飼育することが可能となる。同時に、底棲性二枚貝の飼育水槽で増殖した匍匐性櫂脚類を回収し、同飼料で大量増殖させて魚類や甲殻類の種苗生産用の生物餌料として利用することが可能となる。
【解決手段】海藻類、例えばアマノリのスフェロプラストを原料とする飼料で底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することで水槽の汚れも無く、大量の底棲性二枚貝を陸上水槽で長期間安定的に飼育することが可能となる。同時に、底棲性二枚貝の飼育水槽で増殖した匍匐性櫂脚類を回収し、同飼料で大量増殖させて魚類や甲殻類の種苗生産用の生物餌料として利用することが可能となる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スサビノリのスフェロプラストを原料として含む飼料で底棲性二枚貝を陸上飼育するに際し、匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって飼育水槽壁や低部の汚れを防ぎ、長期間安定的な飼育を可能にする方法に関するものである。また、大量に増殖した匍匐性櫂脚類を、生物餌料として魚や甲殻類の種苗生産時に利用する方法に関するものである。
【0002】
最近日本では未だ原因不明であるものの、底棲性二枚貝類の資源が著しく減少している。代表的な底棲性二枚貝であるアサリやハマグリなどは、その需要の大部分を海外からの輸入に頼っているのが実情である。また、海外からの輸入品に底棲性二枚貝類の外敵生物が混合して被害を及ぼすという事態も生じている。この現状を改善するには資源減少の原因を特定して取り除き、人工的に大量生産した種苗を各地に放流することが必要であるが、これを実現するにはまだ相当の時間を要するものと思われる。
【0003】
未だ日本で二枚貝類の大規模な種苗生産や養殖が行われていない理由の第一は、適切な二枚貝用人工飼料が存在しないことにある。そのため、通常はキートセロス、パブロバ、イソクリシス等の植物プランクトンを人為的に培養して生物餌料として用いているが、長期間安定して高濃度で培養することが難しい。この点に着目して、近年ではキートセロス(Chaetoceros calcitrans、Chaetoceros gracilis)を濃縮した製品も市販されるようになったが、高価であるため大量に使用されるには至っておらず、また成貝の養殖や蓄養などに使用できる状況にはない。
【0004】
このような状況を改善するため、本発明者らは、スサビノリのスフェロプラストを主原料とする飼料を開発した(特許文献1、特許文献2)。アマノリ属のスサビノリは日本における代表的な養殖海藻で、年間約40万トン生産されており、入手は容易である。また、栄養成分も海藻の中では蛋白質に富み、多くの生物にとって必須のアミノ酸であるイソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリン、ヒスチジン、アルギニン等の含量が多い。更に二枚貝をはじめとする軟体動物に多量に含まれているタウリンも多い(約1000mg/100g乾物)。ビタミン類ではA、K等の脂溶性ビタミン、B1、B2、ナイアシン、葉酸、B12、C等の水溶性ビタミン、ミネラル類ではK、Mg、P、Fe等が多く含まれている。更に、脂肪酸組成では陸上動物においても水棲動物においても重要な生理活性を有しているエイコサペンタエン酸が占める割合が高い。
【0005】
底棲性二枚貝類は、一般に短時間で大量の水を濾過し、その中に含まれている餌を取り込む。餌のうち消化管に取り込まれなかった分は擬糞として、取り込まれた分のうち消化吸収されなかった部分は糞として排泄する。取り込まれる餌の量が大量であるため排泄量も著しく多い。二枚貝を水槽で飼育する場合には、食べ残された餌と排泄物によって水槽内環境が著しく悪化するため、大量の二枚貝を長期間安定して飼育するのは難しい。
【0006】
残餌や排泄物による水槽内環境悪化を防止する方法は、物理的処理法と生物学的処理法が考えられる。物理的処理法としては、(1)底棲性二枚貝の飼育水槽の底部を二重構造にし、残餌や排泄物を貝が居る部分の下部に集めて強い水流によって水槽外に排出する方法、(2)貝が棲息する部分の下から強い水を噴出し、残餌や排泄物を水槽外に排出する方法、が考えられる。しかしながらこのような物理的な処理法で大量の貝を飼育する場合には設備が大規模になり、費用的な面で現実的でない。
【0007】
【特許文献1】特開2005−245227号公報
【特許文献2】特開2006−25748号公報
【非特許文献1】「プロトプラスト単離技術」(水産学シリーズ 113、有用海藻のバイオテクノロジー、p62−72)恒星社厚生閣、1997年
【非特許文献2】「種苗生産と生物餌料」(新水産学全集14、魚類の栄養と飼料、p81−110)、恒星社厚生閣、1980
【非特許文献3】日本水産学会誌、71(6)、p923-927、2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明においては、水槽で底棲性二枚貝を飼育する場合に大きな問題になる残餌と排泄物による水槽内環境の悪化を解決し、長期間安定的に飼育できる方法を提供することを課題とする。
【0009】
[0006]に記載の理由により、物理的処理法は現実的ではないことが明らかになったため、本発明者らは生物学的処理法による解決を図り、鋭意研究を行った結果、本発明を完成させるに至った。課題を解決するための手段は以下の通りである。
(1)海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
(2)海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって、飼育水槽壁や底部の汚れを防ぐことを特徴とする、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
(3)海藻がアマノリ属の海藻であることを特徴とする、前記(1)または(2)に記載の方法。
(4)匍匐性櫂脚類がIdya furcata (Baird)であることを特徴とする前記(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記(1)から(4)のいずれかに記載した方法で飼育することにより増殖した匍匐性櫂脚類を、生物餌料として使用することを特徴とする、魚や甲殻類の種苗生産方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、アサリやハマグリのような底棲性二枚貝を陸上の水槽で大量に安定的に長期間飼育できるようになる。また、二枚貝の飼育の際、同時に増殖した匍匐性櫂脚類は、魚や甲殻類の種苗生産時に生物餌料として利用できる。本発明の実施により、生産者・消費者ともに大きな利益を得られるばかりでなく、底棲性二枚貝類の陸上養殖や蓄養という新事業を開拓できる可能性が生じる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(発明の実施態様1)
本発明の飼育方法は、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類の餌として海藻を利用することを特徴とする。海藻には色々な種類があるが、二枚貝用飼料及び/又は匍匐性櫂脚類の飼料として考えると、安全であること、安定して大量に入手できること、栄養成分が優れていること等が必要である。また、二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類が摂食することができる餌の大きさは2〜100μm、より好ましくは5〜50μmであることから、海藻を構成する細胞の一つ一つを分離させたプロトプラスト、あるいは数個程度の細胞が互いに付着したスフェロプラストにまで分解する必要がある。よって、プロトプラストあるいはスフェロプラストの調製法が確立されている海藻であることも必要である。以上の理由により、例えばアマノリ属の海藻、特にスサビノリを使用するのが望ましいが、安全で入手が容易、しかも栄養成分が優れており、プロトプラストの調製法が確立されている海藻であれば何でも良く、特にスサビノリに限定されるものではない。
【0012】
なお、スサビノリのプロトプラスト調製法は荒木によって確立されている(非特許文献1)が、完全なプロトプラストにまで調製しようとするとコストが非常に高く、回収率も低く、実用的でない。むしろ底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類が食べられる餌の大きさを考慮して、スフェロプラストでも十分使用できると考え、本発明者らは前記プロトプラスト調製法を簡略化したスサビノリのスフェロプラスト調製法を考案した(特許文献1、特許文献2)。なお、左記方法はプロトプラストの調製法よりもかなり安価で、回収率も高いことが明らかになっている。
【0013】
海藻スフェロプラストを底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類の飼料または餌料に使用する場合には油、ビタミン混合、ミネラル混合等を適宣補足するのが望ましい。また、スフェロプラストを乾燥して油、ビタミン混合、ミネラル混合などを添加して用いるのが最良であるが、多少貝の成長が劣っても問題がない場合には、スフェロプラストを調製した後、遠心分離して濃縮した液状物をそのまま使用することも可能である。
【0014】
本発明における底棲性二枚貝とは、主にアサリ、ハマグリ、アカガイ、ホタテガイを指す。また、本発明における匍匐性櫂脚類とは、ソコミジンコ類、特にIdya furcata(Baird)を指す。
【0015】
(発明の実施態様2)
また本発明は、海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって、飼育水槽壁や底部の汚れを防ぐことを特徴とする、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法に関する。通常、底棲性二枚貝類を飼育水槽にて飼育する場合、残渣や擬糞あるいは排泄される糞によって水槽内環境が著しく悪化する。そのため、匍匐性櫂脚類を同じ水槽内に共生させ、これらの残渣、擬糞、糞などを匍匐性櫂脚類に摂食させることにより、水槽内の飼育環境が良好な状態に保たれるという効果を奏する。
【0016】
(発明の実施態様3)
更に本発明は、上記の方法で飼育することにより、飼育水槽内で増殖した匍匐性櫂脚類を、他の魚や甲殻類等の生物餌料として使用することを特徴とする、種苗生産方法に関するものである。本発明において発明者らは、海藻のスフェロプラストを用いて底棲性二枚貝を飼育すると、特定の匍匐性櫂脚類が増殖することを発見した。匍匐性櫂脚類はその大きさや栄養成分等から、魚介類の種苗生産における生物餌料として適すると考えられるが、これまでコペポーダ用の適切な餌料が存在しなかったため、匍匐性櫂脚類を大量培養することができず、実用化されていなかった。ゆえに海藻のスフェロプラストが匍匐性櫂脚類を飼育するための新規な生物餌料になり得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。本発明の種苗生産方法により得られた匍匐性櫂脚類は、魚や甲殻類の種苗生産用の餌料として利用することが可能である。
【0017】
上記の種苗生産方法の対象となる魚や甲殻類としては、マダイ、ヒラメ、トラフグ、アユ、ガザミ、クルマエビ等が考えられるが、それらに限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
以下、スサビノリのスフェロプラストを含む飼料と養魚用飼料を用いて底棲性二枚貝を飼育した例を紹介する。
【0019】
(実施例1)
試験飼料にはスサビノリのスフェロプラストを主原料とするスフェロプラスト飼料(試験区)と養魚用飼料(対照区1)の2種類を用いた。スフェロプラスト飼料は乾燥スフェロプラスト86.5%、Halver処方ビタミン混合5.0%、USP XII No.2 ミネラル混合4.5%、魚油4.5%よりなる。油以外の原料を配合した後、ハンマーミル(不二電機工業株式会社製サンプルミルKII−1型))で微粉砕し、更に微粉砕後油を添加・混合して試験飼料とした。養魚用飼料は当社アユ用スーパーゴールドで、魚粉を始めとする各種原料を配合した後、スフェロプラスト飼料同様にハンマーミルで微粉砕した。
【0020】
貝の飼育条件は以下の通りである。
飼育期間:2003年9月11日から10月11日。
飼育場所:北海道野付郡別海町本別海1-95 別海漁業協同組合ニシン種苗生産センター。
供試貝:約25g/個のアサリ成貝を1区当たり20個。
飼育水槽:20L容プラスチック角型水槽にプラスチック製角型網籠を入れ、これにアサリを収容。水槽の端から砂濾過海水を流し、更にエアーストーン1個を用いて通気し、溶存酸素を確保した。排水は水槽からのオーバーフローによる。
水温:水温調整は行わず、毎日の水温は自記水温計によって測定した。なお、飼育期間中の水温は14.8℃から17.1℃の範囲で変動し、平均は16.1℃であった。
投餌:1日に3gの試験飼料を2回に分けて与えた(午前に1.5g、午後に1.5g)。
投餌は、試験飼料を正確に秤量してミキサー(サン株式会社ミルミキサーFM-50)のカップへ入れ、適切量の海水をカップに入れ20秒間ミキシングを行い、止水通気状態の飼育水槽へ入れ、2時間摂餌させた後通水を再開するという手順で行った。
【0021】
1カ月の飼育試験終了時において、貝の活力、生残率、増肉量は両区で違いが見られなかった。しかしながら、水槽内の汚れの有無について、両区間で著しい違いが認められた。すなわち試験区では図1に示すように沈殿物は殆ど認められず、水槽はきれいな状態に保たれていたが、対照区1では図2、図3に示すように水槽の汚れが著しく、残餌、擬糞、糞などが著しく蓄積し、それらの沈殿物の表面にはカビ様の物体も生じていた。
【0022】
また、試験区の貝殻の状態は飼育試験開始時と同様きれいな状態であったが、対照区1の場合、貝殻表面の汚れを洗い落とすと黒い大きな斑点が認められ、商品として販売するには不適切な状態であった。黒い斑点が出来た原因としては、水槽底に生じた沈殿物部分に還元層が生じ、硫化水素を生じる状態になっていたことが考えられる。
【0023】
上記試験区の水槽がきれいな状態に保たれていた原因を調べるため、この水槽中を調べたところ、水槽壁がうす赤く見える程に匍匐性櫂脚類が大量に増殖していることがわかった。またこの匍匐性櫂脚類は水槽底や貝殻表面など、付着できる部分全てに付着していた。
【0024】
なお、試験区においても、飼育試験開始後20日目くらいまでは図4に示すように汚れが生じていたが、この汚れがその後の7〜10日間で急速になくなり、それと同時に匍匐性櫂脚類が急激に増殖していた。この結果から、この匍匐性櫂脚類は試験区の残餌、擬糞、糞などを餌として食べ、増殖していることが考えられた。また、試験区のアサリの活力、生残率、増肉量などが対照区に対して劣っていないので、この匍匐性櫂脚類はアサリに悪影響を及ぼしていないと判断できる。
【0025】
試験区にはこの匍匐性櫂脚類が大量に増殖したのに対し、魚粉を主原料とする対照区1にはほとんどこの匍匐性櫂脚類が認められなかったことから、この匍匐性櫂脚類は、海藻類のスフェロプラストやプロトプラスト、あるいは微粉砕した海藻類などを餌として利用できるが、魚粉などの動物性蛋白質や小麦粉などの陸上植物は餌として利用できないことが考えられた。
【0026】
以上の結果から、スサビノリのような海藻類あるいはそのスフェロプラスト、プロトプラストなどを原料として含む飼料を用いて、アサリ、ハマグリなどの底棲性二枚貝類とこの匍匐性櫂脚類を同じ水槽内で飼育すれば、陸上水槽で大量の貝を長期間飼育できるようになり、底棲性二枚貝類の陸上養殖や蓄養という新しい事業の可能性が考えられる。
【0027】
(実施例2)
次に、スサビノリのスフェロプラストを含む飼料(試験区)と市販の二枚貝育成用飼料M−1(日本農産工業株式会社製)(対照区2)とを用いて底棲性二枚貝を飼育し、それらの比較を行った。試験区の飼料の製造法は実施例1と同じである。また飼育期間は2005年10月5日から11月5日で、飼育水温は13.4℃から16.0℃であった。その他の飼育条件は実施例1と同じである。
【0028】
飼育試験終了時には、試験区は実施例1と同様に水槽は殆ど汚れておらず、また実施例1において増殖が認められたのと同じ種類の匍匐性櫂脚類が増殖していた。一方、対照区2は図5に示すようにかなり汚れており、汚れの大部分は排泄された糞であった。この糞が図6に示すように貝殻の表面に多量に付着していた。また汚れが多い部分では黒色の還元層が形成されており、更にその上部には水カビ状の白色の物体が形成されていた。
【0029】
また、対照区2における貝殻の表面を観察すると、図7に示すように汚れが付着していた部分の貝殻は黒色化しており、商品として販売するには不適切な状態であった。すなわち本実施例の結果も実施例1の結果と同様、スサビノリのような海藻類、そのスフェロプラストあるいはプロトプラストなどを原料として含む飼料を用い、アサリやハマグリなどの底棲性二枚貝とこの匍匐性櫂脚類を同じ水槽内で飼育すれば、陸上水槽で大量の二枚貝を長期間飼育することが可能となることを示唆する。
【0030】
(実施例3)
実施例1で試験区に大量増殖した匍匐性櫂脚類の種を調べた結果を記す。水槽壁に付着している櫂脚類をプランクトンネットに回収した。回収した櫂脚類は海水5%ホルマリン液で固定し、調査に供した。種の同定はオリンパス(登録商標)の顕微鏡(BH-2型双眼顕微鏡と双眼実体顕微鏡)とNikon(登録商標)社製の万能投影機V-12型を用いて行った。
【0031】
ホルマリン固定標本を調べてみるとこの匍匐性櫂脚類はほぼ単一の種類よりなっていることが分かった。生きていた個体をホルマリン固定した物は図8に示すように体が不透明で、体節や触覚、脚などの微細構造を調べ難い。固定標本には図9に示すような脱皮殻が多数含まれていた。この脱皮殻は透明で、顕微鏡の光量と焦点を調節することによって微細な構造を観察できる。よって、種の同定には生きていた個体をホルマリン固定した物と脱皮殻を固定した物の両者を用いた。種の同定は小久保清治著「プランクトン分類学」恒星社厚生閣(1967)を参考にして行った。その結果本種はIdya furcata (Baird)に同定された。
【0032】
体長の測定は以下の方法で実施した。ノープリウス期以外の200個体の頭頂から尾叉までの長さを前記万能投影機を用いて測定した。300μm以下の個体は認められなかったので、300μmから100μm刻みで組成比を調べた。結果は図10に示す。600〜700μmが19.5%、900〜1000μmが27.0%と二つのピークが認められた。900〜1000μmのピークは雌のみであるが、600〜700μmのピークは雄と雌が混在していた。この大きさは小久保が記述している成体の雄:0.6mm、成体の雌:1.0mmと良く一致している。700μm以上の個体は全て雌であると考えられることから、本種は雄よりも雌の個体数の方が多いのかも知れない。また一般的に考えれば、成体よりも幼生の占める割合が高い筈であるが、結果は逆になっている。これはノープリウス期には匍匐性(=付着性)ではなく遊泳性なので水流によって流出することに一つの原因がある。また、本種は常時物に付着しているのではなく、時折壁を離れて遊泳しているのが観察される。当然幼生は付着力や遊泳力が弱く、水流に流される確立が高いことも関係していると考えられる。本試験では非投餌時以外はかなりの水量を常時流していたので、ノープリウスと幼生のかなりの部分が流出したと思われる。
【0033】
ノープリウスの大きさも同様な方法で20個体を用いて測定した。その結果、最小個体は55μm、最大個体は65μmで、平均61μmであった。この値はS型のシオミズツボワムシ(約250μm)よりかなり小さく、もしこのノープリウスのみを多量に集めることが出来れば、種苗生産の初期にシオミズツボワムシよりも小型の生物餌料を必要とする魚や甲殻類の優れた餌となり得る可能性がある。[0032]で観察した個体のうち33個体が図11に示すように腹部に卵を有しており、繋卵率は16.5%であった。繋卵個体の最小個体は840μmであったので、生物学的最小型は840μm程度であると思われる。また、最大個体は1050μmであった。840μm以下でも頭胸部内に明らかに卵と判別できる物を多数有している個体が多数認められた(図12)。この卵が頭胸内で充分に熟すれば体外に排出され、繋卵されるのであろう。また、頭胸内に卵を有するか否かも雌雄を判別する一つのポイントになり得る。
【0034】
繋卵雌1個体当たり何個の卵を有するかを下記の方法で調べた。スライドグラスの載せた繋卵個体をカバーグラスで軽く押し、図13に示すように卵塊の卵1個1個を分散させ、顕微鏡下で卵を計数する。なお、供試個体は10個体であった。最少卵数は86個、最多卵数は149個で、平均卵数は113個/個体であった。産み出された卵の孵化率や孵化に要する日数などは未だ調べていないが、全体で雄より雌の占める割合が高いことや、1個体が有する卵数が非常に多いことなどを合わせ考えると、本種の増殖力はかなり強いと推定できる。
【0035】
本特許に記す以外にも数回の試験を行ったが、水槽内の汚れが殆ど無くなる程度に本種が増殖した水温は10℃から18℃の間であった。但し、18℃以上の水温で試験は行っていないので、18℃以上でも大量増殖できる可能性は有る。
【0036】
今回の試験では本種の栄養成分の分析は行わなかったが、近縁種であるチグリオプス(Tigriopus japonicus)の栄養成分(非特許文献2)から類推して、本種も海産魚や甲殻類の生物餌料として優れているものと思われる。また、[0032]や[0033]に示すように、本種の大きさは海産魚や甲殻類の初期餌料として適切であることや、増殖力も強いと思われることから、底棲性二枚貝の飼育水槽から本種のみを回収し、微粉砕した海藻類、スフェロプラスト、プロトプラストなどを与えて安定的に大量培養出来れば、アルテミアや天然櫂脚類に代わる生物餌料になり得ると思われる。
【0037】
本試験では底棲性二枚貝飼育水槽の底に蓄積したスサビノリスフェロプラスト由来の残餌、擬糞、糞などを餌として大量増殖する匍匐性櫂脚類について述べたが、その他の海藻や魚粉、陸上性植物由来の残餌、擬糞、糞などを餌として増殖し、貝に悪影響の無い匍匐性櫂脚類が得られるならば同様に利用でき、Idya furcata (Baird)に限定されるものではない(非特許文献3)。これは実施例1、実施例2で示したように、貝にとっては魚粉や陸上性植物を含む飼料も充分に利用できることから明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】試験区における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例1)
【図2】対照区1における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例1)
【図3】対照区1における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例1)
【図4】試験区における、飼育試験開始後20日の水槽を示す。(実施例1)
【図5】対照区2における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例2)
【図6】対照区2における、飼育試験終了後の貝殻表面を示す。(実施例2)
【図7】対照区2における飼育試験終了後の貝殻表面であり、表面の付着物の除去後の状態を示す。(実施例2)
【図8】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、櫂脚類の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図9】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、櫂脚類の脱皮殻の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図10】櫂脚類の体長分布を示すグラフ。(実施例3)
【図11】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、繋卵状態の櫂脚類の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図12】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、繋卵状態の櫂脚類(未成熟雌)の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図13】繋卵状態の櫂脚類から、卵塊の卵1個1個を分散させた際の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【技術分野】
【0001】
本発明は、スサビノリのスフェロプラストを原料として含む飼料で底棲性二枚貝を陸上飼育するに際し、匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって飼育水槽壁や低部の汚れを防ぎ、長期間安定的な飼育を可能にする方法に関するものである。また、大量に増殖した匍匐性櫂脚類を、生物餌料として魚や甲殻類の種苗生産時に利用する方法に関するものである。
【0002】
最近日本では未だ原因不明であるものの、底棲性二枚貝類の資源が著しく減少している。代表的な底棲性二枚貝であるアサリやハマグリなどは、その需要の大部分を海外からの輸入に頼っているのが実情である。また、海外からの輸入品に底棲性二枚貝類の外敵生物が混合して被害を及ぼすという事態も生じている。この現状を改善するには資源減少の原因を特定して取り除き、人工的に大量生産した種苗を各地に放流することが必要であるが、これを実現するにはまだ相当の時間を要するものと思われる。
【0003】
未だ日本で二枚貝類の大規模な種苗生産や養殖が行われていない理由の第一は、適切な二枚貝用人工飼料が存在しないことにある。そのため、通常はキートセロス、パブロバ、イソクリシス等の植物プランクトンを人為的に培養して生物餌料として用いているが、長期間安定して高濃度で培養することが難しい。この点に着目して、近年ではキートセロス(Chaetoceros calcitrans、Chaetoceros gracilis)を濃縮した製品も市販されるようになったが、高価であるため大量に使用されるには至っておらず、また成貝の養殖や蓄養などに使用できる状況にはない。
【0004】
このような状況を改善するため、本発明者らは、スサビノリのスフェロプラストを主原料とする飼料を開発した(特許文献1、特許文献2)。アマノリ属のスサビノリは日本における代表的な養殖海藻で、年間約40万トン生産されており、入手は容易である。また、栄養成分も海藻の中では蛋白質に富み、多くの生物にとって必須のアミノ酸であるイソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリン、ヒスチジン、アルギニン等の含量が多い。更に二枚貝をはじめとする軟体動物に多量に含まれているタウリンも多い(約1000mg/100g乾物)。ビタミン類ではA、K等の脂溶性ビタミン、B1、B2、ナイアシン、葉酸、B12、C等の水溶性ビタミン、ミネラル類ではK、Mg、P、Fe等が多く含まれている。更に、脂肪酸組成では陸上動物においても水棲動物においても重要な生理活性を有しているエイコサペンタエン酸が占める割合が高い。
【0005】
底棲性二枚貝類は、一般に短時間で大量の水を濾過し、その中に含まれている餌を取り込む。餌のうち消化管に取り込まれなかった分は擬糞として、取り込まれた分のうち消化吸収されなかった部分は糞として排泄する。取り込まれる餌の量が大量であるため排泄量も著しく多い。二枚貝を水槽で飼育する場合には、食べ残された餌と排泄物によって水槽内環境が著しく悪化するため、大量の二枚貝を長期間安定して飼育するのは難しい。
【0006】
残餌や排泄物による水槽内環境悪化を防止する方法は、物理的処理法と生物学的処理法が考えられる。物理的処理法としては、(1)底棲性二枚貝の飼育水槽の底部を二重構造にし、残餌や排泄物を貝が居る部分の下部に集めて強い水流によって水槽外に排出する方法、(2)貝が棲息する部分の下から強い水を噴出し、残餌や排泄物を水槽外に排出する方法、が考えられる。しかしながらこのような物理的な処理法で大量の貝を飼育する場合には設備が大規模になり、費用的な面で現実的でない。
【0007】
【特許文献1】特開2005−245227号公報
【特許文献2】特開2006−25748号公報
【非特許文献1】「プロトプラスト単離技術」(水産学シリーズ 113、有用海藻のバイオテクノロジー、p62−72)恒星社厚生閣、1997年
【非特許文献2】「種苗生産と生物餌料」(新水産学全集14、魚類の栄養と飼料、p81−110)、恒星社厚生閣、1980
【非特許文献3】日本水産学会誌、71(6)、p923-927、2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明においては、水槽で底棲性二枚貝を飼育する場合に大きな問題になる残餌と排泄物による水槽内環境の悪化を解決し、長期間安定的に飼育できる方法を提供することを課題とする。
【0009】
[0006]に記載の理由により、物理的処理法は現実的ではないことが明らかになったため、本発明者らは生物学的処理法による解決を図り、鋭意研究を行った結果、本発明を完成させるに至った。課題を解決するための手段は以下の通りである。
(1)海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
(2)海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって、飼育水槽壁や底部の汚れを防ぐことを特徴とする、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
(3)海藻がアマノリ属の海藻であることを特徴とする、前記(1)または(2)に記載の方法。
(4)匍匐性櫂脚類がIdya furcata (Baird)であることを特徴とする前記(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記(1)から(4)のいずれかに記載した方法で飼育することにより増殖した匍匐性櫂脚類を、生物餌料として使用することを特徴とする、魚や甲殻類の種苗生産方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、アサリやハマグリのような底棲性二枚貝を陸上の水槽で大量に安定的に長期間飼育できるようになる。また、二枚貝の飼育の際、同時に増殖した匍匐性櫂脚類は、魚や甲殻類の種苗生産時に生物餌料として利用できる。本発明の実施により、生産者・消費者ともに大きな利益を得られるばかりでなく、底棲性二枚貝類の陸上養殖や蓄養という新事業を開拓できる可能性が生じる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(発明の実施態様1)
本発明の飼育方法は、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類の餌として海藻を利用することを特徴とする。海藻には色々な種類があるが、二枚貝用飼料及び/又は匍匐性櫂脚類の飼料として考えると、安全であること、安定して大量に入手できること、栄養成分が優れていること等が必要である。また、二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類が摂食することができる餌の大きさは2〜100μm、より好ましくは5〜50μmであることから、海藻を構成する細胞の一つ一つを分離させたプロトプラスト、あるいは数個程度の細胞が互いに付着したスフェロプラストにまで分解する必要がある。よって、プロトプラストあるいはスフェロプラストの調製法が確立されている海藻であることも必要である。以上の理由により、例えばアマノリ属の海藻、特にスサビノリを使用するのが望ましいが、安全で入手が容易、しかも栄養成分が優れており、プロトプラストの調製法が確立されている海藻であれば何でも良く、特にスサビノリに限定されるものではない。
【0012】
なお、スサビノリのプロトプラスト調製法は荒木によって確立されている(非特許文献1)が、完全なプロトプラストにまで調製しようとするとコストが非常に高く、回収率も低く、実用的でない。むしろ底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類が食べられる餌の大きさを考慮して、スフェロプラストでも十分使用できると考え、本発明者らは前記プロトプラスト調製法を簡略化したスサビノリのスフェロプラスト調製法を考案した(特許文献1、特許文献2)。なお、左記方法はプロトプラストの調製法よりもかなり安価で、回収率も高いことが明らかになっている。
【0013】
海藻スフェロプラストを底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類の飼料または餌料に使用する場合には油、ビタミン混合、ミネラル混合等を適宣補足するのが望ましい。また、スフェロプラストを乾燥して油、ビタミン混合、ミネラル混合などを添加して用いるのが最良であるが、多少貝の成長が劣っても問題がない場合には、スフェロプラストを調製した後、遠心分離して濃縮した液状物をそのまま使用することも可能である。
【0014】
本発明における底棲性二枚貝とは、主にアサリ、ハマグリ、アカガイ、ホタテガイを指す。また、本発明における匍匐性櫂脚類とは、ソコミジンコ類、特にIdya furcata(Baird)を指す。
【0015】
(発明の実施態様2)
また本発明は、海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって、飼育水槽壁や底部の汚れを防ぐことを特徴とする、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法に関する。通常、底棲性二枚貝類を飼育水槽にて飼育する場合、残渣や擬糞あるいは排泄される糞によって水槽内環境が著しく悪化する。そのため、匍匐性櫂脚類を同じ水槽内に共生させ、これらの残渣、擬糞、糞などを匍匐性櫂脚類に摂食させることにより、水槽内の飼育環境が良好な状態に保たれるという効果を奏する。
【0016】
(発明の実施態様3)
更に本発明は、上記の方法で飼育することにより、飼育水槽内で増殖した匍匐性櫂脚類を、他の魚や甲殻類等の生物餌料として使用することを特徴とする、種苗生産方法に関するものである。本発明において発明者らは、海藻のスフェロプラストを用いて底棲性二枚貝を飼育すると、特定の匍匐性櫂脚類が増殖することを発見した。匍匐性櫂脚類はその大きさや栄養成分等から、魚介類の種苗生産における生物餌料として適すると考えられるが、これまでコペポーダ用の適切な餌料が存在しなかったため、匍匐性櫂脚類を大量培養することができず、実用化されていなかった。ゆえに海藻のスフェロプラストが匍匐性櫂脚類を飼育するための新規な生物餌料になり得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。本発明の種苗生産方法により得られた匍匐性櫂脚類は、魚や甲殻類の種苗生産用の餌料として利用することが可能である。
【0017】
上記の種苗生産方法の対象となる魚や甲殻類としては、マダイ、ヒラメ、トラフグ、アユ、ガザミ、クルマエビ等が考えられるが、それらに限定されるものではない。
【実施例】
【0018】
以下、スサビノリのスフェロプラストを含む飼料と養魚用飼料を用いて底棲性二枚貝を飼育した例を紹介する。
【0019】
(実施例1)
試験飼料にはスサビノリのスフェロプラストを主原料とするスフェロプラスト飼料(試験区)と養魚用飼料(対照区1)の2種類を用いた。スフェロプラスト飼料は乾燥スフェロプラスト86.5%、Halver処方ビタミン混合5.0%、USP XII No.2 ミネラル混合4.5%、魚油4.5%よりなる。油以外の原料を配合した後、ハンマーミル(不二電機工業株式会社製サンプルミルKII−1型))で微粉砕し、更に微粉砕後油を添加・混合して試験飼料とした。養魚用飼料は当社アユ用スーパーゴールドで、魚粉を始めとする各種原料を配合した後、スフェロプラスト飼料同様にハンマーミルで微粉砕した。
【0020】
貝の飼育条件は以下の通りである。
飼育期間:2003年9月11日から10月11日。
飼育場所:北海道野付郡別海町本別海1-95 別海漁業協同組合ニシン種苗生産センター。
供試貝:約25g/個のアサリ成貝を1区当たり20個。
飼育水槽:20L容プラスチック角型水槽にプラスチック製角型網籠を入れ、これにアサリを収容。水槽の端から砂濾過海水を流し、更にエアーストーン1個を用いて通気し、溶存酸素を確保した。排水は水槽からのオーバーフローによる。
水温:水温調整は行わず、毎日の水温は自記水温計によって測定した。なお、飼育期間中の水温は14.8℃から17.1℃の範囲で変動し、平均は16.1℃であった。
投餌:1日に3gの試験飼料を2回に分けて与えた(午前に1.5g、午後に1.5g)。
投餌は、試験飼料を正確に秤量してミキサー(サン株式会社ミルミキサーFM-50)のカップへ入れ、適切量の海水をカップに入れ20秒間ミキシングを行い、止水通気状態の飼育水槽へ入れ、2時間摂餌させた後通水を再開するという手順で行った。
【0021】
1カ月の飼育試験終了時において、貝の活力、生残率、増肉量は両区で違いが見られなかった。しかしながら、水槽内の汚れの有無について、両区間で著しい違いが認められた。すなわち試験区では図1に示すように沈殿物は殆ど認められず、水槽はきれいな状態に保たれていたが、対照区1では図2、図3に示すように水槽の汚れが著しく、残餌、擬糞、糞などが著しく蓄積し、それらの沈殿物の表面にはカビ様の物体も生じていた。
【0022】
また、試験区の貝殻の状態は飼育試験開始時と同様きれいな状態であったが、対照区1の場合、貝殻表面の汚れを洗い落とすと黒い大きな斑点が認められ、商品として販売するには不適切な状態であった。黒い斑点が出来た原因としては、水槽底に生じた沈殿物部分に還元層が生じ、硫化水素を生じる状態になっていたことが考えられる。
【0023】
上記試験区の水槽がきれいな状態に保たれていた原因を調べるため、この水槽中を調べたところ、水槽壁がうす赤く見える程に匍匐性櫂脚類が大量に増殖していることがわかった。またこの匍匐性櫂脚類は水槽底や貝殻表面など、付着できる部分全てに付着していた。
【0024】
なお、試験区においても、飼育試験開始後20日目くらいまでは図4に示すように汚れが生じていたが、この汚れがその後の7〜10日間で急速になくなり、それと同時に匍匐性櫂脚類が急激に増殖していた。この結果から、この匍匐性櫂脚類は試験区の残餌、擬糞、糞などを餌として食べ、増殖していることが考えられた。また、試験区のアサリの活力、生残率、増肉量などが対照区に対して劣っていないので、この匍匐性櫂脚類はアサリに悪影響を及ぼしていないと判断できる。
【0025】
試験区にはこの匍匐性櫂脚類が大量に増殖したのに対し、魚粉を主原料とする対照区1にはほとんどこの匍匐性櫂脚類が認められなかったことから、この匍匐性櫂脚類は、海藻類のスフェロプラストやプロトプラスト、あるいは微粉砕した海藻類などを餌として利用できるが、魚粉などの動物性蛋白質や小麦粉などの陸上植物は餌として利用できないことが考えられた。
【0026】
以上の結果から、スサビノリのような海藻類あるいはそのスフェロプラスト、プロトプラストなどを原料として含む飼料を用いて、アサリ、ハマグリなどの底棲性二枚貝類とこの匍匐性櫂脚類を同じ水槽内で飼育すれば、陸上水槽で大量の貝を長期間飼育できるようになり、底棲性二枚貝類の陸上養殖や蓄養という新しい事業の可能性が考えられる。
【0027】
(実施例2)
次に、スサビノリのスフェロプラストを含む飼料(試験区)と市販の二枚貝育成用飼料M−1(日本農産工業株式会社製)(対照区2)とを用いて底棲性二枚貝を飼育し、それらの比較を行った。試験区の飼料の製造法は実施例1と同じである。また飼育期間は2005年10月5日から11月5日で、飼育水温は13.4℃から16.0℃であった。その他の飼育条件は実施例1と同じである。
【0028】
飼育試験終了時には、試験区は実施例1と同様に水槽は殆ど汚れておらず、また実施例1において増殖が認められたのと同じ種類の匍匐性櫂脚類が増殖していた。一方、対照区2は図5に示すようにかなり汚れており、汚れの大部分は排泄された糞であった。この糞が図6に示すように貝殻の表面に多量に付着していた。また汚れが多い部分では黒色の還元層が形成されており、更にその上部には水カビ状の白色の物体が形成されていた。
【0029】
また、対照区2における貝殻の表面を観察すると、図7に示すように汚れが付着していた部分の貝殻は黒色化しており、商品として販売するには不適切な状態であった。すなわち本実施例の結果も実施例1の結果と同様、スサビノリのような海藻類、そのスフェロプラストあるいはプロトプラストなどを原料として含む飼料を用い、アサリやハマグリなどの底棲性二枚貝とこの匍匐性櫂脚類を同じ水槽内で飼育すれば、陸上水槽で大量の二枚貝を長期間飼育することが可能となることを示唆する。
【0030】
(実施例3)
実施例1で試験区に大量増殖した匍匐性櫂脚類の種を調べた結果を記す。水槽壁に付着している櫂脚類をプランクトンネットに回収した。回収した櫂脚類は海水5%ホルマリン液で固定し、調査に供した。種の同定はオリンパス(登録商標)の顕微鏡(BH-2型双眼顕微鏡と双眼実体顕微鏡)とNikon(登録商標)社製の万能投影機V-12型を用いて行った。
【0031】
ホルマリン固定標本を調べてみるとこの匍匐性櫂脚類はほぼ単一の種類よりなっていることが分かった。生きていた個体をホルマリン固定した物は図8に示すように体が不透明で、体節や触覚、脚などの微細構造を調べ難い。固定標本には図9に示すような脱皮殻が多数含まれていた。この脱皮殻は透明で、顕微鏡の光量と焦点を調節することによって微細な構造を観察できる。よって、種の同定には生きていた個体をホルマリン固定した物と脱皮殻を固定した物の両者を用いた。種の同定は小久保清治著「プランクトン分類学」恒星社厚生閣(1967)を参考にして行った。その結果本種はIdya furcata (Baird)に同定された。
【0032】
体長の測定は以下の方法で実施した。ノープリウス期以外の200個体の頭頂から尾叉までの長さを前記万能投影機を用いて測定した。300μm以下の個体は認められなかったので、300μmから100μm刻みで組成比を調べた。結果は図10に示す。600〜700μmが19.5%、900〜1000μmが27.0%と二つのピークが認められた。900〜1000μmのピークは雌のみであるが、600〜700μmのピークは雄と雌が混在していた。この大きさは小久保が記述している成体の雄:0.6mm、成体の雌:1.0mmと良く一致している。700μm以上の個体は全て雌であると考えられることから、本種は雄よりも雌の個体数の方が多いのかも知れない。また一般的に考えれば、成体よりも幼生の占める割合が高い筈であるが、結果は逆になっている。これはノープリウス期には匍匐性(=付着性)ではなく遊泳性なので水流によって流出することに一つの原因がある。また、本種は常時物に付着しているのではなく、時折壁を離れて遊泳しているのが観察される。当然幼生は付着力や遊泳力が弱く、水流に流される確立が高いことも関係していると考えられる。本試験では非投餌時以外はかなりの水量を常時流していたので、ノープリウスと幼生のかなりの部分が流出したと思われる。
【0033】
ノープリウスの大きさも同様な方法で20個体を用いて測定した。その結果、最小個体は55μm、最大個体は65μmで、平均61μmであった。この値はS型のシオミズツボワムシ(約250μm)よりかなり小さく、もしこのノープリウスのみを多量に集めることが出来れば、種苗生産の初期にシオミズツボワムシよりも小型の生物餌料を必要とする魚や甲殻類の優れた餌となり得る可能性がある。[0032]で観察した個体のうち33個体が図11に示すように腹部に卵を有しており、繋卵率は16.5%であった。繋卵個体の最小個体は840μmであったので、生物学的最小型は840μm程度であると思われる。また、最大個体は1050μmであった。840μm以下でも頭胸部内に明らかに卵と判別できる物を多数有している個体が多数認められた(図12)。この卵が頭胸内で充分に熟すれば体外に排出され、繋卵されるのであろう。また、頭胸内に卵を有するか否かも雌雄を判別する一つのポイントになり得る。
【0034】
繋卵雌1個体当たり何個の卵を有するかを下記の方法で調べた。スライドグラスの載せた繋卵個体をカバーグラスで軽く押し、図13に示すように卵塊の卵1個1個を分散させ、顕微鏡下で卵を計数する。なお、供試個体は10個体であった。最少卵数は86個、最多卵数は149個で、平均卵数は113個/個体であった。産み出された卵の孵化率や孵化に要する日数などは未だ調べていないが、全体で雄より雌の占める割合が高いことや、1個体が有する卵数が非常に多いことなどを合わせ考えると、本種の増殖力はかなり強いと推定できる。
【0035】
本特許に記す以外にも数回の試験を行ったが、水槽内の汚れが殆ど無くなる程度に本種が増殖した水温は10℃から18℃の間であった。但し、18℃以上の水温で試験は行っていないので、18℃以上でも大量増殖できる可能性は有る。
【0036】
今回の試験では本種の栄養成分の分析は行わなかったが、近縁種であるチグリオプス(Tigriopus japonicus)の栄養成分(非特許文献2)から類推して、本種も海産魚や甲殻類の生物餌料として優れているものと思われる。また、[0032]や[0033]に示すように、本種の大きさは海産魚や甲殻類の初期餌料として適切であることや、増殖力も強いと思われることから、底棲性二枚貝の飼育水槽から本種のみを回収し、微粉砕した海藻類、スフェロプラスト、プロトプラストなどを与えて安定的に大量培養出来れば、アルテミアや天然櫂脚類に代わる生物餌料になり得ると思われる。
【0037】
本試験では底棲性二枚貝飼育水槽の底に蓄積したスサビノリスフェロプラスト由来の残餌、擬糞、糞などを餌として大量増殖する匍匐性櫂脚類について述べたが、その他の海藻や魚粉、陸上性植物由来の残餌、擬糞、糞などを餌として増殖し、貝に悪影響の無い匍匐性櫂脚類が得られるならば同様に利用でき、Idya furcata (Baird)に限定されるものではない(非特許文献3)。これは実施例1、実施例2で示したように、貝にとっては魚粉や陸上性植物を含む飼料も充分に利用できることから明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】試験区における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例1)
【図2】対照区1における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例1)
【図3】対照区1における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例1)
【図4】試験区における、飼育試験開始後20日の水槽を示す。(実施例1)
【図5】対照区2における、飼育試験終了後の水槽を示す。(実施例2)
【図6】対照区2における、飼育試験終了後の貝殻表面を示す。(実施例2)
【図7】対照区2における飼育試験終了後の貝殻表面であり、表面の付着物の除去後の状態を示す。(実施例2)
【図8】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、櫂脚類の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図9】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、櫂脚類の脱皮殻の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図10】櫂脚類の体長分布を示すグラフ。(実施例3)
【図11】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、繋卵状態の櫂脚類の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図12】飼育試験終了後、試験区の水槽から回収した、繋卵状態の櫂脚類(未成熟雌)の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【図13】繋卵状態の櫂脚類から、卵塊の卵1個1個を分散させた際の顕微鏡写真を示す。(実施例3)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
【請求項2】
海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって、飼育水槽壁や底部の汚れを防ぐことを特徴とする、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
【請求項3】
海藻がアマノリ属の海藻であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
匍匐性櫂脚類がIdya furcata (Baird)であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載した方法で飼育することにより増殖した匍匐性櫂脚類を、生物餌料として使用することを特徴とする、魚や甲殻類の種苗生産方法。
【請求項1】
海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
【請求項2】
海藻のスフェロプラストを原料とする飼料で、底棲性二枚貝と匍匐性櫂脚類を混合飼育することによって、飼育水槽壁や底部の汚れを防ぐことを特徴とする、底棲性二枚貝及び/又は匍匐性櫂脚類を飼育する方法。
【請求項3】
海藻がアマノリ属の海藻であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
匍匐性櫂脚類がIdya furcata (Baird)であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載した方法で飼育することにより増殖した匍匐性櫂脚類を、生物餌料として使用することを特徴とする、魚や甲殻類の種苗生産方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−236280(P2007−236280A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63308(P2006−63308)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【Fターム(参考)】
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